500年後からの来訪者After Future4-2(163-39)

Last-modified: 2016-09-15 (木) 20:21:30

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future4-2163-39氏

作品

バレー合宿最終日、豪華絢爛回転寿司に満足した日本代表選手や監督、コーチ、そして涙を零していたOG六人を見送り、ようやく通常営業に戻ったと思ったら、九月に入ったばかりだというのに、スキーの予約が三月末まで埋まっているとの圭一さんの報告があった。異世界では未だに鶴屋邸に回線を戻せないことに苛立ち、満場一致で二回目の通報。次の日それが各新聞社の一面を飾り、アナウンサーも三度目の謝罪をする羽目に。そして、とうとう俺が映画告知へと出立。男子日本代表として試合に出られない上に色々と他のメンバーに中途半端に投げ出したような状態になってしまったが、少しでも早く告知を終わらせて本社へと戻れるようにすればいい。サイコメトリーしたヒロインの待つ自宅(?)へとテレポートSP二人が玄関先で門番をしながら、肝心のヒロインは……テレポートして俺が現れた瞬間に抱きつかれたらしい。

 

「すみません。待たせてしまいましたか?」
「そうね、待っていたと言えば、あなたと最後に食事してから今までずっと…かしら?またあなたに会える日をずっと楽しみにしていたわ!早く行きましょ!」
「では、出発する前に少し準備を。説明しておく必要があるものがありまして」
「説明しておきたいものって?」
『この声、聞こえますか?』
「ええ、聞こえるけど、なんだか頭の中に響く感じね」
『これはテレパシーという能力です。携帯する必要の無い携帯電話とでも思っていただいて結構です。頭の中で伝えたい相手に向けて考えるだけで伝わります。試してみてください』
『これでいいのかしら?届いてる?』
『ええ、届きましたよ。これから告知で世界各国を回るときに別行動をすることになったりするときは互いにこうやって連絡を取り合うことができます。地球の反対側でも聞こえるんですよ?』
「地球の反対側まで!?」
『後ろにいるSPを見てください。今声に出てしまったことが一体何のことなのかさっぱり分からない。そんな表情をしていると思いませんか?これは俺と二人でしかテレパシーをしていませんので分かる筈がないんです』
『そう言われてみればそんな様子ね。サングラスで眼は見えないけど』
『先ほども申し上げた通り、別行動をしている場合や、二人だけで内緒話をしたい場合はこれで会話が可能です。ただし、一つ大きなデメリットがあって周りの声がまったく聞こえなくなるので使うときは十分注意してください』
『報道陣の声が聞こえてくるよりよっぽどマシよ!分かった、あなたと連絡を取りたいときはこのテレパシーを使えばいいのね?』
『そう認識して頂いて構いません』
いつも俺やWハルヒを迎えてくれる四人のうち、テレパシーを知らないのは今回のヒロインだけ。これでいつでも連絡が取れそうだ。

 

テレパシーの説明を終えて遮音膜を張った。
「今度は一体何?あなたがいつも使う立体とは色が違うみたいだけど……」
「俺たちはこれを遮音膜と呼んでいます。要するに、この立体の外にいる人間にはどんなに大きな声で叫んでも絶対に聞こえません。読唇術で読まれでもしない限りはね」
『絶対に聞こえない!?』
SPも一緒になって驚いていた。時間もあまりないし、さっさと終わらせたいんだが……
「では実際にやってみましょう。これから立体を小さくしてSPを立体の外側に出します。SPに向かって思いっきり叫んでみてください」
「この、分からず屋――――――――――――――――!!」
「あ~~~~!」とか「わ~~~~!」で終わると思ったら、SPに対する本音が出たようだ。聞こえてたらどうするんだ?おい。立体を元に戻してSPを遮音膜の内側に入れた。本当に何も聞こえなかったと話している。
「では、今度はこの逆です。SPがどんなに叫んでも俺たちには伝わらなくなります。さっきテレパシーで話していた報道陣の声もこれですべてカットすることが可能です」
『ホントに!?』
「実際にやってみましょう。それではっきりするはずですよ」
遮音膜を一旦解除して逆遮音膜を展開した。SPが俺たちに向かって叫んでいる。
「えっ!?何を言ってるの!?……ダメだわ全然聞こえないわよ」
逆遮音膜を解除すると、SPが何を言っていたのか確認を始めた。さっきと似たようなことをSPが言っていたらイライラが増すぞ?
「説明は以上です。今は分かりやすくするために色をつけましたが、当然透明にすることも可能です。おそらくリムジンに乗ってすぐに使うことになりそうなので、こうして事前説明をさせていただきました。では、そろそろアメリカ支部に向かいますがよろしいですか?」
「あなたの荷物は無いの?」
「俺の荷物ならこのキューブの中です」
「羨ましいわね。重さもなくなるんでしょう?」
「えぇ、このキューブの拡大縮小の修錬を積めば、どんな旅行のときでもこうやって身軽に動き回ることが可能です」
「わたしのも小さくしてもらえないかしら?」
「それは構いませんが、使いたいときは必ず声をかけてください。でないと拡大できずに使えないままですから」
「分かったわ。行きましょ」
やっとSPから離れられるとあってかえらくご機嫌の様子だ。SPに別れを告げてアメリカ支部の131階にテレポートした。

 

「ここ……確かあなたの仲間と一緒に食事をしたところじゃない。日本に来ちゃったの?」
「窓の外をご覧になってください。日本ではないことがはっきり分かりますよ?」
「ホントだわ。この前ここの最上階から見た景色とほとんど変わらないわよ。それにしても、報道陣もよく人のスケジュールを探ることができるわね。下にあんなに大勢いたんじゃ、折角の気分も台無しだわ!」
「では、報道陣から見えない様にしてしまいましょう」
「そんなことまでできるの!?」
「先ほどお見せした遮音膜と同じです。敷地の外側に報道陣は入れないという条件の透明な立体を作ってあります。それを今度は黒く塗りつぶしてしまいましょう」
「塗りつぶすって……えぇっ!?」
「そして、今度は報道陣だけ黒くなって見えるように条件を変えます」
「また透明になったわ。これで報道陣からはわたし達が見えないってこと?」
「その通りです。堂々と正面からリムジンに乗り込みましょう。遮音膜を使わなくてもリムジンの中なら報道陣の声も聞こえないでしょう」
「ふふっ、あなたと一緒で本当によかった。映画の告知に行くのにこんなに気分がいいなんて初めてよ」
SOS団専用カードを使って一気に一階へ。しかし、131階をあらかじめ掃除しておくんだったな。最上階は清掃業者が毎回来てくれるからいいんだが、客がいると思ってこっちに切り替えたが浅はかだったかもしれん。もうあの部屋より上の階を使うことは無い。すべてスイートルームに変えることにしよう。他の支部もと行きたいがエージェントや朝倉が向こうに向かうときは一体どうしているんだ?131階は埃まみれで靴跡一つ残っていなかったから使った形跡は無いと見て間違いないだろうが、エージェントに確認する必要がありそうだ。

 

 見当違いなところを見ている報道陣をリムジンの後ろから見たヒロインが笑っていた。
「おかしいわね。カメラも向けられずフラッシュも焚かれないでリムジンに乗るなんて初めてよ!あなたと一緒で本当に良かった。スケジュールはビッチリ詰まっているけど、今回は楽しい仕事になりそうね」
「ところで、食事はもう終わっていますか?今日本だと朝の八時半頃なので、俺は朝食を済ませてきたんですが」
「あなたが来るっていうのに、他の料理でお腹を満たす気にはなれないわよ!でも………ホテルに着くまで我慢できるかしら?」
こうも事がうまく運ぶと、口角が上がったまま下がりそうにないな。キューブを拡大してキャリーバッグとその上の弁当箱を見せた。
「WOW!!これ、もしかして、あなたが作ってきてくれたお弁当!?」
「ええ、片方はTV局に着くまでに召し上がっていただくもの。残り二つはホテルに戻ってからになりそうですね。俺の場合は昼食ですが、夜食でも大丈夫ですか?」
「今日は食事が用意されても喉を通らなかったのよ!是非いただくわ!」
「ちなみに、さっき話していたこと覚えていらっしゃいますか?リムジンに乗ってすぐに使いそうだと言っていたものなんですが……」
「確か、遮音膜だったかしら?それがどうかしたの?」
「運転手を見てください。あれだけ大きな声を出しても運転手には聞こえていません」
「えっ、あなたいつの間に!……そっか、色も変えられるんだったわね。本当に何も聞こえてないみたい」
それだけ確認すると、「では早速」とばかりに弁当箱を開けて食べ始めた。一口食べて新川流料理の味に酔いしれている。

 

 食べている途中で最初のTV局についていたらヒロインも機嫌を悪くしていただろうが、そんな心配も無用に終わり……というより車での移動時間が長すぎる。ようやく最初のTV局に着くと待っていましたとばかりに報道陣がリムジンに駆け寄る。「このTV局以外の報道陣は入ることができず、カメラでの撮影もできなければやフラッシュも届かない」と条件付けた閉鎖空間と逆遮音膜を張って俺が先に出た。
「うぉっ!」「何だ?」「何かに押される!」「What happened!?」
とかなんとか言っているんだろう。俺たちには聞こえないけどな。邪魔者をすべて排除して局内に入るとスタッフが誘導してくれた。やれやれ、つい先日のことだっていうのに何年も経っているような気がしてならない。青古泉と青ハルヒが契約に行ったときの様子が大体のイメージで頭に思い浮かぶ。おそらく青古泉が先陣を切って後ろから青ハルヒがついてくるような状況だったんだろう。足からサイコメトリーした局内の情報が伝わってくるんだが、ヒロインの方がよく知っているはずだ。にも関わらず、どうして俺の方が先陣を切って堂々としていられるんだか。
 インタビューを撮影するフロアへと案内され、ホテルの客室のようなセットに椅子が二台ずつ、真ん中を空けて用意されていた。片側に俺たち二人が座るってことでいいらしいな。こういうときにこそ、ヒロインとテレパシーするのが一番いいんだが、インタビュアーが来た段階でそのまま撮影に入るだろうし、ジョンに声をかけてもらうわけにもいかん。待つこと数分、ようやくインタビュアーが現れた。やはりこっちじゃ時間にルーズなのが普通なのか?
「お待たせしてすみません。よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
「先日の披露試写会を終えて『クレイジー野郎がクレイジーすぎて何と呼んでいいのか分からないくらいだ!!』と世間で話題になっているんですが、いかがでしょう?自分としては、こう呼んで欲しいというものはありますか?」
「まぁ、あだ名で呼んでいただけるのならそれで構いませんが、二つ名を自分でつけるとなると悩んでしまいますね。多分皆さんがまた考えてくださるでしょうし、それが定着したのならそれで構いません」
「この映画の依頼が来たときはどんなお気持ちでしたか?」
「食事時にいきなり『ハリウッド映画の主役に抜擢された!』なんて言われて、そのときは正直拍子抜けしていました。日本でドラマや映画の撮影にも参加した経験も無いのに、いきなりハリウッド映画なんて無茶だと思っていましたよ」
「私は映画の主役が彼だと知って本っ当に嬉しかった!年に一度しか味わえない彼の料理が食べられる。彼にしかできないパフォーマンスが見られる。そう思ったら、居ても経ってもいられませんでした。ここに来るまでに彼にいくつパフォーマンスを見せてもらったか……」
「そのパフォーマンスを是非見せてもらえませんか?」
「では、俺の手を握って思いっきり引っ張ってください」
「……は?手を引っ張るだけでいいんですか?」
「ええ、引っ張ってみれば分かります」
前にジョンの世界で試したテレポートと催眠の応用技だ。右手だけを部分テレポートしてその間を自分自身にも書けた催眠で、さも腕が伸びたかのように見せる。横で見ていたヒロインにも見せていない技だ。ヒロインの驚いた表情も合わせて撮れ高は十分だろう。左手も同じことが可能だと告げてヒロインに引っ張ってもらった。当然離せば勢いよく元に戻るだけで、どこぞのお笑い芸人のように顔面にあたることは無い。

 

「まさか、あんなことが起こるとは思いもよりませんでした。試写会後のバトルも合わせて、漫画の世界観を実写化して見せるとは吃驚です。映画の中にも今のようなシーンが入っているのですか?」
「いえ、今回は、CGも編集も使わない本物のバトルやカーチェイスを観てもらいたかったので、今のようなものは一切ありません。すべて現実に起こったことをカメラが撮影しただけです」
「今回の映画で特に力を入れたところはどこですか?」
「披露試写会でも話題に上がりましたが、そのシーンを演じる全員が役になりきり、脚本を無視してまでそれぞれが行動を起こしたところですね。ジョンとのラストバトルもジョンの気まぐれでああいう形になりましたが、監督も他のスタッフもみんな納得してくれて本当に良かったと思っています」
「そのラストバトルもキョンとジョンが何パターンも見せてくれて、その中から選べなんて言われても選びようがありませんでした。監督をはじめスタッフみんなで意見を出しあって決めたものが納まっています」
「それでは最後に視聴者の皆さんへ一言、お願いします」
「『Nothing Impossible』これが本当のアクション映画です」
「どのシーンも驚くことに間違いありません」
「お二方とも、ありがとうございました!」
『ありがとうございました』
TV局前で待機していた報道陣を文字通り押しのけて、リムジンのドアを開け、俺が後から乗り込む。
「最初は新鮮な気分でしたけど、これと同じことを後何回言わされなきゃならないと思うと気が滅入りますね」
「でしょう?それ以外はホテルかリムジンか飛行機の中。退屈で仕方がないわよ」
まったく、ハリウッドスターの苦労が良く分かったよ。
「ところで、毎年のパーティの翌朝にやっている例のアレ、一瞬で疲れや眠気を取らずにマッサージで揉みほぐすというのはいかがです?」
「マッサージ!?あなたのマッサージなら是非ともお願いしたいわね!あなたがそうやって提案してくるからには、他のマッサージ師とは違う何かがあるはずよ!」

 

 二つ目のTV局に着く頃にはヒロインも上機嫌。再び報道陣を押しのけて局内に入り、同じようなインタビューを受けてパフォーマンス1つ見せてリムジンに戻る。今度はインタビュアーを大統領に見えるように催眠をかけた。
「それにしても、さっきのマッサージもあなたの作る料理と同じね。至福の一時と言っても良いくらいだったわ。本当に気持ち良かったんだもの」
「ちなみに国外に出た後、髪型を変える予定はありますか?」
「そうね、今すぐにでも切りたいくらいなんだけど、国内を回っている間は無理そうね。国外でもそんな時間とれるかどうか……」
「実は、今日本でドラマ撮影をしていまして、俺がその美容院のトップスタイリスト役だったりするんですが、シャンプー&カット、マッサージなんていうのはいかがです?ちなみに髪型が気に入らなければ披露試写会の会場と同様、元に戻すことも可能です」
「でも、シャンプー&カットなんてどこでやるの?ホテルじゃカットは出来ても、美容院のようなシャンプー台までは……って、あなたがキッチンと同じように用意すればできそうね!お願いしようかしら?」
「それでも可能ですが、今回は美容院のセットが置いてあるところに瞬間移動するつもりです。リムジンの中は不可能ですが、ホテルの客室に入った後や、飛行機の中にいるときは俺も日本に戻って本来の仕事をしていようかと思っていますし、勿論その時間でまたお弁当を作ってくることも可能です。もし行きたい場所、食べたいものがあればそちらに送ります。自宅へ帰ってくつろぐこともできますよ?」
「そんなことができるの!?」
「できないことを提案したりしませんよ。飛行機内では周りから寝ているようにしか見えないように催眠をかけてしまえば、行きたいところへどこにでも。ハルヒが各国の言語をマスターして俺に教えてくれたんです。多分、ほとんどの国で通訳は必要ないと思いますよ?」
「ハルヒさんはいくつの言語をマスターしてきたの?」
「日本語を入れると11ヶ国語ですね。俺もその情報を受け取ったときは唖然とする以外何も出来ませんでしたよ」
「11……ヶ国語?あなたが告知に出るだけのためにそれだけ覚えたの?」
「アメリカもそうですが、我が社の支部がある国の言語は数年前に既にマスターしていたんですよ。SOSはローマ字変換で『世界を 大いに盛り上げるための 涼宮ハルヒの』の頭文字をとったものですからね。『世界を大いに盛り上げようってヤツが英語もロクに話せないんじゃ文字通り話にならないだろ』……なんてやり取りをアイツとしていたら、五ヶ国語をマスターしてきたんです。それに加えて、今回の告知で更に五ヶ国語。アイツのセンスが飛び抜けているのは今に始まったことじゃありませんが、ただ告知にまわるってだけで更に五ヶ国語も習得するなんて本当に頭が下がりますよ」
「あなたたち二人の関係が羨ましいわ。ハルヒさんがそこまであなたに尽くしてくれていたなんて……」
「それで……結局、どうしますか?」
「そうね……食べたいものって言われたら、毎食あなたの料理が食べたいくらいだし、行きたい場所って急に言われても出てこないわよ。まずは一旦家に帰ってくつろぎたい……かな。一夫多妻制の国に生まれていればあなたの妻として立候補したいくらいよ」
「そう言っていただけると俺も嬉しいですよ。ホテルでは明日の朝食はどうなっているかご存じですか?」
「えっと……マネージャーから渡されたスケジュール表を見ないといけないわね。私の荷物を拡大してもらってもいいかしら?」
これまではSPがスケジュール管理もやっていたんだろう。SPもつかない二人っきりの告知ツアーにも多少のデメリットはあったらしい。この際だ、スケジュールをサイコメトリーで把握してしまおう。

 

「今日はTV局を四局まわって、明日三局回ったら空港に向かうようね。朝食もホテルで一応用意されるようだけど……」
四局まわってホテルに着く頃にはとっくに深夜零時を回ってる。それでいて朝食が朝の七時半なんてハードスケジュールにも程があるぞ。ホテルに着く頃には日本時間で午後三時過ぎ。ホテルの朝食は断ってリムジンの中で朝食も昼食も弁当だな。夕食は飛行機の中で食べればいい。
「分かりました。ホテルの朝食はキャンセルしておきます。その分ゆっくり休んでください。その間に俺が朝食と昼食の弁当を作っておきますから」
「えっ!?でもそれじゃあなたが……」
「心配いりません。今はまだ日本時間で午前11時頃。明日は身支度を整えたらすぐにリムジンに乗り込みましょう。明日はリムジンの中で朝食になりそうです。俺のお弁当でよければ……ですけどね」
「ホテルの朝食なんかに比べればあなたのお弁当の方が100倍いいわよ!今夜のお弁当もそうだけど、明日の楽しみが一つ増えたわ!」
「ところで、ご自宅の場所をお伺いしてもよろしいですか?」
「何を言っているのよ!さっきあなたが迎えに来てくれたじゃない!」
「これは失礼しました。てっきり何かの撮影を終えて告知に向かうためにあの場所で待っていたのかと……」
「あっ、でも音を立てたり電気をつけたりすると、SPに見つかっちゃうわね」
「その点に関しては心配いりません。絶対にSPにバレない様に仕掛けを施すだけです。外に出る以外はゆっくりくつろいでいてください」
「あなたって本当に何でもアリなのね」
「何でもはできません。いくつかの基本技を応用しているだけに過ぎませんよ」
「二人っきりの楽しい旅になりそう。よろしくね。あ・な・た」
撮影外でこれで三度目のキスをされた。まさかとは思うが、ハルヒ達が見ていたりしないだろうな?

 

 TV局をまわり終えてホテルに着くと、まずはホテル前に待機していた報道陣掃除。チェックインを済ませて朝食をキャンセルすると、それぞれスイートルームに案内された。ファンや報道陣がスイートルームの階にすら降りられないようにエレベーター前に閉鎖空間を張ると、用意しておいた二つ目の弁当を一緒に食べた。随分遅い昼食になってしまったが、仕方がない。ヒロインを自宅に届けて閉鎖空間を張り巡らせると、俺も異世界のオフィスに赴き、少しでも電話対応。その場にいた全員が驚き、青ハルヒが偽名電話を即座に切った。
「よう、ただいま」
「『よう、ただいま』じゃないでしょ!?あんた、こっちに戻ってきてもいいわけ!?」
「ああ、TV局を四つ回ってホテルで眠っていることになってる。ヒロインは自宅でくつろぐそうだ。時間になったらテレパシーで連絡を取り合ってホテルの部屋から出てくればいい。少しでも電話対応をと思ってこっちに来た」
「だったらあんた、少しは休みなさいよ!」
「心配いらん。TV局をリムジンでまわっている間は暇でな。ヒロインと話しながらゆっくり休んでいたから気にしないでくれ。青朝比奈さんや古泉のドラマの収録と似たようなもんだ。とりあえず夕食まで俺も参戦する」
「黄キョン君、こっちの新川さんには連絡してあるんですか?でないと黄キョン君の分は無いんじゃ……?」
「それも心配いりません。さっき遅い昼食を食べてきたばかりなので。十時頃にヒロインとリムジンの中で朝食を食べることになりそうです」
アナウンサーに三度謝らせてもなお譲らず。全員刑務所にテレポートさせてしまおうかと思うくらいだ。しかし、社長に直接連絡して止めさせるほどの武器は今の俺たちにはない。本社が完成して現実世界と同じくらいのレベルにならないと効果は出ないだろう。夕食時をめどに愚妹だけを残して異世界移動。異世界のOG達と違って残業はないんだ。空いた時間を有効に使えばいいさ。

 

『キョンパパ、おかえり!』
「このバカキョン!なんでこっちに戻ってきてるのよ!?」
やれやれ、同じことを二度も言わなきゃならんのか?アナウンサーの謝罪の件じゃないが、仕方ない。
「ああ、TV局を四つ回ってホテルで眠っていることになってる。ヒロインは自宅でくつろぐそうだ。時間になったらテレパシーで連絡を取り合ってホテルの部屋から出てくればいい。少しでも電話対応をと思ってこっちに来た。この後弁当を朝と昼の分を作って向こうに戻るつもりだ。とりあえず、俺の分の夕食はいいからさっさと食べてしまおうぜ」
席に着くと朝比奈さんからのありがたいご配慮。
「どうぞ」
という三文字に込められた思い。有希には勝てるはずもない。一人分の量で若干無愛想な顔をしていた。
「それで、ツインタワーで俺がアナウンスした件はどうなってる?」
「それなら、僕が申込書を預かってきました。大型免許を持っている人間が何人もいましたので、こちらから運転する人間を割かなければならないということはないでしょう。ですが、この機会に取得しておきたいという人達もいましたので、それについては僕と彼、それからエージェントで引っ越し作業にあたることになる筈です。午前中の空いた時間を利用して行ってきます。専用カードも食券のみ買えるものを用意するつもりです」
「有希、今朝のニュースの件、記事にしてFAXしてもらえるか?『アナウンサーの発言を止めたディレクターに非難の声!アナウンサーの処遇は果たして!?』とでも見出しにつけておいて欲しい。頼めるか?」
「わかった」
「ところで、SOS交響楽団の団員希望者は今どんな感じ?団長として気になるのよね」
「もう応募を締め切ってもいいくらいだ。全国から希望者が殺到している。朝比奈さんのハープだけは断っているがそれでいいか?」
「ええ、大丈夫ですわ、お父様。あたしも指揮者として頑張らなきゃね!」
「あなたにはこれ」
有希から手渡されたのは、一枚のCDと……指揮者用の楽譜?
「指揮の練習と一緒にCDで何度も聞いて。半音でもズレた時点で指摘できるようにしておいて」
「フフン、そういうことならあたしに任せなさい!」

 

「それで、告知の方の首尾はどうなんです?」
「とりあえず四局回ったが、ほぼ同じ質問をされて同じ答えを返しているところだ。パフォーマンスも見せてくれと言われてTV局毎に別のパフォーマンスを見せてまわろうと思っている。ヒロインがマネージャーから貰ったスケジュール表をサイコメトリーしたが、ハードスケジュールで一月末までビッチリ組まれていた。年越しのパーティと日本でのアテレコ以外で70カ国以上まわるらしい。今日も零時過ぎになってようやくホテルに着いたってのに明日は七時半に朝食なんてふざけたスケジュールになっていたから朝食はキャンセルしておいたよ。ゆっくり休んでリムジンの中で朝食を食べようってヒロインと話していたところだ。あとはそうだな。日本でもニュースになっていたが、クレイジー野郎がクレイジー過ぎて何て言ったらいいか分からんと世間で話題になっているそうだ。古泉のサーブと同じく、募集している最中ってことになるかな」
「おっと、忘れるところでした。バレー最終日のコメント、どうもありがとうございました。あなたのおかげでどうやら人事部もそこまで大変にならなかったようで安心しましたよ」
「あのくらいどうってことはない。それより、決まったのか?サーブ名」
「明日以降、ハガキが届きそうですが『ナックルサーブ』で落ち着きそうです」
「くっくっ、もっと過激なものは無かったのかい?ただ『ナックルサーブ』じゃ、いかにもそのままじゃないか」
「候補として挙がったものといえば、『ゼロナックル』や『稲妻ナックルサーブ』、あとはおそらく女性の書きこみだとは思いますが、僕の名前の入ったサーブ名がいくつか。ゼロナックルのゼロも無回転という意味でつけたんだと思いますが、サーブは基本無回転ですから、ゼロを入れる必要はありません。それに稲妻サーブのように一気に落ちてくるわけではありませんからね。それも除外して残ったのがナックルサーブです。自分の名前を入れたサーブ名は流石に抵抗があったので」
「それで、キョン君は明日以降もこうやって戻って来られそうなんですか?」
「今日はこの後ジョンの世界へ行くことはできませんが、明日も空港について飛行機に乗った時点で戻って来られます。そのときの時間に応じて、電話対応にまわるかジョンの世界に行くか決めようかと。ヒロインもしばらくの間は自宅でゆっくりしたいって言っていましたし、旅行先が決まれば通訳兼SPとしてついて行くだけですよ」
「あんたね、ハリウッドスターになったからにはハードスケジュールだろうとこなしてもらわないと仕事にならないでしょうが!いくらなんでも、気を使い過ぎよ!」
「ほんのちょっとのパフォーマンスでゆっくりできる時間が持てるんだから今回くらい大目に見てやれ。これが最初で最後なんだからな。それに、ハルヒから受け取った10ヶ国語を使ういい機会だ。スペインやポルトガル、ドイツに行くようなことがあれば、それが役に立つだろう?おまえが覚えてくれた言語を少しでも使えるときに使っておきたいんだよ。そうでもしないとハルヒに申し訳がたたん」
「そういうことなら、別にいいわよ」
「じゃあ、この後も店舗の方を頼む」
『問題ない』

 

 ハルヒと朝比奈さんが片付けている横で情報結合した食材で二人分のお弁当づくり。お弁当箱は片付け前に洗っておいたし、あとは調理したものを入れるだけの作業だ。
「ハルヒ、このあと有希も呼んで家族風呂にでも入るか?次の機会がいつになるか分からんからな」
「も―――――――――!!こっちが恥ずかしくなるようなこと言わないでよ!みくるちゃんだっているのよ!?」
「でも、ハルヒさん。家族風呂なんて羨ましいです。家族じゃないですけど、わたしも一緒に入れてください!」
想定外もいいとこだ。まさかの朝比奈さんの大胆発言。この豊満な胸を生で味わうことができるのか?
「有希も断りそうにないし……仕方ないわね。今日だけよ?あんたは子供たちと一緒に先に入ってなさい!」
「分かった。弁当も作り終わったし先に行ってるぞ」
99階でアニメを見ていた双子に声をかけると、「アニメが終わってから」などと言いだすかと思ったが、有希や朝比奈さんも一緒だと告げると早速服を脱ぎ始めた。TVの前で脱ぐなTVの前で。二人の様子を見ながら湯船に浸かっていたが、もう俺やハルヒが入る必要はなさそうだ。二人がそれをOKすればの話だがな。小学二年生くらいまでは一緒に入るのが当たり前だと思っているだろう。
「二人ともそろそろ俺やハルヒがいなくても二人で入れそうだな」
『え~~~!わたしはパパやママと一緒に入りたい!有希お姉ちゃんも!』
「どうやらもうすぐそれが叶いそうだ。ママ達が服を脱いでいるぞ」
ドア越しにハルヒ達のシルエットが映っていた。しかし、大浴場とまではいかないが、10人弱の人数なら余裕で入れる広さだな。俺たち五人に朝比奈さんが湯船に浸かっても充分余裕があるくらいだ。シャワーも三台あることだし、入ってきた三人が順番を決めるようなこともない。
『ホント!?ハルヒママ!早く!早く!』
容姿端麗な美女三人が浴室に現れた。眠るよりこの光景を見られる方がよっぽど癒される。さっとシャワーで流すと三人が湯船に入ってきた。当然朝比奈さんはタオルで髪をくるんで固定している。両腕に有希と朝比奈さんが巻き付き、場所を取られたハルヒは前回と同様前から抱きついてきた。無論、俺の分身はハルヒの体内に身を潜めていた。以前、書き初めの一位を取って旅行に行ったときとは違い、今回はケチのつけどころが無いくらいのダイナマイトが左腕にくっついている。
『あ――――――――――――!!三人ともずるい!わたしもキョンパパの傍がいい!!』
三人に抱きつかれてこれ以上どこに……と思っていると、有希と朝比奈さんの膝の上に座って、小さな手で俺の腕を掴んでいた。映画の序盤、カジノを制圧した後にもこんなことがあったな。さっきもヒロインにキスされてしまったし。

 

「あ~癒される。茹でダコにならないならずっとこのままでいたいくらいだよ」
「問題ない。呼んでくれればいつでも可能。わたしもあなたとこうしていられる方がいい」
「有希さんだけずるいです!わたしも呼んでください!」
『キョンパパ!わたしも有希お姉ちゃんとみくるちゃんが一緒の方がいい!』
「くそ…こんなに癒されるのなら別日にするべきだった。このままベッドで寝てしまいたい」
「告知が終われば、またみんなで入ればいいわよ」
「やれやれ、OGやバレーの監督と同じ気分になってしまった。後半年も待たないといけないのか?」
「大丈夫です。キョン君が夕方に戻ってきてジョンの世界を途中で抜けることがあれば、その日はこのまま寝ることができます」
「このまま寝るってどうやって身体を拭くのよ!?」
「それなら前にハルヒとこうやっていたときに試して実証済みだ。例の磁場の条件を水に変えるだけで可能らしい。髪型も磁場の位置に注意すればブローするより時間短縮ができる」
「わたしは鶴屋さんとは違ってくせ毛だから……ちょっと心配です」
「みくるちゃん、ストレートパーマかけたりしないの?髪は染める必要はないでしょうけど」
「髪のダメージが気になるので一度も……やってみたいなぁとは何度も思ったんですけど……」
「なら俺の髪型を決めたときと一緒で有希に情報結合を弄ってもらうのはどうです?でも、本人が気にしているほど、他からはそこまで気にされることはありませんよ。多少くせ毛でも俺は全然気になりません」
「それなら、そこまで気にしなくてもよさそうです!」
『キョンパパ、わたしもうあがりたい』
「ちゃんと身体拭くんだぞ?」
『わかった』
「それで、あんたいつ向こうに行くのよ?」
「こっちの時間で十時にヒロインをテレパシーで起こして十一時にホテルをチェックアウトしてリムジンに乗ることになってる」
「じゃああんた、ヒロインの身支度が整うまでこっちにいるってことね?」
「まぁ、そうなるな」
「例の磁場ってヤツを見せてもらおうじゃない!時間ギリギリまでこっちにいると良いわ!あんたが提案したんだから最後まで付き合いなさい!」
「なら、浴槽の水を抜くところからだな」

 
 

…To be continued