500年後からの来訪者After Future6-11(163-39)

Last-modified: 2016-11-17 (木) 08:11:40

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future6-11163-39氏

作品

激闘の末、今回も俺たちの勝利で終えることができたのだが、スピード、コースに関係なくホームランを叩き出せる松井選手と0.1秒でも猶予を与えてしまっては盗塁、得点を許してしまうイチロー選手に火をつけてしまったらしい。それに対抗するのが有希、朝倉の宇宙人コンビというのも何とも情けない部分があるのだが、レーザービームでキャッチャーが先に球を持っていた場合の回避法として鶴屋式合気道を伝授してもらった。ハルヒ達がそれを習得したのはいいが、使う機会がいつ訪れるか分からないとして、急遽俺たちだけの紅白試合をすることになった。天空スタジアムが使い放題という我が社最大のメリットを存分に使ういい機会だ。はてさて試合の行く末はどうなることやら……俺にも分からん。

 

 しかし、園生さん本人の希望も含めて話されていたんじゃ、古泉も「どうしてそんなことになっているんです?」などと疑いたくもなる。加えて、園生さんがそんな格好をするなんて、メイド姿を見ている俺たちですら抵抗というか、違和感があるくらいだからな。OGや社員たちもそんな姿の園生さんなんて想像がつかないはずだ。
「くっくっ、予想はしていたけど、これでキミの異世界での呼び名が決まったも同然さ。有希さんが戸籍を偽造したときも、これを見越してキミの偽名を決めたとしか思えない。キミはどう思っているのか教えてくれたまえ、シロー君?」
ジョンの世界で異世界のニュースを見たメンバーは大爆笑しているが、みくる、古泉、圭一さんたちは見ることができなかったからな。おおよそ見当はついているようだが、異世界の新聞記事を情報結合した方が早そうだ。
「俺の偽名を見たときから確実にこうなると思っていたさ。まさかとは思うが、自分の息子の名前を『四郎』にしたりしないだろうな?母方の姓で育てていくなら『鈴木』も『佐々木』も変わらん。同じ理屈で『キョン』になってしまうぞ」
「なるほど、呼び名というのはこのことでしたか。確かに『鈴木四郎』ではこうならざるを得ませんね。今後はパフォーマンスを見せる役を務めるのであれば、違った意味でも『四郎』が定着しそうです」
今度はマ○ー四郎と同じ扱いをされるとでも言いたいのか?世界的にその名を轟かせたイチローとはえらい違いだな。それに、パフォーマンスの質が違いすぎる。
「くっくっ、キミさえOKならもう名前は考えてあるんだ。キョンの言う通り、母方の性でいこうとも思っている。今晩両親に伝えてくるつもりだったけど、紅白戦ということになったからね。明日に変更するよ。どんな話になったかキミにも聞いて欲しい。そうだね、この際だから発表してしまっても構わないかい?」
「メンバー全員揃っているっていうのに、黄佐々木が自分の子どもの名前をこの場で発表する!?黄俺に相談すらしていないのにか!?」
「くっくっ、こっちのキョンが驚くのも無理はない。よほど自信がない限り、僕たちがこういう場で何かを発表するなんて滅多にないことだからね。この前異世界移動装置を渡したばかりだから、他のみんなにはそうは思えないかもしれないけれど、なぜそうなったのか理由も含めて是非教えてくれたまえ」

 

 俺も青俺や青佐々木と同意見。佐々木が自分の息子の名前を全員の前で発表するなんてまずありえない。アイツの場合、何かしら理由をつけたり話をそらしたりして隠すところは隠すはず。昨日の夜だって二人だけで話せたはずなのに一体どうしたっていうんだ?
「そこまで言ったらもう引き返せないだろう。気になっているメンバーもいるはずだ。理由も含めて言ってみろ」
「貴族の貴に太平洋の洋と書いて『貴洋(たかひろ)』と名付けたい。理由は『鈴木四郎』と一緒さ。貴族の貴(き)に太平洋の洋(よう)だから、『貴(き)洋(よう)』⇒『貴洋(きよう)』⇒『キョン』だよ」
駄目だ、苦笑いしかできん。佐々木が気に入っているのなら名前はそれでも構わんが、問題は育て方だ。
「おまえ、それで生まれた赤ん坊に何度も『キョン』と声をかけるつもりじゃないだろうな?今でさえ『キョン』が二人もいる上に、青ハルヒや青佐々木のように俺のことを『キョン』と呼ぶメンバーもいるんだ。青みくるは俺がそれでいいと言ったからだが……とにかく、おまえがこうしてみんなの前で発表するくらいなんだ。名前に関して佐々木が気に入っているのなら俺はそれで構わない。ただ、その子供にまで『キョン』とあだ名をつけるような真似だけは絶対にしないでくれ」
「あら?あなた確か、北高入学式の自己紹介で自分のことを『キョン』と呼んでくれって言ってなかったかしら?」
そういえば、当時同じクラスにコイツがいたのをすっかり忘れていた。そのときのハルヒは俺のことなん金魚のフンのようにしか思ってなかったはずだから覚えているわけがないと思っていたんだが……
「あれは、どの道国木田達から『キョン』と呼ばれて、それで定着してしまいそうだったから諦めて自分から言っただけだ。このあだ名を気に入っていたわけじゃない。だが、今さら変えてくれなんて言っても俺の方が恥ずかしくなるだけだし、同姓同名のジョンまで関わってくるからな。赤ん坊にまで同じ苦労はかけたくないだけだ」

 

 どうやら図星だったようだ。佐々木が残念そうな顔をしていたが、時間が経てば納得してくれるだろう。好きでこのあだ名を使っていたわけではないことさえ伝わればそれでいい。青有希も似たような表情で俺と青俺を交互に見ていた。
「話が一区切りついたのなら、今日の紅白戦の件で確認したいことがある」
『確認したいこと?』
「アナウンサーや実況まで決まっているのに、肝心の審判をどうするか話に挙がってなかっただろ?塁審も含めて、俺も最初は裕さん達に頼もうかと思っていたんだが、昨日のようなギリギリのジャッジをお願いして、スロー再生してみたら逆だったなんてことになったら申し訳ないしな。塁審はカメラで撮影するだけで、どちらか判定が分からないときのみスロー再生で見ればいい。だが、主審だけは誰かに立ってもらわないといけない。ただでさえストライクゾーンに大きな違いがあるのに、ストライクとボールの判定をするなんてプロでも迷うはずだ。選手以外のメンバーでそれが可能な人間と思って考えていたんだが、青古泉以外に思いつかなかった。だが、青ハルヒがピッチャーとして立つ時点でジャッジが不公平になってしまうからOUT。紅白戦を延期してでもプロの審判に来てもらうか、選手の中から公平にジャッジができる奴をみんなで選ぶか……どうする?」
「確かに、昨日はその話はしていませんでしたね。同じ女性でも涼宮さんと朝比奈さんではストライクゾーンがまったく違ってしまいますし、どなたにお願いしようか迷ってしまいます」
「問題ない。黄キョン君の影分身に立ってもらえばいい。黄キョン君の打席のときだけキョンが立つ。黄キョン君なら公平なジャッジをしてくれるはず」
「そうだね。キョンのジャッジなら僕も文句はないよ」
「わたしもキョン君にお願いしたいです!」
「ゾーン状態のあなたならば、プロの審判より公平なジャッジができるはずです」
『延期になんて絶対にしないわよ!』
「あなたで決まり」
「分かった。俺でいいならそれでいこう。それと、いくら十点差がついた時点でコールドとはいえ、どちらのチームも攻撃力が高くて勝負がつきそうにない。昨日もインタビューや俺のパフォーマンスが終わって、ようやく九時を迎えるような状態だった。子供たちも入っていることだし、コールドにならなくても時間が九時になった時点で得点の多い方を勝ちとする特別ルールを設けたい。加えて、日本代表の夜練が無い日は毎日でもやりたいなんて奴も中にはいるだろうが、そんなことをしていては身体がもたないからな。今月中はやるとしても精々毎週月曜日だけ。来月からはドラマの撮影も入ってくるし、実際に試合の連絡も来るだろうから、その時々に応じて決めることにする。これでどうだ?」
『問題ない』

 

 子供たちも野球の試合のルール決めについて納得の表情を見せて出かけていった。
「しかし、この新聞の内容ではオフィスの電話が鳴りやまないだろう。私も対応にまわるよ」
「いいえ、ご心配はおよびません。今日は僕が異世界に出向くことにします。電話対応程度なら影分身六体くらいで対応ができるはず。僕も修行のつもりで受話器をとることにします」
「古泉、すまないが一体はこちらの人事部に残していってくれ。フジテレビから天空スタジアムの使用の依頼が来るようなら渋々承諾してもらいたい。何かしらの条件をつけても構わないし、それについては古泉にすべて任せる」
「了解しました。その電話が来たら僕に繋ぐよう社員にも声をかけておきましょう。あとはブラックリスト入りした政治家への連絡をすることにします」
「だったら、その分俺も電話対応に参戦する。ところでハルヒ、今日はどこに行くか決まっているのか?今日からビラが福袋仕様に変わる。場所によって配るビラを選ばないといかん」
「最初だし、とりあえず都内でいいわよ。池袋店も暇ができたらOGにも手伝ってもらいましょ」
『本当ですか!?ぜひ手伝わせてください!』
「今日から異世界のみ鈴木四郎役で俺も出る。前にも話していた通り、今回はみくるが催眠なしでビラ配りについてくれ。青みくるはその間練習に参加してネックレスを選手たちに見させて欲しい」
『分かりました』
「鈴木四郎で出るなら俺でもいいんじゃないか?」
「まずは電話を一つでも多く切り捨てるところからだ。青ハルヒや鈴木四郎への番組出演系の依頼、それに取材はすべて断り、CMの依頼のみ受け付ける。みくる達へのドラマの依頼も断る方向でいいと思うんだがどうだ?」
『問題ない』
「あとは、今日から楽団の練習、バンドの練習は青佐々木が出ること。それに、少しでも酒に強くするために今日からみくると古泉は少量ずつだが酒を飲んでもらう。日本代表のディナーの日が休肝日だ。俺が忘れていたら声をかけてくれ。加えて、今夜もそうなるだろうが、ユニフォームを纏うと鶴屋さん達の区別がつかない。みくる達には見た目で判断できるものがないか考えて欲しい。今月号のアクセサリーから鶴屋さん達に似合いそうな物があればそれを選んでくれてもいいから本人とも話し合ってみてくれ。それから青ハルヒ、今週末の野球の試合について告知をして観客を煎れても構わないのかどうか国民的アイドルに連絡をとって確認して欲しい。来た人間を中途半端に入れるくらいなら大々的に告知をした方がいいからな。忘れないで欲しいのが、ハルヒが期限を設定した古泉と園生さんの式場についてだ。明日の朝古泉に場所の情報を渡して二人で考えてもらう。……俺からはこれがラストだ」

 

 細かいことをいくつか連絡したが、それぞれ納得しているし、ハルヒも自分で設定した期限を今思い出したかのような表情をしていた。みくる達への連絡が多かったようにも思えるが、CMの依頼が来たらそれに応じるくらいで、ドラマの出演依頼もすべて断ることにしたし、みくるの酒と鶴屋さん達の区別のこと。青朝倉も青ハルヒのメールの内容をチェックしないと……なんて表情を見せていたからおそらく平気だろう。席を立って指を鳴らすと、超能力戦に長けているメンバーが変化に気付いた。OGの中にも何かが変わったと感づいた奴もいるようだ。
「我々についていた閉鎖空間が解除されたようですが、これが一体何か……?」
「ええ、本社のものと同じように、全員の閉鎖空間を超サ○ヤ人状態でつけ直そうと思いまして」
『閉鎖空間をつけ直す?』
「なるほど、対涼宮体への対策というわけですか」
超サ○ヤ人に変身して全員に先ほどまでと同じ条件の閉鎖空間を取り付けた。色は……強制的に金色になるらしいな。色が透明になったところで皆の視線が再度俺に集まる。
「ああ、青有希や子供たち、それに食事の準備ができたら社員にもつけ直しに行くつもりだ。涼宮体を相手に果たしてこれが効果を発揮するのかは俺にも分からん。かといって、涼宮体をおびき寄せて試すわけにもいかない。だが、前の閉鎖空間では神人の攻撃ですら破壊された例が一つある。神人退治に追われていた過去の古泉が重傷で集中治療室に運ばれたとジョンから連絡があったときだ。あのときは閉鎖空間を破壊された上に、過去古泉の全身の骨が複雑骨折していた。俺が見たプレコグを受けて色々と対策を立ててはいるが、ジョンが何も言ってこないということは500年後の未来でもまだ動きは見られないってことだ。青古泉が推察した通り、二月のバレー合宿終了間際でないと動き出さないこともあり得るが、来月や一月頃に動き出す可能性だってある。そのときのためのあくまで保険だと思っていてくれればいい。空調管理やUVカットの効果は変わらず、頑丈になっただけの話だ」
「そういえば、こっちのキョンも超サ○ヤ人に成れるんだったわね。あんた今日の試合が終わったらバトルに付き合いなさい!昨日、黄鶴ちゃんが見せてくれた以外にも避け方を閃くかもしれないわ!」
「それは構わんが……バッティング練習ができなくなってしまうぞ。ジョン一人に投げさせるつもりか?今週末の試合は渡辺投手だって出てくるだろう。アンダースローの練習だって必要なはずだ」
「一日くらいバッティング練習がない日があってもいいわよ。バレーも野球も課題としていることは他にも沢山あるんだし。それに、そんな面白そうなことにジョンが参加しないわけが無いと思わない?勿論ハルヒさんも。わたしも、そっちに入れてもらえないかしら?」
「やれやれ、結局そうなるのか。美姫の力を貰ったとはいえ、黄俺のときと同様、一人で四人を相手にしなくちゃならんのか?今に始まったことではないとはいえ、ハルヒにしろ、佐々木にしろ、面白そうだと思ったら決まって参加してくる。せめて一対一から始めさせてくれ」
「うん、それ、無理。あなたがグズグズしていると、わたしが最初に仕掛けるわよ?」
『面白いじゃない!先制攻撃はあたしがもらうわよ!』
『やれやれ』

 

 他にも話したいことはあったんだが、大分時間も押してしまった。まぁ、最低限今日やっておきたい事は話したし、残りは明日以降でも問題ない。青ハルヒ達と一緒にビラ配り用に影分身一体を送り、異世界での宣伝も十分。番組出演や取材に応じるまでもない。俺たちだけの手で十分広めていける。青佐々木が楽団の練習に入った分、食器の片付けは佐々木が担当していた。まだ時間はたっぷりあるとはいえ、ENOZはドラマのエンディング曲の作詞作曲……というより編集、いや中西さんのギターアレンジで時間がかかっているんだろう。ハルヒと有希が完成させてくる曲が『即戦力』なら、ENOZの曲は『大器晩成』と言えるだろう。完成までに時間を費やすものの、完成してしまえばそのクオリティの高さ、技、圧倒的パワーに一度聞いたら病みつきになってしまう。天空スタジアムでの完成披露が楽しみでならない。そんなことを考えながら食事の支度をしているというのに、隣では今朝のハイテンションから一気に奈落の底どころか地球の中心部まで落ちていったんじゃないかという程の奴が念仏でも唱えるように皿洗いを進めていた。まぁ、突き落したのは俺で間違いないが、さっさと這い上がってこないと重力に押し潰されてしまいそうな面だな…おい。
「佐々木、赤ん坊の名前を考え直すなんて真似だけは絶対にするなよ?」
「まいったね、やっぱりキミには隠し事はできそうにない。キミにそのことをどう切り出そうか迷っていたのに先に答えられてしまっては、私は一体どうしたらいいか教えてくれたまえ」
「隠すところはしっかり隠す奴が言うセリフとは到底思えないな。青俺も言っていた通り、おまえが全員の前で自分の子供の名前を発表するなんて、俺たちにとっては天変地異のようなもんだ。そこまでの名前を考えておいて今さら考え直すなんて、もう一つの存在意義が満たせなくなるぞ。名前の由来が俺のあだ名だというのなら、それはそれで嬉しいし、おまえがみんなの前で堂々と言い放ったんなら俺は一切反対しない」
「でも、さっきキミは……」
「物心も付く前から自分のことを『キョン』と呼ばれて、将来それで納得して過ごしていけるのかってことだ。俺の場合は叔母が勝手につけて、愚昧が周りに言いふらした。おまえも重々承知しているはずだ。折角『貴洋』って名前があるのに、自分の親がそれを無視して『キョン』と呼ぶことに対してどう思われるのか、ちゃんと子どもの立場で考えてから行動に移せ。小学校で自分の漢字を習って、友達から『キョン』と呼ばれるようになって、貴洋が納得して生活していけるのなら俺はそれで構わん。だが、おまえの今やろうとしていることは、単なる親の傲慢だ。そういう面では、自分の子どもに『あくま』や『ピ○チュウ』と名付ける親と何ら変わりはない。ただ、おまえがそいつらと違うところは、ちゃんと貴洋という名前があることだ。呼び方やあだ名は自分や自分の友達が決めることであって、両親までそれで呼んだら、一体誰が名前で呼んでくれるんだ?」

 

 やれやれ、そんなつもりは無かったんだが、結果として説教をするような形になってしまったな。皿洗いの作業をせず黙りこくった佐々木をよそに昼食の支度を終え、天空スタジアムで全体練習をしている楽団員を含めた本社に来る連中に、閉鎖空間をつけ直しに行きたかったんだが……妻を置いて他のことをするわけにもいかんか。影分身を解いて佐々木の横で皿洗いを手伝い始めた。俺の手が視野に入ったのか、ようやく佐々木が自分も作業を再開した。
「キミは社員の閉鎖空間を付け変えに行くんだろう?私の手伝いなんかしていていいのかい?」
「おまえが『今は一人にして欲しい』と言うのならそうするが、『俺たちの』子どもの件で妻が悩んでいるのに放っておけるわけがないだろう?そんな状態で両親に赤ん坊のことを話せるのか?」
「そうだね。とてもじゃないけど、今はそんな話ができるような状態とは思えない。キミの言う通り、やっぱり私の傲慢だったようだ。どうして夫に内緒で勝手に名前を決めて、みんなの前で堂々と言い放つなんて真似が私にできたんだろうね。今頃になって恥ずかしくなってきたよ。キョン、私は一体どうしたらいいのか教えてくれたまえ」
「だから、同じことを二度も言わすな。『赤ん坊の名前を考え直す真似だけはするな』とさっき言っただろう。体調が不安定な時期で申し訳ないが、おまえには今日の紅白戦に出てもらわないといかん。それに、来月の初日からドラマの撮影に入ることができるだけの脚本はできあがっているんだろうな?脚本はできていても、美容院のシーンをどうするかで色々と意見が出ていただろうが。それもちゃんと決めたのか?言っとくが、俺が提案した女子高潜入捜査の事件は後回しだ。堂々と俺が教師役としてみくるや青ハルヒの前に現れる以上、あの事件は中盤以降に回さないといけない。今そんなことでまた悩み始めたら、いつになっても研究の再開ができないだろうが。ラボに置いてある影分身も解いてしまうぞ!?」
「やれやれ……それは困ったね。キミが傍にいてくれないと、私自身の研究すらロクに進めることができない。まったく、自分が情けなくなるよ。仕事や研究はおろか、私生活までキミと一緒でないとダメみたいなんだ。キョン、今日は私のことを一人にしないでくれないかい?キミがいないと、私はこのアレキサンドライトと同じになってしまう。『孤独な奴が傍に二人いれば孤独じゃ無くなる』と教えてくれたのはキミだ。僕がキミの仕事に連れ添う形になるけれど、手伝えるところは手伝うし、やることが無い間は……そうだね。数話分の脚本はできていても、キミの言う通り美容院内の細かな配置や、誰の髪を切るのかまでは決まっていないんだ。ただその時期に髪を切りたい人を募集するだけだったり、同じ髪型の人をカットしていたりするというのも芸が無い。できれば楽団員や日本代表にもそのままシャンプー&カットをしに来た客として撮影させてもらいたい。どうだろう?私が居たら邪魔かい?」
「なら、片付けを終わらせる前に楽団員の様子を見に行かないとな。曲と曲の合間に張り変えないと、ハルヒ達は当然気付くし、楽団員の中にも変化を感じる奴がいるかもしれん。それで音が外れて、ハルヒや朝倉が怒りだすなんてのは勘弁してもらいたいからな。演奏がまだ始まったばかりで、当分終わりそうになければ教えてくれ。そのときは先に日本代表から始める」

 

 返答は無かったが、皿洗いすらできなくなっていた奴があれだけ話せるようになれば十分だ。脚本もある程度できているようだし、俺がどの場面でどの程度みくる達に関わってくることになるのか聞いておかないとな。ステルスを張って天空スタジアムまで赴いたが、どうやら佐々木に聞かなくても済みそうだ。コンサート開始から行っているベートーベン交響曲第七番第一楽章が終わりかけていた。心配する必要もなかったようだな。楽団員に閉鎖空間を取り付けた後、本社にいる全員の閉鎖空間をつけ直し、食堂に来ていた一般客にも念のため施しておいた。81階で二人で片付けを終える頃には、丁度昼食時。オフィスでの電話対応組、楽団の練習に出ていた五人、体育館でバレーの練習に参加していたOG達、店舗組などほとんどが81階に揃っているにも関わらず、ビラ配り組がまだ戻ってこない。同期してもいいが、青ハルヒが帰ってきて早々、事情を説明してくれるだろう。こっちのハルヒが文句を言い出さなければの話だがな。
「どうやら、今朝の新聞のせいでしょうね。あなたや涼宮さん、青朝比奈さんに世間の注目が集まっているに違いありませんよ。先ほども取材の電話が鳴り止みませんでしたから……例の投球についての依頼は特に」
「青有希と青朝倉にもファンが集まっているのを忘れてもらっては困る。来月から催眠をかけた状態でモデル撮影してみるか?長門優希と佐倉玲子のな」
「問題ない。でも、そのときはあなたも一緒」
「そうならざるを得ないだろうね。今頃、何にサインをしたらいいものか、キミの影分身は困り果てているんじゃないのかい?鈴木四郎をモデルに撮影したページが一枚もないんだからね」
「まぁ、冊子を情報結合して表紙にでも書いているだろう。今日はタダで渡しているだろうが、明日以降は金を取ることになりそうだ。青有希にまた両替して来てもらうことにしよう。ところで古泉、電話の方はどうなった?」
「午後から異世界の方にまわれそうです。あなたからは『条件をつけても構わない』というお話でしたが、こちらにとってメリットのある条件は、結局、電話を取る直前まで浮かびませんでした。渋々OKをせざるを得ませんでしたよ。しかし、冊子をタダで配ってしまうとは、あなたも相変わらずの太っ腹ですね」
「一時期の携帯電話と大して変わらん。普及して欲しいのは中身の方だからな。この程度じゃ、他のファッション会社も売れ行きが低迷する程度で赤字にはなるまい。それと、政治家連中の方は連絡が着いたか?」
「そちらも滞りなく。午後には首相も含めてすべて終えられるでしょう」
「よし、それな……「たっだいまぁ!遅くなってごめんね!」

 

 揃っていたメンバーに謝罪しながらも、ビラ配りメンバーは俺の影分身を含めて全員明るい表情。発言と顔立ちが一致していないが、好調のようで何よりだ。何があったのか詳しく説明してもらうとしよう。
「まったく、OG達以外ビラが全っ然配れないんだから!あんなにサインを強請られるとは思わなかったわよ。あたしやみくるちゃんだけじゃなくて、催眠をかけた有希や涼子、それにキョンが一番多かったわね。それよりあんた、どうして冊子をタダで渡しちゃうのよ!折角なんだから販売しなさい!!」
「くっくっ、以前の黄古泉君と同様、こちらも予言が当たったようだね。今その理由をキョンが説明していたところさ。同期もしないでね」
「冊子も出来上がったばかりだし、明日はわたしも異世界でのビラ配りに参加してみようかしら?」
「わたしも行く。明日は代わって」
「じゃあ、その代わりに有希と涼子は経理課に行くか、バレーの練習に出ることになりそうね!それで、一体どういうことなのかあたしにも説明しなさい!!」
「簡単な理由だ。異世界で普及させたいのは冊子ではなく中身の方。青ハルヒたちのサインだけで近隣の本屋に置いてある冊子ではすぐ品切れになるだろう?それと、青有希に頼むつもりだったんだ。両替して来てもらって明日からは冊子を販売する。それに午後は青みくるにビラ配りに出てもらいたい。練習試合に出たいのならそっちでも構わん。理由は日本代表選手たちと同じだよ」
「分かった。昼食を食べてからすぐに行ってくる」
「ちょっと待ちなさいよ!冊子をタダで渡していたのは分かったけど、みくるちゃんがネックレスをつけたらファンに引きちぎられるかもしれないのよ!?」
「涼宮さん、その心配はいりません。キョン君が取り付けた閉鎖空間が守ってくれます。もし報道陣が居てもカメラには映りません。土日は練習試合でしたし、今日はビラ配りの方に参加させてください」
「ということだ。すまんが青俺、報道陣に見つかった場合は青みくるだけヘリで迎えに行ってくれるか?それから青ハルヒ、携帯をチェックして国民的アイドルから連絡が届いているかどうか確認してくれ。OKならすぐにでも大画面に映せるよう有希が告知映像を用意してくれているはずだ」
「分かった」
「キョン先輩、私お腹空きましたよ~」

 

 OGの一言をきっかけにビラ配りチームが席につき、食事を取り始めた。携帯をチェックした青ハルヒが楽しそうにしている。返信があったってことで間違いないらしいな。
「それで、彼からは何て返ってきたのかしら?さっき黄キョン君が言った通りで間違いないみたいだけど」
「ちょっと涼子!その言い方やめなさいよね!あたしの旦那はキョンなんだから!とりあえずOKだって。向こうも今週の番組の最後に告知する予定みたい」
「だそうだ、ハルヒ」
「フフン、あたしに任せなさい!」
「ハルヒ先輩が何かするんですか?」
「どうやら、こっちの世界のビラも今週のみ内容を変えるようだな。今日から配れそうか?」
「あたしに二度も同じことを言わせるんじゃないわよ、青キョン!今日から配るに決まっているじゃない!あんたたちを待たせるほどの時間はかからないから安心しなさい!」
ハルヒの「安心しなさい!」がここまで頼りがいがあるのも珍しい。さて、何と返ってくるか楽しみだな。
「青古泉、一つ相談があるんだが……いいか?」
「あんた、また青古泉君からデザインの情報を受け取るっていうんじゃないでしょうね?」
「いや、今回は全くの別件だ。今週末の試合、先発ピッチャーはジョンか青俺を出して欲しい」
『はぁ!?』
「ちょっと待ちなさいよ!あんた、あたしがピッチャーじゃ不服って言いたいわけ!?」
たったこれだけの会話で「ちょっと○○!」が三回も聞けるとは思わなかった。まぁ、理由も話していないんだから当然か。怒りのボルテージが上昇する前にさっさと話してしまおう。
「色々と考えた末の結果だ。現実世界でバレーの夜練のことをバラさずに、どうして俺たちにこんな攻撃力が付いているのか国民的アイドルに納得してもらうためだ。前回もスカウターで様子を見ていたら、それが疑問だったらしくてな。その答えをこちらから提示してやろうって話だ。最初はOGじゃなくて青有希たちに捕球させることも考えたが、バレーでの俺たちの防御力は証明済み。人間が代わっても分かる奴には分かってしまう。その代案として出てきたのがこれだ。今回はどちらか一方が一回を投げたら二回から青ハルヒにピッチャーを交代する。俺がマウンドに立つのは来年度以降になりそうだが、100マイルの投球ができる人間が三人いるとなれば、野球に詳しい奴なら誰だって納得する。だがそれは、野球に関してだけであって、バレーに繋げられる人間はほとんどいないはずだ。要は、100マイルの投球が可能だと見せつけるため『だけ』の先発ピッチャー。SOS団の正投手はおまえだということに変わりはない」

 

「ふむ、それもそうね」と青ハルヒが納得しかけた矢先、真っ向から反論したのが青古泉。
「だとすれば、インタビューでその話題が出たときに、涼宮さんがそれに応えるだけでいいのではありませんか?わざわざ我々の方から提示することもないと思いますが……」
「くっくっ、だったら逆にキミに問おうじゃないか。涼宮さんが『160km/h台の投球ができる選手がメンバーの中に三人いる』と言って、それだけで信じられると思うかい?キョンはそれ以上の投球を既に見せているから一人目は納得できるけど、後二人がジョンとこっちのキョンだと判明していても、彼らは二人が実際に投げるところを見たことがないんだからね」
「どうやらそのようだ。何も知らない立場で考えてみたら、私も本当なのかどうか信じられなくなったよ」
「兄貴の言う通り、実際に見てみないと僕も信じられないよ。実際に見たとしても信じられないと思うだろうけどね。見ている人たちも、ここまでの逸材がどうしてプロ野球選手になっていないのか疑問に思うだろうね」
「なるほど、そこまで考えた上での先発ピッチャーというわけですか。分かりました、クリーンナップをもう一度考えてみることにします」
「いや、俺もインタビューのことまでは考えてなかったが、青佐々木や青圭一さん、青裕さんに説明されるまではインタビューでも良かったと思ってたよ。とりあえず、その件は任せる」
「了解しました」
「ところで、古泉君も黄古泉君も試合に出なくてもいいんですか?引っ越しも終わりましたし、土日は将棋に没頭していましたから、それどころじゃありませんでしたけど……」
「おっと、そのこともすっかり失念していましたよ。是非参加させてください。黄僕と相談してどっちが何曜に出るか決めることにします。彼から頼まれていた土地についても、一通り交渉が終わりましたからね」
「ちょっと待ちたまえ。確か、キミがキョンから頼まれていたのは全都道府県に最低一つ店舗を構えられる土地だったはずだ。店舗の店員をやりながら、もうすべて押さえたっていうのかい?」
『全都道府県の土地を押さえた―――――――――――――――――――!?』

 

 ようやく青古泉がいい方向に活躍している姿を見せることができた。これで少しはOG達の青古泉に対する見方が変わってくれるといいんだが、表に出さなくてもいいことを出してくるからな。変態セッターも含めてそこをなんとかして欲しいんだが……
「そんなに驚くこともありませんよ。こちらの世界で黄僕が探しまわって買い取った土地と同じ場所に交渉したまでです。数年経っていますから、すべて同じ場所というわけにはいきませんでしたが、あとはどこからでも始められます。来年六月頃には、以前行った六ヶ所同時オープンも可能でしょう。我々の世界の発展に大きな一歩を踏み出すことになりそうです。それから、都心の方は中野店、浦和店を押さえました。異世界の本社ビルの内装も、この間議題に挙がっていた通りになっています。そろそろこちらの圭一さんたちやOGは各自のフロアを作ってもいいでしょう」
当の本人は『驚くこともありませんよ』などと、さらりと言ってのけているが周りのメンバーからすればとんでもないことをこんな短期間で成し遂げた偉業として捉えられているようだ。特に今話題に上がった10人は空いた口がふさがらないようだ。
「それで青OG達はどうする?異世界の本社81階がここと同じスペース、82~84階が六人のフロアになる。一フロアに二人ずつ、誰が何階にするか六人で話し合っておいてくれ。『69階でいい』なんて奴もいるかもしれんが、他の荷物を置く場所も必要だろうからな。森さんと青新川さんが85階、青圭一さんと青裕さんが86階になる。87~89階は青チームのメンバーで必要があれば使ってくれて構わない。何も無ければスイートルームになるだけだ。子供たちが帰って来たところで説明ついでにどこ○もドアを出して、ここと異世界の会議室を行き来できるようにする。こっちのOG達もテレポートさえ使えれば異世界を自由に飛び回れるだろう」
『本当ですか!?』
「だから、こんなときに嘘を言ってどうするんだ。青圭一さん達も含めて、引っ越しはどうしますか?」
「休みのうちに引っ越し作業を終わらせてしまいたいけど、向こうに置いてきたものも含めて何を置くかもう一度考えてみるよ。兄貴、どうせなら家にあるものをすべて持ってきてあの土地も有効活用してもらわないかい?」
「そのようだ。店を構えるには厳しいだろうが、新居を建設して移動してもらうのなら使えなくもないだろう。私にももう少し時間をくれないかね?」

 

 青新川さん、森さん、青OG達も同意見のようだ。変態セッターのこともあるし今夜また話せばいい。
「引っ越しについては休みの日でなくとも、いつでも構いません。キューブに収めて異世界移動するだけですからね。それと、古泉たちが試合に出るのなら片方に今泉和樹の催眠をかけてしまえば両方出られるんだが……有希のスイッチ要因としてのみならまだしも、今の青古泉のセッターとしての技量を今泉和樹として見せるわけにもいかん。古泉の方に催眠をかけることになってしまうんだが、それでは『古泉一樹はセッター』として世に広まってしまう。もっとも、これまでの日本代表との戦いで十分見せてきたんだから、今さらそんなことを気にしなくても……とは思っているんだけどな。何にせよ時間が押してしまった。会議はここまでにして午後の仕事にあたろう」
「僕はオフィスで電話対応にまわりますから、今日は青僕に譲ることにします。もはや北口駅前店に向かう必要もないでしょう。機会なら今後いつだってあるんですから、催眠をかけてまで二人同時に出ることもありませんよ」
「じゃあ、すぐにビラ仕上げてくるわ!これにて解散!」
「ちょっと待ってくれないかね?」
圭一さんがハルヒを止めるとは思わなかった。OG達もそろそろ練習試合がスタートするし、時間もあまりないんだが……何かあったのか?
「引き止めてしまってすまない。一つ気になることがあってね。彼女たちが来る直前、君が何を離そうとしていたのか教えてくれないかね?話の流れからすると人事部に関係のある内容のようだが……」
「ああ、それなら、別に今日でなくても明日以降でいいと思っていた内容です。熊本と大分の復興支援の話ですよ。熊本は第二都市を八代市、大分は佐伯市にするつもりです。盛岡のときと同様、漁業を生業にしている世帯に連絡を取って欲しかったんですよ。因みに八代市が七月、佐伯市が八月完成予定。場所も含めて全員に確認を取ってから人事部の社員に連絡を頼もうかと思っていただけです」
「まったく、キミって奴はどこまで先を見通せば気が済むんだい?」
「逆だよ、俺からすれば失態としか思えん。大分や熊本にもツインタワーと建てると決定した時点で第二都市をどこにするか決めておけば、こんな手間をとらずとも各世帯にどっちにするか直接聞けたはずだ。前回の反省がまるで活かされていないんだからな。話のついでに全員に決をとりたい。とはいえ、八代市や佐伯市なんていきなり出されてもどこにあるのか分からない奴も多いと思うんだが……どうだ?」

 

 やはりというべきだろうな。宣言通り、その二つが一体どこにあるのか分からないという表情をしているのが大多数。だが、これまでの流れで漁業ができる港に近い場所という見当はついたらしい。
「どうやら、引き止めて正解だったようだ。君は失態と思うかもしれんが、人事部の社員はやりがいのある仕事が降りてきたと口々に言うだろう。自分たちが復興支援に携わっているのだからね。この時点で決定はせずとも、変更になった場合はそのときにまたかければいい。私はその旨を社員に伝えることにするよ」
「キョン君がここだって決めたところなら、わたしは反対しません!」
「どちらも港町で間違いありません。再び漁業ができるのであれば、場所が少し変わったくらいで反対するような人間からの電話は、一切ありませんよ」
「反対するメンバーもいないようだし、午後はわたしも練習試合に出ようかしら?」
「あ――――もう!じれったいわね!圭一さんもああ言ってくれてるんだし、いいじゃない、その二つで!新しいビラ作って今週末の試合の宣伝をしなきゃいけないんだから、さっさと行くわよ!」
『問題ない』

 
 

…To be continued