500年後からの来訪者After Future6-9(163-39)

Last-modified: 2016-11-10 (木) 10:11:26

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future6-9163-39氏

作品

みくる専用のパイプ椅子のデザインに一同驚愕の表情を見せ、朝倉からも「二月号だけでは収まりきらない」という発言が飛び出した。みくるの北高生時代の下着もランジェリーをつけるにはまだ早いティーンズ層の下着としてアレンジすることに。一年間の産休に入るため、佐々木の今年最後のコンサートも終え、いよいよ異世界での試合目前。未来のみくる達と別れを告げ、俺たちの時間平面上へと戻ってきた。

 

 ビラ配りチームが戻ってきているくらいで、将棋に行っている連中も練習試合をしているメンバーもまだのようだ。ちょっと早かったかもしれんが、あとちょっと……なんてやっていると夕食でみんなで揃っていて俺たち待ちなんてことになりかねん。夕食を温め直しながら動画サイトのチェックしていると、有希にUPしてもらった動画は……くくくくく、もうミリオンを超えてやがる。コメント欄も報道陣からすれば炎上だろうが、俺たちからすれば、もっとヒートアップしてもらって構わないくらいだ。ミリオンヒットしたものをニュースにしていたのはどこのTV局だったかな。
『いや~キョン君、誘ってくれてありがとうっさ!短い時間だったけど、みくると話せて良かったにょろ!この後の試合も未来から見ているって言ってたにょろよ!あたしも気合が入ってきたっさ!!』
「今回はどちらのハルヒもヒット後、ランナーとしても活躍できる采配になりましたからね。ホームランでなくとも、鶴屋さん達で青ハルヒを進塁してください」
『あたしに任せるにょろ!』
もっとも、未来から見ているのは試合中だけでなく夫婦の時間まで。今日は酔ってダウンするから無理として、みくるに伝えたら何て言うだろうな。未来のみくるまで母乳が出るようになり、北高時代の下着をサイズ調整してもらって着ている……だったか?
「待たせたわね!」
エレベーターから試合を終えたハルヒ達が現れた。
「ったく、三人とも汗をかいたらタオルで拭けって言ってあるだろう?何のためにお尻にタオルを挟んでいると思っているんだ?」
タオルで双子と幸の髪と顔を拭き、くしでといて髪型を元に戻した。
『試合が楽しいから、汗をかいても気にならないの!』
「とりあえず、今日の野球の試合が終わったらちゃんと風呂に入るぞ。明日汗臭くならないようにしないとな」
『野球の試合!?キョンパパ、ホームラン!!』
「ホームランにするかどうかはそのときの状況に応じてになるかな?」
『状況に応じてってなあに?』
「要は、そのときになってどうするかを決めるってことだ。ホームランを打つよりもヒットの方がいいことだってあるんだからな」
『わたしはホームランがいい!!』
「まぁ、楽しみに待っていろ」

 

 ようやく将棋組が戻って全員が揃った。ハルヒにどやされていたが、中途半端で止めるにやめられなかったんだろう。封じ手にして来週に持ち越しというのが関の山ってところか。佐々木の研究のようにならなければいいが、未来古泉は土日だけこっちに来ると言う約束で対戦しているんだ。それを破れば、アイツには互角以上の相手が現れることもない。黄チームに催眠をかけて、その上から『関係者以外には全くの別人に見える』催眠で上乗せ。観客に紛れ込んだ俺たちを待ち受けていた報道陣の横をいとも簡単に通り過ぎた。無駄な時間を過ごせたようで何よりだ。ご苦労様くらいは言っておいてやるよ。全体にかけていた催眠を解除してグラウンドで練習を開始した。こちらの世界ではOGが俺たちの投球を受け止めても何ら支障はない。相手チームは……選手たちは前回と変わらず、俺たちに対抗するための手段を整えてきたってところか。しかし、観客の層も随分と変わったもんだ。ところどころで『みくるLOVE』などのお手製の団扇や横断幕が用意されていた。青みくるがバッターボックスに立つ頃には会場中から歓声が聞こえてくることになるだろう。CMだけでなく毎日のようにビラ配りに赴いた成果もありそうだ。
「みくるちゃんの認知度もだいぶ高まったみたいね!三分の一とまではいかないでしょうけど、ビラ配りの効果がようやく出てきた証拠よ!これからも続けていかなくちゃ!!」
「今日の試合で更に高まることは間違いないでしょう。みなさんのご活躍を期待していますよ?」
「闘いがいがありそうね」
「問題ない。わたしで終わり」
「あっ!ちょっと有希!あたしにも出番よこしなさいよ!!」
「わたしも頑張ります!!」
「くっくっ、運がいいのかどうかは知らないけれど、キミ達がやろうとしているプレーがすぐにでもできそうだね。僕たちが裏の攻撃のようだし、ベンチでゆっくりと拝見させてもらうよ」
「世界を大いに盛り上げようって奴が、この球場内すら盛り上げられずにいられたんじゃ、いつまで経っても進展しない。白熱した試合ってヤツを見せてやろうぜ」
『問題ない』

 

 アナウンサーや実況には俺たちの……特に俺と青鶴屋さんのポジションの変更を既に見破られているようだ。当然の如くバッターボックスにはイチローが立ち、いつものルーティンワークの後バットを構える。昨日、コンサートに潜り込もうとした報道陣とは大違いだ。躍動感が溢れ出てきて止められそうにない。手の内は知りつくされているとはいえ、青ハルヒの修行の成果を真正面で拝ませてもらおう。まずはど真ん中から下に沈むジャイロボール。球速は121km/hと出ている。イチローなら簡単に合わせられそうなものだが、ここは様子見か……セカンドシーズンのドラマの設定ではないが、今の青ハルヒがソフトボールのように腕を一回転してから投げると球速はどの程度まで上がるんだ?確か、ソフトボールの最高速度は119km/hのはず。それを初球から易々と超えてくるんだから、流石は涼宮ハルヒだな。第二球、同じコースを同じモーションからのチェンジアップ。有希からのテレパシーで球種は分かっていたが、超スロー再生したかのような球速に思わずイチローも眼を見開いてボールの様子を見つめていた。球速は……71km/h!?初球との差50km/h。この球速に渡辺投手はどう思っているんだか。アンダースローは球速が出にくいとはいえ、『じゃあもっと遅くすればいい』と言うのは簡単だが、まったく同じモーションから更に10km/h遅い球なんてそう易々と修得できるものじゃない。しかし、これでツーストライク。ここで一球ボール球を入れたいところだが、俺たちの目的を達成するには出塁してもらわないといけないし、何よりイチローにバットを振らせるような誘い球が通用するわけがない。第三球、球速を戻して外角低めを狙った。執拗に低めを狙った有希の采配だが、イチローがバットを振って一、二塁間。朝倉が前に詰め、青ハルヒが捕りに行ったが、その頃には一塁に到達。青ハルヒの口角があがっている。これで準備は整ったと言いたげな表情でマウンドに戻って来た。三遊間なら間違いなく青俺のゾーンに引っかかって一塁で刺されていたはず。あの球を一、二塁間に運ぶとは、圧巻としか言いようがない。
『外角中ほどからのジャイロボール。速球』
二番バッターへの第一球が指示され、青ハルヒが振りかぶった。牽制球をしても無駄なことは承知の上。二番バッターが初球からバットを振ってきたがジャイロボールで空振り。グローブをはめていない方の手でキャッチすると青ハルヒがマウンドから離れる。
「受け取れ、ハルカ!!」
ジョンの世界で練習していた通り、捕ってすぐにタッチできる位置へと投げる。鶴屋さんがセンターから近づきエラーを阻止しようとしていた。そんな心配は無用とばかりに見事にハルヒがボールをキャッチ。勢いに負けることなくグローブを降ろしてイチローにタッチした。判定は………?審判はアウトを宣言!思わずイチローが帽子を下げて『やれやれ』と言いたそうなそぶりを見せていた。

 

 当たり前のように今のプレーをスロー再生したVTRが流れている。俺が右手で捕球して、わざと真っ正面を狙わずにタッチしやすい位置に投げているってのに、それでもギリギリかよ。ハルヒが少しでも威力に負けていたら間に合わなかった。会場中がざわめき、実況がここぞとばかりに熱く語っている。チアガール達の反応は様々。隣通しで手を繋いでいたり、両手を高く上げてボンボンを振っていたり、何度も跳びはねていたり。久しぶりに履いたアンスコが何度も見え隠れしていた。
『くっくっ、見事な連携プレーだったよ。でも、ここまで手を尽くしてようやくギリギリ間に合うような状態というのは僕も驚いた。年齢不相応の彼のポテンシャルには呆れるよ』
『涼宮さんがこのプレーを成し遂げるために彼をキャッチャーに選んだほどですからね。お二人が認める数少ない人物の中の一人で間違いありませんよ』
『フフン!次もこれで刺すわよ!』
バッターボックスにいた二番手も口がぽっかり空いたまま塞がりそうにない。青ハルヒがマウンドに戻ったところでようやくバットを構え直した。
『ここからしばらくはナックルボールで攻める。緩急は涼宮ハルヒに任せる。あなたならどんな球でも取れるはず』
ナックルボールか。確か前に一度投げていた記憶はあるが、ナックルボールだけで攻められるほどのものに昇華することができたのか?とりあえず、どんな球が来ても捕球できるようにしないとな。有希も無茶振りしてくれるよ、まったく。青俺と同様コーティングを使用した反則球かとも思ったが、青ハルヒがそんなことをするはずもない。しかし、だからこそと言っていいだろう。緩急をつけろなんて有希が言っていたが、最速でも100km/h出るかどうか……。それでもコースとブレでバッターを追い詰めツーアウト。三番手に国民的アイドルが登場した。こっちでも連絡先を交換できるかどうか楽しみだ。

 

 青ハルヒのナックルボールは未だ継続中。80km/h~90km/hで安定してしまい、緩急がつけられない。古泉のサーブと同様、力加減を間違えれば、ミットにすら届かない恐れもある。かといって落とし過ぎてもチャンスボールとして打たれてしまうだけ。良くて芯がずれる程度。次のバッターがバッターだけにあまり出塁させたくは無いんだが……ワンストライクスリーボールで四球に王手がかかったところで有希が動いた。
『速球、ど真ん中からのジャイロボール』
ようやくかと言いたげな青ハルヒの表情だが、ピッチャーがあまり顔に出すな!相手にバレるだろうが!待機モード中の有希や朝倉ではないが、常時無表情でなくてもいいからせめてポーカーフェイスってものをだな……キィンと快音が鳴り、打球はセンター前へ。やれやれ、案の定読まれていたか。ジャイロボールはしばらく封印した方がよさそうだ。そして、俺や青ハルヒと同様、あだ名ではなく異名をもった打者がバッターボックスについた。前回は俺がバックスクリーン直撃弾を防いだものの、前回のアレを受けて今度はどこを狙うか分かったもんじゃない。朝倉はどうか知らんが、有希はホームランだと判断した瞬間に微動だにしないからな。朝倉も取られた分は取り返すと言うだろう。『恐竜相手に蟻三匹』でどうやって勝とうか、たまにはキャッチャーにも考えさせてほしいもんだ。一匹目の蟻の攻撃、内角低めを超低速の球がストライクゾーンを通過。速球と比べても投球フォームには何の変化もない。さっきから頭の中に思い浮かぶフレーズが古泉のように大袈裟になってしまっているのは重々承知の上だが、何倍の重力で修業したのかは知らんが、前回とは比べ物にならん程、こっちも化け物になってしまったようだ。二匹目は外角低めからのカーブ。球速も先ほどと変わらなかったが、これは読まれてワンストライクワンボール。三匹目、今度は外角低めを狙った速球。ここぞとばかりにバットを振り、ストライクゾーンを通るか否かのところで打ち返された。打球はライト方向一直線。朝倉も身動き一つしやしない。フェンスを越えて本塁打が確定した。
『当たり前だ。たった三匹の蟻が恐竜に勝てるとでも思っているのか?』
ようやくジョンのテレパシーが届いた。さっきから何度もキーワードを工面してやっているのに、まだ喰いついてこないのかと待ちくたびれたぞ。まぁ、ジョンも言うタイミングを伺っていたってことでいいか。

 

0-2ツーアウト、本塁打の直後だからランナーはいるわけがない。五番打者がバッターボックスについた。次のバッターも……渡辺投手ではないのか。いつ出てくるんだか分からんが、今はこの回を終えることに集中しよう。って、バックスクリーンに表示されていたのをすっかり忘れていた。前の試合でマウンドに立った例の投手が九番手。渡辺投手は七番手か。ナックルボールを除いてど真ん中を狙ってもそこから下に落ちるような低めの球ばかり注文が来ていたが、ここでようやく流れが変わった。有希が指定して来たのは内角からのカーブ。要するにバットの芯で打たせずに内野ゴロで仕留める策に変更したってことだ。下に変化するだろうと呼んでいたバッターの裏をかきワンストライク。チェンジアップで同じコースをストレートで突きぬけると、第三球でようやく内角中ほどからのジャイロボール。ここまで球種に富んでいるってのに、良くもまぁホームランを打てるもんだな。ようやく自分の出番と言いたげにベンチにグローブを投げると、バットを持った有希がバッターボックスへと向かっていく。こんなに小さい背中が頼もしく見えるのはどうしてだろうな。
「この試合、あたしが一番目立ってやるわ!!」
ベンチにいるメンバーに堂々と言い放ってハルヒがバッターズサークルへと向かっていく。その足取りたるやこちらも恐竜で間違いない。たった三匹の蟻は果たして誰だろうな。アホの谷口、藤原のバカ、急進派の変態親玉も入れておこう。一回裏打順は一番有希。前回同様、海外組の投手がマウンドに立っている。前回のリベンジに来たってことでほぼ間違いはない。
「それで、おまえ体調は大丈夫なんだろうな?」
「くっくっ、ここまでの試合内容を見せられて悪化するはずがないだろう?このあとの展開が楽しみで仕方がないくらいだ。キミもただホームランを打つより、何か別のことを考えてみたらどうだい?」
「別のことねぇ……わざとライト方向に打ってハルヒとレーザービームの勝負でもさせてみるか?」
「それを可能にするには、朝比奈さんのヒットでランナー一、三塁にする必要がありそうですね。そう易々とツーベースヒットにはさせてもらえないでしょう。ですが、それであってもハルヒさんがツーベースヒットを打たなければならない事に変わりありません。黄有希さんが相手の注目を引きつけてくれれば、その間に三塁に進出できそうですが……黄朝倉さんの打順ならそこまで難易度は高くありませんが、試合で自分が一番目立つという点においてすでにハルヒさんが一歩前に出ている分、それを更にアシストするような真似はしないでしょうからね」
「あら、そこまでバレていたんじゃ、認めるしかなさそうね。自分の出番を不意にしてまでアシストする気なんてさらさらないわよ?それに、わたしが出塁した後は涼宮さんのホームランのチャンスになりそうだし」
「だったら、この後ハルヒがどういう策に出るかで俺の狙いも変わってきそうだな」

 

 三遊間を勢いよく抜いた有希が出塁し、バッターボックスについたハルヒにバットを振らせるボール球を投げると、先ほどのプレーのお返しとばかりに二塁に送球。イチローと同等かそれ以上の有希に対して、通常のやり方で阻止できるはずもない。難なくセーフを勝ち取った。尚もリードを広げ三塁を狙う。まさかアイツ、ハルヒのヒットでまたしてもホームを狙うつもりじゃないだろうな。第二球、ハルヒが……バントぉ!?……いや、構えただけで有希の盗塁のアシスト。ワンストライクワンボールで第三球、快音が鳴り打球は一、二塁間を抜けライト方向へ。
「なるほど、これなら黄有希さんを囮にしてハルヒさんがセカンドを狙うことができます。前回はあれだけ黄有希さんのことを話題にしていましたからね。今回はレーザービームとどっちが勝つか見物ですね」
自分が二塁に進むためのお膳立てとして、有希を三塁まで進ませたのか。どっちに転ぶかは分からんが、審判の判定を待つ間、時間の空白ができる。その間に二塁を奪い取る気かよ。前回はイチロー対有希ならイチローのレーザービームの方が早かった。キャッチャーが有希を仕留めそこなって得点を稼ぐことができたが、今回はどちらが先になるか微妙だな。その上、有希の伸身ムーンサルトやバスケットで言うところのフェイクを入れる策はもはや相手には通用しない。どうなる……?0コンマ数秒差で有希がキャッチャーの横を抜いた。ボールを受け取ったキャッチャーがすかさず腕を後ろに回すものの、それを避けて前宙でホームベースを踏んだ。一回裏にして何なんだ?この白熱っぷりは……個々のレベルが高すぎる。
『有希お姉ちゃん凄い!』
双子とハイタッチした有希がベンチに腰かけた。何を言っても口からは「問題ない」としか出てこないだろうが、ハルヒのサポートもあり、今頃達成感で満たされているだろう。俺の仕事も決まったようだ。
「じゃあ、俺はハルヒのサポートをしてくる。朝倉、その後は頼んだぞ?」
「あら、美味しいところをわたしが全部貰ってもいいのかしら?ハルヒさんが後でぼやかないといいんだけど」
「真っ向勝負で負けたのなら愚痴はこぼしたとしても、ハルヒに文句は言えない。もっとも、俺もただライト方向にヒットを打つだけで終わるつもりは毛頭ない」

 

 バッターボックスに立った青みくるにドームのあちらこちらから「みくる――――――!!」という叫び声が聞こえてくる。それだけCMで話題になり、ビラの効果が出てきたということになる。確か……ハルヒから聞いたんだったな。ここにいる人間は日本全体のおよそ2000分の1。つまり、こうして青みくるにエールを送っている奴等の2000倍が朝比奈みくるのファンだということになりそうだ。二、三球様子を見ると、三塁方向へのバントで青みくるが出塁してノーアウトランナー一、三塁。今まで何度も見てきたが、この状況ならこれが一番手堅い戦略と言えるだろう。足で稼いでいるのは有希だが、ヒットの面において俺たちのチーム内でのイチローは青みくるということになりそうだ。っと、俺がベンチに戻ったら、チアガール達の声帯を治しにいかないとな。今頃になってようやく気が付いた。まぁ、それだけ頭の中は冷静ってことでいいだろう。青みくるに三塁まで走れと言っても良かったが、次のバッターが朝倉なら、リスクは少しでも低い方がいい。狙いは当然ライト方向。バントよりも強めに、かつピッチャーでは取りに行けない程度の球。その分距離は縮まりそうだが、時間を稼ぐことができればそれでいい。相手投手の初球を叩いた頃には、ハルヒはすでにホームに向かって全力疾走。ボールの行方を追いながら一、二塁を難なく奪うと、ライト方向からのレーザービームが再度放たれた。時間は稼いでやった。あとはハルヒ次第……と思っていたんだが、レーザービームがキャッチャーに届く前にハルヒがホームベースを踏んでいた。お膳立てしすぎたか?これはこれであとから文句を言われそうだが、まぁいいだろう。「あとちょっとだったのに!!」のセリフを聞かなくても済むからな。しかし、今回のイチロー封じは現実世界でも役に立ちそうだ。来週の土曜日、どんなメンバーを揃えてくるのかは分からんが、海外組が現れないのなら青有希や青佐々木にも出てもらうことにしよう。朝倉がバックスクリーン直撃弾を放ち、これで5-2。チアガール13人の声帯も治したし、有希、朝倉を後ろに控えることなく自由にプレーが可能になった青ハルヒが、どんな戦略を立てるのかじっくり拝見させてもらうとしよう。しかし、本人たちが希望したこととはいえ、チアガール13人というのも画としてどうかと……別にベンチから見てるだけでも十分だと思うんだが……まぁ、今は気にしないでおこう。

 

 相手の投手は前回と同じなんだ。もう初球で叩いても十分だと思うんだが、自分の狙ったところに打てる球が来ないらしい。ようやくバットを振ったかと思うと、青ハルヒの球が左中間へ。一塁を蹴って二塁を目指すものの、あと5mというところでセカンドにいた国民的アイドルにボールが渡る。青ハルヒの後ろにはピッチャーが立ち塞がった。まさか……と誰もが思ったその矢先、案の定ハルヒの真似をした青ハルヒがとぼとぼと一塁へと戻っていく。前回はこれでボールを投げた瞬間に振り返り、進塁を許してしまった。そこへこっそりと渡辺投手がボールを受け取り、青ハルヒへと近づいていく。背中にボールがあてられそうになった瞬間、青ハルヒがすかさずしゃがんで振り向くと二塁めがけてクラウチングスタート。ボールが青ハルヒにあてられないと察してすぐセカンドに投げ返したが、ヘッドスライディングで二塁を奪取した青ハルヒに軍配があがった。空気の流れを読むなんて戦闘で培ったスキルがなければこんなプレーできないだろうな。その場にいた国民的アイドル、渡辺投手、ダル○ッシュ投手他、青ハルヒのプレーに唖然としていた。5-2ノーアウトランナー二塁、バッターボックスには七番青鶴屋さん。
「青チームのキョン君には悪いにょろが、ここでホームランを打っておかないと、あたしの出番が終わってしまいそうっさ!青あたしと一緒に戻ってくるにょろよ!」
おいおい、ってことは青ハルヒが青鶴屋さんの打席でホームに辿り着くっていうのか!?青ハルヒまで伸身ムーンサルトなんてしないだろうな……青鶴屋さんへの第一球、またしてもバントに構えたが、ダル○ッシュ投手もすぐにバントの処理に出られる体勢に入った……が、先ほどのハルヒと同様、バントに構えた振り。ストライクを犠牲に青ハルヒが三塁へと盗塁に成功した。続けて第二球でバットを振り、ライト側へのヒットで青ハルヒがイチローに勝負を挑むに違いないと東京ドーム中が思ったその矢先、青鶴屋さんの打球はその裏をかくセンター前ヒット……のはずだったのだが、悔しくも高さが足りず、ジャンプした国民的アイドルにボールを奪われてしまった。急いで青ハルヒが塁に戻り、ダブルプレーは避けられたものの、これでワンアウト。さっきの出塁もそうだが、どっちの世界の国民的アイドルも相当練習を積んでいるらしい。他の仕事は大丈夫なのか……?バットを抱えて戻ってきた青鶴屋さんをチアガールとベンチメンバー全員が迎え入れる。

 

「今のは惜しかったですね。センター前ヒットなら確実に涼宮さんが得点できたはずです。しかし、ライト前ヒットを打つとばかり思っていましたよ。敵を騙すにはなんとやらとは言いますが、お見事です」
「あたしも安全にハルにゃんを帰したかったにょろが……ごめんにょろ」
「くっくっ、さっきの打球といい、僕らの世界での彼といい、どちらも他の選手たちに遅れをとらないくらいの仕事をしてくれるようになったもんだね。今日までにどれだけの練習を積んできたのか聞いてみたいくらいだよ」
「それについては僕も同意見ですが、こちらの鶴屋さんもどうやら単なるホームランでは満足できそうになくなったみたいですよ?」
そろそろ頃合いか。ステルスを張ってチアガールの声帯を治しに行くついでに鶴屋さんのバッティングを見せてもらうとしよう。さっきの青鶴屋さんのプレーは、第二球で打ちにいったからこそ相手の意表を突くことができた。最初のバントに構えた振りをしたあとに打てそうな球を待つようでは、相手に手の内を読まれてしまうし、他のバッターにも影響が出る。ボール球でもない限り、無理矢理にでも二球目で打たなきゃならなかったんだ。青ハルヒはすでに三塁。はたしてどんな策に出るのやら……
 チアガール達の声帯と疲れを治しているところでバットとボールが当たる音が鳴った。快音と言うにはほど遠い音だったが、バットを振った鶴屋さんが内野ゴロに終わるとは到底思えない。打球はピッチャーの真上を超え、セカンドの前に落ちる球。投球を終えたばかりのダル○ッシュ投手がジャンプで捕球できるような球では無かったが、セカンド前に落ちる直前、ショートにいた渡辺投手が国民的アイドルの前に入って捕球。鶴屋さんならヒットを放つと確信して走り出していた青ハルヒが戻ろうとしたのだが、時すでに遅くダブルプレーで一回裏を終えた。

 

「いや~ごめんにょろ!青ハルにゃんなら、セカンドからの送球でも得点できると思っていたっさが……落ちる前に捕られることまでは考えていなかったにょろ!」
「くっくっ、気にする必要はないよ。僕のように飛距離が出せない人間ならまだしも、ホームランを打てる選手があんな場所にピンポイントで落とすなんて余程の技術がないと不可能だ。彼もこんなに白熱した試合をフライで終わらせるような真似はしなかったはず。わざと落として涼宮さんとの勝負に出ただろうね。思わぬ伏兵に足をすくわれてしまったようだ」
「やれやれと言いたくなりましたよ。この試合、グラウンドに立てそうにありません。誰一人として僕に譲ってくれそうな人がいないんですからね。来週の試合はスターティングメンバーとして入れていただきたいものです」
「宣伝効果を考えればそうなるだろうな。古泉が四番でもおかしくない。ところで有希、この回だけでもいいから采配を俺と青ハルヒに委ねてくれないか?色々と試してみたくなった」
「分かった」
「あんた、あたしに恥をかかせるような球要求したら、承知しないわよ!?」
「だから、『俺と青ハルヒに委ねてくれ』と言っただろう。おまえも納得した上で投げるんだから文句はないはずだ」
「……それもそうね。それならいいわ」
「どうしたんです?キャッチャーの面白さが実感できたとでも?」
「蟻三匹で恐竜に勝てるかどうか試したくなっただけだ」
『蟻三匹?』
「まぁ、詳しくはジョンにゆっくり聞いてくれ」
「くっくっ、ジョンに聞けってことは、例の漫画で間違いなさそうだけれど、そんなシーンなんてあったかい?」
「ナ○ック星のドラ○ンボールが石になった直後のフ○ーザのセリフで間違いありません。蟻三匹はおそらくストライクのこと。恐竜の異名を持つ選手なら、先ほどバッターボックスに立ったばかりですからね。どんなピッチングをするのか見せてもらうことにします」
『なるほど!』

 

 ゴジラのホームランの後、五番手を打ち取って二回表は六番手から。
『速球、ど真ん中からのシュート』
こちらの要求に青ハルヒが頷く。有希から指示が出ていたときはこの動作が一切なかったからな。まだテレパシーで球を伝えているとはいえ、ようやく野球らしくなってきた。ど真ん中でもバットを振ってこないか……まぁ、何かあると読むのが普通だ。たった今司令塔が変わったばかりなんでな。今までの流れを読んで打つことはできん。第二球、内角高めのさらに上を狙ったボール球。ジャイロで落ちると踏んでバットを振ってきたが空振り。ツーストライクで後が無くなった打者を目の前に青ハルヒから注文が飛んできた。ど真ん中を今度はチェンジアップで投げるか……悪くない。リリースの瞬間、バッターが驚いていたが、それでもボールに合わせてバットを振った。打球は先ほどの青鶴屋さんと同じセンター前ヒット。さっきのお返しとばかりにハルヒが跳んだがそれも届かず。ランナー一塁で渡辺投手がバッターボックスに立った。アナウンサーや実況が『ミスサブマリンVSミスターサブマリン』とうるさいが、青ハルヒも『互いに手の内がバレている』と言っていたからな。裏をかいても渡辺投手にとっては裏でも何でもない。ここは、青ハルヒに委ねよう。初球、ど真ん中からのカーブに対して、変化する前に渡辺投手が動いた。セーフティバントだと!?だが、W俺がキャッチャーならバントは通じない!ボールが当たる前に立ち上がると、逆回転のかかったボールをすかさず握りしめ、セカンドへと送球。ハルヒからみくるへボールが渡り見事にダブルプレーを成し遂げた。やれやれ、またハルヒのアシストをしてしまったらしい。その後ろでは有希と朝倉がつまらなさそうに突っ立っている。しかしこれでツーアウト。再びバッターボックスにイチローを立たせる前に取っておきたいところだな。しかし、東日本代表と戦ったときと違って左バッターがいないな。正攻法と言えば聞こえはいいだろうが、左バッターをスカウトするくらい簡単にできそうなもんだが……
『ちょっとあんた!次はどうするのよ!?あたしが決めちゃってもいいわけ!?』
『ああ、すまん。なら、ここからはおまえが決めろ。イチローが出てくる前にさっさと二回裏にしてしまおうぜ』
『フフン、分かればよろしい』

 

 苦戦は強いられたものの、なんとか八番手で二回表を終え、続く二回裏。有希の邪魔になると判断した青俺がレフト方向へと本塁打を放ち、先ほどと同様、有希とハルヒの連携プレーでイチローに再度勝負を挑んだが、さすがにレパートリーが尽きていたのか有希がついに捕らえられた。ツーストライクまで追い込まれた青みくるが次でバットを振ったが内野ゴロに終わってしまい、やれやれ……俺はまたハルヒのアシストにまわらなきゃならんのか?リードを広げたハルヒをバントに構えた振りで三塁に進めた後、先ほどと同様の球でライト方向へ。折角アシストしてやったんだ。有希がアウトになった分も含めて、しくじるなよ?しかし、これまでのWハルヒの気持ちが良く分かった。次に朝倉が控えているんじゃ、いくら二塁まで進めたとしてもエネルギーの無駄だな。おそらく、これが四度目のレーザービームになるはずだが、スピードは落ちることなくキャッチャー目掛けて一直線。先ほどより前に構えていた分、ミットに収まるのが早かったが、その頃にはキャッチャーの横を通り過ぎ、スライディングでホームベースにタッチしていた。朝倉が二度目のバックスクリーン直撃弾を放って9-2、ゴジラVSヒューマノイドインターフェースの闘いはいつ決着がつくのやら。青ハルヒ、青鶴屋さんが出塁して鶴屋さんが本塁打なら、それで俺たちの勝利が決定するんだが……コイツ等、これで終わらせる気がないというか、まだ目立ち足りないと言いたげな面してやがる。相手投手の表情は至って冷静そのものって顔をしているが、はらわたが煮え繰り返るような思いだろうな。だが、練習風景でも見せている通り、こっちは100マイルの投球ができる人間が三人もいるんだ。打球の威力に差はあれど、相応の修錬を積んでいることに変わりはない。ツーアウトということもあってか、塁に出るとそのまま三回表を迎えてしまうと察した青ハルヒが、レフト方向にソロホームランを放ち、青鶴屋さんもそれに続くつもりでバッターボックスに立った。
「しかし、この回で終わりにするのももったいない気がしてきましたね。黄有希さんや黄朝倉さんの超光速送球がまだ出ていませんし、イチローをセカンドで刺したあのプレーが今度はどうなるのか見てみたいんですよ。彼がキャッチャーでは、バントは効かないと知らしめることができましたからね。小細工は無用です。次は長打を狙ってくるでしょう」
「ちょっと待ちなさいよ!!あんた、あたしが打たれるって言いたいわけ!?」
「先ほど申し上げたではありませんか。この回で終わりになるのはもったいないと思っただけですよ。それに、彼とハルヒさんの連携プレーもあったとはいえ、ここまでアウトを稼いできたのは、ミスサブマリンの投球があってこそだと思っていましたが、違いましたか?」
「キョンと黄あたしだけで半分捕ってるようなものじゃない!」
確かに、六つのうち三つは俺とハルヒで捕ったものに違いない。青ハルヒは速球を投げただけだからな。自分もあのプレーの立役者として含まれているとは思えないんだろう。

 

 粘りに粘った青鶴屋さんの打球も、快音と共にライト方向へ飛んでいったが威力が若干足りずにライトフライ。だが、イチローと言えばコレ!とも言うべき後ろ手でフライをキャッチするシーンをTVではなく、自分の眼で拝めたからそれでいいか。監督の言う通り、こんなドリームマッチをこれで終わらせるのはもったいなさ過ぎる。まだ恐竜相手に真正面から立ち向かっていないからな。ピッチングでやられた分を巻き返すとばかりにバッターボックスに立ったダル○ッシュ投手。投手がピッチングでやられた分をバッティングでやり返すというのもどうかと思うが、目の前にそうではない例が何人もいるし、まぁいいか。しかし、先ほどの青俺ではないが、この後イチローが控えているというのにその前を阻むように出塁してもいいのか?足の遅い選手では決してないが……ツーベースヒットかソロホームラン狙いでまず間違いない。青ハルヒにそれを伝えてソロホームランは打たせないが、敢えて長打を打たせる作戦に出た。こちらの出方を見て迎えた第四球……読み通り!!
『有希、左中間!!』
この試合での有希の活躍ぶりは、このドーム内の全員が認めているだろうが、本人にとってはまだ足りないらしい。さっきやり返されたからな。すかさずボールの真正面に入った有希から青みくる目掛けて超高速送球!やる気が漲った一球を青みくるが見事に受け止め、一塁でランナーを刺した。会場全体から歓声が聞こえてくる。バックスクリーンの画面に映った自分を見てカメラのある方向に青みくるが笑顔で返した。それを見たみくるファンは大盛り上がり。これでまたファンが増えそうだな。たったそれだけで青みくるに全部持って行かれたと思っているWハルヒと有希。しかしまぁ、1mmの狂いもなく投げられたとはいえ、有希のあの球を良く受け止めたと思う。古泉風に言うなら「いやはや、圧巻の一言以外に言葉が出てきませんよ!」だな。ざわめいた会場中を、一人の男が静まり返した。満を持してイチローがバッターボックスに立った。この男に空振りを誘発するボール球は効かない。変化球で芯をズラしても対応してくるだろう。だったら、その差50km/hの緩急で勝負を仕掛けるのみ。イチローから三振を取ったってだけでも十分目立つことができるだろう。まぁ、そう簡単にいくとは俺も思ってないけどな。低速球、高速球でツーストライクまで追い詰めた三球目、低速の外角低めをレフト線に放たれた。向こうも有希と勝負してみたいらしい。指示は出さずとも前に詰め寄った有希による二度目の超光速送球。線審の判定はセーフ!再度スロー映像がVTRで流れているが、スローで確認しなくとも見れば分かる。まったく、有希の超光速送球から一塁を分捕ったというのに、微塵の隙も感じられやしない。『常に全力』という言葉を現在進行形で継続している良い見本だよ、まったく。

 

 続く二番手、この状況で先ほどの打席では外角中ほどからのジャイロボール。俺が右手で受け止めるには絶好球だったんだが、二度同じ手が通用するとは思えん。外角中ほどを速球でというテレパシーに対して青ハルヒが頷く。青ハルヒが投球フォームに入ったところでイチローが走りだした。次の瞬間、二番手がバントの体勢に入ろうとしていた。「余計な邪魔を……」と思って立ち上がると、当たる寸前でバットをそらされ、ストライクゾーンを突き破ってくる。
『キョン!!』
ベンチからの声がしたような気がするが、多分そうなんだろう。災い転じてなんとやらってヤツだ。立ち上がった俺の右手の位置に青ハルヒの投げた球が見事に命中し、そのまま掴んでハルヒの持っているグローブへ。すでにグローブとイチローの姿しか映っておらず、その他大勢は味方であろうと闇に沈んでいた。先に立ち上がった分、前の打席とほとんど差はないはずだ。線審の判定は……セーフだと!?一体どこにそんな余裕ができたんだ!?
『キョンが立ちあがってそのまま投げたせいだ。腕の力だけで投げたから前の打席より球速が落ちていた』
ぐ……ジョンの解説に納得せざるを得ない。確かに先に立ったのは利点だと判断してそのまま投げたからな。
『キョン、大丈夫なの?』
どっちのハルヒからのテレパシーかは分からんが、この際どっちでもいい。全員に向けてテレパシーを放った。
『ジョン曰く、フォームも何も無しで投げたせいでスピードが出てなかったそうだ。先に立って逆に良かったと思ってしまったのがまずかったらしい。だがこれで、フリも含めてバントは俺には効かないことも証明できた。いくらイチローでも三塁には盗塁できないと思っているはずだ。次に一塁方向へバントのボールが行くようなら俺がイチローを刺す』
『まったく、先ほども申し上げましたが、バントの効かないキャッチャーなんて、あなた以外に聞いたことがありませんよ。ですが、あなたの言う通りなら狙いは一、二塁間に絞られたも同然です。黄朝倉さんに前に詰めろと言っても無理でしょうから、そのときは涼宮さんが取りに行ってください』
『あら?いつからわたしの思考が読めるようになったのかしら?』
『おまえのことだ。イチローをわざと三塁まで行かせてホームで仕留めさせるつもりだろ?』
『あなたも良く分かったわね。仕留め損なったらどうなるか、覚悟はできているんでしょうね?』
『上等じゃない!とにかく、一、二塁間に打たせなければいいんでしょ!?』
『なら、采配はすべておまえが決めてテレパシーを送れ』
『フフン、あたしに任せなさい!』

 
 

…To be continued