500年後からの来訪者After Future8-19(163-39)

Last-modified: 2017-01-25 (水) 08:25:59

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future8-19163-39氏

作品

ビバリーヒルズでの生活も二日目を終え、昼食と夕食のメニューは俺と妻の二人で全て平らげてしまった。後は朝食の残りのメニューを食べつくして、発掘作業へと向かうことに。食べた料理を俺なりにアレンジして作るのはいいが、出すタイミングを考えないとな。旅行先がバレにくいという意味では影分身を置いてきて正解だったかもしれん。

 

『……キョン、おはよ。起きるの早いね』
『起きるのが早いんじゃない。あれから一睡もしていないだけだ』
『えっ!?キョン寝てないの!?』
『週末のおススメ料理の仕込みをしたり、ディナーの火入れをしたり、夜練に参加したり、シャンプーやマッサージも含めてやることが山積みだからな。ようやく向こうの影分身が寝られるような時間におまえが起きてきただけの話だ。まぁ、告知中も毎日のようにこんな状態だったし、もう慣れたもんだけどな。とりあえず着替えて朝食に行こうぜ。下着も新しいものを着せてやるから』
『もう力が入らないなんてことは無いから大丈夫だよ。私が情報結合する。でも、着るときはキョンに着せてもらいたいな』
『これで下着の件を他のメンバーに知らせたら、明日以降どうなるか見物だな』
『明日以降……何かあるの?』
『髪に関しては同じシャンプー剤やトリートメントを使っているんだから大差はないだろうが、胸の大きさや肌のツヤ、色っぽさが全然違う。女同士なら微妙な変化でもすぐに分かるはずだ。俺から見ても、六人とも「大人の女」って雰囲気を醸し出している。これで抑えつけていた胸が出てくれば誰だって気が付く』
『なんか……年齢的なことも含めて、喜んでいいのかどうか分からない。私たちのことを褒めてくれてるのは伝わってくるんだけど……』
『今まで成長しなかった分と思えば、年齢なんて関係ないだろ?それで、着るものはどうするんだ?』
結局、喜ぶに喜べない妻を連れてレストランへと向かい、当初の計画通り、残りのメニューを全て平らげることに成功した。情報も共有したし、これで忘れることは無い。だが、一泊するだけで五万以上かかると青古泉から情報があった通り、そのホテルのスイートルームを予約し、レストランの全メニューを食べつくしただけあって、値段が跳ね上がっていたのは言うまでもない。宝石店に行って結婚指輪を三つは買えるくらいの金額になっていた。当然、現金があるはずもなく、カード払いすることになったのだが……見に行こう見に行こうと思っていて、ずっと確認できていない俺の通帳の残高はいくらになっているのやら。

 

『キョン、ここは?』
『日本の菱刈鉱山ってところだ。日本は金の生産量世界一を誇っている。中国より多くの金を発掘できるかもしれん。昨日は俺がやってみせたが、試しに自分でやってみないか?』
『えっ!?私が発掘作業をするの!?え~~っと、昨日はどうしていたっけ……?』
『まずは、閉鎖空間を鉱山を囲うように広げる。その条件として現状を維持すると条件をつける。とりあえず、そこまでやってみろ』
相変わらず、閉鎖空間の色は赤か。だが、鉱山全域を囲うだけの広さには到底及ばない。現状維持の条件もあやふやのままだと土砂崩れが起きてしまう。閉鎖空間は俺が展開するか。
『今の段階じゃそれが精一杯のようだな。じゃあ、閉鎖空間は俺が広げるから、金を吸着させる磁場を作ってみろ。二つ以上作れるとこの後の作業が楽でいい』
両手の掌の上にそれぞれ一つずつ磁場を作り出したまでは良かったが、いくらイメージしても、それ以上出てくる気配がない。
『よし、磁場に条件をつけてその辺に浮かせてみろ。可能なら色々と場所を変えてみてくれ。ここの鉱山は量が多いからな。俺も磁場を発生させる』
鉱山のいたるところに磁場を配置すると、昨日とは比べ物にならないほどの揺れと共に、地中から巨大な金の塊が姿を現した。ただの磁場によくもまぁそんなものが吸着するもんだと感心するよりは、どちらかというと呆れ果てていると言った方が正しいかもしれない。妻も俺の隣で口を開けたまま何と言っていいのやら分からないらしい。
『こんな隕石が降ってくるのなら大歓迎したいくらいだ。破壊された建物を直しても、まだ金を持て余すくらいの量で間違いない。死傷者が出なければの話だけどな』
『これ……一体どれだけの量があるの!?』
『不純物も混じっていることを視野に入れないといけないだろうが、俺も純金の延べ棒にしてみないことにはどれだけの量なのか想像もできん。ただ、日本の生産量は一年で150トンだが、この採掘方法だと、眠っていた黄金を全部掘り出したようなもんだからな。昨日とは別のキューブに収めて、仕分け作業をしながら確認することにしよう。とりあえず、異世界も含めて全部回ってしまおうぜ』
『分かった』

 

 その後、オーストラリア、ロシア、そして異世界の国々をまわり、超能力の修行をしながら金塊を集めることしばらく、空腹を知らせる音が鳴り響いたところで昼食タイムとなった。
『ちょっと、キョン。何もこんな場所で食事しなくてもよかったんじゃないの!?誰かに見つかったら私たち逮捕されちゃうじゃない!』
『他にいい場所が思いつかなかったんだ。ステルスを張ってあるから、誰にも見られることはない。そういや、高いところは苦手だったか?』
『そういう問題じゃなくて!「自由の女神の頭の上で食事をする」なんて、どういう神経してるのよ!!』
『二度と行けないかもしれないって散々言ってただろ?人生に一度っきりの旅行になるのなら、最後まで派手にいかないとな。コイツとは以前頭をド突き合った仲なんだよ。もっとも、俺が一方的に殴っただけなんだけどな。それより、影分身に作らせてはみたが料理の方はどうだ?』
『そりゃあ……キョンの作った料理の方が美味しいに決まってるけど……』
『日本じゃようやく朝食時だ。昼食は俺たちの分も作るつもりだが、仕分け作業をするならどこがいい?』
『どこって……異世界の天空スタジアムじゃ駄目なの?』
『確かに、キューブを原寸大に広げるだけの広さはあるが、折角の天空スタジアムを汚すわけにもいかん』
『そういえば、プラチナやダイヤモンドを仕分けていたときはどこでやっていたの?』
『エジプトのサハラ砂漠だ。空調管理の閉鎖空間があるから、砂漠だろうが氷山だろうが暑くも寒くもない。それにUVカット機能も付いているし、日に焼けることすらない。北極で白熊と闘いながら仕分け作業何て言うのも悪くないな。サハラ砂漠で仕分けていたときは、毒サソリが影分身を刺してきたんだが、いくら毒がまわろうと影分身には関係ない。本体ならそれも閉鎖空間一つでガードできる』
『もう、スケールが大きすぎてついていけないよ……』
食事を食べ進めてはいたが、すっかり黙り込んでしまった妻に一つの提案をした。アフリカの野生動物たちの巣窟なんて言ったら余計に嫌がるだけだからな。
『よし、ならこうしよう。天然の水族館に連れていってやるから、そこで作業を進めよう。前に一度行ったことがあるところだから心配いらん』
『私が前に一度行ったことがある天然の水族館?』
『正確には「私たちが」だな』
『どこだろう……でも、白熊と闘うような危険なところじゃないならいいかな。どこに行くつもりなの?』
『ゴールデンウィークの都合をみんなで調節して、有希が作った水着を着けて撮影した場所だよ』
『ゴールデンウィークの都合?有希先輩の水着……って、分かった!!ハワイに行くんでしょ!?』
『正解。あのときは水中から酸素を取り込んでなかったし、朝倉から早く撮影を始めなきゃ間に合わないと急かされていたからな。ほとんど見ることができなかったが、今度は周りの景色を見ながらゆったりのんびりと時間を過ごせばいい。作業自体は単調作業でつまらんからな。その代わり、ちゃんと99.99%の純金にしてくれよ?』
『フフン、あたしに任せなさい!』

 

「ところで、昨日あなたにお伺いするのをすっかり忘れていたんですが、彼のような覚醒状態には入れたのですか?」
「いや、似ているものについてはまだはっきりとした区別がつけられない。黄俺のように瞬時に判断して、堂々と相手の攻め手を言ってのけるには、まだまだ修錬が必要らしい」
「ヘリ二台の運転と店舗の店員までやっていても尚、そのような状態とは……僕が日本代表チームの采配を読めるようになるには、相当の修行が必要になりそうですね」
「ふと気が付いたんだけどね、僕たちの世界の店舗も五店舗同時オープンしてからそろそろ一月が経つ。OGの他にこっちのキョンや涼宮さんが出向く程でもなくなったんじゃないのかい?」
「それもそうね……でも、あたし達が抜けてもやることがないのよね」
「ハルヒならディナーやおススメ料理の仕込みがあるだろ。それより、有希や朝倉も含めてだが、こっちのOG達が影分身を使えるようになったのなら、本体で店員、影分身で三月号の情報結合っていうのはどうだ?有希と朝倉は本体でビラ配り。特に朝倉の場合はおでん屋の切り盛り用の影分身を除いてということになるだろうが、どうだ?」
「あんたにしては良いこと言うじゃない!それで決まりよ!!」
「『にしては』は余計だ」
「分かりました。では、69階で製本作業をします」
「私も一緒にやります!まだ一部ずつしか作れませんけど、やらせてください!」
「わたしは双子を送ってから98階で作業を進める。朝倉さんも良かったら一緒に……」
「じゃあ、様子を見て製本作業をしている余裕がありそうなら参加させてもらおうかしら?」
「とりあえず、今後はそれで動いてくれ。俺は午前中みくると一緒に文芸部室に行って、午後から映画のアフレコに出かけてくる。調理用の影分身なら異世界支部の調理場のどこかにいるから、何かあればそっちに声をかけてくれ。夕方には二人で旅行から帰ってくる。夕食から通常通りでお願いします。それと、以前話していた三枚ブロックの件だが、明後日の練習試合でどうかと思っている。古泉がセッターとして機能するかによって、古泉と青古泉のどちらが出るかが変わってくるだろう。木曜のディナーの仕込みならもう終わっているし、青ハルヒもオンシーズン中は出ないと言っていたが、三枚ブロックなら出るって話をしていたからな」
「ちょっと待ちなさいよ!ってことは、あたしや有希、それに涼子は出られないってことじゃない!」
「おまえらが練習試合に出たがっている理由はダイレクトドライブゾーンで双子より早く反応するためだろう。たかがその程度のことでおまえらが何日も費やさなきゃいけないとは到底思えん。だからこそ木曜日に設定したんだ。それとも何か?『マスターするまでもうちょっと時間をください』とでも言うつもりか?」
「上等じゃない!二度と『遅い』なんて言わせないんだから!!」

 

「困りましたね。セッターとしての動きも大分馴染んできてはいるのですが、三枚ブロックの攻略が困難だと判断されてしまうとバック主体の攻撃にシフトしてしまいます。ダイレクトドライブゾーンでのトスはさすがに厳しいので、今回は青僕にお願いできませんか?あなたのスイッチ要因としての役割を果たせるとは到底思えません」
「有希、俺たちも出るぞ。こっちの世界ならビラ配りが一日無くても支障はない」
「分かった」
「面白いじゃない!難攻不落の三枚壁を見せてやるわ!」
「バックアタックメインの攻撃にシフトしたとしても、三枚ブロックで跳ね除けてしまいましょう」
『キョンも、青チームの古泉一樹も、一度も合わせた事が無いが大丈夫なのか?』
「心配いらん。ジョンのジャンプ力ならもう何度も見ている。ジョンに合わせてトスを上げるだけだ」
「どうやら意見が一致したようですね。いきなり本番でも何ら問題はありませんよ」
「他に無いようでしたら、店舗の開店の時間まで製本作業に専念させてもらえないですか?」
「じゃあ、わたしから一つ。三月号の製本作業のデッドラインは十三日(月)の朝よ。それまでに600万部宜しくね。余裕がありそうなら男性誌の方もお願いしちゃおうかしら?」
「くっくっ、男性誌の製本作業まで追加されたら正確な情報結合ができなくなってしまうよ。まずは青チームの有希さん、朝倉さん、OGで異世界用の120万部を作るところから始めないかい?」
「なら、これで解散にする。焦る必要はないが、乱丁にだけは十分注意してくれ」
『問題ない』

 

「みくる、準備できたか?」
「はぁい」
「やけに嬉しそうだな。どうかしたのか?」
「うふふっ、普段ならわたしがテレパシーでキョン君のこと呼んでいたんですけど、いつもと逆になっただけでこんなに新鮮な気分になれるなんて思いませんでした。これから二人で旅行にでも出かけるような感じがしてちょっと興奮してます。そういえば、ジョンは今どうしているんですか?」
「旅行から帰って来るまでは青俺の頭の中に移住している。考えていることは伝わるが、それまではジョンとほとんど話さなくなったのと、ジョンに相談するような懸念事項がないからかな。俺が企画していたことは全部伝えたし、やることは山積みだが、あとはやるだけだ」
「わたしにもお手伝いできることがあったら教えてくださいね?」
「ああ、そのときは宜しく頼む。アイツ等も待っている頃だろうし、早く続きを見せてやらないとな」
文芸部室の連中の反応は相変わらず。しかし、これで確信が持てた。どうしてなのかは俺にも分からんが、コイツ等には催眠がまったく効かない。「第七話以降は特に楽しみに待っていろ」と伝えて部室をあとにした。
「古泉、本当に仕込みを手伝わなくて平気か?」
みくるを連れて調理場へ赴くと四つのうち二つのキッチンを使って古泉が今夜のディナーの仕込み作業をしていた。
「ええ、昨夜はジョンの世界でも仕込みをするかどうか迷っていたくらいなんですが、あの様子では練習試合にすら出られそうにありませんからね。午後の時間も余すことなく使って仕込み作業にあたることになりそうですが、なんとか間に合うでしょう。お気づかい感謝します」
本人がそう言っている以上、ディナーまでには間に合わせてくるだろう。俺は俺のなすべきことをしよう。

 

『もう限界!同じ作業の繰り返しでつまらないし疲れた……こっちの世界の日本の鉱山だけで何でこんなにたくさんあるの!?……キョンもよくこんな作業続けていられるよね。プラチナやダイヤモンドの原石を仕分けたのも全部キョンが一人でやったんでしょ?』
『俺だってこんな単調作業退屈で仕方がない。プラチナやダイヤモンドのときは本体や影分身が別行動していたし、定期的に同期で情報が入ってくるし、ジョンと会話しながら進めていたりもしたし、スカ○ターで映像を見ながら進めていたりもしたが、何よりも少ない意識でやっていたから黙々と作業をしていられたというのが大きい。もう既に青OG六人のうち二人は、本体で店舗の店員をやりながら69階で冊子を作り続けているそうだ。自分も影分身できないかやってみるのも一つの手だし、冊子の製本作業に切り替えるのもありだ。それに、ちょっと冷たいかもしれないが、折角ハワイに来たんだ。水着に着替えて泳いでくるのも悪くない。どうする?』
『そうだね、製本作業もしたいけど、ちょっと泳いでこようかな。キョン、水着の特集を組んだ月の冊子ってデザイン課にあるかな?』
『過去のものはすべて残しているはずだ。今テレポートする』
しかし、まだ大量に残っているとはいえ、たった数時間で良くここまで仕分けることができたもんだ。日本だけでどのくらいの量になるのか確認したかったんだろう。現段階で仕分けた分をキューブにまとめておくことにしよう。
『ジャーン!どう?似合う?』
昨年の水着特集の中から一着選び、自分で情報結合してドレスチェンジしたらしい。豊満とは言えずとも、これはこれで十分モデルとして活躍できそうだ。
『どうもこうも、朝倉や有希におまえの水着姿を見せたいくらいだ。モデルとして起用されるに違いない。スリーサイズを書いてみる気はないか?どの道今後はバストとヒップが大きくなっていくだけだしな』
『私が……モデル?キョンからそこまで言ってもらえるなんて思ってなかったから、私の方が恥ずかしくなってきちゃった。でも、本気なの?』
『あとから文句を言われるのを承知で、今網膜に焼きついた映像を有希と朝倉に渡そうと考えてる。ついでにもう何着か試着してみたらどうだ?』
『え――――――――――っ!!ってことは、その水着の映像も有希先輩たちに渡すってこと!?そっ、そんなの私、恥ずかしいよ……』
『言い方としてはいやらしいかも知れないが、それくらいの身体に成長したってことだ。滅多にあるもんじゃないぞ?日本代表選手がファッション誌のモデルで、しかも水着をつけているシーンが撮影されているなんてな』
『嬉しいけど……やっぱり恥ずかしい。お願い、私がいいって言うまで、有希先輩たちには知らせないで!』
『分かった。とりあえずその火照った頭を冷やしてこい。閉鎖空間の壁はそのまますり抜けられるから』

 

 相変わらず分かりやすい奴だ。こういうことに関してはすぐ顔に出てしまう。まぁ、こうやって可愛らしい一面が見られるというのも夫としての特権か。アイツが戻ってきたところで昼食をテレポートすればいいだろう。
「ところであんた、いつ旅行から帰ってくるのよ!?」
本社で昼食を摂り始めて一番に出たセリフがコレ。何回確認すれば気が済むんだ?コイツは。
「何度も話しただろう?夕食前には戻る。俺の担当すべき仕事なら影分身がやっているし、何の問題もないはずだ」
「今日はちゃんと本体が100階に来るんでしょうね!?」
「そういや……有希だったか?午前零時までは自分のものとか言って離れなかったのは。まぁ、アイツに限ってそんなことはないだろう。特に製本作業に追われている今なら尚更な」
「あんたのシャンプーとマッサージ、今日はあたしの担当なんだから!本体で来なかったら承知しないわよ!?」
「そんなことを言い出したら有希やみくるはどうなる。みくるはまだ同率一位の温泉旅行があるからいいだろうが、有希はシャンプーもマッサージもできず仕舞いだったんだ。そこまで執拗に確認することでもないだろう?逆の立場なら、『今日が終わるまではあたしのものなんだからね!』なんて『家に帰るまでが遠足』みたいに言いかねん」
「くっくっ、そこまで彼女のことを知り尽くしているなんて、嫉妬してしまいそうだよ。ところで、午後からは四月末にようやく公開される映画のアフレコに行くんだったね。夕食のときにでもその映像を見せてくれないかい?」
『キョン君、わたしも見てみたいです!』
「抜けがけするみたいであまり良い気はしないが、今は冊子の製本作業の真っ最中で朝倉から期日を告げられているんだ。映画を一本見ている程の余裕はない。それに、俺もアニメのアフレコについて詳しいことは良く分からないんだが、効果音やBGMがまだ入っていない可能性だってある。特に議題がなければ俺はこれでアフレコに行ってくるよ」

 

 青ハルヒには……いや、みんなにはああ言ったが、念のため同期して向こうの様子を確認しておこう。ハワイの自然水族館を堪能しながら、金の仕分け作業をしているところまでは情報は受け取ったが、そのあとどうしているんだか。昼食はテレポートで持って行ったみたいだし、もうとっくに食べ終わっているはず。戻ってこようと思えばいつでも戻って来られる状態にはなっているからな。同期した情報によると、変態セッター同様影分身を二体情報結合して三人がかりで仕分け作業。俺の本体も可能な分だけ人数を増やして作業に没頭中か。このペースなら菱刈鉱山から採掘した分くらいは夕食前までに終わってしまいそうだ。おススメ料理の仕込みをしている影分身を本社に残して、一路アフレコの収録現場へ。時間はまだ早いが、中に入ると既に何人もの声優、スタッフが揃っていた。写真で見た顔触れが何人かいるとはいえ、それ以外は誰がどのキャラクターの声優なのかさっぱり分からん。全体に向けて一言挨拶をすると、盛大な拍手と歓声で歓迎された。『他の声優陣の強い希望で』というのが良く分かったよ。向こうじゃ、集合時間前にここまでキャストが揃っているなんて異例の出来事だと言っていたが、一体どんな教育を受けたらそうなるのかこっちが知りたいくらいだ。声優陣が出揃ったところでアフレコが始まった。映画のときと同様、リハーサルとして一度流してから本番らしいな。映画のアフレコということもあり、収録だけで最低でも三時間はここに缶詰ということになりそうだな。しかしまぁ、これも影分身の内の一体。本体さえ夕食前に戻っていればいい。そういや、女子日本代表のセッターの采配はゾーンだけでは読めなくなってしまったが、男子日本代表や世界各国の代表たちはゾーンだけで十分読めそうだな。毎週放送するアニメのアフレコを二、三話一気に収録するのはいいが、俺の都合に他の声優陣が合わせるというのも申し訳が立たん。OGに男子の日本代表が今どこで合宿をしているのか確認して、古泉と一緒に采配を読めるかどうか確認に行くというのも悪くない。まだ仕込みの真っ最中だろうが、明日あたり提案してみよう。

 

 菱刈鉱山から採掘した分の仕分け作業もようやく終わり、金の延べ棒に姿を変えた金塊に妻が興奮していた。
『凄い……キョン、これ一体どれくらいあるの?』
『約150トンってところだ。金を掘り起こして採掘している分、土が重くて動けなかった金塊が吸着しなかったらしい。それも含めていたら200トンくらいにはなっていたはずだ。キリもいいし、これで本社に戻ろう。試してみたい事があるんだ』
『試してみたい事?』
『三日間ずっとテレパシーで話していたんだ。集中力がどれだけ上がったか零式改(アラタメ)で確認してみないか?俺の方もどのくらいの意識でなら零式改(アラタメ)がミスなく撃てるか測ってみたいんだよ。それが分かれば、たとえ試合中だろうとアフレコにもいけるし、こっちでシャンプーとマッサージもできる』
『私も試してみたい!どれだけ近づけたか横で見てて!』
『決まりだな。ただ、撃てるようになっていたとしても、当分の間は撃てない振りだ。青チームのおまえが代役として出られなくなってしまう』
『問題ない』
金塊は仕分け作業が終わるまでみんなに秘密にしておこうと約束を交わして、本社の練習用体育館へと戻ってきた。颯爽とネットを張ってサーブ練習開始。おススメ料理の方は……明日までかかりそうだな。今日はこれで終わりにしよう。眼を閉じて雑念を取り払うと視線が白帯に向いている。俺も今気付いたが、ネットに当てるかそうでないかはともかく、これではストレートに打つかクロスに打つかバレてしまいそうだ。零式改(アラタメ)を撃つシーンを撮影して確認しないとな。
『ネットの反対側から視線を読み取るなんて真似ができるのは、古泉一樹と青チームのキョンくらいじゃないのか?』
ここは互いに「おかえり」と言うべきか。今戻った。コイツもこの三日間で大分成長したみたいだぞ?
「えぇっ!?何よこれ!キョン、助けて!!」
「助けてと言われても、敵が現れたわけでもないし、何も起こってないぞ?」
「嘘!?だって周りの景色が全部闇に飲み込まれて……」
「やれやれ……零式を放つようになった段階である程度の集中力が付いていると予想はしていたが、ゾーン状態に入れるようになったなんて俺も予想外だ。心配するな。それは不必要な情報が消えていくだけでネットやボール、それにバレー用のラインくらいは残るはずだ。自分が闇に飲まれていくことはないから大丈夫だ」
「これが、ゾーン状態?」
「そうだ。もしかすると他国のセッターの采配もそれで読めるかもな。とりあえず、それでサーブを撃ってみろ」

 

 青朝倉や岡島さん、古泉を相手に練習試合をさせてみたくなった。これならダイレクトドライブゾーンも俺と同じテンポで攻撃を仕掛けることができる。練習試合では見せられないのがネックだが、試合で采配を読んで指示している姿を見れば監督も納得するだろう。時間の問題だろうが、また一つ青チームの自分と交代出来ない理由が増えてしまったな。零式改(アラタメ)の方はもうしばらく修練を積む必要がありそうだが、狙いがまだ定まらないだけで、零式改(アラタメ)自体は撃つことができている。ネットに引っ掛かってこちら側のコートに落ちてしまったり、白帯に当たって通常の零式になったり、白帯の上を通過してしまったりと様々だが、サーブ権が切れないのならそれだけで十分だ。俺も何球か試してみたが、何本も撃って身体に叩きこまないといかんらしい。それでも、覚醒状態でなくとも撃てるというだけで嬉しい悲鳴といったところか。
「ただいま」
夕食の直前まで二人でサーブ練習を繰り返し、ようやく本体が81階に戻ってくることができた。アフレコに出向いていた影分身も、すでに情報結合を解除している。
『おかえり~』
「くっくっ、キミの顔を見る限り、随分楽しんできたようじゃないか。そんなに充実した三日間だったのかい?話せる範囲で構わないから、どんな過ごし方をしてきたのか僕たちにも教えてくれたまえ」
「ああ、色々と収穫があった。特に、コイツのな。OG六人を連れて男子の合宿に混ぜてもらいに行こうかと考えていたところだ。ネットの高さを調節してもらう必要はあるけどな」
「ちょっと待ってください。一体どんな収穫を得たらそんな結論に至ったというんです?」
「ついさっきそれが判明したばかりなんだが……結論から言うと、ゾーンに入れるようになった」
『ゾーンに入れる!?』

 

 古泉も影分身の修行を通じて入れるようになったんだ。衝撃の事実とまではいかないだろうがしばしの間、沈黙がフロア中に広まった。そんなに驚くほどのことか?
「ああ、それで男子の合宿に黄チームの私たち全員で乗り込むんですね。女子の日本代表が相手じゃ、ラリーが続かない限り采配が読めませんから」
「なるほど、あなたのように采配を読んで指示を出す練習を重ねて、世界大会では司令塔の役割も果たす算段ですか。考えましたね」
『キョンパパ、早くご飯!』
「食べながらでも話せる。二人とも早く席に着きたまえ」
「おまえが話を切り出したんだろうが!」
ポーカーフェイスなのかどうかは分からんが、まったく反省の色が見えやしない。ディナー用の影分身を三階に送って食事を食べ始めた。
「だが、たった三日でゾーン状態になるなんて、一体どんな修行をしたんだ?」
「以前から二人でいるときはテレパシーで話していたのを旅行中も継続していたに過ぎん。元々、零式を放つだけの集中力が備わっていたからな。ゾーンの域に達するまでにそこまでの時間はかからなかっただけだ。ここに来る前に練習用体育館で二人で零式改(アラタメ)の練習をしていたんだが……完成まであとは時間の問題だ。世界大会前どころか、近日中に成功し始めてもおかしくない。明日以降も青チームの自分と交代していた方がいいんじゃないかとも感じているくらいだ」
「羨ましいな~北高時代から黄キョン先輩のことずっと追いかけて、結婚するどころかそこまで黄キョン先輩と一緒がいいなんて。見ているこっちの方が恥ずかしくなってきちゃった」
「いや、その……私も集中力を鍛えたかったのは本当だけど、さっきサーブを撃とうとしたら、周りの景色がどんどん闇に沈んでいくように見えてすっごく怖かった。キョンに話したらそれがゾーン状態だってようやく知ったんだけど、まだ私も自分自身が信じられない」
青OG達の口元が緩んで一向に直りそうにない。こんな状態で情報結合させて大丈夫なのか?おい。
「ゾーンもそうだが、影分身も使えるようになった。三月号の製本作業が終わり次第バレーの練習に戻るが、できれば青朝倉、岡島さん、古泉を相手に采配を読む練習をさせたいと思ってる。加えて、青OGは青俺の剛速球を受ける練習。こっちのOG六人は180km/hの球を受ける練習にレベルアップしてもいい頃だ。他の選手と少しでも差を広げて『世界大会はこの六人で』と監督やコーチ達に見せつけてやりたいんだよ」
『フフン、あたしに任せなさい!』

 

「ところで、アフレコの方はどうだったのか聞かせてくれないかい?」
「圭一さんから聞いた通りだった。収録現場に行って挨拶したら歓迎されたよ。『他の声優陣の強い希望で』というのが良く分かった。収録後『お父さんが帰ってきた』なんてヒロイン役の声優から言われたくらいだ。『あなたも早く彼女のところへ戻ってあげないとね。工○君?』なんて冷やかされていたよ。エンドロールにも『キョン』と書かれていたしな。移行期間はあるだろうが、もうしばらくしたら通常のアニメの収録に出向くことになりそうだ」
「でも、キョン君が世界大会に行っている間はどうすることになったんですか?」
「さっき二人でサーブの練習をしていたときに確認したんだが、覚醒状態でなくても零式改(アラタメ)は撃てる。要するに残った意識で影分身が出せるってことだ。収録現場から出る前に『試合中でない限りは、収録はいつでも構いません』とスタッフに伝えておいた。影分身のことはこの前のバレーの練習試合で見せているからな。多少不思議に思うかもしれないが、制限が緩くなったことさえ伝われば、収録のスケジュールも設定しやすくなるだろう。ちなみに青古泉、まったくの別件で相談したいことがあるんだがいいか?」
「いきなり呼ばれて驚きましたよ。僕に相談というのは一体どういった内容なんです?」
「十五日に異世界支部のシートを外すときの話だ。敷地内へ入れないための閉鎖空間を膜にするか壁にするかで迷ってる。どっちがいいか、青ハルヒとおまえで判断してもらいたい」
「そんなのどっちだって変わらないじゃない!」
「いえ、そうでもありません。膜にすると報道陣や一般人が無理矢理敷地内に足を踏み入れようとしてその反動で弾き飛ばされてしまいます。運が悪ければそのまま交通事故に繋がり、最悪の場合死人が出ます。壁の方だと、傷を負うとまではいかないでしょうが、一般人も見えない壁にぶつかって痛い思いをすることに違いありません。加えて、車両で強引に入ろうとすれば、車両だけが破損することになります。それで文句を言ってこられるのも癪にさわりますね」
「凄い、黄キョン先輩にいきなり話を振られたのにもうそんなところまで考えているなんて……」
「頭の切れるところはどちらの古泉も変わらん。これに関しては電話対応にあたる青圭一さんたちにも関わってくる内容だ。できればこの場で意見を統一しておきたい。誰が影分身を使って電話対応することになるか予測がつかないんでな」

 

 先ほどとは違った沈黙が訪れ、対応策に頭を悩ませていたが、園生さんがその沈黙を打ち破った。
「問題ありません。何の目的で異世界支部を訪れたのか尋ねれば答えられないはずです。自業自得だと突っぱねておけば、後日面接希望者が敷地内に入っていく姿を目の当たりにすることになるかと。この程度のことで悩む必要はありません」
「それもそうね。キョン、そういうわけだからこっちと同じ条件で閉鎖空間を張って頂戴!」
「社長がこう言っているんだ。異論はないな?」
『問題ない』
『じゃあ私たちは製本作業の続きをしてきます。お先に失礼します』
「製本作業はいいけど、あなた達そんな顔でちゃんと冊子の情報結合ができるんでしょうね?白紙のページがあったりしたら承知しないわよ?」
『顔……ですか?』
「くっくっ、この三日間で何があったのかもっと深く問い詰めたいというのが一目瞭然だよ。ガールズトークに華を咲かせるのは構わないけれど、情報結合に支障をきたすのが容易に想像できる。期日も迫ってきているし、少しでも長く時間をとりたいところだろうけど、今日はやめておいたほうがいいんじゃないかい?」
「問題ない。情報をサイコメトリーで渡すだけ。彼や朝倉涼子が気にしている乱丁についても、サイコメトリーで確認可能。失敗すればやり直すだけ。失敗を重ねれば、そのうち情報結合に集中するようになる」
「ということだ。サイコメトリーで情報を受け渡すのが一番手っ取り早い。知られたくない情報も混じっているだろうし、その点についてはそれ以上追及しないでくれ。それと青佐々木、おまえがそのセリフを吐いた以上、何があったか聞かれても俺は一切答えんからな」
『ぶー…分かったわよ』

 
 

…To be continued