500年後からの来訪者After Future8-4(163-39)

Last-modified: 2016-12-24 (土) 18:24:54

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future8-4163-39氏

作品

告知終了のパーティから一夜明け、園生さんの古泉の記憶整理も本人に気付かれることなく終えることができた。動画サイトにUPするものをジョンと俺で再撮影し直し、このあとどうするつもりなのかは知らんが、タイタニック号の修理も外観を当時の頃のものに戻し、内装の掃除と船を海に浮かべるところまでは終わった。成人式の日、ヘアアレンジや着付けも滞りなく終えることができ、スキーも満喫できたんだが……

 

 周りがランキング発表と解説を聞いている間に、有希たちはカレーや付け合わせをすべて食べ終え、さっきの鶴屋さん達のコメントじゃないが、ルーは微塵たりとも残ってなかった。それでも不満だと言いたげな……もとい、これでは不満だと態度で表していた。ようやく鶴屋さんやみくる達が席について食べ始めたのを羨ましそうに、ではないな。羨ましいという感情を視線だけで示していた。青古泉に見られていた頃のWハルヒの気持ちがよくわかった。まぁ、ハリウッドスター達は一年間これを待ち望んでいなくちゃならないんだから、それに比べればはるかにマシだろう。この二人の耳には入らないだろうが、連絡だけ先にしてしまおう。
「この後夜練だが、今夜はタイタニック号の方はどうするのかみんなで決めてくれ。俺とジョンは日本時間で明日の午前四時から、ゴールデングローブ賞の式典に参加しないといかん。パーティの終了は一応、午前九時にはなってはいるが、パーティだからな。その分伸びる可能性が十分にある。撮影は俺たちが戻ってきてからにするか?一応昼食の支度もあるし、影分身は置いていくつもりだが……どうする?」
「あんたとジョンがいなくたって撮影は………駄目ね。古泉君は人事部の電話対応だし、青キョンはビラ配りに影分身を割いているし。青あたしも、あんたじゃないとあんなシーン撮影したくないでしょうし……それに、まだ密室殺人の謎が解けてない人が撮影の最中にNG出しかねないわよ!『あっ!』とか『分かった!』とか」
「それなら心配いらん。解決編を含めた最終話の脚本を全員に配る。サイコメトリーすればすぐに判明するはずだ。みくるがどうやって一色を追い詰めるのかも含めてな」
『ちょっと待つっさ!』
「鶴屋さん、どうかしたんですか?」
『みくるから聞いたにょろ!解答用紙が配られる前に答案用紙を提出させて欲しいっさ!』

 

鶴屋さん達からの答案を受け取ったが、非の打ちどころがない。
「二人とも満点だ。第九話だけで解いて一発OKだったんだ。再提出組は負けを認めるしかなさそうだな?」
「いいからさっさと脚本配りなさいよ!時間が無くなるでしょうが!」
全員の席の前に完結版最終話の脚本が配られ、有希たち二人を除く全員が台本をサイコメトリー。『あ~なるほど!』と納得するメンバーもいれば、『え―――――――――っ!?こんなこと本当にできるの!?』などと未だに信じられない奴もいた。
「ちょっと有希!タイタニック号の方はどうするのよ!?あんた、自分の分のカレーは食べ終えたでしょうが!」
「駄目、この量じゃ満足できない。タイタニック号の件は他の人に任せる」
「くっくっ、思うことは皆同じのようだね。ここにいる全員がおかわりしたいと思っているんじゃないかい?」
「そのようですね。こんなカレーを知ってしまったら、他のものには手をつけないでしょう」
「ご馳走様。とりあえず先に夜練に向かう。黄俺も一人一皿ずつであとは社員達にというルールで作ったんだ。その約束を破るようなら二度と食べられないし、『もう少し』と言えば言う程食べられる時期が遅くなっていくぞ。レストラン前の報道陣と同じだ。今回はこれで諦めろ」
『キョンパパ、わたしが書いたの見て!』
と言って二人で持ってきた巻物を垂らすと、美姫は「キョンパパLOVE(ハート)」、伊織は「ハルヒママLOVE(ハート)」と書かれていた。どうやら去年とは逆になったらしい。去年は美姫がハルヒ、伊織が俺のことを書いていたはず。LOVEの意味を分かって書いているのかどうかは不明だが、子供たちを別枠にしておいてよかったと言いたい。これだけのものを書かれたら誰も太刀打ちできん。
「アルファベットまで良く書けるようになったな。いつも綺麗な字が書けるようにまた練習しよう。バレーやスキーと一緒だ」
『問題ない!』

 

 ジョンは既に練習用体育館で青俺とキャッチボールを始めていた。俺の方も本体は81階に残ってはいるが、影分身を向かわせている。今日から催眠をかけずに済むし、何かあれば監督と直接話をすればいいだろう。
「ところで古泉、本体が酒で酔っ払うと影分身の方はどうなるんだ?」
「そう言われてみれば、これまでパーティで酔い潰れてしまうときは、影分身はしていませんでしたから何とも言い難いですね。おススメ料理を調理している方にまで影響が出ないといいんですが……この程度なら大丈夫かと。それより、この現状をどうされるおつもりですか?」
OG六人と青俺を除く全員が81階のフロアに居座っていた。
「どうされるも何もない。青俺の言った通りだ。今日の片付けは俺がやる」
『待って!』
「待たない。最初からそういう約束だったはずだ」
W鶴屋さんとWみくるを除く全員の皿をシンクにテレポート。カレーのルーを入れていた食器から先に洗い始めた。フロア内の空気は悪くなる一方。遅れて食べ始めたみくる達も申し訳なさそうに食べていたが、全員均一に配膳したんだ。文句を言う奴がいればその時点で一年は確定する。
「よし、二人とも明日からまた保育園だ。書き初めも部屋に飾っておこう。お風呂に入るぞ」
『キョンパパ、わたしカレー食べたい!』
「さっき食べただろう。あれで全部なくなったんだ。いつになるかは分からんが、また今度な」
半ば強引に二人を連れて影分身がエレベーターで99階へと上がっていった。
「キョン、パーティに出す料理ならあたしと黄古泉君で作るわよ!双子も『カレー食べたい!』って言ってたし、なんとかならない?」
「なるわけがない。今、それを許すと次回以降もそうやって粘ろうとする。もういい、俺がいるといつまで経っても変化がない。片付けは全員いなくなった頃を見計らってやることにする。今からなら、双子と一緒に風呂に入ることができそうなんでな。夜練が終わったら俺は寝る」

 

 それだけ告げて99階へとテレポート。二人は……部屋のどこに飾るか悩んでいるところか。俺の方も81階のどこに飾るか考えないとな。
「致し方ありません。これで解散にしましょう。今回ばかりは100%我々に責任があります。彼の出した妥協案でOKしたにも関わらず、我儘を言っている状態ですからね。食器は僕が片付けておきます」
「今日はこれで解散だとしても、このカレーと同じものならキミにも作れるんじゃないのかい?」
「確かに、調理台や鍋をサイコメトリーすれば、同じものを作ることは可能です。ですが、僕や涼宮さんがそのような行動に出れば……最悪の場合、自らの料理に関する記憶を消し去ってしまうことになるでしょう。今後のおススメ料理だけでなく、バレーのオンシーズンのディナーにまで影響が出ます。諦める以外、選択肢はありません」
「困ったね、どうやら僕たちはとんでもない麻薬を嗅がされたようだ。これ以上待ってもカレーは出てきそうにないし、この後のシャンプーやマッサージも堪能できそうにない。100階でキョンが来るのを待つことにするよ。それに、片付けなら僕にも手伝わせてくれないかい?本来ならキミも涼宮さんもここにはいないはずなんだからね」
「今日一日くらいなら、シャンプーやマッサージがなくたっていいわよ。ただでさえ、授賞式で早起きしなきゃいけないんだから!クマも催眠で隠しているみたいだし、少しでも睡眠時間を確保させなきゃ。撮影は二人が戻ってきてからでいいわよ!その間に三月号のことを少しでも進めましょ」
「私も69階で私たちの世界の二月号作りをします。少しでも上達しないと、私たちだけで三月号を作るなんてできそうにありません!」
「黄佐々木先輩、私にも皿洗い手伝わせてください!」
「ほら、有希!粘っても悪化する一方なんだから、いい加減諦めなさいよ!」
「あと一欠片だけ……」
「じゃあ、あと一欠片と言わず、わたしが大量のおでんを毎日用意してあげるわ!それで我慢しないと、黄キョン君に一生カレーを作ってもらえないわよ?わたしだってもっと食べたかったんだから!有希さんにだけおでんにするってことで黄キョン君にお願いしてみようかしら?」
「うっ……ん………諦めます」

 

『こっちに来て良かったのか?』
「全員の前で『夜練が終わったら俺は寝る』と宣言してきたんだ。『聞いてませんでした』は通用しない。まぁ、テレパシーでも飛んで来れば戻ってやらんこともないが、『カレー』の一言が出た時点でOUTだ」
『どうやら、今日のところは諦めて解散しているようだ。ほぼ全員があそこまで引き下がる程のカレーなら、もっと作ってやればいいだろう?』
「有希たちを甘やかせるだけだ。あの二人が折れない限り、カレーは絶対に作らない」
『日本代表の監督から頼まれたらどうするつもりだ?今回は、例のクジで見事に当たりを引いたようだぞ?』
「まぁ、前にも作っているからな。要望が出てもおかしくはない。だが、ランチならまだしもディナーとなると、カレーだけというわけにもいかんだろう。食べ放題というのも悪くはないが、正直、あの二人の極端さに呆れ果てているんだ。改善の余地がない限りは難しいだろうな。それより、ちゃんとした式典なんだから、ちゃんとしたスーツでいろよ?」
『やれやれ……受賞しても断りたくなってきたな。アカデミー賞の方はキョン一人にしてくれ』
「それは俺の決めることじゃない。元を正せば、ジョンが勝手にガードマンに化けて出てきたのが始まりだろうが。それが発展して、中尾さんからのサインも貰って、三人であんなパフォーマンスをすることができたんだ。今さら服が変わるくらいで文句を言っていられるような立場か?」
『……分かった。尻拭いは自分でするよ』
その後やってきたみくるに社員が出社してからのことを頼み、残りのメンバーでバレー……と思っていたら、青朝倉、青有希、そしてOG12人全員情報結合の修行に励んでいた。どうしたんだ?こいつら。まぁ、明日になればいくらでも聞けるか。

 

午前三時を過ぎ、ジョンの世界から抜け出すと俺の左腕にハルヒの頭が乗っていた。どうしてこう顔と性格が一致しないんだか……可愛気のある顔で寝やがって。ハルヒがそんなんだから、離れられなくなっちまった。身支度を整えて昼食の支度用と若手政治家への料理指南、怒涛のチェックアウト要因を残してビバリーヒルズへ。他のハリウッドスター達のリムジンが来ないところを見計らってジョンと二人で降り立った。フラッシュを浴びるのは年越しのパーティのときに懲りている。閉鎖空間にサングラス機能をプラスして中へと足を踏み入れた。
「ああ、二人とも久しぶりだね。こっちだ」
映画の監督と脚本家が、円形のテーブルを囲むように配置された椅子に座って待っていた。作品賞は授賞すれば監督が受け取るとして、五つのうちいくつゲットできるのやら。
「君たちが告知にまわっている最中の事件を聞いて僕も驚いていたんだ。本当に大丈夫だったのかい?」
「ええ、明日の記者会見でどの道質問されますし、そのときに応えようかと思っています。監督が驚いているのは香港から日本の間のヒロインのアクションバトルの方じゃないんですか?」
「そうなんだ。彼女にあんなバトルシーンがこなせるのなら、この映画ももっとバラエティに富んだものになっていたはずだ。告知の最中で彼女に一体何があったのか聞きたいくらいだ」
「おそらく、それについても明日の記者会見で実演も含めて説明することになるはるです」
「明日の記者会見を見るのが楽しみだ。それにこれから始まる式典もね。君たちなら間違いないだろう」
監督との話もそこで打ち切り、しばらくして式典が始まった。映画やドラマ毎に分かれるわけでもなく、久しぶりの再会をしたハリウッドスター達が盛り上がっていた。年越しパーティの参加者が大勢いることもあり、出てきた料理を堪能していた俺の周りにハリウッドスター達が集まって来た。

 

「キョンがこのパーティの料理を食べてどんな感想を述べるのか、聞いてみたくなったわね。飲み物ならまだしも、あなたの作った料理でないと私たちは満足できそうにないわ!」
「単純にどんな料理が出てくるのか食べてみたかったのと、ここで食べた料理を元に新しいメニューを考案できないかとか、俺なりにアレンジを加えてみようかと思っていただけですよ」
「あなたがいるのに、あなたの料理が食べられないなんて考えられないわよ!私たちでホテルのスタッフにかけあってみるから、厨房に立ってもらえないかしら?」
「そうですね……俺もどの賞を誰が受賞するか見ていたいですし、すべて俺が作ってしまうと、折角の料理が台無しになってしまいます。ホテルの料理人たちにも申し訳がありませんし、どうしたものか……あぁ、そうだ。今日俺の会社の社員達に振舞おうと思っていた、俺のオリジナルカレーがあるんですよ。ちょっと作り過ぎてしまったので、余った分のカレーでよければすぐにご用意できます」
『キョンのオリジナルカレー!?』
「君のオリジナル料理なんて聞いたら気になって仕方がない。僕にも食べさせてもらえないかい?」
「では、向こうから鍋を持ってきますので、どこか空いたスペースで皆さんにお配りすることにします」
『空いたスペース』の一言で、俺の周りに集まっていたハリウッドスター達が会場内を見渡して見当をつけると、カレーライスの鍋と炊飯釜を置けるスペースを確保。『これで足りる?』と言いたげな視線を俺に送ってきた。指を鳴らしてライスとルーをテレポートさせると、小皿に盛って手渡すこと十数分。列を作って待っていた全員にようやく配り終えたと思ったら、二杯目とばかりに小皿を持ってやってきた。一口食べて涙を流しているハリウッドスターもちらほら見受けられた。メイクが台無しになっても知らんぞ……でもまぁ、料理人冥利に尽きるってヤツだ。

 

「なんて美味いカレーなんだ!こんなカレー、今まで食べた事がない!!」
「もう他のカレーなんて食べられないわよ!」
「寿司も美味しかったけど、こんなカレーなら毎年用意して欲しいくらいだわ!」
「これを作っていると他の料理を作っている余裕がなくなりそうですね。丸一日かけて作っているカレーなので」
『丸一日!?』
「ええ、玉ねぎのみじん切りを炒めるだけで四時間です。ですが、こうやって美味しいと言ってもらえると作った甲斐がありましたよ。我が社の社員たちの反応も楽しみです」
「そんなの、一口食べて驚くに決まっているわよ!!」
「涙で化粧が台無しになってしまったわね。化粧直しできるといいんだけど……」
黒い涙が頬を蔦って流れ落ち、折角の厚化粧に水の泡になっていた。そういや、俺の催眠と同様、ヒロインも寝不足状態の素顔を厚化粧で隠しているなんて言ってたな。俺がメイク直しをしてもいいが、すっぴんを見られるのも嫌だろうし、かといってこのままカメラに映るわけにもいかんだろう。ジョン、催眠に時間制限の条件をつけることは可能か?
『やってみたことがないから俺にも分からない。とりあえず本人が対策を立てて来るまで待っていたらどうだ?』
カレーを食べようとする列は途切れそうにないし、化粧直しをしてくるのを待つか。和やかに進行するはずだった式典も、カレーの出現と共に空気がガラリと変わり、司会者も次に進んでいいものかどうか迷っている。メイクがボロボロの状態で主演女優賞の発表もするわけにもいくまい。だが、こんなに大勢で並ばれてしまっては大量に用意しておいたカレーもすぐに底を尽き、料理に満足できたところで、女性陣がお色直しに向かっていった。女性陣の到着を待ってようやく式典が再開。汚れたメイクもなんとか誤魔化す程度にまでは戻せたようだ。

 

ビバリーヒルズホテルの料理を堪能し、滞っていた式典も恙無く進んでいった。俺たちの映画はノミネーションした全五部門すべてでゴールデングローブ賞を受賞。最後の作品賞を受け取りに行ったときは、
「監督賞や脚本賞、そしてこの作品賞は、僕が受け取れるようなものではありません。僕も脚本家もキョンの提案に振り回されてばかりでした。ですが、彼の提案や彼らのアクションバトルをなくして、この場に立つようなことはありえなかったでしょう。この場にいるジョンを始め、彼の仲間達に数多くのサポートをしてもらって受け取れた賞だと思っています。本当にありがとうございました」
と、終始俺たちに対する感謝を述べていた監督に、暖かい拍手が贈られた。しかし、俺やジョンが出るのはこの一回だけでないとダメだと、改めて痛感させられたよ。毎年のように俺たちが受賞していては申し訳がたたない。先ほどのカレーで満足したせいもあってか、アフターパーティでは『料理を作ってくれ』などという声もかけられず、年越しパーティでかけた低周波トレーニングで早くも効果が出たと女性陣に囲まれていた。テロに対する不安は欠片たりとも感じられなくなったし、後は明日の記者会見で報道陣を黙らせるだけだ。
 本社に戻ってきた頃にはとっくに午前十時を回り、もうそろそろ楽団員や社員たちが食堂に並び始めてもおかしくない時間になっていた。ジョンから助演男優賞のトロフィーを預かり、昨日の書き初めと一緒にどこに飾っておこうかと考えていた。やはり、俺の席から見える位置がいい。ハルヒと後で相談することにして三階へと降りた。少し早いとはいえカレーを食べにくる客だけで40人もいるんだ。楽団員が来やすいことも加味して、みくるには三階に来るよう連絡してもらっていた。まだ十一時になるにはまだ10分以上もあるというのに、三階には金色の券を手にした社員と楽団員で長蛇の列ができ、母親も呆れている。俺が現れただけで拍手が沸き起こり、他の一般客が何の騒ぎかとこちらに注目していた。付け合わせのけんちん汁と大学芋をセットにして全員に分配。五階まで行った社員、楽団員もいて全員の反応を見ることはできなかったが、ビバリーヒルズと本社三階だけでも十分だ。配り終えると、料理をもって早々に食堂を立ち去った。早い時間帯に並んでいた分、昼食まで時間が空いた。県知事に連絡を取ってしまおう。人事部に降りるといくつか空席ができていた。当たりクジを引いた社員とみて間違いなさそうだ。

 

「おかえりなさい。詳しいことはあとでお聞きするとして、一体どうしたんです?」
「県知事と連絡を取ってスキー場の現状を伝える。人事異動も含めて全部だ。人材が不足しているからな。特に安比高原の方はリフトの管理をする人間がいないと運営ができん。ブラックリスト入りの連中が来年も働くなんて言いそうにないだろ?」
「まさに、『骨折り損のくたびれ儲け』というわけですか。首相自ら働いているんです。県知事や市長にも現場に来てもらえないかと声をかけてみてはいかがです?首相と同じフロントならそこまで苦にはならないでしょう。ツインタワーで新規に申し込む人間が出てきても、園生も森さんもホテルのフロントにいる現状では面談もできませんからね。異世界の店舗のアルバイト希望者は青僕が対応しているはずですよ」
「そのくらいなら頼んでもよさそうだ。平日は首相も政治家としての仕事をしているようだからな」
古泉との会話も打ち切り、岩手、宮城の県知事に連絡を取った。スキー場とホテルの運営についてや、昨日ツインタワーすべてに新たな人材を募集するアナウンスをかけたこと。この一ヶ月と十日で仕事に慣れ始め、人事異動することが可能な状態にまで進展したこと。安比高原スキー場の方はそれでも足りずに、ブラックリスト入りしたことは伏せて若手政治家にリフトの管理を任せ、俺たちも参戦してようやく運営できている状態であること。最後に古泉が話していた内容に少し触れ、どちらの県知事も『市長とも相談してみる』と返ってきた。岩手の方は俺がでかいスキー場を選んでしまったせいというのもあるんだが、これで岩手も宮城もスキー場を増やす必要が無くなったはずだ。二本の電話を終えると、日本代表のカレーは影分身に任せて81階へと戻った。ビラ配りメンバーが戻ってきて早々、俺とジョンのトロフィーに興味を示していた。昨日は鶴屋さん達もみくる達の部屋に泊って、午後からの撮影に立ち会いたいらしい。昼食は二人の分も作ってあるが、撮影のときは遮音膜で覆っておかないと鶴屋さん達の笑い声でNGになってしまうからな。

 

「なんだ、おまえら式典を見ていたんじゃなかったのか?」
「あんたがカレーを配っていたせいで式典が途中で止まって、その後見られなかったのよ!」
「カレーのことについては連絡しておいただろう」
「二杯目からは大皿でもよかったでしょうが!小皿でちまちまと配っているせいじゃない!」
「いつ、底を尽きるか分からなかったんでな。なるべく均等にわたるようにしたまでだ。そうでもしないと、昨日のおまえらみたいに『もう少しだけ』なんて言われかねん。どうせ有希あたりが録画してそうだし、とりあえずノミネーションした五部門全部勝ち取ってきたぞ」
『五部門全部!?』
『それはおめでたいっさ!今夜は祝賀会でもするにょろよ!』
「そうですね。キョン君はそのまま酔いを覚まして記者会見になりそうです!」
「とりあえず、全員揃ってからだな」
正午を過ぎ、続々とメンバーが出揃った。いないのは新川さんと母親、子供たちだけだ。全員の前で改めて五部門すべて勝ち取ったと伝えた。
「なるほど、それでパーティ後に記者会見だと騒いでいたんですね。昨日あなたから提言されたことを試すチャンスになりそうです。涼宮さんも午後は撮影でしょうし、祝賀会の料理は僕の方で用意させていただきます!食べても全部消えてしまうとはいえ、ジョンも主賓なんですから、ちゃんと出てきてくださいよ?」
『分かった』
と、そこへ80階で日本代表にカレーを配り終えた影分身が鍋を抱えてエレベーターから降りてきた。鋭い嗅覚をもった二匹のチーターが舌を出して鍋へと駆け寄る。

 

『余った!?』
「余るわけないだろ。『おかわりする人はどうぞ』とカレーが当たった選手たちに全部配った。監督が三杯目を食べようとしたところで無くなって残念そうな顔をしてたよ」
『問題ない。鍋にこびりついたルーだけでも十分』
「いい加減にしろ!おまえ等がそんな状態じゃ、俺たちもいつになったら食べられるか分かったもんじゃない!逆効果なのがまだ分からんのか!?もっと自重しろ!!」
ルーの入っていた鍋からシンクに置いて水を浸していく。さっさと洗ってしまった方がよさそうだ。青俺が青有希の襟首を掴んで自席へと連れ戻していく。匂いすら残すことなく綺麗になってしまった鍋を見てようやく有希も諦めた。全ての鍋を洗い終えたところで影分身の情報結合が解除された。
「ところでハルヒ、あのトロフィー二本と俺の書き初めをこのフロアに飾っておきたいんだが、どこかいい場所はないか?できれば、書き初めの方はこの位置から見られる場所がいい。どうだ?」
「別に今決めなくたっていいわよ。食べ終わったら早く撮影に行きましょ。それが終わらないと考えようにも考えられないわよって、あ―――――――――――――――――っ!!」
「どうしたんです?突然……」
「みくるちゃんが事件の真相を語るシーンの料理のことすっかり忘れてた!も――――――っ!!あたしのバカ!食べ始める前に気付いてさえいれば……」
「そう落ち込むな、監督。それくらい催眠でどうにでもなる。全員食べ終えた状態を再現すればいいだけだ」
「ふむ、それもそうね。それならいいわ!」

 

「でも、ハルヒさんもよくそんな小道具のことを気がついたわね。わたしなんて一色役をやることしか考えてなかったわよ」
「逆に聞くが青朝倉、一色役をやるってことは犯行に及ぶシーンも撮影するってことだ。いくら催眠をかけているとはいえ、証拠を隠滅するためにトイレで下着を脱いではさみで切るところもおまえがやるってことでいいのか?」
「黄キョン君に言われるまで気がつかなかったわ。いくら催眠をかけた状態でも裸を見られるのはちょっと……」
「なら、わたしがやる。カメラを操作しているわたしがやるのがベスト」
「ちょっと有希!さっきまでの大声はどこ行ったのよ、あんた!園部役は大丈夫なんでしょうね?」
「問題ない。これまで通り演じる。それに、カレーが食べたい」
「今の一言で二ヶ月に延長だ」
『えぇ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!?』
俺以外の全員の殺気が有希に向けられたが、当の本人はそんなことより延長されたことの方がショックだったらしい。ちょっとは周りに対する配慮ってものを考えろ。
「いっ、今の言葉は取り消す」
「一度吐いた言葉は取り消せないんだよ。これ以上、余計なことを口にしない方がいい。更に延長されたくなかったらな」
「やれやれ……さっき言ったばかりだっていうのに、おまえらのせいでまた遠のいちまっただろうが!」
「もういいわ!とりあえず、キョンと青あたし、みくるちゃんとジョンは洞窟に行ったときの格好でハワイでもグアムでもどこでもいいから泳いできて!」
『泳ぐ!?』
「あぁ、ズブ濡れの状態で部屋に戻っていくところから撮影するのか。それなら泳ぐまでもない。海水に浸かるだけで十分だ。ところで、未来古泉には何と説明してきたんだ?朝倉と青古泉、ジョンはこの後撮影、古泉が祝賀会の準備なら、相手がいなくなってしまうぞ。古泉だって、この後も人事部に影分身を配置するだろ?」
「おっと、そのことをすっかり忘れていました。僕も影分身の練習を始めたばかりですし、将棋よりも撮影の方に意識が行ってしまいそうですね。まともに将棋を指せそうにありません。黄僕と黄朝倉さん、ジョンは影分身でも問題なさそうですが……」
『今日は帰した方がいい。そんな中途半端な状態で相手をされてもアイツの方が迷惑する』

 

 身体を情報結合して現れたジョンの一言で未来古泉には帰ってもらうことが決まり、みくるや青ハルヒ達は自分がどんな格好で撮影していたか忘れたからとモニターを確認して自室に着替えに行った。特に青ハルヒの方はランジェリーも合わせる必要があるからな。その間に有希は一足先に孤島へ。閉鎖空間を張り、天候を変えていた。その間、W有希は当分、全員の雑用係にすると青俺が提案し、承諾を得ていた。
「えぇっ!?キョン、わたしがみんなの雑用係をするの!?」
「嫌なら別に拒否してもいいんだぞ?カレーが食べられなくなって一番困るのは他ならぬおまえなんだからな」
「くっくっ、キミは離婚のきっかけになりかねないトリガーを自分で引くつもりかい?自分の妻にそんなことをさせて、一体誰が彼女の味方をしてくれるのか教えてくれたまえ」
「あれだけ注意したのにこの有り様なんだ。どっちの有希も悪い」
その一言を捨て台詞にするかのように、各自の仕事に向かっていった。撮影チームの方は、みくる達が館の三階に上がっていくところから撮影がスタート。勿論鶴屋さん達は遮音膜を張った状態で見学。古泉の催眠をかけた俺の影分身がハワイの青い海を満喫して戻ってきた。それぞれ自室に戻ろうと階段を登っていく。
「ハルヒ、おまえが先に入れ。俺は朝比奈さん達との打ち合わせが終わってからでいい」
「どういう風の吹きまわし?」
「おまえは命を狙われたんだぞ?ジョンなら犯人を返り討ちにできるが、朝比奈さんの場合はそういうわけにもいかない。声は朝比奈さんでも、一緒に犯人がいる可能性もある。ただでさえハルヒを仕留め損なったんだ。今度こそとやってくることもあるかもしれん。俺が風呂に入っている間は誰が来ようと応対しないようにするだけだ。あと、おまえが玄関先で持っていたメモ、見せてくれないか?」
「どうしてあんたがそんなこ……ってサイコメトリーで分かったのね。大分濡れたから滲んでいるかも知れないけど……これよ」

 

「ちなみに、これをどこで拾ったんだ?」
「和室から戻ってくるときに一色さんに言われたのよ。『パーカーの帽子の中に何か入っている』って」
「『入っている』んじゃない。何も入っていないのに、さも入っているかのように見せたってことになるな」
「えっ!?それじゃあ、犯人は……」
「一色で間違いない。だが、シド殺害の密室トリックと証拠が分からないと逮捕ができないそうだ」
「そんなの、重要参考人でも何でもいいから、あの女を連行しちゃえばいいじゃない!」
「ジョンも同じことを言っていたよ。任意同行だから、本人が拒否すれば無理だそうだ」
「も――――――――-っ!!犯人が分かってて捕まえられないなんて!!」
「とりあえず、風呂に浸かって温まってこい。ハルヒがあがる頃にはジョンも、朝比奈さんも来てるだろう」
「あ!一樹、あたしの下着取ってくれない?」
「自分で取りに来ればいいだろ?俺が選んだものに文句をつけるなよ?」
「もう全部脱いじゃったのよ!どれでもいいから早く取ってきて!」
俺が青ハルヒのバッグを開け、下着を取り出そうとしてピタリと止まった。
「何やってんのよあんた!早くしなさいよ!!」
「密室が解けるかもしれない」
「はぁ!?」
「犯人の使った手口のヒントが見つかったんだよ!これで証拠さえ見つかれば今晩中にあの女を確保できる!」
「本当!?」
嬉しさのあまり青ハルヒが浴室の戸を全開にした。青ハルヒの裸体が俺の網膜に焼き付く。
「あ!」
「あ``!も――――――――っ!!あんたがこんなときにそんな話をするからいけないんじゃない!!さっさと下着をよこしなさいよ!!」

 

 青ハルヒに下着を渡して、俺はベッドに横になりながら、渡されたメモを確認していた。
「『古泉一樹の命が惜しければ、今夜九時にあなた一人でこの地図の洞窟にいらっしゃい。朝倉涼子』か。館に戻ってからアイツの姿を見ることはなかったが、一色はずぶ濡れの状態で館に戻ってきた。これも一色に託した計画のうちなのか、それとも自ら手を下そうとしたのか……ダメだ。考えても分からん。それよりも、さっき閃いたことが本当に可能なのかどうかだ。それに証拠もまだ見つかっていない。アイツだと断定する証拠はないのか……」
「一樹君?ハルヒさん?居たら返事をしてもらえないかしら?」
「ああ、今開けるよ」
俺が扉をそっと開けてみくるの周囲にだれもいないかどうか確認をしていた。
「どうかしたの?」
「犯人に脅されて俺たちの部屋に来たんじゃないかと勘繰ったが、どうやら大丈夫らしいな」
「ハルヒさんは?」
「今風呂で暖まっているところだ。一度命を狙われているから、今夜また来るかもしれない。マスターキーは奴等の手中にあるし、鍵のことなんて容易に解決できるだろ?」
「あの人達に限って言えば、抽選会を操作するようなお膳立てはあっても、自ら手を下すことはありえないわよ」
「これを見てもそれが言えるか?」
濡れたメモ用紙がみくるに渡り、内容を見たみくるが脅えている。
「これ……」
「一色がハルヒのパーカーに何か入っていると言って出してきたものだそうだ。これも一色に授けられた計画の一部なのか、本当に朝倉が入れたものなのかは俺にも分からない。どう思う?」
扉を叩く音が二回鳴り、『俺だ』という一言と共にジョンが合流。メモについて三人で語り出した。

 

『こういう手口を使うという判断でいいだろう。俺には通用しないがな』
「一色を捕えてここから脱出することができたら、筆跡鑑定をするように要請しておくわ!一致しなければ朝倉涼子本人が書いたと見て間違いなさそうね。今後の事件で関わるようなことがあればこれが使えるわ」
ようやく青ハルヒが髪を拭きながら浴室から出てきた。
「馬鹿!おまえ、下着姿で出てくるな!朝比奈さんはともかく、ジョンもいるんだぞ!?」
「ジョンはあたしの下着姿になんか興味ないから平気よ!ところで、さっきあんたが言ってた、『犯人の使った手口のヒント』ってヤツ、あたしにも教えなさいよ!」
「一樹君、それ、一体どういうこと?犯人の使ったトリックが分かったの?」
「可能かどうかは俺にも分からない。ただ、屋上を見に行ったときのように、シドの死体を土台にしてあの窓に届かないかどうか考えていたんだ」
『まず無理だな。シドの死体はパイプ椅子にもたれかかっているような体勢だった。ジャンプしたとしてもパイプ椅子ごとシドの死体が床に転がるし、服に靴跡が残る。おまえが最後に屋上に上ってきたときだって、肩を払っていただろう?』
「そんなの、靴を脱げば簡単に解決するわよ!」
『靴を脱いだとしても変わりはない。シドの肩に乗っても逆に窓から離れるだけだ』
「だったら壁に立てかけておいたらどうだ?窓から出るときにパイプ椅子に向かって蹴ればいい」
『問題外だ。座っている死体より更に不安定になるだけだぞ』
「待って!……いえ、でもそれを可能にするには半日は………っ!じゃあ、胴体が無かった本当の理由は……」
「自分一人で考えてないで、あたし達にも教えなさいよ!」
「一樹君、ナイスアイディアよ!これで密室の謎が解けるわ!あとは、証拠を見つけないと」
「証拠は後でもいいからその密室の謎ってのを俺たちにも話せ!」
「いい?……………、………」

 
 

…To be continued