500年後からの来訪者After Future9-1(163-39)

Last-modified: 2017-01-26 (木) 15:48:24

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-1163-39氏

作品

旅行から一夜明け、中途半端で終わっていたことにようやく手をつけることができると、一つずつやるべきことを片付けていたのだが、未来の時間平面上で起きた戦争を受けてシェルターに閉じこもってしまった人たちにカレーを振る舞おうと作り始めていたところでまたもや有希たちを筆頭に一悶着が始まった。二度も妥協案を立てて食べ、前回カレーを口にしてから十日も経っていないにも関わらず、相変わらず引くことをしないメンバーばかり。そろそろもう一ヶ月延長の勧告をしてもいい頃合いだ。止め役はいるんだが、一向に反省の色が見えないしな。

 

「ちょっと有希!そろそろ練習試合が始まるんだから、あんたも準備しなさい!」
「ダメ、顔がふやけて力が出ない」
アン○ンマンかコイツは。カレーが食べられないというだけで極端すぎるだろ。
「あんたがトスを上げなきゃ、昨日練習した意味が無くなるでしょうが!今度カレーが出てきてもあんたと青有希ちゃんだけ別メニューにするわよ!?いいから立ちなさいよ!」
「問題ない。青チームの古泉一樹でも十分可能。でも、今のわたしには不可能」
「どうやら、最初のセットからベンチで見ている程でも無さそうだな。子供たちが返ってきた頃に体育館に行く。これ以上は時間の無駄だ」
「こうも同じことを繰り返すような状態じゃ、わたしもちょっと苛立ってきたわね。カレーに関する記憶のすべてを情報操作で消してしまおうかしら」
めっきり殺気を放つことの無くなった朝倉から殺気が漏れ出し、テンションががた落ちしていた青有希もさすがに跳び起きた。バトルでも殺気を放っていると自分の居場所がバレてしまうからな。
「黄朝倉から本気の殺気を浴びたくなかったら、早く昼食を喰え!ビラ配りにいけないだろうが!」
「わっ、わわわ……分かった」
「残りは一人だけのようね。どうするつもりか説明してくれないかしら?でも、有希さんの発言次第では更に延長なんてことになりかねないから、充分注意して発言して欲しいわね。ただでさえ、有希さんの一言のせいで一ヶ月伸びているんだもの。責任は取ってもらうわよ?」
「……………分かった」

 

 朝倉があそこまでアクションを起こすとは意外や意外、その程度の言葉では表現できないくらい、俺にとっては想定外の出来事だった。ハルヒには有希が本調子になるまでしばらく時間がかかるだろうからと説明し、残ったメンバーの様子を伺っていた。青ハルヒは青古泉から受け取った情報を基に垂れ幕を情報結合し、OG達はハルヒ達と一緒に体育館へ。青古泉や青OG達、圭一さん達もそれぞれの仕事に戻っていった。ペースは遅いが黙々と昼食を食べ進めている青有希と、食べ終わるのを待っている青俺やみくる達。鶴屋さん達は今日はどうするつもりなんだ?
「みくる、青有希の食べ終わりをただ待っているだけというのも暇だろ。食器の片付けを手伝ってくれないか?本来なら有希たちの仕事なんだが、今日は仕方がない」
「はぁい」
「キョン、次はいつ頃カレーにありつけるのか教えてくれないかい?」
「次にカレー関連の話を振った時点でもう一ヶ月延長する。五月の頭まで食べられないと思え!さっさと自分の仕事に戻れ!」
ハルヒ達は大分良くなったが、問題は有希たちとこの二人だな。なんとしてでもカレーにありつこうとアプローチを仕掛けてくる。だが、今の一言で『今日のところは』諦めたようだ。席を立ってどこ○もドアを潜っていった。みくると二人で片付けを終え、青有希には自分の皿は自分で片付けるよう指示を出して体育館へと向かった。

 

 無愛想というか、不機嫌そうというか、とにかく表情を見る限りやる気の欠片も感じられなかったが、トス自体は正確としか表現のしようがない。この二日間で一体何があったんだと思う程ハルヒと朝倉の反応速度が上がり、OG達がそれに合わせるのに必死になっていた。こちらのサーブのときは相手もダイレクトドライブゾーンを使ってきてはいたのだが、美姫や幸が話していた通り、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。それをどうやって解決したのか、ハルヒと朝倉からご教授願いたいもんだ。リズムの違いで失点は多かったものの、次に繋げられるセットだったと言えそうだな。
「キョン、どうだった?」
「ハルヒも朝倉も、たった二日間で何をどう変えたのか教えてもらいたいくらいだ。精神と時の部屋にでも入っていたのかと思ったぞ。あのテンポを日本代表にも叩き込んでやってくれ。勿論OG達にもだ。次のセットは正セッターをチェンジして見せてくれないか?有希なら二人と同じリズムで攻撃に参加できるはずだし、その分攻撃の選択肢も増えるだろ?」
「フフン、分かればよろしい」
「ところでキョン先輩、向こうもダイレクトドライブゾーンを使うようになったら、どうやって対処するんですか?」
「簡単な話だ。超速攻には超速攻で対抗する。バスケットでいうところのラン&ガンのようなもんだ。ブロックにいかずにレシーブだけで勝負を仕掛けるのなら、サーブ権を持っている方が有利になる。サーブレシーブからダイレクトドライブゾーンを仕掛けてきても、すでに防御態勢が整っているんだからな。それをダイレクトドライブゾーンで返して、相手コートの空いたスペースに叩きこめばいい。だが、最も肝心なのはスパイクに跳んで着地した後のバックステップだ」
『バックステップ?』
「ドラマの最終回でジョンが見せてくれたヤツだよ。着地した後、どれだけ大きくバックステップできるかどうかで防御率が変わってくる。前衛はその一歩で自分の守備位置に戻れるし、後衛がもう一歩下がる頃には相手がスパイクを撃つ一歩手前だ。相手の様子を観察しながらのバックステップだから、特に前衛は後ろとぶつからない様にと気を使うだろうが、全員同じ動きをしているのなら後ろのことまで考える必要はない。逆に後ろの奴が前衛に合わせるように移動すればいい。もっとも、こんなものはバレーじゃ鉄則だ。今更念を押すように言う必要もないだろう。とにかく、ダイレクトドライブゾーン直後のバックステップを気にしながらプレーしてみるといい。防御率が跳ね上がるはずだ」
『問題ない』

 

 セッターを有希からOGに変更して二セット目。前のシーズンのように、セッターが一人だと狙いが集中してしまうから続けてコートに立っているが、残り二人は交代した。ベンチ横の選手控えエリアでは、スパイクのステップを踏んで着地した後のバックステップを何度も練習していた。思いっきり跳び上がった分、着地も両足でないと片足に負担がかかってしまう。着地してからどれだけ早くバックステップに移行できるかで防御力が変わってくる。無論、バックステップのことばかり考えて中途半端にしか跳び上がらなければ、囮だとすぐにバレる上に無駄に体力を消耗するだけだ。ダイレクトドライブゾーンの練習に欠かせないメニューになりそうだが、ハルヒ達にバックステップの練習はいらなさそうだな。着地と同時に一気に下がり、視線と脳みそは常に相手の動きを見て予測を立てている。セッターを交代した分と、バックステップの効果で攻撃に転じるタイミングが噛み合い、味方同士の連携ミスもほとんど見られなかった。ハルヒ達のプレーを見た日本代表選手たちもバックステップを取り入れるようになり、ダイレクトドライブゾーンを仕掛けても、次第に防御が間に合うように変化しつつある。明日のニュースで監督のコメントを聞くのが楽しみになってきた。ようやく試合が面白くなってきた頃に子供たちが体育館に現れ、コート内のハルヒ達の様子を見せてバックステップの練習。セットを奪取したところでOGと子供たちが入れ替わった。正セッターは美姫が務め、おそらくこれが今日の最終セットになるだろう。相手エースのサーブから始まり、ダイレクトドライブゾーンの応酬。美姫も誰に上げようか困るほど選択肢が増え、終始笑顔が絶えないまま、その日の練習試合を終えた。

 

 男子日本代表チームの練習試合を終えて81階に戻ってきていた俺の本体を見るや否や子供たちが俺のところに駆け寄ってきた。
「キョンパパ、今日の試合面白かった!ハルヒママも有希お姉ちゃんも凄く速い!」
「二人に負けていられないから必死に練習したんだ。これからは三人の方が遅いって言われそうだぞ?もっともっと練習して強くなろうな」
『あたしに任せなさい!』
「ちなみに三人とも、これが何だったか覚えてるか?」
子供たちのいる前でどこ○もドアを出してタイタニック号に行くことも説明してしまおう。
『四次元ポケット!!』
「正解。今日はどこ○もドアをもう一つ出すからよーく見てろよ?」
『キョンパパ、どこ○もドア二つも持ってるの?』
「そうだ。どこに繋がっているかはこの後のお楽しみだ」
『えぇ~~~~っ!わたしも早く通ってみたい!キョン(伊織)パパ、どこに行くの!?』
「仕方がない。じゃあ場所だけ教えてやる。夕食が終わったら船の上に行くんだ。すっごく大きいんだぞ」
『船!?わたしも船に乗る!』
「このあとみんなで行くから、三人で船の中を探検してこい」
『問題ない!』

 

 カレーを作っている影分身はそのまま仕込みを続け、金の仕分けをしている影分身はディナーの火入れに向かった。カラスの習性ではないが、白熊が光り物に興味を示すなんてことはないだろうし、閉鎖空間も張ってある。北極点に来る人間なんてごく稀だ。金塊はあのまま放置しておいてもいいだろう。練習試合、ビラ配りが終わって有希たちは昼食後のテンションに逆戻りしていた。
「黄有希はその場にいなかったから念のため伝えておくが、次にカレー関係の話を黄俺に振っただけで、もう一ヶ月延長だそうだ。五月の頭まで食べられなくなる。特におまえらと、佐々木たち四人が一番危ない。全員の反感を受けたくなかったら、発言には充分注意しろよ?」
「しかし、ただショックを受けるだけで反省の色がまるで見られないのでは、この先が思いやられそうですね」
「ところで、古泉たちは今後男子の練習試合の方に一人で迎えるか?俺が行っても覚醒どころかゾーンにすら入れないんじゃ、居てもそこまで役に立たん。さっきも言ったが、俺と同じ判断の仕方で見極めようとしていると、逆にそれがネックになりかねないからな。余計な口出しになってしまう」
「ですが、あなたの解説一つ一つが納得のいくものだったということに変わりはありません。一緒に来ていただきたいのは山々ですが、あなたも他の仕事に専念する必要がありそうですし、彼女と二人で議論しながら練習試合を見ていることにします」
「じゃあ、別件でもう一つ。製本作業が終わり次第OG達にもバレーの練習に入ってもらうが、セッター二人を入れ替えたい」
『セッターを入れ替える!?』
「こっちのOGが世界大会に出るっていうのか?それに、入れ替えても大して変わらないような気がするが」
「いや、あくまで練習での話だ。二人のこれまでの経歴を考えると、セッターを入れ替えて練習させた方が両方のチームにいい影響が出るんじゃないかと思ってる」
「キョン先輩、私たちが入れ替わっただけでいい影響が出るなんて、とてもじゃないですけど……」
「片や、大学受験をせずに我が社に入社……というより朝倉が勧誘して、俺たちと一緒にバレーの練習を続けていた。それによって得たセッターとしての技術とトスの正確さ、それに世界大会まで出場して場慣れしている。もう一方は大学受験をして会社に就職。初めは変態度の方が目立っていたが、頭の切れ具合に関しては青OGで唯一ドラマの最終回のトリックを解いた程だ。セッターが場慣れしている分、青OG五人でも、正確なトスを上げればスパイクも撃ちやすいし、撃ち慣れれば自信にも繋がる。役回りとしては、味方の良さを引き出す青古泉のような動きになる筈だ。それに、頭が切れる分、これまでOG達のプレーにはなかったトリッキーな戦略を構築してくれるんじゃないかと思ってな。大会でも、流れを変えるために、途中で二人ほど交代するなんてことがあるだろ?それと似たようなもんだと思ってくれればいい。どうだ?やってみる気はないか?」

 

 OG達だけでなく、SOS団メンバーも斜め上を見ながら、そのシーンをイメージしていた。
「製本作業が終わってからということになりそうですが、どちらも面白そうですね。練習試合を重ねていけば、あなたが提案した理由もプレーに現れてくるでしょう」
「そのトリッキーな戦略とやらをネットの反対側から見てみたくなったよ」
「面白いじゃない!どんな戦略で攻めてくるのか見せてもらうわ!」
「あら?そういえば、六人の中でスイッチ要因はいたかしら?」
「私たちの場合は六人全員が日本代表入りが決まったときに、先輩たちがこれが私たちの弱点だって実際に見せてくれて、それで私がオポジットになりましたけど……最近はその練習もしてないですし、ダイレクトドライブゾーンのあのレシーブをちゃんと上げられるかどうか……」
「ならば、折角ゾーン状態に入れるようになったことですし、オポジットを彼女に変更してみてはいかがです?セッターとしての経験も今後活かせるはずですし、六人中三人がセッターとして動けるとなればどんな場面でも臨機応変に対応ができるでしょう。彼が最近よく使うセリフですが、何事も修錬ですよ」
「プッ……零式やゾーンだけじゃなくて、セッターまでキョン先輩と一緒になるの?ペアルックで街中を歩いているカップルより見てて恥ずかしいよ」
「黄古泉や朝倉と一緒に練習しても損は無いだろ。何にせよ製本作業が終わってからってことになりそうだ。こっちのOGもセッターを除いて誰が一番トスが上手いのか、みんなで確認しないとな」

 

「話が一段落したのなら、私から一つ報告だ。君が昨日アフレコに行った映画の披露試写会が四月四日におこなわれるそうだ。そこで正式に三代目毛利○五郎役が君になると発表するらしい。披露試写会で舞台に立って欲しいそうだ。どうするかね?」
「やれやれ、披露試写会なんて言葉は当分聞きたくはなかったんだが………そういう事情なら参加しないわけにはいかなくなった。ただ……パフォーマンスをどうするかが問題だ。映画館でスケボーに乗るわけにもいかないし……どうしようか悩んでしまうな」
「この前キョン君がアフレコした映画でも水上を走ってましたし、今度は空中をスケボーで跳び回って最後にサッカーボールを蹴るだけで良いと思いますよ?声は声優さんに任せればいいです!」
「その映画の話も出ていたのを忘れていた。三月末に去年の映画をそのまま放映して、四月四日に披露試写会、その翌週にアフレコし直したル○ンVSコ○ンの映画を放送するそうだ」
「なら、青みくるの案で行こう。あまり現実離れするわけにもいかんしな。しかし、サッカーボールを蹴るのなら何か的になるものが欲しい。どうせまた披露試写会をステルスで見に来るんだろうし、パフォーマンスのときは閉鎖空間の側面に的を作ってくれるか?」
「そんなの簡単よ。あたしがやるわ!」
作業内容が単純すぎて『あたしに任せなさい!』までには至らなかったか。この後の議題もなさそうだし、四次元ポケットを腹に張り付けてどこ○もドアを取り出した。
『おぉ――――――っ!!』
歓喜の声を上げて、ポケットから出てきたどこ○もドアに拍手をしていた。
「俺たちは夜練に行く。その間にタイタニック号が気になるメンバーはドアを通って船内を探索してきてくれ。向こうは丁度夕方だ。例のシーンがやりたければ、船首でやって構わない。青俺も俺もゾーンに入れるだけの意識だけ夜練に送るつもりだ。俺はもうどこがどうなっているか知っているし、調理に没頭する。青俺も船の様子を見てきてくれ。ついでに水着を並べておいて欲しい」
「ちょっと待ちなさいよ!あんたがいないとあのシーンができないじゃない!」
「どの道再来週はあの船で生活をするんだ。チャンスならいくらでもある。なるべく早く料理を仕上げて、建物の復旧作業に向かいたい。こっちが昼食の時間になる頃には、向こうは日が沈んでいる時間帯だ。午前中しか行くことができないんだよ」

 

 ようやく納得したハルヒやみくる達が皿を下げてどこ○もドアを通っていく。子供たちもそれに続いてドアを潜って行った。しかし、青俺の諸注意もあったせいか、どちらの有希も佐々木たちも何も喋らなかったな。どうせ、何とかしてカレーにありつこうとしか考えてないんだろう。反省なんてこれっぽっちも見られなかった。北極で金塊の周りを囲んでいた白熊を倒して金の仕分け作業は今日はここまでだ。カレー作りに集中しよう。
 ジョンの世界では残りのOG四人が影分身の修行と製本作業を交互に行っていた。残り二人は影分身が夜練に参加していたからな。『影分身でタイタニック号を見に来い』と言うべきだった。影分身で160km/hの球を受け続けても時間の無駄だ。タイタニック号を見に行ったメンバーからは『ちょっとと言うには豪華すぎる』と言われた程度で、妻が作り上げた資料室に関しては何の文句も無かった。バトルフィールドに入る前に隣の様子を見ていると、青古泉の両手足が紅く染まって五層の球体を見に纏ってコーティングの移動を行っていた。「九層の移動は重い」と本人も発言していたし、今のこの形が青古泉の戦闘スタイルとして定着したらしい。某漫画で言うところの“悪魔風脚”の両手足バージョンってところか。球体一つ分を片足に固めた分、スピードもパワーもかなり上昇していそうだな。完成してからスカウターで測ることにしよう。その青古泉に対してハルヒ達が二人がかりで闘いを挑み、俺の入るバトルフィールドでは朝倉とジョンの一騎打ち。てっきり古泉も入るものだとばかり思っていたが、どうやらセッターの練習の方に集中するらしい。超サ○ヤ人状態でフィールドに足を踏み入れた。
「昨日のあたしたちの試合がどう評価されたのかたっぷりと見させてもらうわ!」
ハルヒの一言と共に、モニターに朝のニュースが映り、新聞記事の一面を飾っているのは、予想通り昨日の試合でのこと。『直結連動型ゾーン習得なるか!?女子日本代表の新戦略!』、『その身に叩きこめ!SOS Creative社直伝直結連動型ゾーン!』などの見出しに主に映っているのは日本代表選手やOG、それに朝倉。
「朝倉涼子だけ写真が一面に載るのは納得がいかない。新聞社に抗議する」
「レフトにいることが多かったからじゃないのかい?二セット目以降はキョンが提示したバックステップで、連携ミスもほとんど無かったって聞いたよ。それだけローテが回らなかったってことだろう?」
「今日は三枚ブロックで闘うが、明日以降も黄ハルヒ達三人とOGで出たらどうだ?OG五人と黄有希で出るセットがあってもいいんじゃないか?土日は子供たちがコートから出ないし、オンシーズンも残り少ないからな」
オフシーズンじゃディナー以外ほとんど撮影に来ない。新聞の一面を争うなら確かに残りあとわずかだ。

 

「監督、今日の練習試合を終えていかがですか?」
「私から指示を出したわけではありませんが、あの六人を含めて、選手たちも彼女たちの連携攻撃を真似て自らの技として習得しようとしているようです。あれほどの速さでコースを見極め、攻撃に転じるには、相当の集中力と訓練が必要になるでしょう。零式と同様、他国に真似できない戦略であることに間違いありません。二セット目以降は彼が指示を出したようですが、スパイク直後のバックステップだけですかさず防御に切り替える手腕は圧巻としか言いようがありません。あの攻撃に対してバックステップで対応するなど考えもしませんでしたよ。今後も彼女たちを見本に、選手たちにも力をつけてもらいたいと願っています」
「監督、バックステップで防御にまわられてしまうのでは、世界各国に真似をされてしまうのではありませんか?」
「夏のシーズンから鍛え上げてきた防御力があるからこそできる攻撃です。防御に関しても他国はブロックを使って対抗してくるでしょう。ブロック無しであの攻撃を受け切るには余程の度胸と防御力が無いとできない対応です」
「監督、ありがとうございました」
「監督のコメントさえ聞くことができれば十分だ。『ハルヒ達を見本に選手たちも力をつけてもらいたい』なんてそうそう出てくる言葉じゃないぞ?明日は昨日以上の戦いをしないとな」
「くっくっ、生放送のときもそうなるだろうけれど、僕にはキミが監督として指示を出した方がいいと言っているように聞こえたよ。世界大会で男子の試合と時間が被らないときは、女子の試合を見に行ったらどうだい?」
「見に行くのは構わんが、臨機応変に指示を出せるとは到底思えない。俺の場合は予め予測をしてどう対処すればいいか色々と考えた末の結論だからな。古泉たちのように頭が切れる人間でないと務まらん」
「だったら、生放送のときの手腕を見てから判断しようじゃないか。監督としてふさわしいかどうかをね」
「だから、俺は監督にはならんって言ってるだろうが」
『キリ良く終わりにしよう。時間だ』
『お疲れ様でした!』

 

 ジョンの世界を抜け出した直後、影分身をカレー作りと金塊の仕分けに送り、それぞれで作業を再開。本体はいつも通り身支度を整えて双子と一緒に81階へ。金塊の仕分け作業は、異世界の分を含めてようやく日本から発掘してきた分が終わったところ。だが、全体の五分の三は終えているから今日、明日中には終えることができるだろう。しかし、白熊と闘いたいがためだけに北極に来てしまったが、日が沈むのが早いことをすっかり見落としていた。南極点なら冬の間は常に太陽の方を向いているから夜なんて無いようなものだ……と思う。中学の理科の知識しか残ってないし、調べたわけでもないから分からんから曖昧模糊なんだが、とにかくさっさと仕上げてカレー作りの影分身を増やさないとな。
「彼女たちは六人揃って一体どうしたんだい?」
「私にもよく分からないんですけど、携帯を見て吃驚してました。ラインだとは思うんですけど……」
「六人揃ってということは、ご両親から連絡があったんでしょう。今朝の記事を見て連絡を取り合っていたんじゃありませんか?高三の春と夏の大会も応援に駆け付けていましたからね。僕らの座った席の前列で彼の作ったド派手なうちわを振っていたのを今でも鮮明に覚えていますよ」
「そう言えば、クイック技すら使えないし、全然勝てなかったのに応援だけは来てたよね」
「『どうせ負けるから来ないで!』って言っても来るんだもん」
「こっちの世界の私たちの親も変わらないってことだよ。今週末あたりにこっちに来るって言ってるかも」
「うっ、キョン先輩たちのご両親も、以前は見た目で判断できなかったって聞いたし、目が合ったら普通に声をかけられそうな気が……こっちの方が気まずくなりそう」
エレベーターの動く音が聞こえて81階で止まった。エレベーターが開くと同時に大慌てでOG六人が出てきて席に着く。手には案の定携帯を持ち、まだラインで連絡を取り合っている最中らしいな。
『遅くなってすみません!!』
「気にする必要はないさ。六人揃ってどうかしたのかい?」
「そこでおまえが話をし始めたらいつまで経っても食べられないだろうが!食事しながらでも話せる。少しは頭の中を整理する時間も作ってやれ」
『いただきます!』

 

「それで?あんた達一体どうしたのよ?」
『うちの母親が今度の土日にここに泊まりに来たいって……』
『あ、やっぱり……』
『ブッ、あっはははははは……これで容姿までそっくりだったら区別のつけようがないにょろよ!それにただ泊まりに来るだけじゃなさそうっさ!どんな目的でこっちに来るにょろ?』
「私たちの試合を見にくるのと、先輩たちにお世話になっているからその挨拶に来たいっていうのと…………」
『っていうのと?』
「キョン先輩のカレーが食べたいって。リクエスト第一位になるほどのカレーがどんなものなのか、先月からずっと気になっていたみたいで……キョン先輩も忙しいし、あのカレーを作るだけでも丸一日はかかるし、玉ねぎを炒めるだけで四時間もかけてるし、私たちだって滅多に食べられないことも全部伝えたんですけど……」
「あー…うちの親の強引なところとそっくり。どっちの世界も変わらないね」
「とりあえず、カレーの話は置いといて、まずはホテルフロアの個室が六人分開いているところからじゃないか?」
「確か空いていたと思うが……確認しておこう。二ヶ月、三ヶ月先の予約ばかりだからな」
「それもそうね、黄新川さんのディナーと天空スタジアムからの景色を味わったら、誰だってそのまま泊っていきたくなるわよ。そんな先の予約の対応をしていたんじゃ、今日が空いているかどうかなんて分からなくて当然よ」
ようやくテーブルにスマホを置いて食べ始めたが、こっちに来ることは確定しているとみて間違いなさそうだ。
「とりあえず、土日は男子の合宿所には向かえそうにないな。因みに試合の方はどうするつもりだ?子供たち三人と一緒がいいのか、六人で一チーム作る方がいいのか、どっちにする?」
「親に見せるだけのために六人で出る必要はないです!ハルヒ先輩たちにも子供たちにもついていけない状態ですし、昨日と同じ形式にさせてください!……って私はそう思ってるんだけど、どう?」
『問題ない』

 

「ということであれば、こちらにいらっしゃる時間と地元に戻る時間を確認しなくてはいけません。食事のことにも関わってきますので」
「まだ全員で一致したわけじゃないみたいなんですけど、土曜のお昼は電車の中で食べて、その日はホテルフロアに泊って、日曜日の練習試合の終わり際までいる方向で考えているらしくて……」
「でも、電車なんて使わなくてもテレポートで連れてこられるんじゃ……」
「みくるもちょっとは考えるっさ!そんなことをしたらいつでも来ることができると思われてしまうにょろ!その度にカレーを強請られたら、キョン君が一番大変なことになってしまうにょろよ!」
「あっ、キョン君、ごめんなさい」
「気にしなくても平気だ。とりあえず、その三食は俺が全員分作ろう。青OGは80階で日本代表選手たちとディナーを堪能していてくれ。それから青圭一さんたちもどこ○もドアを潜った先で食べることになりそうだ」
「あれっ!?私たちがいちゃまずいのは分かりますけど、涼宮先輩たちは大丈夫なんですか?」
「OG達が高三の頃、黄、青のSOS団両チームで会場の準備や応援に足を運んでいましたからね。我々が二人いることもご存じなんですよ。ただ、圭一さんたちまでとなると困惑してしまいかねません。しかし、親子で会話することも含めての配慮とは流石ですね」
「じゃあ、ホテルフロアの状況だけ確認できればそれで解決だな」
「キョン、カレーの件は私たちできっぱり断っておくね」
「ああ、よろしく頼む。タイタニック号直結のどこ○もドアは情報結合を解除してしまうが、水着は並べ終わったか?」
「大丈夫、私と有希先輩で昨日のうちに準備しておいた」
ならばと子供たちの見ているまえだし、腹に四次元ポケットをつけて、さもポケットの中にしまっているかのように情報結合を解除した。カレーと聞いてから喋らなくなった連中については俺の知ったことではない。

 

「OG六人の親が来るというのは俺も想定外だったが、少しでも着飾った方がいいだろ。渡したいものがある」
指を鳴らすと六人の前に小箱が置かれ、黄色い歓声と共に小箱を手に取った。
「『もうしばらく待ってくれ』って言ってたのに、もう作ってくれたんですか!?しかも六人分も!」
「さっきも話題に上がっただろ?玉ねぎを炒め続ける間は暇で仕方がないんだよ」
「キョン先輩!開けてみてもいいですか!?」
「勿論だ。気に入らなかったら情報結合を解除してくれ」
『そんなこと絶対にしません!!』
別に拍子を揃えなくてもいいだろうに「せ~の!」というかけ声と同時に六人が小箱を開けた。
「うわぁ~すっごく嬉しいです!これで世界大会に出ます!!」
「感激しているのは分かったから、早く私たちにも見せて」
「着けたら自分で見られなくなるじゃない!」
「鏡くらい情報結合できるでしょ?」
『あ~なるほど!』
変態セッターに促されて六人がピアスをつけ始めた。これくらいならプレーに支障はないし、世界大会でも規定に背くようなことにはならんだろう……多分。つけ終えたところで鏡を取り出し首を左右に振って確かめている。

 

「どうしてこんなデザインになったのか良く分からないというものもあるだろうから、一応説明しておく。最初はプラチナリングの下にネックレスと同じ二つのハートシェイプダイヤモンドの中にピンクサファイアを埋め込んだもので、プラチナのエンジェルウィングは片翼ずつ付けた。次は、同じくプラチナリングに水滴をイメージした明るいアクアマリンをペアシェイプに加工したもの。その次はネックレスの縮小版だ。プラチナの三日月にエメラルドを埋めてフルムーンをかたどった。その隣がイエローゴールドのリングの下にハートシェイプガーネットをあしらったもの。そして、どうしても簡素に見えてしまうんだが、ハルヒのコンサート用ピアスと同様、ラウンドシェイプのタンザナイトにイエローサファイアを埋め込んで夜空の星をイメージして作った。土台はプラチナだ。最後に、プラチナの土台に大きめのハートシェイプアメジスト。六人ともネックレスと宝石を揃えておいた。何か聞きたい事はあるか?」
「キョン先輩、このピアスに催眠はかかっているんですか?」
「いや、ネックレスも含めて、かかっている催眠は解除した。どうせ世界大会で見せるのなら、いつ解除してもほとんど変わらんからな。ただし、エンジェルウィングのネックレスだけは人の眼には見えてもカメラには映らない催眠を施した。青みくるのときと同様、ネックレスごと胸元を撮影する変態カメラマンが寄ってくるだろう。『このネックレスがカメラに映っているときはレンズがブラックアウトする』と条件をつけておいた。いくら撮影されても絶対に映ることはないし、全国に向けて報道されることもない。ランジェリーの宣伝のことも考えたが、あれについてはドラマだけで十分だ。三月号でもセット価格の格安値段で提供しているしな。報道陣にネックレスの件で聞かれたら『みくる先輩よりも先に作ってもらったもの』だとコメントすればいい。それが事実だからな。じゃあどうして今までつけなかったのかと追及されても、『みくる先輩のネックレスをより引き立てるため』と答えておいてくれ。バレーには関係なくとも、ノーコメントを貫き通すよりさっさと答えてしまった方がストレスを溜めずに済む」
『キョン先輩、抱きついてもいいですか?』
「全員の前でいきなりそんな大それたことをカミングアウトするな!気に入ってくれたのは十分伝わったから、それはやめておけ。だが、作って良かった。そんな反応を見せられたら、俺も嬉しくなったよ」

 

「やれやれと言いたくなりましたよ。園生に渡す予定のネックレスやイヤリングに更に規制をかけられた気分です。僕も単調作業をしながら考えてみようかと思いましたが、僕の仕事の中で単調作業と呼べるものと言えば精々おススメ料理の仕込みくらいですからね。電話対応は相手の情報を得た上で返答をしなければいけません。OG達がつけたピアスもアレンジして冊子に載せることができそうですね」
「でも、載せられるのは四つだけよ?いくら夜空の星をイメージして作ったなんて言っても、本人の言う通り簡素すぎるし、エンジェルウィングはネックレスと同じ理由で載せられないわ」
「他に議題が無ければこれで解散にしよう。俺は調理場に行く。午後からは昨日話した通りだ。今日だけは六人一緒に練習試合をすることになりそうだな」
反応は様々だったが、俺の一言で席を立ち、ようやく青俺の携帯のアラームが鳴った。OG達が遅れてきた分と俺がピアスを渡した分とで大幅に時間を喰ったはずだが……まぁいいか。まずは昼食の支度からだ。しかし、明日にはカレーを届けに行きたいんだが……練習試合の間は影分身が使えないせいで中断するしか無く、あとは食べ放題ディナーと、その残りを俺たちで食べている時間だけ。青俺に頼んでジョン達の修行の相手になってもらうか?
『一日くらい修行しなくても……と言いたいところだが、期限が迫っている。何も無いに越したことはないが、今は俺も時間が惜しい。青チームのキョンに頼んでもらえるなら助かるよ。だが、何も金曜の午前中にこだわる必要はないんじゃないのか?』
それはそうなんだが、今作っているカレーの量でもシェルター二つで精一杯だろうからな。あの運命の日までに全シェルターの人間に配って、少しでも活気を取り戻してもらいたいんだよ。そのあとはハルヒ達に任せればいい。ついでに金塊の件も上手く誤魔化すことができた。終わったらいずれ見せることになるだろうがな。それに、犬にお預けを喰らわせるいいチャンスだ。

 

 昼食時、次第にカレーの匂いが強くなり、有希たちが我慢しようとしているのかどうかは定かではないが、涎を零したままテーブルに突っ伏していた。カレー以外は喉を通らないと言いたげな態度を続けるようじゃいつになっても無理だろうな。
「おい、有希!早く食べて試合の準備をしろ!」
「ダメ、この匂いは反則。身体がいうことをきかない」
「困りましたね。折角の青チーム主体の試合なんです。有希さんにも出ていただきたいのですが、この調子では……情報操作でおでん嫌いをカレー嫌いに変えたとしても、嗅覚だけで記憶が元に戻ってしまいそうです」
「ちょっと有希!あんた、また黄涼子から殺気を浴びせられるわよ!?」
「そういえば、最近は将棋を指している最中も黄朝倉さんから殺気が出ることは無くなりましたね」
「戦闘中は殺気でわたしの居場所がバレちゃうから仕方なく訓練したのよ。でも、今の青有希さんになら、本気で殺気を浴びせてもいいかもしれないわね」
「そっ、それだけはご勘弁を………んー…でも身体が動かない」
「じゃあ、とりあえず黄朝倉の全力の殺気を浴びてから様子を見よう」
「キョン……お願い、それだけは待って。わたしも何とかしようとしているんだけど、全然動かない」
「ところで、六人分の個室はあったのか?」
「かなり低層階になるが、空きはある。階は違っても六人の部屋がバラバラになることはない」
「それでも20階より上ですし、うちの母親ならそれくらいでも満足するはずです!」
「どの道食事はここで食べることになるし、練習試合の間は体育館だ。高所恐怖症でもないかぎ………げっ!!」
「いきなりどうしたのよ、あんた」
「嬉しい悲鳴のようで、あんまり嬉しくない」
『はぁ!?』
「話の流れから察するに、ジョンから何か伝えられたわけではなさそうですね。考えられるのは同期した情報が入ってきたか、あるいはサイコメトリーが自動で発動したか……」
「ああ、今朝の新聞の影響もあるだろうが、この後の試合の様子を見に来たOGのファンが何人も本社に入ってきた。その中に数人混じっているんだよ。みくるの椅子と同じ思考回路を持った変態がな」

 
 

…To be continued