500年後からの来訪者After Future9-10(163-39)

Last-modified: 2017-02-09 (木) 18:14:57

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-10163-39氏

作品

生放送五セットから一夜明け、妻の司令塔デビューも監督や選手たちだけでなく報道陣をも驚かせ、素人目にも明らかな成長ぶりが見て取れる練習試合となった。明日の新聞は全社その記事で間違いないだろうが、スカ○ターで監督が何とコメントしていたのか聞いていればよかったな。明日のニュースが楽しみでならない。だが、その期待もプラスマイナスゼロに、あるいはそれ未満にしてしまうようなことをこれからやらなければならないというんだから、気が乗らないったらありゃしない。まだ藤原のバカが攻めてきた方がマシだと思いながら、影分身を青俺の実家に送った。

 

 夕食中だった青俺の両親に挨拶をしてから愚妹を連れて元青俺の部屋へ。やれやれ、この階段を上がることももう無いだろうと思っていたが、まさか今になってそんな日が来るとは思わなかったよ。家具を全てキューブに収め愚妹共々青俺の両親に礼を告げて家を後にした。母親から受け取った情報によると、コイツの引っ越し先は西日暮里。乗り換えの必要はあるものの、自転車でも通えそうな距離だな。地下駐車場は使わせるつもりはないが、まぁいいだろう。コイツと話すのもこれが最後だ。指示通りに家具を並べ終えた時点で異世界支部へと戻っていた。その頃にはカレーも完成し、パンも焼き上がった。明日からは木曜日のディナーの仕込みか。パンに施した現状維持の閉鎖空間を見て先ほどのやり取りを思い出していた。青佐々木はコールドスリープと言ったが、これで有希があの和室に施したものと同じものが俺にも出来てしまったってことになる。有希が和室の扉を開かなくした理由が良く分かったよ。下手に入ろうものならその時点で入った人間もコールドスリープと同じ状態になってしまう。ついでに佐々木の内面にあるとかいう、超能力の使えない超能力者が言っていた閉鎖空間のことを思い出した。ついでに藤原と九曜の顔まで浮かんできたから一縷たりとも嬉しいとは思えん。早く100階に出向いて青ハルヒにシャンプーとマッサージをしてもらうことにしよう。
 ジョンの世界に入ると、目の前には昨日とほとんど変わらない光景が目の前に広がっていた。違うところを敢えて述べるとすれば、球出しが古泉になり、別コートで零式の練習をしている妻と異世界の妻。青チームは100マイルの投球を受ける練習と青古泉はその精度を増す練習のようだ。影分身で集中力を高め、野球の練習で防御力を鍛えるのはまだいいが、問題は青ハルヒ。
「これでシートがはがれさえすれば、四月の上旬には野球の対戦申し込みが来てもおかしくない。今度の試合は、海外組は三人よりも多いかもしれん。何よりも、朝倉を中心に十点差をつけられている状態だからな。たとえおまえのアンダースローでも、いくら有希の采配でも今度の試合は打たれてしまう可能性が高い。イチローを刺した件で二番手の初球は速球しか来ないと断言しているようなものだからな。盗塁を防ぐどころか、ヒットを許してそのまま失点することだってありえる。今度試合をするときは、古泉にはそのまま出てもらって青古泉に今泉和樹の催眠を施すつもりだ。青OG達が懸念していた悪い噂を少しでも払拭しないとな」
「冗談じゃないわ!そう易々とあたしの球を打たせるわけにはいかないのよ!今日からピッチング練習を始めるから、あたしの代わりに誰が入るか決めておきなさい!いいわね!」
というわけで、ピッチング練習を開始した青ハルヒと、零式改(アラタメ)の修行を始めた妻の二人の代わりに青OGが入ることになった。残りの三人と佐々木は審判にまわっていた。

 

『キョン、時間だ』
「何よ!もう朝になっちゃったわけ!?」
「違いますよ。異世界支部のシートを外して閉鎖空間を張り直すんでしょう。我々にもモニターで見せてくれませんか?」
「いよいよ、あたし達の世界の牙城のお披露目ってわけね!すぐにでもパーティにしたいところだけど、今夜まで我慢するわ!でも、パーティの乾杯の音頭はあたしが取るんだからね!!」
「満場一致でおまえに間違いないんだから、そう主張する必要もないだろう。シートはそのまま透明にして俺の許可した奴だけが入れるようにする。後は俺たちの世界と同じものを張るつもりだ」
「おや?超サ○ヤ人にならなくてよろしいのですか?」
「ああ、今じゃそこまでならなくてもいいんだ」
「くっくっ、どちらもそういうつもりは無かったんだろうけれど、映画のシーンをそっくりそのまま真似してしまうとは驚いた。超サ○ヤ人にならずに僕たちの世界と同じ閉鎖空間が張れるのかい?」
『見た目にはほとんど現れていないだけだ。今のキョンは超サ○ヤ人と同様、力を全て解放した状態になっている』
「……そういえば、黄キョン君、髪はいつも通りだけど、目の中心が黄緑色になってる」
青有希の発言を確かめるかのように周りにいたメンバーが俺を前から見つめていた。
「確かに目だけなら超サ○ヤ人みたいだけど……黄緑色になっているのは眼の中心だけで、あとは黒いままよ?」
「一体どんな修行したらそうなったんだ?」
「簡単な話だ。超サ○ヤ人になってもオーラを外側に出さない様に訓練していた。だが、ハルヒの力を髪と眉を除いて全身の至るところまで行き渡らせるのは良かったんだが、眼だけはどうしても力が必要になった。つまり、相手の動きを察知するのに、通常の状態では不可能なほどにまでジョンと朝倉が強くなったんだよ。それを隠すために、黒のカラーコンタクトをつけているんだが、青有希が気付いた通り、眼の中心は黄緑色のままってことだ」
『余計なオーラを体内に取り込んだ分、一発の威力がより強くなった。前回の戦争とはまるで別人だ。これで気の扱いまでマスターされたら太刀打ちできそうにない』
「まさしく超サ○ヤ人ゴッドのようですね」
「それは分かったから、さっさとシートを外しなさいよ!」
正確には『シートを外す』ではなく、『条件を変える』だな。以前確認した通り、敷地内には俺の許可した人間以外は入れず、透明な膜に阻まれるよう条件を切り替えた。本社は涼宮体をもってしても入りこむことのできない五層の閉鎖空間。空調完備等については説明するまでもない。最後に異世界支部を中心とした巨大な閉鎖空間を張って終了。垂れ幕で隠されてしまった大画面の様子がモニターに映っている。本店のアルバイトの垂れ幕も追加されていた。
「垂れ幕は早急に外してしまいたいですね。これでは大画面で宣伝ができません」
「何にせよ、これで俺たちの世界も本格的に動き出したってことだな。ハルヒが社長として動くのならハルヒの催眠をかけた影分身は俺が出す」
「今後はわたし達の世界のニュースも確認しないといけないわね!」
「当分の間は電話対応に追われる。カレーも作り終わったし、第三人事部は俺の影分身で埋め尽くす」
「あんたに言われた通り、あたしも社長として動く必要がありそうね。でも、会議を除いてあんたが今までやってたのって食事の準備と片付けじゃない!人のことをとやかく言えるような行動をしていたとは思えないんだけど?」
「まずは人事部で電話対応と面談です。涼宮さんも仕込みで影分身を割く以外は対応をお願いしますよ?それに、社員が出揃った時点で料理を振る舞っても構わないでしょう。今後の方針について色々と方策を練っていくのも社長としての務めですよ」
「フフン、あたしに任せなさい!」
「じゃあ、このあとも練習を続けるが、俺と青有希は朝食の支度で先に抜ける。調理スタッフが出揃って安定するまで、ランチタイムを除いて青有希が三階から離れられなくなる。眠気なら俺が取るから手伝える奴は手伝って欲しい」
「黄キョン先輩、それなら私に手伝わせてください!ハルヒ先輩の料理を少しでも覚えたいんです!」
「じゃあ、さっさと続き始めるわよ!お披露目パーティは今夜にしましょ!」
『問題ない』

 

 青朝倉は「わたし達の世界のニュースも確認しないと」などと話していたが、今日に関していえばどちらの世界のニュースも分かりきったものだ。こっちの方は妻の司令塔の件でまず間違いないし、異世界の方は新聞の一面記事にはなっていないだろうが、ヘリが二、三機天空スタジアムの上を飛び回り、取材拒否の垂れ幕が下がっているにも関わらず、本社前でLive中継しているに違いない。報道陣が入れないことも含めてな。ジョンの世界から抜け出した後、素早く身支度を整えて社員食堂へと移動。81階では青新川さんが朝食の準備を始め、社員食堂ではすでに母親の姿があった。
「あんた、話には聞いていたけど、こんなに朝早くから起きて大丈夫なの?」
「三食すべて俺が作っていた頃と大差はない。眠気は取り払ったし心配いらん。オンシーズン中に朝食のパンを用意できなかったことを悔やんでいるくらいなんだ。あっちの本社が安定するまでは俺がパンを振る舞う」
やると言った以上、何を言われようと俺の意思が変わらないことは母親も承知の上。換気機能を切るとフロア内に香ばしいパンの香りが充満している。「キャベツのおかわりはできません」という札の横に「三階でも朝食が食べられます」と新しい札を取り付けて、パンの切り分け作業を開始。匂いに釣られてきた調理スタッフに焼き立ての食パンを振る舞っていた。三階では青有希の影分身に催眠をかけ、「三階でも朝食が食べられます」と同じ札を取りつけると、自動券売機の情報結合を弄って朝食のメニューを追加した。こちらもキューブから取り出したパンの匂いに青有希が鼻をひくひくとさせている。そろそろ男子日本代表が来る頃か。
『ニュースに夢中になるのもいいが、いい加減起きてきたらどうだ?男子日本代表の出迎えくらい出ろ!今日のニュースなんて大体の予想はつくだろうが!黄チームだけでも先に身支度を整えてロビーに集まれ!』
『ぶー…分かったわよ』
しかし、報道陣を敷地外へと追いやってからというもの、入口の扉の鍵を閉め無くても済むようになったことが大きな利点だな。試合で着るジャージにドレスチェンジした本体で男子日本代表の到来を待っていた。スカウターには案の定、全新聞社が妻の写真を載せた一面記事で飾られていた。『キョン社長の愛弟子!?女子日本代表に司令塔現る!!』等、見出しはどこも似たようなものだ。確かに色々と教えたし、妻であることに間違いはないが、愛弟子とまで言えるのかどうか……疑問だな。VTRは流されていたが、やはり、観客の声にかき消され、指示を出している妻の声が入っていなかった。それよりも監督のコメントがどうなったかだ。
「初日と同様、おそらく今日披露するつもりだったんでしょうが、一切ミスもなく指示を出してしまったことに驚いています。この短期間で彼と同程度の集中力を磨き上げたと見て間違いありません。女子日本代表にも新たな戦力が加わったようです」
一つ間違いを訂正するならば、「俺と同程度の集中力ではない」ってことだ。今の不完全なダイレクトドライブゾーンだからこそ女子日本代表のセッターの采配が読めたわけだし、男子の方はセッターの采配を読まれないようにする練習をしていなかったわけではないが、読む人間がいなければ何処を訂正すればいいのか分からんからな。異世界の方はカメラを持って異世界支部前に報道陣がやってきたのはいいものの、敷地内に入れずに苛立っていた。おまえらの考えることくらい最初からお見通しなんだよ。まぁ、今日のところはビルの全体像を撮影するだけで十分だろう。ついでに垂れ幕も撮影しておいてくれ。全国に社員募集の件を伝えたかったし、取材拒否と書かれているにも関わらず、取材してくるバカだと全国に知らしめさせるためにもな。ようやくジャージに着替えた黄チーム+OG六人がロビーに出揃い、男子日本代表の来訪の瞬間を待った。

 

 やれやれ……今後は男子バレーの取材に行っていた報道陣もこちらに来ることになるのか。閉鎖空間を悠々と通り抜けた報道陣が本社入口前にたむろして男子日本代表の来訪を待っていた。すでにホテルに泊まり込んでいるから簡単な荷物を持ってジャージ姿で歩いてくるだけだ。先頭を歩いていた監督が本社入り口を通過してきたところで俺が一歩前に出た。
「無理を言って悪かった。これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ昨年の大会に出られず申し訳ありませんでした。今後ともよろしくお願いします」
監督と握手を交わしたところを報道陣が撮影。練習関連の荷物は練習用体育館に置いてくるよう伝え、選手たちには社員食堂に来るように指示を出した。監督やコーチは80階の方に行くことになるだろう。パンの方も好評らしい。影分身を社員食堂に残して俺たちも朝食タイムにしよう。
「まさか、このビルのホテルフロアでも足りない程の人間が本社に入ってくることになるとは、当時の我々も考えてはいなかったでしょうね」
「専用カードは男子日本代表チームにも配ったんだろ?貴重品はホテルに置いてきているだろうし荷物置き場を用意することもないんじゃないか?」
「何にせよ、需要があった場合はそれに応じればいい。だが、男子日本代表のディナーについてはこちらからは一切提示しないでくれ。もし……というより、俺が情報収集役になる可能性が高いんだが、ディナーの件で声をかけられたら『毎週火曜日に用意する』と伝えて欲しい。女子の方の監督やコーチと一緒におでんを食べるなんてことも十分あり得る。そのときは有希と青朝倉が対応して欲しい。現時点で変えた方がいいものがあったら教えてくれ」
「あのぉ……キョン先輩、選手たちから聞いた話なんですけど、洗濯乾燥機は女子と男子で分けて欲しいって要望がありました。男子日本代表がここに来ることを知って、そのことで選手の間で話していたみたいです。私たちは自分の部屋があるからいいんですけど」
「そういう要望なら情報結合の練習に丁度いい。女性用と男性用の札を情報結合して各洗濯乾燥機の上に置いてくれ。今後は監督やコーチ達も男性用を利用するようになるだろう。みくる達で対応を頼む」
『分かりました』
「しかし、これでまたどちらの世界も報道陣の対応に追われそうですね。しかも、こちらの方は『鈴木四郎の規格外のパフォーマンス』だとちゃんと説明しなくてはなりません。これまで、こちらの圭一さんが偽名での電話は通用しないと対応してくれていたのがどれだけ浸透しているか……まったく、今の段階からやれやれと言いたくなりましたよ」
「昨日も話したが、第三人事部は俺が占拠する。偽名を名乗った段階で本名を言い当てて切ればいいし、二回目からは『鈴木四郎の規格外のパフォーマンスで納得しろ』と言えばいい。それでもしつこい場合は報道規制をかけるまで。社長に直接連絡してその会社からの取材は一切受けないと伝える。取材、番組取材拒否の垂れ幕は当分降ろせそうにないだろうな。あとは、ディナーの仕込みと昼食の支度で影分身を割く以外は、青有希と佐々木を連れて未来に行ってくる。例のCMの件と面接は任せた」
「了解しました。ところで、昨日歌の方も収録したというシレ知レセカイを我々にも聞かせていただけませんか?明日のリハーサルも歌だけで構いませんので」
「あたしも自分で作詞してどんな感じになったのか聞いてみたかったのよ!」
「分かった。明日のリハーサルでも行う。でも、今すぐ聞いてみたい人も多いはず。ここにいる全員にCDを配布する。それに、できた」
今度こそダンスの衣装で間違いない。ハルヒ、有希、みくる、朝倉、青佐々木の五人の前に衣装がたたんだ状態で置かれ、色はそれぞれ黄色、水色、ピンク、薄紫、黄緑か。センターがみくるだって話だったし、ハルヒが黄色でも本人はそれで満足らしい。カチューシャの色だしな。
「どんな衣装になったのか着てみたくなったわ!キョン、ドレスチェンジお願い!」
有希かハルヒのどちらかが言い出すだろうとは思っていたが、「ドレスチェンジ」だった分これまでよりもマシか。しかし、この衣装だと五人のランジェリーも含めてすべてってことになりそうだ。みんなの前で下着を見せるわけにもいかんし、ひとまず100階だな。指を鳴らすと五人同時にダンス用の衣装にドレスチェンジ。子供たちが歓声を上げ、ドレスチェンジした五人に拍手を送っている。
『おぉ――――――――っ!!』
「踊り子の衣装とは聞いていたけれど、これはこれで恥ずかしいよ。キミが後悔すると言っていたのがようやく分かった気がする。それでも、フレ降レミライのときの衣装よりはマシかな」
『キョンパパ!みんなカッコいい!わたしも衣装着たい!!』
「まだダンスも覚えていないんだ。保育園から帰ってくるまでに三人分用意しておいてやる。それまでにどの色がいいのか三人で決めておけ。ダンスを覚えたら衣装を保育園に持って行って踊って見せればいい」
『問題ない!』
ははは……こいつら、幸が小学校に行っていることをすっかり忘れていやがる。ハレ晴レユカイを踊った頃とは状況も違うし、幸には授業もあるからな。三人でみんなの前で披露するなんてことはまずできないだろう。衣装の方はスリーブレストップにランジェリーや水着と大差のないショーツ、フィンガーレスグローブ、加えて腰に50cm程度の幅の布をリボン結びで巻き、お尻を隠しているとは到底言い難い薄い布地が腰の後ろからサイドに垂れ下げられ、長さと大きさの違うチェーンが三種類ずつ左右につながれていた。さらに下にいくほどブカブカになる土木用ズボンが真っ白の状態で膝から下だけ吊下げられて……要は隠すところは際どく、隠さなくてもいいところは隠しているという、RPGなどで良くありがちな踊り子の衣装だ。
「ちょっとあんた!あたしたちの服どこにやったのよ!?」
「衣装を見れば分かるだろ?五人のランジェリーもまとめてドレスチェンジする必要があったんだ。一旦100階に移動させたよ。下着を見られるわけにはいかんだろう?」
「じゃあ、今度はこの衣装を100階で保管しておいて頂戴!」
「なら、朝倉の分は自室だな」

 

 ダンス用の衣装から元着ていた服に戻すと、再度箸を持って料理を食べ始めていた。男子日本代表を迎えていたからか、青俺のアラームが鳴り、朝食を終えていた三人と青有希がいつものようにエレベーターで降りていった。
「青チームの朝比奈みくるにライブの件で頼みがある」
「ライブの件でって、みくるちゃんに何をさせる気よ!?」
「カバー曲はギターアレンジはしてもキーボードパートは作らない予定。Driver`s ○ighについては古泉一樹とジョンの催眠をかけた彼のパフォーマンスがあるからいい。Glamorous ○kyの方はボーカルとして出て欲しい。アルトパートはわたしが用意する。こちらの朝比奈みくるではサイコメトリーでも音を外しかねない」
「それでこっちの朝比奈さんなのか。キーボード無しで黄ハルヒとWボーカルとは考えたな」
「わたしも『ボーカルとして歌って』なんて言われたら、デビューした頃と同じになっちゃいそうです」
「黄僕や彼のパフォーマンスも含めて見てみたくなりました。ようやくやる気が湧いてきましたよ」
「ところで、我々バックバンドはどうするおつもりなんです?」
「古泉一樹は英国兵士、彼は迷彩服、青わたしはチャイナドレス、青OGはオーストリアのディアンドルを着てもらう予定。ちなみに、英国兵士の衣装は着ても、顔が見えなくなるあの黒い帽子はかぶらない」
「黄有希先輩、ディアンドルってどんな衣装のことなんですか?」
見せた方が早いと判断した有希がモニターに衣装を映し出した。これ、民族衣装だったのか?西洋人が普通に着ている服だとしか認識してなかったぞ。青佐々木が自分の衣装をこれに変えてくれと言いだしそうだな。さっさと話しを切り替えてしまおう。
「有希の話も一段落したのなら、俺からOG達に頼みがある。昨日青OG達がやっていた段ボールの情報結合をこっちのOGが影分身で作ってくれ。その分、青OG達には異世界の冊子をもう40万部用意して欲しい」
『はぁ!?』
「どうして今さらそんな話になるのよ!冊子なら、古泉君がもう各会社に届けたじゃない!」
「更に追加発注がくるというんですか!?」
「ただでさえこれだけのデザインが三セットでたったの1000円なんだ。しかも二月号のランジェリーも入れていいとなれば、通販での注文が殺到する。ただ、冊子は全国にまわっていても、CMを作ってスポンサーになっているわけでもないし、検索すれば出てこないことも無いが、今のところはQRコードを載せた冊子が主な情報源だ。水の泡に終わってもいいが、青OG達の修行にもなるし、次の四月号での作業効率にも関わってくる。今度は影分身一体で何冊まで同時に作れるか高める訓練だと思ってくれればいい。冊子の方は事のついでだ。可能性は低いが、社長と副社長がそんな消極的でどうする!もっと大々的に宣伝してこい!」
「言ってくれるじゃない!いいわ、おススメ料理の仕込みとビラ配りに影分身を割く以外はあたしも人事部で電話対応するわよ!報道陣を片っ端から畳んでやるわ!」
「さすがにランジェリーでCMというのは厳しいですね。ドラマと同様、涼宮さんや黄朝比奈さんを安売りすることになってしまいそうです。僕もビラ配りの方にまわります。電話対応だけでは暇を持て余してしまいかねませんので」
『冊子の製本作業は任せてください!』
「だったら、こっちのOG達の本体の練習は俺が球出しと野球のボールを投げることになりそうだ。ヘリ二機でもゾーン状態に成れるし、変化球も入れることにする」
「他に無ければこれで終わりだ。俺もフォーメーション練習が始まる前に未来から戻って来ないといけないんでな。異世界支部本店の店員も青OG達で頼む」
「今夜は異世界支部の始動祝いをするわよ!!夜練は影分身で対応しなさい!」
「すみませんが、僕は影分身で投げられるほどの自信がないので本体で行かせてください」
「夜練が終わるまでは僕もノンアルコールでということになりそうですね」
「だったら簡単よ!今夜の料理はあたしが用意するわ!大量に用意しておくから存分に投げてきなさい!」

 

 古泉はゾーン状態で夜練に出るには、まだ90%以上の意識は必要になるはず。意識が朦朧とすることはないだろうが、本体がアルコールを飲んだせいで影分身の投球にまで支障が出ては困る。ビラ配りとおススメ料理の仕込み、電話対応に加えて夕食作りなんて「大丈夫なのか?」と聞きたくなるところだが、俺も同程度の仕事をしているし、どちらのハルヒも「あたしに任せなさい!」としか返ってくるまい。社員食堂の朝食の方も青有希の影分身が皿洗いをしている真っ最中。本体が保育園から戻って来るのを待って未来へと飛んだ。
『予知が覆っていないかどうか、例の組織に行って確かめてくる』
俺の頭の中でそう告げたジョンが自分の身体を情報結合して向かっていった。隣では青有希と佐々木が500年後の光景に呆けていた。青有希は前にも来たはずじゃなかったか?……って、その記憶も消えているのか。
「二人とも、どうせ消えてしまう記憶なんだ。さっさと支給を終えて戻るぞ!女子の基礎練が終わる頃には体育館に出向かないといかん」
「くっくっ、それなら影分身に任せればいいじゃないか。記憶から抹消されるとはいえ、少しくらい堪能していてもいいだろう?」
「今張ってある閉鎖空間は情報結合やテレポートでは内部に入れないようになっているだけだ。涼宮体が閉鎖空間内に突撃してきたらどうする!これ以上、予知を覆すような真似はできん。シェルターに向かわないのなら送り返すぞ!」
「やれやれ、それなら仕方がない。次に来たときに他の場所も見せてもらうことにするよ。まだ、何度も支給にくるんだろう?」
「近日中に来ることになるから、それまで待ってろ!」
こっちがやれやれと言いたくなってしまう。とりあえず、俺の方はこの時間平面上のジョン達の修行場へ行って、カレーを振る舞い、「全シェルターに配り終えて残った分をまた持ってくる」と伝えて最後のシェルター回りを開始した。他のシェルターから情報を受け取っていたらしい。俺の顔を見るやいなや歓声があがった。いつ撮影したんだか……しかし、俺の方は配り終えても青有希の方は時間がかかりそうだ。監視の意味も兼ねて残る必要が出てきてしまった。佐々木の言う通り影分身に代役を頼むことにしよう。

 

 女子の基礎練が終わったところで、昼食の支度していた影分身がエレベーターを降りて体育館へ。妻を連れて監督の下へと赴く。
「すみません監督、彼女に相手セッターの采配を読む練習をさせるために、男子の三枚ブロックのフォーメーション練習と練習試合に参加させたいと思っているのですが、そちらの方に向かわせてもよろしいでしょうか?」
「彼女が君のような『零式が撃てる司令塔』になるのなら、こちらとしても大助かりだ。是非頼むよ」
「ありがとうございます」
監督からの許可を得たところで、妻と二人で練習用体育館へと降りた。練習用体育館にも多数の報道陣の数。記事にはならなかろうと、合宿所には向かっていたらしいな。このビルに来たことも要因の一つになりそうだ。二人でエレベーターから降りたところで報道陣のカメラが一斉にこちらを向いた。男子日本代表も突如として現れた俺たちに疑問を抱いていた。選手同様の顔をした男子日本代表の監督の下へと急ぐ。
「どうかしたのか?」
「セッターに采配を読ませない練習と三枚ブロックの実戦経験を積む練習をするために彼女を連れてきたんです。今の女子のダイレクトドライブゾーン相手なら采配を読むことはできますが、通常のクイック技での応酬になるとまだそこまでは読めないんですよ。それでこちらの練習と合わせてと思いまして」
「そういうことなら話は早い。メンバーを多少交代させても構わないから練習風景を見させてもらえないか?」
「了解しました」
ブロックの上からでもスパイクを叩きこめるMBとWS、正セッターを相手コートに移動させ、こちらにはMB三枚が前衛、セッター、WSと妻が後衛に入った。やることは至って簡単だ。こちらのWSが放ったサーブを受けて相手から攻撃を仕掛けてもらうだけ。采配を読んだ妻の声に合わせて三枚ブロック。ブロックアウトの際は相手の視線がどこに向いているかで判断していると説明し、相手のWS達にはできるだけブロックアウトを狙ってもらうように声をかけた。三枚ブロックの上から叩かれる場合は下がってレシーブだと促し、妻にも指示出しについての簡単なレッスン。コート内にいるメンバーの情報を与えていよいよ練習開始。
「ブロードのC!」
ダイレクトドライブゾーンではブロードや時間差はほとんど使わないし、女子日本代表を相手にそれでは点が取れない。この指示も久しぶりに聞いた気がするな。それに合わせてMB三枚が同時に跳び上がり、行き場を無くしたところで仕方無くブロックアウトを選択。視線は……一番左にいる選手の二の腕に向いている。影分身を駆使している今の俺でさえ読めるんだ。ブロックアウトを阻止するために腕が動いたが、惜しくもブロックアウト封じにならず。だが、手ごたえは感じているらしい。他の選手もこれが何の練習なのかようやく分かったようだ。次々とサーブが放たれ、セッターにボールが渡る前に指示が飛ぶ。
「A!」「バック!」「時間差!センターと一緒に跳んで!」等々
そして、レフトに構えていた大型MBにようやく出番が回ってきた。
「B!下がって!」
セッターの采配を読んで、すかさずMBの方に意識を集中させてコースを読む。レシーブする選手と移動先を指定してこちらの攻撃。ダイレクトドライブゾーンの練習をしていると聞いただけのことはある。前衛三人がそれぞれバックステップで防御時の配置についた。監督もこの練習メニューに納得の表情。相手の三枚ブロックにどう立ち向かうのかという練習と、こちらの三枚ブロックで相手の攻撃を封じる練習が一つのコートで同時にできるんだからな。選手を入れ替えてプレーを続けているうちにサーブ練習の時間。「午後の練習試合にも連れてきます」と伝えて妻が体育館へと戻り、俺は同期をしてから情報結合を解いた。

 

「いかがですか?異世界支部の様子は?」
「最初は偽名ばかりだったんだけどね。第三人事部まで使って対応してくれたおかげでもう偽名は使ってこないだろう。取材や番組取材の電話も今週末までかかるようなことは無いかもしれない。天空スタジアムについても野球の試合が終わった次の日から一般開放だと宣言しているからね」
「当ったり前よ!それまではあたし達以外誰も入れないんだから!」
「ですが、お披露目初日ということもあってか、今のところ社員希望の電話は一本も来ていません。デザイン課の始動は五月号辺りからということになりそうです」
「受話器を取って第一声『あの、敷地内に入れないのですが!?』だとさ。アホ丸出しにも程がある。不法侵入の現行犯で通報してやろうかと思ったよ」
「でも、初日の午前中だけで、かなりの人数が本店に来てくれました!」
「ついでに、エレベーターのスイッチを押そうとしていた人もたくさんいたけどね」
「こっちの鶴屋さんの家の電話についてなんだが……遮音膜を張って敢えて時間を置いてから出るようにしている。披露公開日のせいで取材の電話ばっかりだが、鶴屋さんさえ良ければ、遮音膜を張ったまま週末まで放置しておきたいんですけど、どうですか?」
「それで取材の電話がカットできるのなら家の人間も喜ぶにょろよ!一旦戻って携帯で連絡を取り合うように伝えておくっさ!」
「キミからも報告することがあるんじゃないのかい?未来のことと……彼女が男子チームに合流してどうだったのか聞かせてくれたまえ」
「どうもこうも、青有希は記憶を消したからだが、佐々木の方は未来の建物の様子に興味津々でな。さっさと戻らないといけないと言っているのに一向に動きだそうとしない。とにかくカレーはこれで終わりだ。余った分は別の寸胴鍋に移し換えてあの時間平面上のジョン達に渡してきた。三月末にカレーを作るときはあの四人の分もってことになりそうだ。青有希の方もシェルターの半分にも満たない状態だ。明日午前中に支給に行ってから例の時刻にもう一回ってことになるだろう。男子の練習のほ……」
『わたしの分のカレーも用意して!!』
「やかましい!会議の最中に割り込んでくるな!どれだけ暇人なんだ、おまえらは!次に割り込んで来やがったら一ヶ月伸ばすからな!とにかく、男子の練習の方は一人入っただけで練習メニューがより実践的なものになった。午後の練習試合もそっちに入ってまずは正セッターのクセを直すところからだな。サーブは撃たないし、ローテが回っても前衛には出ないが、レシーブには参加して指示も出してもらうつもりだ。サーブやスパイクを男子のネットの高さで撃つと調子が狂う。たまには俺が代わりに出るからしばらくの間それで頼む。それから、ホテルから自分の荷物を持ってきている選手がほとんどだ。これで練習用体育館もバレーのネットが張りっぱなしの状態になるし、倉庫を男子日本代表のロッカールームに作り替えようと思っている。洗濯乾燥機や大浴場の使い方は今夜の夜練が終わってから説明する」
「未来の黄有希さんも、カレーのことになると歯止めが効かなくなるようね?」
「しかも、未来の僕や朝比奈さんのことは考えてもらえないようです。『わたしの分のカレー』と言っていましたからね。何か制約でも付けた方がよろしいのではありませんか?」
「そうだな、どうせまだ見ているだろうし丁度いい。未来の古泉とみくるが満腹になってから有希が食べられるようにする。ただし、ルーを半分に分けて二回で食べきること。でないと三分の二以上が有希に食べられることになってしまうからな」
『問題ない』
「あれぇ?妙だな、古泉とみくるの二人分の声しか聞こえなかったぞ。本当に約束は果たせるんだろうな?おまえだけ延長したっていいんだぞ?」
『もっ、もも……もん、問題な、なな、ない』
「まったく、あの時間平面上のジョン達の分まで作るなんて言い出さなければ良かった。男子の日本代表チームと合わせて一体どれだけ作ればいいのか俺にももう分からん。それで、男子日本代表のロッカーの件はそれでいいか?」
『問題ない』
「じゃあ、以前朝倉が話していた通りだ。オフシーズンになって俺たちが急に現れなくなったと思わせたくはない。可能な限り試合に参加してくれ。夕方には子供たちも参加するはずだ」

 

 俺のセリフを受けて立候補したのがハルヒ、有希、鶴屋さん、朝倉が試合に参加する旨を表明。古泉も面接が終わり次第来るらしい。子供たちも加わるし、入る余地があればいいんだが……。俺は妻と二人で練習用体育館に降り、先ほどのコートへと向かった。レギュラーメンバーを相手に司令塔が入ってどう変わるのかはっきりと見てもらうことにしよう。選手たちの名前も伝えてあるし、読み間違えても呼び間違えることはない。あとはコイツ次第なんだが……どうやら上から降りてきたらしい観客がコート付近の客席を陣取っていた。平日のど真ん中でコイツ一人だけのためにここまで集まるのか?オーケストラで『旅立ちの日に』を演奏したあと、動画サイトにアップしてもらうつもりだったが、一晩でアクセス数がミリオンを突破しかねない。五点ほどリードしたところで練習用体育館を後にした。

 
 

…To be continued