500年後からの来訪者After Future9-17(163-39)

Last-modified: 2017-02-26 (日) 00:04:54

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-17163-39氏

作品

都の教育委員会から連絡があり、中学二年生の音楽鑑賞教室をうちの楽団でという話が舞い込んできた。当時は爆睡していたと自慢気に話すハルヒも何か対策を立てたいと考えた末、パンフレットに触れた瞬間にサイコメトリーが発動し、演奏する曲の詳細が伝わるようにするという俺たちにしかできないものとなった。俺の作ったパンが話題になったり、文芸部室ではこの一週間を待ちわびていたという話になったり、子供たちが25mを泳ぎきったりとたった二日で色々とあったが、着実に進歩していることは間違いない。明日はいよいよ社員旅行だが、メンバー達はどうするつもりなのやら……

 

 俺が温水プールに向かった頃には水着に着替えてカラーヘルパーを装着した三人が準備万端で待っていた。水のかけ合いをさせてビート板ありの状態でバタ足すること三回、ビート板無しでバタ足すること三回。どちらも15mの間バタ足の姿勢を保つことができていた。今日は足がプールの底に届かなくても浮かんでいられる練習をしよう。中学生になっても未だに5mも泳げなかったり、水恐怖症の人間がおぼれない様にしのぐ泳法だ。カラーヘルパーを外した三人と一緒に、腕を柔らかく動かして水面に頭を出したまま蝶のように泳ぐ練習。どうやら見様見真似でマスターされてしまったらしい。足場を無くしても物怖じすることなく浮かんでいられるようになった。
「よし、ビート板を持ってこい。今度はカラーヘルパー無しでバタ足だ」
『あたしに任せなさい!』
やれやれ……三人とも物覚えが早すぎる。ニューヨークにつく前にクロールまでマスターしてしまいそうだ。足場はもう必要ないと言わんばかりにビート板を浮き輪代わりにしていたり、プールサイドに片手を置いていたり、手足を動かして浮いていたりと三者三様で俺の合図を待っていた。カラーヘルパーがない分、両足が水面に出てこない状態がしばらく続いたが、次第に水面に近づいていき、ドドドドドド……とバタ足の音が聞こえていた。
「よし、じゃあ最後に勝負をして終わりだ。やる内容はこの前やったばかりの小石拾い。ただし、前よりも難しくなっているから注意しろよ?」
『問題ない!』
今回は足場がない状態での小石拾い。さて、どんな方法で小石を取りに行くのやら……笛が鳴ったと同時に三人がプールサイドを蹴って勢いよくスタートした。ただしゃがむだけでは小石が取れないと察していたようだ。大きく息を吸うとバタ足で徐々に深いところまで潜り、小石をゲット。近くにあったものもそのまま泳いで掴み取っていた。「見ろ、この成長ぶりを!」と全員の前で言ってやりたいくらいだよ、まったく。まぁ、様子が気になってプールサイドで三人を見守っているメンバーばかりだけどな。
「凄い、この短期間でここまで……幸も双子に負けてない」
「黄ハルヒに似てきたと思っていた頃は今後が心配だったが、こういうセンスならいいかもしれん」
前回と同様、三回戦の勝負のあと、残った石も自分たちで拾ってくると言い出して、小石をすべて回収してしまった。今日は風呂に入れないとな。

 

 翌朝、結局女子日本代表の提示した試合についてはOGのセッターが動作を大きくすることで解決したが、俺も男子の練習には今日は出ないことにした。起きてすぐ敷地外にSPを配置し、持ってい看板には『こちらに並んでお待ちください』と書かれていた。報道陣で溢れ返っている先の方からは入れない様にしておいたし、並ばざるを得ない状況まで持ちこんだ。まだ早朝六時過ぎだと言うのに、人事部に電話をかけてくるバカばかり。すべて潰して、いつものように満員電車に乗せてやった。この場合、道路交通法違反?じゃないか。まぁ、良くは分からんが車の行き来を邪魔していることに違いはない。
『キョン、他の全員が大爆笑しているんだが、俺には何がおかしいのか良く分からない。ニュースを確認してくれ』
他の全員が大爆笑?とりあえず確認してみる。SPを配置したら、スカ○ターで見るつもりだったんだ。各新聞社が俺の作ったパンに関する内容で一面を飾っているようだが、大爆笑した記事は……これか。よくもまぁ。こんな見出しをつけられたもんだ。これで内容が分かるはずがない。………いや、内容が分からないからこそ手に取るなんてこともありえそうだ。とにかく、超サ○ヤ人キョン悟空とかキョキョロットというのとほとんど変わらん。アニメキャラクターの名前を俺のあだ名にすり替えただけだ。幼稚園児向けのアニメだからジョンが知らなくて当たり前だし、見てもすぐに飽きる。毎回似たような展開の繰り返しだからな。だが、敵役がフ○ーザやブ○マの声優さんだったりする。このアニメになると、二人の立場が逆転するしな。
『何!?それは見ないわけにはいかない。すぐに用意してくれ!』
大爆笑しているメンバーがまだそこに残っているはずだ。古泉にでも頼んで用意してもらってくれ。まぁ、こんな発想をする奴なんてほとんどいないだろうし、一社だけだったが、見出しには『それ行け!キョンパンマン!』と書かれ、いつのものかは俺も覚えていないが俺のアップが写真として掲載され、パンに関する記事だというのにどの新聞も一つもパンが映っていなかった。よくそんな状態で一面を飾る気になったもんだと呆れるよ、まったく。
 朝食でメンバーが揃っても未だに笑いをこらえている奴が数名。ニュースを見ていなかったメンバーに情報結合した一面記事を見せてこちらも大爆笑。
「くっくっ、こんな展開になるなんて僕も予想外だよ。キミの顔が新しいものに変わる瞬間を見せてくれたまえ」
「そんなことできるか!………いや、できそうだ。やってみよう」
「できそう!?自分の顔を入れ替えるなんてことが可能なんですか!?」
「テレポートと影分身で十分だ」
バタ○さんの催眠をかけた俺の影分身が俺の頭部を持って叫ぶ。
「キョンパンマン、新しい顔よ―――――!それっ!!」
投げられた頭部が本体の頭部にぶつかって俺の頭が吹き飛ばされ、投げられた頭部が首の上で回転して、しばらくしてようやく治まった。
「元気100倍!キョンパ……ダメだ、め、眼が回る~~~~」
『あっはははははははは!本当に顔が入れ替わるなんて思わなかったっさ!どうやったのか説明して欲しいにょろよ!この後社員たちにも見せたらどうっさ!?』
情報結合した頭部を掴んで首から離すと、船の外に放り出されて浮いていた俺の頭をテレポート。首の上に乗せてこれで元通りだ。元に戻しただけでどうやってこれを実現させたのか分かった奴がちらほら。説明はそいつに任せよう。自慢気に解説してくれそうだ。
「なるほど、テレポートはテレポートでも部分テレポートでしたか。首から上を部分テレポートさせておいて、それを影分身の頭部と入れ替えた。今回も『ちょっとした演出』の域を超えて、顔を回し過ぎたようですね。頭部の回転ならサイコキネシスで十分です。まさかこれまで現実化できるとは、僕には想像もできませんでしたよ」
『キョンパパ、凄い!アン○ンマンになった!』
「詳しい説明をどうもありがとうと言っておこう。これで満足か?……ったく、いくら取材出来ないからとはいえ、パンを一切掲載せずに記事にするとは思わなかったぞ。見た目は普通のフランスパンや食パンと変わらないことくらいインタビューで聞けたはずだろうに。ホンットにしょうもない連中だよ。それで?今日はどうするつもりだ?社員と一緒にスキーを満喫するわけにもいかんだろう?」
「あたしはポスターを作ってダンスの練習、午後は試合に出るわよ!」
「我々は全国の店舗から社員を連れてくるところからですね。僕はそれまでに会場図を見ながら、どこの区をどの位置に配置するか決めてしまおうかと。彼がすべての中学校をまわって、職員と生徒の人数をすべて把握してきてくれましたからね。他校生と争いになりそうだという情報も含めて」
「合唱曲については時の旅人がダントツ一位だ。アンコール曲はそれでいいんじゃないか?」
「分かった。わたしがオーケストラ用に編曲しておく。ライブで演奏したDriver`s ○ighは昨日の夜、動画サイトにUP済み。あなたたちのパフォーマンスも入っている。ダンスも覚えた。あとはスキーから戻ってきた楽団員に、例の件を伝えるだけ」
「あまり僕たちを急かさないでくれたまえ。今日一日ダンスの練習に没頭することになりそうだよ」
「わたしも多分、青佐々木さんと同じになりそうです」
「あたしはこっちの本社周辺でビラ配りしているわ!ヘリで向かう方にも影分身を割けるわよ」
「面接のことも忘れないでくださいよ?特に今日はデザイン課希望の人間もくるんですから。それ以外は電話対応に追われることになりそうです。今日出社してくる社員を振り分けますので各課で対応をお願いします」
『絶対にレギュラーメンバーに勝ってみせます!!』
「それぞれでやることがはっきりしているのなら何よりだ。ただ、敷地外の報道陣がまた増えてきている。排除するために警察官に化けて刑務所まで連行しようと思っているんだが……乗る奴いないか?刑務所の人間には一ヶ月は拘留しておくよう催眠をかけておく。無論機材はすべて没収だ」
『面白いじゃない!あたしも混ぜなさい!』
「俺も入れてくれ。先週のライブやコンサートでもウンザリしていたんだ」
「面白そうね。わたしも入れてもらえないかしら?」
「くっくっ、参加はできそうにないけれど、その様子を見させてもらえないかい?」
「大体のメンバーは出揃ったようだな。だが、自分の仕事を忘れてもらっては困る。決行は社員と楽団員を各スキー場へ送った後。罪状は以前と同じ威力業務妨害だ。抵抗すれば、公務執行妨害もつく。あれだけの人数を乗せるための護送車も俺が用意する。時間になったら、ここか81階のどちらかに集まってくれ。それと有希、全くの別件で一つ頼みたいことがある」
「何?言って」
「子供たち三人の靴をデザインしてもらいたい。水泳で紐の結び方は三人ともマスターしたし、靴紐のあるものをプレゼントしたいんだが、どうだ?」
『キョン(伊織)パパ!わたし、プレゼント貰えるの!?』
「そうだ。紐が結べるようになったから三人のために新しい靴を有希に作ってもらう」
『有希お姉ちゃん、それ本当!?』
「分かった。なるべく服のデザインにあったものを用意する」
「靴紐を結ぶなんてもっと先のことだと思っていたが……ちゃんと結べるのか?」
『フフン、あたしに任せなさい!』
「この調子で水泳の練習を続けていれば、しばらくもしないうちにカラーヘルパーが必要ないレベルにまでなるはずだ。忘れないうちに何度も練習させる」
「黄キョン君凄い。そんなことまで考えていたなんて……」
「俺からはそれだけだ。早く来た社員や楽団員はもう天空スタジアムで待機している。ダンスの練習もあるようだし、何も無ければ解散だ」
『問題ない』

 

 一週間くらいはもつだろうと思っていたパンもこの二、三日で大分量が減ってしまったな。今朝話題に上がったパンを社員や楽団員たちにも振る舞って作り置きをしておこう。カレーパンも好評のようで何よりだ。午前九時を過ぎ、全国の店舗から社員たちが天空スタジアムへとやってきた。古泉たちは一往復で済んだだろうが、パン作りに影分身を割いている分、二往復する羽目になってしまった。男子の監督には今日の練習に出場できないことと、妻がいないことも含めて、司令塔抜きでどこまでのダイレクトドライブゾーンができるのかやってみてはどうかと提案。今後も練習に出れないこともあると伝えて快諾を得た。
「皆さん、おはようございます。今朝話題に挙がったキョンパンマンです」
片手でスキー板やストックを持って準備万端の社員や楽団員たちだったが、今朝のニュースは見てきたらしい。これでスベったらあの新聞社を潰してやろうかとも思っていたが、どうやら笑いがとれたようだ。
「早く滑りに行きたいという方も多いと思いますので、簡単な説明をしたあと、お好きなスキー場に移動していただきます」
リフト券はこちらで配ること、一旦ここに戻ってスキー場を変えてもいいこと、昼食やスキー終了後の大浴場の使用について、楽団員は連絡があるので残って欲しいこと、最後にどこ○もドアをステージ上に情報結合して各スキー場への扉が開かれた。特に各店舗の社員はどこ○もドアが出てきたことに驚いていた。本社の社員は五階にあることを知っているからな。それぞれどのスキー場にするか相談してどこ○もドアを潜っていった。
「社長、途中でスキー場を変えたくなったときは、リフト券はどうすればいいんですか?」
「そのときに変更先のリフト券をお渡しします。何人でも構いません。気兼ねなく社員旅行を楽しんできてください」
俺の放った一言に黄色い歓声や拍手が沸き起こったが、スキー場もホテルも経営しているのは俺たちだ。一日リフト券をタダで配ったところで支払わなければならないものなどない。

 

 社員たちを見送ったところへ、こちらも準備万端のハルヒ達が現れた。俺にも誰だか分からない様に催眠をかけているらしい。大柄な男の警察官なら、腕力が強くとも疑問に思われることはあるまい。大きなサイレンを鳴らしているパトカー一台と護送車数台を運転して本社前に到着。助手席に座っていた……おそらくハルヒが持っていた用紙を広げて叫ぶ。
「警察だ!威力業務妨害の現行犯でここにいる全員を逮捕する!」
逮捕状と自分が乗せられるであろう護送車数台を見て、満員電車状態の中から抜け出そうとした奴が何人もいたが、お生憎様。閉鎖空間の条件を「警察(俺たち)に捕まるまで外部には出られない」と変えてある。敷地外にいた全員を連れて警察署を経由することなく、牢獄へと案内した。81階に戻ると催眠を解除したハルヒ達が大笑い。どうやら、逮捕する瞬間から今までずっと堪えていたらしい。タイタニック号で待っていた佐々木もその声に気付いてこっちにやってくる。
「あっはははははははは……見た!?逮捕状を突きつけたときのあの青ざめた顔!今まで散々警察に逮捕されていたクセに学習能力が無さ過ぎるわよ!あはははははははははは……」
「力加減を気にしなくて済む分、いいストレス解消になったわね。わたしもダンスの練習をしてこようかしら?」
「パトカーも護送車もキューブにして社長室にあるんでしょ?今度はこっちの本社で使ってもいい?」
「時期は青古泉に相談した方がいい。今はまだ早い」
「それもそうだな。こっちと違って当分使えそうにない。どんな手を使ってでも取材に乗り込もうとするくらいまでになってからだな。出禁を喰らうような奴が何人も出るようなところまで発展させないと無理だ」
「くっくっ、護送中の彼らの顔まで見させてもらったよ。『後悔先に立たず』と表現するべきだろうね。これまでのことが一つも活かされてないようだった。ところで、例の隠しカメラはまだ破壊していないんだろう?このあとは大丈夫なのかい?」
「報道陣は諦めるし、警察の方は誰が動いたかまでは分からないが、これまで散々出動させられてきたんだ。自分が行くことにならなくて良かったと思っているはずだ」
「そういう状態にならないとできないってことね。社員食堂の口コミが広がったら定期的に通報することにするわ!あたしはこれでビラ配りに行ってくるわね!」
「俺は作業場と倉庫の様子を見てくる」
「昼食のときにみんなに報告することにしましょ!これにて解散!」
『問題ない』

 

 昼食時は異世界支部での社員希望者等の報告と、先ほどの報道陣護送の件。加えて、いつもの平仮名三文字。
「できた」
今度は何ができたのかと思っているとSOS団メンバーの前に楽譜が情報結合された。そういや今朝、時の旅人をオーケストラに編曲するとか言ってたな。スキーから戻ってきた楽団員にも楽器ごとに渡すつもりだろう。
「今はダンスの練習が先。間違えずに踊れるようになったら練習を始めて」
「わたし、ライブ後もダンスの練習をすることになりそうです。今日からジョンの世界でもダンスの練習をします!」
「それなら僕も混ぜてもらえないかい?観客の前で自信を持って踊れるようにしたいんだ」
「それなら、木曜の夜か金曜の午後に九人で合わせるぞ。どっちがいい?」
「あなたの都合に合わせた方がよさそうですね。金曜の午後では試合に参加しているでしょうから、影分身もほとんど使えませんし、木曜の夜でいかがです?」
「それまでにダンスをマスターしてみせます!」
「どうやら、決まりのようね」
「なら、明日の夕食後に九人で19階だ。空いているメンバーも今後踊ってもらうことになる。振り付けを見に来てくれ。特に青チームSOS団はな」
今日面接にくる二人とやらが、他の希望者と比べてデザインをまとめるのが早かったのかどうかまでは分からんが、デザイン課の希望者の報告はなかった。午後面接予定の二人が採用されればいいんだが……それに、垂れ幕を早急に外したいところだ。
 社員食堂で昼食を取りに戻ってきた社員たちの前に朝食で振る舞っていたパンがずらりと並び、天空スタジアム内とまではいかないが、どこでもドアの近辺に取り付けた閉鎖空間内でパンの香ばしい香りが充満していた。匂いにつられて社員や楽団員が周りに集まってくる。
「パンだけでは足りない方も多いと思いますが、もしよければ、お好きな物を食べてみてください」
「社長、二つ選んでもいいですか!?私、社長の作ったカレーパンも食べてみたいです!」
「構いませんよ。大量に用意しましたから、お好きな分だけ召し上がってください」
リフト券の話をしたときの倍近くの声量。近距離で黄色い声を出されて耳を塞ぎたいくらいだ。パン屋と同様、一人ずつトレイとトングを手に取り好きなパンを選ぶと、スタジアム内の席に着いて焼きたてのパンを食べ始めていた。コーヒーや紅茶くらいは用意すれば良かったかもしれん。一口食べて感極まった表情を見ることができれば作った甲斐があったってもんだ。今後も作っていきたいと思わせる光景が広がり、俺自身も満足だ。
 天空スタジアムの方は影分身に任せていよいよ女子日本代表の監督が指定した練習試合が始まった。ステルスで観客席の前を陣取り、決戦の幕が開ける瞬間を待っていた。OGが六人ともこのコートにいるせいで、後ろの客席の状態は、それはもう酷い有り様だったが、SPを四体張りつかせているし、観客も報道陣も互いに押し合いはすれど、試合の邪魔になるような行動は起こすまい。一昨日から180km/hの投球に変えてみたが、たった二日で防御力が上がるはずもなく、どちらもほぼ互角。司令塔が入ってしまえば日本代表レギュラーもこちらの六人と同じタイミングで攻撃態勢に入ることができる。勝負の行方がどうなるのやら、俺にも見当がつかん。ハルヒのサーブから始まったダイレクトドライブゾーンの応酬もラリーが続いていつまで経っても終わりが見えてこない。セッター狙いも互いに通じず、ツーで返すもののそれも読まれている。唯一差があるとすれば、日本代表レギュラーはブロックに飛ぶことができること。三枚ブロックからダイレクトドライブゾーンに切り替えるのは簡単だが、ダイレクトドライブゾーンにから三枚ブロックに切り替えるとなるとチャンスを待たなければならない。0-0のまま以前としてボールが落ちる気配がない。自然と試合をしている12人の声とボールを撃つときの音しか聞こえなくなり、妻の指示と選手たちの声だけが響いていた。どうやら、こっち側六人は肝心な内容はテレパシーで会話しているらしいな。そして、ついにボールがコートに叩きつけられる瞬間が訪れた。
「ブロードのC!」
センターから飛び込んできたOGの最初のステップの位置とセッターの腕の角度でブロードのCと読んだ妻の采配も、さらにその横から飛び込んできたハルヒのバックアタックまでは見抜けなかったらしい。見事なスパイクがサイドライン辺りに炸裂した。そういえば、日本代表はこんなリスクの高い真似はしないと自分で話していたのをすっかり忘れていた。張りつめた緊張感の中で闘い続けていた12人にようやく安息のときが訪れる。呼吸を整えてこの後どう攻略していくのかを考えているようだ。
「今のラリーで十分だ。集まってくれ」
ボールを持ったハルヒがサーブを撃とうと笛が鳴るのを待っていたところで監督からの声がかかる。主審もハルヒも肩透かしを食らった気分になっていたようだが、今のプレーをどちらかが25点取るまでやっていたら、練習試合終了の時間になっても勝負がつかんだろう。レギュラー陣には今のスピードで反応ができるように、OG達には三枚ブロックが立ちはだかったときの対処について課題が出され、妻と他の選手が入れ替わった。どちらのチームも、監督から出された課題に対してどう対処するか話し合いが行われていたが、不安気な表情をしていたのはOG達の方。バックを中心に攻めるしか方法がないと話しているようだが、ここで弱気になられてもらっては困る。
『おまえら、これでバック中心の攻めに逃げるようなら、レギュラーの座は諦めるんだな』
『あんた、今の試合見てたわけ!?』
『俺の影分身がSPに化けて観客と報道陣の傍にいるだろう?とにかく、三枚ブロックに対抗する策を二つ提示してやるからやってみろ』
『キョン先輩、そんな策があるんですか!?』
『前衛が三人ともブロックにつくんだ。何もブロックを越えたフェイントにする必要はない。Bクイックを放とうとして三枚ブロックがついたのなら、ライト方向のネット際がガラ空きだろうが。もう一つ、スパイクは何も下に撃つだけがスパイクじゃない。みくるのサーブを思い出してみろ。俺からのヒントはここまでだが、このあとの試合に活かせそうか?』
『フフン、あたしに任せなさい!』

 

 たとえ狙って失敗したとしても、この試練を乗り越えることができたと判断される。バック中心のスタイルでプレーを続けていては、監督が落胆してしまうだろう。レギュラー陣にも対策を見せることになってしまうが、臆することなく闘えると見せられればコイツ等の目標にリーチをかけられるってもんだ。セッターもこれで動作を大袈裟にしなくて済む。レギュラー陣もようやく打ち合わせが終わり、二セット目……?まぁいい、次のセットが始まった。単純というか素直というか、あくまで一例として出したにも関わらず、エースのサーブをそのままBクイックで攻撃に入りやがった。一番右側にいた選手がOGの視線からブロックアウト封じを狙ったが、生憎と視線はそのさらに右側。後衛陣のスライディングレシーブも空振りとなり、ガラ空きになったライト側のネット付近に見事にボールを落としてみせた。続くハルヒのサーブ、レギュラー陣もサーブなら大体の狙いの見当はつく。だが、さっきのように三枚揃うことができるかな?OG側は当然全員攻撃。ブロックに跳ばれる前にツーアタックで叩き込んだが難なくレシーブされてしまった。だが、これも対三枚ブロック用の一つの策であることに変わりはない。そして、虚を突かれたツーアタックにダイレクトドライブゾーンは使えない。エースのバックアタックに望みを託すも、もはやこの体育館にいる選手たち全員に通用しないだろう。そんなことを考えている暇もなく、OGの反撃。ど真ん中から飛び込んできたAクイックについたブロックは二枚とブロックに値しないが何とか食い止めようとブロックに最後の一枚が飛んでくる。その隙をついたクロススパイクがアタックライン上に叩きこまれた。先月と比べれば集中力が上がっているとはいえ、青古泉より読みにくい上に、全員自分が攻撃をすると態度で表現しているようなもんだからな。Aクイックには流石に手が出せんか。見るに見かねた監督がメンバーチェンジを要請。妻がコートに再び復帰した。これでブロックが間に合わないなどということはなくなった。レギュラー陣の攻撃を受け止めてすかさず攻撃態勢に入る。
「ブロード!」
三枚ブロックを避けようとブロードに飛んだが、妻の指示により、三枚ブロックがブロードの目の前に立ち塞がる。通常、スパイクを放つ前は身体をエビぞりの状態にまでしならせてから全身の力でスパイクを叩きこむが、ブロードに飛んで身体をしならせたまま、飛んできたボールをほぼ真上に放った。今ではジャンプサーブが当たり前だが、フローターサーブもままならなかった頃の天井サーブのように高く上がり、着地した三人が後ろを振り向いた頃には既に後衛が構えてレシーブを試みていた。前衛の三枚ブロックが機能せず、下がって攻撃態勢を整えることも忘れてその場でレシーブが上がるのを待っていたが、天井スパイクの餌食となった。
『今度は三枚ブロックを越えたフェイントでも落とす位置を変えてみろ。それだけでバックアタックができなくなる。狙うならサイドライン側じゃなくて中央に落とせ。多少ズレたくらいだと、バドミントンのラウンドスマッシュと似たようなスパイクで対応されてしまう。とにかく相手をかく乱するんだ。そうすれば通常のフェイントでも相手を崩せる』
『問題ない』
対三枚ブロックへの初めての試みだったからな。ミスもあったが、練習を重ねれば十分対応可能だと監督に植え付けられることができたようだ。

 

 夕方五時を過ぎどこ○もドアを潜って社員や楽団員たちが戻ってきた。店舗の社員は古泉、青俺、俺の三人で全国の店舗に送り届け、楽団員を呼び集めた有希が詳細を説明。スキーを満喫した楽団員たちがさらに盛り上がっている。みくる達のダンスではないが、明後日楽曲を決めるとして、当日までに仕上がればいいんだが……こればっかりはハルヒ達に任せるしかなさそうだ。
「どうでしたか?デザイン課希望のお二人は」
「顔を見た瞬間採用したようなものよ!デザイン課にいる社員の異世界人だったんだもの。デザインセンスもほとんど変わらないし、明日から来てもらうことになるわね」
「二人ともこちらの社員の異世界人だったというのかい?」
「そう。でも、同じデザインを描いてくることも十分にありえる。これまでの経歴の違いで変化が出ればいい。それに、できた」
あまりテーブルの上に置くようなものではないんだが、子供たち三人の前にそれぞれ違うデザインの靴が置かれた。
『有希お姉ちゃん、これ、わたしの靴!?』
「そう。これからはこの靴で小学校や幼稚園に行く。バレーのシューズもただ履くだけじゃなくて毎回縛り直して」
『あたしに任せなさい!』
「今日の午後もデザイン課希望の電話が一本入りました。まだ垂れ幕は取れませんが、どの課も大分充実してきましたよ。調理スタッフについてはあと二、三人来たところで止めるつもりです。どちらの社員食堂も有希さん達を含めて四人態勢が整っていますからね。あとは味付けを間違えることなく仕事に慣れてくれさえすれば、調理スタッフだけでまわせるようになるかと」
「黄キョン君、シェルターに持って行く料理ができた。明日未来に連れて行って欲しい。でも……いつまで支給を続けるの?」
「例の戦争からまだ二十日しか経っていないからな。前回もシェルターから出て来るまで一ヶ月以上かかっていたんだ。すまないがもうしばらく頼めないか?明日未来に行く件は了解した」
「分かった。また別の料理を作り始める」
「ところで、昨日話していた下剋上には成功したのかい?」
「0-1で監督が試合終了宣言をした」
『はぁ!?』
「一体どんな試合をしたらたった一点で試合が終わるんだ!?しかも監督が止めたってどういうことだ!?」
「あの子の指示ありのレギュラー陣とあたし達のダイレクトドライブゾーンの応酬で、いつまで経ってもラリーが止まらなかったのよ。あのまま続けていたら、いくらあたしでも一セットももたずに体力が尽きるでしょうね」
「唯一その一点を取ってくれたのがハルヒ先輩だったんですけど、練習試合が終わる時間になっても勝負がつかなかったと思います」
「くっくっ、そのラリーとやらを僕たちにも見せてくれないか?キミはずっと見ていたんだろう?」
「おまえに見ている余裕があれば映してやるよ。ダンスの方は大丈夫なんだろうな?」
「一応ダンスの振り付けは覚えました。でも忘れないように明日もダンスの練習を続けるつもりです。今夜は段ボール作りをやらせてください」
「そういや、倉庫で一番小さい段ボールが無くなって、情報結合の練習で作っていた分を全部置いてきたんだった。こっちの世界でもそうなる可能性が十分ある。朝比奈さん達だけじゃ間に合いそうにないし、作り置きしておいた方がいいか?黄俺の提示した冊子40万部の追加依頼も近日中に来るかもしれん」
「確認しに行く必要がありそうですね。こちらの世界の作業場と倉庫には、僕が情報結合したものを置いてくることにします。ダンスの件も心配する必要がなさそうですし、見せてもらえませんか?ボールがコートに落ちる気配が一向に感じられなかったダイレクトドライブゾーンの応酬とやらを」
三枚ブロックを攻略しているシーンも含めてだな。全員の目の前にモニターが表示され、ことバレーに関する内容なだけに子供たちも眼を奪われていた。

 

「ダイレクトドライブゾーンでのラリーも圧巻の一言ですが、この三枚ブロックに対してよくここまでバリエーション豊富に闘えましたね。いくら司令塔が後ろに居ても、ブロッカーが邪魔で相手が見えないのでは、指示の出しようがありませんよ」
「全部キョン先輩から教えてもらったことをやっていただけです。キョン先輩からテレパシーが飛んで来なかったら、バック中心で攻める以外に策なんてありませんでした」
「くっくっ、こっちも監督の指示に従っていたとは僕も驚いたよ。しかし、キョン。よくここまでアイディア豊富に出せたもんだね。この六人でさえ考えつかなかったのに、どうしてキミが指示しただけでここまで変わったのか教えてくれたまえ」
「簡単な話だ。先月からオンシーズン三日目は俺一人でやると言っていたし、三枚ブロックも見せたはずだ。世界大会では当然逆の立場になる。そのときにどういう対策をとるか、今までずっと考えていただけだ。……っと、言い忘れるところだった。すまないが、今夜の剛速球を受ける練習は青古泉にも入ってもらって先に始めててくれ。俺も後から合流する。試してみたい事があってな。しばらくもしないうちに合流できるだろう」
「面白いじゃない!あんたが今になってそんなことを言い出すってことは、さっきの試合を見て何か思いついたに違いないわ!あたしも混ぜなさい!」
「一人だけだなんてずるいじゃないか。僕にも見せてくれないかい?」
「ブロック要因が必要なら跳ぶぞ?」
「面白そうですね。三枚ブロックに対する対策なら僕も混ぜてください」
「やれやれ……セッターもブロッカーも全て影分身でやるつもりだったんだが……そこまで見透かされちゃ仕方がない。対三枚ブロックの攻略法の一つで間違いないが、俺も成功するかどうか分からん。何度も付き合わせることになるかもしれんぞ?」
「キョン先輩、三枚ブロックの新しい攻略法なら私たちも知りたいです。教えてください!」
「世界大会を見越したものになるから男子のネットで……ってどっちでもかまわんか。よろしく頼む」
『問題ない』
『キョン(伊織)パパ、泳ぐ練習!』
「それならまず有希から貰った靴を部屋に置いて水着に着替えてこい。今日はカラーヘルパー無しだ。三人で水のかけ合いをしたら、自分で泳ぐ練習をしててもいい。こういうのを自主練習っていうんだ。いい機会だから覚えておくこと」

 

 貰った靴が嬉しいのと、バレー用シューズもただ履くだけではなくなったこと、先に泳いでいてもいいという俺の一言に何も言わずに部屋へと向かっていった。夜練も始まり、俺がプールサイドに向かう頃には三人ともビート板を持ってバタ足で25m泳ぎきっていた。両脚が水中に沈むことも無く、バタ足の音が絶えず聞こえていた。
「よし、今日はビート板も無しでバタ足だ。これが出来たら、この前ハルヒがやっていた泳ぎ方の練習をするぞ。『クロール』って名前が付いてる。ちゃんと覚えておくこと!」
『ハルヒママが泳いでた?』
見せた方が早そうだな。三人の前に先日の海での様子をモニターに映し出した。ハルヒの泳いでいる姿と、『キョンパパ!ハルヒママ、泳ぐの速い!』という伊織の声が入っていた。
『キョンパパ!わたしもハルヒママみたいになりたい!』
「明日からその練習をする。今日やることがマスターできればだけどな」
『フフン、あたしに任せなさい!』
しかし、クロールの腕の動かし方は意外と難しいし、早く泳ごうとして雑になりがちだ。俺もちゃんとしたフォームをおさらいしておこう。背泳ぎから始めた方がよかったかもしれん。
 青俺や青有希が一緒に入って手伝ってくれたこともあり、足場がなくとも途中で溺れることなく25mを泳ぎきった。これで明日からクロールの練習に入れそうだ。今日は勝負の代わりに俺たちを含めた六人でボールを使って遊ぶと話し、自分の近くにボールが来る度に泳いで取りに行っていた。待っている間も浮かび続けることができているようだし、三人の成長ぶりには驚かされてばかり。このペースだと日曜にはニューヨークに着くらしいが、来週も水泳教室に付き合わされそうだな。

 
 

…To be continued