500年後からの来訪者After Future9-2(163-39)

Last-modified: 2017-01-28 (土) 19:40:33

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-2163-39氏

作品

カレーに対する欲求を我慢しきれない有希や佐々木たちを無視しながら、バレーのオンシーズンも後半を迎えた。子供たちから攻撃に転じるのが遅いと言われていたハルヒや有希、朝倉も、俺がジョン達を相手にバトルを繰り広げている間にどんな練習をしたのかは定かではないが、美姫を終始笑顔にさせるほどにまでレベルアップしていた。そんな折、OG六人の母親たちが本社を訪れたいと連絡が入り、今作っている真っ最中のカレーを食べたいと要望してきたが、それを承諾すると例の四人が尻尾を振って喜んでしまう。カレー以外の新川流料理でも十分美味いことを証明すればいい。

 

「OG達を見にファンがやってきたというのは嬉しいですが、例の椅子と同じ思考回路を持った人間が数人とは……確かに落胆してしまいますが、大して影響はないのではありませんか?」
「うん、それ、無理。今朝渡されたアクセサリーが逆効果になりかねないわよ。人事部にあのネックレスとピアスに関する問い合わせが殺到するわ。いい席を確保しようと報道陣とトラブルになりかねないし、盗撮だって十分あり得るわよ」
「つけているアクセサリーの問い合わせについては僕と圭一さんで潰すことができますし、盗撮やトラブルを起こすようであれば報道陣同様出入り禁止にすればいいでしょう。その後のイタズラ電話も即警察に通報するだけです。しかし、今になってどうして……」
「あら?そんなことも分からないで園生さんの夫としてやっていけるのかしら?六人ともこの半年の間に随分変わったわよ?女らしくなったし、大人の色気も出てきた。四月号はウェディングドレスを着せてモデルとして撮影したいくらいよ」
「キョンにも同じことを言われました。今なら堂々とスリーサイズを書いてモデルとして冊子に載せられるって」
「これはたいへん失礼を致しました。どうやら、僕の目は節穴だったようですね」
「とにかくOGのファンが現れた事実だけ受け止めておけばいいんだろ?……おい、有希!いい加減起きろ!」
「キョン、もういいわよ。こんな状態でコートの中に入られても邪魔になるだけよ!黄古泉君に出てもらいましょ。確か、影分身したと見せかけてテレポートするんだったわよね?」
「ああ、タネさえ知っていれば誰にでも使えると見せるには丁度いい。もっとも、俺が六人になったときは日本代表選手たちも驚いていたが、古泉が二人になった程度なら選手も事情を知っているし、驚くのは報道陣だけだ」
「それは嬉しいですね。思う存分暴れさせていただきます。すみませんが、青有希さんのサーブ順を教えていただけませんか?」
「それなら最後だ。一セット目のサーブ権が向こうに行ったときは一つ戻す。ついでに言っておくと、二セット目以降は俺と青古泉が入れ替わる。基本前衛にいる方がセッターを務める、三枚ブロックの上を通ってこっちに入ってくるボールはバックアタックで対応する、相手がバックアタックメインになってもそれに合わせて三枚ブロックは継続する。こんなところだ」
「了解しました」
「大分時間を喰ってしまったな。今日のディナーが終わったら残った野菜スイーツは俺たちで食べる。夕食は軽めでお願いします。他に無ければこれで解散だ。派手に暴れてやろうぜ?」
『問題ない』

 

 妻の司令塔の件も話したかったんだが、それができなかった理由をはっきり述べるとすれば、青有希のせいだ。有希がアン○ンマンなら、青有希はカレー○ンマンってところか。カレーを注入しないと力が抜けていく……なんてな。イメージとしては適切かもしれんが、あの二人のやっていることは単なる我儘だ。それで自分の仕事を放棄している状態だ。朝倉に殺気を浴びせておいてくれと伝えておけばよかったな。古泉はモニターで様子を見ながら81階で待機。コートに俺たち五人が入り、選手たちや監督が不思議に思っている様子を確認したところで、青古泉が印を結んで術の名称を叫んだ。
「多○影分身の術!」
煙の演出は俺が担当し、煙の中から古泉が姿を現した。主審も含めて俺たちが何をしようとしているのか気付いたらしい。昨日とはまったく違った戦略を見せてやる。ボールは相手エースが持ち、サービス許可の笛が鳴る。誰が捕るかコールしようとしたところで大問題に気付いた。古泉と青古泉をどうやって呼び分けるか相談するのをすっかり忘れていた。青ハルヒは普通にハルヒ、青有希も同様に有希、青古泉も古泉と呼び、青俺は本名で呼ぶつもりだったのが、青有希と古泉を入れ替えた関係で不測の事態が発生した。影分身で古泉を呼び寄せているし、この際青古泉はそのまま青古泉でいいか。青俺がボールの真正面で構えた頃には青ハルヒ、ジョン、青古泉、古泉が既に攻撃態勢に移っている。相手のブロックは無し、青ハルヒは二セット目以降で活躍してもらうことにして、スパイカーとしての実力を拝見させてもらうとしよう。コーナーを狙った青古泉のバックアタックも素早く駆け寄ったエースがセッターに攻撃するかのようなレシーブ。
「C!」
レフト側に寄った青ハルヒ、ジョン、俺の三枚ブロックで相手のダイレクトドライブゾーンに対抗。すぐ後ろにはバックアタックを狙う青古泉がタイミングを見計らっていた。咄嗟にブロックアウトに切り替えたが、視線を察知して青ハルヒのブロックアウト封じが炸裂。サーブ権を奪取した。

 

「今日は上げられないでくださいよ?」
「ああ、そのつもりだ」
エンドラインの外側で俺がボールを持つ頃には零式改(アラタメ)用のシフトに切り替わっていた。「自分に寄こせ」と言わんばかりにオーラを放っていたのが、前回零式改(アラタメ)を二度上げたライトプレイヤー。こっちも最初からそのつもりだったんだ。ご期待にお応えしてやるよ。高速回転のトスに零式の回転を上乗せしてクロスへ放つ。前回と同様……いや、センターとレフトが下がり、ツーで返す体勢を整えていた。ジョンにモニターで見せてもらった回転数を確認すると、ジョン、古泉、青俺の三人が構えを解いて自然体でそのあとの様子を見つめていた。ネットを蔦ってボールが斜めに落ち、待ち構えていたライトプレイヤーが大きく腕を振って上げようとしたが、高速回転の餌食となり、あっけなくサイドラインの外側へ落ちてしまった。主審の判定がホールディングでなくワンタッチでのアウトとジャッジしたことに少々驚いたが、すかさずボールが返ってきて「もう一球!」と要求している。第二球も同じクロスへと放ったが、ボールに対して真正面で構えることなくネットに対して垂直に腕を伸ばしていた。若干左腕を下げてそのままセンター、レフト方向へ上げるつもりだったようだが、ボールが右腕を蔦って再度ワンタッチでのアウトと宣告された。ボールに対して真正面に構えると後方に飛んでしまうという考えだったのかもしれん。第三球、ストレートに放ち後衛の真正面へ。ネット際に張りついていた前衛が咄嗟に構えたが、白帯の上1mmを通過し、後衛の腕を蔦って胸に収まった。第四球も白帯に当てずにクロスへと放ち、同様の結果が得られた。
『これで約束の四本が終わった。次からは通常サーブでいく。注意を怠るなよ?』
『問題ない』

 

 しかし、開発した新技の確証を得るためにライトプレイヤーめがけて二本放ったが、負けず嫌いと判断されてもおかしくなさそうだ。今度は高速回転のトスを上げて前衛と後衛の間に放った。たまには通常サーブを織り込むのも悪くないな。選手たちがここまで慌てるとは思わなかったぞ。
「レフトからだ!」
コートに落とすことは無かったが、セッターがボールに触れることができず二段トスがレフトに上がった。前回は六人とも俺だったからブロックの高さがバラけるなどということは無かったが、ジョン、青ハルヒ、青古泉の順で並んでブロックに跳んでいる様子を後ろから見ていると、青ハルヒがいつの間にやらハルヒと入れ替わっているんじゃないかと錯覚を感じてしまう。ジョンの跳躍力が際立っているからというのも一つの要因だけどな。青ハルヒのブロックの上を越してきたボールを、丁度真後ろに居た俺がブロッカーの後ろから顔を出してバックアタック。サイドラインギリギリにボールを叩きこんだ。スコア6-0でタイムアウトの笛が鳴る。
「あんたね!通常サーブを打つのならあんなトスを上げる必要なんてないでしょうが!」
「いいえ、どんなトスを上げるにせよ、相手からすれば零式が飛んでくることを考えていないといけません。高速回転のトスを上げて不完全だった頃の零式で来ることも考えられますし、高速回転をかけなかったとしても零式を撃ってくる可能性がある。通常サーブを二、三度続けない限り、零式に対する警戒を解くことはできませんよ」
「どういう反応を示すのか見たかったというのもあるんだが、あんなに慌てふためくとは俺も意外だった。目的は達成したし、サーブ権を譲ってもいいくらいなんだが、どうする?」
「あんた、わざとサーブを失敗するような真似をしたら承知しないわよ!そんなことをされるくらいなら25-0で完封された方がよっぽどマシだわ!」
「同感です。あなたの零式改(アラタメ)に真っ向勝負で挑んでくる相手に失礼千万ですよ」
「分かった。容赦なく叩き潰すことにする」

 

 それ以降、俺の通常サーブは悉く拾われていったのだが、采配を読んだ上での三枚ブロックとブロックアウト封じ、バックアタックで攻め手を封じこめ、バック主体の攻撃に切り替わった後も三枚ブロックは変わらず。バックアタックで攻撃された方が対処しやすいくらいだ。リバウンドしたボールを拾ってもう一度攻めてくることも度々あったが、それも采配を読んで指示を出すだけ。咄嗟の閃きでみくるの天井サーブのように高く打ち上げられたこともあったが、生憎と後衛陣は全員ゾーンに入れるメンバーが揃っている。青ハルヒの宣言通り25-0の完封勝利を得た。
「青ハルヒの発言通りの結果になってしまったな。次のセットから俺と青古泉が入れ替わるが、流石に跳び疲れただろ?ローテをまわして今度は俺たちがブロックに跳ぶよ」
「僕もまさかこんな結果になろうとは思いもしませんでした。自分で言うのもどうかと思いますが、こんな相手を敵に回したくありません。采配を読まれ、三枚ブロックでコースを封じられ、ブロックアウトも使えず、ブロックの上を越してもすかさずバックアタックが飛んでくる。天井サーブのような球が放たれたときは、こんな戦法もあったのかと感心しましたが、それでも気休めにしかなりません。どう対処していいのやら見当もつきませんよ」
「対処法が無いわけでもないが、相応の練習は必要だ。ダイレクトドライブゾーンを極めていればいくら采配を読んで指示を出してもブロックが間に合わん。有希の超光速トスなら尚更な。それとバスケットでいうところのノールックパスのような真似ができれば視線を読むことができなくなるからブロックアウトも可能だし、青チームがやっていたリバウンドでの連携も使える。二月の後半辺りに時間が空いたらハルヒ達を相手に闘ってみるのも悪くない。こっちがこの戦法を貫こうとすれば、確実に負ける」
「面白いじゃない!今度その対戦やってみるわよ!絶対にあたし達が勝ってやるんだから!」
「それで、どうするつもりだ?黄俺の提案通り、前衛と後衛を入れ替えるのか?」
「あたしはまだまだ跳べるわよ!後ろであんた達を眺めているだけの退屈な時間を過ごすなんてごめんだわ!」
「今、前衛と後衛を入れ替えると、向こうにとってはよりシビアになりますからね。ゾーンに入れる人間が揃って目の前に立ち塞がるなんて、考えただけで戦意を喪失してしまいますよ」
「なら、俺と青古泉が入れ替わって古泉のサーブからだな」

 

 二セット目、スタートからダイレクトドライブゾーンを駆使してブロックが間に合わない状況を作ることを重点に置いて攻撃を仕掛けてきた。てっきりローテをまわしてブロックの上から来るものだと思っていたが、エースはいつも通りの守備位置にいた。正確なレシーブでセッターにつなげられずにホールディングの笛が鳴ったり、読み間違えたり、セッターとスパイカーが上手く噛み合わなかったりと失敗の連続だったが、こちらのバックアタックが捕られるようになり、山なりのスパイクを使用するようになり、三枚ブロックのさらに外側を射抜くようなスパイクを撃つようになり、次第に三枚ブロックへの対策が見えてきたらしい。
「下がれハルヒ!レシーブだ!!」
とうとうこちらのブロックが間に合わない場面が訪れ、ブロックに行こうとした青ハルヒを止めて下がらせたものの、対応が間に合わず、今日の試合で初の失点を許してしまった。レシーブを乱して悔しそうにしている青ハルヒとは裏腹に、自分たちの連携が上手く噛み合い、ようやく得点に結びつけたことに対して、六人で喜びを分かち合っていた。
「も―――――――っ!悔しい!!このセットも完封で終わらせるつもりだったのに!」
「レシーブを乱したことに関する悔しさはあるでしょうが、ここは喜ぶべきでしょう。まだ対等とまではいきませんが、どうやらこの難攻不落の要塞に対する攻略法が見えてきたようです」
「さっきは三枚ブロックだけで戦おうとしたら確実に負けると言ったが、このメンバーならブロックに間に合わないときは一旦下がってダイレクトドライブゾーンにシフトすることが可能だ。昨日もハルヒ達やOGに話していたんだが、ブロックに間に合わないと思ったら大きくバックステップを一歩踏むだけで防御態勢に入れる。三枚ブロックだけで勝負をする必要性はない。基本は三枚ブロックだが、その時々に応じて変えていこう。このセット、失点を1点で抑えるぞ!」
「あんたに言われなくてもそのつもりよ!次は絶対に捕ってやるんだから!」
しかし、気になるのはOG達の方。昼時に本社に入ってきた連中が全員OGのいるコートの客席で試合を見ている。以前俺があいつらの応援用に作ったド派手うちわのようなものを持っているわけでもないから、六人のうちの誰のファンかは知らんが、それを見た報道陣の三分の一がOG達の試合の撮影をしていた。結婚指輪は催眠で見えないがネックレスとピアスが揃ったからな。六人の周りを報道陣が囲んでもおかしくはない。

 

 二セット目は25-1で終えることができたものの、流石の青ハルヒも疲れが見え始めている。
「あれを三セット連続はキツいだろ?ローテを回して俺たちが前に出る。ハルヒ達は少し休んでろ。回復したら、次のセットでまた前衛に出ればいい」
「嬉しい提案ではありますが、ローテを回すのはこちらだけとは思えません。そろそろ相手もエースを前衛に出してくる頃でしょう。あの高さに対抗できるのはジョンしかいません。一体どうするおつもりなんです?」
「簡単だ。エースが撃ってくるときはバックステップで下がってブロックには誰も飛ばない。そのままダイレクトドライブゾーンで攻撃を仕掛ける。ジョンだけブロックに跳んでもいいが、それをやってしまうとジョンはダイレクトドライブゾーンの攻撃に間に合わない。選択肢が一つ減って他が警戒されてしまう」
「なるほど、戦闘や夜練で動体視力を鍛えた我々や日本代表選手にしか出来ない戦略ですね。他国には不可能なプレーと言えそうです。ところで、ダイレクトドライブゾーンのような超速攻プレーでどうやって采配を判断しているんです?迷っている暇がない分、ボロが出ないのでは?」
「いや、考えている暇がない分、味方の様子を一目で確認して『ここだ!』と決めたところで手の形が固まっているから逆に読みやすい。俺たちのような全員攻撃でもないし、ダイレクトドライブゾーンもまだ二流。誰が攻撃できるか見てからトスを上げている分、選択肢も絞られる。あとはコースを読むだけでいい」
「その手の形を後ほど詳しく教えてください。今後の参考になりそうです!」
セット間の作戦タイムの終わりを告げる笛が鳴り、コートに足を踏み入れた。青古泉の予想通り双方ともローテを三つまわして前衛と後衛が入れ替わっている。相手コートに立っている選手たちも監督も、こちらは体力の温存のための変更だとすぐに気付いたようだ。位置関係を副審が確認して、サービス許可の笛が鳴った。

 

「ジョン、一歩左!」
サーブ音が鳴り、俺がセッターの正位置に着く頃には他の四人が攻撃態勢に入っていた。ブロックに飛ばず、互いにダイレクトドライブゾーンを仕掛ける場合、防御に転じる必要がない分サーブを撃つ側が有利になるが、例外も存在する。青古泉はラリーが続いているときにしか使ってなかったが、こういう使い方もあるんだよ!ジョンのレシーブしたボールの軌道だけを変え、試合開始早々のツーアタック。エースがスライディングレシーブで失点を阻止したが、二段トスも間に合うまい。
「バック!」
前衛がゾーン三人なら後衛二人のうちどちらにボールが上がるかどうかくらいセッターを見れば一目瞭然。素早くレフト側に寄り、三枚ブロックが立ちはだかる。セッターを含めてブロックカバーが三人付き、体勢を立て直して今度こそエースに二段トスが上がった。
「俺だ、スイッチ!」
最初の踏み込みで手前に落としてくることは読めたが、スイッチ要因でなくとも、セッターが入れ替わってしまうとダイレクトドライブゾーンが使えなくなる……いや、使えないことも無いがテンポが遅れることを今頃になって気が付いた。「スイッチ!」と聞いて青古泉以外の四人の足がピタリと止まり、青古泉に合わせてこれまで通りのクイック技。俺もCクイックで跳んだが、青古泉の采配は俺を囮に使った青ハルヒのバックアタック。夜練で鍛えた防御力に通常のクイック技が通用するはずもなく、ダイレクトドライブゾーンで再度エースへ……って、またか。
「スイッチ!」
いくら青古泉でも、この位置関係で青ハルヒとの連携技はほとんど使えない。今度は古泉のAクイックで手前に落としたが、セッターのレシーブで三度エースへとボールが上がる。いくらダイレクトドライブゾーンができなくするためとはいえ、そんなワンパターンじゃ対策の一つくらい立てられる。
「そのまま跳べ!」

 

 これまでに無かった指示に対してジョン以外の四人の動きが一瞬止まったが、青古泉が駆け寄ることもなく指示通りに動いてボールが来るのを待った。この程度の威力の球を自由自在に操れないようでは男子日本代表選手として示しがつかん。三度目の正直じゃなくて……仏の顔も三度までというのも違うし、二度あることは三度ある?こういう場合のことわざが思いつかなかったが、レシーブしたボールをネットと平行にレフトへと上げ、跳び込んできた青俺のBクイックが炸裂した。スパイクを撃った本人も呆けている。
「ちょっとキョン!今のどういうことか説明しなさいよ!」
「なら、たまにはタイムアウトでもとるか」
互いにコートの外から出て、それぞれのベンチで作戦タイム。
「しかし、良かったんですか?向こうに次の策を練る時間を与えてしまって」
「世界大会の試合中じゃないんだ。策を練って実行に移して検証するのが練習試合の目的ってもんだろ」
「それで、一体どういうことよ!?」
「僕が前衛に出たときにあなたと同じ行動が取れるかどうか不安になりましたよ。つまり、セッターにワンのボールを捕らせることで、我々にダイレクトドライブゾーンを使えないようにしたんです。スイッチして僕がセッターのポジションについてしまうと、その間に防御態勢を整えられてしまって、先ほどのようにクイック技を放っても今の日本代表には通用しません。そこで、レシーブしたボールを綿密にコントロールしてツーで返す策に出たんですよ。それで『そのまま跳べ!』という指示が出たというわけです。もっとも、彼の考えが直接伝わってしまうジョンはレシーブ前から攻撃態勢に入っていましたけどね」
「それでも、たった二回の攻撃でよく対応策を閃いたな」
「僕も同感です。あなたのその閃きを分けていただきたいくらいですよ」
「まぁ、その場の閃きだからこれですべて解決できるわけじゃない。この後も確証を得るために何度か狙ってくるだろうが、あの体勢じゃ前衛二人と青ハルヒ、ジョンには上げられても、真後ろにいる青古泉には上げられない。いや、上げようと思えば上げられるんだが、ダイレクトドライブゾーンでは無くなってしまうし、青古泉が撃つ頃には防御態勢が整ってしまう」
「一人くらい攻撃に参加できないからって何の問題もないわよ!まだあたし達しか分かってないんだから、囮として十分機能するわよ!」
「そのようですね。なるべくバレないように善処することにします」

 

 タイムアウト後も俺を狙ったスパイクが数本放たれ、青古泉以外の四人へ向けてレシーブを上げて見せたところで、エースを主体としたダイレクトドライブゾーンに切り替わった。やられた分のお返しとばかりに青俺と古泉が相手セッターを狙ってスパイクを放ち、最初はレシーブを乱して失点をしていたが、次第にレシーブが安定し、日本代表もツーで返すプレーを真似するようになった。この二日間で色々と吸収されてしまったもんだと思いながら練習試合を繰り返していると、小学校と保育園から帰ってきた子供たちがユニフォーム姿で体育館に現れた。本日二度目のタイムアウトを取って誰が交代するかの話し合い。
「この三人が出る以上、三枚ブロックはここまでだ。昨日に引き続き、ダイレクトドライブゾーンの本来の速さを日本代表選手に叩きこむ」
『そういうことなら俺が抜ける。ダイレクトドライブゾーンは俺には合わない』
「ちょっとジョン!あたしが交代しなくて済むなら別にいいけど『俺には合わない』ってどういうことよ!?」
「気分の問題ではなく、ジョンの跳躍力が高すぎるせいですよ。0コンマ数秒差ですが、跳び上がってからスパイクを放つまでに時間がかかってしまいますからね。相手に防御態勢を敷かれてしまうんです。今日は青僕の影分身として出ていますし、僕もこれで抜けることにします」
「それなら青古泉が正セッターだな。さっきのセッターを狙ったスパイクを美姫に捕らせるにはいかない。対応策を見せてからセッターを入れ替えると言いたいところだが、明日以降になりそうだ」
「なら、俺はベンチから試合の様子を見ることにする」
セットの途中での交代ということもあり、子供たちもこれまでと違うポジションで困惑するかもしれんが、これも一つの経験だ。ジョンの代わりに伊織、青俺の代わりに幸、古泉の代わりに美姫が付き、古泉は煙を出す演出をして81階にテレポートした。

 

 練習試合終了後、監督と俺はいつものこととして、OG六人もコメントを求められていた。さすがにインタビュー中にレンズをブラックアウトするわけにもいかず一旦催眠は解除したが、今後は常に催眠をかけておく必要が……って、また厄介事が一つ増えてしまったな。後で相談することにしよう。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。お気づきの方も多いと思いますが、本日はリクエストディナー第二位にランクインした野菜スイーツの食べ放題です。他の料理については順番に席にお持ちしますので存分にお楽しみください」
これで……三度目くらいか?最初にここまで説明してしまえば、後はOG達を筆頭に席を立って野菜スイーツに手を出していくだろう。満腹になった日本代表チームがフロアからいなくなるまで上で会議をしていればいいだけだ。用意された軽食を摂り始めて最初に口火を切ったのはなんと幸。
「伊織パパ、わたし伊織パパのカレーが食べたい」
その一言に青俺どころか青有希まで驚いている。有希や佐々木たちが子供たちに吹き込んだのかと疑ったが、どうやらそうでもないらしい。
「どうしたんだ?急に」
「今日の給食カレーだった。みんなは美味しいって言っておかわりしてたけど、わたしは美味しくなかった。人参も不味いし伊織パパのカレーがいい」
『キョンパパ!わたしも保育園の給食嫌い!カレー食べたい!!』
「それなら二人の卒園式の日に作ってやる。その日までのお楽しみだ」
『「そつえんしき」ってなあに?』
「二人とも立派に成長して、四月から幸と三人で小学校に行けますってお祝いをするんだ」
『お祝い!?キョンパパ、ケーキ作って!!』
「だから、ケーキの代わりにカレーを食べるんだ。ケーキを食べたらカレーが食べられなくなるぞ?それに、ケーキならこの後好きなだけ食べられる。幸も人参のケーキを食べてみるといい」
「伊織パパの人参ならわたし食べる!」

 

 やれやれ、語彙が拙いセリフを聞くと、まだ小学一年生なんだと思い知らされる。日本代表と同じチームで試合するのを嫌がっていて助かった。この三人を日本代表入りさせるわけにはいかん。
「そういえば、双子の卒園式っていつだっけ?あたしも行くわ!」
「三月三十日だ。水曜だから、ハルヒは影分身を楽団の練習に置いていくことになるだろう。まぁ、その翌日は青OGがようやく全員揃ってこの会社に入社できるんだ。そのお祝いにケーキというのも悪くない」
「この後も戻らなきゃいけないですし、早く退職したいですよ~」
「仕事を持ち帰ることってできる?影分身はまだみたいだけど、持ち帰れるなら手伝える」
「上司に内緒で持ち帰れないこともないんだけど、ほとんどパソコンと向き合ってなきゃいけないから……それに私の他にも残業で残っている人はたくさんいるし、影分身ができるようになっても仕事先じゃ使えないよ」
「だったら、黄有希さんに催眠をかけて仕事を代わってもらうのはどうかしら?経理課が忙しかったときみたいに颯爽と終わらせてくれるわよ」
「いや、黄有希じゃ駄目だ。極端に速すぎて仕事量を増やされるのが目に見えてる。キーボードを連打している音がフロア中に響き渡ることになるはずだ」
「あ……そういえば、そうね。他の社員の仕事まで全部一人でやっていたことを考慮してなかったわ。ごめんね」
朝倉たちが謝るときのあのしぐさを見るのもいつ以来になるんだったか……ダメだ、思い出せん。
「職場に閉鎖空間を作ってみてはどうかね?このビルに備え付けてある閉鎖空間も何度か解除したこともあったそうだが、人事部のパソコンのデータが消えるということは無かった。それなら誰にも見られずに手伝ってもらえると思うんだが、どうだね?」
「くっくっ、普段パソコンを相手に仕事をしている人間でないとできない発想だよ。仕事内容ならサイコメトリーで情報を渡すことができる。どうして今までそれに気がつかなかったんだろうね。折角キョンから習った超能力なんだ。是非有効活用してくれたまえ」
「あっ、ありがとうございます!それなら仕事を早く終えることができそうです!」
「なら、食事が済んだら手伝いに行く。何をすればいいか教えて」
「ちょっと待った。この後は野菜スイーツの食べ放題なんだ。仕事に行くのなら下にいるOG達に食べたい物を残してもらうよう連絡してから行け。メニューを渡すからどれを何個食べるのかテレパシーで伝えるといい」
「黄キョン先輩も、ありがとうございます!」

 

 圭一さんの提案と変態セッターから手伝うという一言、ついでに俺が話した野菜スイーツの件で感激の涙を流していた。他の青OG達も、自分達にできることならいくらでも手伝うと表情に現れていた。
「話も一段落したようですし、そろそろ教えていただけませんか?超速攻のダイレクトドライブゾーンでセッターの采配をどう見極めているのか」
「さっきも話した通り、手の形で判断している。迷っている時間どころか考えている時間すらないからな。采配を読まれない様にと気にすることすらできん。それでも采配を読まれないよう徹底的に身体に叩きこんでいるから、ほんの僅かな差でしかないんだが、Aは普通に、Bは手首の角度が大きくなり、ブロードとバックはほんの少しだが余裕ができる分手の力が緩む。指の関節が曲がるからすぐに分かる。Cは腕ごとやや後ろに反れる。時間差はダイレクトドライブゾーンでは絶対にありえない。そんなことをしている間に防御態勢が整ってしまうからな。まぁ、こんなところだ」
「では、ブロードとバックアタックが同時に来た場合はどこで判断するんです?」
「バックの場合はセッターがその選手を見るし、身体は半身でも右手がどうしても前に出てしまう。それに、ブロードの後ろからバックアタックを仕掛けようとすれば、ブロードよりテンポがどうしても遅くなる。さらに言うなら、超速攻のダイレクトドライブゾーンで焦っているのは、何もセッターだけじゃないってことだ。素早く攻撃態勢に切り替えて跳び込んで来る以上、味方同士でぶつかる危険性がどうしても高くなってしまうし、失点どころか怪我にも繋がりかねない。ブロードのCとCクイックも一緒だよ。俺たちのような全員攻撃ならまだしも、サインで指示を出しているような状態で、体力を無駄に消耗するようなプレーはまずやってこない。使うとしてもそのセットの流れを変えるために一、二回程度だ。もっとも、その域にすら達してないけどな。昨日のハルヒ達ほどの反応はまだ出来てないから、どうしても選択肢が限られる。もし、司令塔なしの布陣を考えるとすると、俺ならハルヒ、有希、朝倉、伊織、美姫、青俺の六人を選ぶ。ベンチに古泉と青ハルヒってところだ。このメンバーを相手にダイレクトドライブゾーンで対等に闘えるくらいまでOG達を鍛え上げれば、六人で世界大会に出ることもできるだろ」

 

「いやぁ、あなたから『あくまで参考として利用するだけ』とは言われましたが、それ以外に判別の付け方の検討が付きませんよ。日本代表選手たちのことも含めて、事細かな解説一つ一つに納得してばかりでした。今夜にでも今名前が挙がった六人を相手に勝負を申し出たいくらいです」
「あたしがベンチだなんて納得がいかないわ!絶対に双子より早く反応してやるんだから!黄古泉君、あたしも混ぜて頂戴!」
「黄古泉君、わたしにも入らせてください!」
「面白そうっさ!あたしも参加させて欲しいにょろよ!」
「困りましたね……先ほどの練習試合のようにセッターを狙われることも考えるとOGのどちらかに入っていただきたいのですが、製本作業の真っ最中ではそれも難しそうです。おっと、僕も是非参加させてください」
「美姫は黄有希のスイッチ要因、伊織はハルヒより集中力が高いから選ばれたんだろうが、どうして黄古泉じゃなくて俺なんだ?」
「青チームがテレパシーで会話しながら練習試合を繰り返していた頃の司令塔としての経験値があるし、その分古泉よりも判断が速い。加えて、古泉は頭で考えてから行動するタイプだからな。バトルでもバレーでもそれがどうしても出てしまう。ジョンの嗜好品で例えるなら、古泉がベ○ータで、青俺が孫○空ってところだ」
『なるほど、分かりやすい』
「ちょっとジョン!あんただけ納得しても意味ないでしょうが!」
「ただ、すまないが今日は青ハルヒか古泉が青俺の代わりに入って欲しい。青俺には俺の代わりにジョンの修行の相手をしてもらいたい。今も作業を進めている最中なんだが、今晩中にカレーを作って明日の午前中には持っていきたいんだ。カレーが出来上がり次第、俺もジョンの世界に行くからそのときに交代してくれればいい。それに、朝倉がバレーとバトルのどっちを選ぶのか分からんしな」
「それもそうね。でも、現段階では対等に戦えるわけじゃなさそうだし、バトルの方が楽しめそうね」
「僕も例の時間平面上のことをすっかり忘れて浮かれていました。予知は未だに覆らないんですか?」
『今のところ、あの時間平面上からの連絡は何もない』
「でも、もし戦争になるようなら、そのときはこっちのキョンも連れて行ってもらえないかい?今張ってある閉鎖空間の内側には入り込めないんだろう?代わりに古泉君を残してくれればいい。前回は大活躍だったみたいだからね。キョンにも活躍の場を与えてやってくれないかい?」
「おや?閉鎖空間に苛立っている間に戻ってくれば、何も問題はないのではありませんか?前回はあの時間平面上のジョン達がここに逃げて来たのを追いかけてきただけで、それ以降の襲来は無かったと聞きましたが……」
『いいからあんたはここに残りなさい!』
「そうですか……お二人とのバトルで培ったものを試してみたかったのですが、仕方がありません」

 

 未来の時間平面上の話が出て、場の空気が重くなってしまったが、怖がっているメンバーは誰一人としておらず、あの時間平面上のことを気にしていた。
「とにかく、明日俺が行くことで予知が覆るかもしれんし、敵が襲来する可能性もそこまで高いわけじゃない。一通りシェルターに避難している人達にカレーを配った後は、前回と同様ハルヒや青有希、母親に料理を作ってもらうことになるだろう。すまないが、今夜は遅れて参加するから宜しく頼む。それと、まったくの別件だ。ハルヒ、例の映画の試写会でパフォーマンスを見せるって話なんだが、いい的を思いついたから、それに変えてもいいか?」
『いい的!?』
「あたしが納得のいくものじゃないと絶対に譲らないわよ!?どんな的を思いついたのか言って御覧なさいよ!」
「サッカーゴールのゴールポストに当てて、爆弾の起爆スイッチを解除する」
「あ――――――――っ!それって何年か前の映画でやっていたヤツですよね!?各チームのエースストライカーと監督だけに爆弾のことを知らされるっていう」
「なるほど、今度はあなたの集中力を利用したパフォーマンスですか」
「くっくっ、どの道的に当てるんだから、物が何であれ、キョンの集中力を使うことに変わりはないんじゃないのかい?」
「それならわたしも見たことがあるわね。確か、『11人目の暗殺者(イレイサー)』だったかしら?」
『ブッ!!』
「どうしておまえは思考がそっちの方向に行くんだ!!『殺し屋より愛をこめて』とほとんど変わらんだろうが!暗殺者が11人もいたら何人被害者が出るか分かったもんじゃない。被害者全員の名前を考えるだけで一週間はかかるぞ!!」
『あっはははははは………(黄)キョン君の言う通りっさ。殺されるシーンだけで映画が終わってしまうにょろよ!11人も殺人犯がいたら、警察に捕まるわけがないっさ!いくら名探偵でも無理にょろ!あははははははは』
「今のは間違いなく故意だが、過去の作品のサブタイトルがごちゃ混ぜになったようなもんだ。だが、パフォーマンスの的としてはこれ以上のものはないんじゃないのか?そのパフォーマンスが放映されれば、過去作をレンタルしようとする奴が急増しそうだ」
「しょうがないわね……分かったわよ。あんたの案でいいわ!それより、日本代表のディナーはまだ終わらないの?」
「これまでと同様、甘いものは別腹のようです。もう少々お待ちください」

 
 

…To be continued