500年後からの来訪者After Future9-20(163-39)

Last-modified: 2017-02-26 (日) 01:51:41

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-20163-39氏

作品

二月もようやく終わりが近づき、ホテルのレストランには来週からすべてのメディアの侵入が許可される。そのことを憂鬱に感じていた古泉から『今年だけは二月を三十一日までにしてもらいたい』などと話が出たが、いずれそういう時期は訪れるし、今月の初めの頃のように何の反省も見られなければ、報道規制をかければいいだけだ。異世界支部も調理スタッフや作業場の人間が出揃い、少しでも早く異世界支部近辺のチェーン店を撤退させるため、ランチタイムにパンを振る舞うこととなった。一日も経過しないうちにアクセス数Wミリオンを突破した『旅立ちの日に』をライブでも歌うことになり、迷彩服でステージ上に立った俺が異様な空気を醸し出していたと佐々木に小言を告げられる始末。次回からは俺もドレスチェンジすることにしよう。

 

 男子日本代表の監督の練習メニューに感嘆していたが、二つ同時にやろうとすると双方の伸びしろがあまり見られないというのが欠点だ。まぁ、長い目で見れば、片方ずつ練習をするのと大差はないだろう。青古泉と子供たちが入った女子の方はどんな展開になっていたかは分からんが、男子の方は淡々とした練習試合で終わりを迎えた。
『キョン(伊織)パパ、泳ぐ練習!』
そういう約束だったが、夕食を早々に平らげた子供たち三人からの催促で影分身を出動させられる羽目になってしまった。それを見た青俺や青有希も食事のペースを早めたが、『影分身で十分』だと話し、水着に着替えに向かった三人のあとを追うようにプールへと向かう。クロールの手の動きを身体に叩きこむまでは自主練をさせるわけにはいかないからな。前回同様、手の動きの練習から始めて、プールサイドに手をつけて息継ぎも含めたクロールの練習、完璧とは言い難いが、カラーヘルパーをつけるのも随分慣れてきたようだ。ビート板を持ってクロール15mの練習を何本も繰り返し、最終的にはカラーヘルパーを取るところまで進展した。
「よし、じゃあ最後に勝負をして終わりにしよう。三人には、ビート板を持ってクロールで25m泳いでもらう。だが、誰が一番腕の振りがしっかり出来ているかで勝負する。判定するのは俺たち三人だ。一番早いのは誰かで競うわけじゃないから、そこは気をつけろよ?準備はいいか?」
『問題ない!』
「じゃ、よーい」ピッ!
とは言ったものの、計算などでよく使われる『速く正確に』というのがベストだ。OG達にも情報結合の際に何度か言ったこともあったが、『何事も修錬』というのと同格と言っても過言ではない。『いつやるの?今でしょ!?』なんて流行語並に全国に広まった言葉もあったが、そんなものは比べ物にならない。午前中はダンス、午後はバレー、夕食後は水泳。折角の休みだというのに、休むってことを知らんのかこの三人は。『何事も修錬』を態度で示しているようなもんだ。15mを泳ぐ練習しかしていないはずなんだが、途中で挫折することなく三人とも25mを泳ぎ切り、伊織と幸がほぼ同着。少し遅れて美姫が泳ぎきった。
「三人ともよく25m泳ぎきったな。よし、プールから上がってこい。その間に誰が一番綺麗に泳げたか、俺たちで話をする」
25m泳ぎきったこと、俺から褒められたこと、勝負の行方が気になるのもついでに入れておこう。理由はそれぞれであるだろうが、三人とも満足気な顔をしているのは確かだからな。この後は風呂に入って寝かせるくらいが丁度いい。審査の結果、満場一致で美姫に決定。勝因を上げるとすれば……セッターとして正確なトスを上げているからかな。だがこれで、手の動きをもっと正確にしようとするだろうし、次も似たような勝負ができる。『三人で風呂に入って寝よう』と促したが、明日もダンス、バレー、水泳だと約束を取り付けられてしまった。コンサート後の打ち上げも大いに盛り上がり、長かった二月も、後は明日のおススメ料理の火入れを残すのみとなった。

 

 俺たちが一面を飾るネタを提供してしまうようなことはなるべく避けようと自分でも思っていたし、昨日も話していたのだが、各新聞社の一面の記事は全社SOS団の新作ダンスで一面を飾っていた。我が社からUPされる動画も逐一確認されるようになったと見て間違いなさそうだ。五人のRPG風踊り子の衣装もさることながら、古泉の英国兵士姿、加えて、これまでのダンスでキーボードを担当していたのがOGの一人だったということまで事細かく記載、報道されていた。さらに、本社敷地外から隣の駅まで女性客が並んでるとLive映像で放送。一番前に並んでいた客は早朝五時に来ていたらしい。休みだというのに、俺の作ったパンくらいでよくやるよ、まったく。その行列を無視するかのごとく堂々と敷地内に入ってくるのが社員と楽団員たち。列を無視して入ってくる人間に疑問を抱き、SPにまでインタビューをしてくる始末。
「すみません!今入っていった方は止めなくてもいいんですか!?」
「彼女たちはこの会社の社員や楽団員たちです。『俺の作ったパンなんかで、社員たちの士気が上がるのならそれでいい』と社長から言付かっております。そうでもなければ、敷地内に入ることすらできません」
『敷地内に入ることすらできない』の一言で納得したようだ。自分たちはどんな方法を使っても入れないからな。ついでに、報道陣に頼まれてパンを持ち帰ってこようとする客も敷地内に入れなくなることを生放送で示唆しておいたし、生放送で取材させたプロデューサーなりディレクターなりを恨むんだな。
「くっくっ、ここは喜んだ方がいいのか、怒った方がいいのか教えてくれないかい?」
「新作ダンスとその衣装を全国的に広められたのは良い。だが、報道規制をかけているところまでそのネタで一面を飾って売り上げを伸ばそうとしているのは怒るべきだろうな。一つくらい潰れてもいい頃合いだと思っていたが、結局俺たちがそれを阻止している形になっているこの状況にイラついている」
「そうね、どちらの世界も社員のリストラは増えてきているみたいだけど、会社が潰れるまでには陥っていないわね。今朝のようなニュースがわたし達の世界でも話題になるといいんだけど……」
「昨日始めたばかりですからさすがに無理がありますが、新川さん達のスペシャルランチと同様、しばらくもしないうちに口コミが広がるはずですよ」
「ちょっとあんた!キョンが一日でどれだけのパンを作っていると思ってるのよ!手伝いもしないクセに簡単に物を語るんじゃないわよ!!」
まさかこんなことでハルヒが怒るとは思っていなかった。青古泉も調子に乗って発言してしまったと悔やんでいる。
「言っただろ?影分身を持て余しているだけだ。青古泉には青古泉の仕事があるんだ。影分身の使い道として別の案を閃くかもしれん。天空スタジアムの設置だって、青古泉が異世界支部のさらに上に建設すると言い出したからこっちにも建てようなんた話になったんだ。今はまだ電話対応に追われている身で、昨日ようやくバレーに参加することができたが、将棋の方は未来古泉も呼べない状態だ。俺のことを気遣ってくれているのは十分伝わっているから、それ以上責め立てるようなことはするな」
「いえ、僕の軽んじた発言のせいです。あなたの身体を常に気遣っているハルヒさんに怒られて当然です。どうか、ご無礼をお許しください」
「気にするな。一日くらい倒れても、異世界支部の分も含めて三、四日はもつくらいの量は作ってある。特に一般客は食べ終わるまでに時間がかかるからな。みんなが思っているよりは減っていないはずだ。それより涼宮社長、異世界支部でパンを振る舞うのは三階だけにさせてくれないか?ただでさえ80階から眺める景色と青新川さんのスペシャルランチがあるのに、パンまで振舞ったら、たった2フロアだけじゃ収まりきらん」
「……それもそうね。80階券売機を作りなおしておくわ!」
「黄キョン君、支給する料理ができたから、このあと未来に送って欲しい」
「それは構わないが、シェルター内の様子はどんな感じなのか教えてくれないか?」
「大分笑顔が見られるようになってきたけれど、シェルターの外に出る話になると、たちまち恐怖に脅えるようになるってところだね。シェルターと同様、キミの閉鎖空間で囲まれていることを伝えても、トラウマを抱えているようなものだよ。彼女のおでん嫌いと似たようなものだと思ってくれたまえ」
「二回目となるとさすがに堪えるか。当分時間がかかりそうだな。だが、有希が料理を支給するのはもういいんじゃないのか?」
「問題ない、わたしも影分身の修行を兼ねてる。それに、今までは定期的に支給されていたのに、それが無くなってしまったら、わたしなら見捨てられたんだって感じる。そんな思いはさせたくない」
「もっとハルヒ先輩の色んな料理を覚えたいんです!私にもお手伝いさせてください!」
「ホンットにもう!みんな自分で自分の首を絞めているようなものじゃない!しょうがないわね……それなら、さっさと解散にしましょ!」
『問題ない』

 

 隣の駅まで続いていたという行列も、本社内に入れたのはざっと三分の二程度。あの時間で最後尾に並んでいるようじゃ、ただ時間を無駄に過ごすだけで終わってしまうってことだ。異世界支部の方も、80階からの景色を見ながらランチを楽しもうと行列ができていた。青新川さんのスペシャルランチの食券を持っている客が優先的に入ってはいたが、窓側は常に誰かが座っている状態が続いていた。仕方なくトレイをもって三階へと降りてきた客たちが香ばしいパンの匂いに惹かれ、スペシャルランチとパンの相乗効果が出ていた。来週の土日がどうなるか楽しみだ。バレーの練習の方は淡々としたもので特に目立つようなこともなく、明日の一面記事をどうするのか精々悩んでいればいいさ。
「いよいよね」
「ああ、内装を色々と弄ってしまったが、コイツの処女航海もこれで終わりだ。そっちのタイタニック号の修理は終わったのか?」
「そういえば、サルベージしてからほとんど手をつけて無かったな。どうやら、俺も影分身を有効に活用する目的ができたらしい。夜練以外の時間は修理に向かうことにする」
「キョン先輩!この船、テレパシーで話せないんですか?」
「そういえば、サイコメトリーで修理はしたが、テレパシーで話すなんてしたことが無かったな」
「くっくっ、あの漫画のように感動的なシーンを演じてくれたまえ」
『ク○リンのことか――――――――――――――っ!!』
「爆死したシーンが感動的だったのか?おまえは。ったく、声優が同じなだけに真っ向から否定できやしない」
「沈没した時点で死んじゃったんじゃない?もし生きていたとしても、100歳をとっくに超えたお婆ちゃんになってるわよ!」
『クソババァで悪かったね!この小娘どもが!!儂ゃ、好きで100年以上生きているわけじゃないんだよ!!』
「クソババァだなんて一言も言ってないでしょうが!!あとちょっとで処女航海が終わるってときに気分が台無しじゃない!!……って、この声、タイタニック号!?」
「僕も急進派の親玉が攻めてきたのかと一瞬疑いましたが、シャミセンや例の椅子と同様、タイタニック号と対話することができたようですね。ここは、長旅お疲れ様でしたと言うべきでしょう。我々と一緒に祝賀会を楽しみませんか?」
『あたしを修理して、ここまで連れてきてくれたことには感謝してるわよ。100年以上かかっちゃったけど、ようやくここに辿り着くことができたわ!あんたたちのおかげよ』
「えっ!?今の声、ハルヒ先輩たちじゃないですよね!?」
「口調はハルヒ達で間違いなさそうだが……声が違うし、テレパシーをする意味がない」
「外観はタイタニック号でも内装やエンジンを変えたせい。キャラが定まってない」
『キャラが定まってない』なんて有希の言うセリフか?しかし、二重人格というわけでもなさそうだ。でもどっかで見たような、聞いたような……ダメだ、思い出せん。
『あれじゃないのか?気を高めたら若返るとかいう……』
それだ!!マフィア相手に自分で薔薇の鞭を出して闘っていたのをすっかり忘れていた。○海婆さんそっくりだ!
「くっくっ、どうやらキミも気が付いたみたいだね。彼女が誰に似ているのか」
『似ている?』
「お婆ちゃんだったり、いきなり若返ったりする人物なんているのかしら?」
「なるほど、朝倉さんの今の発言で僕にも分かりましたよ。確かに基本はお婆さんで間違いはありませんが、ある条件を満たしたときだけ若返ります!」
『一体誰のことを言っているのか、さっさと説明しなさいよ!』
「一度死んで生き返ったら、霊能力が備わっていたなんて奴が主人公の漫画に出てくるキャラクターだ。どちらかと言えばハルヒ達はあまり興味を示さない漫画だろうな。到着祝いにとびっきりの花火を打ち上げてやらぁ!喰らいやがれ!霊○―――――――――――――――――っ!!」
後半は声を変えて特大級の一発を放ってみたが……SOS団のカバー曲のことを考えると、この漫画の作者を知らないはずはないんだが……技を放った後も二人の表情にさほど変化は見られない。
「あ――――――――っ!幽○白書!!私にもようやく分かりました!」
ここまでヒントが出れば、裕さんやエージェント達も分かったようだな。圭一さんは見てなかったのか?
「ダメね。漫画のタイトルを聞いても何も浮かんでこないわよ」
「えぇ――――っ!?ハルヒ先輩たちSOS団でセー○ームーンの主題歌を歌っていたじゃないですか!」
「それと何の関係があるって言うのよ!?」
「セー○ームーンの漫画の作者の夫が書いた漫画が幽○白書なんだよ。どっちも売れに売れまくった超人気作だったから、残りの人生遊んで暮らせるほどだと一時期話題になっていたくらいなんだが、ここまで言ってもまだ出てこないのか?」
「漫画の原作者が誰と結婚したかなんてどうだっていいわよ!あたしにとって面白いかそうでないかで判断していたから、見ていたとしても面白くないから見なくなったに決まってるわ!」
どうやら、これ以上ハルヒ達に説明しても無駄のようだ。大半の人間は分かったみたいだから良しとしよう。ニューヨークの港に無事到着したところで、シャンパンの入ったグラスを持った。漫画の件は全然分からなかったクセに、乾杯の音頭だけはハルヒが取るらしい。
「とにかく、キョンがサルベージしてから随分長い時間がかかったけど、無事にタイタニック号をニューヨークに送り届けることができました!処女航海の成功を祝して……乾杯!」
『かんぱ~い!』

 

 タイタニック号の船首で酔い潰れて大の字で寝るなんて、最初に航海した当時から考えても圭一さんやエージェント達が初めてだろうな。酒で酔ってもいないクセにタイタニック号まで……『号』はつけない方がいいか。タイタニックまで話に入ってくるし、それを佐々木たちが根掘り葉堀り聞くもんだから、話が一向に終わりを見せなかった。処女航海を無事に終えた嬉し涙と、サルベージされるまで100年間も深海で眠ったままだった悔し涙、ついでに今までずっと話し相手がいなかった……というより話そうとしても通じなかったせいもあり、100年以上の歴史を泣き上戸で聞かされる羽目になってしまった。
「朝比奈さんも大分頑張ったみたいだけど、私たち以外のメンバーが酔い潰れるまで起きているのは、どうやら無理だったようだね。来週の私の当番の日と入れ替えることにして、今日は私にシャンプーと全身マッサージをさせてもらえませんか?ご主人様」
「こういうのは先に言った者勝ちになるのかい?次の自分の当番日と入れ替えるのはいいけれど、私にもご奉仕させてください。ご主人様」
「二人で俺のシャンプーやマッサージをしてくれるのはありがたいが、来週はみくるの当番の日が三日もあるのか?とりあえず、今回は佐々木に譲れ。来週の土曜なら時期的にも丁度いいだろ?」
「そうだね。今日、キミにご奉仕できないのは残念だけど、私もそろそろキミの遺伝子を注ぎこんでもらわないといけない。ちゃんと受精するまで付き合ってくれないかい?」
「ああ、そのつもりだ。影分身だが、皿洗いは二人でやろう。そのあとシャンプーと全身マッサージをしてやるよ」

 

 翌朝、社員食堂には社員と楽団員の大半が早朝から社員食堂に並び、近くの店舗の店長達も朝食タイムが終わってから店舗に向かっても十分間に合うからと本社を訪れていた。圭一さんからは『社員にパンを届けに来てくれないかね?』などと言われていたが、この分だと必要がなさそうだ。首相の発言の揚げ足を取って『スキー場で自分も働く』とぬかしたブラックリスト入りした連中ではないが、俺が化けたSPのセリフの揚げ足を取るかのように、二つの意味で職権(食券)乱用をしているようなもんだ。敷地内に入れもしないクセに、レストランの様子を撮影した記事で一面を飾った二社以外は、またしても俺のパンの件で一面を飾りやがった。相変わらずパンがどこにも掲載されていないのによくもまぁ、一面を飾ろうとする気になったもんだ。明日は明日でドラマの件で一面を飾ることになるだろうし、何と言うか、いけ好かない。一社か二社本気で潰してやろうかと考えてしまうな。建物自体を潰さずとも、その新聞社にあるカメラをすべて破壊するだけで十分。新しく買い揃えたものも容赦なく木端微塵にすれば一週間も経たないうちに新聞が出せなくなるだろう。真夜中の朝食では無くなった船首のテーブルに酔いを覚まして身支度を整えたメンバーが出揃う。
「有希、ここどこよ?日本の近く?」
「シンガポール付近。この辺りなら夕食時にはあのシーンが撮影できるはず。水曜までここに停泊する」
『修理されている頃から気になってはいたが、人間も妙な術を使うようになったもんだね。儂が海底で眠っている間にここまで進化を遂げたと言うのかい?』
「我々が特別なだけですよ。こうしてあなたと会話が成立しているのもその一つです」
『失礼千万な小娘ばかりかと思っておったが、ちゃんと年上を立てられる若造もいるじゃないか。しかも、儂好みのめんこい男よのう』
さすがの古泉でも全身に鳥肌が立ったらしい。こんな婆さんに惚れられてもな……というより、今頃気づいた俺もどうかと思うが、イギリス生まれの船がどうして日本語を喋ることができるんだ?しかも『めんこい』なんて東北や北海道の方言だったはず。今でもそうだが、復興支援で何度も足を運んでいるからな。聞き慣れてしまった。
「『失礼千万な小娘』の中に僕も入っているのかい?昨日は散々キミの話を聞いていたじゃないか」
『それが失礼千万だって言ってるのよ!年上には敬語を使いなさいよ!』
「どういうときに若返るのかは未だに分かりませんが、折角生まれ変わったんですから、その口調で通してみてはいかがです?確かにあなたの方が我々よりも長生きをしていることに間違いはありませんが、女性があまり『年上』という言葉を多用するのもどうかと。失礼にあたるとしても、敬語を強要するのも避けた方がいいでしょう」
『それもそうね。あんたの言う通り折角若返ったんだし、これから気をつけるようにするわ!』
言い分としては極めて真っ当だとは思うが、それを言い放ったのが青古泉だということにほとんどのメンバーが苦笑い。声色は違えども口調はハルヒだしな。日本代表チームが宿泊した後も、コイツだけここで暮らす何で言い出しかねん。
「それで、今朝のニュースの件はどうするおつもりなんです?」
「これまで通りだ。俺もあの新聞記事を見て本気で潰してやろうかとも考えたが、どういう策を取っても俺たちだとバレてしまう。明日もドラマの件で一面が俺になりかねないし、とにかく一般客がそこまで並んでも、朝食タイムが終わればそれでおしまいだと脳裏に叩きこむまでだ。社員や楽団員を規制するつもりもない。社員は社員でも、付近の店舗の店長達まで入ってきているようだけどな」
「そこまで大事になっているとは僕も驚いたよ。人事部に社員希望の電話が鳴っても、おかしくないんじゃないかい?」
「今募集をかけているのはデザイン課の社員だけだ。動機は不純でも、有希や朝倉が太鼓判を押すような人間だったら採用しても構わないと思っている。朝食のパンだけで有能な戦力が得られるのなら、いくらでも振る舞ってやるよ」
「今週はあんたが忙しくなるじゃない!木曜のビュッフェディナーまであんたが担当して大丈夫なの?」
「心配いらん。明日のディナーの仕込みは終わっているし、ビュッフェなら今作らせているところだ。明日、各中学校に配布する予定のパンフレットについては、状況に応じて影分身の数やパーセンテージを変えればいいし、明後日の番組収録はバレーの方を休む。とにかく、こういう時間も影分身に色々とやらせている最中だから、それに関しては気にしなくていい。昨日だって、本体はここで酒を飲みながら、影分身には子供たちに水泳指導をやらせていたくらいなんだ。何かあれば俺の方から伝えるよ」

 

 母親も含め、何かしら言いたそうな顔をしているメンバーが多かったものの、心配してくれているという気持ちだけ貰っておくことにした。異世界支部の方もランチタイムが長いこともあり、パンの売れ行きは良好。青ハルヒに早く社則について話して欲しいくらいだ。淡々とした練習試合も終え、監督にも明後日は練習試合に参加できないことを話しておいた。練習試合を終えてタイタニックへと戻ると、あのシーンを演じるには相応しすぎるくらいの夕陽に照らされていた。
「キョン!早くしなさいよ!日が暮れちゃうでしょうが!!」
『トップは正妻のあたしに決まっているじゃない!』と他のメンバーを制したであろうハルヒが船首に一人で立っていた。夕食の並んだテーブルには、おそらく『カメラには映らない』と条件づけられたステルスが張ってあった。「俺の本体でないと嫌だというのは十分伝わってきたが、練習試合で汗をかいた状態で抱きつくというのは流石に抵抗があるんだが?撮影するのなら髪も整えたいし、場所ならテレポートでいくらでも変えられるだろ?」
「いいからさっさと着替えなさいよ!みんなこの瞬間を待ちわびていたんだから!ボディーペーパーで身体を拭けば十分でしょうが!」
『キョン君、お願いします!わたしももう待ちきれません!』
やれやれ……これ以上時間を引き延ばすような真似をしていると本当にチャンスを逃してしまいかねん。園生さんを含め、撮影希望の女性陣が全員ドレスチェンジをしていた。OG五人がいないところを見ると、自室で着替えている最中のようだな。「すぐ着替えてくるから、もう少しだけ待ってくれ」と伝え、エチケット程度の簡単な処置をして船首へと戻る。佐々木は影分身で撮影するとして、OGは12人全員かよ。青佐々木まで順番が回ったら、古泉たちに譲ることにしよう。両腕を肩と水平に広げたハルヒの後ろから俺が抱きつき、年越しパーティで本人たちに見せてもらった例のシーンを、修理して甦った本物のタイタニックで演じていた。青みくるに主題歌を歌ってもらいたいくらいだな。それにしても、後ろから羨望の視線が痛いくらいだ。順番にやるんだったら、もう少しくらい待ってろ!
「カット。次、涼宮ハルヒ入って」
「ちょっと有希!もう少しくらいいいじゃない!折角の気分が台無しでしょうが!」
「駄目。今日は撮影のみ。気分に浸るなら明日以降にして」
おいおい、こだわるところが違うんじゃないのか?ハルヒに続いて颯爽とやってきた青ハルヒが夕陽を浴びて両手を広げていた。『早くご飯食べたい!』などと言いたげな子供たちが、不思議そうな顔で俺たちを見ていた。

 

 結局、タイタニックごとテレポートすることとなり、夕食を食べ始める頃には夜練が始まっていた。まったく、全員揃うのを待たずに先に食べるなんていつ以来だ?すべての撮影を終え、ようやく俺も夕食にありつける。
「ところで涼宮社長、社員全員を集めて会議をする件をもう少し早めてもらえないか?もしくは昼食の件だけでも各課で先に話してもらいたい。今日ですらお昼時は五階のフロアまで使っていたんだ。社員をそれ以外の時間帯に振り分けないと、近日中に三階の社員食堂が混雑することになる」
「たった数日でもうそこまで進展したの!?」
「80階で景色を眺めながら食べようとしたんだが、79階も含めて窓側は満席。仕方なく三階に降りてきた客が、匂いにつられてパンの食券を買っていた。ランチタイム後、どちらの社員食堂も椅子の数を増やしたが、もはや時間の問題だ」
「土日で面接をして今日から出社してきている社員もいますし、明日にでも会議を開いてもいいのではありませんか?敷地外に報道陣がうろついているうちに、我が社の服を着た社員を出社させて宣伝に利用しようと思っていたところです。デザイン課は佐々木さん達を除いてまだ五名しかいませんが、今後、自分のデザインをスケッチブックにまとめた人間が、入社希望の電話をしてくることになるでしょう」
「わたしも黄キョン君に賛成。もうこっちの世界の80階とほとんど変わらない」
「しょうがないわね……古泉君、明日の午前十時に放送を流して、午後五時に天空スタジアムに集まるよう伝えて!」
「おや?午後五時半ではないのですか?」
「フルコーディネートさせるんだから、一階の本店で服を選んでいる時間も必要よ!でないと、会議後に帰宅してもそこまでメリットがないじゃない!」
「なるほど、そこまでお考えでしたか。分かりました、では明日、そのように放送を入れることにします」
「それなら、俺も本店の店員としてこっちの裕さんと一緒につくことにする。黄俺、『鈴木四郎』の催眠を使ってもいいか?」
「その時間帯なら問題ない。パンの件で社員から聞かれるようなら、『売り切れになることはない』と伝えてくれ」
「分かった」
「えっ!?でも、キョン君。『鈴木四郎』の催眠をかけて天空スタジアムの閉鎖空間の条件を変えるんじゃ!?」
「会議の序盤に夜景を見せて、エレベーターで降りたことにすればいい」
「あっ、そうですね。ごめんなさい、わたしそこまで考えていませんでした」
「じゃ、それで決まりね!」

 

 遅い夕食と夜練を終え、タイタニックの客室で、いつものようにみくると二人でベッドに横になっていた。相変わらず、胸が潰れてしまうぞと言いたくなるくらい抱きついてくるみくるに、『みくるの背中から俺が抱きしめた方がいいんじゃないのか?』と聞いてはいるんだが、『キョン君と向き合ったままお話したいんです!』とお決まりのパターンで返ってくるばかり。やれやれ、もう少し自分のことを気にしてもいいんじゃないか?
「みくる、明日の午前中は時間あるか?」
「明日の午前中ですか?異世界でビラ配りをしているくらいですけど……あっ、今放送しているドラマを見せに行くんですね!」
「今回はアイツ等と一緒にドラマを見て、どんな反応をするか見てみたい。それに、第九話の方を先に見せてくれなんて言われそうでな。先週も直前までどうしようか迷っていたんだが、第七話の予告だけでなく、視聴者プレゼントの特典映像も見せた。ライブで踊ったダンスも見せる約束だし、アイツ等がどんな反応をしながら見ていたのか気になるし、ドラマとダンスの間だけだ。みくるの代わりのビラ配りなら俺が出る」
「それはダメです!ただでさえ異世界支部の方のパン作りまでしているのに、いくらビラ配りでもこれ以上は負担が大きすぎます!青チームのキョン君にわたしから話しておきますから、キョン君は他のことに集中してください!」
「そうか、なら青俺に任せることにする。それで、アイツ等と一緒にドラマを見るのはOKってことでいいのか?」
「わたしもどんな反応をするのか知りたいです!一緒に見させてください!」
「ちなみに、第七話だろうが第九話だろうが、ハルヒ達が催眠をかけた状態で出演しているし、アイツ等にハルヒや有希だとバレると思うか?それに、第七話の例のシーンだけ本物の鶴屋さんが出演していることもな」
「あ……そうですね。でも、今までのことを考えると、みんなバレてしまいそうです。鶴屋さんも含めて全員」
「みくるとちょっとした賭けでもしようかと思ったが、二人の意見が同じじゃ、やっても仕方がないな。それに何を賭けようかで迷ってしまう」
「わたしは、キョン君に言われたことなら賭けでなくても何でもやりますけど、もしキョン君と賭けをするなら、早く温泉旅行に連れて行ってもらいたいです!」
「週末でなければ可能だろうが、ドラマが終わるまでは避けた方がいいんじゃないか?アイツ等、催眠だけでなく影分身まで本体ではないと見抜いてしまうかもしれん」
「わたしも早く影分身が使えるようになりたいです。ハルヒさんが一夫多妻制のことをOKしてくれたあの日から、キョン君がずっと影分身の修行をしていたことを知っていたのに……」
「修行の様子を見る限り、どっちのみくるも青圭一さんももう少しのところまできている。ジョンだって影分身に関しては習得したとしても使えないと見切りをつけていたんだ。俺も影分身を持て余すほどにまでなるとは思わなかった。修行を始めた時期が違うだけに過ぎん」
「キョン君、今日はキョン君に抱きついたまま寝かせてくれませんか?」
「お安い御用だ」
みくるの髪を撫でて抱きしめていると、しばらくもしないうちに寝息をたてていた。

 

 ジョンの世界では相変わらずの光景が広がっていた。青ハルヒはピッチング、みくる達と青圭一さんが段ボール作り、妻と青OGが零式の練習、残りのメンバーは180km/h投球を受ける役とバットを持って打ち返す役。妻の零式改(アラタメ)はもう精度を落とさない様にするだけだし、青OGの方は無回転のトスで零式を撃つ練習。それももう零式の回転としては十分だ。あとは白帯に当てる位置を安定させるだけ。集中力も高まってきているし、連続成功するまでもう一息だ。四月二日に控えた試合に向けてバッティング練習している青有希や青佐々木も随分飛距離が出るようになった。佐々木がバッターボックスに立ったときのあの極端な守備形態になったとしてもレフトの頭上を行く球を飛ばすことができるはず。あとは青チームやENOZが司令塔抜きでも、本来のダイレクトドライブゾーンで闘えるようにするだけだ。俺も夜練以上の球速で球を投げ、青チームを相手にダイレクトドライブゾーンで勝負を仕掛けていた。
「そろそろ三人とも影分身ができるのではありませんか?朝比奈さんには早急にこちらに戻ってきていただきたいのですが……」
「でもわたし、OG達のようにまだそこまで量を作れるわけでもないですし……」
「試しに一度やってみたらどうかしら?試してみてダメだったら段ボール作りに戻ればいいわよ!わたしも有希さんも冊子の情報結合はやっていたけれど、そこまで数は作れなかったわよ?」
「……分かりました。やってみます」
不安気な表情をしていたが、青古泉と青朝倉に背中を押されて、三人同時に影分身を情報結合してみることに。結果を先に述べるなら、影分身に成功したのは青圭一さんのみ。成功したとはいえ、意識が朦朧として倒れそうになっていたけどな。やはりどちらのみくるも超能力に関しては、周りのメンバーよりも時間がかかるらしい。段ボールと冊子とでは、やはり情報量に違いがあったようだ。みくる達はすぐさま情報結合に戻り、青圭一さんは本体と影分身の二人でこちらも段ボールの情報結合を再開した。
「圭一さんが影分身に成功したのはわたしも嬉しいけれど、朝比奈さん達も情報結合ばかりじゃなくて、たまにはバレーの方にも参加してみるのもいいんじゃないかしら?」
「僕もそうしていただきたいところですが、本人たちが納得しないでしょう。彼の受け売りですが、『何事も修錬』です。我々は一日でも早い参戦を祈るだけです」
青古泉の一言に周りにいたメンバー全員が首を縦に振り、それぞれの練習に戻っていた。

 

 ジョンの世界を先に抜けたのは俺と青有希、青OGのいつもの三人。だが、あと二週間もしないうちに青ハルヒも同じ時間に降りてくることになるだろう。ホテルの予約がどれだけ入るのかは分からんが、ホテルがOPENした時点で青新川さんも朝、昼、夕の三食を作ることになる。半年間任せていたメンバーの食事の支度が俺に戻るだけの話だ。何の支障もない。各新聞社の一面はやはり昨日のドラマについて。堂々とみくるや青ハルヒの下着姿を載せるようなことがあればどうしてやろうかと思っていたが、どうやら杞憂に終わったらしい。ついでに、見出しに『キョン八先生』などとつけてくるところが出てくるかとも考えていたが、授業や部活でのクオリティについての見出しばかり。『憧れの教師像!?英語科教諭兼バレー部顧問!2年A組キョン先生!』等の見出しでドラマのシーンを抜粋したものばかり。ネイティブな発音もバレーのトスも全国に周知されていると言ってもおかしくないと思うんだが、どうしてここまで大袈裟に掲載しているのかさっぱりだ。
「この後電話がどうなるかはさておき、パンフレットを届けに行ったあなたがどのような扱いを受けるのか楽しみですね。パンフレットを渡したときの反応も含めて、夕食の際に聞かせてください」
「ランジェリーの件なら男女両方からの問い合わせが殺到中だ。第三人事部をこっちに回して正解だった。有希、サイトの方にも記載しておいてくれるか?第七話以降のランジェリーは夏場に発売予定だってな。俺ももう少し早く気付いていれば対策も立てられたんだが……」
「分かった。でもサイトにUPするならドラマ終了後でないと駄目。今からでも十分」
「ちょっと待ちなさいよ!なんであんたが電話対応しているのよ!?朝早くから来ているとかいう社員達に任せればいいじゃない!」
「その社員達にどう対応するか知らせるためだ。ついでに、この後教育委員会と各中学校を訪れるためのアポイントを取る。教育委員会はまだ出勤していないだろうが、中学校の方はこの時間に電話をかけても何人か教員がいるからな。管理職か二学年の教員につながればそれで済む。人事部が稼働する前にアポイントを取ってしまいたかったんだ。俺の携帯で一件ずつ電話をするのも面倒だったんでな」
「相変わらず、行動が早いですね。アポイントが取れたのであれば、すぐにでも交代させてください。サイトにも告知するのであれば、ランジェリー関連の問い合わせは午前中には納まるはずです」
「それもそうだ。あとは我々の方で処理することにする」
「じゃあ、すまんがそれで頼む。ただ、何台かは俺にやらせてくれ。全ての中学校に届けるには午後も出る必要があるんでな」
「中学校に届けに行くだけなら、あたしも手伝うわよ!あんた一人で背負う必要なんてないじゃない!」
「前にも話していただろ?今朝のニュースでドラマの件を報道された上で、俺が直接中学校に足を踏み入れたらどうなるのか知りたかっただけだ。もうアポイントを取ってしまったところもある。もし、俺の代わりに何かをするというのならバレーの方に出て欲しい。男子の練習試合に参加しているから、バレーだけは俺の影分身では対応できない」
「それなら午後の試合にわたしも出させてください!」
「私たちも当分ライブはないし、バレーの方に専念させて!」
「しょうがないわね!あたしが試合に出るからには徹底的に叩きのめすわよ!」
ハルヒが俺のことを心配してくれるのはありがたいが、必要なこと以外は好きでやっているだけだ。毎日のようにハルヒ達と抱き合っているし、曜日毎に妻たちのシャンプーと全身マッサージを受けているんだ。疲れやストレスなんて全部吹っ飛ぶ。俺にはできないことをやってもらえればそれでいい。……って、英語の授業に出るのなら影分身で済むが、バレー部の球出しを頼まれたらどうしたものか……まぁ、なるようになるだろ。

 
 

…To be continued