500年後からの来訪者After Future9-4(163-39)

Last-modified: 2017-01-30 (月) 09:43:15

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-4163-39氏

作品

リクエストディナー第二位の野菜スイーツ食べ放題も終わり、バラエティ豊富なはずのトマトがなぜか人気が無いという結果が得られた。圭一さんの人参嫌いは相変わらずだが、給食の人参が不味いと言っていた子供たちも野菜スイーツの人参なら食べられると大人顔負けの食欲を見せていた。翌日、ようやく完成したカレーを持って未来のジョン達の時間平面に出向き、シェルター内の人々にカレーを振る舞うのと建物の復旧作業。その帰りに未来のみくるたちの時間平面にまで寄る羽目になってしまったが、まぁいい。OG六人のアイドルデビュー、男子日本代表の練習試合申込みと、今後の行く末を大きく変化させる連絡が人事部に飛び込んできたが、普段と肉の味が違うと言い出したシャミセンにハルヒと佐々木が同意した。

 

「ちょっと待ちなさいよ!熊なんて今の時期は冬眠しているはずでしょうが!どこから獲って来たのよあんた!」
「なぁに、気晴らしに北極で白熊と闘ってきただけだ。これがその戦利品。まだ沢山あるから来週あたり日本代表のディナーでも出そうかと思ってる」
『北極で白熊と闘ってきた!?』
「自由の女神の頭の上で食事したり、ハワイの海で自然水族館を満喫したり、キョン先輩のスケールが大きすぎてついていけそうにないです」
「あんた、旅行中にそんなことまでしてきたわけ!?あたしも連れて行きなさいよ!」
「平日は夕方しか出られない分、土日は双子がバレーから離れないんだ。長期休業に入ってからにさせてくれ」
「しかし、気晴らしに白熊と闘ってきただけならともかく、よくこれを調理しようと考えたもんだね。キミのことだから、サイコメトリーで僕たちやシャミセンに害がないことは確認しただろうけど、何か他にも理由がありそうだ。どうして熊肉を使った料理を作ろうと思ったんだい?」
「日本じゃあまり知られていないが、中国で熊肉は超高級食材。中国人は山道を歩く途中で松茸を拾ってもそのまま草むらに投げ捨てるくらいだが、熊肉、特に熊の手は稀少価値が高く、コラーゲンが豊富に含まれる。熊の手一つで約六~七万円くらいだそうだ。女性陣には少量ずつだが、その熊の手の肉球にあたる部分を熊汁の中に入れておいた。熊肉の中でも肉球の部分が一番コラーゲン豊富で、身体を温め、滋養強壮の効果もある。コラーゲンが美容と美肌に効果的なのは言わなくても知っているだろ?ついでに熊汁ってのは熊肉を使った和風汁のことだ。今日は五穀米と熊汁、熊肉の肉野菜炒めを用意した。熊肉を食材として使おうと思った理由の一つだ」
「キョン君、コラーゲンが豊富に含まれているのなら、食べる前に先に言って欲しかったです!」
「私も熊の手がそんなに高級だなんて初めて知りました」
「くっくっ、男子日本代表がここに来るってことと、彼女たちのアイドルデビューの話が挙がってしまったら、いくらキョンでも、話の最中に別の話題を割りこませることなんてできるわけがない。そっちの方がよっぽど大事だからね。それで、他の理由というのも教えてもらえないかい?コラーゲンが豊富に含まれているだけじゃ、食材として扱う理由にはならないんじゃないかと思うんだけれど、どうだい?」
「ああ、やるんじゃなかったと思ったよ。二日前にこれを作り始めて今日までかかってしまった」
『二日前ぇ!?』
「あんた、大量のカレーを作っていたはずでしょうが!どこにそんな暇があるのよ!?」
「効果は全く得られなかったが、俺が熊肉を調理した最大の理由。それは、カレーの匂いを熊肉の仕込みをするときの刺激臭でかき消すためだ」
「有希や黄有希の嗅覚に異臭で対抗したってことか?こんな状態にならないように」
「うん、それ、無理。どんなに他の匂いで覆っても、有希さん達の嗅覚はカレーにしか反応しないわよ」
「有希たちに効果がないことが判明しても、途中で投げ出すのもどうかと思ってな。たった一回きりだが、コラーゲンが豊富に含まれている料理なら、女性陣も喜ぶだろうと考えたまで。熊の手をここにいる女性陣の分だけ用意するために何匹も狩ることになってしまった。まだ残っているから食べたい奴は食べてくれ。バレーの練習や試合でカロリ―は消費しているんだから、太るなんてこともないだろ?」
「午後から試合に出るって自分で言ってたのをすっかり忘れてたわ!あたしがいただくわよ!」
『私もおかわりします!』
「そういえば、高校の頃に有希がやってたゲームにあったわね。モン○ターハンターだっけ?」
「彼の場合、武器はまったく使っていないでしょうけどねゲームの世界観まで実現させるとは驚きましたよ」
「しかし、熊肉は他の肉よりも硬く、ここまで薄くスライスするには半冷凍の状態で切るか、業務用のスライサーでもないと切れないはず。まったく味を落とさずに一体どうやって……」
「彼は普通の料理人ではありませんからね。自身の超能力と集中力でミリ単位の正確さでスライスしてしまったんでしょう。青新川さんが驚くのも無理もありません。おっと、この肉の薄さを考えるとそれ未満ということになりそうです」
園生さん、森さんも含めたほとんどの女性陣が二杯目の熊汁を取りに来た。有希は昼食と野菜スイーツの残りを平らげ、青有希はようやく昼食を食べ始めた。

 

「それで、男子日本代表の件は結局どうするのかしら?」
「夜練のことは古泉たちが入ればそれで解決だが、男子日本代表は夕食を摂りにホテルへ戻って、また本社に来ないといかん。ビジネスホテルの料理で栄養分を考慮に入れたものが出てくるとは到底思えん」
「来年度のオンシーズンを迎える頃には青新川さんも異世界支部の方で調理に追われそうです。オンシーズン中のわたし達の食事の支度はわたしがやります!」
「みくる、それはどうしても間に合わないときだけでいい。朝は青ハルヒも手伝ってくれるし、基本は古泉と青ハルヒに任せる形になりそうだが、オンシーズンのディナーに関しては日本代表全員分の仕込みをして、男女で違う日に振舞うことにする。調理スタッフの募集は朝の方もかければ三階でも朝食メニューを出すことができるだろう。ディナーは男子が五階、女子が三階だ。その頃までに四階にも調理場を設けて楽団員はそこで夕食を食べてもらうことにする。俺も三枚ブロックの戦略については男子の日本代表にも叩き込むつもりだったんだ。古泉にも青ハルヒにも影分身を更に磨いてもらう。ようやく土地の使い道が見つかったんでな」
「土地の使い道とは一体どういうことだね?」
「おでんやのさらに隣にSOS Creative社の別館を建てる。日照権の関係で何階になるのかは俺にも分からんが、ツインタワーと同じ70階を予定している。芝生や駐車場のスペースは確保せずに一階は店舗にして入口近辺にマネキンを何体も置く。本社一階が本店なら、別館一階は『別館店』ってところか。古泉、人事部に電話対応のための影分身を二体、交渉に赴く影分身を一体、本体で午後の試合に出てくれ。なるべく少ない意識での電話の対応や、ゾーンに入る修行と、14日まではできるだけOGに指示を出させるためのハンデだと思ってくれればいい。別館の建設が半分ほど終わったところで男子日本代表を別館に宿泊させる」
『別館を建てる!?』
「なるほど、土地の使い道とはそういうことでしたか!社員食堂の味に負けて撤退していったチェーン店の土地に新居を建てるから移って欲しいと交渉するわけですね。ハルヒさんの料理の味がこのような形で公の場に姿を現すとは思いませんでしたよ!本社前の土地も我が社専用の駐車場として利用してしまいましょう。関係のない車は入れない様に閉鎖空間で固めておけばそれで済みます!ようやく売約済みの札が取れそうですよ!」
「あたしの料理に文句でもあるって言いたいわけ!?」
「逆ですよ。ハルヒさんの料理が我が社の第二支部建設計画を実行に移させた功績というわけです!」
「ふむ、それならいいわ」
「とにかくだ。午後一番にでもマネージャーに返答をする必要がある。ホテルには宿泊するだけで食事はすべて本社ですること、大浴場や洗濯機の使用もOKだと伝えてください。ただし、ダイレクトドライブゾーンで俺たちと闘う場合は、ネットの高さが女子のものになると念押しをお願いします。古泉、本社と同じ広さの土地を確保してきてくれ」
「了解しました」
「分かった、すぐにでもその条件でマネージャーに折り返すことにする」
「それじゃ!日本代表選手にダイレクトドライブゾーンを叩き込みに行くわよ!」
『問題ない』

 

 土日の件については夜にでも話すことにして、OGの母親たちにも出してみることにしよう。ハルヒが有希を引きずってエレベーターを降りてゆき、青俺と青朝倉が青有希を急かしていた。カレー作りと熊肉料理に影分身を割き、ドレスチェンジした本体で体育館へと足を踏み入れた。漫画と現実の影分身のメリットとデメリットの違いは漫画の方はいくら影分身をしても100%の意識でいられること。ただし、影分身を解いた際に経験値は得られるが、その分疲労もすべて蓄積されてしまうこと。俺たちの影分身の場合は影分身の数だけ意識が割り算され、使い始めた頃は朦朧とした状態になってしまう上に、いくら影分身で修行を積んでも本体にはほとんどリカバリーされないこと。だが、閃きや勝ち得た知識を共有できる。加えて、どれだけ作業をしても影分身の疲れが蓄積されることも無く、精神的な面でも同期さえしなければ情報結合を解除するだけでイラついたりすることはない。ベンチの前に立ち、コート内にはハルヒ、強引に連れてこられた有希、古泉、妻、OGセッター、財前さんの六人。他のOG四人は別のコートで日本代表と試合中、ENOZの残り三人は選手控えスペースでスパイク後のバックステップの練習中。セッターも二人いるし、有希なら俺がやったプレーくらい平気でやってのけるはず。OGセッターが狙われてもそのままバックアタック等で対応すればいい。この六人でダイレクトドライブゾーンをやるのなら、有希は当然攻撃側。財前さんのサーブから練習試合が始まった。ENOZの四人も安定したジャンプサーブを放つようになったし、試合経験は豊富なはずなのだが、ハルヒ達と自分を見比べているせいか、あまり自信が持てないらしい。ライブのときのように堂々とコートに立てばいいと思うんだが……俺の後ろには報道陣とOGのファンらしき一般客が場所を取り合うように観客席を埋め尽くしていた。他の四人の方も同様か。これで撮影中のカメラがブレたりすればそれはそれで面白いし、暴動が起きればどちらも敷地内への出入り禁止が確定する。安いプライドだけを武器に勝手に争っていればいい。しかし、青古泉もできるだけ参加するようにと声はかけたんだが、ハルヒが有希を連れて来たせいだろうな。三枚ブロックというわけでもないし、セッターや選手が足りている状態で影分身を出すのはおかしいと判断したようだ。
『バック、舞!』
一セット目の最中、妻のテレパシーが届いた。その瞬間コート内の六人がピタリと止まったが、財前さん以外の四人がすかさず攻撃態勢に入る。相手の采配は読み通りバックからのストレート!財前さんに向かって真っすぐスパイクが飛んでいく。攻撃的なレシーブを見事にバックトスで上げ、ハルヒのCクイックが炸裂した。采配を読み取った妻に残り五人が駆け寄る。
『とうとうやりましたね!采配を読んでコースまで見極めるとは。お見事です!』
『キョンから聞いた見分け方で見ていただけです。本当に右手が先に出ていたのでバックしかないって思って』
『とりあえず、集中力を鍛える意味でも口頭で指示を出すのは十四日以降だ。間違えてもいいから、「ここだ!」と思ったらすぐに指示を出していけばいい。指示するのを怖がっているといつまで経っても自信がつかん』
『分かった』

 

 本人にはそう伝えたが、今日の段階で読めるのは攻撃に参加できる選手がまだ少ないから。セッターからすれば、『選択肢が限られてここしか選べなかった』という状態だ。当然、今のプレーだって反応が早かったのはバックだけでは無かったが、セッターも考える時間を与えてもらえないせいで即断即決をするしかない。迷えば、即ホールディングの笛が鳴る。そのデメリットがあったとしても、俺たちならそれを乗り越えられるだけの信頼と集中力がある。判断ミス、指示ミスは互いにあったものの、セットを重ねるごとに次第に少なくなっていった。ENOZも順番に一人ずつ参戦し、岡島さんが出たときのスイッチ要因は有希から岡島さんに変わるようにと伝え、見事にスイッチ要因としての役割を果たしていた。夕刻、ユニフォーム姿で現れた子供たち三人をコートに入れて、ハルヒや有希、中西さんとメンバーチェンジ。「有希はともかく、どうしてあたしまで出なきゃいけないのよ!」なんて言い出すかと思ったが、ハルヒの代わりに双子が暴れてくれるんだ。練習試合が始まってから散々暴れまわった分と双子の暴れっぷりを見ている分とで満足のようだ。ハルヒと有希、双子の反応速度と、妻と古泉の集中力でセット自体はこちらが勝ち得たが、日本代表選手たちは満足気な表情で練習試合を終えた。
「あのー…わたしが言えるようなことじゃないんですけど、毎晩こうやってお酒を飲んでいて、その後に夜練なんて古泉君大丈夫なんですか?いくらゾーン状態でも変化球まで投げるなんて……」
「女子日本代表相手ならたとえズレたとしても大丈夫ですよ。黄古泉の代わりに俺たちが男子日本代表にストレートを投げるだけです」
「そのことまでは朝比奈さんに言われるまで考えていませんでしたが、少量なら心配はいりません。ですが、バレーや超能力の修行と違ってなかなか成果が現れなくて困っているんです。未来の僕がどうやって酒に強くなったのかご存じありませんか?」
「聞いたことはあるが……この場で話すような内容とはいえない。古泉自身が恥ずかしい思いをするだけだ」
「そんな風に言われると……あたしも聞いてみたくなったわね。話を振ったのは黄古泉君だし、いいわよね?」
「どうやら、未来の僕の失敗談が絡んでくるようですね……致し方ありません。僕も酒に強くなりたいので是非教えてください」
「先に言っておくが、今後将棋を指すときに根掘り葉掘り聞くなよ?話自体は至ってシンプルだ。本命の女性を何度も食事に誘って二人でレストランに行くんだが、その度に酒の弱さで失敗して結局見放された。それ以来、毎日のように酒を浴びる程飲むようになったが、いくら飲んでもその人のことが忘れられないと酒を飲み続けていたそうだ。その結果、いくら飲んでも酔えなくなったってわけだ。本命の女性が誰のことなのかまでは聞けなかったが、そういう経緯らしい。その間の仕事はどうしていたのかなんて事までは俺も聞いていない。ただ、どのくらいの期間になるかは分からんが、男子日本代表が本社にくるようにまで発展した現状で古泉を長期間欠くとなると、他のメンバー全員の負担が倍増することは間違いない。告知に行っている間の俺と違って、影分身も使えないからな」
『本命の女性とレストランへ行った』というのは真っ赤な嘘だが、『ハルヒのことが忘れられず酒を浴びるように飲んでいた』のは事実。有希やみくる、園生さんもそのすり替えに気付いている。
「くっくっ、彼にとってよっぽどショックだったんだろうね。この時間平面上はジョンが来た時点で、他の時間平面では考えられないほど変わってしまったそうだけれど、古泉君の気持ちが同じだったとしたら、彼の本命というのも、園生さんだったのかもしれないね。彼の取った方法で酒に強くなるというのも、キョンの言う通り難しそうだ。今、キミを欠くわけにはいかないよ」
「参りましたね。確かに、こうしてメンバーが揃って新川さんの料理を堪能するようなことができない状態であれば、高級レストランに誘うことも十分考えられます。あなたのおっしゃる通り、今現在もおススメ料理の火入れをしているような状態で男子日本代表まで迎え入れるとなると、特に料理面であなたや涼宮さんにご迷惑をおかけすることになってしまいそうです。今講じている対策を一段階上げてもよさそうな気もしますが、夜練のことを考えるとステップアップすることは難しそうですね」
「ステップアップするのなら、今を逃すと10月までチャンスが無くなる。夜練の日は酔いを覚ませばいいし、男子日本代表にストレートだけしか投げないうちに始めた方がいい。一段階上げてもいい時期にはなっているからな。それと、古泉と青古泉の投球練習だが、俺たちが夜練に出ている間に体育館を使ってやってみて欲しい。ジョンの世界に行ったらアップ後すぐに練習試合に入ってもらいたいんでな。誰かキャッチャーを引き受けてくれないか?」
「時間に余裕はありますし、出来ないことはありませんが、そこまで慌てなくともいいのではありませんか?」
「駄目よ!あたし達が少しでも早く反応できるようにならなくちゃ、女子も男子も中途半端なダイレクトドライブゾーンで世界大会に臨むことになるわ!あたしも双子に負けたまま黙っているわけにはいかないし、アップした後すぐに練習試合開始よ!」
「面白そうね。戦闘力3000000でどれだけのスピードが出るのか確かめてみたくなったわ。有希さんも一緒にどうかしら?」
「分かった」
「すみませんがよろしくお願いします」

 

「それから、朝倉が指定したリミットまでかなり迫ってきた。古泉たちの投球を見に行っても構わないが、今晩中に異世界の製本作業は終わらせて、こちらの世界の製本作業に入ってくれ。青有希も今日はジョンの世界に来て製本作業に参加すること。カレーを食べる夢でも見ようとしていたら青俺が叩き起こしてくれ」
「えっ!?黄キョン君、どうしてそのこと……ってサイコメトリー?いつの間に……」
「サイコメトリーなんかしなくても、有希の考えることくらいここにいる全員容易に想像できるぞ!黄俺の言った通り、ジョンの世界に来なかったら叩き起こすからな!」
「……分かった」
「今夜中に120万部なんて作れるのか心配ね。今どのくらいまできているのか教えてもらえないかしら?」
「それならジョンが集約してくれている。ジョン、異世界の冊子は何冊あるのか教えてくれ」
『53万部だ』
『ちょっと待ちたまえ』
「キミってヤツはこんなときにまで自分の嗜好品をからめてくるのかい?そのくらいの冊数になっていてもおかしくないだろうけれど、本当は何部できているのかはっきりとした数字を言いたまえ」
『正確には528430部だ。何なら、今すぐこっちに来て確かめるか?』
「どうやら、冗談を言っていたわけではなかったようですね。今晩中におよそ70万部の製本作業を終えようとすれば、我々の投球練習を見に来ているような余裕は無さそうです」
「キミを疑ったりして悪かった。許して欲しい。この通りだ」
「俺も53万部と聞いて一度は疑った。言葉にはしていないが、他にも俺や佐々木たちと同じことを考えたメンバーが何人かいるだろう。何にせよ、このノルマが達成できないと、こっちの440万部も難しくなる。ただ、情報結合を続けていれば次第に一回で製本できる冊数が増えてくるはずだ。『焦って乱丁になるよりは確実に』といいたいところだが、『速く正確に』というのがベストだ。青OGと青有希、青朝倉で出来る限り仕上げてみてくれ。罰ゲームがあるわけでもないからな。練習試合の方はハルヒ達六人に、古泉、青ハルヒ、青みくる、青古泉、幸、岡島さんで対抗してくれ。俺とジョン、朝倉はバトルを続ける。有希と美姫の采配はゾーンでは読めない。古泉は采配を読むことより、出来るだけ早く攻撃態勢に入ることをメインでやってみてくれ。青古泉と岡島さんをセッターとして固定する。みくるや青佐々木、青鶴屋さん、榎本さん達はそれ以外の四人と交代で練習試合に参加して欲しい。佐々木は審判くらいならできるはずだ。影分身で副審や線審を頼む」
「下克上とは面白くなってきましたね。僕の入る枠を空けていただきます!」
「上等よ!今夜も全セットをあたし達が勝ち取ってやるわ!」
「わたしも織姫と一緒のチームになる!」
「練習試合に参加するメンバーの目標をこの場ではっきりさせておく。生放送での試合をインタビュー込みで二時間以内に終わらせてくれ。でないと、視聴者……特に古泉やみくるのファンからすれば、生放送を見てからドラマの方にチャンネルを切り替えることになるはずだ。つまり、二時間以上かかってしまうと、折角撮影したドラマを見てもらえなくなるってことだ。編集したオープニングを見てもらえなければ、Super Driverも聞く回数が減ってそこまで浸透しないことになる」
「問題ない。わたしが終わらせる」
「それは困ったね。僕もできるだけ貢献できるように練習しておくよ」
『あたしに任せるにょろよ!』
『あたし達で撮影したドラマが、あたし達のせいで見られなくなるなんて冗談じゃないわ!日本代表が勝ちに来たとしても、全セットあたし達の手でぶんどってやるんだから!』

 

「ところで、男子日本代表の件は結局どうなったのかしら?」
「それなら、マネージャーも喜んでいたよ。すぐに本社に向かうバスの手続きをするそうだ。どうやら、向こうも食事の面で管理栄養士が気にしていたらしい。ダイレクトドライブゾーンのときの条件は監督や選手に伝えておくそうだ。この練習にネットの高さは関係ないからね」
「すみません、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「くっくっ、さっきの酒の話じゃないけれど、キミのお願いなら満場一致で『問題ない』と出てくるんじゃないかい?ここにいる全員のキミに対する信頼度は、言葉に表せないくらい高いはずだよ」
「僕が言うセリフではありませんが、青佐々木さんも大袈裟です。ですが、折角士気が上がっているのを下げてしまうことになりかねないので少しばかり言いにくい部分もあるんですが、この土日の練習試合は僕と彼女、それに、こちらのOGのセッターと子供たちの六人だけで闘わせてください。今日のように少しでも相手の采配を読めるようにと思っているのですが、いかがでしょう?」
「そんなもの、他に出たいメンバーがいれば違うコートに入ればいいし、練習用体育館にネットを張ってやったっていいんだ。何の問題もない。事のついでに伝えておく。今日の夜練後、練習用体育館にも観客席をつける。コート付近にカメラマンが立たれると邪魔だ。それを排除するためだと思ってくれ。どの道、十五日の水曜まで練習用体育館は使わないからな。客席ができていても不思議に思う人間もそこまではいないだろう。それから、昨日と今日でOG達を見にきた一般客が、平日にもかかわらずあれだけ大勢いたんだ。この土日は観客席が埋まるほどでもないだろうが、かなりの数が来ると思っていてくれ。OG六人はオフシーズンになっても、基本は赤いユニフォームやジャージで練習に参加して欲しい。見に来るファンも見つけやすいはずだ」
「子供たちが日本代表とチームを組むわけじゃないし、黄俺の言う通りだ。俺も異論はない。ところでハルヒ、古泉と残りのOG四人で試合に出てみないか?もう店舗のアルバイト達も接客に慣れてきたし、こっちのOGがいるから心配いらん。俺たちが抜けても支障はないはずだ。ビラ配りも俺がハルヒの催眠をかけて出る。サインならペンをサイコメトリーするだけで十分だ」
「それは僕も嬉しいですね。異世界支部のシートを解除してからは人事部の電話対応に追われそうですし、今のうちに出ておきたかったんですよ。OGのスイッチ要因の練習にもなりますし、こちらも六人で丁度いいかと」
「あたしも少しでも練習がしたいし、あんた達がそういうのなら出てみようかな」
「でも、私たちのファンって言われると、世界大会に出るのと違って何だか恥ずかしいです」
「SOS団のダンスのバックバンドとしてライブに参加していた子の発言とは思えないわね。でも、練習試合が始まったら、そんなことを考えている暇は無いんじゃないかしら?」
「黄朝倉さんのおっしゃる通りです。攻撃態勢に入るのが遅れると選択肢が限られる上に、僕がホールディングを取られかねません。それに、余計な雑念が入っていては対戦相手に失礼というものです」
「古泉の言えるセリフとは到底思えないが、最近の古泉の言動を聞いている限り、それも綺麗さっぱり消え失せたらしいな。これで二チーム完成ってことでいいか?」
『問題ない』

 

「ようやくレストランの方も一段落したみたいね。平日は現地の人たちで何とかなっても、さすがに週末は厳しいわね」
「そのようですね。こちらの方もようやく終わりました。これで投球練習に入れそうです」
「ディナーにしろ、おススメ料理にしろ、影分身で対応できるようになったのは飛躍的な成長と言えるんじゃないかい?去年の今頃は、全員揃って食事をしながら会議をしているなんてほとんどできなかったんだからね」
「青俺、昼の会議の最中に話に出た件でちょっと考えてみたんだが、来週の日曜日の午前中に俺たち二世帯でハワイの天然水族館に旅行に行かないか?ハルヒも『あたしも連れて行きなさいよ!』なんて言ってたし、ビラ配り用の影分身は残すことになるだろうが、子供たちもバレーばかりだからな。どちらかと言えば、練習より試合がしたいようだし、勉強も兼ねてどうだ?」
『水族館!?キョンパパ、わたしイルカ見に行きたい!』
「イルカを見るとなると、ハワイじゃなくなりそうだが、仕事に支障はないし、有希や幸がOKなら俺も構わない」
「わたしも水族館に行く!」
「問題ない。子供向けの図鑑を持って行く。黄キョン君、わたし達も一緒に連れて行って」
「有希、あんたは?」
「分かった。わたしも参加する」
『じゃあ私は69階で製本作業の続きをしてきます!』
「では、我々も体育館へ向かうことにします」
「俺たちは夜練だな」
青有希も製本作業があるだろうからと片付けをW佐々木が担当し、カレー作りも今日はここまで。しかし、朝昼晩と長い会議が続いたもんだ。色々とあったものの、一つずつ片付けていけばいいだろう。朝食と夕食のスタッフ募集の垂れ幕は垂らしたし、ジョンの世界でやることは伝えた。あとは夜練後に練習用体育館の改装と寝る前に本社前の土地にシートを張るだけだ。

 

 翌朝、ジョンの世界に来ていたメンバーのほとんどがに満足気な顔で81階に現れた。練習試合チームはダイレクトドライブゾーンの応酬を繰り広げ、OG達は六人とも影分身を出して一部ずつ作るところから再スタート。先に影分身を習得していた二人は一体につき50部を一度に製本できるようになっていた。青OGの方は一人で情報結合していたメンバーは100部ずつ、変態セッターに至っては本体を含めて五体で製本作業。一体につき50部、合わせて250部を一回の情報結合で作ることができるようになっていた。俺の課したノルマも見事にクリアし、古泉が念のためサイコメトリーで確認したが、「確認する必要はありませんでしたよ」と一言。一人で情報結合を続けていた青OG四人もこちらの世界の冊子の製本に切り替わったところで影分身を発動。こちらのOGと同様、一部ずつ情報結合するところから始めていた。出来上がった異世界用の冊子は30万部ずつに分けて青古泉へと手渡された。調理場では青ハルヒが月曜のディナーの仕込み、俺がカレー作りを始め、本体は他のメンバーと共に朝食を摂っていた。今朝のニュースはホテルのレストランに入れるところはレストラン内の様子を、入れないところはバレーの様子を一面に飾っていた。会社存続の危機に俺たちが救済措置を与えてしまっているのは納得がいかないが、二月末頃から次第に売れなくなっていくだろう。
「この会社ができた頃のキョン先輩の苦労が良く分かりましたよ」
「そういえば、最初は各社10万部からスタートしたんでしたね。我々がバレ―に打ちこんでいる間、品物も含めてすべてあなた一人で仕上げてしまうんですから、まさに『何事も修錬』ですね」
「先に今日のノルマを伝えてしまおう。明日の朝までにこちらの世界の冊子200万部だ。既に90万部を作り上げているようだから十分間に合うだろう。そろそろ零式や零式改(アラタメ)が撃てるようになってもいい頃だ。昼の間も影分身で製本作業をしながら集中力を磨いてくれ」
「午前中はいつも通り青私に出てもらうから、私は69階で冊子を作ることにする」
「なら、それに一つ条件をつけよう。ジョンの世界では三体だったが、本体を含めて五体でやってみてくれ。冊子については、また一部ずつからで構わない。それと、午後の練習試合を見にOG六人の母親がやってくる。以前確認した通り、青圭一さんたちと青OGは異世界の81階で……と思ったんだが、この際どこか行ってみたいところはあるか?」
「黄キョン先輩、それなら私たちもハワイのビーチや天然水族館を満喫したいです!」
「自由の女神の頭の上って言うのは、高所恐怖症でなくとも怖いと感じてしまいそうだね。兄貴はどうだい?」
「ああ、彼女たちが天然水族館でいいというなら私もそれで構わない」
「誰にも見られない様にステルスは張るし、影分身がついていくからビーチから海中への移動もできる。酸素は水中から取り込んでいるから息苦しいと思うことはないだろう。なんなら水着を持っていって泳いできても構わない。多少水が冷たい程度で、この時期でも十分泳ぐことが可能だ。それで確定でいいか?」
『問題ない』
『みんな泳ぐの!?キョンパパ、わたしもプールで泳ぎたい!』
「プールじゃなくて海で泳ぐんだ。水族館を堪能したら泳ぐ練習もしてみよう。ハルヒ青俺たちの分も含めて、八人分の水着を選んでおいてくれるか?」
「それもそうね。保育園のプールとあんたがここに用意した子供向けのプール、それにウォータースライダーくらいで泳ぐ練習なんて今までしたことがなかったわね。いいわ、その頃は三人ともおむつだったし、あたしが全員分の水着を選んでおくわよ」
『ウォータースライダー?』
「説明するより、見せた方が早そうだ。三人ともこんなことしていたんだぞ?」
全員の前にモニターが現れ、当時の映像が流れ始める。そういや、言葉を覚え始めたばっかりで『ウォータースライダー』なんて長い単語はまだ言えなかったんだったな。

 

『キョンパパ、これなあに?』
『これはウォータースライダー』
『うぉーたらいだー?』
『ウォータースライダーだ。伊織、実際に乗ってみよう。ハルヒママ&美姫と勝負するぞ』
『しょうぶ?』
『雪の上でソリに乗ってママと勝負しただろう?』
『ハルヒママ、美姫、勝負!勝負!』
『あたしに勝負を挑もうなんてあんた達もいい度胸してるじゃない!何の勝負だろうとあたしに敗北はないのよ!』
『キョンパパ、伊織、勝負!勝負!』
『有希、合図お願い』
『わかった。Ready Go!』
『キョンパパ、これなあに?』
『流れるプールって言ってな。まぁ、体験した方が早いか。伊織、跳びこむぞ』
『キョンパパ、凄い!凄い!』
ハルヒと美姫の方も、俺たちに続いて飛び込み、あっという間に追い付いた。
『勝負はまだ終わっていないわ!どっちが先に一周するか勝負よ!』
『あ――――――――――っ!キョンパパ!キョンパパ!!』
『分かった、分かった。それじゃ俺たちも、スピードアップだ』

 

 VTRに集中していた子供たちがようやくこちらを振り向く。周りのメンバーも横から映像を見ていた。
『キョンパパ、これ、わたし?』
「そうだ。二人で名前を呼び合っているだろ?俺やハルヒのことを『キョンパパ』とか『ハルヒママ』なんて呼ぶのは伊織と美姫しかいないぞ」
「ふふっ、子供たちもそうですけど、ハルヒさんも青有希さんもこの頃とは随分変わりましたね」
「みくるの胸と一緒にょろよ!」
「くっくっ、それじゃあ朝比奈さんの場合は胸しか変わってないみたいじゃないか。ハルヒさん達も含めて、みんな大人の色気ってヤツが出たってことじゃないのかい?」
「とにかく、俺たちは来週日曜日、青圭一さん達は今日の夕食と明日の朝食と昼食。今日の昼食から明日の昼食までは俺が作ります。心配なのは観客が多すぎてOG達の母親の座る席がなかったり、練習試合が終わってもどこにいるのか分からない場合だ。ここに来るにはカードキーを使って専用エレベーターでくるしか方法はない。それに、調理スタッフの希望者にみくる、OG六人、それに古泉の熱狂的ファンも混じってくるはずです。一応面接はしますが、不採用通知を送ることになるのでよろしくお願いします」
「分かった。今日は社員たちもいないからね。私の方で対応できるだろう」
「うちの母親にベンチに座られても困りますけど、多分私たちの試合をしているコートの近くに来ていると思います。セット間の休憩の間に確認しておきます」
「なら、これで解散にしよう。言い忘れていたが、いくら家族だろうと夜練は見せられない。それだけはちゃんと説明しておいて欲しい。それと、OG達も練習開始まで情報結合していても構わない。時間を有効に使ってくれ」
『問題ない』

 
 

…To be continued