500年後からの来訪者After Future9-5(163-39)

Last-modified: 2017-02-01 (水) 14:47:16

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-5163-39氏

作品

男子日本代表が本社を訪れ、俺たちとの練習試合を要望する連絡が入った。女子日本代表と一般客を入れるだけで空きはもうほとんど無く、男子日本代表を迎え入れるにはフロアが足りないとして一度は断ることになった。しかし、三枚ブロックの練習に関しては俺もやりたかったし、世界大会前のわずかな期間だけで防御力を培うというのも無茶な話だ。中途半端なダイレクトドライブゾーンを世界大会で使えば、味方の連携ミスから失点につながりかねない。ハルヒ味の料理が口コミで話題になり、本社ビル周辺のチェーン店が軒並み店舗を潰していったのが数年前。その土地をようやく有効活用できるときが訪れた。この土日は練習試合のすべてのセットに古泉が参戦する。アイツなら今日の午前中に交渉を終えてくるだろうし、明日の午前中はディナーの仕込みに入るはず。人事部には圭一さんと青古泉が影分身を駆使して電話対応をしてくれているだろうし、久しぶりに丸一日分の食事を作ることになったんだ。影分身で時間短縮はすれども、有意義な時間を過ごすことにしよう。

 

 81階や99階、調理場の空いたスペースを利用して食事の支度をしていたのだが、明日の昼食までの支度を終えて時計を見るとまだ十一時。カレーの影分身を増やしても意味がないし、熊肉の臭いを取る作業とディナーの仕込みに影分身をまわして、本体は練習の様子を見に体育館へ。ゾーンにすら入れない状態で楽団の練習を聞きに行っても意味がないからな。体育館では基礎的な練習を終えて、フォーメーション練習に入っていた。ベンチに乗ったブロッカー三枚を相手にブロックアウトの練習と三枚壁のさらに外側を抜くスパイク、そして相手の視線を読んだブロックアウト封じの練習を行っていた。トスを上げていたのはOGのスイッチ要因。別のコートではダイレクトドライブゾーンの練習に子供たちが加わっていた。コーチがレフトからランダムに放ったスパイクを見極めて攻撃に転じる練習。無論、一番に反応したのは双子。幸がそれに続き、その後が日本代表選手ってところか。スパイクを放ってバックステップで防御態勢に戻るところまでの一連の流れを何度も繰り返していた。反応の速度によっては、世界大会に出場するメンバーが妻とセッターを除く四人が変わってくるからな。双子と同じレベルまで反応できるかどうかでベンチ入りメンバーが決まってきそうだが、司令塔が現れたとなれば下剋上も水の泡と化すだろう。逆にOG六人で試合に出るのが難しくなったかもしれん。最後にサーブを撃つ時間を取って午前の練習は終わりを告げた。伊織が零式を放つようなことも無かったし、青OGの未完成版零式も零式に成りえる回転は十分だが、白帯にあたらなかったり、あたっても位置が悪く手前に落ちてしまったりとあとは集中力の問題だな。製本作業が終わったら無回転トスでの零式の回転をかける練習をした方がいいかもしれん。夜練に出てない分、ジョンの世界で青俺や古泉たちに青OGやENOZを相手にボールを投げてもらっ………あ``。OG六人での出場の件も含めて、これはすぐにでも全員で相談しないといかん。サーブ練を終えて俺の元へと寄ってきた子供たちと一緒にエレベーターで81階へと向かった。

 

「昨日、話には聞いてましたけど、午前中だけであんなに人が来るなんて思いませんでした。午後は客席が全部埋まってしまいそうです!」
「くっくっ、それだけキミ達のファンが多いってことじゃないのかい?六人でアイドルデビューというのも、もしかしたら実現するかもしれないね。来週のライブのアンコールでスペシャルゲストとして出て来たらどうだい?」
「佐々木先輩、いくらなんでも無茶ですよ!楽曲もできてない状態で私たちがライブでダンスを踊るなんて。それに月曜の朝までに製本作業を終えないといけないですし……」
「問題ない、楽曲ならある。当分公開できない予定だった『止マレ!』を六人で歌えばいい。元々わたし達五人で演奏しながら歌う予定だった。バックバンドならわたし達で十分」
「ですが、肝心なことを忘れていませんか?その時間OG達は夜練の真っ最中です。双子疑惑はもう出ることはありませんから青OGが夜練に出てもいいでしょうが、その最中にライブでダンスを踊っていたとなると周りの選手たちから反感をかうことになりかねません。現状ですら、他の選手たちがどう思っているのか分かりませんからね」
「んー…ENOZもあたし達もカバー曲を入れながらライブの構成を考えていたんだけど、アンコール曲をどうしようか困っていたのよね。当分の間はENOZが今作っている新曲ってことになりそう……って、あんたたち随分楽しそうじゃない。何かいいことでもあったわけ?」
『キョンパパが練習を見に来てくれたの!』
『練習を見にきたぁ!?』
「ちょっとあんた!そんなことをしている暇がどこにあるのよ!明日の昼まであんたが食事の支度をするんじゃないの!?」
「それならもう終わった」
「ちょっと待ちたまえ!明日の昼食まで全部ってことかい?」
「食事の支度にかかる時間ならおまえが一番よく知っているだろうが。四か所で四食同時に作っていたら時間が余ったんだよ。厨房も少ないし、中途半端な人数でカレーを作り始めるわけにもいかない。人事部は圭一さんと古泉たちで満席、熊肉の仕込みとディナーの準備を影分身に任せたら本体が暇になっただけだ。たまには練習を見に行ってみるかと思って体育館に足を運んだんだが、収穫がないこともないが、困ったことが三つもできてしまった」
「ただ練習を見に行っただけで一体何があったというんです?」
「肝心なことを忘れているのはおまえの方だ、古泉。今、話題に上がったライブの件、SOS団のダンスが含まれていたら、おまえは一体どうするつもりだ?ホテルのレストランでおススメ料理を作り、練習用体育館で日本代表選手相手にゾーン状態で変化球も投げ、天空スタジアムでダンスのバックバンドとしてギターを弾く。有希なら間違いなくダンスをいれてくるだろう。ライブにおまえを出すためにな」
「そう、あなたが出ればドラマの宣伝にもなる。ダンスは必須」
「そういうことでしたか……あなたに言われるまでは考えもしませんでした。ですが、ライブの構成によってはおススメ料理を出しつくした後に出られるのではありませんか?」
「対応策としてはそれも一つの手だ。だが、それが四月の末までずっと続いてしまう。ダンスをどこに入れるか条件が付けられてしまってはライブの構成に困ってしまう。毎回ENOZを先に出すわけにもいかんだろう?代わりに青古泉を出すことも考えたが、今度は夜練の方が問題だ。少ない意識で男子日本代表選手相手にストレートをミットに収められるかどうかだ。大分影分身ができるようになったとはいえ、一月末まで超能力を使うことに不安さえ感じていた奴が、この短期間でそこまでできるのかどうか不安が残る。実際にやってみて大丈夫だと判断できてからってことになるはずだ。ただし、練習時間はそこまで無いと思ってくれ。明日の午前の電話対応には俺が出る」

 

「………どうやら、それしか方法が無いようですね。明日の午前中に試してみることにします」
「キョン君、他の人に古泉君の催眠をかけるわけにはいかないんですか?例えば……裕さんとか」
「僕が天空スタジアムで舞台に立って演奏する!?いくらサイコメトリーがあるからって、間違いが無ければいいんだけど……他の人じゃ駄目なのかい?」
「あっ……ごめんなさい、そうでした。わたしもライブの最初の頃は緊張してミスばっかりで、有希さんがその度にカバーしてくれて……」
「フフン!それならあたしが演るわ!要はライブ慣れしている人間が黄古泉君の催眠をかければいいんでしょ?」
「涼宮ハルヒ、古泉一樹より条件が軽くなるとはいえ、おススメ料理を作っているのはあなたも同じ。それに、異世界支部の社長として動かなければならない。SOS団のダンスのバックバンドなら中西貴子が適役」
「ちょっと待ちなさいよ!そしたら古泉君だけじゃなくてあんたもってことになるじゃない!」
「俺の場合は、ゾーン状態になるのに70%もあれば十分。20%でおススメ料理の火入れ、残り10%でドラムを叩く。古泉はつい最近ゾーン状態になったばかりだから困っていたんだ。昨日だってその修行のために練習試合に出ている間も電話対応に入らせた。今日も条件をつけて出てもらうか、采配が読めても自分だけ動いてテレパシーをしないかのどちらかだ」
「そのようですね。いくら負担が大きいからとはいえ、僕の仕事を他の方に押し付けるわけにはいきませんよ」
「じゃあ、私がしばらくの間、彼の代わりを務めることにするわね」
みくるの発案から話が発展して一応の解決を得た。周りも中西さんの一言で安堵の表情を見せている。だが、これだけじゃないから困っているんだ。うまく解決してくれるといいんだが……
「キョン先輩、残り二つって一体何のことですか?練習を見て気付いたのならバレー関連のことなんじゃ……?」
「俺も自分で十四日の予定を立てておいて何をやっていたんだと思ったよ。今は監督も司令塔のことに気付いていないから選手たちにダイレクトドライブゾーンの練習をさせて少しでも反応が速い選手を集める算段をしているようだった。司令塔として相手の采配を読める選手が現れれば、他の選手はその指示を聞いて動けばいいということになる。要するに司令塔以外は日本代表レギュラーメンバーで世界大会に出場することになるってことだ。OG六人でコートに立てる可能性が極めて薄くなってしまった。夜練をしている以上、選手たちの防御力は同じ。セッターならまだチャンスはあるが、三枚ブロックでの戦略も見せてしまっているからな。当然、身長が高い方がバックステップでの一歩が大きいし、司令塔を入れたレギュラーメンバー相手に、ハルヒと采配の読めるセッター、残りの枠をOG四人で埋めて圧勝するくらいでないと、六人での世界大会出場は厳しいだろう」
俺の話を真摯に受け止めていた六人の箸が止まり、俯いたまま顎の角度が変わりそうにない。
「何て顔してんのよ、あんた達!まだ可能性が0になったわけじゃないでしょうが!キョンが提案した試合に勝てばいいだけじゃない!面白くなってきたわね!その勝負、受けて立つわ!製本作業が終わったら徹底的に鍛えてやるんだから覚悟しなさいよ!!」
『はい!よろしくお願いします!!』
「キョン!最後の一つをさっさと教えなさい!少しでも長く練習試合をやらせて鍛えなくちゃいけないんだから!」
「青OGのやっていた零式についてだ。影分身も使えるようになったし、ネットを蔦っていくだけの回転数も十分だった。あとは安定して白帯にあてることさえできれば、未完成でも零式が撃てるようになる。おそらく近日中にできてしまうだろう。そうなった場合、『未完成の零式ばかり何本も放って一体どういうつもりだ?』と逆に監督を困らせることになる。同様に、ジョンの世界でサーブ練をするようになれば、少なくとも来週中には零式改(アラタメ)を撃つことができるはずだ。これで当分の間、交代することができなくなった。交代できたとしてもサーブ練習の時間には戻って来ないといかん。俺も零式改(アラタメ)を撃つときは影分身をまだ出せない。オンシーズン四日目に出ていた影分身は五体とも1%以下まで落としている。青OGが完成版零式を習得できたらたまに交代できる程度。まぁ、練習試合では零式は使わないから午後からいくらでも交代可能だけどな」
「それはもう、我々にとっては嬉しいニュースということになりそうです。これまでずっと練習から離れられない状態で生活をしてきたんです。あなたと二人で旅行も楽しんできたようですし、今後は司令塔として活躍してくれるでしょう。これで他のOG達の士気も上がりましたからね」
「だったら、午後の電話対応には俺が出向く。古泉はさっきの条件で暴れ回ってきてくれ。青古泉の方は、ハルヒ達の反応の速さで攻撃態勢に入ると思ってトスを上げて欲しい。それに間に合わなかったら、撃てなかった方が悪いってことだ」
『了解しました』
「上等じゃない!古泉君、あたしにも容赦なくそのテンポでトスを上げて頂戴!さっさと食べて練習試合に出るわよ!」
『問題ない』

 

「ハルヒ、俺と子供たちの分の水着を先に選んでおいてくれないか?明日の午前中にタイタニック号の温水プールで泳ぐ練習をさせる。いきなり海じゃ、波もあるし塩水だからな。水恐怖症になりかねん。それと、来週水曜からのビラの原案はできてるか?」
「それなら午後の間に選んでおくわ。ビラならとっくにヘリに積んであるわよ。ランジェリーが三セットで1000円ってところもちゃんと記載しておいたわ!何か文句ある?」
「いや、それが入っていれば十分だ。じゃあ、水着の方を頼むな」
「フフン、あたしに任せなさい!」
『キョン(伊織)パパ、プール入れるの!?』
「ああ、三人で泳ぐ練習をするから、プールでちゃんと泳げなきゃ海で遊ばせないからな?水族館だけで我慢してもらう。いいな?」
『フフン、あたしに任せなさい!』
「いいな~。黄キョン先輩、私たちも泳ぎに行きたいです!」
「泳ぎに行きたいも何も、二十日の朝食時からタイタニック号に移動して処女航海に出かけるんだ。いつニューヨークに着くかは分からんが、その間いくらでも堪能できるだろう」
『今が良いです!!』
「なら自然水族館を堪能しながら夕食を食べたらタイタニック号のところにテレポートしてやるから水着は自分で選んでおけ」
『問題ない!』
『キョン、それは無いだろう?僕たちにはその権利を与えてくれたまえ。それに、少しでも早くOG達を鍛えるのなら、製本作業に向かわせた方がいいんじゃないのかい?』
「OG六人の母親たちとどんな会話になるか分からん上に、料理を全部平らげるのに時間もかかる。今日は時間に余裕ができるんだから、会話に入ってやってくれ。明日の昼食以降ならいくらでも時間はある。ただ、佐々木たちの言い分も正しいことは確かだ。青OG達も今日は止めにして、製本作業が少しでも早く終わるように69階で進めないか?こっちのOG達も影分身を69階に送って本体だけここに残ればいい。古泉も交渉が終わって、明日の午前中は月曜のディナーの仕込みだろ?明日の電話対応は俺がやる」
『ぶー…分かったわよ』
「やれやれと言いたくなりましたよ。やはり、あなたには敵いませんね。相変わらず、サイコメトリー無しで僕の行動のすべてを読み取られるんですから」
『もう交渉が終わったの!?』
「古泉なら、昨日のうちに土地を確保するのに移動させなければならない場所をサイコメトリーしてモデルハウスを作り、今日の午前中にその家に訪問して交渉してきた。自分たちの望みどおりの新居が建てられる上に、その建築代も引っ越し代もかからない。更に家の目の前に大通りが広がっているとなれば、二つ返事でOKが返ってくるだろう。今日の夜にでもシートをかけに行って一ヶ月後に引っ越しってところか。それから別館の建築作業に入るとなると、五月までに男子日本代表チームが別館に移動するのは厳しいかもしれん」
「そこまで細かく読み取られてしまっては、白旗を上げるしか手の打ちようがありませんよ」
「僕も明日の午前中は電話対応にまわります。それと、来週以降の夜練についてですが、できれば事情を知っているOG達に来てもらいたいのですがよろしいですか?まだ、正確に投げられるかどうか自信がないので」
『分かりました』
「ようやく準備ができたみたいね!体育館に乗り込むわよ!」
『問題ない』

 

 OG達六人の足取りは軽く、俺や青ハルヒ、古泉たち、子供たち、OGを乗せたエレベーターが体育館へと降りていく。カレー作りと熊肉の調理をしている影分身を残して、それ以外の意識で人事部の椅子を占拠。午前中にほとんど対処されているはずだし、そこまで数を割く必要もないだろう。エレベーターのドアが空き、体育館に俺たちが……いや、OG達が足を踏み入れると満員御礼の客席から歓声が響き渡る。
「嘘……午前中もかなり多かったのに……」
「困りましたね……先ほどのあなたの提案通りでいくと、僕にブーイングが集中しかねません」
「心配いらん。青ハルヒもOG達もおまえのトスに喰らいついて来るだけだ。そうだろ?」
『あたしに任せなさい!』
古泉や子供たちの方はいいとして、青ハルヒ達の方はOGが日本代表選手たちに事情を説明してコートに入っていた。十四日までは本体が体育館で試合の様子を見ていることになりそうだ。試合には出られないが、カレーを配り終えたらいくらでも参戦できる。今は妻と古泉の修行を見守ることが司令塔として復活した俺の使命ってところか。サービス許可の笛が鳴り、四コート同時に試合が始まった。サーブならゾーン状態に入っていないであろう古泉でも読めるが、ここは未来の女子日本代表の司令塔に譲ったようだ。
『幸、一歩左!』
幸を除く四人が同時に攻撃態勢を取った。ネット付近にブロッカーはおらず、相手の防御態勢は万全。相手の攻撃を読み取って次で攻撃を仕掛けるものだとばかり思っていたが、中央から一歩目を大きく踏み込んだ……いや、踏み込み過ぎた妻のAクイックにOGセッターがトスを合わせる。ボールの芯がネットの真上か相手コート寄りにトスが上がり、アタックラインより前どころか、センターラインのすぐ傍に叩き落とされた。どうやら、ジョンのスパイクを真似たらしい。前衛もセッターもスライディングレシーブでボールに手を伸ばしたが間に合わず仕舞い。サーブを撃つ方が有利という俺のダイレクトドライブゾーンの価値観を覆してくれたものの、これは相手に真似をされるぞ。案の定、センターからやり返して来やがった。覚醒状態でなくともスパイカーの一歩目を見れば判断材料としては十分だ。
『一樹、ネット際!』
予測を立てていたのかセッターから読み取ったのかは分からんが、妻からの指示を受けて先ほどと同じプレーだと瞬時に判断した古泉が前に詰める。だが、こんな近距離でダイレクトドライブゾーンのトスが上げられるはずがない。と、思った矢先、古泉が上げたレシーブをそのままバックトス。すでに跳び込んでいた妻のCクイックが炸裂した。たった二回のプレーでどれだけ会場を盛り上げてくれるんだか。俺の後ろにいる観客がうるさくて仕方がない。明日はどこのTV局も新聞社も良いVTRや写真を撮ることはまず不可能だろう。音声も全部切るか、盛り上がり具合をそのまま放映するかのどちらかだ。客席からではなく、コートの周りやベンチの後ろを陣取るようなら、俺から全体にアナウンスして、動かない奴は強制的に客席にテレポートだな。もう一度降りてきた時点で敷地内への出入り禁止が確定する。
もう一つのコートから青ハルヒを含めた五人のオーラが、ひしひしと伝わってきていた。どうやら、反応が遅い分をその後のステップを素早く踏むことでカバーしているようだが、あれでは正確なスパイクが撃てない上に着地に失敗すれば怪我をすることになってしまうぞ。まだ互いにダイレクトドライブゾーンとしては二流なんだ。もっと早く反応をすることも念頭に置いてはいるだろうが、最後まで体力が持つのか疑問に思えてきた。遅れて現れたOG六人の母親たちもエレベーターから降りてはきたが、体育館のこの異様な光景に呆れている。何年も前に少しだけ話したっきり会ったことがなかったが、怪我を治してくれたお礼にと、菓子折りを持ってきてくれた妻の母親の顔で判断することができた。あの六人のうち二人を『お義母さん』と呼ばなきゃならんのか?俺は。ネックレスとピアスはいいとして指輪が見えたりしないだろうな……結局、自分の娘のいるコートへと言わんばかりに2:4に分かれ客席に上がっていった。
指示ミスもあり、その度に双子が戸惑っていたものの、司令塔と双子を擁したチームが負けるはずも無く、全セットで勝利を得ることができた。青ハルヒ達の方は最初の勢いが続くはずもなく、青古泉が仕方なく合わせることになってしまったが、OG四人の成長もさることながら、やはり青ハルヒのセンスの良さが目立っていた。ハルヒや双子と同程度まで達することができたんじゃないか?まぁ、それについては、この後ジョンの世界で確認できるだろう。

 

 古泉に子供たちの縮小を頼み、OG六人には影分身を69階に向かわせて製本作業を始めるよう指示。監督と俺、それにOG六人が当たり前のように報道陣に囲まれている。試合を見にきた一般客もその様子を見届けてから帰るらしい。さっさとコメントして俺も81階に戻ることにしよう。
『キョンパパ!』
81階でエレベーターから降りてきた俺を見るや否や、元寸サイズに戻った双子が俺のところに寄ってきた。
「どうかしたのか?」
『ハルヒママから水着もらったの!これ、キョンパパの水着!』
「じゃあ、夕食が終わったら水着を片付けに行くぞ。それまで無くすなよ?」
『問題ない!』
ユニフォーム姿のままだったら着替えさせに行くつもりだったんだが……ハルヒが気をきかせてくれたのかも知れん。幸も普段着に着替えていた。加えて、異世界に繋がるどこ○もドアにステルスが張ってある。夕食の配膳も済んでいるし、ありがたい。影分身で青OG達を連れて行ってしまおう。同期して情報をかき集めると、電話はこれといって特別なものは無く、芸能プロダクションからの勧誘、OGが付けているアクセサリーの件、OG六人の番組取材等々。俺たちにとって有益なものは一つも無かったってことだ。カレーも明日持って行く分は完成し、今夜のシャンプー&マッサージの時間までには玉ねぎを炒める作業が終わる……か。
「ちょっとあんた、いつまでジョンと喋っているのよ!早く席に着きなさいよ!」
「ん?ああ、影分身と情報を共有していただけだ。それにしても助かったよ。水着の準備に子供たちの着替え、どこ○もドアも見えないように、ステルスまで張ってくれていたとはな」
「フフン、あたしだって母親なんだから、これくらいの配慮ができなくてどうするのよ!」
「ああ、そうだ。OG達が来る前に連絡しておこう。すまん青古泉、明日の午前中の電話対応に出られそうになくなった。カレー作りと例の時間平面上の復旧作業に影分身を使わないといけない。午後からは俺一人でやるから午前中だけ頼む。今日は特に調理スタッフ希望の連絡も無かった」
「了解しました。しかし、あなたも見ていたでしょうが、涼宮さんの成長ぶりには驚かされましたよ。ハルヒさん達と肩を並べる程にまでなったと言っても過言では無さそうです」
「ああ、ハルヒもそうだが、青ハルヒのセンスには驚かされてばかりだ。料理も俺が作っているのを隣で手伝っているうちに自分のものにしてしまったんだからな」
「フフン、ちょっとは見直した?」
「今夜ジョンの世界で全員の前で見せてやればいい。後で本人たちにも話すが、反応が遅れたからとはいえ、その後のステップで遅れた分を無くすというのは、正直見てて怖かったくらいだ。いつ怪我につながるか分かったもんじゃないからな」
「それにしても遅いわね。いつになったら昇って来るのよ!?」
「ここに来てからの事情説明をしていることだってあり得る。明日の夜まで会議ができないんだ。この時間を有効活用しないかい?彼女たちが来てしまうと話せなくなることだって多いはずだよ」
「問題ない。今、登ってきている最中」

 

 有希の言葉の後、しばしの間すら置かずにエレベーターが到着した音が鳴り、OG六人とその母親合わせて12人が81階に姿を現した。体育館に着いたときと同様、OG六人の母親たちが呆けていた。さっきと違って、そこまで異様な光景というわけではないはずだが……こちらから話しかけた方がいいか。
「お久しぶりです。我が社にようこそおいで下さいました。立ったまま話すのもどうかと思いますし、お席にご案内します。こちらへどうぞ」
誘導に従って自分の娘の対面に座るよう促したのだが、席に着く前に一言。
「北高時代から娘がたいへんお世話になっております。皆様と関係を持つようになってから、みるみるうちに成長し、こうして六人揃って日本代表として活躍できたのも、皆様のご助力があってこそだと、常々感じております。今日の試合も拝見させていただきましたが、バレーであれだけの応酬はこれまで見たことがありません。何かとご迷惑をおかけしてしまうでしょうが、今後ともよろしくお願いします」
代表で挨拶した妻の母親と一緒に六人で頭を下げていた。自然と母親たちに向けて拍手が沸き起こる。
「堅苦しい挨拶はいいから、早く座ってよ!先輩たちをこれ以上待たせないで!」
娘に急かされて席に着く六人。座ってからも周りの置物に興味を示していた。俺の書き初めにゴールデングローブ賞のトロフィ、北高時代に記念として作ったガラスケース、シャミセンの仏壇に、シャミセンの黄金像、子供たちが描いた絵、ペダル付き電子ピアノと、俺も毎日見ているが、改めて確認するといろいろと物が置いてあるもんだ。財宝発掘ツアーで探し当てた金塊を片付けておいて良かった。
 周りのメンバーがいつも通り食べ始めている中、ようやく景色を一望し終わって料理を一口。口に入れた瞬間六人の動きがピタリと止まる。娘と同様、『美味―――――――――い!!』などと叫び出すかと思ったが、あたかも、料理の中に紛れ込んでいる肉が生活していた場所に、長時間滞在していたと言わんかの如く、氷で閉ざされ固まっていた。呆けた顔をみたOG達も笑いを堪えている。
「あんた達、こんなに美味しい料理を毎日食べていたの?」
「そういうこと。日本代表がオフシーズンでもここに滞在していたい理由の一つがこれ。栄養面も全部キョン先輩が考えてくれているんだから!」
「理由の一つって……他にも何か理由があるの?」
「一つ一つあげていくとキリがないよ。でも、一番は多分夜練かな。その次が先輩たちとの試合、監督も青涼子先輩のおでんにやみつきになってたし」
「夜練って、ブロック無しでもあんた達が完封勝利したあの防御力のこと?一体どんなことをやっているのよ」
「内緒。日本代表とここにいる私たちや先輩たちだけしか知らないし、報道陣には勿論だけど、誰にも口外しない約束で日本代表も練習に混ぜてもらってるんだ。キョン先輩が前にコメントしていた通り、他の国に真似されちゃうしね」
「それにしても、ダイレクト……何だったか忘れちゃったけど、あんなに早く動かなきゃいけないの?」
「ダイレクトドライブゾーンですよ。今日の練習試合のアレは俺もやりすぎだと感じました。自分がレシーブするか否かを判断して、自分のところにボールが飛んでこないと分かったら攻撃態勢に切り替えるんですが、今日の彼女たち四人は判断が遅れた分をステップの速さで補っていました。ですが、あれでは冷静な判断ができず、相手コートの様子も確認している暇がありません。トスと上手く噛み合わないどころか、スパイクも正確な位置に叩きこむことができませんし、最悪の場合怪我にもつながります。明日以降は控えるようにと注意を促すつもりでいましたが、その話が出たので丁度良かった。しかし、今日一日だけでも六人とも随分成長しましたよ。素人目では感じられないかもしれませんが、ダイレクトドライブゾーンにまた一歩近づいているのが良く分かりました」
「自分のところに飛んでくるかどうかなんて、あんた達で判断できるの?」
「そのくらい、中学生や高校生だって分かるよ。スパイカーの腕の角度とか視線とかで十分。今鍛えているのは、その判断がどれだけ早くできるかって練習」
ようやく疑問に思っていたことが払拭されたらしく、料理に手をつけ始めたOGの母親たち。一口食べる毎に感激、感涙しつつ、至福の一時を満喫していた。熊肉のことも説明することにはなったが、最初の頃は熊肉に抵抗を感じていたものの『コラーゲンが豊富』と聞いてそれも払拭されたようだ。
「それでも、熊肉の臭いを消すだけで随分時間がかかったんじゃ……?」
「ええ、つけ置きなども含めて仕込むのに二日かかりました。臭いを消すのに葱、生姜、リンゴを加えて煮込み、日本酒に一晩浸しています。葱や生姜も一緒に入れるのではなく別々に入れて煮込み、それを取り除いて次の食材を入れて煮込む作業の繰り返しです」
「そんなに苦労をかけてこんなに美味しい料理を作っているだなんて……こんな料理を毎食食べられるなんてあんた達くらいなんだから、ちゃんと感謝して食べるのよ?」
「分かってるって。オフシーズンもここで生活できるようになって私たちも他の選手たちや監督もみんな喜んでいたんだから!それを聞いたときは飛び跳ねていたくらいだった。世界大会中でも、試合が終わったらここに戻ってきたいくらいだよ」
『キョンパパ!わたし水着片付けに行きたい!』
「ママ、わたしも」
「よし、なら五人で行くぞ。ついでにお風呂も入ってしまおう」
「伊織パパ、わたしも織姫と一緒に入りたい!」
「じゃあ、じゃあ水着をしまったら、着替えを持って99階に来い。三人で入るぞ」
『問題ない!』
「水着って、あの子たちこんな寒い時期に海にでも行くの?」
「温水プールで泳ぐ練習をするんだって。今までそんなことしたこと無かったから」
「どうやら、我々が居ては話しにくそうですし、これで退散することにします。後ほど片付けに来ますので、家族水入らず、ごゆっくりしていってください」
「あっ、古泉先輩!片付けなら私たちでやります!」
「では、客室への案内もお任せしてもよろしいですか?」
『あたしに任せなさい!』
『本当にどうもありがとうございました』

 

 青圭一さん達の方も夕食を終えてそれぞれ自室、69階に戻ったらしいな。幸が99階に来て、三人で風呂に入っている様子を監視しながら本体は100階でハルヒ達と話していた。
「すまん、カレー作りが一段落するまでシャンプーやマッサージはもう少し待ってくれるか?」
「それなら、キミのシャンプーやマッサージを先にやってしまおう。僕と一緒に来てくれたまえ」
「早く製本作業終わらないかな。司令塔抜きで圧倒するところを監督に見せてやらなくちゃ!」
「それはもう時間の問題だ。明日の朝までにというのは流石に厳しいだろうが、明後日の朝までと言わずとも、二、三セットくらいは練習試合ができるはずだ」
青佐々木に連れられてシャンプー台に足を運ぶと、他の妻たちも俺の後からついてきた。ベッドでゆっくりしていればいいものを……まぁ、本人がそうしたいっていうなら止める権利は無いか。
「ところであんた、あたしとOG四人はいいけど、セッターを誰にするつもりよ!?」
「アイツを司令塔として機能させないといけないから、有希や青古泉、両方のOGのセッターでは不可能。古泉もゾーン状態に入れるから、しばらくもしないうちに采配が読めなくなってしまうはずだ。個人的には岡島さんを入れようかと思ってる。明後日の生放送もENOZチームでは有希はスイッチ要因だ。あの攻撃的なレシーブをクイック技としてトスを出してもらう必要がある。OG達の前にまずはENOZを鍛えないとな。ENOZチームVS古泉たち、青ハルヒ、子供たちってところか。青ハルヒの反応がどれだけ速くなったか測るいいチャンスだし、いい勝負になりそうな気がするんだよ」
「面白いじゃない!明日はあたし達が古泉君のトスに合わせてやるんだから!」
「キョン君酷いです!わたし達にも闘わせてください!」
「それもそうだね。ほとんど練習しないまま生放送に出場するのだけは勘弁してもらえないかい?特に、そのあとドラマの第五話が控えているなら尚更だ。僕だって八百長なんてするつもりはないからね」
「審判は佐々木に任せるとして、見ている間は暇だろう。かといってセッターが青朝倉しかいないんじゃ試合もできん。青俺に160km/h台の球を投げてもらうのもありだが、この際青朝倉にダイレクトドライブゾーンのトスを上げる練習をさせるというのも一つの手だ。青俺の影分身五体と青有希に鶴屋さん達を入れた残り六人で対抗する。佐々木も影分身で参加すれば青俺の影分身も本体を入れて四体で済むが、その場合審判はできなくなるだろう。どうする?」
「黄俺なら、ブロッカーからセッターまで全部こなしてしまうだろうが、俺にセッターが務まるかどうか……」
「ゾーンに入ることができれば、采配も読めるしクイック技に合わせるのもそこまで困難じゃないはずだ。ハルヒ達の試合が終わったら青みくる、青佐々木が双子と交代すればいい。青俺の影分身を一体相手コート側に移動させれば、その代わりに美姫がセッターとして入る。幸が双子に追いつくにはハルヒ達と一緒にやらせた方がいいし、少なくとも十六日までは俺やジョン、朝倉がバトルを放り出すことは無い。OG達の製本作業が終わるまではこの人数でやるしかない。どうするかは任せる。みんなで決めてくれ」
「くっくっ、練習がしたいのに人数が足りないというのも珍しいね。分かった、キョンの言う通り僕も参加するよ。キミも影分身をマスターしたら覚醒状態に成れるはずだ。そっちの意味でも良い練習になるんじゃないのかい?」
「……分かった。四体なら何とかなりそうだ」
「じゃあ、とっととジョンの世界に行くわよ!」
「駄目、わたしは彼のエネルギーを充填してもらわないと力が出ない」
「あっ、あはははは………あたしも身体が疼いちゃってダメみたい」
「おまえら、休肝日のようなものはないのか?」
「これがわたしのルーティンワーク。カレーが食べられない以上、あなたから顔の一部を分けてもらわないと無理」
「カレー○ンマンがあんパンを食べて元気が出るか!阿呆」
「キョン……あんまり動かないでくれたまえ。これじゃ、いくらサイコメトリーしながらでもマッサージができないだろう?」
「とにかく!OG達の方は時間がかかるんだから、あたし達のシャンプーとマッサージくらいならできるでしょうが!」
「ん……もうそろそろ頃合いか。よし、ならこっちから先に始めてしまおう」

 
 

…To be continued