500年後からの来訪者After Future9-6(163-39)

Last-modified: 2017-02-02 (木) 19:32:08

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-6163-39氏

作品

オンシーズン初日にダイレクトドライブゾーンを披露してからというもの、日本代表のフォーメーション練習にもダイレクトドライブゾーンが練習メニューとして取り入れられるようになった。だが、その練習も妻が世界大会で零式の撃てる『司令塔』として機能してしまうと、OG六人での出場が危ぶまれる事態に陥ってしまった。OG達の母親が本社に訪れるなどというイベント事もあったが、俺たちのやるべきことは生放送を二時間以内に終わらせて、ドラマを最初から見てもらうことと、製本作業をさっさと終わらせて、ダイレクトドライブゾーンをハルヒ達と同じレベルになるまでに仕上げること。カレーも一段落したところで妻やOG達のシャンプーとマッサージを終え、顔がふやけて力が出ないカレー○ンマン一号に元気を注入してからジョンの世界を訪れた。

 

 青俺の初セッターもゾーンのおかげで、青みくる達の練習相手としてはふさわしいと言えるほどの動きをしていた……らしい。ちょっとでも気を抜くと朝倉に小言を言われてしまうからな。まぁ、俺の方も得るものがまったく無いわけじゃない。ハルヒの力が無くとも、俺自身の戦闘力も上がっているに違いない。あの運命の日に戦闘力を測り直すことにしよう。製本作業の方は青有希、青朝倉を欠いた状態ではあったが、俺の課したノルマ200万部を軽々突破し、300万部を超えた。こちらのOGにやらせるわけにはいかないが、青OG達の影分身に昼の間も製本作業にあたらせておけば、シャンプーやマッサージをする頃には俺の出した課題を見事に達成してしまうやもしれん。閉鎖空間の換気機能を解除した81階のフロアに香ばしいパンの匂いが充満していた。熊肉の刺激臭よりこっちの方が青有希の嗅覚を誤魔化すことができたかもしれん。
「うわぁ、いい匂い。キョン先輩、焼き立てを早く食べたいです!待ちきれないですよ!」
「現状維持の閉鎖空間で囲ってあるから全員が揃う頃に冷めているなんてことは無い」
「キョン君、三種類もジャムがあるなんて、一体いつ作ったんですか?」
「簡単な話だ。日本代表にも朝食で振る舞おうと一月のうちに大量に作っておいたんだ。だが、それどころじゃなくなって、一日たりとも振る舞うことができてないんだけどな」
「今もカレーを?」
「ああ、ジョンの世界から抜けてすぐに影分身を送った。明後日と十六日で全シェルターを回ることができるはずだ。もし余ったら、あの時間平面上のジョン達に渡してくる。持って帰ってくると喧嘩になりかねないし、未来のみくる達も欲しがりそうだしな」
「わたしなんかより、キョン君の方がずっと、未来を安定させるエージェントとしての仕事をしてくれていて……何もできないわたしが情けないです!」
「そう思うのなら、今後ハルヒ達の作る料理を手伝ってくれればいい。カレーを全シェルターにもう一回なんて考えただけで草臥れる。それをやるくらいなら社員や楽団員たちの分として作った方が、士気が上がるってもんだ」
それなら自分たちの分を作ってくれとでも言いたいようだが、月単位で延長されることが分かっていて誰も口に出すことはできなかった。OG達の母親たちが来てないのもあって、『ジョンの世界』や『閉鎖空間』なんて言葉を使っていられるんだが、専用カードを渡しているわけではないし、誰か呼ぶ係は決まっているんだろうな?

 

「あんなに豪華な部屋に一人で寝泊まりできるなんて思いませんでした。あんたたち、四月の末までここにいるんでしょう?もう一回くらい来てもいいかしら?」
「土日で客室が空いているなんて滅多にないし、シーズンが終わってもここには居るけど、男子の日本代表チームが先輩たちと闘いたいって依頼も来てるから難しいと思うよ?」
「青ハルヒ達は昨日と同じコートで練習試合ってことでいいのか?」
「そのつもりだけど、どうかしたの?」
「昨日の込み具合を考えたら予約席でも作っておかないとまずいだろ?今朝のニュースも新聞の一面もロクな映像が取れずにレストラン内の記事を一面にしているところもあったくらいなんだ。今日も似たような状態になりかねん。朝のうちに対処しておく」
『キョン(伊織)パパ、わたしプール!』
「ああ、幸は水着を持って99階に集合。それから出かけるからそのつもりでな」
『問題ない!』
OGの母親たちが居てはロクに会議もできん。OGがバッサリ切ってくれて助かった。今日の仕事はそれぞれで打ち合わせ済み。まだ誰も居ない体育館に赴き、六人分の予約席を確保して閉鎖空間で囲うだけの簡単な作業。報道陣も、OG達のファンも、精々イラついていればいいさ。食事を終えた三人を連れてタイタニック号の温水プールへとやってきた。何度も見せているはずが、腹部に張りつけた四次元ポケットからどこ○もドアが出てくると、もう見飽きたんじゃないのかとこっちが疑ってしまう程、『おぉ――――っ!!』という声と一緒に三人で拍手をしている始末。本体とジョンは既に未来に向かっているし、修復作業も今日で終わりだ。閉鎖空間にサイコメトリー機能を備えれば、たとえ予知が覆っても、すぐにでも時間跳躍できるだろう。プールサイドに四人で座って脚を温水プールの中に入れた。
『キョン(伊織)パパ、これお風呂?』
「初めてプールに入ったときと同じセリフを言うとは思わなかったぞ。これは『温水プール』って言うんだ。温かい水だから、冬でもプールに入ることができる。三人とも、明日小学校や保育園に行って『プールで泳いだ』なんて言ったらみんな『嘘だ』って言われるだろうな。プールはプールでも、『温水プール』ってことをちゃんと覚えておくこと!」
『あたしに任せなさい!』
「じゃあ、まずは、水のかけ合いからだ。それっ!」
プールの水を三人の顔めがけて浴びせると、眼のあたりを拭ってやり返してきた。黄色い声を上げながら、三人で互いに水をかけあっていた。
「よし、ここまでにしよう。まずは水の温度に慣れること。それからプールに入る。三人ともプールサイトに手をつけたまま中に入ってみろ。しっかり手をつけていないと溺れてしまうからな」
ハルヒに似て怖いものなしなのか、興味本位なのか、はたまた命知らずなのかは分からんが、何の躊躇もなくプールに飛び込んだ。まぁ、閉鎖空間の足場を確認して安全だと確かめたんだろう。そうでなくては困る。
「じゃあ、今度は潜る練習だ。三人とも俺の真似をしろよ?」
『問題ない!』
初めは潜らずに大きく息を吸って鼻から息を吐き出す練習。子供たちも俺の動作を真似て、深く息を吸って鼻から吐き出すこと数回。できたところで次のステップだ。
「今練習したことを使って、頭まで水中に潜る。やってみせるから見本をしっかり確認すること」
バレーもダンスも歌も面白いと思ったものに対する関心・意欲・態度、集中力、そして飲み込みの速さは計り知れないものがあるからな。バレーに集中しているせいもあり、キーボードに対する関心はそこまででもないようだ。双子もあと二ヶ月で小学校だ。学習に関してだけは俺には似ないでくれ……頼むから。
 大きく息を吸って一旦止め、水中に頭を沈めると、鼻から息を吐き出してブクブクブク……と音が鳴る。息を吐ききる前に水中から顔を出した。先ほどどこ○もドアを出したときと同じ感嘆の声と拍手が鳴る。
「息を吸ったら一旦止めて潜るんだ。今度は一人ずつやってみるぞ。まずは伊織からだ。真似してやってみろ」
そこまで難易度も高くないし、水の中に頭を入れることさえ怖がらなければ初見でも出来てしまうものなんだが、こうも簡単にマスターしてしまうと、教える側としてはいささか嫉妬してしまうな。三人同時に水の中に潜ること数回。その次は息を止めたまま頭の中で数を数えたり、プールサイドに座ってバタ足の練習をしたり。
『キョン(伊織)パパ、これなあに?』
「カラーヘルパーって言ってな。浮き輪と似たようなもんだ。バレーに例えるなら、三人がボールで床に落ちないようにレシーブしたり、トスを上げてくれたりする。泳ぐところまでが今日の目標だ。しっかり練習しろよ?」
『あたしに任せなさい!』
今度はプールサイドに両手をついてバタ足の練習。慣れてきたところで息継ぎの練習も加えてやらせてみたが、三人ともすぐにマスターしてしまった。時間もまだ残っているし、泳がせてみるか。渡されたビート板を見て、またしても『これなあに?』と聞かれたが、分からない物に対して疑問を持ち、人に尋ねるのはいい傾向だ。プールの端を足で蹴ってバタ足で5m先の足場まで泳ぐ練習を繰り返すこと数回。本体から同期した情報が届き、昼食まで時間がないことを知らされた。復旧作業を無事に終えることができたようだ。
「よし、三人とも今回はここまでだ。着替えて昼食に戻るぞ」
『えぇ~~~~っ!キョン(伊織)パパ、わたしもっと泳ぐ練習したい!!』
「夕食のあとにみんなと一緒に来ることになるはずだ。そのときにまた練習しよう。このあとバレーの試合にでるんだろ?ちゃんと昼食を食べて力をつけてからだ」

 

 バレーの試合と言われてようやく納得した三人の身体をバスタオルで拭き、朝食時に来ていた服に着替えて81階へと向かった。バレーのユニフォームではないことに疑問を抱いていたが、「ユニフォームじゃバレーの練習をしてきたのかと思われるだろ?」と三人をたしなめておいた。もっとも、それですらOG達の母親にバレてしまいそうだけどな。
「あんた達、ちゃんと泳ぐところまでできたんでしょうね?プールで泳げないようじゃ、海で泳ぐなんてできないわよ!?」
『問題ない!』
「モニターで見せた方が良さそうだ。三人とも俺と違って覚えるのが早くてな。午前中だけで泳ぐ段階まで進めたよ。25m泳げるようになるのも時間の問題だ」
小型カメラで撮影した練習風景が巨大モニターに映し出された。全員の注目がモニターの映像に向く。
「くっくっ、もう小学一年生で習う範囲を超えているんじゃないかい?水泳教室に通っているのと変わらないじゃないか。午前中だけでここまで進んでいたとは僕も驚いたよ」
「わたしなんて簡単に追い抜かされそうです」
「みくるの場合は胸がカラーヘルパーのようなものっさ!泳ぐのは下手でも沈むことは無いにょろよ!」
『ブッ!』
「やれやれと言いたくなりましたよ。食事の最中にそのような発言は控えていただけませんか?」
「問題ない。彼女の言い分は正しい。朝比奈みくるなら、クロールより背泳ぎの方が得意なはず」
「それはそれで確かめてみたくなったわね!みくるちゃんの水着も選んでおくから、今夜はみんなで行きましょ」
「ところで三人とも、今日行ったプールはどんなプールだったか覚えているか?」
『温水プール!』
「正解。これなら明日、小学校や保育園で話せそうだ。午後は俺と古泉で人事部につく。試合に出るメンバーは決まっているし、後のことは頼む」
『問題ない』
「キョン先輩、この子午前の練習で一回だけでしたけど、零式改(アラタメ)が成功しました!」
「そろそろだとは思っていたが、次の世界大会には間に合いそうだな。もう一つの方も午後の練習試合で磨いていけばいい。指示ミスが出ても今は許容範囲内だが、十四日には監督の目の前で見せることになる。他の五人も日本代表選手より一歩先に進んでいるところを見せてやれ」
『フフン、あたしに任せなさい!』

 

「練習試合の最後まで見ていくから夕食もここで」とOG達の母親から申し出があったが、「電車の時刻に間に合わなくなるでしょ?」と娘が一蹴。カレーの件は出てこなかったが、新川流料理をもっと食べたいと思う気持ちは何も社員や楽団員に限ったことじゃない。最後の晩餐を終える頃にはほとんどのメンバーが81階を後にしていた。残っているのは片付け担当の有希たちくらい。ビラ配りも特に急ぐ必要もないし、作曲やライブの曲順、コンサートに関する内容なら片付けをしながらでも考えることができる。ライブやコンサートの告知は大画面で映してはいるだろうが、ビラには反映されているのか?と疑問を感じたが、ハルヒならこちらの世界用のビラにしっかりと記載されているだろう。手抜かりがある筈もない。今作っているカレーは今日中には完成するし、明日のチェックアウトも若手政治家に応援を頼んでいるから俺が行く必要もない。明日も未来へ行くことになりそうだ。カレールーが入っていた鍋を洗う係として影分身を追加したくらいで、残りは人事部で電話対応。本体は体育館で練習試合の観戦が日課になりつつあった。これじゃ本当に監督になってしまいそうだ。エントリーシートもTV局のスタッフにもう渡してしまったし、『7』の番号に丸をつけ、コートキャプテンはハルヒ。まだユニフォームにキャプテンマークを付けているわけではないが、それは明日の生放送の直前で十分。練習試合が始まって双子と青ハルヒの反応はもはや申し分ない。昨夜警告した反応の遅さをステップで補うなどということもない。その分青古泉がOG達に合わせる形になっているが、今はこれがベスト。昨日に引き続き満員御礼の会場内でミスを連発するわけにもいかんだろう。問題は、練習試合開始前から客席からではなく、ベンチの後ろやコート付近でカメラを構えていた報道陣。
「報道関係者の皆様にお知らせいたします。練習試合の妨げになりますので、撮影は客席からお願い致します。コート付近への立ち入りは禁止とさせていただきます。尚、このアナウンスの後もその場に居座るような場合は、強制的に移動させ、今後一切本社への出入りを禁止させていただきますのでご了承ください」
などと、練習試合開始前にマイクを持ってアナウンスしなければならないほど、OG達が入るであろうコートが報道陣で囲まれていた。指示通り動かないとどういうことになるか散々知らしめてきたからな。渋々客席に上がっていく報道陣。だが、時すでに遅し。OG六人のファン達で客席は満席。明日もホテルのレストランに入れるところはそれがメインになるだろう。新聞社も二社だけはレストランの様子で一面を飾り、他の新聞社は冴えない写真を一面に掲載する羽目になる。注意喚起のアナウンス後も居座っていた報道陣には敷地外へと強制テレポート。人事部に電話してももう遅い。同期しなくてもサイコメトリーで事情が伝わるだろう。しかし、いくら抽選とはいえ、明日の生放送が心配だな。SPは試合に出ない俺が担当するとしても、どれだけの観客が並ぶことになるのやら。平日とはいえ試合開始は夜七時から。今客席で見ている観客達も当然来ることになるだろう。今後、生放送が土日になるようなシーズンは一体どうするのやら。天空スタジアムにコートを作る案も一度は却下されたがもう一度浮上しかねない。まぁ、夕食時の議題として挙がっても、今シーズンは無理だろうという結果になりそうだ。日本代表チームもTV局側も慌てることになりかねん。

 

 サーブはすべて読めるとして、聞こえてくるテレパシーの数もそこまで減ってはいないようだ。相手の攻撃を判断して瞬時に攻撃態勢に切り替えるには、どうやらまだ時間がかかるらしい。有希と朝倉は例外としても、ハルヒと青ハルヒ、双子のセンスと集中力には呆れるよ、まったく。しかし、十四日の披露試写会に誰を出すか迷ってしまうな。青ハルヒが立候補しても、この二日間ずっと練習試合に出ていた分ハルヒが譲らないだろうし、OG四人には今と同じように別コートで集中力を鍛えてもらう必要がある。子供たちが加わるのが夕方からだとすると……って、後でみんなと相談すればいいだろう。俺一人で考えることではない。
『黄キョン先輩!こっちの世界の製本作業が終わりました!!これで440万部です!みんなでサイコメトリーして確認しましたけど、乱丁は一冊もありません!』
『そいつは朗報だ。今日から12人も最初から試合に参加できそうだな。夕食のときにみんなにも知らせてくれ!』
『問題ない』
どうやら、この後の会議は長引きそうだな。プールに行っている余裕があればいいんだが。子供たち三人の水着は洗濯乾燥機の中に放り込んでおいたし、もう乾燥は済んでいるはず。練習試合を終えて、収穫はあったと言わんばかりの表情をしているOG達と青ハルヒ、それに古泉たち。やはり意識が薄い状態では、反応速度が速くなったのかどうかまでは判断がつかないな。明日と明後日の練習試合のときは電話対応をせず、カレー作りもいったん中断だな。今作っている分もプールで泳いでいる間にできそうだ。
「あなたのアナウンスのおかげで助かりましたよ。あなたの言葉通り、練習試合の妨げにしかなりませんからね。新聞の一面記事がどうなろうと我々の知ったことではありません。それより、どうするんです?明日の生放送を見に来る観客であふれ返ってしまいます。天空スタジアムを埋め尽くすほどの観客が集まってくるかもしれません」
「それについてはみんな揃ってからだ。ただ、今日の状態を受けて、明日の生放送を天空スタジアムに急遽変更して一番困るのは日本代表選手と俺たちだ。午後の練習試合を天空スタジアムでやったとしても、そのあとすぐじゃ連携ミスが多発するだろう。それに、随分ご機嫌だったみたいだが、収穫でもあったのか?」
「ええ。少ない意識でもゾーンに入れるようになりました。もっとも、まだ95%程度は必要ですけどね。では、生放送の件については後ほどということで。おススメ料理の方も頼みましたよ?」

 

 インタビューに応えた後、おそらく母親たちを見送ったOG達を待って夕食を食べ始めた。一番に口火を切ったのは無論青OG。
「440万部作り終わりました!後はジョンの世界に持って行くだけです!」
「あら、それは頼もしいわね。来月以降もあなた達に頼んじゃおうかしら?」
「黄涼子先輩、それは構いませんけど、三月号の商品はどうするんですか?」
「問題ない。冊子が完成した段階で彼らやジョン、古泉一樹が作り終えている。異世界支部も含めた各支部の分も含めてすべて。店舗ごとに商品がキューブに収められている。一つの支部につき一回の情報結合で十分。更に修練を積めば、あなた達にも可能」
「えぇ~~~~っ!各支部ごとって……アメリカやイギリス、フランスとかも含めて全部ですか!?」
「黄俺がいつも話しているだろ?『何事も修錬』だよ。俺にだってできたんだから、OGだってできるはずだ。俺も最初の頃は商品を情報結合しても、黄俺に『全然違う』と言われていたからな。しかし驚いた。今朝の段階で300万部を少し超えた程度だったはずだろ?大体の予想はつくが、どの程度まで情報結合できるようになったんだ?」
「私たち五人は似たようなものでしたけど、この子が一人だけ飛び抜けてました。影分身を五体も出しているのに一体につき一回で500部も作ってたんです」
案の定、変態セッターが大半を作り上げたようだな。周りも驚くというより納得の表情だ。
「一回で合わせて2500部なんてわたしも作れないわよ!ほんの数日の間に一気に追い抜かれちゃったわね」
「では、まとめたものを後ほど持参していただけますか?会社ごとに部数を仕分けてしまいますので。ついでに、僕から皆さんにご相談があるのですが、昨日、今日の観客の多さを考えると、明日の生放送では天空スタジアムすら埋め尽くす程の観客が来訪するような気がしてなりません。これまで通り抽選でいいのか、何かしら手立てを講じるかご意見をいただけませんか?」
「意見を出し合う前に先に伝えておく。明日は練習試合が終わり次第、日本代表はディナー、練習試合を見に来ていた観客はいったん外に出して客席の掃除をする。会場設営は例年通りTV局側にやらせる。この条件で考えてくれ」
「今後の生放送は天空スタジアムでやるなんて、とてもじゃないけれど僕にはできそうもない。体育館でプレーさせてくれたまえ」
「いいじゃない!折角の天空スタジアムを使わないでどうするのよ!?」
「彼から先ほど提言がありましたが、天空スタジアムに変更して一番困ってしまうのは試合をする我々だという話になりました。明日の午後の短時間で慣れろというのも流石に無理がありますし、我々全員が練習試合に出られるわけではありませんからね」
「なら、黄有希が撮影した映像を大画面に映せばいいじゃない!黄有希ならダイレクトドライブゾーンのトスを上げながらカメラの切り替えくらいできるわよ!」
「うん、それ、無理。生放送の映像より大画面に映る映像の方がクオリティの良いものが撮れてしまうわ。撮影して編集しても、動画サイトに載せる程度で、大画面は生放送をそのまま放映すればいいんじゃないかしら?そのあとドラマの方に切り替えればいいわよ。二時間で終わらせられたらの話だけど」
「終わらせるに決まっているじゃない!大画面を見にきた客にもドラマを見せてやらなきゃ!」
「くっくっ、だったらこういうのはどうだい?来シーズンからはチケットを販売する形式を取る。これなら抽選にする必要も無いし、中に入れる観客以外はここには来ない。キョンが朝比奈さん達を呼び捨てにするのもチケット販売ならブーイングもそこまで大きくはならないんじゃないかい?」
「来シーズンからはそれでいいでしょう。コンサートやライブと同様3000円で販売することにします。今回は大画面に生放送の映像をそのまま映すことにして、あとはTV局の抽選に任せるしか方法は無いようですが、それでよろしいでしょうか?加えて、観客の大半が目的としているOG達は日本代表側として出てくるんですか?」
「それなら、監督から『零式は撃たないが、出てもらうことになる』と言われました。こっちのチームでは出ないことは監督にも伝えておいたので」
「どうやら、他に異論は無いようね」
『問題ない』

 

「なら、俺からだ。今日、午前中に青古泉が受けてくれた分も含めて、調理スタッフとして六名の希望者が電話をかけてきた。電話対応の時点で不採用の奴も混じってはいるが、明日の三時に来るように伝えてある。圭一さん、すみませんが面接の方を宜しくお願いします。それと、古泉たちのどちらかに影分身でついて欲しい。明日と明後日の練習試合は覚醒状態で練習試合を見たいと思ってる。カレー作りもディナーの仕込みも中断して試合に集中するつもりだ。カレーに関してはもうすぐ次の分が仕上がるから明日の午前中も未来に行ってくる。建物の復旧作業はもう終わったし、あとは食料の支給だけだ。もう閉鎖空間を解除することもないし、非戦闘員でも未来に行けるはずだ。襲ってきたときはシェルターの中に隠れていればいいんだからな。カレーの支給が終わったら青有希を中心に食事を作って持って行って欲しい。ハルヒは楽団の練習もあるし、影分身できないこともないだろうが音を聞き分けるのに集中する必要がある筈だ。楽団の練習が無いときはハルヒも作ってくれ。それに、ハルヒの料理を学びたいと言っていた青OGも、影分身で手伝いを頼む」
『その件で俺から追加報告だ。今日、俺とキョンが未来に出向いたことで予知が覆ったと連絡が入った。例の日時に襲来する可能性は低くはなったが、その時刻に敵を待ち受けている俺たちの映像と、食料を支給しているメンバーの様子が映ったらしい。だが、闘っている映像は一つも無かったそうだ』
「くっくっ、だったら僕も連れて行ってくれたまえ。食料の支給くらいなら僕にも手伝えそうだ」
「それなら、有希の分のビラ配りは俺の影分身だな。確認しておくが、黄俺がカレーを作っていた調理場でちゃんと作れるんだろうな?」
「問題ない。更に一ヶ月延長されるよりはマシ」
「それで、生放送については決まっているんだが、明日と明後日の練習試合に誰が出るかこの場で決めておきたい。OG達は昨日や今日と同じ別れ方にするつもりでいる。十四日にOG六人で司令塔の指示に従って動いていては逆効果だ。六人で世界大会に出場するのが遠のくだけだからな。さっきも話した通り、俺は覚醒状態で試合は見るが、コートには入らない。時間に余裕がある奴は暴れてくれ。因みに子供たちは明日の夕方の練習試合には入れない。その頃には練習試合を終えてディナーの開始を待っている状態だ。その分生放送で活躍すればいい」
『フフン、あたしに任せなさい!』
「問題ない。わたしが終わらせる」
「あたしはこの土日で満足したし、あとはジョンの世界で練習できればいいわよ!」
「ようやくあたしの出番のようね!二日間とも出るんだからちゃんと枠を空けておきなさい!」
「わたしも試合に出たいです!」
「もう四月号のデザインを考えさせてはいるけど、撮影や編集までには到底及ばないわ。今のうちに出させてもらえないかしら?バレーの方でも暴れてみたいのよ」
「さっきは有希の影分身をやるとは言ったが、俺も相手の采配が読めないかどうかやってみたいんだ。明日は時間もないし、明後日も参加したい。誰かヘリの運転と長門優希の催眠をかけたビラ配りを代わってもらえないか?」
「それなら、二つとも僕が運転するよ。青有希さんの影分身なら、涼宮さんにやってもらったらどうだい?」
「フフン、そのくらいちょちょいのちょいってもんよ!」
「では、SP役は僕が担当しましょう。五セット目まで十分余裕がありますし、その頃にはSPの必要が無くなるかと。その分練習試合には参加させてください。面接の方も僕の影分身と圭一さんで行います」
「おや、OG達が今日と同じように分かれるということであれば、残りの枠は六人が限界。もう定員オーバーですか。僕も出たかったのですが……」
「できれば明日、青古泉には途中で古泉と交代してもらって、セッターとして出て欲しい。このあともそうだが、OGのセッターにもWSとして相手の攻撃を読む修練を積ませたい。明後日はそれができないんでな」
「ということであれば、明後日はここから試合観戦をさせてください。司令塔として彼女がどれだけ機能するのか見ていたいんですよ。黄僕がコートに立つ以上、影分身の僕がベンチにいるのはおかしいですからね」
「分かった。両日ともカメラワークはわたしがする。生放送終了後に編集したものを動画サイトにUPしておく」
「よし、それならOG四人のところには有希と青俺、残り二人のところにはそれ以外で立候補したメンバーが入ってくれ。木曜日についてはジョンからの報告通り、例の時間の前には未来へ跳ぶ。練習試合には、以前打ち合わせした通り非戦闘員で出て欲しい。それから、まったくの別件だ。今晩本社前にかぶせた第二駐車場のシートを外す。閉鎖空間の膜で関係車両以外の侵入は出来ないようにして、その表記もしておくが、無料であんな場所に駐車場があれば、誰でも止めに来ようとするはずだ。キューブ化して車を取り上げることも考えたが、24時間態勢で監視しないといかん。最初は膜に阻まれるだけだが、それでも強引に入ろうとすれば車の方が壊れるようにする。それで人事部に文句を言ってくるバカが出てくるだろうが、『自業自得だ』と突っ返して欲しい。すみませんが、社員にもそのように連絡をお願いします」
「分かった。そのように伝えておこう」
「他に何も無ければ、この後行きたいメンバーでタイタニック号のプールで泳ぐってことでいいか?水着は販売所においてあるし、その場で着替えればいいだろう。俺は子供たちと泳ぐ練習の続きをする。子供たちの集中が途切れない様に別のプールを使ってくれ」
「キョン先輩、私たちどこで着替えたらいいんですか!?」
「何のためにブラインドフィールドの修錬をしたと思っているんだ。今のおまえらならそれくらい簡単に作れるだ……って、それだと一般人が入れないか。付近に更衣室を設置する必要がありそうだ。とりあえず、今日はそれで対応してくれ」
『問題ない』

 

 まいったな、そのことをまったく考えてなかった。あまり外観は変えたくないし、船内ということになりそうだ。更衣室にシャワールーム、大浴場と同じシャンプーやコンディショナーを置いておこう。客室もいくつか情報結合を弄ることになるだろう。まぁ、それについては明日以降で十分だ。
『キョン(伊織)パパ、早く泳ぐ練習したい!』
急かす子供たちに引きずられるように、タイタニック号へと足を踏み入れた。参加したメンバーは有希たちと佐々木を除くSOS団全員とOG12人。後は俺の両親とディナーの真っ最中の新川さんを除いて圭一さん達やエージェント全員。園生さんや森さんは、機会があれば少しでも運動しておきたいってところだろうが、来週になればいくらでもここで過ごせるってのに……やれやれだ。有希たちも片付け作業が終わればこっちに来るだろう。特に青有希は幸のようすが気になる筈だ。青俺も子供たちの様子が気になるらしく、デッキチェアに前のめりに腰かけて三人の様子を見つめていた。お互いに水をかけ合い、プールサイドでバタ足の練習をさせている間にカラーヘルパーを腰に結びつける。
「三人とも、膝は曲げない。脚をしっかり伸ばしてバタ足するんだ。これがちゃんとできないと、次のステップに行けないぞ?」
泳ぐ練習ができないと知るや否や、まっすぐ伸びた脚で先ほどよりもバタ足激しくなった。午前中もここにきて、午後はずっと練習試合だったというのに、まだこんなに元気があるのか?こいつらは。
「スト――――ップ!じゃあ、これからビート板を持って泳ぐ練習をするんだが、三人に話しておきたい事がある」
『ビート板を持って』と言い切る前に動こうとしていたが、手を掴んでそれを阻止した。
『話ってなあに?』
「簡単な話だ。プールの水も海の水も絶対に飲まないこと!口の中に入りそうになっても、入らない様に防ぐんだ。でないと、三人が不味いと言っている給食より更に不味い水を飲むことになる。給食が美味しいと言っていたクラスメイトでさえ不味いと言い出すだろう。周りにいるみんなに『海の水を飲め!』って言っても『うん、それ、無理』と返ってくるはずだ。三人だって不味いものは嫌だろう?」
『キョン(伊織)パパ、わたしも海の水は飲まない』
「それだけ分かれば十分だ。よし、ビート板を持ってこい。泳ぐ練習をするぞ。今度はさっきよりも長いからな。ちゃんと泳いで来られるか?」
『あたしに任せなさい』
カラーヘルパー、ビート板ありの状態で今度は10m。息継ぎをしながら一人ずつ泳いでくる。流石に疲れが出てきたらしい。10m泳ぐ練習を繰り返しているうちにバタ足の力が弱まってきた。時間ももうそこまで無いし、これで最後にしよう。
「じゃあ、最後にちょっとした勝負をするぞ。ビート板とカラーヘルパーをプールサイドに重ねておいてこい」
『勝負!?キョンパパ、どんな勝負するの!?』
「まずはビート板とカラーヘルパーを片付けてからだ。それから説明する。カラーヘルパーは自分でつけたり外したりできるようにしないとな」
外し方が良く分からないと困っていた子供たちに、青俺と青有希がついて外し方の説明を始めた。子供たちの準備が整ったところで勝負内容の説明。
「今からプールの壁を蹴ってどれだけ進んだかで勝負をする。バタ足はしないで、壁を蹴る勢いだけで進む。それ以上進まなくなったところでプールから顔を出すこと。手は重ねて、腕を耳の後ろにつけると進みやすい。一番進んだ人の勝ちだ。見本を見せるから真似してやってみろ。一回練習したら、三人で勝負をして今日は終了。分かったか?」
『問題ない!』
本来ならもっと深く潜って蹴伸びをしたかったが、俺が勝負に参加するわけでもないし、まぁいいだろう。見本を見せて顔を出したところで閉鎖空間を広げ、子供たちがどこで止まっても顔が出るように配慮した。まだ道具がないと泳げないだろうからな。
「よし、一人ずつ真似してやってみろ」
先陣を切ったのは伊織。初見でもうやり方を覚えたらしい。何の淀みもないフォームで10m程進んで顔を出した。そのあと美姫、幸と続き、いよいよ勝負開始。順番は同じでいいらしい。
「ここからが勝負だ。ズルはしないこと。プールサイドから幸のママが見ているから、ズルをしたら失格だからな」
『あたしに任せなさい!』
勝負の結果、軍配は美姫に上がった。強いて勝因を上げるとすれば、午後の練習試合でスイッチ要因だったからだろう。毎回攻撃に参加していた伊織と幸より疲れが溜まってなかったってところか。
「じゃあ、勝負はまた今度やることにしよう。今日はここまでだ。三人でお風呂に入るぞ」
「伊織パパ、ホント!?わたしも織姫と一緒に入っていいの!?」
「こんなときに嘘をついてどうするんだ。まずはプールから上がって、身体を拭いてから戻るぞ」
「キョンパパ、また勝負したい!」
「ああ、次に泳ぐ練習するときにやることにしよう」

 

 子供たちは用意しておいたバスタオルで身体を拭き、他のメンバーは古泉が情報結合したバスタオルを一枚ずつ受け取っていた。配慮が行き届いているのはアイツも相変わらずか。
「黄キョン先輩、水着はどうしたらいいですか!?」
「洗濯したら自分のものとして持っていて構わない。次に使うときにそれを着ればいい。他にも気になった水着があれば、そのときに選んでも構わないが、あんまり機会は作れないかもしれん。それでもいいなら持って行け」
『ありがとうございます!』
そういえば、アレ対策をしたんだったな。青有希は子供たちを見ていたから別として……いや、ハルヒ達には付けてなかったはず。それでも全員泳いでいたようだし、モノがモノだけに青俺や古泉に話すのも心苦しいな。みくる達に話を持ちかけてみよう。更衣室とシャワールームの情報結合に影分身を残して本社に戻っていった。

 
 

…To be continued