500年後からの来訪者After Future9-8(163-39)

Last-modified: 2017-02-20 (月) 20:42:23

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-8163-39氏

作品

ジョンの世界での最後の調整を終え、生放送当日を迎えた。第二駐車場として本社前の土地を利用しようと模索したが、自分勝手な連中が多く、クレームが絶えないとして一日限りで閉鎖することになった。生放送直前の練習試合では妻の指示ミスの原因をようやく掴むことができ、明日の披露試写会のメンバーを再編成。生放送直前の夕食の最中、カレーの件で有希たちが全員に向かって謝罪。他のメンバーからの『問題ない』で許しを得ることができた。

 

「ところで古泉君、あたし達の世界の本社の換気機能は結局どうだったの?」
「条件から外されていたわけではありませんでした。つまり、あまりにも臭いが強すぎて、閉鎖空間の換気機能だけでは、熊肉の臭みは取りきれなかったということになります。換気機能を完備した閉鎖空間をもう一枚付けてきましたが、シートを外す際は超サ○ヤ人状態の鈴木四郎で、このビルと同じ閉鎖空間を張ってもらうことになります。すみませんが、その際は宜しくお願いします。あまり思い出したくはありませんが、我々の世界に戦争を仕掛けてくることも十分考えられますので……頭の中にふと浮かんだだけで未だに苛立ちを隠せない状態ですからね」
「そのための閉鎖空間なら任せろ。近隣の建物が破壊されても支障の無いようにしておく」
「では、そろそろ戦場に向かいましょう。早めにアップして定刻にはサービス許可の笛が鳴るようにしたいですし、僕が出場するのは一セット目だけですからね。大暴れさせていただきます!」
「古泉君が狙われたら、すぐにスイッチするわね!」
「指示が無くても、できるだけ早く攻撃態勢を整えます!」
「あたしについて来られなかったら、コートから蹴り飛ばすわよ!」
「交代要員はちゃんとベンチにいるんだろうね?」
「問題ない。わたしとキョンもアップから参加する」
「セット間とタイムアウトのときだけ普通に話せばいいんだろ?采配が読めたらテレパシーで伝えることにする」
「日本代表チームには疲れを取ってまわっているが、ここにいるメンバーなら自分で疲れくらい取れるはずだ。1秒たりともオーバーはさせない。生放送だろうが、ドラマだろうが明日の一面は俺たちで決まりだ」
『問題ない』

 

 アイランドキッチンにモニターが二つ現れ、片方は有希のカメラが捉えた映像が映り、もう片方はまだ前の番組が放送されていた。アナウンサーや実況が何を話しているのか直に聞いてみたいということもあり、俺もスカ○ターをつけることにした。ベンチには俺がジャージ姿で立ち、エンドラインの外側では青チームと子供たちがアップをしている最中。この体育館の中継に切り替わる頃にはベストコンディションでいられるだろう。CMが終わり、スカ○ターにはこの体育館の映像が映っている。何度も話していたというのに、俺が試合には出場しないことを話題に挙げ、OG六人が日本代表側で出てくること、ダイレクトドライブゾーンの応酬になりそうだと話している。ようやく青チーム六人がコートの中に入り、副審が目玉を確認している。一セット目、青チームのサーブ順は青みくる、青古泉、青ハルヒ、青鶴屋さん、青朝倉、青佐々木。大暴れすると豪語した青古泉がどんな戦略で挑むのか楽しみだな。相手コートにはスカ○ターを外した妻と、OGセッターの二人が入っていた。司令塔として機能することは無いが、戦闘態勢に早く入れるのは確かだ。こっちは青ハルヒと青鶴屋さん以外、日本代表選手たちとさほど反応が変わらんからな。選択肢が限られてしまうせいで青古泉でも読まれてしまうはず。青みくるのサーブで始まり、いきなりのセッター(青古泉)狙い。
「古泉君!」
どうやら、事前に打ち合わせをしていたらしいな。レシーブを真上に上げた青古泉が右に避け、その後ろから青ハルヒが突っ込んできた。だが、今の女子日本代表の防御力を相手にその程度のスパイクは通用しない。俺なら執拗に青古泉を狙うが……どうやら同じ考えのようだ。今度は斜めに構えたレシーブでそのままBクイック。青鶴屋さんと息を合わせた連携プレーで、見事に相手の戦略を打ち破った。前回のような失態はしないという意思表示と、青古泉も影分身でかなり集中力を高めたらしい。青みくるの第二球、すかさず戦略を切り替えたOGセッターによるツーアタックでサーブ権を奪われたが、青ハルヒのブロードのCを囮に青みくるのバックアタックがサイドライン上に叩きつけられた。試合開始直後からこんなプレーを見せつけられて、全身に鳥肌が立ってしまった。青ハルヒを主軸として、テンポのズレを逆利用した見事な青古泉の戦略と、針の穴を通すかのような青みくると青鶴屋さんのスパイクで得点を重ねていく。ツーアタック後も執拗に青古泉を狙った策も、もうそれは通じないとようやく判断したらしい。青朝倉の力を一切借りることなく挽回してみせた。俺のすぐ傍で試合の様子を見つめている美姫にもまず通じないだろうな。ダイレクトドライブゾーンの応酬なら青ハルヒと青鶴屋さんのいるこちらの方が有利……のはずだった。だが、夜練で動体視力とボールに対する対応に力を注いでいた日本代表選手たちと、ジョンの世界ではほとんどバレーしかやって来なかった青チームとでは、防御力で差が開き僅差で敗れる結果となった。
「これで終わりというのはいささか納得がいきませんが、得るものは得ました。今後の我々の課題ということになりそうですね。朝倉さん、涼宮さん、後は頼みましたよ」
「わたしに期待をかけられても……応えられるかどうか自信がないわね。でも、この三人が加わるのなら心配はいらないんじゃないかしら?」
「正セッターは美姫、スイッチ要因は朝倉だ。予め決めておいた通りでいくのなら、本来のダイレクトドライブゾーンを見せられるのはこの二セット目か五セット目ということになる。本物と紛い物の違いを見せつけてやれ」
『フフン、あたしに任せなさい!』

 

 取られたら取り返すと態度で示している青ハルヒと、このときを待っていたと言わんばかりの子供たち三人、そして静かに闘志を燃やしている青俺を見て、青朝倉が『自分はどうしたらいいのか分からない』と感じているようだ。攻撃を見極めるまでに個人差はあれど、周りと同様の修錬を積んできたんだから、もっと堂々としていてもいい気がするんだが……。冊子の製本作業に携わっていたことも要因の一つになっているのかもしれん。青チーム四人が81階に戻り、二セット目、子供たちチームのサーブ順は青俺、美姫、青ハルヒ、伊織、青朝倉、幸。反応速度で勝負を挑むのなら、青朝倉を正セッターとして入れた方が精度が増すが、先ほどのようにセッターが執拗に狙われてはどうしようもない。対する日本代表チームはエースだけを残して五人が入れ替わった。レギュラーメンバーに代わってコートに入ってきたのは、日本代表正セッターとOG四人。この土日のあの状況を受けて……ということで間違いないだろうが、監督としてどう思っているのやら。
『幸、一歩右!』
先ほど青俺自身が話していた通り、指示出しならテレパシーでも構わない。青俺が出来る限りの指示を出していくと見て、まず間違いない。拍子の揃ったダイレクトドライブゾーンが日本代表を襲う。双子の集中力なら青ハルヒがどんな行動に出ても美姫がそれに合わせてしまうだろう。一セット目と同様、青ハルヒを軸に据え、青俺の指示で援護するスタイルで、歴然としたダイレクトドライブゾーンの差を見せつけて圧倒。OG四人を立てる気持ちなど欠片も感じられん。青朝倉もようやく自信が持てたようだ。「じゃあ、他のみんなと交代してくるわね!」などと言いたげな表情で81階へと向かっていった。ベンチ付近ではカメラマンが随時撮影しているからな。不用意に話すことが出来ないのが玉に瑕だ。青朝倉と入れ替わりで会場に足を踏み入れるのはジョンだけだと確信めいたものを感じていたのだが、有希、みくる、古泉、朝倉、鶴屋さん、ENOZ四人と、ハルヒ以外の全員がセットになって降りてきた。モニターで見るより直接見たいとでも言いたげな表情だ。一セット目が僅差だったこともあり、時間もかなり費やしたと思っていたが、二セット終了の時点で時刻は午後七時四十分強。この調子なら、なんとか間に合いそうだ。三セット目はジョンがコートに入るし、五セット目はみくる以外の五人が指示を出すときと同じ速さで攻撃態勢に入ることができる。先ほどの青俺のように、今度は古泉が指示を出しかねない。三セット目、子供たちチームその2。サーブ順は青有希、美姫、ジョン、伊織、幸、青ハルヒ。
「正セッターは美姫で変わらずだが、スイッチ要因が今度は伊織に変わる。ジョンがコートに立つ分、ダイレクトドライブゾーンは使いづらいかもしれんが、采配はすべておまえに任せる。美姫が狙われたときは伊織がサポートに入ってくれ」
『問題ない』

 

 これまでの練習や練習試合を経て、反応の良かった選手を起用してくるかと思っていたが、ジョン達の前に立ちはだかったのはこれまで通りのレギュラー陣。相手もジョンが加わったことで、こちらの戦略が変化するのは承知の上。カシオペア座を連想させるバレー特有の守備形態がこれまでより若干広がっている。そういえば、ジョンが生放送の試合に出るのは今回が初めてになるんだったな。俺の思考がストレートに伝わる以上、あまり考え事をしないように努めなければ……。相手も青古泉と青朝倉の二人がコートから去り、セッターが美姫一人になったと判断したようだ。洗礼とでも言うべきだろうな。青有希のサーブを受けて、いきなりのセッター狙い。すかさずそれに反応した伊織をジョンが制した。
「俺が行く」
一セット目で青古泉の動きを見ていた美姫が瞬時に対応して、あの近距離のスパイクを見事にレシーブして見せた。だが、あまりに大きすぎるレシーブはダイレクトドライブゾーンでは愚行。当然のように防御を固めた日本代表選手たちが次の攻撃の機会を伺って……いや、ジョンの変幻自在なスパイクを攻撃で返す算段をつけていた。ジョンにとって相手コートにスパイクを叩きつけることなど、碁盤に碁石を置くようなもの。跳躍力でジョンに負けてしまうブロックには誰一人として跳ぶことなく、スパイクが放たれるのを待った。伊織たちもジョン一人に攻撃を任せて次のターンの準備に入っている。あまり覚醒状態で試合を見るものじゃないな。ようやく歯車が噛み合ったと思わせるスパイクが、先ほどのお返しとばかりにピンポイントでセッターに一直線。やり返されることを想定していた正セッターがレシーブを上げるものの、それに反応して跳び込んでくる選手はおらず、エースのバックアタックによる通常攻撃。ここぞとばかりに攻撃態勢に入った青ハルヒ達に対する美姫の采配は、超速攻の伊織のBクイック。防御態勢に入ることもままならない状態で、サイドライン上に叩きつけられては手も足も出せん。その後も何度かセッター狙いのスパイクが投じられるものの、伊織にスイッチすることなく、そのほとんどがジョンに処理されてしまっていた。二セット目と違い、美味しいところをほとんどをジョンに持って行かれた青ハルヒが、不機嫌そうな顔でエレベーターに乗って行った。子供たちはこのままベンチで観戦するらしい。古泉や朝倉が「自分の出番はまだ来ないのか?」と言いたげな表情で試合を見つめていた。

 

 四セット目、こちらも生放送初出場のENOZとハルヒ&有希のコンビがコートに入り、ライブさながらの歓声が上がる一方、OG六人の誰一人として出ることなくレギュラーメンバーを投入してきた日本代表側に、ブーイングの声も上がっていた。ENOZチームのサーブ順はハルヒ、岡島さん、榎本さん、中西さん、有希、財前さん。岡島さんもダイレクトドライブゾーン用のトスに随分慣れてきたし、あとはハルヒの主張通りOG四人を徹底的に鍛え上げれば、司令塔を入れた日本代表とも渡り合えるだけの実力は備わった。相変わらずのセッター狙いも、このセットは良い実戦経験と見るべきだろうな。すかさず跳び込んだハルヒや有希が岡島さんのレシーブをそのままツーで返したり、有希がスイッチしたりと場面に応じて臨機応変に対応。ENOZチームのデビュー戦としては申し分ない闘いぶりを見せ、点差は開いたものの、観客からは健闘を称えた拍手が送られた。
「四セットを終えて2-2ですか。絶対に負けられなくなりました。どうやら、スイッチ要因は必要がないようですね。僕も跳び込んで構いませんか?」
「問題ない。わたしが上げる」
「セッターを狙っただけじゃ、あたし達の攻撃は止められないってことを体感させてやるわ!」
「待ちくたびれちゃったわよ。わたしの出番もあるんでしょうね?」
「皆さんの足手まといにならない様に、わたしも頑張ります!」
「心配無いにょろよ!そのときはあたしが決めてやるっさ!」
「勝ち取ったセットの両方にこの三人が出ているんじゃ、格好がつかん。これが見本ってヤツを見せてこい」
『問題ない』
生放送最終戦、黄チームのサーブ順は古泉、ハルヒ、有希、鶴屋さん、朝倉、みくる。普段俺が入る位置に鶴屋さんが入っただけの至ってシンプルなものだが、熟練されたローテであることに間違いない。相手コートには引き続きレギュラーメンバー六人だが、これが大将戦のようなものだからな。ブーイングもさほど気にならない。というより、歓声にかき消されていると表現するのが適切か。青古泉でも美姫でも駄目だったんだ。セッター狙いのスパイクが有希に通用するはずがないとして、セッター狙いは諦め、序盤からダイレクトドライブゾーンの総力戦。このあとのインタビューでもコメントすることにしよう。今シーズンはもう少し修練を積んでからこの五セットがしたかった。ワンテンポ遅れるどころか、自分以外のメンバーがレシーブするのを見てから、ようやく攻撃態勢に入っているみくるだったが、黄チームの怒涛の猛攻に次第に追いつけなくなっていく日本代表選手たち。それに一歩リード中のOG達、青ハルヒや青俺を除く青チームや幸も似たようなもんだ。『零式使い兼司令塔』になりつつある妻も含めて、今後、化ける可能性のあるメンバーばっかりだ。超速攻のダイレクトドライブゾーンの応酬の中、ボールを集めつつあるのが、超大穴とも言えるみくる。ハルヒ達にどうしても眼が行ってしまいがちなところに敢えてみくるを起用することで、相手チームの裏をかき、シューズの裏に接着剤でも付けられたかのような状態に陥っていた。「どうしてそんな球も捕れないんだ!」と言われてしまいそうだが、その点については実況が解説を加えていたから心配はいらんだろう。
「いや~、あれは逆に捕れないですよ。セッターのツーアタックも含めた五人のダイレクトドライブゾーンに、たった一人だけ普通の……いえ、普通よりも遅いくらいです。スパイクの威力も含めて一セット目とはまるで別人ですよ。野球で言うところのチェンジアップのようなものです。相手のペースに慣れつつあるところで、いきなりあんな球を投じられたら、誰だってリズムを乱されますよ」
まるで別人ではなく、本当に別人なんだから仕方がない。みくるのスポーツに関しては、圭一さんの人参の好き嫌いや、古泉のボードゲームの強さと同じくらいの両極端だからな。結果は言うまでもないが、このセットはみくると日本代表選手の健闘を称えるべきだろう。本来のダイレクトドライブゾーンにこれだけ喰らいつくことができれば、次の世界大会が楽しみになってくるってもんだ。
「有希っ子の采配には呆れたにょろよ!みくるがあれだけ点を稼ぐなんてありえないっさ!」
「我々はまんまと囮に使われたようですね。ですが、有希さんの期待に見事に応えた朝比奈さんのプレーには、称賛の言葉しか浮かんできませんよ。ご活躍は後ほどVTRで拝見させていただきます」
「有希さんのトスが正確すぎるくらいで、わたしは別に何も。あんなにボールを集められるなんて、わたしも意外って言うか、その……」
「問題ない。朝比奈みくるが相手をかく乱するのに十分過ぎるほどの戦力だっただけ」
「みくるちゃんがあれだけ活躍したんだから、あんたはさっさとインタビューに答えてきなさいよ!ドラマが始まっちゃうでしょうが!!」
「そんなに慌てるな。まだ監督のインタビュー中だし、みんなが活躍してくれた分だけ余裕ができたってもんだ。逆に視聴者を困らせることになるぞ」
何はともあれ、当初の目的は果たせた。ハルヒ達には、子供たちを連れて早く81階に上がるよう促して、TVスタッフの案内に従った。スカ○ターから監督のコメントが聞こえてくる。

 

「監督、今シーズンの五セットを終えていかがでしたか?」
「彼らの連携を見せつけられてから、選手たちもかなりの修錬を重ねましたが、あの域に達するにはまだまだ先が長いようです。特に最後のセットは彼の指示無しであの速さですから、正直驚きを隠せません。最初の二セットで出場させたあの六人をコートに立たせた方が、まだラリーが続いていたでしょう。彼女たちに追いつこうとする直向きな思いは、他のどの選手よりも勝っていたように感じています。明日以降も、より一層精度を高めていく所存です」
「監督、ありがとうございました」
そのセリフを皮切りにカメラが切り替わって俺が映っている。無論、催眠のかかったスカ○ターが映ることは無い。
「キョン選手にとっては当初の予定通りということなんでしょうが、結局、この五セットには交代も含めて一度も出場しないまま終わってしまいましたが、何か特別な理由でもあったんでしょうか?」
「細かな理由を挙げていくとキリがないので割愛しますが、結論から言うと、采配を読む司令塔がいない状態でもここまでのプレーができることを見せたかったというのが本音です。仲間に『こんなことをやってみたい』と提案したのが今回のダイレクトドライブゾーンだったんですが、この練習を始めた当初は、俺の入ったチームが勝ってばかりで、特にハルヒ達は俺が采配を読むスピードに負けじと喰らいついてきてくれました。この短期間で『化けた』と表現しても過言では無いくらいの成長を遂げたメンバーもいるくらいです。前のシーズンが防御力を鍛える二週間だったとするなら、今シーズンはそれぞれの集中力を高めるための二週間だったと思っています。ただ、今回はもう少し練習を重ねてからこの五セットがやりたかったですね。その方が、より白熱した試合が見せられたんじゃないかと感じていますし、『化ける』可能性を秘めた選手が揃っていましたから、今後に期待していただければなと思っています」
「明後日からは、男子日本代表チームもこのビルに来訪するそうですが、それについてはどうお考えですか?」
「既に各方面で動き始めていますし、男子日本代表チームの期待に応えられるよう尽力していく所存です」
「キョン選手、ありがとうございました」
俺がコメントしている間に監督とOG六人が入れ替わっていた。カメラも切り替わったし、先に81階に戻ろう。
「今日は六人とも一セットずつの出場でしたが、どうでしたか?今まで味方だった選手たちが、こうして公の場で敵として立ちはだかるというのは?」
「いつもはネットを挟んで練習試合をしていても、和やかな雰囲気っていうか、緊張感がないわけじゃないんですけど、先輩たちを相手にここまで空気が張りつめたのは、高校のとき以来じゃないかと思います。そのときは、『一度でいいから、先輩たちに勝ってみたい』って、私たちが勝手に先輩たちのことを敵対視……とまではいきませんけど、そんな風に思っていました。でも、今日は先輩たちから『倒すべき相手』として見られているのが凄く伝わってきて……前々から分かっていた事だったんですけど、このあと先輩たちとどう話をしていいのか分からなくなりました」
「その『一度でいいから勝ってみたい』というのは、結局どうなったのかお聞きしてもよろしいですか?」
「最後の最後でようやく……だったよね?」
「高校の引退試合の最終日だったんですけど、昼食の時間を割いて闘ったそのセットはデュースの繰り返しで、全然勝負が決まらなくて、最終スコア35-33で勝てたときは本当に嬉しくて」
「私のトスもほとんどキョン先輩に読まれていたんですけど、その話題になると未だに『最後の最後までAとブロードの違いが分からなかったのが悔しい』なんて言ってくれます!」
「緊迫した試合の中、お疲れ様でした。ありがとうございました」
『ありがとうございました』

 

 OG達のインタビューを終えて、ようやく九時三分前。そのあとアナウンサーや実況が話していようが、有希にとってはそんなものは関係ないらしい。大画面の映像が切り替わり、ドラマの第五話が放送されるのをジッと待っていた。チャンネルが切り替わっても、大画面を見ていた観客達に動きはあまり見られず、ドラマが続けて流れるだろうと見透かされていたようだ。81階には俺とOG達を除いた全員がモニターを見ながら待機していた。
「くっくっ、大画面に注目が集まっていたとはいえ、キミも随分大胆なことをするじゃないか。いつの間に駐車場にシートを被せたんだい?」
「明日のクレーム処理を少しでも緩和するためだ。生放送中に機会が来ると思って、影分身一体に見張らせていた。ドラマが終わり次第、垂れ幕を下ろすよう指示は出しておいた」
「しかし、佐々木さんもよくそれに気が付きましたね。SPを配備していたときにそんな変化は見られませんでしたし、五セット目の真っ最中ということになりそうですが……」
「外の観客たちも画面に釘付けになって、走っている車も落ち着いてきた頃だったからな。具体的にどの場面でというのは俺にもよく分からん。それより、アイツ等が戻ってきたら乾杯ってことでいいのか?」
「君はそうでも無かったようだが、私からすれば十分白熱した試合だったよ。こういう機会でもないと、私も酒が飲めないからね。こちらの新川まで揃う機会は滅多にあるもんじゃない。試合で疲れているかもしれないが、付き合ってもらえないかね?」
「試合で疲れたなんて誰も思ってないっさ!あたしも暴れ足りないくらいにょろ!かしこまった祝賀会なんて面白くも何ともないっさ!あの六人が戻ってきたら大いに盛り上がればいいにょろよ!」
「さっすが鶴ちゃん!SOS団名誉顧問の称号を勝ち得ただけのことはあるわ!一セットも出ていないあんたがそんなんだから、圭一さんがこんな言い方しなくちゃいけなくなったんじゃない!謝りなさいよ!」
「いや、別に俺はそんなつもりで言ったわけじゃ……どうもすみません」
「でもあの子達、さっきはあんなこと言っていたし、どうやって迎えてあげようかしら?困っちゃったわね」
「問題ない、いつも通りでいい。それより、今度のライブの件であなたとジョンにやってもらいたいことがある」
「俺とジョンが何をするのかは分からんが、夜練中でも可能なことなんだろうな?」
「現段階ではどちらの古泉一樹も不可能。あなたには古泉一樹の催眠をかけた状態でパフォーマンスをして欲しい」
「確かに、夜練の最中に影分身を使ってパフォーマンスとなると、今の僕や黄僕では少々無理がありそうですが……一体どんなことをするというんです?」
俺が自分に古泉の催眠をかけてジョンとパフォーマンスってことは、ドラマに関する内容なんだろうが、青古泉の言う通り、一体何をさせられるのやら。ようやく有希が、その内容に触れようとしたところでエレベーターの到着を知らせる音が鳴り、OG六人が現れた。

 

「あれっ!?もしかして、私たち待ちですか!?すみません!」
「遅いわよ!あんた達も自分の飲み物を選んでさっさと席に着きなさい!有希もその話はパーティが始まってからでいいわよ!」
思っていたことを素直に答えただけなんだろうが、インタビューのコメントを受けて俺たちが不機嫌になったんじゃないかと勘繰っているようだ。六人とも表情が曇っていた。
「六人揃ってそんなに不安気な顔をしなくても、いつものハルヒだ。いつまでもそこで突っ立っていると、それこそ本当にどやされるぞ?俺も今来たところだ。早く選んでパーティにしようぜ」
『はっ、はいっ!』
そういや、前回は例の戦争後にカレーで祝勝会をしていたから酒は無かったんだったな。おでんを振る舞ったときも日本酒や焼酎が入ることは無かったし、圭一さんも俺が話しかけるまで黙々と食べていたっけ。ようやく飲み物が出揃い、乾杯の音頭は当然ハルヒ。
「それじゃあ、あと一日残っているけど、二週間のオンシーズンお疲れ様でした!乾杯!!」
『かんぱ~い!』
影分身を出しても、本体がダウンしてしまうと影分身も意識を失ってしまうと判明しているため、古泉の影分身が追加オーダーを聞いて回ることもなく、飲み物は自分で取りに行くといういつもの俺たち流のパーティ形式。みくるも古泉もワインをセレクトしていた。古泉の方は園生さんがいるし、みくるにも鶴屋さんが付いてくれている。覚えていたら、酔いの覚まし方を鶴屋さんにも伝えておこう。話すタイミングを逃した有希が、先ほどの続きを話し始めた。
「今度のライブはSOS団のSuper Driverからのスタート。二曲目にカバー曲を入れる予定。あなたとジョンにはバイクで天空スタジアム中を駆け抜けるパフォーマンスをして欲しい。例の映画の披露試写会であなたがスケボーに乗るパフォーマンスと似たようなもの。ドラマの方は、あなたが脚本を手掛けた第七話以降、バイクのシーンが一切含まれていない。その分をライブで見せて動画サイトにUPする。著作権等については申請している最中」
「それで、その二曲目とやらは誰のどんな曲をやるつもりなんだ?著作権の申請もしているってことは、一曲だけじゃなさそうだな」
「○`Arc~en~Ciel のDriver`s ○ighを二曲目として入れる予定。それ以外にも中島美○のGlamorous ○kyも今度のライブで演奏する。アンコール曲は今のところENOZの新曲のみ。シレ知レセカイはどちらの涼宮ハルヒも作詞が終わっていない状態。衣装の件も含めて今週は不可能。でも、CD販売のことを考えると、来週のライブまでにはダンスをマスターしてしまいたい。ちなみに、ENOZのカバー曲はSIAM SH○DEの○の純情な感情を演奏予定」
「えぇ~~~~~~っ!!あの曲をハルヒ先輩が歌うんですか!?私も聞いてみたいです!!でも、夜練に出なくちゃいけないなんて……」
「なるほど、○`Arc~en~Ciel のDriver`s ○ighなら、前奏前にバイクで走り抜ける音が入っていましたね。二曲ともDriverで繋がりがありますし、絶好のパフォーマンスになりそうです」
「カバー曲なら練習中にいくらでも見られる。しかし、またしてもアニメ関連のオープニング曲やエンディング曲とは……加えて、ギターアレンジが半端ないんだろう?有希も、中西さんも。ところで、どちらの曲もキーボードパートは無かったはずだ。みくるはどうするつもりだ?」
ギターアレンジと聞いて有希と中西さんの口角が上がった。これは完成が楽しみだな。
「朝比奈みくるをあなたのバイクの後部座席に乗せて走って欲しい。ある程度回ったらパフォーマンス終了する。でも、そのあとタンバリンで出てこられるような曲じゃないのが問題。ギター、ベース、ドラムさえいれば十分。編曲をしたくてもできない」
『だが、影分身の精度を高めて使いこなしたのは、俺の知る限りキョンが初めてだ。俺はそんな修行を積んではいない。男子日本代表チームには、当分の間ストレートだけでいいんだろう?俺よりも古泉一樹や青チームのキョンに任せた方がいい』
「ジョンのセンスならそのくらい簡単にできてしまいそうなもんだが……俺もゾーンに入れる意識のパーセンテージをもっと少なくしていかないとな」
「俺もようやく64%にまで抑えることができるようになった。50%の影分身二体がかりで変化球を投げれるようになれば、夜練の方の負担も大分楽になりそうだ。その分、古泉がおススメ料理の仕込みに入れる」
「意識の半分だけでゾーン状態になるというんですか!?僕もまだまだ修行が足りないようです。まずはできるだけ少ない意識でゾーン状態になるところからということになりそうですね」
「じゃあ、パフォーマンスには古泉の催眠をかけた俺とみくる、ジョンの催眠をかけた青俺ってことでいいか?」
「分かった」
「ところで、もう演奏できるということであれば、明日の夜にでも見せていただけませんか?火曜日ですから夜練もありませんし、どちらのOGも参加できるはずです。異世界の天空スタジアムでリハーサルというのはいかがです?」
『ハルヒ先輩や榎本さんがカバー曲を歌っているところを聞いてみたいです!間に合うのなら明日聞かせてください!』
「あたしも、ダンスの作詞があるし、木曜日の夕食後じゃダメ?前日の良いリハーサルになりそうなのよ」
『問題ない』

 

「もう一つ、コンサートでは三月末まで『旅立ちの日に』を演奏する予定。オーケストラだけでも悪くはない。でも、歌詞もあった方がいい。古泉一樹、青チームの朝比奈みくる、それに彼女と宝石違いのネックレスを持ったあなたの混声三部合唱がベスト。時期や歌詞、色合い的にもあなたのそのピンクサファイアのネックレスがセンターになった方がいい。あなたがアルトパートなら、自然とあなたが中央になる。歌詞と音程ならサイコメトリーで間違えることはない。周りの観客からの視線なら世界大会で十分慣れているはず。人数が増えるだけで緊張によるミスは考えにくい。歌って」
『(黄)わたし(この子)がコンサートで先輩たちと混声三部合唱ですかぁ!?』
六人でアイドルデビューなんて話も上がっていて、試合を見に来る観客の様子を見ていても、一番人気はどうやらコイツでほぼ間違いない。さっきのカバー曲やそのパフォーマンスも含めて、古泉と青みくるの間に入って混声三部合唱とは有希も考えたもんだ。本人を含め、OG達12人が揃って驚いていた。
「そう、木曜の夜のライブリハーサルのあと、録音したオーケストラを流すから三人で歌って欲しい。当日リハーサルで楽団と合同練習の予定。時間を指定してくれれば可能な範囲であなたに合わせる。都合のいい時間帯を教えて」
「それなら明日の練習試合を受けて監督のコメントがどうなるかで判断するが、明後日からは基礎練習を終えた後、男子のフォーメーション練習に合流する。サーブ練で戻る以外は練習試合もリベロとして男子の方に混ぜるつもりでいる。リハーサルをやるなら楽団練習の最初がいい。サーブ以外は入れ替わっていても不自然さは出ないはずだ。ネックレスとピアスだけ渡しておけばいいだろう」
「キョン、わたしが男子の日本代表チームと一緒に練習するの?」
「采配を読む練習をするなら、俺たちや女子日本代表とやるより、男子日本代表とやった方が互いの為になる。いくら訓練で意識のパーセンテージが下がったからとはいえ、俺が毎日のように練習に参加するわけにもいかんしな。今夜は徹底的に采配を読む練習だが、明日以降はその練習を昼の間にやって夜はサーブだ。零式改(アラタメ)が撃てる司令塔になれば、世界大会まで待たなくともレギュラー入りが確定する。そこにハルヒや岡島さん、OG四人で練習試合を挑むまで。今日の五セット目と同様、司令塔がいなくとも完全なダイレクトドライブゾーンの応酬となれば、残り四人も必然的にレギュラー格と似たような扱いになるはずだ。女子日本代表が三枚ブロックの相手と練習試合をすることはあっても、三枚ブロックの練習をすることはまずあり得ない。身長が低かろうが、野球で培った防御力とダイレクトドライブゾーンなら、どの国の代表が相手でもおまえ等で対抗できるだろ?ハルヒ達と同じ反応の速さまで到達すれば男子日本代表相手に『指示無しで』男子日本代表の相手をしてもらう。ネットの高さについては、圭一さんがマネージャーに念押しをしてくれたから心配いらん。ただし、三枚ブロックの練習からダイレクトドライブゾーンの練習に移るまでにハルヒ達と対等にならなければ、練習試合の相手はハルヒ達ということになるがな?」
『絶対にそれまでにマスターしてみせます!』
「キョン先輩、私はどうすればいいんですか!?」
「簡単な話だ。レギュラーがこの五人で確定すれば、必然的にセッターも入れ替わる。双子が嫌がっていたサインも必要ない。全員攻撃を仕掛けてきた五人をどう使うかはおまえ次第。当たり前だが、ダイレクトドライブゾーンのトスだけは上げられるようにしておけよ?」
「問題ない!」
『キョンパパ、わたしもう眠い』
「なら、幸と三人でお風呂に入って先に寝ていろ。俺たちも後からジョンの世界に行くからそれまでしっかり練習してろよ?」
『問題ない!』

 

 その頃には、みくるも古泉も当然のようにダウン。OG六人もそれを追うようにフロアを後にした。どうやら、采配を読むことと零式改(アラタメ)のことしか頭にないらしい。コンサートで歌うことはOKしたということにしておこう。古泉もほとんど意識はなかったが、こちらも問題はない。圭一さん達も満足のいくまで飲めなかったようだが、水曜と木曜日も飲み会になると伝えると、満足気な表情で自室に戻っていった。
「ちょっとあんた、明後日と明々後日が飲み会ってどういうことなのか説明しなさいよ!?」
100階でハルヒのシャンプーをし始めて一番最初の話題がこれ。垂れ幕も下ろしておいたし、本体は隣のシャンプー台で有希にシャンプーをされている最中。みくるはシャンプーと全身マッサージを終えると、裸で影分身と抱き合ったまま眠っていた。
「その日に何があるか考えればすぐに出てくるだろ?」
「明後日なんて、男子日本代表が来るくらいで何もないじゃない!」
「もう一つ、異世界支部のシートが外れる。異世界支部の本格始動。木曜日は未来にわたし達が赴くだけ。彼があの時間平面上のジョン達と手合わせをしてくるくらいで、何も起こらずに終わる。例の組織も全シェルターにカレーを届け終わるまでは未来にやってくることを念頭に置いた上で予知しているはず。もう戦争が起こることはない。その祝賀会」
「別に二日酔いになるほど酒を飲もうがいつでも酔い覚ましできるし、酒なんていつ飲んでもいいような気がするが、新川さん達の料理を酒の肴にするっていうのもどうかと思うけどな。今までダウンしたことのある奴なんて、妊娠期間中につわりを起こしたハルヒと青有希、温泉旅行後の青ハルヒと、それと同じ理由でダウンした元変態セッター、カレーの件で使い物にならなくなっていた有希たちくらいだろ」
「あたしをその枠の中に入れるんじゃないわよ!それより、早くジョンの世界に行って、あの子達鍛えるわよ!」
「なんだ、作詞するんじゃないのか?俺は有希と青ハルヒのルーティンワークとやらに付き合わないといかんし、最低でも水曜の夜まではジョンや朝倉とバトルを継続だ。それ以降も必要がない限り止めることは無い」
「問題ない。ジョンと朝倉涼子を相手にしていても、影分身を出せる域にまで来ているはず。あの12人の練習のサポートくらいなら可能」
「出来ないわけでもないが、それをやった場合、朝倉がどう感じるか容易に想像がつくだろうが!」
「ジョンは目的を持って修行に励んでいるからいいけど、涼子もよく飽きないわね」
「本人の言葉通り、単なるストレス発散。青チームの古泉一樹がデザインした下着のデータを直接受け取れば、わたしの計算では、最低でも一ヶ月は付き合わされることになる」
「それはそれで断固阻止したいところだな。だが、いくらストレス発散でも、戦闘力が修行した時間に比例しないってのはそれはそれで癪だな。朝倉や有希じゃいつまで経っても涼宮体を倒せないってことになる」
「でも、過去の時間平面で急進派の親玉に止めを刺したのは涼子だったでしょ!?」
「そう。あなたとのバトルで戦闘スキルによる戦闘力の変化はわたしや朝倉涼子にとっては微々たるもの。これ以上のバージョンアップは必要ないと判断される。でも、確実に上昇しているのは確か」
「それを聞いて少しホッとしたぜ。いくらヒューマノイドインターフェースとはいえ、理不尽過ぎると思っていた」
「あなた達が特別なだけ。他の時間平面上ではそんな必然性はない」
「それよりあんた!ジョンに連絡して先に練習を始めるように伝えておいて頂戴!アレの件も気にせずに済むようになったし、側室と毎日抱き合っているクセに、正妻とはそのときの気分で抱き合うなんてもう嫌よ!あたしも毎日あんたに抱かれたくなったわ!」
「それはいいが、アイツ等にどんな練習メニューをするように伝えるつもりだ?ジョンにわざわざ伝えずとも、本体がここにいる以上、ジョンに直接伝わっている」
「昼も夜も常時影分身でバレーの練習をさせるわ!異世界にも体育館を設置してもらえばいいわよ!その方が集中力を鍛えることになるんでしょ!?あの子たちに時間がないって言ってたのはあんたじゃない!」
『ならそう伝える。俺もキョンとのバトル以外は影分身の修行に励むことにする』
「だったらこっちのOG六人全員だ。零式改(アラタメ)と采配を読むための集中力を鍛える練習にもなるし、あの二人にも編集部とデザイン課に戻ってもらうことになると伝えてくれ」
『「問題ない!」だそうだ』
既にジョンの世界に行っていたか。時間があまりないとはいえ、監督の前で失態をしなきゃいいんだが……まぁ、その分他の選手と差を見せつければいいだけだ。

 
 

…To be continued