54-217 無題

Last-modified: 2007-07-25 (水) 00:36:36

概要

作品名作者発表日保管日
無題(You,It's always you It's only you.)54-217氏07/2407/25

作品

 無事に進級も決まり,取り立てて心配事もない春休みの後半,俺達,つまりSOS団の5人は,ハルヒの「せっかくの休みだし,泊まりがけで不思議探索よ!」という,何がせっかくなのかよく分からない提案即ち命令により,とある温泉宿に来ていた。
 
 言い出したその日に出発という,グデーリアンも真っ青の電撃戦だったが,こんな時期に飛び込みで泊まれる宿があったのも凄い。しかもご丁寧に和室2間の5人部屋だ。古泉が「これも涼宮さんが望んだからですよ」と,最早デフォルトとなった解説を吐いたが,流石に1年にもなれば驚かない。余程みんなで一緒にいたいんだろう,この気まぐれな神様は。
 
 到着した日は流石に疲れ果て,風呂に入って晩飯を食った後は,部屋で三々五々過ごしていた。大きな露天風呂で一騒動あったのはまた別の話だ。
 俺と古泉はトランプ。長門は旅行だからか,かさばるハードカバーではなく文庫本を持ってきていた。ハルヒと朝比奈さんは,ヤケにテンションの高いクイズ番組を見ながら嬌声を挙げていた。
 時計を見るとまだ10時だった。何だかんだ言っても気の置けない仲間達と泊まり掛けの旅行,いつもとは違う雰囲気と高揚感があるのは否めないが,移動の疲れと,この平穏で心地よい雰囲気に,もうこのまま寝ても良い気分だった。
「おいハルヒ,何だかもう寝たい気分なんだが…取り敢えず俺と古泉はこっちの部屋だろ。布団もってくぞ。ああ,俺のことは気にしないで楽しんでくれ。少々騒いでも大丈夫だ。」
「…キョン!! …あんた,他の団員達がこの探索旅行にこれだけのやる気と気概を見せてるところに,なによその腑抜けた態度は!しかもまだ10時よ,年寄りじゃないんだから。皆今夜はオールナイトも辞さない覚悟なのに,あんたって男は…!」
 やる気と気概といってもな,本読んでテレビ見てトランプで負けて…これのどこに気合いが見えるんだ?しかも朝比奈さん,さっきからカクンと下向いたままだぞ。徹夜どころかもう寝てるんじゃないか?
「あらっ?みくるちゃん!寝てる場合じゃないでしょ!」
「…ふにゃ?お,おはようございます…ムニャ」
 素で「ムニャ」とか言う人は初めて見た。畜生,可愛い。じゃなくて,
「なあハルヒ,まだ2日あるんだぜ?初っぱなから荷物持ちと駅弁調達でヘロヘロの雑用係はもたねえぞ。」
「…じゃあ哀れなキョンのために取り敢えずみんな寝ましょう。でも,ただ寝るのはつまんないわね…布団3組にして2人2人1人で寝るのはどうかしら。」
 ちょっと待て。誰と一緒になっても一睡も出来なくて悶え死ぬぞ。色んな意味で。
「このエロキョン。どうせみくるちゃんと一緒になって,寝返り打つフリをして胸に埋まろうとか考えてるんでしょ。あ,それか無抵抗な有希に足を絡み付けるとか。!…あんたまさか古泉くんを…」
 おい,最後のは本気で止めてくれ。それにお前が振ってきたんだろうが。とにかく普通に寝るぞ。
「うーん,じゃあ…布団全部くっつけて雑魚寝」
 普通にだ。
「涼宮さん,団員のスキンシップは大事なことですが,我々男子高校生には正直持て余すところです。とにかく男女分けて煩悩を遠ざけるのが賢明かと。」古泉にしてはいいフォローが出た。
「ま,しょうがないわね。キョンが暴走しても困るし。じゃ,寝ましょうか。」
 まったく,俺の煩悩を押さえ込むって話にすり替わってやがるし。まあいいか,とにかくこれで寝られるな。
「…みんな,寝た?」
「いえ,眠れませんね。」
「…寝ていない。」
「さ,さっきウトウトしてた分,目が冴えちゃって…」
「…キョンは?」
「俺も,目が冴えちまった。」
「もう,あんたが眠たいっていうから寝てやったのに,目が冴えたとはどういう料簡よ。」
 しょうがないだろ。お前の同衾妄想の馬鹿話に付き合ったら眠気が取れちまった。だから俺のことは放っとけと言ったのに。
「とにかく,これは罰ゲームね…んー,そうだ,アカペラで全員寝るまで何か歌いなさい。みんなが歓喜の涙に咽びながら,やがて静かに眠るようなヤツ。」
 どうしたら寝ようとする奴に歌を歌わせるという発想が出来るんだろうかコイツは。静かにしてたら自然に寝ちまうさ。
「ダメ。うーたーうーの。聞きたいわよねえ,みんな。」
「興味ありますね。」
「…聞きたい。」
「キョ,キョンくんの歌で,寝たいなあ。」
 朝比奈さん,色々突っ込めるコメントですね。というか,みんな,ハルヒに追従してるんじゃねえか。
「というわけで歌いなさい。」
 やれやれ,団長様の最後通牒か。何か適当に歌って凌ぐしかないと観念した俺は,ちょっと世代が高めのアーティストの,少し昔の曲を口ずさんだ。衆人環視の中で一人鼻歌カラオケ…これは何の拷問だ。
 …歌い終わったところで,当然ハルヒから厳しい査定と批評が下されるものと思っていたが,意外にも「ま,まあキョンにしては良かったじゃない。眠りに落とすには程遠いけど。」と,どこかはぐらかすような論評をしたのみで,「じゃ,今度こそ寝ましょ。」と,さっさと寝入りやがった。まったく,人を恥辱にまみれさせて,途中で飽きたかどうかしたんだろう。俺は,あっけなく終わったことに半ば安堵し,半ば呆れながら布団を被った。-やれやれ。
 
「おそらく,涼宮さん自身もここにいるとは思いますが…神人が出てくれば少々やっかいなことになりますね。」
 …状況から言えば,旅館で寝ていたはずの俺達は,お馴染み灰色変態空間,即ち閉鎖空間の中で,学校をうろうろしていた。古泉の言うように,肝心のハルヒが見あたらない。ちなみに長門は,パソコンで何やら外界との通信を試みたが,敢えなく電気が落ちたので,いつものごとく読書を始め,朝比奈さんも最初こそ怯えていたが,カセットコンロが使えると分かると,嬉しげに皆のお茶の準備を始めた。どちらもらしいといえばらしいが。俺と古泉は閉鎖空間の外周を探っていたところだ。
「ハルヒもいるってのは,何か根拠があるのか?」
「今回,涼宮さんは純粋に小旅行として楽しんでいました。特別彼女が僕達だけをここに放り込む要因になった出来事も特にない…つまり,僕達のいない世界を作る理由はない。問題は,何故閉鎖空間を作ったか,ですが…昨夜のことを思い返しますと,イレギュラーのイベントはあなたが涼宮さんに無理矢理歌を歌わされたあれだけです。となると,彼女は歌に感化されたと推測できます。経験上,神人が静かなときは彼女が自分でも分からない感情を抱いて,それをどうしたものか御しあぐねているときです。」
「歌といってもな…夕べの,俺のやっつけ鼻歌でハルヒが何やらモヤモヤとしてるって言うのか?どうもピンと来ないんだが…」
「あなたは茶番と自嘲されていますが,なかなかどうして,結構聴かせるものがありましたよ。僕ですらそうですから,涼宮さんはもっと深く汲んだのではないでしょうか。」
 古泉はそう言って,「後は言わずとも分かるでしょう」みたいな微笑顔で俺を見ている。正直,分かんないんだが。と,その時。
「…!神人が発生したようです。僕はあちらを抑えますから,あなたは涼宮さんを。」
 古泉はそれだけ言うと,いつぞやの赤玉に変化して飛んでいった。
 俺は部室に駆け込んだ。長門は読書をやめ,彼方の神人をじっと見つめている。大分遠くて俺には見えないが,周りを飛び回る赤玉もこいつには見えているんだろう。朝比奈さんは胸の前で手を握りしめて,ガタガタ震えていた。「ふぇ,キョ,キョンくん!ど,どうしたら…それより,涼宮さんは大丈夫?」
 俺が探してきますよ。それより朝比奈さんも気をしっかり持って。
「朝比奈みくるは私が保護する。あなたは涼宮ハルヒを探すべき。」
 すまんな長門。でもハルヒはどこにいる?
「涼宮ハルヒは移動を繰り返しているが,法則性はない。ただ」
 ただ,何だ?
「あなたと共有する記憶に由来する場所を探せばよい,と思う。」
 つまり,俺とハルヒが一緒にいたことのある場所だな?
「そう。」
 
 教室,屋上,踊場,中庭…根拠はないが,中庭が引っかかる。俺はいつぞやかハルヒと笑い合った中庭の芝生を目指した。
 ビンゴだった。ハルヒはあの文化祭の後のように寝転がり,灰色の空を見ていた。俺は,努めて平静に声をかけた。
「どうしたんだ,こんなところで。」
 遠くで,地響きのような音がかすかにこだまする。あの時のようにハルヒを目指して来るようだ。
「何でもない。」
「何でもないわけないだろ。なあ,何か悩み事があるなら言ってみろ。俺で良ければ聞いてやるぞ。」
「…雑用係のくせに。」
「雑用係はな,団長様の悩み相談も出来るんだぜ?もちろん,秘密厳守でな。」
 この閉鎖空間には他の超能力者はいないのか,地響きはペースを変えずに近づいてくるようだ。古泉も心配だが,ハルヒが気付けばさらにやっかいなことになる。
「…ねえ,キョン。あんた,今あたしを探してたの?」
「ああ。」
「きっとこれって夢だと思うんだけど,このヘンな空間は,何だかよく分からないけど,あたしのせいで出来たような気がする…そんなところにみんなを閉じこめて,あたしはみんなに愛想を尽かされたんじゃないかと思ってたの。
 …でも,キョンはあたしを見つけにきてくれたんだね…」
「…お前だけ姿が見えないんだ,当然探すさ。みんなも心配してる。」
「キョンは,本当に義務感だけであたしを捜してたの?それとも…」
 あ…と,ここで俺は気付いた。昨夜の歌の歌詞だ。たったあれだけのフレーズから想像を巡らし,こいつは不安で怯えている。
 
   たとえばこのまま 逢えなくなったとしても
    きっと君の様な,君をさがす
 
 全く,歌ぐらいで心配かけやがって…本当に…済まなかったな,ハルヒ。大丈夫だ,絶対一人にはしない。
 俺は,夕べの恥ずかしい罰ゲームを頭の中で反芻しながら,ハルヒに言った。
「…夕べ言ったじゃないか。たとえ逢えなくても,きっとお前を探す,って。」
 地響きから察するに,神人の歩みが鈍りだしたようだ。
「キョン…夕べのって,これ,夢よね?…え?」
「あー,ハルヒ。これは夢だ。でも,雑用係は夢の中まで団長の有鬱を晴らしに来るんだ。…団長たるもの,団員を信じなくてどうする。俺だけじゃなくて他の奴らもお前の姿が見えなくて,夢の中まで探し回ってるんだ。…大丈夫だ,お前は一人じゃない。」
「…あたし,夕べあんたの歌を聴いて,自分でもよく分からないけど急に不安になって…もし,離ればなれになっても,みんな,…キョンが探してくれるかな,って…でも,あんたはあたしを見つけてくれて…」
 途切れ途切れの言葉に嗚咽が混じる。ハルヒは本当に不安だったんだろう。俺は,ハルヒの泣き顔を自分の胸に押しつけた。ハルヒは一瞬ビクッとしたが,されるがままに胸に顔を埋めて泣いていた。
 ふと彼方の神人を見ると,動きは完全に止まり,赤玉古泉がバラバラにしつつあった。神人を倒せば閉鎖空間は壊れる,という法則は,創造主が中にいるときは通用しないんだろうな…てことは,またアレか。
 でも,半ばヤケクソだった前回と違い,心の準備はすんなり出来た。
 なぜなら,今の俺はハルヒに何とも言えない気持ちを抱いている。古泉あたりに解説されそうで,何か悔しい気もするが,世界の調律や宇宙の進化や未来の行方さえ取り敢えず忘れてしまう,大事な気持ちだ。
 少し落ち着いたハルヒの顔を上げさせ,言った。
「なあ,取り敢えずこの空間から出よう。みんなも元の世界がいいに決まってる。それに,まだ温泉合宿も途中じゃねえか。こんな何もない灰色の空間には不思議もないさ。俺達の世界で,俺達が見つけるんだ。だから,みんなお前と一緒だ。勿論,俺もだ。」
「キョン…」
 一呼吸置くと,ハルヒは瞼を閉じた。全て分かっているかのように。
 
 
 
 目を覚ますと布団の中だった。首だけ廻らせて周りを見ると,横には野郎の爽やかスマイル,長門は俯せで文庫本を読んでいた。朝比奈さんも既に目覚めていて,俺と目が合うと布団の中から恥ずかしげに微笑んでくれた。何て素晴らしい朝だ…
 と,頭の方から凄まじい殺気を感じ,恐る恐る目を遣ると,刺すようなハルヒの視線をまともに受けた。
「ちょっとキョン!あんた,夢の中であたしにモーションかけておきながら,朝からみくるちゃんにちょっかい出すとはどういうこと!」
 昨夜の話に俺はギクリとしたが,他の3人も同じだったようで,長門まで顔を上げて俺を見つめている。何とか誤魔化さないとな。
「何だ夢ってのは…お前の夢の中でまで発言に責任は持てんぞ。それに朝比奈さんとは目があっただけじゃねえか,全く。」
「そう…ね,夢か…」
「そうだ。じゃないとあんなこっ恥ずかしいこと言うわけがな…」
「…え?あんた今…」
 うぉっ!口が回りすぎた!古泉,青ざめながら笑うな!何か機転を利かせろ!長門でもいい!朝比奈さん,ここは何食わぬ顔でスルーしなきゃ!そんな震えたら不自然ですって!
「ちょっと,どういうことよ!!え?…何であたしの夢…え?同じもの見てたの?…古泉くん!何か知ってんでしょ,言いなさい!」
 
 …古泉が得意の韜晦と出任せの論理で何とかハルヒを丸め込むのにたっぷり1時間を要した。その日は一日中古泉からぼやかれたが,今回ばかりはさすがに古泉に頭を下げ通しだった。
「もう,一思いに昨夜の再現をするというのはどうでしょう?万事丸く収まると思いますが。」
 まさか,夕べの一部始終見てたんじゃないだろうな。
 …今はこのままでいいさ。あいつを見守ってやれれば,それでいい。
 そしていつか,あのフレーズの続きを囁くのさ。
 
             -You,It's always you It's only you.
 

 

 
"YOU"
布袋寅泰

作詞 作曲
TOMOYASU HOTEI