67-810 無題

Last-modified: 2007-11-07 (水) 23:59:02

概要

作品名作者発表日保管日
無題(消えたハルヒと見つけたキョン)67-810氏07/11/0707/11/07

作品

 ──やっと見つけたぜ。ハルヒ。
 お前も同じこと考えてたんだな。
 
 5月の連休も明けてしばらく経った日。ハルヒがSOS団設立を思い立った、俺にとっては忘れられない日だった。
 俺は教室の、3年間定位置だった窓際の一番後に座っている姿を見て、何とも言えない感慨を覚えた。放課後、誰もいない教室。卒業してからのこの1年あまり、俺はずっとこの姿を求めていたんだ。古泉の機関も、そして長門の親玉さえも居場所を特定できなかったのは、その能力が発揮されていたのだろう。何故、俺たちの前から姿を消したいと思ったかは解らない。それは、後からゆっくり聞いてやるさ。
 それより、今は──
 
「よう」
 俺は3年間いつもやっていたように声をかけ、ハルヒの前の席に腰掛けた。すでに俺の席ではないが、こうしているとあのころに戻った気分になる。
「元気か」
 だが、ハルヒは返事もせずに頬杖をつき、窓の外を眺めている。こういうときはそっとしておくに限る、ということを俺は3年間嫌と言うほど学んだ。俺はそのまま前を向いて、高校時代の思い出に浸ることにした。しかし、ゆっくり思い出に浸っている暇はなかった。
 
 あの時のように、それは突然やって来た。
 
 今日という日付を俺が忘れられる訳もなく、もしハルヒがそれを覚えているならきっとやるに違いないだろうと予測していたので、覚悟はしていた。つまり、ぼーっと意識だけ過去に飛ばして記憶の探索に出かけていた俺の襟首がわしづかみにされたかと思うと恐るべき勢いで引っ張られ、俺の後頭部が机の角に猛然と激突、俺は目の前に刻の涙を見た──ということが、再び行われた訳である。このとき俺が言うべきセリフも1つなのだが、俺は後頭部の痛みに我を忘れて、結局は同じセリフを言うことになった。
「何しやがる!」
 ここでハルヒも同じ反応をするなら、例の赤道直下の炎天下じみた、または100Wの、というべき笑顔が見られるはずだったのだが、俺が見たのは意外にもハルヒの半泣き、半笑いの顔であった。
「……気がついた」
 それでもセリフは覚えていたらしい。俺はハルヒの表情を見て戸惑ったが、ここはこの小芝居を続けるべきだと判断して、俺のセリフを続けることにした。
「何に気付いたんだ?」
 ハルヒは俺のセリフを聞くとますます泣きそうな顔になった。涙をためた瞳でまっすぐに俺を見て言った。
「……あたしはやっぱりキョン、あんたと一緒に居たいってことを、よ」
 ああ、芝居はここまでみたいだな。俺はその言葉とともに涙を流し始めたハルヒの頭を抱き寄せた。
「気がつくのが遅いんだよ、バカ」
 全く、この1年俺がどんな気持ちでいたと思ってるんだ。音信不通、行方不明だぞ?家の人が何故か居場所になると言えなくなるのに、それに対して疑問を持ってないなんて異常な状態なのはハルヒのせいに違いない。高校に進学履歴も残さない徹底ぶりだ。
「何で俺たちの前から消えたんだよ」
 本当は1年分の不満をぶつけてやろうなんて考えていたんだが、まさか泣かれるとは思ってなかったからな。この疑問だけで勘弁してやるよ。
「……ごめん」
 ハルヒが素直に謝るなんて、調子狂うな。ハルヒは俺から離れて、俺を見つめて言った。
「……高校の3年間、あたしはあんたに依存してた」
「依存?」
 振り回された記憶ならそれこそふんだんにあるのだが、依存とか頼られたって記憶は全くと言っていいほどないな。俺が首をかしげていると、ハルヒは続けて言った。
「あたしね、中学のときと違って、高校は本当に楽しかった。SOS団を作ったからだって思ったし、それは間違いじゃないと思う。でもね、仮にSOS団を作ったとしても、あんたが居なかったらと思うと、気持ちがすっと冷めるときがあったの。もちろん、みくるちゃんも有希も古泉くんも一緒に居て楽しかったわ。でも、何故かあんたが居ないと始まらない、そう感じてたの。それに、そのSOS団だって、あんたが居なくちゃ作ることも思いつかなかったわ。結局、あたしは最初から最後まであんたに依存してたのよ」
 そこまで一気に言うと、一息ついて尚続けた。
「だから、高校を卒業したら、あんたから離れようと思ったの。あたしは1人で生きていけるはずだって証明したかった。ちゃんと1人でも大丈夫って解ったら、あんたたちに会いに行こうと思ったの。でも……結局、ダメだった。あんたに会いたくなって、でもまだ会うわけにはいかないと思って、気がついたらここに来てたのよ」
 少し寂しげな表情をするハルヒを見つめながら、俺は黙っているしかできない。
「まさかあんたがここに現れるとは思ってもみなかったわ」
 そりゃ、お前が望んだからかもな。俺はお前を探している間、実は何度も北高を訪れているのだが。
 それにしても相変わらず我侭な団長様だ。自分の気持ちにケリをつけたかったのかもしれない。それまで1人で居た奴が、仲間が出来て、また仲間と離れていくことに不安を持つなんてこともあるのだろう。解らないでもない。だけどな、ハルヒ。
「俺たちの気持ちはどうなるんだよ」
 長門も古泉も、必死でハルヒの行方を捜していたんだ。それはあいつらが宇宙人だったり超能力者だったりで、ハルヒが観測の対象だからだという訳じゃなく、ただ単にSOS団の団長を捜したいって思いがあったからだ。行方不明の友人を捜すのは、友人として当たり前だろ?
 朝比奈さんはあまり会えなくなったけど、たまに会うときは気にしていた。もっとも、朝比奈さんは既定事項として何かを知っていた可能性はあるけどな。
 それに、何より俺だ。何とか大学に行きながらも、ずっとハルヒを探し続けていた。あの、長門に改変された3日間よりももっとハルヒに会いたかった。3日間でもあれだけ辛かったんだ。1年以上も会えないなんてな。本気で気が狂うと思った。長門と古泉が居てくれなきゃ、おかしくなってたかもしれない。
 
「お前が3年間俺に依存してたって言うなら俺だってそうだ。俺の高校生活はハルヒが居なきゃどうにもつまらんもんだったはずだ。お前が俺を強引にSOS団に入れたからこそ、俺は高校生活を思いっきり楽しむことが出来たんだ」
 ハルヒは驚いたような、困惑したような顔で俺を見ていた。俺が楽しんでたってのがそんなに信じられないのか? 確かに文句ばっかり言っていたような気もするな。
「ほんとに? SOS団に入って良かった?」
「当たり前だろ」
 何だかんだ言っても、俺は嫌なら参加してないさ。死刑は嫌だとか、理由を自分自身に言い訳してまで参加してたんだぜ。今思い返すと笑っちまうよな。それに──
「ハルヒが居たからな」
 そう、結局これが俺の正直な気持ちなんだ。3年間ごまかし続けたけど、この1年で嫌と言うほど思い知らされた。俺の高校生活が楽しかったのは、もちろんSOS団のおかけではあるのだが、何よりハルヒが居てくれたからなんだ。ハルヒが俺をぐいぐい引っ張ってくれるのが、今度は何をやらかす気だと思いつつも楽しかった。
「出来れば、またお前に引っ張って貰いたいところなんだがな」
 ハルヒは俺のセリフを聞くと、ようやく笑顔になった。1年以上ぶりのハルヒの笑顔だ。正直くらっと来たね。
「あんたがそう言うならしょうがないわね」
 そう言うといきなり俺の手を取って、教室の外に向かって歩き始めた。
 別に、そう言う意味で引っ張れと言ったんじゃないんだけどな。
「おい、どこに行く気だよ」
 ハルヒは歩調を緩めずに俺を見ると、笑顔を3割増しにして言った。
「決まってるでしょ! 不思議探索よ! 今日からSOS団は再始動するんだから!」
 やれやれ、何処まで行ってもハルヒはハルヒだ。我侭で、決めたことは他人のことなんか考えずに即実行だ。きっと、すぐに他の3人も集められることだろう。だが、そんなハルヒの行動力が今は心地いい。しかし、お前はどこに住んでるんだよ?
 まあ、そんなことは後で確認すればいいか。お前がSOS団で集まると言ったら、どこに居たって集合しなきゃならんのだからな。
 
 その前に、ハルヒに会ったら言おうと決めていたことがあったんだったな。俺はハルヒを引っ張り返してその歩みを止め、正面から向き直った。
 
「ハルヒ」
「何?」
「俺は4年前の今日からずっと、お前のことが好きだったんだぜ」
 俺がそう言うと、ハルヒはあの懐かしくも愛おしい100Wの笑顔になった。
「奇遇ね! あたしもよ!」
 
 
 その後のことはもういいよな。
 とりあえず、これまた4年ぶりの2人きりの不思議探索に行っただけだ。
 今度は宇宙人と未来人と超能力者についての話はしてやらなかった。
 
 
 これからの俺たちとSOS団のことについて、朝まで語り合ったってだけさ。
 
 
                              おしまい。