75-632 ミステリック・サインおかわり二杯目

Last-modified: 2008-01-08 (火) 23:04:34

概要

作品名作者発表日保管日
ミステリック・サインおかわり二杯目75-632(760)氏08/01/0608/01/08

テーマは「惨劇」「漫画版」「カリオストロ」
 
あ、話の主軸にツガノ漫画版のオリジナルエピソードを使ってるんでそこは了承よろしく

始動編

しとしとと雨が降り注ぐ陰気な空だ。窓が容赦なく水浸しになるため外を見る余裕もない。
俺は再び参考書をカバンから開いて読み始めた。センター試験まであと何日も無いからな。
というか何かに集中していないとまたあの声を思い出してしまうからでもある。
 
「じいちゃんが……急に……」
 
元から具合が悪かったのが急激に悪化し、ぽっくりと逝ってしまったらしい。あの人と年を越したかった、とばあちゃんは電話口でずっと泣いていた。
俺も未だに信じる事が出来ない。じいちゃんはあの悪夢そのものの戦争を生き抜き激動の昭和を流れてきた、まさにタフガイそのものな人間だったのだ。
頑固で強い優しさを持った、尊敬に値する人だった。それが、こんなに急に死んでしまうなんて。
やりきれない想いを抱えたまま、列車は目的地に着いた。荷物を整理しホームへと降りる。
久々の田舎は何一つ変わってはいなかった。じいちゃんが死んだというのに、本当に何一つ変わ
「へぇ~、ここがキョンの田舎なわけね」
……。
「空気が美味しくて綺麗なところですねぇ~」
…………。
「名産品は白菜だそうです。お土産にいいかもしれませんね」
………………。
「……危険」
「へ?有希、何が危険だって?」
「なぁ~ん~でぇ~お~ま~え~ら~もい~る~ん~だぁ~?」
ビクッと飛び上がるハルヒ。
「あらやだキョンじゃない!こんなとこで会うなんて偶然ね!!」
「朝比奈さん、説明してください」
俺は恐らく元凶であるハルヒにそれに火を付けた古泉、及び無口な長門を絶賛スルーし朝比奈さんに説明を求めた。
「あの…キョン君が駅に向かうのを涼宮さんが見つけて、それで尾行しようって…」
俺は頭を抱えた。人がせっかくシリアスに話を進めていたのに何でこいつは一瞬でぶち壊すんだ。
「てゆうか古泉、今回ばかりはマジで止めろよ」
「団長の命令は絶対でして」
などと言いながら近づいてくる古泉。顔が近いっつのだから!
「涼宮さんは最近かなりストレスを溜め込んでいました。どこかで発散させなくては破裂してしまいそうなくらいにね」
渡りに船です。と続ける古泉。なら俺を利用するな、お前らで何とかしろよ。
「でキョン、いきなり帰省なんかしてどうしたのよ」
とハルヒが訪ねてきた。俺は溜息をつきつつ、短く簡潔に説明を始めた。
 
「そうだったんですか…お気の毒に…」
と俺に負けないぐらい沈痛な面持ちになる朝比奈さん。あなたにそう言って貰えれば祖父も喜びますよ。
「ごめん、あたし達悪ふざけしちゃって…」
とこちらも珍しく沈み気味なハルヒ。そうだ、お前と古泉はもっと反省しろ。
「てなわけで、来てもらったとこ悪いがお前らはもう帰れ。朝比奈さん以外はセンター近いんだから」
しっしっと追い払う俺。実際、本来なら今回の話は俺だけの話であってSOS団の出番は一切無かったはずなのだ。
「あんた、こっちにどれくらいいるつもりなの?」
初七日までは出るつもりだ。冬休みを丸々潰す事になるが仕方あるまい。
「なら決まりだわ。あたし達も付き合うから」
………はい?
「古泉君は宿の手配、有希とみくるちゃんは村の偵察よろしく」
ちょっと待て、どういうことだそれは!
「この村って昔ながらの風習が沢山残った閉鎖的な村なんだってね。これは不思議を見つけるチャンスよ!」
お前全然反省してねぇ!悪ふざけバリバリじゃねえか!
「閉鎖空間」
耳元で囁くなアホ古泉!わかったぞ、お前閉鎖空間の行き過ぎでヤケになってんだろ!
「ご名答です。正直うんざりしてるものでしてね」
俺は来た時とはまた違う意味で愕然としつつ、どこか諦めながら言った。
「仕方ない。それならばあちゃんの家に来い。せめてばあちゃんを元気付けでやってくれ」
 
「おおー、お前随分とめんこい娘ら連れてきたなあ」
「よっ!このプレイボーイ!」
「谷川さん飲みすぎですよ。はっはっは」
「ちょっ、ヘアバンド引っ張らないで!」
「ひやっ!ど、どこ触ってるんですかぁ!!」
「………」
まあ田舎なんてこんなもんだ。何かあるたびに騒ぎたくなるのが田舎なのさ。
SOS団三人娘はまとめて近所のおじさん達にもみくちゃにされていた。おお、あのハルヒも流石に嫌そうだ。というかさっき朝比奈さんに触った奴、後で覚えてろ。
「この度は心よりお悔やみ申し上げます。辛いでしょうが、早く元気を出して下さい」
「あらあら、ありがとうねぇ」
ばあちゃんへのホストは古泉の役目だ。大役だが古泉は快く引き受けた。そして、それはかなり成功してると思う。
実を言うとばあちゃんはさっきまで村の人達と揉めていた。古い村の制度を嫌うばあちゃんは、葬儀もプロの葬儀屋に任せようとしていた。しかし村の人達は自分達でやると言い張ったのだ。
結局俺達家族が「遺族の意思を尊重させてくれ」と嘆願し、なんとかプロを呼ぶ事が出来たわけだ。……やれやれ。
「ばあちゃん、みんな、そろそろ告別式だがら準備しないと」
着替え終わった俺は、この村始まって以来のカオス空間の襖を開けた。
ちなみに、北高の制服は少し派手だという理由で今俺は親父の黒スーツを借用している。
「ああ、そうねぇ」
と立ち上がるばあちゃん。ふと視線を感じ首を動かすとハルヒがこちらをじっと見ていた。
「どうだ?似合うか?」
「ふぅん、馬子にも衣装ってこういうのを言うのね」
なんて失礼な。続々と村人達が部屋を出て行く中、ふとハルヒも立ち上がった。
「みくるちゃん、有希、古泉君、あたし達も着替えるわよ」
何でだ。お前らに告別式は関係無いだろ。
「あるわよ。あたし達も告別式出るんだから」
……何ですと?
「上司が部下の冠婚葬祭に出席するのは当たり前じゃない。ちゃんと準備もしてきたんだから」
そう言いつつ黒い服を取り出すハルヒ。どっから持って来たんだそんなの。
「お前なあ、いい加減に」
「だめ?」
不意打ちでこちらを振り向くハルヒ。その表情からは複雑すぎて感情を読み取る事が出来ない。畜生、あらゆる意味で反則だ。
「わかった、好きにしろ。その代わり、問題を起こしたりするなよ」
 
てなわけで告別式は何事もなく終了した。ハルヒも特に騒がなかったしな。
唯一アレだったのは、親父のスピーチを聞いて朝比奈さんが盛大に貰い泣きしてしまった事ぐらいか。まあ、あの後「あれで貰い泣きの輪が広がった」と地味に感謝されたが。
そして今はまた宴会の真っ最中だ。昼間も飲んでいたのに元気だな本当。
風に当たりたくて外に出ると先客がいた。
「随分パワフルな人達よねぇ」
同じくらい普段パワフルな奴が何を言うか。しかし、今のハルヒ(喪服がコスプレにしか見えないのはどうしたもんかね)は何故か憂鬱真っ盛りだ。
「どうした?元気がないようだが」
「別に、何でもないわよ」
つまり何かあるんだな。
「じいちゃんのこと、悲しんでくれてるのか?」
「それもあるけど…」
あるんじゃねえか。自白しちゃったよこいつ。
「結局、何も起きなかったわね」
俯きながら呟くハルヒ。
「SOS団作って、いろんな事やって、いろんな場所に行って、本当に色々やったのに、何か普通だった」
とりあえず黙って聞く俺。
「SOS団のみんなとの毎日は楽しかったけど、結局あれもまだまだ日常よね。宇宙人も未来人も超能力者もいない、ただの日常よ」
よくない兆候だ。2年前の5月の事を思い出す。
「ハルヒ、何を弱気になってるんだか知らんがまだそいつらが完全にいないって決まったわけじゃないだろ」
何も言わないハルヒ。
「それに、俺から言わせればSOS団の存在自体日常から充分かけ離れてるぜ。バニーが部員勧誘したり、生徒会とガチバトルする部活なんそ早々無いぞ」
「………」
「あ~…だから…その…なんだ…」
いかん。あまりにこいつが黙ってるもんだから調子狂ってきた。すると突然ハルヒが軽く笑った。
「キョンは凄いわね」
なんだいきなり。
「毎日を楽しんでるってことよ。ポジティブって言ってもいいかしら」
こいつは本格的にヤバいかもしれない。今まで見た事がないくらい弱気になってる。なんだ。何がお前をそう考えさせるんだ。
「それに比べてあたしは…」
「お~い!大変だあ!!」
ハルヒの呟きは突然起こった叫び声にかき消された。なんだなんだとみんなが出て来る。
「どうしたんだいゲンさん。まさかお化けでも出たんじゃないだろうな」
「そのまさかだよ!出たんだよ、仏さんの幽霊が!」
途端に立ち上がり群集に加わるハルヒ。立ち直り早っ!
「それどこで見たの!?」
「村役場の近くだ、昔のまま軍服を着てたんだよ!」
「そうか!どおれちょっくら挨拶に行ってくっか!」
「待て、ワシも行くぞぉ!!」
酔っ払い達が村役場の方に駆けて行く。もちろんその中にはハルヒもいた。食いつき良すぎだろおい。
「皆さん行ってしまいましたね」
葬式らしく黒で統一した宇宙人、未来人、超能力者がそばに来た。全く、随分ノリがいい村だよな。
「涼宮さんも行ってしまいましたか。これはなかなか好都合です」
ああ、さっきのハルヒの様子をこいつらに教えないとな。そう思って口を開きかけた瞬間
「ひっ…」
朝比奈さんが短い悲鳴を上げた。視線の先を見ると
 
俺がいた。
軍服を来た俺。
もちろん俺ではない。あれは若い頃のじいちゃんだ。
 
「長門、ありゃなんだ」
「情報生命体の一種。死者の情報を完全にコピーすることで完全に存在確率を確証させた」
そう長門が言った瞬間、そいつは透けるように消えていった。
「貴方には言ってませんでしたが、現在この村は非常に閉鎖空間に近いとても危険な空間になっています」
「存在確率を確証させた情報生命体の能力はとても巨大。おまけに、何かしらの強力な悪意を感じる」
「ふぇぇぇ」
おいおい、ここにきて問題発生かよ…。ハルヒにも是非教えてやりたい状況だぜ。
「む、皆さん離れて!」
鋭く叫ぶ古泉。離れろって何からだよ!と突っ込む前に
 
突然古泉の胸から鮮血が飛び散った。
 
「古泉!!」
崩れ落ちる古泉。その場には変わりに、サーベルを抜いたじいちゃん…情報生命体が立っていた。
しかし古泉はすぐに起き上がり情報生命体をじかに掴む。何をする気だと思う間もなく、突然爆発が起こった。
エネルギーの零距離発射。ふらついた情報生命体は忌々しげに表情を歪めるとまた消えていった。
「古泉!!」
慌てて駆け寄る俺達。傷は思ったより深く、血がドンドン溢れてくる。
「疑似閉鎖空間で…一番厄介なのは…超能力者である僕ですからね…利にかなった攻撃…ですよ」
もういい喋るな。傷に触る。こんな時まで解説を始める根性は認めてやるから。
「待ってろ、今救急車を呼んでやる」
「すず…みや…」
古泉の表情はドンドン青ざめていく。
「涼宮さんに…注意して…恐らく…狙…いは…かの…じょ」
そのまま古泉は気絶してしまった。
「古泉、しっかりしろ!古泉!!」
 
 
だがこれはまだ、始まりでしかなかったのだ。
 

混乱編

古泉は村の病院に運ばれた。出血がかなり酷く、輸血が必要なほどらしい。
「この村は情報生命体が作り出した疑似閉鎖空間に支配されている」
病院を出て適当な場所に座る。そんなわけで今回の解説役は長門だ。
「お前がちゃちゃっと片付ける事は出来ないのか?」
「この空間では私の能力は大幅に制限される。それに、私に残されている力の残量はそんなに無い」
やれやれ、話が進行すると弱体化するキャラというのもなかなか珍しいな。
「まずは閉鎖空間を取り除く事から始める。そのため、私はこれから作業モードに移行する。かなりの時間がかかると推測される」
「そ…それって、長門さんも動けないってことですかぁ?」
ビクビクしながら朝比奈さん。こういう事態に朝比奈さんは無力だから怯えるのもよくわかる。
「長門、古泉はハルヒを注意しろと言っていたが」
「敵の狙いは恐らくそう。彼女に注意して」
そう言い残して長門は病院から離れていった。入れ替わるようにハルヒが駆け寄ってくる。
「キョン、古泉君が熊にやられたって本当なの!?」
「ああ、俺はよく見てなかったがあの傷からして大物だろうな」
流石に幽霊にやられましたなんて言えないからな。長門お得意の情報操作だ。
ちなみにこの村には冗談抜きでたまに熊が降りてくることがある。
「姿は見てないの?」
「は…離れろって古泉君に言われたので、古泉君以外は誰も…」
ナイスフォロー朝比奈さん。
「……明日から山狩りをするからあんたも参加してほしいって村の人が」
おいおい、ひょっとしていもしない熊を探さなきゃならんのか?冗談じゃないぜ。つうかそういう事を一般人に頼むなよ。
「あ、あの、そろそろ帰りませんか?みんなも心配してるでしょうし」
と提案する朝比奈さん。村にはもうそろそろ夕闇が近づいていた。
 
「それにしても、熊にやられるなんて古泉君も貴重な体験したわねぇ」
何をふざけた事をほざいてるんだお前は。流石に古泉もキレるぞ。
ハルヒはとっくに喪服を脱いで元の私服に着替えていた。ちなみに俺は面倒くさいのでスーツのままだ。
「古泉君が怒るとこなんて想像出来ないし」
「俺は何回かあるぞ。凄く怖かった」
最も、古泉が怒る=俺が高確率で恐ろしい目にあってる、という意味だがな。
「……何であんたは見たことあるのよ」
そりゃ古泉は極力お前の前じゃ怒らない事にしてるからだろ。何て言えるわけがない。
「…もう寝る」
はいはいお休み。
何でいきなり不機嫌なんだよ。お前本当に変だぞ。
 
夜中に突然目が覚めた。ああ、結局スーツのまま寝ちまったのか俺。
シワ出来てるだろうな。クリーニング出さないと最悪初七日に間に合わん可能性がある。…考えてたらトイレに行きたくなってきた。
隣の妹を起こさないように起き上がると、トイレに向けて歩き出した。うむ、方向感覚がいち早く復活してよかった。
すると、目の前にいきなり寝巻き姿のハルヒが現れた。
「お前も起きてたのか」
と声をかけるが返事がない。お~い、起きてるか?と呼びかけようとした瞬間
「うわっ!ききき、キョン!?…びっくりしたあ」
こっちがびっくりしたわ。今すぐ減った分の寿命を返せ。
「あ…あんた起きてたの?」
そりゃこっちの台詞だ。呼んでも返事しなかったくせに。
「じ、じゃああれ見…」
なんだ?熊でもいたのか?
「…なんでもないっ!さっさと寝なさい!!」
そう叫んで(もちろん小声だが)ハルヒはズカズカ歩いていった。何のこっちゃ。
 
12月31日、昨日の雨が嘘のような絶好の山狩り日和である。
去年の夏合宿もそうだが、俺は雨でグチャグチャになった山になにか縁でもあるのだろうか。あるわきゃねーか。
「しっかしハルちゃん大丈夫かい?女の子にはこの山はキツいかもしれんよ?」
「大丈夫ですよぉ、あたし鍛えてますから」
いつの話だ。SOS団からは俺とハルヒが参加だ。強制参加な俺と違いハルヒは自主参加である。やれやれ、元気なことだ。
朝比奈さんには妹の世話を頼んでおいた。ますます去年の夏合宿に近いね。古泉がダウンしてるとことかな。
「違うのは、鶴屋さんが最初から不参加なことと長門もダウンに近い状態だってことか」
「なにブツブツ言ってんのよ。古泉君の仇が近くにいるかもしれないのよ」
いねーよ。大体古泉死んでないし。つうか仇討つつもりかよ。
「当然じゃない。うちの副団長に怪我させた罪は重いのよ!たっぷり地獄を見せてやるわ」
団員思いのリーダーで何よりなこった。俺はいるはずのない熊の安全を祈りつつ少し安心していた。
昨日と違いいつものハルヒだからだ。やっぱりこいつはこれくらい輝いてた方がいい。暗いハルヒなんてハルヒじゃないからな。
何て事を考えながらハイキングに集中していた時だった。
「ギャアアアアアアッ!!」
「! 悲鳴!?」
場所はそんなに離れてない。何があった?
「今の悲鳴は山本さんちの息子さんだぞ!」
「どっちから聞こえた!?」
「おぉーい!いたぞぉー!!」
俺達は村人と一緒に声のした方向に四苦八苦しながら駆けつけた。そこには、大勢に囲まれた山本さんが血まみれでうずくまっていた。
「傷痕が…」
その傷は昨日の古泉と同じだった。あの情報生命体が?いや、なぜ山本さんを?
「熊の野郎、やってくれるじゃねえか」
「一度ならず二度までもか」
見えない熊に対し怒りをぶつける村人達。熊逃げてー超逃げてー。
「こいつは…本当に熊なのか?」
突然空気が変わるような疑問を投げかけてきたのは、ばあちゃんのお隣の石川さんだった。
「見ろよこの傷。熊っていうより、何かに斬られたって感じじゃねえか?」
脇が冷たくなるのが実感出来た。長門、もっと強力に情報操作してくれよ。
「じ、じゃあ、昨日の兄ちゃんも山本君も村人の誰かに斬られたってことかよ!」
「犯人がこん中にいるっちゅうわけか!?」
ざわざわが広がっていく。石川さんは手を振ってそれを制止すると
「ゲンさんが昨日見た、仏さんかもしれねぇ」
とついに爆弾を投下した。ハルヒが途端に反応する。
「やつぁ軍服を着てたんだろ?腰にサーベルがあるじゃねえか」
「でも何で昨日の兄ちゃんと山本君を襲うんだ!?」
「俺達も狙われてるのか!?」
ますます収集がつかなくなってきた。仕方なく俺が大声を出す。
「止めてくださいよ。幽霊なんているわけないし、うちのじいちゃんを悪く言うのは止めてくれませんかね」
村人達が一斉ににこちらを見る。隣のハルヒも、何言ってんだこいつ的な視線を投げかけてきた。なぜお前がそんな目をする。
「とにかく、早く熊を見つけましょう。あいつは山のふもとにまで来てるんですよ」
それもそうだ。そうだな。という呟きと共に村人達はまた別れていった。もちろん山本さんはすぐにふもとに降ろされた。てなわけで事件現場には俺と
「あんた、本当に幽霊がいないなんて思うの?」
ハルヒだけが残った。
「その場しのぎだ。俺も本当にいるかどうかはわからん」
超能力者なら一山300円のザルで見せられるがな。
「……そう」
それっきり、今日ハルヒは一言も喋らなかった。またかよ。
 
夜、俺と朝比奈さんは2人だけの作戦会議をしていた。何だか著しくブレーンを欠いてるような気がするが、それは朝比奈さんに対して失礼だろうから言わん。
「とにかく、奴が山本さんを襲った理由がわからないんですよ」
と俺。古泉を襲う理由ははっきりしているが、山本さんは完全に一般人だ。まさか隠れ超能力者というわけでもあるまいし。
「…山本さんが目的、ではないかもしれませんね」
いつになく真剣な表情の朝比奈さん。こんな顔も可愛いなあ、などと言ってる場合ではない。
「誰かを傷つけることで、自分の存在を見せつけたかったのかも…私にも理由はわからないけど」
いい線いってるような気はするが確かにそれも理由はわからんなあ。
「そういやハルヒはどこ行ったんですか?」
「見てないんですか?ダメですよちゃんと見ないと」
俺はハルヒの保護者でもなんでもないんで。なんつうのは言い訳にならんか。
「ここにいるけど」
といきなり襖が開かれ、お嬢様が姿を表した。どこ行ってたんだよ。
「別に。あたしもう寝るから、後よろしく」
とよろよろと寝床へ向かうハルヒ。まったく、こっちはお前のせいで大変だっつうのに。
「涼宮さん…なんか疲れてましたね」
昼にはしゃぎまくったからですよ。山本さん以降はなんか静かになりましたけど。
「様子おかしいですよね」
俺もそう思いますよ。悪い方向に転がらんといいのだが。
 
ところが、その後ハルヒはみるみるうちにやつれてきた。
何か話しかけても上の空な事が多くなり、普段もどこかぼーっとしてる事が増えたのだ。
「ハルヒ、具合でも悪いのか?」
「………」
「ハルヒ」
「ん?別に、何にもないわよ?」
明らかにいつもの溌剌さが消えてるのにか。本当にどうしたんだよお前。
古泉は一向に目を覚まさないし、長門もさっぱり姿が見えない。流石に俺も不安になるさ。
そんなこんなで年があっさり明け、1月3日になった。
 
「キョン君、起きて、起きてください!」
うぅ…まだ寝てていいでしょ…。
「起きてください!」
完全に目が覚めた。朝比奈さん、いい目覚ましになりますよ。
「窓の外を見て」
言われた通り立ち上がって覗き込む。
 
世界は灰色に染まっていた。
 
「疑似閉鎖空間が強まったのかも…」
と朝比奈さん。確かによく見ると、隣で寝ていた妹と親父が消えている。
「と、とにかく外に出てみましょう」
「ええ」
長門、誰が更に強めろと言った。力の弱まりが本気で激しいのだろうか。
上着を羽織り玄関を飛び出し…………俺は見てしまった。
 
軍服の男がハルヒを連れ去っていくのを。
 
「ハルヒ!!」
ハルヒは振り向かない。その横顔には、奇妙な安らぎすらあった。
迂闊だった。全部奴の作戦だったのか。
「ハルヒ!!」
何度も呼びかけるが返事は無い。
「無駄だ」
突然あいつが振り向いた。俺そっくりな、しかし邪悪な顔。
「念に念を押した。こいつは俺が貰っていく」
ふざけるな。うちの副団長を傷つけた罪は重いぜ。
「うるさいぞ」
情報生命体が右腕を上げた。と思ったら俺は後方に強い勢いで吹っ飛ばされ
「きゃっ!?」
朝比奈さんにぶつかった。ごめんなさい朝比奈さん!機敏に起き上がると
情報生命体とハルヒが眩い光に包まれているところだった。
「ここには統合思念体がいてやりづらい。過去に行かせてもらうぞ」
過去だと?こいつはタイムスリップも出来るのか。
「さらばだ」
そう言い残し、情報生命体とハルヒは強い光に包まれ…そして消えた。
「なんてこった…ハルヒ…」
俺は膝をついた。俺がもっと早く気づいていれば。
「! 時間移動の命令、1945年の今日です!」
戦時中か。奴の得意フィールドってわけだな。
「私のミス」
「僕も油断しましたからおあいこですよ」
振り向くと長門と古泉がいた。古泉は心なしかつらそうだ。
「ご心配をおかけしました。何とか立てるぐらいには回復出来ましたよ」
「行けるのか?」
「もちろんです」
「決着をつける」
「僕も借りを返さなくてはいけません」
宇宙人、未来人、超能力者が力強く頷く。俺はこいつらに出会えたことを今さらながらに感謝した。
こいつらなら、情報生命体をぶっ飛ばしてハルヒを連れ戻せる。そう確信出来たのだ。
「それじゃあ、我らが団長を助け出すために行くか」
 
待ってろよハルヒ。必ず助けてやるからな。

完結編

「いやはや、ついに僕もタイムスリップ経験者になったわけですね。感動でいっぱいですよ」
シリアスな空気をぶち壊すことに定評がある古泉が口火を切った。俺は呆れながら
「目の前の光景はあまりタイムスリップした意味があるようには見えんがな」
と言ってやった。なにしろまた閉鎖空間が広がってるんだからな。あの情報生命体チキンにも程があるだろ。
今よりずっとボロい村に俺達以外の人影は見当たらない。ハルヒはどこに行った?
「長門、奴らの位置は?」
「役場の近く」
あっさり見つかるもんだ。俺達が早速歩きだそうとした時
「いやぁぁぁぁっ!!」
朝比奈さんが悲鳴をあげた。なんだと思う間もなく俺もその理由がわかった。地面から手が生えてきて俺達の足を掴んでいるのだ。
「足止めのつもりですかね」
「ナンセンス」
長門と古泉は何をやったのか足に絡みつく手を一瞬で灰にした。すぐに俺達の手も燃えあがる。熱さは感じなかった。
「ふうぇぇぇ…怖かったあ」
長門がいると急にダメダメになってしまう朝比奈さんであった。頼りきってると言えば聞こえはいいが。
「お出まし」
長門の不吉な警告と共に地面からにょきっと人影が生えてきた。
全員が情報生命体のような軍服サーベル姿だ。雑魚キャラってわけかよ。
「やれやれ、随分な数ですね」
「任せる」
「フォローしてくださいよ」
そう古泉が苦笑した瞬間、とんでもない速さで火球がゾンビ兵達に叩きつけられた。おいおい、大丈夫かよ病み上がりなんだぞお前は。
「問題ありませんよ。ふんもっふ!ふもっふ!!」
まるでスポ根アニメの鬼コーチのように弾丸サーブを乱射する古泉。近くに来た敵は長門が呪文を唱えて灰にしていた。息ぴったりだ。
「お…終わりましたぁ?」
気がつくとゾンビ兵達は全滅していた。本当に他愛がないな。
「急ぎましょう」
古泉が短く言い、俺達は再び走り出した。すると俺の近くに長門が寄ってきた。
「あなたに敵を崩壊させるための起動スイッチを入れる」
俺にか?お前がやるんじゃないのか。
「莫大なエネルギーが必要。今の私には因子が足りない。あなたと涼宮ハルヒなら可能」
ハルヒが必要ってわけか。で、どうすれば奴を倒せるんだ?
 
長門の趣味の悪さに愕然としつつ、俺達は役場(と思われる建物)を視界に入れていた。
「来たか」
その前の広場にはあの情報生命体とハルヒがいた。今まで何をしていたんだこいつ。
「キョン、あいつらなに?」
と、とんでもない事を言い出すハルヒ。キョンはこっちだ。洗脳でもされているのか?
「俺達を狙う敵だ。心配ない、俺が守ってやる」
歯が浮きそうな台詞をほざく情報生命体。なるほど、今ハルヒの中ではあいつが俺になってるのか。
「わ、わかったわよ」
洗脳されててもツンデレかよ。あいつの脳を弄るのは危険だって前に長門が言ってたことを思い出す。
と、同時に再びゾンビ兵達が現れた。俺がとか言いながら人任せとはよくないな。
「ここは僕に任せて涼宮さんの方に向かって下さい」
いいのか?
「ご心配なく、朝比奈さんは確実に守りますよ」
「ふぇっ!?」
やれやれ、つくづく食えない奴だ。俺と長門はゾンビ兵達を通り過ぎ情報生命体の前に出た。
「ハルヒ、俺だ。わからないのか」
「誰よあんた。馴れ馴れしく呼ばないで」
なんだか懐かしい台詞を言われる俺。長門、ひょっとしてまず洗脳を解かないといけないのか?
「確実に遂行するなら……!」
次の瞬間、奴は俺達に切りかかってきた。間一髪で避けるが非常に危なかった。
「誰だか知らないけど邪魔しないでよ。あたしはキョンと一緒に素敵な世界に行くんだから」
どういう意味だそれは。
「宇宙人や未来人、超能力者がいっぱいいる世界よ。キョンが連れてってくれるの」
随分短時間で信頼を勝ち取ったもんだな。俺は1ヶ月もかかったのに。
「どういうことだ」
と攻撃を避けながら奴に説明を求める。お前の嘘なのか?
「嘘じゃないさ。俺も宇宙人や未来人、超能力者がいる世界は大歓迎だ」
余裕たっぷりに答える情報生命体。
「そうすれば涼宮ハルヒの中で俺に対する信頼は完全になる。そうすれば、奴から能力を奪うのは容易い」
またこのパターンか。こいつは前に朝倉が同じ手で失敗したのを知らないのだろうか。
こいつも朝倉や橘と同じくハルヒを表面でしか見ていない。情報生命体の知性とはこの程度なのだろうか。
横を見ると長門もゾンビ兵に囲まれていた。つまり、今情報生命体を相手にしてるのは俺だけなわけだ。防戦一方だがな。
不意に長門が何かを投げてきた。慌てて受け取ると、それは奴とサーベルだった。使えってことか?
次の一撃を回避せず受け止める。情報生命体の運動能力がどれほどかはよくわからんが、やるしかない。
「ハルヒ」
「馴れ馴れしく呼ぶな」
そうかよ。
「涼宮、質問してもいいか?」
急に胸が苦しくなるのを感じた。ハルヒは答えない。
「その世界に、朝比奈さんや長門、古泉はいるのか?」
「何であんたが3人を知ってるの…?」
洗脳の詰めが甘いな。
「い…いるに決まってるでしょ?案外超能力者とかになってたりしてさ」
「それはこの世界の朝比奈さん達じゃない」
あの閉鎖空間と同じ手だ。
「この世界からその世界に行くのはお前とこいつだけだ。仮にその世界にも朝比奈さんや長門、古泉達がいたとしても、それはこの世界のあいつらじゃない」
「………」
「お前にとって、朝比奈さん達のいるこの世界はそんなにつまらないもんだったのか?言われたからホイホイついていくのか?」
ハルヒの顔に明らかに動揺が浮かんでいる。決定、この情報生命体、力はあるけど中身はショボいな。
「この世界にも宇宙人がいるかもしれないのに、見つけもしないで最初からいる世界に行くのか?そんな世界、ここ以上につまらないぜ」
こいつと3年も付き合って自覚した事がある。見えない物ってのは見つけるまでが面白いんだ。見つかった時点で、そいつに価値はなくなる。
「それは……」
後少しか。こいつは正直効くかどうかわからんが、使ってみるか。
「俺は行かないぞ」
途端にはぁ?という顔になるハルヒ。
情報生命体は一向に手を緩めてくれない。
「もう一度言う。俺は行かないぞ」
「べ…別にあんたに付いて来て欲しいなんて…」
ならなんでそんなに動揺してるんだ。思った通り、ハルヒはだいぶ俺を認識し始めたそうだ。
「だが、俺はお前がいない世界は耐えられない。だから、お前もここに残れ」
もうこの辺に来ると俺もかなりヒートアップしていた。だから恥ずかしい台詞は絶賛スルーしてくれ頼む。
「戯言を止めろぉ!」
ついに情報生命体がキレた。ヤバい、捌ききれなくなってきた!
「ハルヒ、目を覚ませ!」
俺は必死で呼びかけた。このままでは正気に戻る前に俺が死んでしまう。
「ハルヒ、奴との戯言は止めろ!俺を信じろ!!」
「う…うる…さい…」
ハルヒは目に見えて混乱し始めた。2人揃って呼びかけてるんだから当たり前か。だがな。
「正気に戻って」
「お願い、目を覚ましてぇ!」
「涼宮さん!」
俺には頼もしい味方がいるんだぜ。ざまあ見ろ。
「うぅ……キョン!?」
ハッとハルヒが顔を上げた。どっちの意味だ。
「キョンが2人!?」
洗脳が解けた!俺は全力でハルヒの方に駆け寄る。
「貴様ぁぁぁうぐあっ!?」
振り向くと、ゾンビ兵を壊滅させた長門が力強くで情報生命体を抑えていた。ナイスだぜ長門。
「止めろ!俺の言うことを聞け!!」
「悪いが」
俺は目を白黒させているハルヒを軽く抱きながら勝ち誇った。
「その程度の力で俺達を引き剥がそうなんて100年早いぜ。こいつは俺の物だ」
「っ!ちょ、ちょっとキョン!!」
ああ恥ずかしい台詞だったさ!文句は、メーター振り切ってぶっ壊れた俺のテンションに言ってくれ。
「うぉぉぉぉっ!!」
情報生命体が悔しがる声を聞きながら、俺は崩壊プログラムの起動スイッチを入れる決心を固めた。
「どういうことなのか説明しなさんぅっ!?」
有無を言わさず俺はハルヒに強引に唇を重ねた。やれやれ、一回ぐらいは向こうからってシチュを体験したいもんだがなあ。
それにしても、長門の趣味の悪さには本当に呆れる。これ以外にもっとエネルギーを取り出す方法は無かったのかね。
つうか今気づいたが、この場面って朝比奈さんや古泉にもバッチリ見られてるんだよな。ヤバい、いきなり恥ずかしいぞ。などと思った瞬間世界が逆流するような無重力にいきなり流され、俺の意識はブラックアウトした。
 
 
 
「キョン、起きなさい。飯抜きにするわよ」
現状を把握するまで結構かかった。
やれやれ、どうやら俺達は勝ったみたいだな。
「起きろっつってんでしょ!」
言われた通り目を開けるとすぐそばにハルヒの顔があった。慌てて飛び退くハルヒ。
「言われたから起きたのに何だその対応は」
「な…何でもないわよ!」
なんなんだいったい。
「朝食、もう出来てるから」
そう言ってドタドタと出て行くハルヒ。……やはり、うっすら覚えているのだろうか。
 
「いやぁー、それにしても変な夢みたわい」
山狩りも最終日(まだ続けてたのだ)となると流石に人は少なかった。SOS団からは俺とハルヒと、ついでに古泉が参加している。
「どんな夢ですか?」
と質問する俺。これがよくなかった。
「うぅむ…よく覚えてないんだが」
はっきり言おう。俺は後々「聞かなければよかった」と後悔し続ける羽目になる。
「キョン君とハルちゃんがキスしてたような…」
盛大にずっこける俺。もちろんハルヒも唖然としている。だが、本当の悪夢はここからだった。
「高山さん、私もその夢みたよ」
「俺もみたぞ!」
「みんなで同じ夢をみたってわけか!?」
後は、俺もみた私もみたの大合唱になった。なんで村人全員が同じシーンを見てるんだよ!
「古泉、説明しろ」
「強いエネルギーの流動が起きましたからね。覚醒直前の村人達が同じ光景を見てもおかしくないでしょう」
人事のような古泉。いや人事か。つうかなんだこのご都合主義的展開は。
「キョン、これは事件よ!村人全員が同じ夢を見るなんてめったにないことだわ!!」
頼むから傷を抉らないでくれ。てゆうかお前は恥ずかしくないのかよ。
「そりゃあ…でも…」
でもなんだよ。
「うぅ~、何でもない!」
顔を真っ赤にして絶叫するハルヒ。何とか注意を逸らす事ができたか。
ふと脇を見ると沢山の古泉…いや、村人全員がニヤニヤしていた。勘弁してくれ。
 
後は特に語る事はない。いやマジで。
ただ今回のことで自覚したことがある。どうやら俺はハルヒのことが好きらしい。
なに?随分冷静だな、だと?薄々気づいてはいたからな。それに、この3年間周りに気を取られまくって、自分のことを考える暇がなかった。
我ながらなんつう奴を好きになっちまったんだろうね。傍若無人で思考があっちの方向に飛んでる団長様だ。だが、好きになっちまったもんはしょうがない。
果たして、勝敗やいかに。何だかあの情報生命体と戦うより難しい気がするがなあ。
 
「なによキョン、いきなり人のこと呼び出して。UFOでも見つけたの?くだらないことだったら許さないからね」
 
終わり