「あたし以外の」

Last-modified: 2008-07-22 (火) 01:03:21

概要

作品名作者発表日保管日
「あたし以外の」94-405(361)氏08/07/2108/07/21

作品

「きゃあああ!!! また涼宮さんが脱いでるのね!」
「「「男ども出てけー!」」」
発端は次に体育を控えた休み時間、例によってハルヒの奴が男子生徒のいる教室で着替えはじめたのさ。
ちょっと待てば男子一同隣室に移るというのに、少しは周りを見てもらえないものかね。
ともかく阪中の悲鳴を合図に、男子生徒は即座に教室外へと押し出された。
谷口が「ここは俺に任せて先に行け」と訳の分からんことを言って最後まで残っていたが、
他の女子生徒から上履きやらペンケースやら無数の飛び道具が殺到して、満身創痍で廊下に転げてきた。
「涼宮を憎んでブラを憎まず……明るい水色だった……」
それ、ダイイングメッセージ?

 

教室を見ると女生徒数人が着替えもせずに、ハルヒを囲んで話しかけている。
「男性の前で服を脱ぐんじゃありませんよ」と子供に教えるように極めて常識的な説得をしているんだろうが、
ハルヒのほうはといえば「オラわくわくしてきたぞ」と言わんばかりに漫画の主人公のような不敵な笑みで仁王立ちだ。
こりゃ聞く耳持たないモードだな。どうでもいいが、半裸で胸を張るな。
俺の視線に気が付いたのか廊下に出てきたのは阪中だ。
「キョン君」
困り顔をされてもね。言わなくても分かるが、
「涼宮さんが男子の前で着替え始めないように、キョン君から説得してほしいの」
ほら来た。ハルヒが誰かの言うことを聞くなら、今頃世界はもっと平和になっている。
あれが真性露出狂で、街中で裸で暴れだすようなら(真の露出狂がどんなものか俺は知らないが)
こちらも麻酔銃か何かでヘッドショットして止めてやるが、実際ハルヒは無頓着なだけ。
男性側が蜘蛛の子散らすように逃げ出してるなら問題ないだろうよ。
どこにでもある光景とは言えないが、大抵の非日常的なトラブルは続けてれば日常になる。慣れ慣れ。
俺の流されっぱなしの非日常体験からタメになる教訓を話したんだが、何の感銘も与えられなかった。
さらに眉間にしわを寄せられても困る。阪中を困らせるつもりはないんだが……
しかし、彼女には切り札があったようだ。
「……キョン君は、キョン君以外の男の子に、涼宮さんの裸を見られてもいいの?」
その含みのある言い方はなんなんだ。大体裸じゃないだろ。
と思いつつ、半瞬、思考が止まってしまった。なぜだか分からんけどな。
阪中は女性のカンなのか一目でそれを察したようだ。
「ひとつ協力してほしいことがあるのね」
ごにょごにょごにょ……
「んな!」顎が外れた。
「なんでそんなことをしなきゃならんのだ。なんの意味があるんだ?」
俺は良識に沿って、あらゆる抗弁をしたが阪中は頑なだった。
「キョン君から涼宮さんに出来る、たったひとつの冴えたやり方なの」
「それに何より、やらないで後悔するより、やって後悔するほうがいいと思うのね」
……。
なんとなく背筋が寒くなって、俺は抵抗する気をなくしていた。

 

男子一人、教室に入る。
聞く耳持たない女を囲む円陣が崩れた。視線がこちらに集中する。ハルヒよ、いい加減ちっとは隠せ。
ひそひそと小さな話声が聞こえる。
「本命の登場よ」「旦那の登場よ」「愛人の(ry」「下僕の(ry」
色々聞きづてならんが、聞こえないことにする。
これから周囲の人間をカボチャか何かと考えて、恥を捨てて「策」を実行しなければならんのだ。

 

教室の中ほどまで来て。
俺は、おもむろにシャツを脱ぎ始めた。
下には体操着も着込んでいたが、それも脱ぎ上半身裸になる。
ベルトに手をかけ――
「ギリギリまで脱げ!」というのが阪中の秘策だった。
男子生徒にストリップを求める孔明がこの国にはいるらしい。
婿に行けなくなると訴えたが、阪中は涼宮さんをお嫁さんにすればいいのねと言う。訳がわからんね。
ハルヒも周囲の女子も、目を見開いて注視していた。
太っていないがガリでもない。平均的高校生男子様のストリップだ。寄ってらしゃい見てらっしゃい!
……すまんヤケだ。警察呼ばれたら阪中も連れてくからな。
ほとんどの女性陣はいきなり脱ぎ始めた変態に注目しているだけだろうが、ハルヒは変だ。
目と口をハニワのごとく大きくまん丸に開けたまま、俺を凝視している。
そして顔色が薄桃から、ピンク、赤へとグラデーションを描きながら変化して、湯気が出そうな真っ赤になった。
「ななななな何脱いでるのよ!」
「俺もここで着替えてるんだよ。大体こっちは男子が着替える部屋だろ」
「体操着まで脱いでるじゃないの!なんでベルトまで外してんのよ!」
「暑いからな。ちょっと脱ぎたくなったんだよ」
「エロキョン!痴漢!露出狂!時と場所を考えなさい!」
(おまえが言うな)
瞬間クラスの心が一つになったが、ハルヒの心はちぢに乱れたままだった。
だいたい人の裸をガン見するなよ。セクハラだぞ。あれか、おまえ欲情してるのか?
おいおい俺の清いカラダをなんだと思っているんだ。
「よよよよよよくじょおですって!……言うにコト欠いてエロキョンが!!」
一層トーンが上がり、周囲の女子が後ずさった。ゴゴゴゴゴと背景に擬音が見えそうだ。
「見てないわよ!!」
瞬きもせず、目を見開いているけどな。
「ドキドキなんてしてないわよ!!」
聞いてねえよ。ドキドキしてるのか?
指摘すると目を逸らした。おいおい。
そのときハルヒは、周りの女生徒もこちらに注目したままなのに気が付いたらしい。
俺をというより、俺らのバトルなんだか漫才なんだか分からんやり取りを見てるだけだろうがね。
ハルヒは他の女子の視線に、なぜだか焦ったようだ。
慌てたようにほとんど裏声で、今日一番の「禁じられたワード」を放ってしまった。
「あたし以外の女にアンタのカラダを見せるなと言ってるの!!」
おい。

 

3秒ほど空気が停止して――
「「「きゃああああああああ!!!!!」」」
「既!」「成!」「事!」「実!」
「おめでとう!ハルキョン派でいてよかった!」
「キョンはあたしの嫁宣言キター!」
「涼宮さんの所有宣言キター!」
「キョン君が落ちてた(墜ちてた?)!ちょっと残念ー!」
「文字通り尻に敷かれてるのね!」
――強烈に振動した。周囲の女子生徒全員が犯人だ。耳がいかれちまうだろ。
誤解だ。言っておくが俺とハルヒに、そんな恋愛恋慕不純異性交遊男女関係に連なる事実はまったくない。
大体ハルヒも何言ってるんだ。おまえのたわごと一つで女性週刊誌並みのデマゴーグがそれこそ既成事実にされてるぞ。
阪中おまえが一番下品だよ。どこのセクハラオヤジだ。ハルヒ、何か言えよ。
ところがハルヒと来たらすっかりパニックに陥りフリーズして、目はぐるぐる渦を巻いて顔が青くなったり赤くなったり、まるで壊れた信号機だ。
いかん誰か何とかしてくれ――と天を仰いだとき、救世主が教室の扉を開けた。
「……もう次の授業が始まっているんだが」
担任岡部だった。ご丁寧にハンドボールを持っている。そういやもう休み時間がとうに終わっているではないか。
クラス丸ごと授業に遅刻してるんだ。叱られても止むを得ない状態だが、よほど入りづらい雰囲気だったんだろう。
恐る恐る居心地悪そうに呼びかけてきたが、俺にとってはまさしく救いの福音。
岡部に抱きついてキスしたい気分だった。そうしたらこの奇妙な空間から帰還できるだろうかね?
――結局、場を収めるまでに、無茶苦茶時間と手間がかかった。

 

放課後。
俺は団室で正座させられていた。団長から訓戒だそうだ。俺、指導される側?
曰く――破廉恥な変態行為のために団長に恥をかかせた罪は重い。あんたが露出狂のヘンタイだとは知らなかった。
団長として部下の異常性癖を管理しないといけない、とのこと。具体的にはと言うと……
「これから体育の前は、団室で着替えること!本当に嫌だけど、あたしが見張っていてあげるから」
「で、あたしも団室で着替えるから、アンタが見張っていればいいでしょ!?これで問題ないじゃない」
男と女で差し向かいで着替えろと言うのか。
性犯罪防止とか角川スニーカー文庫の倫理規定とか全年齢対応とかという観点でどうなんだそれは……?
「……ねえ、キョン」
俺も不穏な雰囲気を感じ取る能力に長けたものだぜ。
「なんだよ」
必要な気がして心の準備をしたが。
「……あたしは、あんたに見られるのは嫌じゃない」
不意打ち。
「あんたのそういうのを見るのも嫌じゃない」
反則。
「キョンは……あたしを見るの、いや?」
敗北。
不安げにしゃべるな。すがる様に上目づかいもするな。いい匂いがするから近づくな。
『嫌じゃないから、困るんだろうが』と喉まで出かかったが、言ってやらない。
そんなこと言ったら……歯止めが利かないじゃないか。
しかし、経緯はどうあれハルヒにこんな顔をされたら、申し出を受けるしかない。
ハルヒの肌を他に晒さなくて済むなら、俺の理性やら悟性やらを削る苦行を背負うのも悪い条件じゃないからな。

 

その後のことを少しだけ話しておこう。
俺とハルヒは、体育のたびに団室で着替えているが、誓って何事もない。ない。ぜったいない。
……ただしほぼ毎回、週間少年漫画雑誌にギリギリ掲載可能な程度の、男子高校生の理性を削るような目にあっており
俺には「もう止めて!キョン君の理性と自制心はとっくにゼロよ!」という幻聴が聞こえている。
級友の「誤解」もそのまま解けなかった。何を反論しようが信じちゃくれなかったね。

 

後々に至り、誤解が誤解でなくなってしまったかどうかは――
教えてあげない。

 

(了)