「心配」 (87-179)

Last-modified: 2008-04-18 (金) 00:40:12

概要

作品名作者発表日保管日
「心配」87-137氏、179氏08/04/1808/04/18

お題

 「ありがちですまんが、怪我をするハルヒと心配するキョン。
  あるいはその逆で、怪我をするキョンと(ハルヒなりの)心配をするハルヒ。」

作品

たまにあるよな。自分じゃ覚えてないのに他人が引きずってることってさ。
例えばって? まあそれはおいおい話すとして、今日も今日とて相も変わらず市内探索だ。
あいつはこれ以外に何かすることが無いのかね。まあ俺も無いんだから言っても詮無きことだ。
それに、
ハルヒがやると言えば4月の31日ですらカレンダーに作り出すことも可能な宇宙人。
ハルヒがやると言う前からカレンダーに予定が書かれているであろう未来人。まあ、本人は知らないんだろうけど。
ハルヒがやると言えば予定で真っ黒なカレンダーでも暇になりそうな超能力者。
皆さん、ご苦労様ですとしか言いようが無い。
だがなんだかんだ言って普通の俺が一番ご苦労様なんだろうなあ。
朝比奈さんあたりににっこり笑顔で手でも握られながら言われたいものだ。ううむ、想像するだけで元気が出るね。
だからこそ、今日は朝比奈さんとペアになってたまには弱音なんか吐いて朝比奈さんに優しくしていただこうとかヨコシマなことを画策していたせいなのだろうか。
 
「ちょっとキョン! 聞いてんの!? 当然聞いてないわよね、あんた団長の金言をなんだと思ってるわけ!?」
 
隣で本日の散策パートナーが憤慨していた。
……やめてくれ、俺の残りわずかの元気まで吸われるじゃねえか。
 
「あたしの話も聞かずにニヤニヤとエロ顔浮かべてたかと思ったら苦虫噛み潰したような顔して。あんたはこの世の不思議を探す気があんの?」
ねえよ。とはさすがに言えん。
「そんなにみくるちゃんとペアになりたかったの?」
はい図星。無論これも言えん。
「んなわけねえだろ。ちょっと考え事だ考え事」
「考え事だなんてよく言うわあんなエロ顔してて」
「そんな顔してねえって」
「いかにも不思議の隠れてそうな神社で考え事してるって時点であんたは不思議失格なの!」
ハルヒは今しがた参拝を済ませた拝殿をその手で示しながら不穏なことをのたまう。
社務所にいた神主が聞いたらどう思うだろう。俺としては不思議失格の烙印はむしろ嬉しいくらいだが。
「ああ悪かったよ。で、神社にあったのか、その不思議は」
「……残念だけど無かったわね。時期が悪かったのかもしれないわ。祭の時期や深夜を狙うべきだったのかもね」
不思議なんぞ見つかって堪るか。ただのバイトの巫女さんがハルヒのせいで神通力をその身に宿したりしたら大変だ。
あと、祭はいいが深夜の探索はノーサンキューだ。行くなら1人で行ってくれ。
不思議が無いとわかったせいか、境内から去ろうとするハルヒの足取りは速い。まあこいつの足が速いのはいつものことだが。
「あんたがよく探さないせいよ」
「そうかい、じゃあどんな探し方をすりゃいいんだ?」
そう言ってハルヒのほうを振り返ったのが馬鹿だったんだろうな。次の一歩を踏み外す羽目になったんだから。
「キョン、階段!!」
「うおぉっ??!」
 
ああ、無駄に大怪我を連想させたかも知れんな。すまんすまん。
結論から言うとだ。
3~4段滑り落ちたが鉄パイプの手すりに?まって事なきを得た。
相当びびったけどな。寿命が縮まったぜ。まあ、俺の高校生活の一部ほどではないけども。我ながらひどいスクールデイズだな。笑ってくれていいぞ。いつかマジで死ぬかもしれん。
そんなわけで足すら挫いていない俺なのだが、ハルヒのほうを振り向くと――、
「…………」
なんか凄い怖い目で黙って睨まれてる。しかも顔色真っ青だ。まずい。あまりの俺のドジっぷりに団長様は怒ってらっしゃるようだ。
ぐ、頼むからなんか喋ってくれよ。それにこの高低差でいるとその、風なんか吹くと。ほらっパンツ見えるパンツ見える!
「ああ、なんだハルヒ。その、俺は大丈夫だからだな、」
「キョンっ!!!!!」
鼓膜が破れるかと思うほどでかい声で名前を叫ばれたと思ったらすでに目の前にハルヒがいた。
え、離れてたよな、距離。
「どこもっ! どこも打ってないの!? あたしがわかるわよね!?」
何を言ってるんだお前は。無事だと言ったじゃないか。
「馬鹿キョン! 悪い冗談にも程があるわよ! あたしの前で2度も階段から落ちるなんて許さないんだから!」
青白い顔色のままものすごい怒りの形相で胸倉をつかみあげるハルヒのを見て俺はようやく気がついた。
そうか、そうだった。
俺は以前に階段から落ちて意識不明になったんだっけな。
あの日、「去年の12月18日」。
世界が一変して、3日後に再改変したという俺の記憶。俺が階段から落ちて3日後に意識を取り戻したという俺以外の全員の記憶。
朝比奈さん(大)が見せてくれたサービスカット。その中にあったハルヒの顔が今目の前にある。
「あの時に言ったでしょ、SOS団は全員揃ってなきゃいけないって! あたしの前から黙っていなくなるなんて絶対許さないんだからね!」
「……ああ、悪かったよ。すまなかった」
「団員心配するのは団長の務めだけどね、団長に心配掛けないようにするのは団員の義務よ義務」
少し落ち着いてきたようだ、ハルヒが激昂モードから小言モードに移行する。
俺自身に記憶が無いとはいえヤなもん見せちまったみたいだな。
「……もう、いいわよ。で、本当に怪我は全然無いのね?」
「ああ、それは……ん?」
さっきまで手すりを掴んでいた左手に違和感。人差し指と中指の先が濡れている。それも血で。
濡れていない部分も手の平全面が赤茶けたボロボロの金属片が付着しているのを見れば原因確定は容易だ。
「……錆びてやがったか」
年季の入った鉄の手すりだ。この程度は仕方ないか、落ちなかっただけ僥倖だ。さて、ハンカチかティッシュは持ってたかな。
「指、錆で切ったの?」
手の平の錆を払っていた俺の手を見ながらハルヒが言う。その通りだが、お前ティッシュ持って‥!?
「ちょっと貸しなさい」
俺の知覚ではいつの間にか俺の左手首はハルヒの手にしっかり掴まれていた。その上、傷ついた指が何処にあるのかというと、なんとハルヒの口の中だ。
「お、おい!?」
ちゅっ、ちゅっと強く吸い付かれて軽い痛みを覚える。指に舌が纏わりついてまたなんとも言えん感覚なのだが、戸惑いつつも離そうという気にならないのは何でだろうね。
1秒か2秒か。なんだか妙に長く感じたハルヒの口が指から離れる。
ハルヒが俺の血が混じった唾を吐いてハンカチで口を拭うのを見ながら、俺はなんとなく左手のやり場に困っていた。
「何よ。傷口に錆がついたままじゃ不衛生じゃない」
別に文句なんてつけてねえだろ。なんだよそのアヒルみたいな口は。素直に礼を言う気が失せるだろうが。
いやいや、ここは俺が大人になっておくべきなんだろうね。
「……心配掛けたな。助かったよ」
「……まったくよ。あんたが階段から足踏み外した時どんな気持ちになったか」
まっすぐ目を見て礼を言う俺と伏し目がちに小声でぽつりと呟くハルヒ。勿論俺はその呟きを聞き逃さなかった。
「なんだってハルヒ? よく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」
これは完全に俺のミスだ。あっと思ったときには既に口をついて出ていた。
「っ! なんでもないわよ! も、もういいわ! 今日はもう解散!!」
こうなってしまうのは当然の流れで。
「お、おい。まだ昼前だぜ?」
「いいのもう! 古泉くんたちにも言っておきなさい、解散だってね!」
「ハルヒ、悪かったって」
「うるさい、ついてくんな!」
 
行ってしまった。我ながら意地の悪い聞き返しだったな。
俺の不注意でまた階段から落ちるさまを見せちまったってのに。
でもだって、聞けるものならもう一度聞いてみたいだろ。ハルヒの口からもう一度、さ。
こんな話、古泉や朝比奈さんになんて言われるかな。長門から極寒の視線も食らうかもしれん。覚悟して昼の集合場所に向かうとするか。
遠ざかっていくハルヒの後姿が袖で目元を拭うのを見て俺は、「ごめんな、ハルヒ」と口に出さずにもう一度謝った。