「濡れ衣だなんて言えない」 (90-94)

Last-modified: 2008-05-21 (水) 23:29:05

概要

作品名作者発表日保管日
「濡れ衣だなんて言えない」90-94氏、104氏08/05/2008/05/21

作品

 いつものように教室に着くと、そこには窓側の最後尾で机に突っ伏すSOS団団長様の姿があった。
 あとで何を言われるかわからないので、とりあえず声をかけておくとするか。
「よぅハルヒ」
「…………」
「昨日はどうして部室に来なかったんだ」
「…………」
 昨日からハルヒ様子がどうもおかしい。
 いや、もとから涼宮ハルヒという人間はちょっとばかりおかしいんだが……ってそうではなく"いつもの"ハルヒとは異なるのだ。
 教室では大抵机に突っ伏している。そのくせ休み時間になるや、両手でめいいっぱい引っ張ったゴムを離したかのような瞬発力で教室を飛び出して行くのだから、具合が悪いというわけでもなさそうなのだが……。
「なぁハルヒ。なんか変なもんでも拾い食いしたのか」
「………」
 ……やはりおかしい。
 こう言えば「そんなことしないわよバカ!」と拳のオマケ付きで返ってくると思ったんだがな。
 こいつがSOS団の活動を無断で休むとは余程のことなのだろう。
 しかしハルヒのことだからな。どうせしょうもない理由なんだろう。またよからぬコトを計画していて徹夜続きとかな。
 間違っても五月病とかではないだろう。こいつはいつぞやに五月病患者なんて2,3発ぶん殴ればいい、みたいなこと言ってたくらいだし。
 ────とまぁ若干無理があるとは思うのだが、楽観的に考えることにする。
 そうさ、しなくてもいい苦労をわざわざ背負いに行くことはないのだ。
 ま、ハルヒのことだ。そのうちいつものように壊れた玩具の如く暴れ回り俺を振り回すに違いない。
 ひょっとしたらこんなのでも一応生物学的には女性に分類されるのだから、男には一生縁のない月の障りとかいうやつなのかもしれん。
 もしそうならば、それはそれで自然の摂理として歓迎すべきことだ。
 無ければ無いで俺があらぬ疑いをかけられそうだし。……何故かは俺も知らん。知りたくもない。
 
 
「んあ? キョン、あれお前のツレじゃね?」
「あはは。谷口、やっと気づいたんだ。5分くらい前から立ってたよ」
 昼休み。いつものように国木田とアホの谷口と机を同じくして弁当を食っていると、古泉と思われる男子生徒がうちの教室の扉を背もたれにして廊下に立っていた。
 ……やれやれ。今度は一体なんなんだ。
 っていうか国木田よ、そんな前から気づいてたんなら言ってくれ。
「いや~。ふたりともいつ気づくかなぁと思って」
 ちなみに現在、ハルヒは教室にいない。午前中机にへばり付き続けていた団長様は、昼休みが始まった瞬間に飛び出して行ったのだ。
 俺は食べかけの弁当箱に蓋をしお茶を一口啜ってから、廊下に出て部室以外では出来ればお目にかかりたくないニヤケ野郎────別名:古泉イエスマン一樹。自称:涼宮ハルヒの精神分析家────に声をかけた。
 
 ハルヒに見つかるとまずいということで中庭に移動する。
 何の用だ。弁当食ってる途中なんだ。手短かに頼む。
「あなたも気づいているはずです」
 俺は溜息をついた。この先聞きたくもない話を聞かされるのだろう。
「実は昨日の朝から閉鎖空間が多発しておりましてね……」
 そういやお前、昨日部室に来なかったな。
「昨日の閉鎖空間は小規模なものでして、機関でもあまり重要視していなかったのです。恐らく朝方に何か嫌な気分になるようなことが起きたのではないかと。例えば……そうですね、寝起きに脅威の生命力を持つ生きた化石などと呼ばれる黒光りするアレに遭遇したとか、ね。ですから今日になってまで閉鎖空間が多発するようなことはないと思っていたのですが……。何かご存知ではありませんか」
 俺が知ってるわけないだろう。それとハルヒが例のアレを怖がるとは思えんのだが。むしろ「不思議生命体発見!」とか言い出しそうな気がするぜ。
 古泉は飽きれたように溜息をついた。なんだよ。
「……涼宮さんはああ見えてごく一般的な女子高生ですよ。むしろ今時珍しいくらい繊細で純粋な方だと言えるでしょう」
 俺にはそう見えんがね。
「今朝からかなり閉鎖空間の規模も発生頻度も上がってきておりましてね。
 機関でも原因を調査しているのですが、未だに判明されず困惑状態です。あなたに何か心当たりはないかと思ったのですが」
 お前はハルヒの精神分析家だろ。お前にわからんものが俺にわかるはずないだろう。
「そうですか。このままでは少々まずいことになりそうなのですよ」
 そんなこと俺に言われても困るんだがな……。
 古泉は名残惜しそうに食堂の方に去っていった。今から昼飯なのだという。
 俺も弁当を食っている途中だったことを思い出し、教室に戻ろうとしたところ、危うく何かにぶつかりそうになり咄嗟に急ブレーキ。
「長門。びっくりするじゃないか」
「……」
 お前とこんな場所で会うのは奇遇……じゃないな。何か俺に言いたいことがあるんだな。
「……部室」
 部室?
「……来て」
 ハードカバーを胸に抱いた長門は風のように部室棟へ歩いて行く。
 ……やれやれ。どうやら残りの弁当を食うのは5時限目が終わってからになりそうだ。
 
 
 
 長門と並んで文芸部室に足を踏み入れると、ハルヒが長机にへばりついていた。
「……おい、どうしたんだハルヒ」
「…………」
 無視か。それとも寝てるのか。
 長門を見る。
「………………」
「あなたが起こして」という無言の圧力を感じるんだが……。長門よ、せめて言語で伝えてくれないか。
「ハルヒ……お前、飯は食ったのか?」
「…………」
「なぁハルヒ、具合でも悪いのか」
 さすがに心配になってきた俺は、熱をはかってやとうとハルヒの額に手を伸ばしたのだが
「! なにすんのよ、エロキョン!」
 思いっきり手を叩かれ、ハルヒはまた机に突っ伏してしまった。いてぇなぁ、くそっ。
 俺は「やれやれ」と溜息混じりで呟き、パイプ椅子を引き寄せハルヒの横に腰掛けた。
「なぁハルヒ。お前昨日から様子がおかしいぞ。具合が悪いんなら保健室に……」
「そんなんじゃないわよ!」
 おお。やっとマトモに答えてくれたか。だが怒鳴るこたぁないだろ。
 ハルヒの肩に手を置いて優しく話しかける。
「ひょっとして…………何かあったのか? 俺でよかったら相談に乗るぞ。俺に話しにくいことだったら長門か朝比奈さんにでも────」
「うるさい! ほっといてよ!」
「……ハルヒ」
「…………あんたのせいなんだから!」
「………………俺?」
「…………全部あんたのせいなんだからっ! だからっ! ……だから、あんたには関係ないのっ! 出てって!!」
 
 なんだそれは。
 俺が原因でありながら俺には関係ない…………? さっぱり意味がわからん。
 思わず助け船を求めるように長門を見るが、長門のふたつの瞳は何かを言いたそうにまっすぐにハルヒを見つめているだけだ。
 うーむ。ここはハルヒの言葉に従って部室を出て行くべきなのか。
 いや、そんなことしたら何の解決にもならん。
 俺が原因だというのに、俺が関係ないなんてことあるか?
 
 …………ひょっとして、俺に言いにくいことなのか? 例えば……俺のことが嫌いになった──とか。
「…………」
 アホか。そんなこと…………あるはずないよな。
 いや、無いと信じたいだけなのか?
 身に覚えがないことでハルヒに拒絶されショックを受けない程、俺は神経が図太い人間ではないからな。
 俺…………なんかしたっけか。
 ────あ。一昨日の帰りハルヒがコンビニで肉まんとあんまんとイチゴまんを買い食いしようとした時「そんなに食うと太るぞ」って言ったのを根に持ってるのか?
 それとも先週、部室の冷蔵庫の奥から発掘された賞味期限が1ヶ月過ぎている牛乳プリンを食おうとしたのを阻止したのが原因か?
 いや、後者は俺の方が正しいよな。さすがに1ヶ月前のはどうかと思うんだよ。
 あのときは大変だった。長門が「食べない方がいい。危険」と言ってくれたからよかったものの…………ってそれどころではない。予鈴が鳴っているじゃねぇか。
「おいハルヒ。授業始まるぞ」
「…………」
「教室戻らないのか」
「……ひとりで戻ればいいでしょ」
「サボる気かよ。……授業中寝てる俺が言うのもなんだが、あまり感心しないなそれは」
「うるさい!」
 ダメだこりゃ。
 ふと長門を見ると、いつもの定位置に座りハードカバーを開いている。おいおい、長門もサボる気かよ。
 俺は盛大に溜息をついた。
 ……腹を括るしか無いか。
 こんなことなら部室来る前に教室寄って弁当取ってくるんだった。
 
「お前が戻らんなら俺も戻らん」
「…………」
「…………」
「……バカキョン」
 
 
 
 とうとう何の進展もないまま、午後の授業も終了し放課後になっちまった。
 やがて朝比奈さんが部室にご光臨あそばしたので、朝比奈さんがメイド服という別名を持つ天使の衣に着替えている間、俺は自分の荷物を取りに教室に戻った。
 ハルヒの鞄も持って行ってやろうかと思ったのだが、やめておいた。さすがに女生徒の鞄の中に物を詰めるのは躊躇われるからな。
 
 はてさて……どうしたもんかね。
 
「…………涼宮さん、どうしちゃたんですか」
「さぁ。ずっとこんな調子なんでこっちも困ってるんですよ」
「具合が悪いのかと思って、何度も聞いてみたんですけど『そんなのじゃないから気にしないで』って…………」
 ハルヒは、朝比奈さんのいれた緑茶にすら手をつけようともせず、相変わらず突っ伏したままだ。
「……放っておきましょう。本人もそうしてもらいたいみたいですから」
「でもぉ………………」
 朝比奈さんはハルヒのことを本気で心配しているようだ。
 普段ハルヒにあんな目に遭っているというのになんてお優しい方なのだ。まさに天使ですよ、朝比奈さん。
 ハルヒめ、こんな天使のように愛くるしい……もとい、こんな愛くるしい天使に心配されているというのになんて罰当りなんだ。俺と替わりやがれ。
 
「…………」
「…………」
「……古泉くん、来ないね。…………バイトなのかな」
「…………でしょうね」
 朝比奈さんは部室を支配する重々しい空気に耐えきれなくなったのか、教科書やらノートやらを出して勉強を始めた。
 長門はいつもと変わらず本の世界を旅行中。
 古泉は……ハルヒがこんな状態だからな。どう考えても神人退治しているんだろう。
 俺はやることもなく、そうかといって寝る気にもならず、延々と机にへばりつき続けるハルヒの頭部を見ながら不規則に溜息を漏らすしかなかった。
 長門がハードカバーを閉じる音で我に返る。どうやら知らないうちに夢の世界への招待状を受け取っていたらしい。
「もうこんな時間か」
 俺たちが帰り支度を始めても、ハルヒは机に突っ伏したまま動かない。いつまでこうしている気なんだこいつは。
「ほれハルヒ、下校時間だ。帰るぞ」
「…………先に帰って」
「お前はどうすんだ」
「先に帰ってって言ってるでしょ!」
「そんなわけにいくかよ。……なぁ、アイスでもおごってやるからさ。一緒に帰ろうぜ」
「嫌よ! あんたなんかと帰りたくない!」
 ……さすがにこれには傷ついたね。それと同時に何故だか知らんが無性に腹が立った。
「いい加減にしろ!」
 ハルヒの両肩を掴み、力の限り引っ張り上体を起こす。
「なにす……」
 回り込み、ハルヒの左肘を掴む。さぁ立つんだ、バカ野郎!
「いつまでこんなことする気だ! バカハルヒ!」
「! ぃやっ!」
 予想外の弱々しい声に、はっとなる。戸惑いながらも顔を覗き込もうと近づくと、ハルヒは右腕で顔を覆いながら俺から逃れようとする。
「ハルヒ?」
 ……まさか…………泣いてるのか?
「……ないで。もう、ほっといてよ!」
 
 それとも────そんなに俺が嫌いなのか?
 
 俺のことを嫌いになったっていうのならそれでも構わない。
 でもな、さんざん俺の人生も心も掻き乱して翻弄させたのはどこのどいつだ。
 今更理由もわからず嫌われるのは納得がいかないし、理由はどうあれこんな形で拒絶されたくはない。それにこんな振る舞い、お前らしくないじゃねぇか。
 嫌いなら正面から「あんたなんか大嫌い!」って言ってくれ。
 そうすれば俺だって……俺だってお前のことを────あぁもう、そんなんじゃねぇ!
 
 俺は無理矢理ハルヒの右腕を外しにかかった。
 情けないことに、この馬鹿力女に力で勝つ自信は無いのだが、俺だって男だ。男が本気出して女に勝てんわけないだろう!
「おま……いい加減に…………」
 もう少しでハルヒの顔面を覆う鉄壁が外れようというところに、白い手がふわりと伸びてきてハルヒの前髪をかきあげた。
「……長門?」
「ゆ、有希っ!?」
 長門は無表情のまま、顔を覆う腕の力が抜けたハルヒの額を見つめ一言。
「…………ニキビ」
「は?」
 長門の視線の先、ハルヒの額をまじまじと見る。そこには、デキモノがひとつ。ぷっくりと盛り上がっており────
「! み、見ないでっ! ……見るなぁああーーー!」
 
 
 
 くだらん。
 実にくだらん。
 昨日今日とハルヒが始終机に突っ伏していた理由────それは、額に大きなニキビが出来てしまったので、それを人に見られないようにするためだったのだ。
「……これ、使って」
 長門がハルヒに手のひらサイズのチューブ状のものを渡している。
「……いいの?」
「返さなくてもいい。……効果はテキメン」
 どうやら長門特製ニキビ治療薬のようだな。何が入ってるのかは知らんが、効果があるのは間違いないだろう。
 そんな長門とハルヒのやりとりをぼんやりと眺めながら、コトの真相のあまりのくだらなさに俺は大いに脱力していた。
 哀れ古泉はじめ機関の方々。ニキビひとつであんな化け物退治やらされるんじゃ、たまったもんじゃないな。
 前に古泉が「閉鎖空間が涼宮さんの精神に生まれたニキビだとしたら、僕はニキビ治療薬なんですよ」とかなんとか言ってた気もするが、あれはあくまでも古泉のわかりにくい比喩だからな。
「でも、涼宮さんの気持ちわかるなぁ」
 そりゃあ俺も多少はわからんでもないですよ。顔にデキモノが出来たら男の俺だって憂鬱になりますよ。
 だからってずっと机に突っ伏して人に顔を見られないようにするなんて、アホ以外のなにものでもないと思うんですが。
 ま、それで学校休むよりはマシ……なのか。っていうか出来たのが額なら前髪で隠れるだろうが!
「ほんっとーに、あんたは女心がわかってないわね!」
 そういうハルヒこそ乙女心がわかるとは思えんのだが。
「キョン、これ塗りなさい」
 ハルヒは意地悪で我が侭なお嬢様が哀れな召使いに命令するかのように、長門特製ニキビ治療薬を俺に差し出した。
「なぜ俺が塗らねばならんのだ」
「あんたのせいなんだから、あんたが塗るのが当然でしょ!」
 …………なんつーか……これ以上反抗する気にもならん。
 俺は「やれやれ」と呟くと、ハルヒの頭に手を伸ばした。
「動くなよ」
「……優しくやりなさいよ。潰したりしたら一生恨むわよ」
 言われんでもそうするさ。俺のせいで痕が残ったりしたら、それこそどんな罰ゲームを課せられるか想像したくもない。
 ハルヒの前髪を指で斜めにズラし、もう片方の手の小指でちょん、ちょん、と薬を患部に付けてやる。
 ハルヒの眉はつり上がり口を真一文字に結んでいるが、本当に怒っているのではないということを俺は知っている。
 こいつはどういう表情をしていいかわからない時こんな風に怒ってみせるのだ。
 ……畜生。俺もどうしていいかわからないんだぞ。俺も怒った表情を作ればいいのか?
「……塗ったぞ」
「…………ありがと」
 ところでそのニキビが他人に見られたくなかったからずっと机にへばりついてたのはわかるんだが、なんでそれの原因が俺なんだ?
「…………それは……」
 どうしたんだこいつ。急に狼狽えだしたぞ。こんなハルヒもある意味新鮮で可愛い……ってそうじゃねぇ。お前そんなキャラじゃねえだろ。なんだ? 薬の副作用か?
「ち、違うのよこれは! そ、そうっ! あんたがあまりにもSOS団の活動に熱心に取り組まないからどうしたらもっとSOS団の活動に意欲的に取り組むようになるかを連日徹夜考えていたから寝不足でニキビが出来ちゃったのよ! そうよ、そうなのよ! だから、このニキビはあんたのせいなのよ!」
 ハルヒは大声で一気に捲し立て、肩で息をしている。何そんなムキになってるんだ。
 脳内にクエスチョンマークを散りばめていると、朝比奈さんがこんな妙なことを言い出した。
「あぁっ! 思い出しましたぁ! おでこに出来るニキビって"想いニキビ"って言うんですよね!」
 これにはさすがのハルヒも驚いたようだ。
「ななななに言ってんのっみくるちゃん!!」
「そうかぁ。鶴屋さんが言ってたこと、本当だったんですねぇ」
「な、なっ……つ、つる……な……」
「涼宮さん、連日連夜キョンくんのこと考えてたんですよね。それでおでこにニキビが出来ちゃったんですよねっ。まさに"想いニキビ"ですっ!」
 …………鶴屋さん、あなた朝比奈さんに何教えているんですか。
「みくるちゃん! それ以上言うと、ひどいわよっ!」
 いつの間にか正気に戻ったハルヒは朝比奈さんに飛びかかると、がっちり頭部を両腕で固定。必殺お耳はむはむを繰り出した。
「……ぅはぁん。やぁん。……やめてくらさぁい」
 俺は朝比奈さんに抱きついているハルヒをひっぺがしにかかった。
 今は耳を甘噛みしてるだけだが、放っておいたらそのうち胸を揉み始めたりするからな。
「おいおい。もうやめろハルヒ」
 それから、これだけは朝比奈さんに言っておかねばならないだろう。ハルヒの名誉のためにもな。
「朝比奈さん、そんなの迷信ですよ。ハルヒが俺なんかのことを"想う"はずないじゃないですか。
 それにその迷信が本当だとしたら、ハルヒのニキビが出来る箇所は"おでこ"じゃなくて"あご"のはずですよ」
「……えっ」
「…………キョン、それって…………どういう……」
 …………疲れているのかもしれん。俺はなにかとんでもないことを口走ったようだ。
 朝比奈さんが真っ赤な顔でこちらを見ている。
 長門は既に鞄を持ち扉の前に立っており、一瞬こちらを振り返ったが音も無く部室から出て行った。
 そして肝心のハルヒはというと……。
 おいおいハルヒ。お前な、怒るか笑うかどちらかにしろ。
「……これは詳しい話を聞かないといけないようね」
 ハルヒはまるで聖女のように微笑むと朝比奈さんをあっけなく解放。どうやら次の処刑者を決めたようだ。……つまり俺なんだが。
「そ……そうだ。ハルヒ、ニキビといえば昔ニキビ治療薬のCMで、成分を早口言葉のように言ってたやつなかったか」
「知らないわよ、そんなの。そんなことよりキョン! "おでこ"じゃなくて"あご"のはず、ってどういうこと? 詳しく説明しなさいっ! そうね……。誰にでもわかるくらい簡単で、かつストレートな言葉でね!」
 
 翌朝、目覚めた俺の額にはニキビがひとつ出来ていた。
 ……やれやれ。昨日の仕返しか、ハルヒ?
 
 家にニキビ治療薬がないので、とりあえずオ○ナインを患部につけ、今日は帰りにドラッグストアに寄らなくては────と思いながら登校すると、窓側最後尾の席のハルヒは頬杖をつき表面上不機嫌そうな面持ちで空を眺めていた。
「よぅ」
「おはよ。有希のくれた薬のおかげで、今朝目が覚めたらおでこのニキビが綺麗に消えてたわ」
 そうか。そりゃあよかったな。じゃあなんでそんな不機嫌そうなんだ。
 するとハルヒは一転して満開の向日葵のような笑顔に変わり
「そのかわりね、ここにニキビが出来てたのよ! あんたのせいだからねっ! このニキビ!」
 と、"あご"のデキモノを指差して叫んだ。
 おいおい朝っぱらから叫ぶな。ほれ見ろ、クラスの連中が「またあいつらか」っていう目で見てるじゃねぇか。
「あんたのせいでこーんなおっきなの出来ちゃったのよ! 責任取りなさいよっ! 出来ちゃった責任!」
 まったく。ニキビが出来たということを、こんな嬉しそうに言うなんてどうかしてるぜ。俺にどうしろと言うんだ。
 そんなの迷信だろ……という反論が通用するわけないことはわかっている。
 あぁそうさ。昨日洗いざらい白状させられちまったんだ。まさか今更、濡れ衣だなんてことは口が裂けても言えねぇ。
 仕方なく俺は前髪を上げ、言ってやった。
「俺の"コレ"だってお前のせいなんだからおあいこだ」
 それと"出来ちゃった"とか"責任"とか大声で言ってくれるなよ。妙な方向に勘違いされたらどうすんだ。
 お前がそんな言葉を口にするたびに、クラスの連中から生暖かさとはまた別の微妙な視線が飛んでくるということに気付け。
 冗談じゃねぇ。俺はまだ仕込みはしてないんだぞ。
「あら、あたしのココに出来て尚かつあんたのソコに出来るってことはそれだけ"あんたが"あたしのこと想ってるってことじゃない。あたしのせいじゃないわ!」
「ほーう。お前のせいじゃないのか」
「そうよ」
「……なぁハルヒ、知ってるか。男の場合はな、組み合わせが逆になるとする説が有力なんだぜ。……つまり、"あご"に出来るのが"想い"で"額"が"想われ"。"右頬"が"振り"で────」
 するとハルヒはプイ、顔を横に向けた。
「……そんなの迷信よ、迷信! くっだらないわ! そんなの信じちゃって、バカみたい!」
 そうかい。俺はなかなか素敵な迷信だと思うがな。
 
 揺れる尻尾と後れ毛。
 中途半端な長さの髪をくくっているのは、衣替え前の冬服が暑苦しいからじゃないんだろ?
 
 俺がその赤く染まる耳の熱さをはかろうと手を伸ばそうとすると、ハルヒは正面に向き直りキリリと眉を吊り上げ、にやりと不敵に笑った。
 何思いついたんだこいつは────と思ってる暇があるんだったら逃げるべきだった。
「そんなこと言ってないであんたもこの薬使ってとっとと治しなさい! バカキョン!」
 と、長門特製ニキビ治療薬を持って飛びかかってきたのだ。
「ぐあっ」
 俺の頭部はハルヒの両腕によりがっちりガード。何する気だ。離せ!
 やめろ。この体勢はいろいろマズい。
「んふふふふ。さぁキョーン♪ いい子ね~。お薬ぬりぬりしましょうね~」
「くっ、やめろっつってるだろ。自分で塗るっての!」
 畜生。朝っぱらからどんな羞恥プレイなんだこれは! 勘弁してくれ!
 
 
 
 
「あれ、谷口どうしたんだい? キョンと涼宮さんがあんな感じなのはいつものことじゃん」
「違うんだ……。あいつらのことじゃない…………。そうか……男の場合は、組み合わせが逆になるのか…………」
「ちょっと、谷口どこ行くの? もうHR始まるよ!」

イラスト

おまけ つ90-94 nikibi.jpg
 
「むぅ……。これはキョンのせいね!」

スレの流れ

ついでに…
 
 
キョン「さぁ、この繊細な指使いを見ろ!」
 ヌ リ ヌ リ ク リ ク リ
ハルヒ「ひゃうん!!くすぐったい!」
キョン「ほら、ここがそうなのか。」
 ヌ リ ヌ リ ク リ ク リ
ハルヒ「そこっ!白いのヌリヌリして!」
 
 
 
 
谷口「WAWAWA忘れm…お前ら…教室で一体ナニシテンデスカ?」
キョン「何って、ハルヒにニキビ薬を塗ってやってるだけだが?」
ハルヒ「あぁ、気持ちよかった!」
谷口「おめぇら、毎回毎回ややこしいんだよっ!!!
   もう、『ゆっくりやってろ』」
 
 
 
すまん、いきなり怪電波が…