それは舞い散る雪のように/けれど輝く夜空のような (75-906)

Last-modified: 2008-01-09 (水) 01:12:39

概要

作品名作者発表日保管日
それは舞い散る雪のように/けれど輝く夜空のような75-906氏08/01/0908/01/09

それは舞い散る雪のように

キョンなんかいなくなればいいのに。
 
今日も疲れた。歳は30半ば、彼氏なし、それどころか男に敬遠されてる。
物事をはっきりいう性格とそもそも男なんて必要ないと思っていたからだろう。
あたしはエリートといえる人種かもしれないけど楽しい未来なんてものは描けそうになかった。
「……あの頃は楽しかったなぁ」
高校時代のSOS団を思い出す。思えばあの頃が一番楽しかったんじゃないだろうか。
高校を卒業してからみんなには会っていない。いつかいつかと思ってそのままズルズルを来てしまった。
そして思い出すのは一人の顔。あの頃いつも一緒にいた同級生。
友達以上で、何以下だったのか今でも答えは出ない。
そんなことを思っていたせいだろうか。町で見知った顔を見かけたのは。
「キョン……?」
「ハルヒ、か?」
老けた顔はあの頃の面影を残している。同時にいくつもの思い出がよみがえる。
野球大会。孤島での推理ショー。クリスマス。七夕。
そして夢の中での……
感情があふれて止まらない。あたしはキョンに駆け寄った。
「キョン!キョン、あたし……」
「パパー、どうしたの?」
キョンを呼ぶその子は、キョンの面影があって、まぎれもなく、キョンの子どもで、後ろには知らない女性が。
 
「起きて」
跳ね上がるようにして身を起こす。呼吸は乱れ嫌な汗が止まらない。
有希が起こしてくれなかったら呼吸困難にでもなっていたかもしれない。むしろその方がマシな夢だった。
「あ……ありがと、有希」
どうにか息を整えてお礼を言う。どうも部室で寝ていたらしい。
今日、キョンとケンカした。理由は覚えてない。久々に大喧嘩だった。
キョンなんかいなくなればいい。そんな風に思ったからあんな夢を見たのだろうか。
悪い、夢、だった。あんなはずはない。ただの夢。現実じゃない。
でもありえない未来ではないとあたしの中の冷静な部分が告げていた。
あたしは不思議なこと、それに連なる楽しいことを探している。けれどその先の現実というものを考えたことがあっただろうか。
今はSOS団のみんなや、キョンがいる。
でももしこの先誰もいなくなって中学のときみたいに一人きりになったら……
一度知ってしまったこの暖かさが、また冷たい場所に行った時にあたし自身を苦しめる棘になるだろう。
初めて知る恐怖だった。未来が怖いなんて思ったこと、なかったから。
まだ手が細かく震えている。嫌だ嫌だ嫌だ。あたしは、何をしたいんだろう。
「夢は」
機械みたいな声。そんな風に感じた。
「夢は正夢、または予知夢を呼ばれるような未来を指し示す内容であることがある」
ほら声を合成させたっていうか、最近だとボーカロイドみたいなあんな感じ。
「人間が未来を見るなどということはあり得ない。自身の漠然とした不安が夢に現れ事実そうなったときに夢で見た、と思う」
いままでそんな風に思ったことないのになぜか有希の声が作り物みたいに感じてしまった。
「自身が不安に思っていること、特にあなたは危険。実現してしまう可能性が高い」
有希が、怖い。
「でも」
何でだろう、変わらないのに変わった。
「あなたはきっと大丈夫。そうならないために忘れてはいけない大切なことを理解できる人だから」
わからない。なんで違うのかわからない。
「忘れないで。あなたを幸せに出来る人はすぐ近くにいる。あなたもきっとわかっているはず。だから素直になって」
ああそうか。今、有希はあたしのことを本気で想ってくれてるんだ。
「……おやすみなさい」
最後に見えた窓の外には綺麗な、それでいて儚い雪が見えた。
こんなに静かなのはきっと雪が音を吸っているからなんだろうな。
でも何で音を吸うんだろう。雪だって自分から音を出せばいいのに。
そんなことを途切れる意識の最後に思った。

けれど輝く夜空のような

「おいハルヒ、いい加減起きろ」
目を覚ますと部室で外は暗くてキョンだった。……なんかまだぼーっとしてる。
ケンカしてたはずなのになんで残ってくれてるんだろう。
「ったく、みんな帰っちまったぞ。ったく、なんで俺が……」
ブツブツ言いながら帰り支度してる。何か……言わないと。
「キョン……一緒に帰ろ?」
自分らしくない言い方だと思うけど本心だった。キョンはなぜか慌ててる。
「な!……いや、まあ別にかまわんが……ああもう、さっさと行くぞ」
さっさと行こうとするキョンの手を握る。置いていかれたくなかったから。
キョンは驚いてあたしの顔をまじまじと見た後「……早く用意しろ」と言って待っててくれた。
 
帰り道、キョンと手をつないで歩く。雪はいつの間にかやんでいた。
「……どういう風の吹き回しだ。ドッキリだってんならもう十分に成功してるぞ」
ちょっと、いやかなりムカついたけど我慢。あんなことになるくらいならあたしは……あれ?
「どうかしたのか?」
「うん、なんか夢見たんだけど内容が思い出せなくて……」
「忘れてるならたいしたことじゃないんだろ」
「違う……なんかすごく嫌で……」
思い出そうとして考え込むとふと有希の顔が浮かんだ。
「っ!有希!有希は!?何か言ってなかった!?」
「っと、何だ急に……あーそういえば、俺に『残っているべき』なんて言ってた。長門に免じてお前を待ってやってたんだったな」
キョン自身忘れていたみたい。
「長門が頼み事なんて珍しいからな。だから聞いたんだが……ところでハルヒ」
「なに?」
「お前もう怒ってないのか?」
「……あんたこそ」
「実を言うとな、なんで俺たちはケンカしてたんだったか、その原因を忘れちまったんだが」
「奇遇ね、あたしも」
「……はぁ、よっぽど馬鹿馬鹿しい事で言い争ってたんだろうな」
そんなことでケンカして、いなくなればいいのになんて思っていた自分が嫌になる。
「古泉も朝比奈さんも、たぶん長門も怒ってたんだろうな。なあハルヒ、全員の心の安定のためにもここらで仲直りといかないか」
あたしの顔を見ないまま提案するキョン。
「……いいわよ。けど一個だけ聞かせて」
キョンの正面に回りキョンの顔を手で挟んで固定する。身長差が恨めしい。
「あんたはどう思ってるの?あんた自身はあたしと仲直りしたいと思ってるの?」
キョンと見つめ合う。その瞳には最初から最後まで嘘の色はなかった。
「……全員って言ったろ。こういうときの全員ってのはSOS団全員って決まってる。それくらい察しろ、バカ」
あたしの手を解いて先に歩いていくキョン。でも手を握ってくれていた。
「……ありがと」
自分にしか聞こえないつもりで呟いた言葉はキョンにも聞こえたらしくつないだ手をぎゅっと握られた。
「……逆にお前はどうなんだ。その、なんだ、俺と……仲直りしたかったのか?」
「あんたバカじゃないの」
「な……」
キョンのぽかんとした顔。あ、そういえばキョンのこんな顔が面白くてついついからかってたらケンカになったんだっけ。
思えば馬鹿なことしたんだなと思う。人の嫌がることして自分だけ楽しくたってそんなの嫌われるに決まってるのに。
だから今度は違うものを。
「言うまでもないじゃない。当たり前でしょ。言っておくけどもう離さないからね、これから先もずっと」
強く手を握る。
あんなことにならないように、それがどんなことかわからないけれどキョンの手を離してはいけないと誰かが教えてくれた。
「っ!……お前な、そういうことはもう少しオブラートに包んで言ってくれ。心臓に悪い」
「悪いけどそういう遠まわしな言い方苦手なの。あたしは言いたいことははっきり言うわ」
「……だろうな。そんなのは何度も見てきた」
「だから諦めなさい。この後の高校生活も大学もその後もずっと一緒にいなさいよ」
「……だからなもう少し言い方が……」
「文句言わない!ほら早く帰るわよ。明日も忙しいんだから。……あとごめんなさい。もう変な風にからかうのはやめるわ」
顔を見られないようキョンを引っ張って先導する。キョンはしょうがないな、みたいな優しい笑顔をしていた。
星が見えていた。この先もキョンと星を見れたらいいなと思った。