堤中納言物語をハルキョンでやってみた -花桜折る少将- (112-717)

Last-modified: 2009-07-30 (木) 03:16:40

概要

作品名作者発表日保管日
堤中納言物語をハルキョンでやってみた -花桜折る少将-112-717氏09/06/2809/06/28

 

タイトル通り、平安時代の物語を無理矢理ハルキョンに仕立て上げようと書いてしまったものです。
平安時代、ということでちょっと現代とは違う常識があったりします。
キョンも多少は「色好み」を身につけていたかもしれません。
異色なSSだと思うので、嫌だと思う方は「堤中納言物語」をNGに入れてください。
 
#原典はその光源氏型「色好み」が主人公ですが、相当改竄されています。
#というか、話の流れも原典無視し過ぎです。
#その上、平安時代の常識すら無視しまくっている部分があります。
#古文でたまたまこれをやっている学生さんは、話の流れを掴むことにすら役に立たないのでご注意下さい。

作品

夢を見ていたわけでもなく、誰が起こしに来たわけでもないのにふと目が覚めた。
時間を知るには外の明るさしか目安はなく、その外はもう白み始めているように思えて、俺は寝所を抜け出した。
もう朝なのかと思えばまだ東の空も真っ暗で、ただ明るいのは月の光が冴え渡り、桜の木々がその光を反射して空と同化しようとばかりにほのかに白く輝いているからだ。
まだゆっくり寝る時間はあるはずなのだが、この月と桜をもう少し堪能するのも悪くはない。
俺は軽く身支度を調えると、月明かりの下で散歩でもしようかと家を出た。
 
そうやってぶらぶらとその辺を歩いているうちに、特に桜が咲き誇っている家が目に付いた。
思わず足を止めたのは、桜が見事だったからだけではなく、その桜に見覚えがあったからだ。
「確かここに縁のある人が住んでいたはずだな」
家の様子はずいぶん荒れ果ててて、辺りは人の気配もない。
見とがめられる心配もないのであちこち見て回っていると、崩れた土塀から白い衣を来た男性が咳払いをしながらやってきた。
「どうも、通りすがりの執事です」
「いや、そこは時代に合わせて家司とかなんとか言いようがあるでしょうが」
果たしてこんな荒れた家に家司がいるのかどうかは謎なんだが、本人がそれに近い家政職員を名乗っているのだから深く考えないようにしよう。
「あの、少し聞きたいんですが、ここに住んでいる方はまだいるんですか。久しぶりなので会ってみたいと思ったんですが」
「そのお方はもうここにはいらっしゃいません。どちらへ移られたかも存じ上げません」
はいそこ、お前は夜中に散歩してるのにいきなり何を訪ねようとしているんだ、なんて思ったのなら時代背景その他諸事情を察してくれ。
解らない? なら解らないままスルーすべきところだ、わかったな?
ともかく、俺の馴染みだった人はもうここには住んでいないようだ。どこへ行かれたかも解らないとは、出家でもしてしまったのだろうか。
気になったのも確かだが、この通りすがりの執事などという知り合いでも何でもない新川さんにそんなことを気取られるわけにもいかないので、
「すんません、ありがとうございました」
と頭を下げて、そのままどこへやらと立ち去る後ろ姿を見送った。
 
さて、いつまでもここにいても仕方がないか、と思ったのだが、そのとき妻戸が静かに開く音が聞こえてきた。
今はどんな人が住んでいるのか見てやれ、という気持ちで俺は桜の季節だというのにまだそのままになっている薄の茂みのもとに隠れて様子を窺うことにした。
ここでひとつ自己弁護になるのだが、この時代の男がこうやって隠れて屋敷の様子を窺うのは別に犯罪ではない。
むしろ、特に男女のことに関して必要なスキルであることは「源氏物語」でも読んでくれれば解って頂けると思う。
まあつまり、こうやって隠れて見ていたのは「いい女でもいないかな」なんてことを考えていたというのが本音だ。
 
開いた妻戸から出てきたのはまだ裳儀(女子の成人の儀式。当時は13~14歳で行った)も済ませていない少女だった。
はさみ~などと聞こえてきたのは気のせいだと思いたい。
彼女も月明かりを夜明けと勘違いしたものか、扇で顔を隠しながら外の様子を伺っていたが、月と花を親しい人に見せてあげたい、なんて短歌を引用して口ずさんでいる。そこへまた別の女性がやってきた。
「姫が出かける。あなたは留守居」
妙に感情のこもっていない声だな。いや、そんなことより、この家には姫が居るのか、こいつは運がいいな。
「え~、つまんないな~」
例の少女はあどけなく膨れるが、どうやら聞き入れられないらしい。
さて、こんな時代に貴族女性の姿形など見るすべはほとんどなく、こうやって覗き見たところで出てくるわけではない。
男はその屋敷の様子や仕える物の立ち居振る舞いからそこの姫君の様子を想像するしかないのだ。なんか男って悲しいな。
ともかく、この少女の様子を見ていると、その姫君とやらは期待できそうである。
しかも、もうじき出かけるようだから、顔はともかく姿は見られそうで、これはこの時代の男としては非常に運がいいのだ。
やっぱり悲しい。
 
用意が済んで五~六人が待っている中に、衣装や雰囲気でそれと解る姫君がやってきた。
よく見てみると、衣を肩にふわりとかけている体つきはとても綺麗で、凛とした立ち居振る舞いは見ていてとても清々しい。
こういうときでも姫というのは顔を隠すのが当たり前なのが物凄く残念だ。是非見てみたい、と思ったのも無理はないだろ?
慌ただしく出立していく様子を見送って、本当に夜も明けてきたので、俺は家に戻ることにした。
 
その日の昼間は宮中に出仕して仕事をするよりは同僚の連中と無駄話をして過ごし、晩には父親の邸に顔を出した。
父の邸も桜が綺麗で、どうしても明け方に見た姫君の姿が思い出されてしまう。
やれやれ、一目見ただけでこんなに気になるとはどうかしてるね。
もやもやした気持ちを振り払うために琵琶でも適当にはじいていると、一応俺の従者である古泉が傍にやってきた。
「お上手ですね」
「お世辞か嫌味か、どっちだ」
「言葉通りに受け取ってください」
「お前のそういう台詞は信用ならん」
俺の悪態など全く気にならない様子で、古泉はその顔に無意味な笑顔を貼り付けていた。
「琵琶と言えば、僕の縁ある家にも上手く弾かれる方がいらっしゃいますよ」
「お前にそういう『縁』があるとは知らなかったな」
「勘違いなさらないでください。あくまでも一般的な縁であって、あなたが想像なさっているようなものではありません」
どちらが貴族か解らないような容貌を見ているとその言葉に信憑性など欠片もないような気がするが、こいつはどうせ問いつめてもするりとかわしてしまうに違いない。
「まあいい。で、その琵琶の名手はどの辺りに住んでいるんだ」
会話を仕掛けられた以上、興味を持たないのもマナー違反なので一応聞いてみる。
「近衛門の辺りです。かなり荒れた邸なのですが、今は見事な桜が見られますよ」
なんだって?
近衛門の辺り、荒れているが桜が見事な邸。俺が昨日見た姫君の邸じゃないのか?
「おや、ご存知でしたか」
さて、その邸にどんな縁があるってんだろうね。
まさか昨日の少女じゃあるまいな? まだ裳儀前だぞ、幼女趣味かよ!
「ですからそういった関係ではないですよ。ついでに言うなら幼女趣味もありません。ただ訳合って手を組んでいる者がいる、とだけ申し上げておきます」
何だその含んだ言い方は。何でよその邸の者と手を組む必要がある、そもそもお前は裏で何をやってるんだ?
「それより、何故あなたがあの邸をご存知なのか、その方が気になりますね。あちらの姫君は素晴らしい方だということですが、やはりお目当てはそちらですか」
「そんなんじゃねえよ」
俺の台詞を古泉はあっさり無視した。
「亡くなった中納言様のご息女ですよ。今度伯父にあたる近衛大将様が養女になさって、内裏にお入れになるということです」
「なんだって?」
思わず声を上げてしまってから慌てて口をつぐんだが遅かった。
古泉の目は明らかに面白いものを見た、と言っている。
内裏に入れる、ということは帝の后になるということだ。
そうなってしまっては、俺たち一般貴族にはもう手の届かない相手となってしまう。
だが、まだ文もつけたことすらないってのに、いや、例え文を出したとしても入内を考えているのなら取り次いではもらえないだろうが、とにかくどうしようもないだろう。
「お会いしてみますか」
「お前は何を言っているんだ」
だから向こうは俺を認識していないってのに、どう橋を渡すつもりだ。
「そこはお任せ下さい。先ほど申し上げたように、あちらの邸とは縁がありますからね」
「要らん気を回すな」
俺が断るのも聞かず、古泉は嬉しそうにその場を立ち去ってしまった。なんでこう、人の話を聞かないんだ。
 
しばらく経ったある日、古泉はやけに嬉しそうな顔をして俺のところへとやってきた。
「上手く行きましたよ。今夜、あの邸においで下さい」
「だから要らん気を回すなと言っただろうが」
「もう手はずは整えてしまいましたから」
こいつはこういう手回しが非常にいい。便利と言えば便利だが、その分ときどきこうやって遊ばれている気にもなってしまうのが欠点だ。
「入内前の邸で何かするのは危険ですから、お連れしてしまえばよろしいでしょう」
おい、また凄いことをさらっと言うな。
一応言っておくが、この時代では場合によるが犯罪ではない。男も色々面倒だが、考えてみりゃ女性も大変だ。
 
その夜更け、なんだかんだ言いつつ古泉の作戦に乗っている俺自身を少し嫌悪しながら、その古泉の車で例の邸へと向かった。
車の中でもまだ躊躇しているのだが、ここまで手はずを整えてくれたんだから乗らないのも悪い、などと心の中で言い訳をしてみる。
ここまで来て逃げるのも男としてどうかと思うし(時代背景を考慮してくれ)、まああの姫には正直会ってみたいような気もするしな。
やがて車は止まり、俺は古泉の指示通りにそっと邸の中に入っていった。
 
母屋へと案内する女房(貴族の家に仕える女性。嫁のことではない)は、すでに古泉が言っていた場所で待っていた。
「あんたが……じゃなくて、あなたが少将……様?」
「……」
問いかけに無言で答えるなんてマナー違反どころじゃないのだが、俺はしばし口がきけなくなった。
その女房は俺を吟味するように正面から見つめてきた。
月の光を受けた瞳は月のない夜空よりも輝いて、見た者なら誰でも引き込まれてしまうに違いない。
「ちょっと?」
俺が何も言わないのを不振に思ったのだろう、眉をひそめて再び声をかけてきたが、俺はまだ夢見心地でその女房を見つめていた。
「ねえ、姫様のところへ行くんじゃないの?」
怪訝そうに訪ねる声も涼やかで、しかしその質問で俺はようやく我に返った。
そうだ、俺はここの姫のもとへ来たわけで、女房にみとれてる場合じゃない。
この女房がどんなに美人であってもきっと姫君には敵わないはずだ。
むしろこれほどの女房を身近に置くってことは相当な姫君ってことじゃないのか。
そうは思ってみても、俺はどういう訳か姫君への興味が急速に薄れていくのを感じていた。
だいたい、これは古泉が謀ったことで俺が言い出したことじゃない。姫君だって無事に入内出来た方が女の栄誉ってもんだろ?
 
「いや、気が変わった」
ようやく口を開いた第一声がこんな言葉になるとは思っても見なかったが、さすがに女房は驚いたらしい。
「え!? でも、古泉くんは……」
古泉の名前を聞いてなんだか腹が立った。
古泉はこの家の縁は色事ではないようなことを言っていたが、果たして本当にそうなのか?
これだけの女性と何らかの縁があるってのに何もないってのは、逆に失礼なんじゃないかという気がするのは時代背景を以下略。
まあ、古泉が何でもないと言うなら信じておくさ。とにかく、俺は気が変わったんだ。
 
女房の装束というより上流女性の服装というのは、素早く動くことに全く適していない。
だから、俺はその女房をひょいと抱き上げた。
 
「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよ!」
「騒ぐな、家の者が起きるだろ」
まだ母屋に案内されていないのでそうそう声が邸の中心まで届くことはないだろうが、誰かに来られるとまずい。
俺はそのまま女房を連れて古泉の待っている車へと急いだ。
女房はその後も何か文句を言っていたが知るか。
 
さて、首尾良く姫を連れてきたと勘違いしたのか、古泉は特に何も問わず俺と女房を車に乗せると、さっさと車を出した。
さすがにそこに長く留まっているのはまずいことくらいよくわかっている。
しかし冷静になってくると、ちょっとまずいかもしれない。
俺が連れ去る予定だったのは姫であって女房ではない。
この時代、女性に対してそれなりの振る舞いを出来ることが男に要求されるスキルでもあるが、そのスキルの発揮先はやはり同じ身分の女性ということになる。
一応少将という五位相当の官位がある俺の相手としては、女房というのはちょっと違うだろ、ということになってしまう。
早い話が、物笑いの種にされるってことだ。
それにもかかわらず、俺は妙な満足感を抱いていた。
 
「ねえ、あんた……」
無理矢理連れてこられたせいだろう、すでに女房として俺に接しようとしないこいつは、しかし特におびえてる風でもなく俺に話しかけてきた。
普通なら気が動転していなくてもふりでもするところなのに、変な女だな。
「なによ、最初から解ってたの?」
「何の話だ」
予想外の女房の言葉に俺は面食らった。夜更けであるから当然車内は暗いのだが、その大きな瞳がまっすぐに俺を見ていることはよくわかる。
「だから、わかってたんでしょ。あたしと有希……あたしの、お付き女房が入れ替わってたってことに」
「なんだって?」
女房と入れ替わっていた? どういうことだ?
「有希が古泉くんって人からあたしに対する橋渡しを頼まれたって聞いたのよ。有希はあたしに嘘を吐かないって知らなかったのかしらね」
有希、というのは以前この邸で少女に話しかけていた女らしい。妙に抑揚のない声だったことを覚えている。
「今までそういう話は全部伯父が断ってたし、最初は面倒だわって思ったのよ。でもどうせならちょっとからかってやろうかしらと思って」
その瞳が悪戯っぽく光る。
「いざ連れてきたら古泉って人が馴染みの女房でした、ってなったらあんたも赤っ恥でしょ? いい気味だわって思ってたのに、まさか裏をかかれるなんてね」
なんつー姫だ。どこの世界に忍んでくる男に罠を仕掛けてほくそ笑む姫がいる? しかも平気な顔して女房に身をやつしている。
「まあ、でもいいわ。入内なんて面白くないって思ってたし」
車の窓からわずかに差す月の光だけでも、その瞳はきらきらと輝いた。
「面白そうじゃない。入内なんか蹴ってやるから、あんたも協力しなさい!」
 
姫とは思えない破天荒なことを言い出されて呆れるはずなのだが、俺も面白いと思ってしまうのはどういう訳だろうね。
「そういや、名前はなんていうんだ?」
よっぽどのことがないと名前なんて訊くもんじゃないというのに、俺は何となく訊いてしまった。訊きたかったからだ。悪いか?
「あんた、女に名前を訊くってことがどういうことか解ってるの?」
「さてね」
それに正直に答えるのは何となく悔しいので黙っておこう。嫌なら答えなければいいってだけだからな。
「涼宮の中納言の女(むすめ)、って答えるのは簡単だけど」
月明かりに映える笑顔がやけに綺麗に見えてしまう。
「“はるひ”って言うのよ、覚えておきなさい!」
 
 
ああ、名前を訊くこと、教えることの意味をどうしても知りたいって?
国語辞典:よばい
仕方ない、ここを参照してくれ。
 
 
  おしまい。

 

 
辞書シリーズの方、すみません。ドラキョンの方からも表現をお借りしました、すみません。

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