分水嶺クラッシュ (48-29)

Last-modified: 2007-07-17 (火) 02:33:30

概要

作品名作者発表日保管日
分水嶺クラッシュ48-29氏07/05/0507/05/05

作品

車はキョンくんのいる病院に着いた。運転手さんには先に帰ってていいよ、と伝える。
低い唸りをあげてクラウンが去っていく。本当は学校退けたらすぐに来るつもりだったんだけど
たまたま家に来なすってた大伯父様にとっつかまっちゃって、おやつタイムにご訪問。
 
「まったく。難儀なもんっさあ」
大伯父様もあたしを気に入ってくれてるのは嬉しいんだけど、過保護なのが玉に瑕だね。
ま、お見舞いってのは兎も角、それが後輩の男の子って口を滑らしたあたしのミスだけどねー。
いつ見てもお金の掛かった病院だなあ。まあ、貧乏そうな病院ってのも掛かるに不安って
モノだろうけど、とか何とかとりとめのない事を考えながら広い中庭をぶーん、と小走りに。

 

おお?正面よりハルにゃんの進撃を捕捉。ふむむ。ハルにゃんはずっとキョンくんに付いてた
筈だから──愛だねっ──つまり、そのハルにゃんが枕元を離れたって事はキョンくんの
状態に何か変化が有ったって事だね。それとも一旦帰宅?何か容態に変化が有ったとして、
姫のキスでお目覚めかな?…それとも…っととと、馬鹿な馬鹿な。そんな訳ないっさ。
 
彼女の前に走ってってしぱっ、と手を挙げる。やっほー、ハルにゃん!
「あ、鶴屋さん」
 
どうだい、キョンくんの調子はっ。
「ああうん、さっき目を覚ましたわ。検査でも異常はないみたい。前の検査でもそうだったけど、
 身体の異常は何にも無いみたい。全く人騒がせよねー!どっこもおかしくないのに
 三日も寝倒すなんて。実は狸寝入りでこっちのびっくりでも狙ってたんじゃないかしら!
 本当にそうだったら許しがたいわよね、言い渡した罰ゲームを2倍上乗せだわ!」
 
凄い勢いでまくし立てるハルにゃん。溜息なんて吐いてみせてる。でも隠しきれてないよ
ハルにゃん。嬉しさが滲んでるよハルにゃん。うんうん、みくるとは別ベクトルにかわいい子だ。
こっちも嬉しくなる。ハルにゃんずっと心配してたもんね。本当に良かったっ。
 
「ま、まあキョンが起きない訳はないのよ!SOS団に欠員だなんて、あたしが許さないんだから」
うん、あたしも君たちが欠けた所なんて見たくないっさ。
「当然!我がSOS団は5人で最強なんだから!…あ、鶴屋さんにはお世話になってるけど」
うはは。気にしないっさ。たまに混ぜてもらうってスタンスは気楽で楽しいにょろよ。
「ありがと、じゃ…あたしそろそろ帰るわ。流石にちょっとくたびれてるの」
そう言うとハルにゃんは一度病院を──勿論キョンくんの病室のある方だね──振り返って、
暫くの間、そのまま視線を留まらせた。まあ、10秒ほどかな。痺れた手で拳銃を構えるみたいに、
ゆらゆらと揺れる瞳を、必死にぶれないようにして。そこに置き忘れた物を、拾い直すように。
長く思えた10秒のあと、その視線を病院の窓からもぎ離し、目を逸らして、そのまま行こうとした。
 
…まあ、気まぐれだね。なんだか気に入らなかったんさ。
 
 
あたしは後ろからハルにゃんに飛び掛かった。
「え、え? 鶴屋さんちょっと」
驚いてる声を無視して、ハルにゃんにくすぐり攻撃を開始する。こしょこしょこしょ。
「ちょ、まっ ひ、あは、あはははは!何すんの、ねえ!ひゃあ」
無視してくすぐり続ける。
「ひゃひゃひゃひゃ、ちょ、つる、あは、ひゃ。…っ。い、いい加減にしなさいっ…」
おお、振りほどかれたっ。捕縛術には自信があるんだけど、ハルにゃんは規格外だね。
「何なのいきなりっ!!」
迫力あるねハルにゃん。いつも正面から受け止めてるキョンくんすごいよ。
 
ねえ、ハルにゃん。
「なに」
キョンくんがいない間、不安だったね?
「…?」
笑いたい時は笑って、泣きたい時は泣いて、寂しい時は寂しがる。それが一番にょろ。
「…は?」
そうしないと、楽しかった事も、嬉しかった事も、泣きたかった事も、寂しかった事も、
悔しかった事も、行き場がなくなっちゃうっさ。それはかわいそうな事だと、あたしは思うんさ。
「…なに、言ってるの」
 
寂しかった事も、悲しかった事もないないばー、って事にすると、
寂しかった自分も、悲しかった自分も殺す事になるっさ。
…自分を殺しちゃ駄目さ。それは駄目にょろ、ハルにゃん。
「なに言ってんだか分かんないよ、鶴…」
ぽたっ、と。
一滴だけ、ハルにゃんのすごく大きな瞳から雫が落ちた。
「う、あれ?」
ハルにゃんは慌てて目をこする。それが呼び水になってしまったみたいに。
ぼろ。ぼろ。ぼろぼろぼろ。世界でいちばんきれいな水が堰を切ったみたいにこぼれだした。
 
「おかしいな、あれ?うゃ?」
自分で何で泣いてるのか分からない、そんな風に戸惑うハルにゃん。
きっと本当にわかんないのだ、この子は。その頭を自分のコートに抱き締める。ぎゅっと強く。
抵抗は無かった。逆に戸惑いがちにしがみつかれた。
 
「…う、う、うううう」
こんなんでもあたしはハルにゃんの先輩なんさ。ま、みくるほど厚くはない胸だけど、
本当にハルにゃんが欲しい胸ではないけれど、いっとき貸す事くらいはできるよ。背を撫でる。
少しくたびれた髪を梳いてあげる。ハルにゃんの嗚咽が押し殺せないものになっていく。
 
「うあ──」
ハルにゃんの生き方は凄くかっこいいと思うさ。SOS団の団長として胸を張るのに
どんだけ勇気がいるのか分かんないさ。やっぱり歯を食いしばらなきゃ、な時はあると思うさ。
でも、ハルにゃんが笑いたい時、泣きたい時にそれを我慢するのは違うと思うんだ。
みくるがいる。長門っちがいる。不詳ながらあたしもいて、古泉くんがいて…キョンくんがいる。
皆キミの事を大好きで。キミもきっと同じくらい皆の事が好き。なら、遠慮しちゃ駄目さ。
 
「ぅああああああああああ」
ハルにゃんの号泣。不思議そうに見やる通行人を視線で牽制しながら、病院の方を見る。
『やれやれ』、キョンくんは罪作りだね。話では彼に異常は見付からなかったらしい。きっと元気に
退院してくるだろう。うん、そんなの当たり前の、まえまえっさ。そうでなくては許さないっさ!

 

キミも皆に愛されてるんだ、キョンくん。
でも…
 
きっと楽しいクリパの日。その日は、少しだけ、ハルにゃんの肩をもってあげようと思う。

 

ぼんやりあった妄想を具現化してみた。後悔は少ししかしていない。

 

キョンが婿でハルヒが嫁で長門が娘なら、鶴屋さんはSOSのお母さんなんだぜ。