明日の服 (49-30)

Last-modified: 2007-05-17 (木) 23:15:30

概要

作品名作者発表日保管日
明日の服49-30氏、45氏07/05/1707/05/17

作品

と或る金曜の午後、文芸部室にて。SOS団団長・涼宮ハルヒはこうのたまった。

 

「今週末は、不思議探索はなしにするわ」

 

なんと。俺の財政を圧迫し、意味もなくフラフラ街を散策するだけの惰性
極まりない集会が無しになるという。ここ最近のハルヒ発言の中ではトップクラスに
有意義な宣言である。毎度フレッシュなときめきをふりまく朝比奈さんの私服を
拝めないのは悲しい事だが、正直今月はもう相当お財布がピンチだったのだ。

 

「で、キョンだけは日曜9時に駅前ね。貯金おろしてきなさいよ」
そうかそうか、残念だなキョンとやら。誰だ。俺だ。ちょっと待て。何が悲しゅうて俺が
1人だけで。しかも貯金?……意味が分からん。カツアゲでもする気かお前。

 

「するかっ!いいから、あんたの為になる事だからつべこべ言わずに持ってきなさい」
そんな説明で素直に従う輩がいるならそいつは行政が保護してやるべきだ。
納得いく理由を言ってみろ。お前が何か豪華な物喰いたいから、とかは却下な。

 

「……いいの?言っても。せめて伏せたのはあたしなりの優しさだったのに」
哀れな子羊を見る目で言うハルヒ。そんな情けは受けていらん。
「そう…じゃあ言うわよ」
ああ、言ってみろ。どうせ──

 

「あんたこの団で一番ファッションセンスない。団の名誉を傷つける事甚だしいわ」

 

びしり。

 

「あたしがせめてまともな服あてがったげるから、お金持ってきなさい」

 

……空気が凍った。

 

ぎぎぎ、と古泉の方を見る。出現頻度の低い、困ったような笑いを浮かべていた。
朝比奈さんの方を見てみた。慌てて目を逸らされた。すいません、その反応は
ちょっと傷つくのですが。長門は別に興味がないらしく、いつもの通りの本の虫だ。

 

て、言うか……その……万年制服の長門以下なのか?
「以下よバカ」
一刀両断。
「あんた有希みたいにいつも制服で過ごせるの?ただの無精じゃないわ。常に制服。
 色のつかない一学生。無個性もここまで貫けばファッション、キャラクターなのよ。
 自分にできない事をやってる人間を揶揄するなんて最低ね。有希に謝りなさい」

 

釈然とせんし反論もしたいが、確かにこんな話で引き合いに出したのは長門に悪い。
相変わらず視線を落としたままの長門に謝ると、一瞬本から目を離した長門は
こちらに顔を向け、微かに首を傾けるとまたすぐに読書に戻った。どうでもいいらしい。

 

「……ともかく、つべこべ言わずに来なさい!団長命令よ!」
何故かイライラとし始めたハルヒが言う。やれやれ。すっぽかしたらどういう目に遭うか。

 

さて日曜である。例によって喫茶店は俺の奢りだった。この理不尽にすっかり慣れた
己が悲しい。で、折角奢ったストロベリーサンデーを前にしても団長は仏頂面で
俺のファッションについての文句を垂れ流している。……本当に奢り甲斐がない奴だ。

 

「あんたの恰好って、パターンが5つくらいしかないのよ。すっかりローテーションに
 なってんのよ。前回があの服だったから今回はあれかなー、とか思うと本当に
 その服着てくんのよあんた。団長として情けないやら恥ずかしいやら」
恥で死ねばいい。というか、結構良く見てるのなお前。

 

「そもそもバリエーションが少ないのよ。基本がグレーとカーキばっかじゃない。
 彩度落とせば無難にまとまるとでも思ってんでしょ、まったく。あんたのファッションには
 主張するものがないのよ。あんただけ、らしい、と思える特徴が何も無いの!」
ひでえ言われようだ。うーん、特徴的ならいいんだろ、たとえば…

 

「……まさか黒だけで統一とか考えてない、あんた」
…………いや、全然。
「黒ってのは臆病者の色よ」
言い切ったよ。

 

「黒はね、どうやったって悪くなりようがない色なのよ。オール黒、ないし
 モノトーン、もしくは差し色一色のみとか。ええ、どうやったてキマるわよね。
 でもその組み合せが好きでやってるなら兎も角、ただ思考停止してるだけ、
 失敗したくないだけ、冒険心が欠如してるだけ、って輩が多いわけ」

 

謝れ!世の黒愛好者たちに謝れ!……っていうかその、しかし。
「いくらなんでも偏ってないか?」
「まあそうね、今のはただのあたしの主観だもの」
割とあっさり認める団長殿。お前の好みを押し付けるなよ。

 

「ファッションの嗜好なんてね、どんだけ公平を期した所で、その場の個人的な
 嗜好群の最大公約数にしかなりゃしないのよ。所詮大きい声の勝ちってこと。
 この場で一番センスのあるのはあたし、あんたの意見は過去を鑑みれば
 信憑性0だからして却下。公正明大な結論じゃない。何か文句あるの?」

 

あらいでか。

 

だが実際、俺には強く主張するほどの趣味嗜好がないのも事実な訳で。
とりあえず騙されたつもりで団長殿のコーディネート手腕を拝見することにしよう。

 

いま居るのは百貨店に入ってるオリジナルブランドの店だ。ユニクロとは言わんが、
その辺の量販店でいいだろ。という俺の貯金保守派党案は即時却下された。

 

「高い物が全部いいってもんじゃないけどね、いい物はおしなべて高いものなの。
 ま、例外だってあるけど、服飾の品質に関しては相当忠実に正比例するわ」

 

で、ここはもう4軒目の店である。ハルヒはなかなか苦戦しているらしい。
「人ごとみたいに言ってんじゃないわよ!……うう、ビビッドな原色入れるとなんか
 違うのよね……。負けちゃうのよ顔が。地味なのよ顔が。ええいもう!」

 

さりげにひどい事を言われている気がするが、まああれだ。お前には分かるまい。
平々凡々とした顔をした人間のコーディネートの苦労など。何着ても似合いそうな
俺以外の団員には永遠に分かるまい。あー、自分で言ってて虚しくなるな。

 

「敗北主義者は黙ってなさい!センスなんてモノは、諦めた傍から腐ってくの!
 あんただって別に……決して美形ではないけど、手が付けられないほど酷いって
 訳じゃないんだから。服装の工夫一つでずっとかっ……マシになる筈なのよ」

 

ああでもない、こうでもない、着せ替え人形よろしく俺に服をあてがいながら、
自分に言い聞かせるみたいに呟くハルヒ。やれやれ。団員の前で大威張りで
格好よくしてやる、とか宣言した以上引っ込みがつかないって所だろうが……

 

「……何よ」
「……いいや、別に」
だがなんだ、野暮な言葉で茶々を入れるのは憚られた。自分の為にこれだけ真剣に
なってくれてる人間に何も感じないほどの恩知らずではないつもりだ。別に相手が
ハルヒだからどうだという訳ではない。一般的、人間的な当然の反応であろう。

 

まあ真剣な目で見つめられたり、あちこち触られたり近かったり息が掛かったり
色々と大変な事になりそうだった気もするが、何が大変だったのかという事も含め
よく覚えていない。だからそんな事実などなかったという事にしておく。しておけ。

 

他に客がいなくても何故か販促には寄ってこない店員たちの妙に生暖かい視線を
明鏡止水の境地で無視しながら耐えること数十分。どうやら結論が出たようだ。

 

「ま、こんなところかしら。一度全部揃えて試着してきなさい」
原色よりのパーカー。彩度と明度を落とした同系色が基調のシャツにランダム
パターンの入ったソフトジーンズ。確かに俺が一人で買いに来ても買わないような
組合せだがな。仕立てもしっかりしてる……が、着た所で何が変わるとも思えん。

 

「い・い・か・ら!とっとと行け!」
試着室に蹴り込まれた。店員の忍びクスクス笑いは聞かなかった事にしておく。
手に取った値札には正気とは思えん値段がついていた。上着だけで5桁とか、
俺の常識では冗談としか思えない。これ買わんといかんのか?深々と溜息を吐く。

 

……まあ、後の事は考えまい。一応は着ないと一生開放してもらえんだろうし。

 

……まあ、悪くないな。あんだけ悩んでいただけの事はある。着てみるとそんなに
派手な印象でもないし、また決して地味でもない絶妙な線。デザインもいい。

 

内心結構感心しながら試着室を出ると、微妙に顔を赤くしたハルヒがいた。
そういやさっき外で店員と何やら話してたな。しかし今は店員が居ない所を見ると、
何かこいつを怒らせる事を言って追っ払われたってとこだろう。かわいそうに。

 

「ふん、まずまずかしら。……ま、随分マシになったわ」
惚れたか?
「調子に乗んなバカマックス」
にべもない。

 

「七五三のお子様じゃないんだから、お仕着せ羽織って威張ってんじゃないわよ。
 自分で選べるようになって初めて自分の血肉になるんだからね。精進しなさい」

 

「……じゃあ、それをクリアしたら俺に惚れてくれるのか?」

 

待て。いま俺なんて言った?

 

朝から文句言われ放題だったり、着慣れない服を着てたり、まあそんなこんなで
頭の配線が狂ってたのだろう。ハルヒもぽかんとしている。大口開けるな、はしたない。

 

ともあれそれも一瞬、すぐに立ち直って憎まれ口を叩く現人神。
「……お生憎さま。ファッションセンスの事なんて、山ほど有るあんたの欠点の一角に
 過ぎないの。全然、問題外よ!あんたまだスタートラインにさえ立ってないわ」

 

「なら、それを一つ一つ解決していけば、スタートラインには立てるんだな」

 

今度こそハルヒが絶句した。こんな返事が返るとは露ほども思ってなかったらしい。
そうだな、俺もびっくりだ。俺の脳の冷静な部分が勘弁しろ、今すぐ自殺させろ、などと
騒いでいるのを必死に抑える。抑えないといけない気がするからな。今だけは。

 

「ちょ……」
「ま、時間は掛かるかもしれんが」

 

「………………」
ハルヒは援軍を求める劣勢軍の将のような顔で俺を見ている。
いつものように、俺が言葉を濁すのを待っている。
うそぴょんと言うのを待っている。
皮肉で流してしまうのを待っている。
いつも通りの気楽な団長と、団員その1に戻りたいと顔で言っている。

 

──だから。

 

「せいぜい頑張ってみるわ」

 

ここでお前に従ってやる訳にはいかないね。

 

「……………………………!!!!」
ハルヒはボフン、とゆでだこのように赤くなり、凄い勢いで身体ごとそっぽを向いた。
「ばか、ほんとばか、なにこのばか、ばかばかばか」 ぶつぶつと小声で呟いている。

 

その声もどんどん小さくなり、追い詰めすぎたか、と思った辺りで。
びっ、とこっちの鼻先に指を突きつけ、ゆでだこ顔のまま
「……この借りは返すわよ、ばかキョン!」
などと言い放った。おお。こいつにしては珍しくこの場での負けを認めたようである。
勝ったかわりに、もっと大きな問題事に足を突っ込んだ気もするのだが……

 

「何笑ってんの、ばか!」
まあ、悪い気はしないね。くわー!と威嚇する顔も真っ赤だと迫力ないぞ。

 

「ま、まあ、あんたも遂にSOS団員としての自覚が出てきたって事ね、いい事よ!
 明日にはあんたの欠点リストを作って渡すわ。大見得きった以上、何としてでも
 クリアしてもらうから!泣き言とか言ったら只の罰ゲームじゃすまないわよ!」

 

まあ、泣き言くらいは許してくれ。諦めたりはしないから。

 

「……!あああばか、あー、うう、もういいわ!あとは明日!じゃあね!」
そう言い捨てると、ハルヒはそのまま走り去っていった。ムダに走るなよ。転ぶぞ。

 

その後、レジで服の金額を告げられた時に少し我に返ったが、まあ概ね気分は
良いままだった。女性店員さんには「彼女さん、どうされたんですか?」 などと
事実誤認も甚だしい事を言われたが、ちょっと怒らせちゃって、みたいな冗談が
自然に出てきた。仲直りしてくださいね、という声を適当に流して店を後にする。

 
 

さて、明日になればきっと山盛りの難題を突きつけられる事になるんだろう。
でもまあ、仕方ないさ。自分の意思で始めてしまった事なら、責任は取らないとな。

an inspiration from >>33 "the start line"

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