500年後からの来訪者After Future1-5(163-39)

Last-modified: 2017-05-04 (木) 10:38:56

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future5163-39氏

作品

一月最後の夜、誰が伝えたのかは分からんがジョンの世界にENOZの四人がやってきた。
「あたし達がいつバレーの練習をやっているのかずっと疑問に思っていたそうよ。
 バンドやビラ配りだけじゃ皆に悪いから、練習に参加したいんだって。
 今、古泉君が球出ししてるわ。あんたもどうせ使わないサーブの練習をするよりこっちに入りなさい」
おいおい、バレー初心者が日本代表相手に試合するっていうのか?
だが、考えようによってはそれもありかもしれん。今シーズンは無理だろうが、
午前中の練習には毎日参加可能だ。そのあと試合に出ないメンバーとビラ配りに出かければいい。
ENOZもバレーに参戦してきたことが報道されれば、さらに認知度が高まるだろう。
ついでにバンドの練習ができるように各楽器を用意して遮音膜を張っておくか。
「あんたね、今これを用意しても当分使わないでしょ!
早く来ないとスライディングレシーブでコート一周のペナルティつけるわよ!」
『この世界も随分とにぎやかになったもんだ。
子供たち三人もやり方さえ覚えればここに連れて来れるだろう。
ハルヒが双子連れてこの世界に来るって言ったときは俺も驚いたが、
そろそろちゃんとしたバレーの練習をさせるのも悪くないかもな。それとも英才教育か?』
「幸は別として双子に英才教育はいらんだろう。やるならバレーかキーボードの練習だな」
「このバカキョン!早くしなさいよ!
あんたが起きる時間までずっとスライディングレシーブの練習させるわよ!」
悠長にジョンと会話をしている暇もないようだ。
結局、レシーブ練習を繰り返しているだけで時間になってしまった。

 

二月一日、本社ビルの閉鎖空間の条件を「バレー関係の報道陣のみ本社の敷地内に入れる」と変え、
いつもよりも早く起きてきた青ハルヒと一緒に食事作りと仕込み作業。
相変わらず、のみこみが早い。ジョンの世界で仕込みをする必要もなさそうだな。
「も―――どうして今まで誘ってくれなかったのよ!
まぁ、あんたに言われるまで気がつかなかったあたしが言うのもどうかと思うけど…
でも、これであんたと二人っきりの時間ができたわ。これからは毎日あたしが手伝うからね!」
「俺も『青ハルヒはセンスはいいけど料理は下手』だとずっと思っていたからな。
 料理を教えれば、あとはおまえのセンスでなんとかなると、もっと早く気付くべきだったよ。
 復興支援プロジェクトも五月の中旬以降なら一段落するだろう。温泉旅行はその頃かな?」
書き初めのときのように飛び跳ねるかと思ったが頬を紅く染めて下を向いている。
有希も朝比奈さんも青ハルヒも、なんで俺なんかに好意を抱いてくれているのやら…
期待に添うことができないでいる俺もどうかと思うけど、
家族を置いて有希や朝比奈さんの部屋に行くわけにもいくまい。
有希なら99階に呼んで一緒に寝れるか。あとで本人に進言してみよう。
全員揃ったところで朝食。俺が話そうと思っていると
「キョン君、一つ提案なんですけど、今シーズンのビラ配りは午後にしませんか?
 ENOZの皆さんには午前中の練習に参加してもらって、午後はビラ配りに回ってもらえば
 雰囲気も分かっていいかなぁって…」
いいかなぁも何も俺もそのつもりだったんだ。異論がなければ即採用だ。
「黄朝比奈さんの意見ももっともだが、ヘリは誰が運転するんだ?
 俺は経理での仕事が続きそうだし、黄俺は当然練習試合。W古泉だって試合に出たいだろうしな」
「くっくっ、キミの懸念しているところは僕が解決してみせようじゃないか。
 運転は僕がさせてもらうよ。一度やってみたかったんだ」
「それは嬉しいですね。シーズンが近くなる度に無性に暴れたくなるんですよ。
 練習試合の全セット出たいくらいです。今シーズンは僕が一番目立ってみせますよ」
「古泉一樹、あなたにしては傲慢。一番目立つのはわたし。
 でも朝比奈みくるの意見にはわたしも賛成。
OGのあとの番号でよければ、ENOZのユニフォームも今日の練習前に仕立てる」
「その前にSOS団とENOZをスキーウェア姿でポスター撮りしたいのよね。
 もちろんわたし達もそれぞれ別のスキーウェア。
経理が大変なのは分かってるんだけど、ちょっとだけ青わたしを貸してくれないかしら?」
「だったらスキーウェアが決まった時点で呼んでくれればいいわよ。
 でも、わたし達もそうだけど、人事部の方は大丈夫なのかしら?
地元に戻る人からの連絡に、スキー場のホテルの予約まで一挙に引き受けているんでしょう?」
「それなら心配いらない。これまで取材拒否の応対ばかりだったからね。
 人事部の社員も張りきっているよ。今回は彼らに仕事を任せてやってくれ」
「よし、じゃあ最後に俺からだ。閉鎖空間の条件を変えてバレーの取材で来た報道陣のみ入れるようにした。
 インタビューでバレー以外の事に関しては基本的にノーコメントだが、
 日本政府が俺たちの復興支援プロジェクトのバックアップをするという話が出たら、応えるつもりでいる。
 『これから規模を拡大していくつもりでいるが、人手不足で困っている。
  俺たちのバックアップをしてくれるというなら、
政治家を辞めてスキー場やホテルの従業員として現地で働いて欲しい。
相応の給料は我が社から支給する』ってな。
 それから日本代表と一緒に各国を回っていたOG二人が帰ってくる。
 有希はENOZのユニフォーム作りだし、青ハルヒ、二人の部屋の掃除をしてやってくれ。
 例の埃を集める磁場くらいなら、おまえにだって出来るはずだ」
「それはかまわないけど…プッ、くくくっ…あははははは…
 やっぱりあんたがいると退屈しないわよ。政治家を顎で使うなんて…笑いが止まりそうにないわ。
 向こうもまさかそんなことを言われるなんて思ってないでしょうね。
 どういう反応するのか楽しみだわ!」
青ハルヒ同様、笑いを堪えているメンバーが何人もいる。異議なしと見てよさそうだ。
「よし、異論がなければ今の方針で進めていく。
因みに社員旅行の件だが、ホテルが予約でいっぱいになるようなら土日を避けていつも通り平日に行う。
今日も一日宜しく頼む」
『問題ない』

 

身支度を整えて保育園へ行こうとした四人を引き止め、子どもたちを呼び集めた。
『キョンパパ、なあに?』
「三人に話があってな。今夜から夢に俺が出てくるのをイメージして寝て欲しい。
 そしたら、寝ている間も皆に会えるし、バレーの練習もキーボードの練習もできる。
 幸も夢の中でママに会えるようになる。みくるちゃんと一緒にバレーとキーボードの練習ができるぞ」
「キョンパパ、それホント!?わたし、キーボード上手くなりたい!」
「ああ、ただし、このことは保育園の友達には内緒だぞ?」
『あたしに任せなさい!』
ハルヒの名台詞を言い残してスキップで保育園に向かっていった。
日本代表チームを乗せたバスが到着するころにはENOZもユニフォーム姿になっていた。
言うまでもないが、双子になってしまうハルヒ、朝倉、古泉、佐々木はどちらか一方のみが出迎え。
監督と握手を交わし、久しぶりに六人揃ったOGは大はしゃぎ。夢で毎日会ってるはずだが…
二人はすぐに自分の部屋に荷物を置きに行ったようだ。
どっちのチームで練習試合に参戦してくるのか楽しみだな。
打ち合わせ通り、W古泉は人事部ではなく練習に参加。
俺と青ハルヒは仕込みを続けていた。このペースならこれまで以上に豪華な料理が出せそうだ。
青ハルヒにも厨房に入ってもらう事にしよう。ハルヒは双子の面倒を見てもらえばいいだろう。
昼食後、練習試合のトップに名乗りを上げたのは赤のユニフォームを身に纏ったOG六人。
ジョンの世界で練習試合を毎日のようにやっているにせよ、相手が日本代表となれば話は別らしい。
今朝あれだけ奮起していた古泉が落胆している。
このときを待ってましたと言わんばかりに報道陣が観客席を陣取り日本代表VS OGの試合を撮影していた。
零式サーブは封印、互いにどこから攻撃が来るか分からない状態、サーブは全て難なく対処されてしまう。
ならば勝負の分かれ目はレシーブ力とセッターの采配のみ。
初戦からサーブを撃ってからどちらかのチームが一点を取るまでが長い。
ついつい呼吸を止めて見入ってしまうな。出し惜しみはあるにせよ、
どのチームも日本代表に圧勝することが難しくなってきている。だが、それも悪くない。
ラリーが続く互角の戦いが全国に流れるんだ。バレーに興味を持つ視聴者も出てくるかもしれん。
初戦は25-20でOGの勝利。あとは俺たちが特訓を積み重ねていたことを見せつけてやるまでだ。

 

数日が経過し、練習試合の結果は互角かこちらの方がやや上。監督のインタビューでは、
「被災地の復興に尽力している様子をニュースで何度も見ていました。
 それでも力が衰えることなく我々と接戦を繰り広げてくる彼らに驚きを隠せないでいます。
 たとえ彼のパフォーマンスで被災地とこのビルを一瞬にして移動することができたとしても、
 ひとり一人の技の精度にここまで磨きがかかっているとはとても信じられない。
 彼らがどんな練習を重ねているのかわかりませんが、是非とも我々もその練習に混ぜてもらいたい。
 そして、公開練習、練習試合では零式サーブやスパイクは使用せず世界大会でのみ撃つと聞きました。
 彼の飛び抜けた観察力と集中力でも、こちらの攻撃はほとんど読まれなくなりましたが、
 未だにハンデを背負った状態で我々と互角以上の戦いをしてくることに違いありません」とコメント。
翌日の新聞記事には『零式封印!!』や『SOS Creative社の秘密の特訓とは!?』という内容で
世界各国の代表選手に零式サーブやスパイクの対策を取られないようにするためだろうと、
元日本代表のコメントが載せられていた。隣で一緒に食事の支度をしていた青ハルヒが満足気な表情。
「互角の戦いなんて言われたら黙ってられないわ!
 そりゃあ相手の攻撃は読めなくなったけど、圧勝で勝たなきゃ練習試合の相手として失礼ってもんよ!
 キョン、今日からあんたがセッターやんなさい!黄有希だってスパイクを撃ちたいはずよ」
「それを聞いて安心したよ。互角の戦いで満足されてちゃかなわん。
 負け続けるようになってしまったら、日本代表に来てもらえなくなってしまう。
 俺もセッターで出てみたかったんだ。あとで皆に話してみようぜ」
「あたしに任せなさい!」
しかし、俺たちの秘密の特訓の内容を聞いてくるだろうな。
寝ている間にジョンの世界で練習に励んでいるなんて言えないし、どうやってお茶を濁したものか…
まぁ、今日のインタビューの時までに考えておこう。
そのあと、次第にメンバーが集まり、双子がハルヒと一緒に、幸が家族三人でエレベーターから降りてきた。
三人とも満足気な表情で何よりだ。寝ている間も俺たちと一緒にいられるからな。
ついでに寝相もよくなったし、四人で寝ることになっても蹴られたりすることはないだろう。
三人にはこのフロアで遊ばせていた大人向けの大きなボールではなく、小学生が使う小さなものを使って
ボールを使った基礎的なパス練習をさせたり、スパイクのステップの練習をしてみたり、
トスの練習をしてみたり…レシーブの練習は出来ないが、
成長していくうちに少しずつ練習メニューを変えればいい。飽きたところでキーボードの練習に変え、
指の名前を覚えさせたあと、全ての指を使ってドレミの歌の練習をしていた。

 

今朝のニュースを見た青ハルヒが全員に鶴の一声。
満場一致の『問題ない』が飛び出し、俺がセッターになることも有希が了承してくれた。
またブロード攻撃を注文してきそうだな。
朝倉が撮影したポスターも、午前中の時間を使って古泉が全国にバラ撒き、
特にSOS Cityには、いたるところにスキー場OPENのポスターが貼られていた。
練習試合開始と同時に佐々木の安定したレシーブから有希がブロードのCを注文してきたが、
俺の采配は有希よりもさらに右側から飛び込んできたハルヒのDクイック。
次も、Aクイックで跳んできた有希を囮に、朝倉の時間差バックアタック。
有希が拗ねる前にトスをあげてやらんとな。
練習試合後、いつものように報道陣が俺の周りに駆け寄る。
「キョン社長、今日はセッターとして出ていましたが、何か意図があったんですか?」
「仲間にセッターをやれと言われたことも理由の一つですが、
相手の虚を突くプレーで点をもぎ取るのが最高に気持ちいいんです。
これだからセッターはやめられない。それだけです」
「監督のコメントを受けて一言お願いしたいのですが、
復興支援プロジェクトで多忙の中、どのような練習をされているのでしょうか?」
「練習は至って普通です。昨日もレシーブ練習だけで終わり、
仲間からも封印しているサーブの練習よりこっちを優先しろと言われましたよ。
そうですね…強いてあげるとすれば、
我が社の本分である冊子や服の販売は全て有能な社員に一任してありますし、
各国に建てた支部もその国の社員に委ねています。
これまで僕や仲間が担っていた仕事を社員に任せ、
余裕ができたところで少しずつ練習を重ねていただけです。
加えて、我々が負け続けると日本代表チームの皆さんに来ていただけなくなってしまいますからね。
全ての試合を圧勝で勝つことを目標にシーズンが来るたびに戦ってきました。
目立ちたがり屋が多いのも一つの要因だと思います」
「日本政府は復興支援プロジェクトのバックアップをすると言っていますが、
 今後はどのように連携していくのですか?」
「我が社のバックアップをするとニュースで拝見しましたが、
日本政府からはまだ何も連絡は来ていません。我々がこうしてバレーに集中している間も、
人事部では移住する人たちの連絡を待ち、現地での働き手を募集している最中です。
既に次の段階へ進むためのプランも出来上がっていますが、まだまだ人手不足で
 取り掛かりたくても、それができない状態が続いています。
 もし、我が社のバックアップをするというのであれば、
政治家を辞めて現地のスキー場やホテルの従業員として働いて頂きたいと思っています。
勿論住居は無償で提供し、相応の給与を我が社が支払うつもりでいます」
「キョン社長、ありがとうございました」
さて、これで日本政府がどうするか見物だな。
どういう形でバックアップするか考えていたところに具体案を提供してやったんだ。
まぁ、元々考えてなかったなんてこともありうる。
ニュースで俺たちのバックアップをすると豪語して視聴者から政府の信用を勝ち取るなんて筋書きだろう。
連絡もきていない事を報道陣の前で話したし、公約として掲げたからには実行に移してもらう事にしよう。

 

翌朝、バレー以外の目的で本社敷地外に姿を見せていたマスコミもいなくなり、
TVのニュースでは試合内容よりも俺のコメントとディナーがさらに豪華になった件について報道。
『公約違反!?SOS Creative社に一切連絡なかった!』『キョン社長豪語!政治家やめて現地で働け!』
とこんな感じで新聞の一面を飾っていた。
「SOS Creative社の復興支援プロジェクトが始まって大分経ちますが、
私も政府がいうバックアップとは一体何をするのか見当もつきませんでした。
折角修理したスキー場もそこで働く従業員がいなければどうしようもありませんね。
キョン社長は被災地の現状を全て把握した上で行動をしているようですし、
今後の政府の動きに焦点をあてていきたいと思います」
と女性アナウンサーがコメント。他局も似たようなものらしいな。政府の回答を待つとしよう。
それから数日、マスコミに追いかけ回される政治家が写ったVTRが流れ、
元政治家がニュースのコメンテーターとして番組に出演し、俺のことを批判していたが、
その元政治家を今すぐ番組から降ろせとTV局にクレームが来たらしい。
そして、以前から懸念していた元政治家からのイタズラ電話がかかるようになり、
人事部で「次はイタズラ電話があったことをマスコミに伝える」という対応がなされた。
俺たちはバレー合宿中はバレー以外何もすることなく、生放送での試合を終え、日本代表チームを見送った。
五月に入ったら俺も日本代表として大会にでないといけない。
スキー場もゴーストタウン状態になるだろうし、丁度いいだろう。

 

日本代表チームを見送った次の日、朝のニュースでは、
内閣総理大臣が、自分を含め冬のスキーシーズンの間は現地の従業員として働くと発表。
だが、首相まで辞任してしまっては日本政府がまとまらないとして、
シーズンオフは政治家としての職務にあたるというVTRが流れていた。
「内閣総理大臣の上にあんたが立つなんて、あたしをどれだけ興奮させれば気が済むのよ!?
 何人の政治家が現地に来るのか知らないけど、従業員として働いているところを
バッチリ報道してもらわなきゃね!」
それもそうだな…ホテルやスキー場にはマスコミが入れないようにしてあるが…解除してもいいかもしれん。
全員が揃ったところで、二週間分の連絡の内容を圭一さんが語り出した。
「五月の石巻市のツインタワービルOPENに合わせて、移りたいという電話が次第に増えて来ている。
 来月末の盛岡の方も全て埋まって、ビルを新しく建築するまで待ってくれと伝えてある。
 それから、スキー場のOPENの前日から二泊三日でホテルに泊まりたいという客が大勢いる。
 勿論初日の夕食から頼みたいそうだ。
 だが…スキー場やホテルの従業員の仕事をと名乗り出る人材がほとんどいなくてね。
 今朝のニュースじゃないが、シーズンオフの間は別の仕事に就けるようにする必要があるだろう。
 どうするかね?」
「圭一さんの言う通りよ。いくら住まいを用意したって、
夏場は仕事ができずに給料が出ないんじゃ生活できないわ。震災前の人達はどうしていたのかしら?」
「ここは、外部から人材を募るよりも内部から人材を募った方がよさそうですね」
「古泉君、それ、どういうことよ?」
「これまでに移住した人たちの中から募るんです。シーズンがあるのは何もスキーだけではありません。
 農業や漁業にもシーズンオフはあるはずです。
今漁に出てもほとんど利益がないといった人たちをかき集めて、
ホテルやスキー場の従業員として働いてもらえばいいでしょう。
五月からは石巻市にも住民が来ますし、今シーズンは我々が総出で乗り切れば
次のシーズンまでには人手が足りると思いますよ?」
「わかった。経理の仕事は社員に任せて、わたしもそっちに入る。子供たちはキョンに面倒を見てもらう」
「俺はSOS 駅からのバスの運転だとばかり思っていたが、有希がそういうなら俺が面倒を見るよ。
冊子の方は黄朝倉に男性誌と女性誌の両方を見てもらって、
森さんがフロントに入ればいいんじゃないか?」
「うん、それ、賛成。そういう仕事ならわたしより森さんの方が適任よ。
それに、政府の人間が従業員として入るにしても、
フロント以外はホテルの警備員か清掃員、あとはリフトの監視係くらいしかないわ。
 料理は作れないし、ウエイターには向かないわよ」
「分かりました。そういうことであれば、私も現地に向かいます」
「それもそうですね。じゃあわたしは料理を作るお手伝いをさせて下さい」
「バスの運転ならエージェントが適任だろう。私は人事部に残るよ」
「そういえば、黄キョン君。食事のメニューとかは決まってるんですか?」
「よし、なら朝倉や青朝比奈さんからのことも含めて各自の担当を確認しておく。
 色々と考えたが、朝食と昼食はこのビルと同じ券売機で食券を買ってもらおうと思ってる。
 無論スキー場の食堂も同じようにするつもりだ。
 夕食は基本はレストラン形式でメニューから食べたい物を選んで注文をしてもらう。
 それに加えて今シーズンは「料理長のおススメ10品」と銘打って、
金曜と土曜の夕食は新川流料理が食べられるようにしたい。
通常メニューとは別にお品書きを書いておく。加えて俺が直接持って行けば絶好の宣伝になるはずだ。
バレーも終わったし、ジョンの世界で朝食の仕込みをある程度終わらせておけばいい。
俺も青ハルヒと夕食のおススメ料理の仕込みをするつもりだ。
ホテルの食事担当は、ハルヒ、有希、朝比奈さん、OG二人、青古泉。
青古泉は皿洗い担当になってしまうが、時間によってはフロントや、
スキーのリフト乗車券売り場に来てもらうこともある」
「ハルヒさんと一緒に仕事ができるのなら皿洗いでも何でもかまいません。続けて下さい」
「涼宮LOVE(ハート)」で一位を取っただけあるよ、まったく。
普通なら他のメンバー全員引くところだろうが、ここまで堂々と言われると逆に清々しい。
「俺と青ハルヒはここで朝食を作ったらリフト乗車券売り場に行く。
 昼食と夕食も頃合いを見計らってここで作るから手が空いたところでそれぞれ戻ってきてくれ。
 古泉とOG二人はスキー場のウェア売り場の店番だ。サイズ違いがあれば古泉が作ってくれればいい。
 それからスキー場の食堂は、青有希と青朝倉、ENOZで対応にあたってくれ。
 五時にはホテルに戻ってきて夕食の手伝いとウエイトレス、それから客室に入って布団を敷く作業。
 店番のOG二人もそこに入ってくれ。俺と古泉、青ハルヒは調理場で新川流料理の火入れをしていく。
 W佐々木はホテル内の案内役。ウエイトレスや布団敷きにまわってもらうこともありえる。
 ホテル内の構造を把握しておいてくれ。
 それから、ホテルの食事担当は夕食の途中で本社に戻ってきて先に休んでくれてかまわない。
 SOS駅からスキー場までのバスは三台用意した。
側面も振袖からSOS団とENOZのスキーウェア姿に変えておく。
ついでにマスコミはバスに乗り込めないように移動式閉鎖空間を張っておいた。
バスの乗車口にも注意書きがしてある。あとは頃合いを見計らってホテルまで連れてきてください。
ざっと話したが聞き漏らし、訂正、追加意見あるか?」
「個々の能力に合った配置をされては誰も文句は言いませんよ。あるとすれば一つだけです」
全員が息を揃えて『問題ない』と出た。あとは客に満足して帰ってもらうまでだ。

 

その後、古泉とエージェントは政治家たちの引っ越し作業。
有希には食材や飲み物、シーツ等のクリーニング、清掃などの業者と契約を結んでもらい、
スキー場でかける曲の中にSOS団とENOZの曲を入れるように頼んでおいた。
ついでに本社の大画面にスキー場の様子を映したものを一緒に放映する手筈を整えた。
引っ越しを終えて戻ってきた古泉に政治家たちの様子がどうだったか聞いたところ、
「引っ越しはスムーズに終えましたが、仕事の役割分担を伝えたら首相以外はイラついていましたよ。
 『ではお聞きしますが、厨房で調理をしたり、ウエイターとして料理を運んだりすることができますか?』
と聞いたら誰も何も言ってきませんでした。
あなたがバックアップの件を話してから、首相はすぐにでも現地に全員で行くつもりだったそうですが、
 周りの人間が全員反対して、説得するのに苦労していたそうですよ?」
内閣総理大臣に立候補してクレームを全て懇切丁寧に対応しただけのことはあるってことか。
ホテルの支配人として動いてもらってもいいくらいだな。フロント担当にしておいてよかった。
スプリングバレースキー場のOPENを明日に迎えた金曜日、俺と青ハルヒは夕食の仕込み、
古泉と有希はホテル内の全ての部屋や廊下、風呂場などの清掃作業。
青有希と青朝倉は少しでも経理の仕事を進めるそうだ。既にホテル前はマスコミだらけ。
午後三時ごろからSOS駅前にスキー客が訪れ、次々とバスに乗る中、
乗車しようとして閉鎖空間に阻まれた人間が出てきた。その後ろには重そうな荷物を抱えた客ばかり。
「そこの注意書きが読めないのか!?マスコミはさっさとどけよ!」
「……クソッ!」
ようやく諦めて最初のバスの席がすべて埋まったところで一号車が発車。
「そろそろ俺たちも向かおう」と青俺と朝倉を本社に残してテレポート。
フロントには首相、森さん、青古泉で対応。
残った俺たちは客を各部屋へと案内し、フロントにいる首相とホテル内の様子を撮影していた。
レストランの入口には
『夕食はオーダー制になっております。ご注文の品が決まり次第スタッフにお声かけ下さい』
と立札をたて、ハルヒ達のいる厨房へと足を運んだ。
着いてすぐに滑りに行く客がいるかと思ったが、仕事で疲れているのだろう。部屋でくつろいでいた。
まぁ、滑りに行ったとしても明日オープンと掲げている以上、リフトが動くことはない。
夕食時、OGやENOZがウェイトレスとしてレストラン内を右往左往。
どちらも店舗の店員として接客には慣れていても、飲食店でアルバイトした経験がないからか、
注文の品を厨房に転送する子機を上手く扱えずにいた。
料理長のおススメ料理の注文が入ったところで火入れを開始、そのまま客のところへと運ぶと、
「えぇ!?料理長ってキョン社長だったんですか!?」と一言。
その声に各テーブルにいた客の視線が俺に集中する。
「ええ、週末は私も厨房に入って新川流料理の数々をお客様に堪能していただきます」
「キョン社長、新川流料理って何ですか?」
「我が社専属の新川シェフから料理を学んで作ったのが私の料理です。
 オリジナルはさらに格が違います。機会があれば、本社の方にご来店下さい」
「あ、そうだ。キョン社長、サインしていただけませんか?」
「お客様のご期待に添いたいのは山々ですが、他のテーブルから注文が既に入っておりますので
 私はこれで失礼させていただきます。申し訳ございません」
振り返って俺が厨房に戻ろうとすると、料理長おススメ料理を一口食べた客が
頬に手をあて「おいしい~」とうっとりとした表情をしていた。周りの客も次々におススメ料理を注文し、
仕込んでおいた分が全てなくなったところで接客中の全員にテレパシーを送って客に謝ってもらった。
言うまでもないが、マスコミがレストラン内を占拠したと言わんばかりの人間が入り込み、
撮影やインタビューを繰り返している。俺が料理を運んでいたところもしっかりと押さえていた。
接客に影響するようなら制限することにしよう。
各部屋には客が食事をしている間に有希やW古泉、政治家連中で布団が敷かれ、
客が戻ってくる前に全ての部屋を回ることができたようで何よりだ。

 

翌日、ジョンの世界で仕込みを終えた食事担当メンバーが身支度を整えた後すぐに現地に飛び、
俺と青ハルヒで朝食作り。夕食の仕込みはこちらもジョンの世界で終えている。
朝のニュースでは昨日のホテル内の様子が余すところなく報道されていた。
フロントにいる首相、大勢集まってくる客、レストランでの様子、最後に料理長おススメ料理。
もっと他のニュースを取り上げてもいいんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
既にレストランの様子がLiveで生放送されていた。レストラン前に立てた立札には、
『朝食と昼食は券売機から食券を買い、厨房にいるスタッフにお渡しください』と書き換えておいた。
生中継を見る限りスムーズに事が運んでいるようだな。
しばらくして、双子も一緒に連れてきた青俺、ウェア売り場担当のOG二人と古泉、
朝倉や圭一さんたち本社組、スキー場の食堂担当のメンバーが降りて来て朝食。
一段落するまで青朝倉を乗車券売り場で俺や青ハルヒと一緒にスキー客の対応をするように伝え、
その間に青有希中心に食堂の仕込み作業に入った。
首相以外の政治家にはホテルやスキー場のリフトの監視員をさせている。
バスの運転をする人間を除いて、どうしても人手が足りないときだけエージェントに手伝ってもらうことにした。
因みにリフト乗車券売り場やウェア売り場、食堂には空調を調節する閉鎖空間をつけたが、
リフトの監視係がいる建物内は閉鎖空間をつけずにヒーターが一つあるだけ。
自分の都合のいいようにしか頭を働かせない政治家たちには現場の厳しさを体感してもらうとしよう。
一通りリフト乗車券を販売したところで、青朝倉をテレポート、スキー場には曲が流れ始めた。
報道陣は各リフト乗り場で働いている政治家を撮影し、
昼頃にホテルにやってきた宮城県知事や市長たちが首相に挨拶しているところもしっかり押さえている。
一泊二日で訪れた客がバスから降りて来て午後からゲレンデへ。
昼食作りに戻り、本社に残っていたメンバーと食事をした後、青ハルヒと交代。
他のメンバーにもテレパシーで連絡を取り合い、一人ずつ本社に戻っていた。
夕方、フロントにいた森さんのところへ客が訪れ、「二泊三日ではなく三泊四日にしてくれ」と言ってきた。
日曜の夜も俺が厨房に入る必要がありそうだ。それ以外に理由なんて考えられん。

 

夕食時、料理長のおススメを複数頼む客が続出し、全員にテレパシーを送った。
『皆聞いてくれ。料理長のおススメは一回の注文に付き一つだけ、
それを食べ終わらないうちは次の料理は注文出来ないと客に伝えてくれ』
『了解』
新川さんの料理を早食いで平らげるなんて奴はさすがにいないだろう。
マスコミや政治家たちも交代で食事をしていたようだ。
客のほとんどが部屋に戻り、料理長のおススメ料理も全て出尽くした頃、
「キョン社長、すみませんがインタビューに応えていただけませんか?」と報道陣が調理場に現れた。
まだまだ人手不足だからな…宣伝のためにも報道陣の要望に応えることにした。
「スプリングバレースキー場の初日を終えて、今の気分をお聞かせ願いませんか?
 昨夜から調理場に立っておられたようですが…」
「オープンの前日から多くのお客様からホテルのご予約をいただき、
 今日の夕食も満足気で部屋に戻っていく様子を見て大変嬉しく思っています。
 ですが、人手不足であることには変わりありません。明日はSOS Cityのツインタワービルに赴き、
 シーズンオフでこの時期は農業や漁業に携わってない方々に、
スキー場の経営をサポートしてもらえないかと募るつもりでいます。
勿論、外部から支援して下さる方々も随時募集中です。
我が社のメンバーが総出でそれぞれの仕事にあたって、それでようやく切り盛りできている状態です。
宮城県の全スキー場をOPENするにはまだまだ時間がかかりそうです。
そういえば、政府の方々の引っ越しを手伝った仲間から話を聞きましたが、
私が提案したバックアップの具体案を受けて首相はすぐにでも現地に赴くつもりだったそうですが、
周り全員がそれを反対して、全員を説得するのに時間がかかったそうです」
「キョン社長、ありがとうございました」
最後に俺がわざと漏らした情報で一面を飾れると思ったらしい。しばしの間を置くこともなく、
レストランは静まり返っていた。俺も片付けを済ませて本社ビルに戻るとしよう。

 

言うまでもなく、どの新聞の一面には俺が漏らした政府の情報が載せられていた。
『首相だけ!他はバックアップする気無かった!』や『首相以外の政治家に非難殺到』など
政治家たちの信用がガタ落ちして、首相だけが国民の信頼を得た。
まぁ、事実なのだから文句は言えまい。
他の元政治家たちもこれで現地で働く以外の選択肢が無くなったといえる。
批判しようものならそれこそしっぺ返しを喰らう羽目になるだけだ。
昨日と同様、俺と一緒にニュースを確認していた青ハルヒの二人で朝食を作り、
ホテルの朝食担当は既に現地に行っている。土日ならまだいいが、平日もこんな調子じゃ会議もできん。
残りのメンバーがエレベーターで降りてきたところで朝食。
『現地にいるメンバーも聞いてくれ。これからしばらくの間はテレパシーで会議をする。
 人手が集まって安定するまでの間だけだ。
政府の連中は現場に残して、俺たちが少しずつ現地での仕事から抜けていくつもりでいる。
とりあえず、今日を乗り切って明日の朝のチェックアウトが全て終われば後は業者が部屋の掃除にかかる。
丁度月曜で新川さんのディナーもないし、明日はゆっくり休んでくれ。
俺はリフト乗車券の券売が一段落した時点で、
ツインタワーに行って館内放送でこちらの仕事についてくれる人を募る。
無論、ツインタワーから車でスキー場に来ている世帯もあるだろうから
通知文を全ての部屋のポストにテレポートさせるつもりだ。
それから今週の金曜に社員旅行と称してスキー場に連れて行くつもりだ。
今回は宣伝活動も兼ねて、貸し切りにはしないでおこうと思っている。
来週月曜日に今度は俺たちがスキーを満喫する予定だ。子供たちも連れてホテルに一泊する。
エージェントもその日は警備の仕事は無しだ。温泉にも入ってみんなで卓球でもしようぜ』
『相変わらず、我々のことも含めて隅々まで配慮がなされていてホッとしますよ。
 子供たちもスキーで滑るのであれば、その日は僕が食事を作りましょう。
 あなたやハルヒさん、青有希さんは子供たちに付いていて下さい』
『面白いじゃない!みんなでトーナメントで対戦するわよ!』
『ハルヒ先輩!優勝者に賞品つけてください!』
『では、書き初めと同じでいかがです?
勿論、書き初めであろうと卓球であろうと一位は僕がいただきますがね』
古泉のセリフではないが、相変わらずどこから出てくるんだ?この自信。
『問題ない。でも一位はわたし』
『練習する時間はちゃんと確保してくれるんだろうね?何も出来ずに初戦敗退するのは嫌だな。
 ところでキョン、一つキミに提案したいことがあるんだが、どうだい?』
どっちの佐々木がテレパシーで話しているのかわからん。とにかく、
『どうだい?も何も話を聞いてみないと始まらんだろうが』
『現地で働くスタッフのことさ。これからキョンはツインタワービルで働く人を募る。
 それなら、石巻市に引っ越す予定の人たちからも募集するというのはどうだい?
 現地で働く人が暮らす部屋に引っ越して、五月になったら石巻市のツインタワービルに移ればいい。
 スキーも四月まで運営可能なんだろう?
それに、雪がとけてきたとしてもジョンが天候を操作して雪を降らせば問題ないんじゃないかい?』
81階で朝食を食べていたメンバーが固まった。佐々木の名案炸裂だ。
『これは驚いた。石巻市に移住したいという電話を何度も受けていたのに
 その考えには至らなかったよ。すぐにでも取りかかろう。
明日からは社員にも連絡を頼むことにするよ。来週末の予約の電話も来るだろう』
朝食を食べ終えた圭一さんと父親が颯爽と人事部へと降りて行った。
『どうやら、異論は無いようね』
『ああ、近日中に人が集まってもおかしくない。皆、今日も一日よろしく頼む』
『問題ない』

 
 

…To be continued