500年後からの来訪者After Future1-8(163-39)

Last-modified: 2017-05-04 (木) 10:40:20

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future8163-39氏

作品

冬のバレーシーズンに突入してからメンバー全員大忙し。青チームの連係プレーを見た俺たちも、黄チームだからこそできる連携プレーで勝ち星を増やしていた。そんな中、取材拒否だと言っているにもかかわらず、勝手におでん屋を撮影。勝手に編集して勝手に報道されたニュースを見たらしい監督が「おでんが食べてみたい」と俺に耳打ちをしてきた。結局、SOS団の番組出演の日と最終日を除いて、監督もコーチたちもディナーとおでんの両方を堪能していった。その番組収録では、朝比奈さんが有希のマンションで泊っていた頃を懐かしく思ったからか俺のサポートが一切入ることなく、自分の言葉でコメント。生放送という編集のしようがない場で大胆発言をした本人は恥ずかしさのあまり言葉もでない状態だった。今後もついていく必要はありそうだが、コメントのサポートは次第になくなってくるだろう。そして、いよいよスキー場のOPENに伴って、それぞれの仕事場の確認。古泉が言う「内部から募集をかける」という案が上手くいくといいんだが……
それはさておき、ハリウッド映画への出演を考えていたところに1つの企画を思いついた。全員の前で発表して、どんな反応が返ってくるのやら…

 

「もー…このバカキョン!これからスキー場のOPENで忙しくなるっていうのに何考えてんのよ!
 あんた、スキーシーズンが終わったら日本代表としてバレーの世界大会に出なくちゃいけないでしょうが!」
ハルヒの言葉にそこにいる誰もが同意し、頷いている。当然、ハルヒのフォローには青古泉。
「加えてハリウッド映画の撮影も控えているんです。あなたにドラマの撮影している暇などないはずです」
「心配いらん。俺はただ発案するだけで、ドラマの主演男優はおまえだ青古泉」
『はぁ!?』
「い…一体どんなドラマを作るつもりなのか、もうちょっと教えてもらえないかしら?古泉君が主演でどんな脚本になるのか気になって仕方がないわよ」
青朝倉の瞬きの回数が跳ね上がる。主演が青古泉だからな。その他大勢が頭を悩ませていた。
「主演男優青古泉、主演女優はこっちの朝比奈さん。設定としては、青古泉は就職もせず、ただバイトで金を稼いでいるだけのフリーター…と周りは思っているんだが、実は断片的にサイコメトリーできる能力をもった超能力者。
 敏腕刑事役の朝比奈さんと出会って、サイコメトリー能力がバレてから、青古泉のサイコメトリーの力を借りて、犯罪や事件を解決していくストーリーだ。そうだな、出会い方としては…バイクを運転している青古泉と、左ハンドルのポルシェを運転していた朝比奈さんが危うく事故に遭いそうになって、警察以外知りえない情報を勝手にサイコメトリーして、青古泉が思わず口にしてしまったところからだな」
「わたしが左ハンドルの車を運転するんですか…?高級車を傷つけてしまいそうです」
「そんなの、サイコメトリーと閉鎖空間でどうにでもなるわよ!そんなことよりキョン、続きを早く教えなさいよ!」
「二人が出会ってから、お互い無傷だったし、一度そのまま別れたんだが、青古泉の住所を調べあげて家に乗り込んだ朝比奈さんがこう切り出すんだ。
『あなたには物の記憶の断片を読み取るサイコメトリー能力がある。あたしの捜査に協力して』
それを機に二人で捜査に乗り出すことになって、ポルシェの助手席に青古泉が乗って現場に行ったり、事件が解決したら青朝倉のおでん屋で朝比奈さんに奢ってもらったり。プロファイリングは事件の捜査や犯人の目星をつけるのに実際に使われているが、サイコメトリーで犯人を読み取ったと言っても誰も信じちゃくれないからな。記憶の断片って言ってもヒントくらいにしかならなくて、物的証拠を探したり、ヒントの答えを見つけたりして、犯人を暴きだしていくって感じだ」

 

「設定としてはなかなか面白そうだ。だがね、キョン。ハルヒさんの言葉を復唱してしまうけれど、どうしてキミは今になってそんな話を閃き、僕たちに提案してくるんだい?」
「佐々木の言う通りだ。いくら黄俺が出演しなくとも、ドラマの撮影なんてやってる暇なんかない。それに、どうして主演がこっちの古泉なんだ!?黄古泉の方が適役だろうが!」
OGたちが青俺の主張に対して首を縦に振った。
「主演男優の彼女役を青ハルヒに演じてもらおうと思ったからだ。今週の生放送で新作ダンスを披露するだろ?舞台裏から出てくるときはSOS団全員私服で出てダンスを踊る直前でドレスチェンジする。そのあとどうなるか考えてみたんだよ。地元のライブじゃ、北高女子生徒から古泉に黄色い歓声があがり、ハルヒもその格好を見て白馬の騎士のようだと言った。今度は古泉に芸能プロダクションからオファーが届きそうな気がしてな。女性週刊誌のモデルとして撮影させて欲しいなんていう電話が来てもおかしくない。その前提で、ハリウッド映画でどんなシーンやるのか考えていたら閃いたんだよ。左ハンドルの車の運転も、ヘリの操縦も、片手でバイクを運転しながら銃を乱射するのもすべてサイコメトリー1つでカタがつく。そう思ったところで、ふと気付いたんだ。サイコメトリーを題材にしたドラマの撮影を俺たちでやったら面白そうだってな。古泉に焦点が定まっている今が絶好のチャンスだ。配役をどうするか考えていたところに主演男優の彼女役を青ハルヒにするなら、古泉より青古泉の方が本人も嬉しいし、やる気が漲るだろう?それに加えて、俺たちで作るドラマはバラエティ番組にも出てもらうつもりだ。朝比奈さんもようやく自分でコメントが言えるようになったし、ボードゲームの強い青古泉ならクイズバラエティでも楽勝だ。因みに俺は大道具担当、カメラが有希、古泉は広報担当でテレビのドラマ枠を取ってきて欲しい。それに追加で間に挟むCMも、これまで何度も依頼してきた業者に連絡してタダでいいからCMを入れないかと持ちかけるつもりだ。青古泉の彼女役に青ハルヒ、友人として裕さんとジョン。朝比奈さんの上司が圭一さん。
青ハルヒが彼女と言っても、同棲しているわけじゃなくて、部屋の片づけをしにきたり遊びに来たりする程度の関係だ。あとのメンバーはそのまま出演してもいいんだが、催眠をかけて別人になったり、エキストラになってもらいたいと思ってる。W佐々木でシナリオやトリックを考えてもらって、総監督は当然ハルヒ。毎週一時間で1つの事件を解決して最後におでん屋で一杯やるんだが、青朝倉の裏の顔は完全犯罪を立案し依頼人に計画を高額で売りつける組織の末端。その組織のメンバーとして朝倉、森さん、エージェント、ボスが新川さんってのはどうかと思ってる。ドラマが進めば進むほど黒幕が明らかになって、最後は捕えられた朝比奈さんを青古泉と青ハルヒ、ジョンが助けに行く。一応、主役の設定として、一人称は俺、丁寧語も使わない。サイコメトリー能力に目覚めてから人の心の裏側ばかりみて育ってきた…そんな感じだ」
「そのくらいどうってことない。俺が主役でいいならやらせてくれ!」
口調について話したのは俺だが、いきなり青古泉がそう言ってくるから俺まで驚いてしまった。てっきりWハルヒの『面白いじゃない!』が先だと思っていたからな。だが、どうやらそれもハズレらしい。ハルヒの様子がおかしいうえに、身体が震えている。やれやれ…もうスキー場の運営については頭になさそうだ。あとは頼んだぜ?武者震いしている総監督さん?
「キョン、あんた最高よ!乗った!皆でドラマ作るわよ!あたしが総監督になるからには中途半端じゃ許さないんだから!」
「しかし、いくら時期として今が絶好のチャンスといっても、我々がスキー場の運営で忙しくなることには変わりありません。四月からのドラマについては既に埋まっていますし、七月スタートのドラマになりそうですね」
「問題ない。室内のシーンについてはすべてジョンの世界で撮る。彼もそれを見越して自分は大道具だと言った。これまで、事件がある度にジョンの世界が赤く点滅していたのを考えれば、他の色にもできるはず。あとは部屋のセットをそれぞれ用意するだけでいい」
「くっくっ、面白いじゃないか。キミが話した設定を元に僕が脚本を作れば、すぐにでも可能ってことかい?青僕は今はダンスに集中しなくちゃいけない。第一話は僕が考えるよ」
「キョン先輩、わたしもドラマに出させてください!どんな役でもいいですから!」
「いやはや、わたくしがそんな大役など務まるわけがございません」
「心配いりません。わたしのドラマと同じです。台本をサイコメトリーするだけですから。鶴屋さんにも伝えておきますね」
「よし、すぐにドラマ枠を確保してくれ。俺たちで最高視聴率を叩き出してやる」
『問題ない』

 

その後はスキー場OPENに向けた準備に入った。まずは、古泉とエージェントで政治家たちの引っ越し作業。有希には食材や飲み物、シーツ等のクリーニング、清掃などの業者と契約の提携を頼み、ついでにスキー場でかける曲の中にSOS団とENOZの曲を入れるように連絡しておいた。本社の大画面にスキー場の様子を映したものを一緒に放映する。青チームはダンスフロアで徹底的にダンスの練習。佐々木も脚本を書くのに一人で研究所へ向かった。引っ越しを終えて戻ってきた古泉に政治家たちの様子がどうだったか聞いたところ、
「引っ越し自体はスムーズに終えることができましたが、仕事の役割分担を伝えたら首相以外はイラついていましたよ。『ではお聞きしますが、厨房で調理をしたり、ウエイターとして料理を運んだりすることができますか?』と聞いたら誰も何も言ってきませんでした。あなたがバックアップの件を話してから、首相はすぐにでも現地に全員で行くつもりだったそうですが、周りの人間が全員反対して、説得するのに苦労していたそうです」
内閣総理大臣に立候補してクレームを全て懇切丁寧に対応しただけのことはあるってことか。ホテルの支配人として動いてもらってもいいくらいだな。フロント担当にしておいてよかった。
 先週の生放送での朝比奈さんのコメントからか、携帯ダウンロードよりもCD&PV+ポスターを購入する客が急増。各音楽会社から「すぐに追加三万部を」と連絡がきていた。時期を同じくしてランジェリーに身を包んだハルヒ達が掲載されている冊子が発売され、朝比奈さんとハルヒがウェディングドレスを身にまとい、誓いのキスをするシーンで表紙を飾って以来、二度目の480万部を達成。SOS団五人がPVで着ているものと同じ下着が飛ぶように売れている。まぁ、その大半はランジェリーをつける必要のない人間だろうがな。今頃青古泉の部屋にもハルヒがつけていたのと同じランジェリーが情報結合されているだろう。

 

スプリングバレースキー場のOPENを明日に迎えた金曜日、夜は生放送の番組出演もあり、各自の仕事を確認するとすぐに作業にかかった。俺と青ハルヒは夕食の仕込み、古泉と有希はホテル内の全ての部屋や廊下、風呂場などの清掃作業。ビラ配りはハルヒ達が午前中のうちに終えてきた。青有希と青朝倉はダンスの練習かと思いきや、少しでも経理の仕事を進めるそうだ。既にホテル前はマスコミだらけ。午後三時ごろからSOS駅前にスキー客が訪れ、次々とバスに乗る中、乗車しようとして閉鎖空間に阻まれた人間が出てきた。その後ろには重そうな荷物を抱えた客ばかり。
「そこの注意書きが読めないのか!?マスコミはさっさとどけよ!」
「……クソッ!」
ようやく諦めて最初のバスの席がすべて埋まったところで一号車が発車。時を同じくしてバックバンドを含めた九人が今月号の特集と同じ衣装で身を包み、リムジンで一路TV局へと向かった。リハーサルを終えてすぐにホテルへとテレポート。楽屋には休養がてら青朝比奈さんに居てもらえばいい。ADが呼びにきた時点でTV局へと戻る。肝心なのは、俺が直接客に新川流料理を持って行くことと、古泉が例の衣装を着て目立つこと。俺が料理を持って行くのは最初の一回だけで、あとは調理に追われていると理由付けができる。演奏直前で俺と古泉がステージに立って演奏して戻ってくればそれでいい。多少時間がかかっても新川流料理が食べられるとなれば、客も文句は言うまい。フロントには首相、森さん、青古泉で対応。残った俺たちは客を各部屋へと案内し、報道陣はフロントにいる首相とホテル内の様子を撮影していた。レストランの入口には
『夕食はオーダー制になっております。ご注文の品が決まり次第スタッフにお声かけ下さい』
と立札をたて、ハルヒ達のいる厨房へと足を運んだ。

 

夕食時、OGや佐々木、朝比奈さんたちがウェイトレスとしてレストラン内を右往左往。どちらも店舗の店員として接客には慣れていても、飲食店でアルバイトした経験がないからか、注文の品を厨房に転送する子機を上手く扱えずにいた。料理長のおススメ料理の注文が入ったところで火入れを開始。そのまま客のところへと運ぶ。
「えぇ!?料理長ってキョン社長だったんですか!?」と一言。
その声に各テーブルにいた客の視線が俺に集中する。
「ええ、週末は私も厨房に入って新川流料理の数々をお客様に堪能していただきます」
「あの……新川流料理って何ですか?」
「我が社専属の新川シェフから料理を学んで作ったのが私の料理です。オリジナルはさらに格が違います。機会があれば、本社の方にご来店下さい」
「あ、そうだ。キョン社長、サインしていただけませんか?」
「お客様のご期待に添いたいのは山々ですが、他のテーブルから注文が既に入っておりますので私はこれで失礼させていただきます。申し訳ございません」
振り返って俺が厨房に戻ろうとすると、料理長おススメ料理を一口食べた客が頬に手をあて
「おいしい~」
とうっとりとした表情をしていた。周りの客も次々におススメ料理を注文して、ある程度作ったところで青朝比奈さんからテレパシーが届いた。青ハルヒ達と一緒にTV局へと戻り、生放送がスタート。SOS団が舞台裏から現れた。大御所MCが不思議そうにモニターを見ている。

 

「それが年末のときに話していた新作ダンスの衣装?ファッションセンスとしては抜群だろうけど…それで踊るのか?」
「いえ、ダンスの直前でキョンにドレスチェンジしてもらいます。ダンスのときの衣装だと座っているときは不便なので…」
「座っていると不便!?」
「ドレスチェンジ後の衣装を見てもらえば分かると思います」
「それでは、ダンス用の衣装も一緒に見せて頂きましょう。SOS団で『フレ降レミライ』です。どうぞ」
リハのときも一応ドレスチェンジをしているからカメラがどのシーンで誰を映すかは、ほぼ確定しているはず。モニターを見ていたわけではないから分からんが、古泉が映っているシーンがどれだけあるかが問題だ。マイク付きヘッドホンをつけた青チーム五人が俺たちの前に並んだ。青有希にかけた催眠も問題ないらしいな。そういえば、ドラマの撮影なら慣れているだろうが、こういう場では青朝比奈さんは初めてのはず。まぁ、心配するだけ無駄に終わるか。さぁ、出番だ。青ハルヒ!
「キョン、ドレスチェンジ!」
高々と上げた腕の先でパチンと音が鳴り、観客の黄色い声が届く頃には演奏がスタートしていた。ライブのときと同じく、青有希が魔法少女姿でセンターを陣取り、その横に盗賊の格好をした青朝倉と腰に剣を携えた女勇者姿の青ハルヒ、プリンセス朝比奈さんそっくりの青朝比奈さんに背中に弓矢を背負った青佐々木。ハルヒに白馬の騎士とまで言わせた一国の王子風の古泉に俺はただの一般兵。武闘家のコスチュームの有希に、教会のシスター姿のOG。
しかし、青佐々木もかなり際どい格好になったもんだ。緑系デニムのローライズ短パン、チューブトップブラの横と後ろを隠すように紺のノースリーブのデニムを羽織っている。恥ずかしくないのかと聞かれれば、
「キョン、今頃になってキミは一体何を言っているんだい?恥ずかしいに決まっているじゃないか。少しは言動をわきまえてくれたまえ」
などと言われてしまう。
『雑念が多いぞ。演奏に集中したらどうだ?』
ジョンの言い分も的を得ているんだが、この生放送を見た後ファンがどう思うか気になって仕方がない。明日から本社ビルの大画面にはこの曲のPVが流れるし、人事部にダンスのフルバージョンは無いかと電話が殺到すれば御の字ってところか。結局、雑念が取れないまま演奏を終え、再度ドレスチェンジをすると俺と古泉が調理場に戻って調理再開。仕込んでおいた分が全てなくなったところで接客中の全員にテレパシーを送って客に謝ってもらった。言うまでもないが、マスコミがレストラン内を占拠したと言わんばかりの人間が入り込み、撮影やインタビューを繰り返している。俺が料理を運んでいたところもしっかりと押さえていた。接客に影響するようなら制限することにしよう。各部屋には客が食事をしている間にW古泉や政治家連中で布団が敷かれ、客が戻ってくる前に全ての部屋を回ることができたようで何よりだ。

 

翌日、ジョンの世界で仕込みを終えた朝食担当のメンバーが身支度を整えた後すぐに現地に飛び、俺と青ハルヒで朝食作り。夕食の仕込みはこちらもジョンの世界で終えている。朝のニュースでは昨日のホテル内の様子が余すところなく報道されていたのだが、ホテルのレストランで調理をしているはずの俺が、都内のTV局の生放送に出ているのはおかしいとして、新聞記事の一面を飾っていた。年越しパーティのときは影分身の術まで披露したんだ。
今さらテレポート能力だけで一面を飾るようなことでもないと思うんだが…まさか、また記者会見を開けなんてことにはならんだろうな。
「マジシャンと同様、タネや仕掛けをバラすわけにはいかない」
の一言で終わる記者会見に行く時間などない。人事部がまた大変になりそうだが、偽名は通用しないことは散々知らしめてきたし、社員がノイローゼになることもないだろう。編集された映像には、フロントにいる首相、大勢集まってくる客、レストランでの様子、最後に俺が最初に持って行った料理長おススメ料理。もっと他のニュースを取り上げてやってもいいだろうに…映像が切り替わったと思ったらレストランの様子がLive中継されていた。今映っているのは、
『朝食と昼食は券売機から食券を買い、厨房にいるスタッフにお渡しください』
と書き換えておいた立札。生中継を見る限りスムーズに事が運んでいるようだな。
しばらくして、双子も一緒に連れてきた青俺、ウェア売り場担当の古泉、ビラ配り担当の青佐々木やENOZ、朝倉や圭一さんたち本社組、スキー場の食堂担当のメンバーが降りて来て朝食。一段落するまでは、乗車券売り場で俺や青ハルヒと一緒にスキー客の対応をするよう青朝倉に伝え、その間に青有希中心に食堂の仕込み作業に入った。首相以外の政治家にはホテルの警備員やスキー場のリフトの監視員をさせている。バスの運転をする人間を除いて、どうしても人手が足りないときだけエージェントに手伝ってもらうことにした。ちなみにリフト乗車券売り場やウェア売り場、食堂には空調を調節する閉鎖空間をつけたが、リフトの監視係がいる建物内は閉鎖空間をつけずにヒーターが一つあるだけ。自分の都合のいいようにしか頭を働かせない政治家たちには現場の厳しさを体感してもらうとしよう。一通りリフト乗車券を販売したところで、青朝倉をテレポート、スキー場には曲が流れ始めた。報道陣は各リフト乗り場で働いている政治家を撮影し、昼頃にホテルにやってきた宮城県知事や市長たちが首相に挨拶しているところもしっかり押さえている。一泊二日で訪れた客がバスから降りて来て午後からゲレンデへ。昼食作りに戻り、本社に残っていたメンバーと食事をした後、青ハルヒと交代。他のメンバーにもテレパシーで連絡を取り合い、一人ずつ本社に戻っていた。夕方、早々とスキー場から戻ってきた客がフロントにいた森さんのところへ客が訪れ
「二泊三日の予定だったんですが、三泊四日にしてもらえませんか?」
と言ってきた。やれやれ…日曜の夜も俺が厨房に入る必要がありそうだ。それ以外に理由なんて考えられん。

 

案の定、新川流料理をいくつも注文する客が続出し、レストランにいるメンバー全員にテレパシーを送った。
『みんな、料理長のおススメは一回の注文に付き一つだけしかできないことにする。それを食べ終わらないうちは次の料理は注文出来ないと客に伝えてくれ』
『了解』
新川さんの料理を早食いで平らげるなんて奴はさすがにいないだろう。マスコミや政治家たちも交代で食事をしていたようだ。客のほとんどが部屋に戻り、料理長のおススメ料理も全て出尽くした頃、
「キョン社長、すみませんがインタビューに応えていただけませんか?」
と報道陣が調理場に現れた。まだまだ人手不足だからな…宣伝のためにも報道陣の要望に応えることにするか。
「スプリングバレースキー場の初日を終えて、今の気分をお聞かせ願いませんか?昨夜から調理場に立っておられたようですが…」
「オープンの前日から多くのお客様からホテルのご予約をいただき、今日の夕食も満足気で部屋に戻っていく様子を見てたいへん嬉しく思っています。ですが、人手不足であることには変わりありません。明日はSOS Cityのツインタワービルに赴き、シーズンオフでこの時期は農業や漁業に携わってない方々に、スキー場の経営をサポートしてもらえないかと募るつもりでいます。勿論、外部から支援して下さる方々も随時募集中です。我が社のメンバーが総出でそれぞれの仕事にあたって、それでようやく切り盛りできている状態です。宮城県の全スキー場をOPENするにはまだまだ時間がかかりそうです。……そういえば、政府の方々の引っ越しを手伝った仲間から話を聞きましたが、私が提案したバックアップの具体案を受けて首相はすぐにでも現地に赴くつもりだったそうですが、周り全員がそれを反対して、全員を説得するのに時間がかかったそうです」
「キョン社長、ありがとうございました」
最後に俺がわざと漏らした情報で一面を飾れると思ったらしい。しばしの間を置くこともなく、レストランは静まり返っていた。俺も片付けを済ませて本社ビルに戻るとしよう。

 

翌朝、言うまでもなく、どの新聞の一面には俺が漏らした政府の情報が載せられていた。
『首相だけ!他はバックアップする気無かった!』や『首相以外の政治家に非難殺到』など政治家たちの信用がガタ落ちして、首相だけが国民の信頼を得た。まぁ、事実なのだから文句は言えまい。他の元政治家たちもこれで現地で働く以外の選択肢が無くなったといえる。批判しようものならそれこそしっぺ返しを喰らう羽目になるだけだ。昨日と同様、俺と一緒にニュースを確認していた青ハルヒの二人で朝食を作り、ホテルの朝食担当は既に現地に行っている。しっかし、土日ならまだいいが、平日もこんな調子じゃ会議もできん。夕食時はおでん屋の経営もあるしな…残りのメンバーがエレベーターで降りてきたところで朝食。
『現地にいるメンバーも聞いてくれ。これからしばらくの間はテレパシーで会議をする。人手が集まって安定するまでの間だけだ。政府の連中は現場に残して、俺たちが少しずつ現地での仕事から抜けていくつもりでいる。とりあえず、今日を乗り切って明日の朝のチェックアウトが全て終われば後は業者が部屋の掃除にかかる。丁度月曜で新川さんのディナーもおでん屋も休みだし、明日はゆっくり休んでくれ。俺はリフト乗車券の券売が一段落した時点で、ツインタワーに行って館内放送でこちらの仕事についてくれる人を募る。ツインタワーから車でスキー場に来ている世帯もあるだろうから通知文を全ての部屋のポストにテレポートさせるつもりでいる。
それから今週の金曜に社員旅行と称してスキー場に連れて行く。今回は宣伝活動も兼ねて、貸し切りにはしない予定だ。来週月曜日、今度は俺たちがスキーを満喫する番だ。子供たちも連れてホテルに一泊する。エージェントもその日は警備の仕事は無しだ。温泉にも入ってみんなで卓球でもしようぜ』
『相変わらず、我々を含めて隅々まで配慮がなされていてホッとしますよ。子供たちもスキーで滑るのであれば、その日は僕が食事を作りましょう。あなたやハルヒさん、青有希さんは子供たちに付いていて下さい』
『面白いじゃない!みんなでトーナメントするわよ!』
『ハルヒ先輩!優勝者に賞品つけてください!』
『では、書き初めと同じでいかがです?勿論、書き初めであろうと卓球であろうと一位は僕がいただきます』
古泉のセリフではないが、相変わらずどこから出てくるんだ?この自信。
『問題ない。でも、一位はわたし』
『練習する時間はちゃんと確保してくれるんだろうね?何も出来ずに初戦敗退するのは勘弁してほしい。ところでキョン、一つキミに提案したいことがあるんだが、どうだい?』
どっちの佐々木がテレパシーで話しているのかわからん。とにかく、
『「どうだい?」も何も、おまえの提案ってのを聞いてみないと始まらんだろうが』
『現地で働くスタッフのことさ。これからキョンはツインタワービルで働く人を募る。それなら、石巻市に引っ越す予定の人たちからも募集するというのはどうだい?現地で働く人が暮らす部屋に引っ越して、五月になったら石巻市のツインタワービルに移ればいい。スキーも四月末まで運営可能なんだろう?それに、雪がとけてきたとしても、天候を操作して雪を降らせばいい』
81階で朝食を食べていたメンバーが固まった。どちらかは未だに不明だが、佐々木の名案が炸裂した。
『これは驚いた。石巻市に移住したいという電話を何度も受けていたのにその考えには至らなかった。すぐにでも取りかかろう。明日からは社員にも連絡を頼むことにするよ。来週末の予約の電話も来るだろう』
朝食を食べ終えた圭一さんと父親が颯爽と人事部へと降りて行った。
『どうやら、異論は無いようね』
『ああ、近日中に人が集まってもおかしくない。皆、今日も一日よろしく頼む』
『問題ない』

 

これで今後の方針が決まったな。五月に石巻市に移住するまで漁ができないなんてところもあるはずだ。子どものいる家庭は家族全員でとはいかないだろうが、先に一人だけ現地に行って働くという手もある。転校の手続きもあるだろうが、まず何よりスキー場近辺に学校があるわけないからな。そういえば、入学式のあとしばらくして、ハルヒと話すようになって…五月の中旬くらいか。
「こんな時期に転校してくるなんて絶対おかしいわよ!謎の転校生に間違いない!」
だったか?それで古泉がSOS団に加入したんだったな。
リフト券の券売も一段落し、SOS Revivalツインタワービルにテレポート。駅を挟んだ二つのビルに館内放送をかけて、申込書を警備員に預けた。40代くらいの男性でも、漁に出ている人なら、政治家と違って調理スタッフとして働いてもらえる。食堂はハルヒ味が出せるまで、ハルヒと青有希は戻せそうにないな。まぁ、夢の中でも会っているし、子どもたちも寂しい思いをしなくても済むだろう。今夜あたりから本格的にドラマの撮影に入るか。佐々木の作った第一話の脚本も満場一致の『問題ない』が出たことだしな。青佐々木が第二話を執筆中だが、エンディングに向けて第何話で黒幕が出てくるのか等についてはW佐々木で話し合っているらしい。これなら支離滅裂にならなくて済む。それに、青古泉と朝比奈さんの関係はそのままで終わるから、第二期、第三期と繋げていける。
スキー場に戻ると、報道陣のカメラの矛先はリフト乗り場で仕事をしている政治家に向けられていた。元々信用なんてほとんどなかったんだ。今シーズンは黙って働いていれば国民の政府に対する見方も変わってくる。首相も手が空いているときは政治家としての仕事をしているようだ。『四月から消費税を下げる』と公約したからには実行に移さなければ、折角の信頼もそこで途切れる。夕食時、レストラン内には既に客が席についており、俺が入っていくと拍手が沸き起こった。料理長のおススメ料理が目当てに違いない。客を待たせるわけにはいかない。レストラン内にいたメンバー全員の了承を得て、朝比奈さんたちが各テーブルの注文を聞きにまわった。

 

「古泉、ドラマの枠はどうなった?」
ジョンの世界に入ってすぐ、バレーの球だしをしていた古泉を見つけて話しかけた。朝食の仕込みをしていたハルヒや青有希、おでんの仕込みをしていた有希と青朝倉、ジョンと将棋をしていた朝倉と青古泉もこちらを振り向いた。肩をなでおろした古泉がバレーボールを籠へと戻す。
「あなたの口癖ではありませんが、やれやれと言いたくなりましたよ。まったく、サイコメトリー無しで僕の行動が読みきられるとは…やはり、あなたの掌の上からは出られないようです。致し方ありませんね。青朝比奈さんに最初に来たドラマの出演依頼と同様、お台場にあるTV局の月曜夜九時を押さえました。『もう後戻りはできません』などと言う必要も……どうやら無さそうですね」
「当っ然よ、古泉君!あとはこの総監督に任せなさい!キョン、青古泉君の部屋用意して!みくるちゃんが初めて訪れるシーンからやるわよ!」
『俺までやれやれと言いたくなりそうだ。これ以上ここに物が増えると落ち着いて昼寝もできんな』
「あら?あなた専用のリクライニングルームを彼が用意してくれたんじゃなかったかしら? それに雑念にかられていないで、将棋盤に集中して欲しいわね」
しばらくの間は朝倉とジョンの対局が続きそうだ。青古泉も早く青ハルヒとのシーンがやりたいようだしな。
翌日、朝食を終えた客がフロントに大勢集まり、フロントにいた古泉に黄色い声があがった。客のチェックアウトの応対をしていたはずが、いつの間にやら女性客にサインを強請られていた。ライブと生放送で掴みは十分らしい。あとはPVでバックバンドが演奏しているシーンを増やせばいい。青チーム五人でのレコーディングもしないとな。
『先のことを考えるのは後にしてチェックアウトの応対に参加したらどうだ?』
俺が入っても別の意味で古泉と似たような状態になる気もするが…早く終わらせて少しでも皆に休んでもらう事にしよう。結局、俺と古泉、ハルヒがサインをしながら応対して、首相と森さんが淡々と客をまわしていた。だが、バス三台でも客が入りきらず、仕方なくパフォーマンスと称して四台目のバスを情報結合。全員バスに乗ったところでSOS駅まで運転し、怒涛の三日間を終えた。

 

その後人事部では、人事部の社員が石巻市に移住したいという世帯に連絡を取り、古泉やエージェント達で引っ越し作業。予想していた通り家族全員での引っ越しとまではいかなかったが、それでも佐々木の案が功を奏したようだ。後からW佐々木に確認したところ、あの提案は佐々木の方だったらしい。働く人たちの食事はバレーの日本代表と同様、SOS団専用カードで三食ともタダ。夕食はウエイトレスにカードを見せるだけで済むように配慮したが、政府の人間には金を払わせることに全員の意見が一致。金に執着している奴には金を払わせてやる。しかし、スキー場の経営、おでん屋、ビラ配り、冊子作り、ドラマ撮影等メンバーの過半数が24時間働いていたようなもんだが、さすがに青有希も経理で特別勤務手当を出すなんて考える暇もないらしい。もっとも、そんなものを貰い続けている俺も使い道が見当たらずに手をつけてないけどな。
 そして、芸能プロダクションからは「古泉をうちの会社に」と連絡が届いたが、圭一さんがすべて断り、古泉をモデルにという依頼が来たときは、朝比奈さんのときと同様「服は我が社のものでよければ」という対策がとられた。ビラ配りもヘリの運転は主に青俺が担当し、古泉はファンからのサインの要望に応えていた。おでん屋の方はSOS団だけでなくたまにはENOZも接客に出てみてはどうかという案が飛び出し、定期的にニューシングルを出していただけあって、接客に入るとすぐにサインを強請られていた。
そして迎えた社員旅行の日、ホテルは全客室が埋まっていると圭一さんから報告があり、仕込みの量も増やそうと青ハルヒと話していたのだが…
「次!青あたし入って!」
などと、ドラマ撮影の各シーンで青ハルヒが出たり入ったりを繰り返し、ジョンの世界ではそこまで作業も進められず仕舞い。仕込みの途中で服を汚すわけにもいかんからな…日中も二人で仕込みを続けることにしよう。その間、W古泉と青俺でバスに乗せた社員を現地へと連れてきた。一分でゲレンデに着いても、もはや驚く社員もおらん。それぞれのバスでリフト券一日分をタダで社員に配ると一言。バスの中で歓声があがっていた。午後二時を過ぎ、SOS駅にはスキー客で行列ができていた。今日も滑るつもりらしいな。すぐにエージェントがツインタワービルの店舗レジ奥にテレポート。バスを拡大してホテルへと出発した。五時をめどに社員がバスの中に集まり、本社ビルの地下に戻って今年のスキー旅行は終了。
「今後の復興にさらに拍車がかかりそうですね」
などと言っていたが、俺としては古泉の人気上昇の方に拍車がかかって欲しい。レコーディングも平日に済ませ、フレ降レミライのCD&PVは来週水曜に発売される。ダンスのフルバージョンはバックバンドは入れられないし、宣材としてW古泉が出られるものと言えば…青古泉が表に出られるのは精々バラエティ番組と…あとは古泉がバックバンドでライブに出るくらいだな。俺がバレーの試合をしている間は以前と同じように毎週土曜日を押さえてライブツアーをしてもらおう。青俺にドラムを任せればいい。人材は少しずつ集まってきているが、俺たちが抜けるにはまだかかりそうだ。そんなことを考えながら、週末限定料理長のおススメ料理に取り掛かっていた。

 

翌週月曜日、怒涛のチェックアウトを終えて、一段落したところで今度は俺たちが滑る番。未だに報道陣は撮影を継続中、リフト乗り場には政治家が寒さに震えながら仕事をしている。
「一般客もいますし、マスコミや政治家から見えないという条件で閉鎖空間を作ってもトラブルになりかねません。既に結婚している事がバレていますし、ここは堂々と子供たちを連れて滑ってみてはいかがです?折角ハルヒさんが僕たち一人一人に合ったウェアを選んでくれたんですから心配いりませんよ」
古泉はそう言ってくれるが…帽子で髪を隠すだけではすぐにバレそうだ。青有希が毎日のように保育園に連れて行ってくれていたのを無駄にするわけにはいかん。天候は快晴だが、ゴーグルはつけておくことにしよう。朝比奈さんが二人いることもバレることはない。俺と同じく髪を隠しているし、何より滑る位置が違うからな。こっちの朝比奈さんはリフトを二つ乗り継ぐだけで精一杯。青朝比奈さんは頂上から滑って、下の方に降りてくる気配がない。W鶴屋さんも
『みくるは任せるにょろ。子どもたちと一緒に滑ってくるといいっさ!』などと、こっちの鶴屋さんは前回と同様朝比奈さんに合わせてくれるようだ。ありがたい。鶴屋さんのセリフを横で聞いていたからか双子が俺を急かす。
『キョンパパ!早く滑りたい!!』
俺のウェアをグイグイ引っ張ってくる。双子に合ったスキーウェアをハルヒが選び、スキー板を装着させると双子の眼が輝いていた。
「よし、じゃあまずは転び方の練習からだな」
ダンス同様、双子が俺の真似をして転んで起き上がる。左右に何回かやったところでボーゲンの形の練習。
「ハルヒママのハの字にするんだぞ」
というと美姫がすかさずハの字に広げた。書き初めの効果らしいな。
「ハルヒ、美姫を連れて先に行っててくれ。伊織にもう少し教えてから俺も行く。おまえにスキーを教えてから、本当に十年も経たないうちにハルヒが教える側になるなんて俺も予想外だ。ちゃんと止まり方も忘れずにレクチャーしてくれよ?」
「わかってるわよ!今日一日でパラレルターンまでマスターさせるんだから!」
もう昼近くになっているんだが…双子のセンスならやりかねん。因みにゲレンデにいるのはSOS団メンバー全員、W鶴屋さん、OG、ENOZ、森さん、新川さん、裕さん。エージェントもバスの運転以外は滑っている。バスが戻ってくればゲレンデに顔を出すだろう。その間、圭一さんはリフト乗車券売り場、俺の両親はホテルのレストランでランチを担当、スキー場の食堂は青有希が午前中のうちに仕込みをしてから、後は調理スタッフに任せるらしい。
幸は青俺が面倒を見ていた。ハルヒのセリフじゃないが、俺も早く頂上に行って、新川さんが滑るところを見てみたい。

 

結局、二人とも午前中のうちにボーゲンを覚えたようだ。
「片方の足に体重を乗せる」
と言っても意味不明な顔をしていたが、実際にやってみたらコツを掴んだらしい。一度本社に戻って昼食となったのだが、子どもたち三人の食いっぷりに唖然。
「キョンパパ、早く続き続き!」「ハルヒママ、わたしも!」「ママ、わたしも早く滑りたい」
「やれやれ…俺たちにはゆっくり食事している暇も与えてくれんのか。三人とも体調不良で保育園休んだんだから、スキーしてたこと友達に内緒にしろよ?」
『あたしに任せなさい!』
そのあとのことは言うまでもない。パラレルターンには至らなかったが、頂上まで辿り着き、ボーゲンで先へ先へと進んでいた。まったく…どこまでセンスがいいんだか。まぁ、そのおかげで新川さんの見事な滑りっぷりを見れたし、新川さん自身もいい気分転換になったようでなによりだ。提案してよかったよ。
夕食後、子供たちは滑り疲れて温泉にも浸からずにすぐ寝てしまった。まぁ、この後のイベントを考えれば子供たちには眠っていてもらった方が良い。温泉ならいつでも入れるし、どうせまた汗をかくだろうからと俺が行く頃には激しいラリーが続いていた。W古泉はマイラケットにマイボール。
『卓球もボードゲームの一種ですからね。ボードゲームで負けるわけにはいきません』
この台詞でW古泉の実力がわかった気がする……古泉は初戦敗退で間違いなさそうだな。トーナメントが始まり、Wハルヒは持ち前のセンスで、青朝比奈さんと青古泉は持ち前の実力で、有希と朝倉は言うまでもない。残りのメンバーは容赦なく駆逐されてしまっていた。俺はというと、卓球で零式サーブができないかと試してみたのだが、結局成功することなく、自分のミスだけでOGに負けてしまった。W古泉のように、マイラケットでラバーにこだわっていれば、もう少し回転をかけられたかもしれん。まぁ、久しぶりに卓球ができたし、それで十分満足だ。
準決勝は有希VS青ハルヒ、ハルヒVS青古泉の戦い。優勝賞品を既に手に入れている青ハルヒは、優勝を狙う有希の執念にやられ、卓球している間もハルヒに視線が向いていた青古泉はハルヒと対戦できただけで十分だったようだ。それまでの戦いぶりは一体何だったのかと言いたくなるくらい、あっけなく負けてしまった。だが、周りで見ていたメンバーは、もし自分が勝ち残ったとしてもハルヒに負けているだろうと悟っているようだ。
決勝戦、有希VSハルヒ。一位の座を勝ち取りにめらめら燃えているハルヒと、おそらく俺と一緒に行く温泉旅行を狙う有希。以前と同じく、今日はこのホテルに泊まるとしてでも、明日から温泉旅行に行くつもりでいるだろう。前回のように次の日がバレーの合宿の初日などと言う事はないし、青ハルヒではないが、二人の時間を楽しむことにしようと思う。開始早々からピンポン玉を三球くらい使って戦っているんじゃないかと眼をこすりたくなるほどのスピード。技の開発を試みずに、ゾーン状態でこの二人のどちらかと戦うことになったとしても勝てるかどうか怪しい。
『今の段階ではゾーン状態でも負けるだろうが、戦型や回転のかかったボールの特徴を熟知していれば、球が相手のラケットにあたった瞬間にどこにどんな球がいくか判別がつくだろう。あとはそれに対処しながら、相手の球を逆利用すればいいだけだ』
ジョンに言われた通り、ラケットにあたる刹那の球に集中してみると、確かにお互い球に回転をかけて戦っている。あるときは相手のかけた回転を逆回転で殺し、またあるときは相手のかけた回転を倍返ししていた。レベルが違いすぎる。
結局9-11でハルヒの勝ち。周りからハルヒに祝福の拍手が贈られた。その隣で落ち込んでいる有希に、
「今日は一緒に寝よう。家族なんだから一緒の部屋に居て当然だ」と伝え、快諾を得た。

 

それから数日、ツインタワーからの希望者と石巻市に引っ越す予定の世帯から希望者が集まり、ホテルもスキー場も現地の人たちで運営が可能になった。来年の冬は二つ目のスキー場をOPENすることができるかもしれん。当然、政府の人間は現地でこれまで通りの仕事、ハルヒと青有希が従業員にハルヒ味をマスターさせ、俺と青ハルヒが週末の料理長のおススメ料理を作る以外は全員元の仕事に戻っていた。テレパシーで会議をする必要が無くなったある日の朝、
「すまない、後で俺も参戦するが人事部にやってもらいたいことがある」
『やってもらいたい事?』
圭一さんと俺の父親だけだと思っていたが、全員が喰いついてきた。そこまで大袈裟なものでもないんだが…
「キョンがそんな言い方をするからには、よほど重要なことらしいね。ぜひ聞かせてくれたまえ」
「この前の佐々木の名案じゃないが、盛岡に引っ越しをする前にもう一度調査をして欲しい。岩手県では宮古市に第二のビルを建てるつもりだ。あそこなら漁が可能だからな」
「キョン君、それがどうかしたんですか?」
「盛岡市のツインタワービルに引っ越す予定の世帯の中で漁業を生業としてきた人も交じっているはずだ。そういう人にはもう半年我慢してもらって宮古市に行けば、引っ越しは一回で済む。引っ越して一週間以内に車と船をこちらで用意すると言えば、おそらく承諾してくれるだろう。もし断られたとしても、半年分の生活費をこちらから支給すると言えば問題ない。加えて、その世帯数分、盛岡市のツインタワービルに空きができる。漁業をするわけでも、宮古市に執着するわけでもないのなら、その分他の世帯が入ることが可能だ。漁業のために宮古市に引っ越して、空きが出たところに再募集をかけるよりこっちの方がいい。
 やることは至って簡単だ。盛岡市のツインタワービルに引っ越す予定の全世帯に連絡を取って、漁業を生業としているかどうか聞く。そのあと、今俺が話した事を伝えて、どうするか検討してもらう。全て連絡が終わり次第、宮古市に引っ越す予定だった世帯に早いもの順で連絡して、三月下旬に引っ越しが可能かどうか確認すればいい」
「なるほど、一世帯ずつ連絡するのは面倒だが、そういう連絡なら人事部の社員もやる気が出るだろう。双方の利害を一致させた名案だ。早速社員に伝えて取り掛かることにするよ」
「では僕も人事部で一件ずつ連絡することにしましょう。一人でも多い方が負担を減らせますからね。しかし、あなたからこういう話が出てくるということは、とっくに福島の復興支援プロジェクトの構想が出来上がってそうですね。ついでに聞かせてもらえませんか?他の二県とは違ってビルを建てるだけでは人が集まりませんからね」
「ああ、福島の原子力発電所を放射性物質が外部に漏れないように閉鎖空間で囲むつもりだ」
「はぁ?あんなもの壊しちゃえばいいじゃない!エネルギー弾一発で十分よ!」
「うん、それ、無理。まず何より破壊した瞬間に放射性物質が広がるし、たとえ閉鎖空間で覆っていたとしても、原子力発電所が無くなっていれば、マスコミの眼は復興支援プロジェクトをしているわたし達に向くわ。エネルギー弾一発で破壊して閉鎖空間で放射性物質が広がらないようにしたなんて説明できないし、説明したとしても信じてもらえないわ。それに、『なんで破壊したんだ!』とか、放射性物質をどこにやったんだ!』なんてクレームがきちゃうわよ」
「ということだ。さっき話した電話の件が終了次第、俺は除染作業に回る。あとは福島県知事と連絡を取り合って、定期的に検査させて全国に報道すればいい。埃を集めるときの磁場と同じ要領でやれば簡単だ」
「うん、それも、無理。これだけあなたのことを心配してくれているハルヒさんを未亡人にする気?たとえ身体が汚染されないような膜を張ったとしても、異常がないなんて言いきれるのかしら?あなたの案で行くなら、除染作業はわたしと有希さんで行くのがベスト。そう思わない?」
確かにな。未来人も超能力者も異世界人も人間であることには変わりない。お言葉に甘えて宇宙人二人に頼むとするか。
「わかった。除染作業については二人に任せる。俺は電話の件が終わり次第、車と船を作るよ。有希は車道の復旧も頼む。あと、ビラ配りについてなんだが、今後、古泉には人事部での電話やヘリの運転ではなく各地でビラを配って欲しい」
「それはかまいませんが…急にどうしたんです?」
人一倍頭の回る奴が自分のことに関しては鈍感ってのもおかしな話だ。
『それはキョンも同じだろう?』
ジョンも大袈裟だよ。とりあえず説明してしまおう。話さなきゃならんことがいくつも残ってる。
「古泉自身の認知度をさらに高めるためだ。ホテルでのチェックアウトの時ですら、あれだけサインを強請られたんだ。ビラ配りに出ればまず間違いなくビラ配りよりサインになるはずだ。サインだけなら青古泉でもいいんだが、Wハルヒがいると青古泉の視線がずっとWハルヒに向いて好感度を下げてしまう。
それに、字を書くことに関してはどちらの古泉もあまり得意ではないはずだ。サインの練習をしておいてくれ。それから男女両方の冊子で男性モデルはできるだけ古泉を起用して欲しいのと、五月に入ったら以前やっていたライブツアーを夏のバレー合宿の前まで毎週やりたい。全国の会場を押さえに回ってくれ」
「キョンもやけに彼のことを気にしているようだけれど、何かあったのかい?」
「前にも話しただろ。古泉の人気が伸びてきている今が絶好のチャンスだ。少しでも認知度を高めてドラマで最高視聴率を叩き出してやりたいんだよ」
「面白いじゃない!総監督のあたしに『不可能』なんてありえないんだから!みくるちゃんも青古泉君も頼んだわよ!」

 
 

…To be continued