500年後からの来訪者After Future10-20(163-39)

Last-modified: 2017-04-29 (土) 16:00:30

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future10-20163-39氏

作品

コテージごと焼き尽くすという大胆な殺害方法で第二の事件が起こり、現場の状況から引地に容疑がかけられた。真野、難波と殺害され、自分も殺害されるという恐怖に脅えている島村。これでミッシング・リンクが判明した。財宝を巡って三人が星野正治に詰め寄り、殺害したってところか。これで島村が殺されることが無くとも、クローズドサークルを出た時点で刑務所入りが確定する。

 

引地の両手に手錠をはめ、みくる、青古泉、上村の三人が引地を連れてコテージへと向かっていく。その後ろから、この世に存在するはずもない怪異を見てしまったかのような叫び声が聞こえてくる。
「そんな……あ、あいつが……あんな奴が犯人のはずがない。こんな形で終わるわけがないんだ。次は必ず俺が、俺が狙われる!うぁ、うわああああああああぁぁぁぁぁ!!」
アスファルトで舗装された道から外れ、コテージの間を通って島村が森の奥へと走り去っていく。
「駄目!そっちは……」
『アイツはあんたの首を絞めて殺そうとした男だぞ?自分から逃げて行ったんだ。どこで野垂れ死んでいようが気にすることはないだろう?』
「ペンションやコテージに野生動物が近づけないようにトラップが仕掛けてあるんです!こんな真夜中に森を走ったら、命を落としかねません!!」
「上村さん、この男をお願い!」
島村と同じく、ハゲの逃走を食い止める役を上村に託し、みくるも島村を追って森へと入っていった。
「ちぃっ!!」
「ちょっと待ちなさいよ!あんたまで行くことないじゃない!!」
「あの狸がどうなろうと俺には関係ないが、朝比奈さんは別だ!サイコメトラーなら暗闇だろうが関係ない!!」
難波のコテージが燃え盛っていることに気づいて出てきただけで、消火された後どうなるかまで考えていなかった島村が懐中電灯など持っているはずもなく、とにかくペンションやコテージから離れることだけを念頭に置いて走っていた。六十五を過ぎた古狸が全力疾走したところで逃げ切れるはずもなく、後ろから追ってくる懐中電灯の光を見て、その持ち主が真野や難波を殺した犯人だと信じ込み、殺されまいと必死にもがいていた。
「……く、来るな!おっ、俺に近づくな!!こ、ここ殺さないでくれぇぇっ……………ぐあっっ!!」
ペンションやコテージの周りを囲っていた電気柵に触れ、追撃のボウガンの矢が島村の背中を貫く。島村の叫び声がした方向に懐中電灯の光が近づいてくる。電気柵と背中にボウガンの矢が刺さった島村を確認して、懐中電灯を持ったみくるがゆっくりと島村に近づいていく。
「そんな……」
対野生動物用の罠にかかった島村の無残な姿に、みくるも言葉を失った。だが、二つ目の熱源を察知して、ボウガンの照準がみくるへと向いた。
「朝比奈さん!そこから離れろ!!」
ボウガンの位置をサイコメトリーで察知した青古泉がみくるに対して叫ぶものの、その意味が分からずに青古泉の到着を待っていた。みくるに対するボウガンの矢が容赦なく放たれる。その刹那、腕を掴まれ、強引に引き寄せられたみくるの胸部を掠めるようにボウガンの矢が通過していく。
「がっ!」

「とにかくここから離れるぞ。ついてこい」
「えっ!?あっ、はい。ありがとうございます」
ようやく青古泉がみくるに追いつき、みくるの窮地を救った俺に何か言いたそうにしている。
「どうしておまえがここにいる」
「おまえが自分で言っていただろう?サイコメトラーなら暗闇だろうが関係ない。森に入ったのはほぼ同時だった。この古狸の末路を知りたかっただけだ。ジョンって奴に言っておいてくれ。『これで孤島での借りは返した』とな。服が破れて下着が露出しているようだが、心臓に狙いを定められていたのを無傷で回避できたんだ。そこのところは大目に見てくれよ?」
「電気柵で周囲の野生動物たちを追い払うくらいの警備体制は整えていると予想はしていましたが、まさかボウガンまで飛んでくるなんて……ジョンには伝えておきますが、今度はあたしがあなたに借りを返すことになりそうです。助けていただいてありがとうございました」
ドレスコード有りの場ではないが、破れた服を抑えてみくるが俺の正面から一礼。警視庁捜査一課の刑事にそんなことをされるような立場ではないし、俺はもうこれ以上の貸し借りは面倒だ。身体の一部が痒くなる前に屍寸前の古狸を見据えた。二本のボウガンの矢が島村の心臓と手の甲を貫いていた。
「ち…ちくしょう…………ちく…しょう………」
「自業自得とはいえ、貴様らしいみじめな最後だったな。仕掛けられたトラップが野生動物を見事に追い払ってくれた。星野正治からすれば、実に喜ばしい出来事だったと言うだろう。おまえら三人が暗闇に乗じて財宝を盗み出さないように仕掛けたトラップと言っても過言ではなさそうだ」
「た…たの…む………た…たすけて……たす……たすけて…くれ……!」
「残念ながら、刑事と弁護士、教師はいても、医者は一人たりともいない。おまえに近づこうとすれば、自動でボウガンが発射され、それを避ければおまえに命中する。難波がどうかまでは分からんが、精々真野より長い走馬燈に浸るといい。それとな、頼み方ってものがあるだろう?もっとも、元国語の教師のクセに、語彙がほとんど無いと他の教員に噂されていたようだし、できるわけがないか」
「た…たすけてくれええ…!た…たの…む……!」
「最後の最後までどうしようもない奴だ。もっとも、真犯人からすれば自分の手で殺してやりたかったと思っているかもしれん。おまえの死体はこのまま放置される。阿鼻地獄で火葬してもらえ」
「一樹君!何とかならないの!?」
「アイツの言う通りだ。野生動物がペンション付近に近寄ってくるためだけなら、電気柵だけで十分足りる。財宝を持ち出そうとした奴へのトラップでもあったってことだ。ここでボウガンだけ取り外そうとすれば、別の場所からボウガンの矢が飛んでくる仕組みになっている。どこにあるのかは知らないが、ペンションに戻って罠を解除する以外に方法はない。それに、ここから出られない以上、この狸ジジイが助かる見込みはない」

 

 もはや狸ジジイの最後を見届ける必要もない。みくると青古泉はしばらくその場に残っていたが、島村が死んだのを確認して、難波のコテージだった場所までようやく戻ってきた。
「朝比奈さん!一体どうしたのよ、その服!!」
「説明すると長くなりそうだし、今は彼に命を救われたとだけ伝えておくわ。ジョンに『これで孤島での借りは返したと伝えてくれ』だそうよ。結論から言うと、島村は死んだわ。財宝を持ち出そうとする人間に対するトラップに引っかかってね」
「それなら、この手錠を外してくれ!あの男で最後なんだろ!?『次は俺が狙われる!』と連呼していたのを、ここにいる全員が聞いていたはずだ!」
やれやれ、どうしてこういう連中は物事を大げさにしたがるんだか。あの男は確かにそう叫んだが、連呼はしていない。さっきまでと顔つきが反転して、自慢気な面を谷口と二人で並べていた。
「……分かりました。ですが、足跡の件がある以上、あなたが一番の容疑者であることは変わりません。あなたのコテージの拳銃はこちらで管理させていただきます。それと、現場の撮影は既に終えていますので、この後何かしらの細工をしても覆ることはありません。よろしいですね?」
みくるの出した条件に二つ返事でOKして、バカ二人がはしゃぎ回っている。こんな奴等、殺されてもいいと思えるのも珍しい。もう一度、恐怖のどん底に叩き落してやりたいくらいだが、いずれ機会が訪れる。この事件の真相が解明されればの話だけどな。
「結局、ミッシング・リンクで繋がっていた人間は全員殺されてしまったけれど、森の中で何があったかも聞きたいし、今晩は一樹のコテージで寝させてもらえないかい?」
「個人的にはあの二人も一緒に葬り去って欲しいくらいだけど、まぁいいわ。早くコテージに戻りましょ!」
「あたしも化粧を落とさないといけないわね。森の中を走っていたし、もう一度シャワーだけでも浴びようかしら?」
『……………』
「ジョン、何を見ているんだ?」
『放火事件の時に撮影したものを見ているだけだ。全員の靴と足跡を撮影したが、引地以外の人間がどうやって足跡を残したのかさっぱりだ。あの男がこの事件の犯人でないことは明白だ。靴を盗んだとしても、土を落としてコテージに戻している暇はない』
「それなら丁度いいわ!ジョン、一樹君にスマホを渡してもらえるかしら?ペンションにある靴を調べておくのをすっかり忘れていたわ!撮影した映像はペンションに向かう道中で確認すればいいわよ」
「事件を解決するのはいいが、どうやってここから脱出するつもりだ?」
「トラップを解除してもらって、ジョンにスキー場まで向かってもらうっていうのはどうだい?」
「駄目よ!もし、スキー場まで行けたとしても、夏場に施設が営業しているわけがないわ!緊急事態とはいえ、扉を蹴破るわけにもいかないし………何とかこのペンションの電話番号だけでも外部に伝えることができるといいんだけれど……」
「フフン、ようやく話を切り出す時がきたみたいね!今までずっと黙っていたけど、とっておきのものを用意してきたのよ!!」
『とっておきのもの!?』
青ハルヒから絶対に叫ばないようにと厳重注意を受けてから、用意してきたものについて告げた。咄嗟に口を塞いだのがジョンを除く三人。
『なるほどね、それなら明日の朝食中に財宝と対面できそうだ』
「あとは、事件の解明だけってことだね」
「それなら、一度コテージに戻ってからペンションに行きましょ。森の中でのことは道中で話すわ!」

 

 ペンションでの靴の確認を終え、コテージに戻る頃には青ハルヒ、ジョン、裕さんの三人は既に眠っていた。森の中を走って汗をかいた分と化粧を落とすべくみくるがシャワーに入り、青古泉に化けた俺がベッドで横になったところで青ハルヒが起きてきた。
「(待ちくたびれちゃったわよ!それで、うまくいったの?)」
「(ハルヒが用意してくれたものについては誰にも気付かれずに済んだ。ただ、あのハゲの靴跡と一致するものは一つも無かった。あとは靴跡の謎を解くだけなんだが……)」
「(そんなの朝比奈さん達に任せればいいじゃない!どうして美容師のあんたが殺人事件の謎を解かなきゃいけないのよ!!)」
「(理由を述べるのなら『今まで朝比奈さんに散々つき合わされたから』だろうな。どうやら、未解決のまま終わりを迎えるのは納得できなくなってしまったらしい)」
「(も~~~~っ!それじゃ、事件の謎が解けるまで帰れないじゃない!!)」
「……とける?」
青ハルヒとの会話の最中、『とける』の一言をきっかけに、ジョンが撮影した写真を洗い直し始めた。
「(何よ!?何か閃いたのならさっさと説明しなさいよ!)」
「(なるほど。あの場でこの靴の状態はおかしい。だが、犯人だと断定する証拠が……いや、もしそうだとしたら、あのアホ二人も少しは役に立ったらしい。大手柄だ、ハルヒ!)」
「(手柄はいいからあたしにも説明しなさいよ!寝られなくなっちゃうでしょうが!)」
「(まぁ、そう慌てるな。ようやく答えに辿り着いたんだ。少しくらい、その余韻に浸らせてくれ。こういうときに決め台詞のようなものがあればカッコ良く決まるんだろうが………ありきたりの言葉しか浮かんでこないな)」
「(どういう意味よ!?)」

 

「謎はすべて解けた」

 
 

「カット。彼から手渡された脚本はここまで。事件の謎を解き明かしたい人もいるはず。それに、そろそろ時間」
「くっくっ、上村役を演じていて楽しかったよ。彼の個性が僕とほとんど変わらなかった。国木田君と僕を足して2で割ったような役柄だった。ところで、島村の末路だけはジョンが出たかったんじゃないのかい?ドラマで気を分けることは出来ないけれど、脚本を手掛ける上でそういう配慮をしてくれていたようだからね」
『あのシーンなら、映画の披露試写会後にキョンと二人で撮影した。見た目が狸ジジイでは気分が沸かない』
「とにかく!今日の夜はパーティだし、解答編の撮影は明日にするわ!あたしもまだよく分かっていないけど、撮影前までには必ず証拠を見つけてやるわ!それと、今日のコンサートのアンコールからレット・イット・ゴーになるから、頼んだわよ!」
『今日のコンサートからレット・イット・ゴーを演る!?』
「昨日は楽団の演奏で旅立ちの日にを歌いましたし、コンサートのアンコールとしてふさわしいもので無くなりました。でも……もう少し練習の時間と、心の準備をする時間が欲しかったです」
「問題ない。今日の楽団の練習にあなたも参加して」
「俺もそれに出ることになりそうだ。エンディングは伝えたが、解決編とその後については撮影するときまでのお楽しみってことにしておいてくれ。誰がどうなるかも含めてな。有希、みくるの部屋も用意してくれるか?脱衣所だけでも構わない。あの数列を解くシーンも撮影する」
「分かった」
「私の出番は無かったが、楽しませてもらったよ。しかし、どうやってあの足跡を残したのか私にはさっぱりだ」
「僕もジョンが撮影した写真を見ているシーンを演じながら考えていましたが、右に同じですよ」
『フフン、撮影前までにあたしが必ず解いてやるんだから!』
「キョン君、わたしの役はもうほとんど出番がありませんし、今日のコンサートのためにも、気持ちを切り替えたいんです。シャンプーとマッサージをしてもらえませんか?」
『私もお願いします!!』
「僕がキミの身体を洗う日だったことを失念していたよ。ご奉仕させてくれないかい?」
「そういや、ジョン。子供たち三人はどうなっているんだ?三人だけでバレーの練習か?」
『そのまま眠らせて、あの場には来られないようにした。そろそろ起きてくるはずだ』
「それじゃ、朝食の時間まで一旦解散!!」
『問題ない』
「………ちょっと待ってくれ。今週は番組の方から天空スタジアムからのLive中継の依頼が来ただけで、楽団のコンサートは来週じゃないのか?」
『あっ!!』
「ライブの翌日はコンサートだとばかり思っていました。でも、これなら青わたしも心の準備ができそうですね」
「も~~~~っ!!あたしとしたことがこんなことでミスを犯すなんて!!」
「それだけ撮影に集中していたってことでいいだろ?とにかく気持ちを切り替えに行くぞ」

 

 映画撮影に集中していたこともあり、半日前にやっていたことが随分前のことのように思えてくるのは俺だけか?朝のニュースでそれに気付かされ、昨日の生放送の件でもちきりになっていた。『天空スタジアムでの全員合唱!生放送終了後のアンコールに会場中が号泣!!』、『平均視聴率25.1%!!これで卒業式の日を終えたかった!』、『今年の漢字は「卒」で確定!?全国の卒業生が泣いた!!』等々、天空スタジアムを後にして、報道陣を規制していた閉鎖空間の外側へと出てきた客に片っ端からインタビューしたらしい。新聞の一面も含めて、それぞれのTV局で観客のコメントを編集したVTRが流れている。このニュースなら楽団員たちも喜ぶだろう。毎年やってくれなどと要望が来てもおかしくない。加えて、中学校の公式サイトに英語版旅立ちの日にを合唱した卒業式の記事がUPされたらしく、全国で何校あったのか各新聞社が調べて回ったようだが、その数もバラバラ。流石に動画を載せたところは無かったようだが、学校側からすれば卒業式の記事をUPしないわけにもいかん。合唱の隊形に並んだ卒業生を撮影した静止画がいくつも取り上げられていた。しかしまぁ、卒業式を撮影していた保護者が動画サイトにUPしているはず。今日の電話対応をどうするのか圭一さんや古泉とも確認しないとな。
「そういう事情でしたら、僕の影分身を一体配置しておきましょう。月曜日必着のハガキがそろそろ届きそうです」
「しかし、新川のディナーや君のパン目当ての客からの予約の電話もあるはずだ。私は電話対応にまわる。その分、明日は休みにさせてもらえないかね?」
「生中継で全国公開しているのに、取材の電話なんて無いわよ!どうせ、最終回のトリックと証拠のヒントを得ようとする電話ばっかりに決まってるわ!」
「そういう輩をからの連絡を受け付けないために今週は電話対応しない方がいいという判断でしたが、圭一さんがそうおっしゃるのなら僕も対応する必要がありそうですね。ですが、明日一日くらいなら対応せずとも問題ありません。明日は来週のディナーの準備の方に影分身を割くことにします。例の足跡の謎も残っていますので」
「あら?あんなもの、簡単に解けたわよ?それを立証する証拠も一緒にね。でも、完全犯罪を発案する組織の作ったプランにしては随分手緩いんじゃないかしら?あんな証拠、簡単に消せるはずよ?」
「消したら消したで逆に自分の首を絞めることになるだけだ。各コテージに人がいる以上、ああする以外に対応策はない。しかし、一番手はやはり朝倉か。おまえのナイフならどれだけの時間でできるのか見せてもらいたいもんだ」
「参ったね、二人の会話に入っていけそうにないよ。でも、キミが予想していた通りってことは、彼女が得意とする技術を使ったトリックってことになりそうだね。引地の靴跡を作ったとでも言うのかい?」
「分かった」
「も~~~~っ!!いっつも有希や涼子にばっかり先を越されて、あたしは何も閃かないなんて!!」
「いや、いくら黄ハルヒのセンスがあったとしても、この二人が相手じゃ勝負にならんだろう」
「とにかく、僕たちにも考える時間をくれたまえ。今日のパーティが終わり次第解決編の撮影をするなんて言うのは止めて欲しい」
『キョン(伊織)パパ!図書館!!』
「今から行ってもまだ開いてないぞ。図書館に行くまで残りの本を読んでやるから、どんな本を読みたいか考えておけ」
『フフン、あたしに任せなさい!』

 

 子供たちを引き連れて図書館に出向き、午後はバレー、夜はおススメ料理の火入れをしながらパーティ。ワインボトルを一本空けさせるために、古泉が担当しているホテルのレストランにも俺の影分身を向かわせた。第三チェックポイント到達記念を祝うパーティの最中も、早く撮影の続きがしたい(見たい)というメンバーばかり。無論、俺もその一人だけどな。トリックを暴かれ、証拠が分かってしまうと、ドラマを撮影し始めた当初のように、いくらサイコメトリーで演技をしてもNGを出さなければならないシーンが出てきてしまう。しかしまぁ、ハルヒ達は唸っている一方で酔いつぶれる気配がまるでないから心配はいらないか。ヒント無しで解かなければ納得しないだろうし、言ったら言ったで怒り出すに決まってる。
「おい、コラ、いくらなんでも抱き合っている最中までトリックや証拠を考えることはないだろう。こっちに集中しないのなら、俺は先に寝るぞ?」
「普通に考えても駄目なら、あんたに抱かれているときに……って思っていたけど、駄目ね。考えがまとまりそうにないわよ」
「まとまるどころか、考えていたことを忘れてしまうんじゃないのか?」
「毎日のように抱き合っているんだから、それは無いわよ。でも、今日はもうあんたに抱き付いていたいかな」
ハルヒと繋がったまま横になると、左腕を掴んで自分の頭を乗せ、『胸が潰れてもあんたに抱きつきたい』といつもの調子で背中に腕をまわしてきた。ったく、青ハルヒやみくる達も含めて『抱き付けるなら胸が潰れたって構わない』というスタンスは変わらないし、何とかならんのか?現状維持の閉鎖空間で胸を囲っても、その外側から圧力がかかればその状態で現状維持してしまうことになるし、乳房が形状記憶合金のようになるわけが……って、それだ!!まったく、俺の方が閃いてどうするんだと言いたくなってしまったが、すぐさま他の影分身たちと同期して、有希を除く妻全員とOG達の胸を膜で覆い、ノーブラでも垂れることなく常に美乳を維持できるようにした。有希はそんなことをしなくとも離れただけで元に戻る。もっとも、この膜に気づいてOG達がノーブラノーパンで練習に出るなんてことが無ければいいんだが。ノーブラでユニフォームを着ている外国人選手も多いが、乳首が立って服の上からでもノーブラだと分かるようなことはしないはず。……一人を除いてな。
 ジョンの世界で俺たち……もとい、ハルヒ達とバレーの練習ができた子供たち三人が満足顔で朝食へとやってきた。ニュースの方もレストランに入れる二社はそれを一面に取り上げ、それ以外は全く別の記事といういたって普通のもの。こういう日々が続けば、新聞社や週刊誌が破綻するのも時間の問題。青ハルヒは焦っているようだが、異世界の方も通常の経営を続けるだけでいい。
「今日は影分身を一体人事部に配置するだけにします。昨日もトリックと証拠が書かれた大量のハガキが届きましたが、今日もそれ以上のハガキが届きそうです。サイコメトリーで不正解者は除いておきましたが、すでに定員割れですよ」
「妙だね。どうしてキミがサイコメトリーで仕分けることができたんだい?キミと圭一さんは記憶操作をしたはずだろう?」
「簡単です。今日電話対応をしないのであれば、もうヒントを漏らすこともありませんからね。園生から事件の全貌を情報として受け取っただけです。あとは当日、本社にハガキを直接持ってくる人間については受付の社員の方で集約するだけですよ」
「黄キョン君、料理ができたからまたあの時間平面上に送ってほしい」
「そういえば、黄朝比奈さんのタイムマシンではあの時間平面上に行くことはできないのですか?粗悪品のTPDDでもタイムマシンが実在する未来からきたんです。ここに来るためには100年程時間跳躍する必要があったはずです」
「この時間平面上の何年先の未来からきたのかまでは禁則事項に該当して話すことすらできませんけど、やってみたことが無いだけで、多分可能だと思います」
「作った本人がここにいるんだから、聞いてみたらどうだ?その件については同期しているだろう?」
「朝比奈みくると同じ。わたしもやってみないと分からない。朝比奈みくるが持つTPDでもジョンのタイムマシンより精度は劣るはず。青わたしを送るのなら、これまで通りジョンが送った方がいい。でも、別のもので試してみる価値はある。それができるのはこの時間平面上だけ」
「くっくっ、実に興味深いじゃないか。僕たちがその見届け人ってことかい?冊子でも何でも構わない。僕たちの時間平面上から来たものだと分かるものを送ってくれたまえ」

 

 本人の宣言通り『興味深い』と思えるものを見つけたときは、途端に短気になるところはハルヒとそっくりだ。何はともあれ、俺も結果が気になっていたし、朝食を終えた二人を送ってすぐに佐々木からのテレパシーが届いた。
『くっくっ、サイコメトリーしてみたんだけどね、乱丁も破損もない冊子が送られてきたよ。研究したいものは増える一方なのに、どれも滞ってばかりだ。そろそろキミにも手伝ってもらいたいんだけど、どうだい?』
『ラボに置いてある影分身一体で我慢しろ。少なくとも60%以上はバレー関係に集中しないといかん』
『ぶー…分かったわよ』
まだ椅子に座っていたメンバーが俺を見る。佐々木からのテレパシーが届いたことに気付いたらしい。あのセリフじゃ全体にテレパシーしているとも思えないし、結果がどうだったのかさっさと説明しろと眼で訴えてきた。
「乱丁も破損もない冊子が送られてきたそうだ。長距離のテレポートと同様、俺も一回で駄目なら複数回で……と思っていたんだが、問題なく届いたらしい。性能はジョンのタイムマシンと同等と言ってもいいかもしれん。有希とジョンが認めればな」
『残念だが、禁則事項だ。答えられない』
「500年分の時間跳躍ができればそれ以上は必要ない。ジョンのタイムマシンには他の要素が組み込まれていると考えるのが妥当。わたし達が持っているスマホと似たようなもの」
「佐々木じゃないが、今夜撮影する脚本はいつ配られるんだ?演じる役があのアホだけに、心の準備ってものが………まぁ、大体の想像はつくけどな。あとはどっちが先なのか知りたいだけなんだが……」
「それなら、解読した暗号文の説明の前に真犯人を暴くところからになりそうです。私もトリックと証拠が分かりました。それに、黄キョン先輩が話していたことも納得ができました。消そうとすれば相応の理由が問われるはずです」
「『謎はすべて解けた』と言うはずの僕が解けてないというのは、いささか納得できません。解決編の脚本を配るなら僕や涼宮さん達のように、まだ考えている人間のいないところでやっていただけませんか?撮影開始までに解けなければ、甘んじて受け取ることにします」
「それなら、もうトリックが分かっているメンバーと希望者の客室にだけ脚本を情報結合して送る。できれば、青古泉を除いたメンバーは解けない方がいいとさえ思っている。いくらサイコメトリーでも、トリックが分かっていると総監督がNGを出しかねん。解決編の場に集まる役者には青古泉のセリフは白紙の状態のものを渡す」
「フフン、そういうこと!あたしももう解けたし、そんな素振りを見せたら容赦なくNGを出すわよ!」
「やれやれ……俺には朝比奈さんのような演技力は無いし、一番感情の起伏が激しいシーンになりそうだ。一番に黄ハルヒにNGを出されかねん。さっき言ったことは無かったことにさせてくれ」
「くっくっ、これ以上撮影の話をしていると現状維持の閉鎖空間で囲いたくなってしまいそうだ。もう影分身で仕事にあたっている人もいるけれど、特にないのならこれで解散にしないかい?僕は希望しないけどね」
「も~~~~っ!!あたしの場合、あんたから推理を聞いて知っている演技をしなくちゃいけないってことじゃない!黄あたしも解答に辿り着いたようだし、絶っ対に解いてやるんだから!」
「なら、今日も通常通りだ。撮影の準備も含めてよろしく頼む」
『問題ない』

 

 アルゼンチンの夜景を堪能してタイタニックは次なる目的地南極大陸を目指して出発した。有希によると、そこまで距離も無いし、水曜には到着するらしい。タイタニックが発案した七大海制覇も俺の予想より短期間で終えることができるかもしれん。教室には寄らずに直接北高の体育館へ来るはずが、予定より会議が伸びて前回、前々回と大差のない時間帯に出向くことになってしまったな。前回と同じ仕掛けはしておいたし、少しでも長く試合が出来ればいいだろう。練習試合の途中で抜けることになってしまったが、サーブレシーブさえ上げてしまえば、A、B、Cのクイック技やツーアタックで攻撃を仕掛けてくるようになっていた。あとはハルヒ達にどんな試合になっていたのか感想を聞いてみることにしよう。
「あの子たちも闘い甲斐があるようになったわね。少しは楽しめたわよ」
『来週は私たちに行かせてください!!』
「体育館は使えなくても場所を見つけて毎日練習した結果」
「エスカレーターがあるんだから、屋上に体育館をもう一つ建設するのも面白そうね」
「やるなら本社と同程度の広さにしたいもんだが、中庭に日差しが入らなくなってしまうぞ」
「駐車場だけでもあれだけの土地があるんですから、今回は土地を有効活用する方が得策かと。部活動もそうですが、文化祭のライブは派手にいきたいですね」
「……ったく、どうして今まで気が付かなかったんだ」
「くっくっ、今度は何を思いついたというんだい?僕たちにも教えてくれたまえ」
「以前は運動会をジャックしてハレ晴レユカイを踊ったんだ。文化祭の方もENOZとSOS団で体育館を陣取るという手があったのを今思いついた。新しい体育館を建てるのもいいが、あの体育館でライブを行ってからになりそうだ。最後の文化祭であのステージに立てなかった、榎本さんと中西さんのためにもな」
『あぁ、なるほど!』
「面白いじゃない!どうせ今から体育館を建設するにしても、あの子たちが引退する頃でないと使えないわよ!夏休みに入ったあたりからプランを練って建築に入ればいいわ!!」
「私たちがハルヒさん達と出会ったきっかけを話すには良いステージになりそう。あの時のリベンジも含めて私たちで演らせて!!」
「北高の構造なら熟知していますから、すぐにでもモデルを作ることが出来そうで……おっと、人事部から連絡が入りました。ハガキの応募総数は35000通を超えました。その中でトリックを暴き、証拠を揃えたものが1692件。議論スレッドを見ただけのものは弾きますが、自分自身で考えようとした時間のより多いものから50人を決定するつもりのようです。………僕自身が考えているのに『つもりのようです』と報告するのもどうかと思いますが、理由は皆さんご存知ですし、発言に気を付けることもないでしょう」
「有希、明日のドラマ終了後にドラマの公式サイトに応募総数と正解者の人数、その中から抽選で50人選んで古泉自ら電話をかけると掲載してくれ。ハガキの数がどれだけになったのか気になっているのは報道陣だけではないはずだ。人事部が荒れる前にこっちから答えを突きつける。隠しておくようなものでもないからな」
「駄目。それをやるのは明日の新聞が出てから。ドラマの終了直後にそれをすれば、すべての新聞社がその件で一面を飾ることになる。各TV局と先日謝罪した新聞社を入れた三社で十分。一度報道されてしまえば、人事部が荒れることはなくなる」
「なるほどな。その場合は最終話の瞬間最高視聴率で一面を飾ることになりそうだが、他社の新聞の見出しによっては翌日に叩くことができるかもしれん。それで頼む」
「分かった」
「キョン君、『他社の新聞を叩く』って一体何をするんですか?」
「応募総数と正解者数を下一桁まで正確に書かれた新聞が出ているのに、『正解者は果たして!?』なんて見出しで一面を飾ろうものなら、他の新聞社より劣ると判断される上に、出鱈目な記事を書いているんじゃないかと疑いもかけられる。『偽りの記事を書いている』とデマを流すかどうかは新聞社に任せるが、有希の案で各メディアの優劣がつけられるってことだ。折角全国に催眠をかけて回ったんだし、有希自身が記事を作ってもいいくらいだ」
「面白いじゃない!火曜の新聞が楽しみになってきたわ!午前中はそこまで暴れられなかった分、午後は暴れるわよ!!」
『問題ない』

 

 影分身でビラ配りに行けるようになり、青みくるも本体で日本代表との練習試合に参加するようになった。先日の生放送でのこともあってか女子の体育館は観客だけで満席。例のネックレスとイヤリングの効果も加わってライブ並に盛り上がっている。古泉のSPが何体もついているが、場合によっては観客も規制する必要がありそうだ。
「解けたわよ!!あたしの推理が正しいかどうか、さっさと確認させなさいよ!!」
夕食に戻った俺と妻の二人がタイタニックで最初に聞いたのが青ハルヒの一言。
「『解決編の脚本を配れ』という解釈でよさそうだが、他の奴は解けたのか?」
「『黄朝倉さんが得意なこと』と『夏』をキーワードに何とか辿り着くことができましたよ。夏にこんなものを作っても……と、一昨日の撮影では最優先で除外していましたから、気付くのが遅れました。証拠隠滅の方を優先したようですね」
『くっくっ、暗号を解こうとしている間にこんなものを作っているとは誰も思っていなかっただろうね』
「結局、あのアホは単なる邪魔な存在でしかなかったな」
ここまで確認できれば十分だ。残りのメンバーに解決編の脚本を情報結合。サイコメトリーした後に脚本家と主演男優が揃って『やれやれ』と言いたげな表情だ。
『ここまで白熱したクライマックスになるとは思わなかったよ。やはり、僕の作った脚本なんてお蔵入りした方がいい。残りのシーズンはすべてキミが用意してくれたまえ』
「ジョンにおいしいところを持っていかれるものだとばかり思っていましたが、サードシーズンに繋げるための一手をこの場面で見せるとは驚きました。しかし、いいんですか?あなただけでなく、黄僕まで弾丸を避けられると披露してしまうことになりそうですが……」
「問題ない。弾丸の数の桁が違い過ぎる」
『キョン(伊織)パパ!今日は泳ぐ練習がしたい!!そのあと絵本読んで!』
「前回から日が経っているから、泳ぐ前に手の動きの練習をするぞ。速く泳げるようになりたいなら、正しいフォームで練習すること!いいな?」
『問題ない!』
ようやく自分が喋れると思ったらしい。夕食を平らげても黙ったままだったのはそのせいか。皿を片付けるとすぐさま水着を着替えに行った。このあと俺たちがどこで何をしているのかは分かっていないらしい。興味が無いからなのか、やりたいことが多すぎるからなのかは定かではないが、学習面に興味を持たないのでなければそれでいい。
「それじゃ、みくるちゃんのお風呂上がりシーンから撮影再開!!」
『問題ない』

 
 

…To be continued