500年後からの来訪者After Future3-12(163-39)

Last-modified: 2016-09-01 (木) 20:33:25

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future3-12163-39氏

作品

監督の一言をきっかけに夜練のことがバレてしまい、全社とまではいかないが、一部の新聞社でディナー後の練習について取り上げられていた。異世界では東日本代表が謝罪会見を開き、イタ電も認めたが、プロ野球会すべてを巻き込んだにも関わらず謝罪会見を開いた程度で済むようなことではない。俺たちにも迷惑がかかっているんだ。報道陣に催眠をかけてもっと執拗に責めるように仕向けたのだが、いつまで経っても取材の電話が鳴り止まず、何度もかけてくる奴には警察に通報するなどという手段で対抗していた。そんな折、ついにアルバイト希望者が出た。栄えある第一号は何と異世界の裕さん。圭一さんも異世界の自分が何をしているのか聞いてみたいと言い出し、裕さんの回答を待って明日会うことになった。青古泉の方からも、今日の夜から解体して建築を始められるというビッグニュースが飛び出した。異世界でも本社ビルを建てると決まった初日から交渉に動いていなければこんな短期間で全て終わらせることなどできるはずがない。二大ニュースに驚きながらもいよいよ青チームが練習試合に出向く。青俺も青有希も幸にいいところを見せられるといいんだが。

 

「青俺、ちょっと待った。有希もちょっと来てくれ」
「どうかしたのか?」
「今日の練習試合で試してみて欲しいものがある。俺もまだ案の段階だが、青俺ならできるはずだ。それともう一件、有希に今朝の報道陣の様子をイメージして渡して欲しい。報道陣にFAXを流してこっちもここまで迷惑しているんだと報道させる。TV局はアナウンサーが謝る程度、新聞社や週刊誌は何もやらないだろうが、偽名を使った電話もこれで少しはカットできるはずだ」
青俺に指で触れて連携技とブロックアウトの封印技を伝授。
「俺たちの連携技にそんなことが……いや、これならブロックにも跳べそうだ」
『ブロックに跳ぶ!?』
「ちょっと待ちなさいよ!ブロックアウトされたらあんたと有希の連携技が使えなくなるじゃな………あ、そのときはキョンが後衛だから問題ないのか」
「ああ、だが、俺が前衛になったとき、そのブロックアウトを防いでこちらの得点にする方法を教えてもらった。今のところW俺しか使えそうにないし、今後は黄俺相手に連携技が通じなくなってしまったが、日本代表が俺たちの連携技を真似してくるようならそいつを防ぐことが可能だ。後で見せてやるよ。それより、報道陣のイメージだったな」
眼を閉じて今朝の状態をイメージしているようだ。イメージできたところで有希に触れた。
「わかった。これで記事を作ってFAXを流す」
「じゃあ、先に行くぞ」

 

やれやれ、これで社員の寿司セットも含めてやれることは全部やった。あとは午後のインタビューまでまた電話対応だな。ようやくこれでゆっくり食事ができる。
「黄キョン君、今キョンが言ってたのってどういうこと?わたし達の連携が黄キョン君に通用しなくなるって……」
「理不尽サーブで白帯を狙うときと同じ理屈だよ。理不尽サーブを打とうとすれば白帯に視線が集中するのと一緒で、連携技やブロックアウトを狙うときは角度に注意しないといけないから、スパイクをどこに打つのか分かってしまうんだ。多分W俺でなくともセンスのいい奴ならできるはずだ。青ハルヒも後で試してみるといい。スパイカーの視線が集中したところに手を移動させて角度を変えてしまえばいいんだ。ハルヒやW鶴屋さん、OGたちでも可能かもしれんが、ブロックに飛ぶことはあまりないだろ?あとはそうだな……W古泉には出来てもらいたいところだ。日本代表のMBも練習して次のシーズンには真似をしてくるかもしれん」
「面白いじゃない!あんた達だけに使わせておくにはもったいないわ!古泉君、あたし達もやるわよ!」
「ええ、それが可能になれば僕もネット際で相手のスパイクを待たずに済みそうです。いくら野球の球より遅いとはいえ、正直あの位置は怖かったんですよ」
「では、明日は僕も丸一日バレーに集中できますし、今夜の練習はサーブではなく試合の方に参加させてください」
「ママ、試合!」
「試合はいいけど今日は見学。試合を見るのもバレーに強くなるための勉強」
「わたし、パパとママの試合見たい!織姫も早く!」
幸の発言に急かされて子供たち三人でエレベーターに乗り込んでいった。
「ところで青有希。勉強で気がついたんだが、幸のヤツ、夏休みの宿題終わっているのか?」
「あ``……まだ途中までしか終わっていなかったの忘れてた。夜練の間はわたしが見る」
「そういえば、夜練の件、監督から何かアプローチはあったか?」
「あっ、すみません。報告するのを忘れてました。私が監督に聞かれたので、キョン先輩の言ってたことをそのまま伝えておきました」
「よし、それだけ分かれば十分だ。青古泉、建築用のエネルギーはジョンの世界で渡す。交渉に回るときはエネルギー切れに注意しろよ?」
「お手数をおかけしてすみません。よろしくお願いします」

 

 さて、ちょっと寄り道していこう。古泉が言っていたことは俺も気になっていたんだ。ジョン、一緒にやらないか?
『俺の修行にもなるし、それは構わないが、超サ○ヤ人状態で「あの技」だけは使うなよ?フ○ーザもあの技でナ○ック星を切ったんだ。最悪の場合、地球が消滅する』
それはわかってるが、いちいちおまえの嗜好品で例えるな。それに、あのモードを『超サ○ヤ人状態』と言うのはやめてくれ。周りに定着してしまうぞ。
『見た目がそのまんまなんだから他に言いようがないだろう。理不尽サーブと同じだよ』
やれやれ……認めるしかなさそうだな。とりあえずあのモードで闘って、折角張った閉鎖空間が壊れたらまずいと思って近海へ出てみたものの……やっぱりジョンの世界での方がいいか?
『衝撃吸収膜を三重に張って他に漏れなかったんだから、現実世界でも心配いらない』
ならさっさと始めるとするか。超サ○ヤ人になって閉鎖空間と衝撃吸収膜を張るとジョンが外に出て軽く準備体操。向かい合ったところで俺とジョンのバトルが始まった。数分もしないうちにあるシーンが頭に思い浮かぶ。俺の思考はそのままジョンに伝わっているからな。すぐにバレそうだ。
『そのシーンを思い浮かべた時点でバレてるよ。確かに孫○空VSセ○の闘いとそっくりだ。力が均衡して俺が闘い慣れているからキョンも面白いと感じているようだが、フルパワーでは闘えない。今のキョンがフルパワーで闘う程の相手なんてどの時間平面上を探しても見つからないだろう。それだけ今キョンの持っているパワーは強力だってことだ。今回は俺の修行に付き合うってことで相手をしてくれないか?』
ああ、そうさせてもらう。今までは俺の修行につき合わせてばか……
『このバカキョン!異世界で電話対応しているんだとばっかり思ってたら、ジョンとそんなところで何やってんのよ!!あんたの閉鎖空間、本社ビルまで届いてるわよ!?自分で建てたビルを自分で破壊するつもりじゃないでしょうね!?』
『あなた一人でこの規模の閉鎖空間を展開できるのなら、我々の修行は必要ないかもしれません』
近海じゃなくて太平洋のど真ん中でやるべきだったか。ジョン、すまない。今日はこれでおしまいのようだ。
『そうらしいな。また時間があるときにでも相手をしてくれ』
ああ、勿論だ。
『すまん、古泉から俺やジョンが暴れたらどうなるかなんて聞いて試してみたくなっただけだ。それに、直方体に広がる閉鎖空間じゃ、あの形を俺一人で囲うのはさすがに厳しい。修錬を積んで損をすることもないと思うから、すまんが手伝ってくれ』
『そのようですね。そろそろ僕も電話対応に向かいます。その頃にはあなたも来て下さいよ?』
『心配いらん』

 

 オフィスに出向くと愚妹一人で電話対応をしていた。人事部が今のように偽名の取材電話にサイコメトリー無しで追われている頃、コイツはのうのうと高校生活を送っていた。どれだけ人事部が大変だったのか身をもって知るいい機会だが、少しは負担を軽くしてやるか。あまり報道陣を調子に乗らせるわけにもいかん。愚妹が電話を切ったところで話を切り出した。
「次の電話からは、アルバイト希望者がかけてくる方にだけ出るようにしてくれ。父親が新川さんのディナーの予約を一挙に受けていたのと似たようなもんだ。報道陣からの電話もかかってくるかもしれないが、99%報道陣からの電話よりは少しはマシになるはずだ。その間に俺たちで報道陣を潰していく。その代わり、希望者が出たらすぐに知らせること。いいな?」
「分かりました」
少しだけだが安堵の表情を見せていた。ランプが点滅し続ける電話に出始めると、しばらくしてハルヒや古泉、有希、佐々木が現れた。すでに俺が電話対応していたのを見て、今回はお咎め無しとハルヒも矛を収めてくれたようだ。とりあえず、監督に俺の伝言は伝わった。どうするか迷っていたが、場合によってはこっちでも記事にしてもらうことにしよう。
「古泉、有希、ちょっと話があるんだが、いいか?」
「何でもいい。言って」
「何かあったんですか?」
「くっくっ、僕たちには教えてもらえないのかい?」
「あたしの前で内緒話するんじゃないわよ!」
「内緒話って程のことでもない。こっちの世界の報道陣が今こんな状態だろ?それで、青俺が見た報道陣のイメージを有希に渡して、それを元に記事を作ってもらうことにした。現実世界でも今夜の夜練に対して、いくら非公開だと言っても俺たちを探しまわるに決まってる。日本代表選手の、しかも女性の泊っている客室にまで行こうとするだろう。そこで、日本代表が泊っている各階にエージェントを警備として配置して、報道陣の様子を現実世界の方も有希に記事を作ってFAXしたらどうかと思っているんだが、どうだ?」
「あいつら、いくらあたし達が見つからないからって、女性の部屋にまで入り込んで来ようっていうわけ!?」
「確かに可能性としてありえないことではありませんし、いくらなんでもやりすぎです。対策としては僕もあなたの案でいいと思いますが、記事を書いたのが我々だと確実にバレてしまいますよ?」
「問題ない。これはわたし達から報道陣への脅迫。これに逆らえば全国にこのことが知れ渡る。新聞を大量印刷しているところに出向いて記事を差し替えるだけでいい。大量の写真を張り付ければそこに写った人間は全員辞めさせられる」
「なるほど、そこまで読んでいらっしゃったとは流石ですね。では、今からでもテレパシーで確認してエージェントにお願いすることにしましょう。エージェントで足りなければ僕もジョンのように催眠をかけて各階に出向くことにします」

 

 俺たちで報道陣を潰している間に、アルバイト希望者第二号が現れた。初日にしてこの状態なら、すぐにでもシフトを組めるし、次の店舗を構えることも可能だ。まぁ、現実世界と同様、地元では異例の高額時給だからな。一応副社長に確認して…って練習試合中か。まぁいい、少し早いが現実世界に戻って直接伝えることにしよう。
「すまん、インタビューついでに青古泉にアルバイトの上限聞いてくる。後を頼む」
みんな電話対応中で『問題ない』とは返ってこなかったが、顔立ちを見れば一目瞭然だ。ユニフォームに着替えて体育館へと降りた。Wハルヒを拝むことすら叶わなかった、あの一週間は何だったんだと言いたいくらい青古泉のトスが冴えわたっているようだ。それに、青俺が前衛にいるときは相手も連携技やブロックアウトが使えないと判断したらしい。青ハルヒなら一度見ればすぐにでも真似できるもんだと思っていたが……まぁ、近日中に出来るようになるだろう。今は青佐々木がベンチか。子供たち三人も試合に集中していて俺のことに気付いていない。
「よう、試合の調子はどうだ?」
『キョン、みんな凄い!!』
『パパ』が付かなくてホッとしたぞ。約束はちゃんと守れる子たちに育ってくれたらしい。嬉しい限りだ。
……って、青俺のことまで『キョン』と呼ばれちゃまずいことに今気がついた。後で三人に本名で呼ぶよう青俺から伝えてもらうことにしよう。ジョンまで反応しそうだが、ジョンが練習試合に出ることはない。
「キミがこんなに早く来るなんて一体どうしたんだい?まさかとは思うけど、試合に出たいなんて言わないだろうね?僕の出番がなくなってしまうじゃないか」
「野球とはえらい違いだな。『僕に構わず、いくらでも出てくれたまえ』なんて言い出すと思っていたぞ」
「やれやれ、またキミは僕たちの真似をして……いくらキミでも許せることとそうでないことがある。少しは自重したまえ」
「ジョンの場合は試しに真似してみたら本当に喋りやすかったからだろうが、俺の場合はまったく別の理由だ。怒ったときのおまえらの顔が、食べ物で口の中が一杯になって頬を膨らませているリスみたいで可愛いと思えてな。その顔見たさにやってることもあったりする。さっきのはおまえが言いそうなセリフを言ってみただけだ。こうやってそれを打ち明けているのも、おまえを苛立たせることなくその顔が見られるんだったらそれでいいかと思ったからだ。あとで佐々木と同期しておいてくれるか?」
「まったく、キミには呆れたよ。僕の怒った顔が可愛いなんて言われたらどうしていいか分からなくなったじゃないか。それに、僕が怒っているときはキミにはそれが伝わらず、逆にキミを喜ばせているってことだろう?早く来た理由をいい加減話したまえ」
「練習試合の最中に副社長にテレパシーをするわけにもいかなかったんだよ。アルバイト第二号が現れた。今回は俺達の関係者じゃないが、何人で一度止めるのか青古泉に相談しようと思ってな。インタビューもあるし、試合に出られなくとも、こうやって子供たちと一緒に試合観戦しているのも悪くない。それだけだ」
「くっくっ、確かに、彼がベンチで座っていることはないだろう。青チームのセッターは彼しかいない」
「ところで、青チームのスイッチ要因は誰になるんだ?さっきもネット際に立ってレシーブで構えているのが怖かったなんて言ってたが…」
「ほとんどの場合は朝比奈さんだね。朝比奈さんがいなかったときは有希さんや朝倉さんが上げていたけどクイック技を使えるようなレベルとは到底言えないよ」
セット終了の笛がなり、ようやく勝負がついたか。昨日の夜練は無かったが、子供たちが「みんな凄い」と言って、点数が25-16ということは向こうも大分防御力がついてきたということになりそうだ。生放送は15点マッチにするか?放送する側もこれまでの試合内容を考えれば理由なんて一目瞭然だ。

 

「あんた、こんな早い時間に何しに来たのよ!?先に言っとくけど、絶対にあんたは試合には出さないわよ?」
「やれやれ、せっかく朗報を持って来てやったのにその言い草はないんじゃないか?」
『朗報?』
「試合中に青古泉にテレパシーするわけにもいかなかったんでな。他のメンバーに任せて確認しにきた。今度は俺たちとは無関係だが、アルバイト第二号が現れた。何人で一度止めるのか副社長に聞きに来たんだよ」
「なるほど、そういうことでしたか。では、五人来た時点でストップをかけてください。店の張り紙の内容も書き換えていただけると助かります。初日で二人も来るとは思いませんでしたよ」
「じゃあ、わたしは食堂で食材の注文を聞いてくるから、佐々木さんと交代ね」
半ば強引に青佐々木と交代してエレベーターで降りていった。
「食材の注文は社員に任せていたんじゃなかったのか?アメリカ支部建てたときに社員に頼んでいただろ?」
「自分でできるときは自分でやらないと気が済まないみたい。でも次で最後になりそう。まだ3セットしか試合してないから」
「3セットぉ!?一点とるのにどれだけラリー続けてたんだ!?」
「5分……は長すぎですね。一点につき2分くらいでしょうか。どこに打っても、意表をついてもレシーブされてしまうんですから……あの練習がよっぽど効果的だったようですよ?最初はあなたが言っていたブロックアウト封じでこちらの圧勝でしたが、それ以降は日本代表も我々の真似をするようになりました。あなたや彼にはまだまだ及びませんが、今シーズンは我々が日本代表を鍛えているといっても過言ではないようです」
「今日から変化球を加えてもよさそうだな。こんなにラリーが続くんじゃ生放送も15点マッチになりそうだ」
『15点マッチ!?』
「そうでもしないとあの枠で収まりきらないだろうが。プロ野球の試合のように30分延長したとしても25点で五セットは無理だ」
ピピッ!と主審が笛を鳴らして早くコートに入れと急かしてきた。話の続きはまた今度だな。

 

最終セットを終えて報道陣が監督に集中する。ジョンの集音マイクとは全く別のやり方で監督のコメントを聞くとしよう。それを受けて俺がコメントしないと日本代表選手や監督も混乱するし、明日の人事部の電話対応が大変になってしまう。
「監督、昨日のディナーで話をされていたディナー後の練習についてお聞きしたいんですが」
「前回のシーズンもやっていたんですか?それとも今シーズンからですか?これは公開練習ですよ?我々にも知る権利はあるはずです」
「前回のシーズンと比べて彼女たちの防御力が飛躍的にあがったのは皆さんもご承知かと思います。私もこの半年間の間に一体何が起こったのか気になって仕方がありませんでした。二日目にコーチ達とおでんを堪能していたときのことです。たとえ私がその秘密を聞いたとしても、彼は応えてくれないだろうとダメ元で聞いてみたら、あっさりとその内容を教えてくれた上に、練習に参加しないかと誘われました。そこで行われていた練習は彼らでなければ不可能な練習です。ここに合宿にくる一ヶ月間しかあの練習ができないと思うと、実に残念です。練習を始めてたった五日で今日のような試合ができるようになり、私も選手たちの成長ぶりに度肝を抜かれました。しかし、我々はただ彼らの練習に誘われただけに過ぎません。我々だけの練習であればいくらでも公開できますが、彼らの練習に参加させてもらっているだけの今の状態では、彼の許可もなく練習を公開させる権限は私にはありません。ですが、あの練習内容であれば、彼の許可が下りなくとも、今後、まったく別の形で皆さん前に現れることになるでしょう」
「監督、ありがとうございました」
俺の許可がないと練習風景を撮影することは無理とわかった時点で監督からのコメントはこれでいいと判断したようだな。すかさず俺の周りに報道陣が押し寄せてきた。
「キョン社長、ディナー後の練習についてお聞きしたいのですが、どのような練習をされているのでしょうか?全国民がその内容を知りたがっているのですが…?」
知りたいのは全国民じゃなくておまえらだけだろう。もっとも、中学や高校のバレー部顧問やコーチは知りたがっているかもしれんな。サーブレシーブが安定しないところは特に。
「我々独自の練習メニューですし、我々でないとできない練習ですので、公開したところで意味がありません。それに、練習メニューを真似されてしまっては、今後、日本代表が世界各国と闘い、勝ち上がることが難しくなっていくでしょう。僕の零式と似たようなものと思って頂ければ結構です。どのようなアプローチをされようが公開することは絶対にありません」
「そこをなんとかお願いしますよ!」「せめて、ほんの少しだけでも…」
「練習の成果でしたら、ここ数日の日本代表選手の皆様のご活躍で拝見することができたはず。練習の方もそろそろ一段階レベルアップしようかと考えていたところです。ですが、このままいくと毎回行われる生放送の枠で25点の五セットは難しくなってくるでしょう。15点マッチにするか25点の三セットにするか迷っているところです。これ以上話すことはありません」
「昨日の本マグロの踊り食いはどうやったら可能になるんですか!?」
「同じことを何度も言わせるなといつになったら理解してくれるんです?失礼します」

 

 ディナーの準備に入ったところでシャワーを浴びていたらしき青ハルヒが降りてきて、異世界から古泉が戻ってきた。有言実行、コメントしたからには実践しないとな。
「古泉、一つ頼みがあるんだが、今日の夜練から変化球も取り入れようと思ってる。OGのときのようにテレパシーで球種を伝えるわけにはいかないから、選手一人ずつに触れて野球の変化球の知識とサインの件を伝えて欲しい。選手が出したサインの球をW俺とジョンで投げるつもりなんだが、どうだ?」
「そんな簡単なことでいいのでしたら、お安い御用です。おっと、一つあなたにご報告が。選手たちが泊っているフロアの警備については監督やコーチの部屋も含めてエージェントだけで十分だそうです。報道陣が来るようであればそのときの様子を有希さんに渡すように伝えてあります。問題発言が出るようなことがあればすぐにでも記事にしてFAXすることになるでしょう」
「わかった、じゃあこのあと宜しく頼む」
「承知しました」
ディナーも恙無く進み、夜練のことをしつこく聞いてくる奴もいなかった。昨日見せしめた分もあって手が出せないでいるというのが報道側の主張なんだろうが、偽名を使って再三迷惑をかけてくるような連中にはこれくらいが丁度いい。滞りなくディナーを終えると、食べ終えたOG二人がそのまま厨房に入って片付け。今度の土曜にはENOZの残り二人に任せてあるし、俺たちはプロ球団戦に専念できる。先に厨房を抜けて練習用の体育館へ。そろそろジョンも出て来いよ。肩慣らししようぜ。
『肩慣らしは構わないが、直接ここにきてよかったのか?エレベーターが何階で止まったかバレてるぞ』
「関係ない。どうせ閉鎖空間内に報道陣は入れない。ここに来たとしても誰もいない暗闇の体育館があるだけだ。それ以上しつこければ、今本社内にいる奴等がクビになるよう仕向けるだけ。それも既に手は打ってある」
気になることと言えば、今シーズンのうちに寿司をもう一度食べていくのと夜練を一日でも多く取るのとどちらがいいか日本代表チーム全員に聞きたいところだが、監督の立場としては夜練の方を選ぶだろうな。

 

 ディナーに満足した日本代表選手たちが降りてきたところで全員を集めて説明を開始した。
「今回から一段階レベルアップをした練習に入ります。今からここにいる古泉が皆さんに触れて野球の変化球についての知識とサインを伝えます。プロ野球でもご覧になったことがあるかと思いますが、キャッチャーの位置についたらサインを出してください。そのサインに合わせて僕たち三人がその球種を投げます。これまではバレーの基本である真正面で取るためのスパイクレシーブの練習でしたが、今日からは腕を動かさないと間に合わないスパイクレシーブの練習だと思ってください。それでは、これから古泉が回りますので情報を受け取った方から防具をつけて位置についてください。よろしくお願いします」
疲れや眠気を取るのとは違って自分の中に入ってきた情報に何と言っていいのやらわからないという顔をした選手が多かったが、ようやくキャッチャー用の防具をつけて練習を開始。監督も練習風景を見ながら安堵しているようだ。自分の失態で俺たちに迷惑をかけたとでも思っていたんだろう。野球の試合に行く日は夜練ができなくなってしまって、俺たちの方が申し訳ないと感じているくらいなんだ。そんな些細なことは比較の対象にならん。
 練習を終えて81階に戻ると、エージェント達が有希に触れ、一方で青古泉が地図を広げていた。フロアにいるメンバー全員でWハルヒの解体作業を見るようだな。青有希は98階で幸の夏休みの宿題に付き合っているし、夕食を食べるのもディナーと夜練の両方に出ていた俺だけ。皿洗いを全て朝比奈さんに任せてしまっている現状を何とかしたいもんだが、それぞれの仕事に分かれているんじゃ仕方がない。
「キョン君、どうぞ」
俺一人のためだけに朝比奈さんがお茶を入れてくれた。「ありがとうございます」と返すと、北高時代と変わらない朝比奈さんの笑顔を見ることができた。個人的にはドラマを撮るとき以外は大人メイクよりナチュラルメイクの方がいいと思うし、青俺以外も俺の意見に賛同してくれるメンバーは多いはずだ。

 

「できた」
相変わらずの必要最低限だったが、エージェントに囲まれていれば何のことかすぐに分かる。青古泉のところに集まっていたメンバーが有希のところにわらわらと集まる。本社設立前の頃、冊子ができたと朝倉がみんなに伝えに来たときとまるで大差がない。すぐに人数分情報結合されて俺のところにも一枚の紙が配られた。表は見出しと写真のみで裏もほとんど写真で埋め尽くされていた。タイトルは『やりすぎ!報道陣が女子選手の宿泊しているフロアにまで侵入!!警備員に「いるかどうかだけ確認させてくれ!」』か。裏の記事には、「『練習で疲れて眠っている選手もいるからダメだ』と警備員が説明したにも関わらず、各部屋の呼び鈴を鳴らそうとした」と書かれていた。今からFAXで流しても十分間に合うはず。有希ならもう終わっているだろうな。
「青古泉が地図を広げて何をしているのか大体想像はつくが、こんなに大勢で解体作業を見に行くつもりか?」
Wハルヒは勿論だが青有希を除くSOS団メンバーとOG六人が揃っていた。
「くっくっ、僕たちの世界にもこの会社と同じ総本山ができると思うと興奮してしまってね。二人が解体作業を終えてシートが被せられるまで収まりそうにないよ」
「普通なら絶対に破壊してはならないものを破壊してしまうんですからね。見ている我々にも爽快感があります。特に、執拗な電話対応に追われている今なら尚更です」
「わたしも似たようなものよ。先週の試合で溜まったストレスをあれくらいで解消なんてできないわよ」
「青古泉、エネルギー足りるか?それに、どうせなら子供たちも連れて行ってやったらどうだ?」
「念のためいただいてもよろしいですか?」
「ああ、問題ない」
「子供たちには見せない方がいい。教育的にあまりよくない」
いくら俺が人間に害をもたらすウィルスや菌を除去したとはいえ、この前シャミセンの残したものまで食べていた奴のセリフとは到底思えない。近くに寄ってきた青古泉にエネルギーをMAXまで渡しておいた。どうせ寝たら回復するんだ。支障をきたすことはあるまい。
「ってことは、俺は双子の面倒を見ることになりそうだな」
「二人とも疲れてお風呂に入れたら寝ちゃったわよ!それよりあんた、今日はあたしとバトルしなさい!」
「はぁ?なんでいきなりそうなるんだ。明日の午後は黄チームで出るんだろうが。練習試合しないでどうする。それに俺は明日の仕込みをしないといかん」
「あんたがジョンとバトルしてたからに決まってるじゃない!仕込みなら古泉君と青あたしでやってくれるわ!練習試合もその間は双子に出てもらうから安心しなさい!」
ハルヒの「安心しなさい」のセリフで今まで安心できた試しがほとんどないが、ちゃんと策を立てているのならいいか。
「仕込みが終わったらあたしも入れなさいよ!」
「へいへい。大体な、俺とジョンがバトルしていたのは古泉のセリフを聞いたからであって……まぁいい。とりあえず、派手なシート被せてこいよ?天井にはSOS天空スタジアムとちゃんと書いておいてくれ」
「電話対応がさらにシビアになるというのに、いいんですか?そこまでしてしまっても」
「どうせそうなるんだから、この際、堂々と宣伝しないとな」
「分かりました。では、行って参ります」
フロアに残ったのは俺と夕食、それに朝比奈さんのお茶。ったく、まだ先の話だろうに青古泉も気が早い。テーブルの上には北口駅前店を中心に本屋の場所が書きこまれた地図が置かれていた。

 

 どうやら、双子の次にジョンの世界に来たらしい。二人は既にジョンに拡大され、ボールを使った練習に励んでいた。もうすぐ他の奴等も来るだろう。今のうちにバトルフィールドでも作っておくか。
『キョン、俺もバトルに参加させてくれ。さっきは途中でやめさせられてうずうずしていたんだ』
だったら少しでも早く始めようぜ。ようやくあの技を実写版でやる方法を思いついたんだ。俺も早く試したい。
『それは他のメンバーが来てからにしたらどうだ?俺はキョンが何をしたいのか分かっている』
それもそうだな。じゃ、一気にフルパワーだ。
 ジョンとのバトルを始めてしばらくもしないうちに他のメンバーが揃い辺りがざわつき始めた。
「凄い……こんなアクションバトルが見られるなんて」
「そういえば、二人ともキョン先輩の映画の試写会見てないんだった。有希先輩、映画と会場でのキョン先輩たちのバトルシーンをこの二人に見せてもらえませんか?」
「問題ない」
たった二人しか見ないんだから、そこまで巨大なモニターを出す必要もないだろうに……
『キョン、雑念』
懐かしいセリフを聞いて油断したところでジョンに吹き飛ばされてしまった。
「二人とも楽しそうね。わたしも入れてもらおうかしら?」
「あ―――――――!!あたしが一番だったのに!!なんでもうジョンとバトル始めてるのよ!あんた!」
「みんなが来るのを待ってただけだ。やるならさっさと始めようぜ。朝倉も入るんだろ?」
「お言葉に甘えさせてもらうわ。でも、負けたときの言い訳にしないでよ?」
ハルヒと朝倉がフィールドに入ってきた時点で通常モードに戻った。
「あんた、さっきのヤツで闘いなさいよ!」
「ちょっと試したい技があってな。あの状態でやると色の違いが分からないんだ」
『色の違い?』
「まぁ、見ていれば分かる。ギ○2!!」

 

血管の内側をハルヒの力の膜で覆い、その中を血液が高スピードで駆け巡る。身体から湯気が出て皮膚が赤く染まった。とりあえず見た目だけは成功したようだ。パワーも……おそらくスピードも上がることは無いが、自分自身にも催眠をかけて、漫画の実写版になるかどうかやってみるとしよう。
「ゴム○ムの~~~~~~~~~~」
俺が構えるとハルヒも朝倉も戦闘態勢を取った。
「JET○ストル!!」
ハルヒの腹部を狙った一撃がヒットしてバトルフィールドの端に吹っ飛んだ。一瞬だけだったが、腕が伸びたように見えたのは確認できた。ギ○2の状態になる前に色々と試しておけばよかったな。
『くっくっ、これは一体どういうことか説明してくれたまえ。キョンの腕が伸びたように見えたのは僕だけかい?漫画の世界観を実写化したのは分かるけど、それだけじゃハルヒさんにダメージを与えることはできないだろう?』
「一体どういうこと?なんであんたの手が伸びるのよ!!」
「要は使い方次第ってことだ」
「ふふっ、そんな見せかけだけの技、わたしに通用するとでも思っているのかしら?」
「どうやら朝倉にはバレたようだな。だが、通用するかどうかはやってみないと分からんだろう?」
「なら、そのまま闘ったことを後悔させてあげるわ」
「………凄い、黄キョン君の手足が伸びてる」
「あれは伸びているように見えるだけのただの催眠ですよ」
「古泉君、それどういうことですか?」
「攻撃する瞬間、自分の手足だけテレポートしたんです。最初の一撃も拳を繰り出した瞬間、ハルヒさんの腹部の前に拳だけテレポートしてダメージを与えることができた。ですが、それだけではただのテレポートの応用に過ぎません。彼はそれを催眠で補ったんです。自分の腕とテレポートさせた拳が繋がっていて、さも腕が伸びたように見せた。披露試写会のときと同様、漫画の世界観を実現するにはどうしたらいいか色々と試行錯誤していたようです。攻撃が単調になって、黄朝倉さんに押され始めたようですね」
「ここまできてまだその状態で闘うつもり?あまりガッカリさせないで欲しいわね」
「そうだな、そろそろ終わりにしよう。俺もネタが尽きた。でもな、朝倉。こういう使い方もできるんだ」
拳を構えて何も無い俺の右側に拳を放つと、俺の右拳が朝倉の顎にヒット。無論、朝倉の懐に入り込んだわけじゃない。距離を保ったまま拳だけを顎の下にテレポートした。監督のコメントを盗聴したときも片耳だけステルスモードにしてテレポート。相手コートの更に向こう側にいた監督のコメントも、耳だけをテレポートすることによって、遠距離でもすぐ近くで聞くことができた。それが事の真相だ。
『朝倉涼子の言う通りそろそろ超サ○ヤ人になったらどうだ?正直、それは戦闘には不向きだと思うぞ?』
「ああ、よくこんな技で強敵と闘い続けてきたなと呆れたよ。いくらなんでも隙が多すぎる」
「今の一発の代償は高つくわよ?わたしが満足できるようなバトルにしてくれるんでしょうね?」
「なら、見せてやるよ。超サ○ヤ人ってヤツをな」

 

 短いようで長かったバトルも終わり、ジョンもハルヒも朝倉も後から参戦してきた青ハルヒも床に大の字になって寝転んでいた。バトルを見ていたメンバーも次第にバレーに参加するようになり、仕込みを終えた古泉を入れて練習試合。セットを繰り返していくうちにW古泉もブロックアウト封じが次第に可能になってきていた。生放送までには間に合うかもしれん。ブロック無しの試合を見せるというのも素気ない気がするからな。見ていて面白いと思えるような試合でなければSOS団の名が廃る。
………そろそろ頃合いか。結局どちらの世界にも報道陣にFAXを流してもらったし、どうなるか見物だな。ジョンが出したモニターに全員が駆け寄り、二つの世界のニュースをチェックする。感想を述べるとすれば、どっちもこれまでと変わらない、だな。自分の局の人間が出過ぎた真似をしたとアナウンサーが謝罪し、他の報道陣を批判していた。有希の作った記事をそのままタイトルだけパクり『やりすぎ!報道陣が女子選手の宿泊しているフロアにまで侵入!!警備員に「いるかどうかだけ確認させてくれ!」』とそのまま載せている新聞もあれば、まったく存じ上げておりませんとばかりに『激震!まさかのブロックアウト封じ!!』と試合内容やディナーだけを記事にしたものもあった。あとは俺たちの夜練について触れたものばかり。異世界の方も、『SOS団にも被害!執拗に迫る報道陣!!』や『偽名を語った取材という名の迷惑電話!』などSOS団も迷惑しているんだというPRをするような新聞ばかりで、東日本代表が結局どうなったかまで触れた新聞記事は無かった。その代わり、異世界の方はLive映像で本社の敷地内を囲ったシートが映されていた。100階建てのビルの上に天空スタジアムを建設。来年の四月一日完成予定の看板が取り付けられていた。当たり前だが、シートの中には入らせない。あの元アナウンサーたちは今頃いったいどこで何をしているのやら。こちらの本社を建てたときのように、側面にはSOS Creative社と書かれていた。このニュースを見て報道陣がどう動いてくるか楽しみだが、まずは裕さんがどうするか聞くのが先決だな。

 
 

…To be continued