500年後からの来訪者After Future9-14(163-39)

Last-modified: 2017-02-13 (月) 19:11:03

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-14163-39氏

作品

異世界支部もいよいよ社員・パート・アルバイト・調理スタッフ希望者からの電話が殺到するようになり、青圭一さん、青古泉、青ハルヒで一人ずつ面接していくことになった。人手不足なところは俺たちでなんとか乗り切るしか方法はないし、今までそうやって一つずつ乗り越えてきた。そして、いよいよOG達の修行の成果を発揮する場が整った。マナーも分からない観客や、良い写真さえ取れればいいと言いたげな報道陣はすべて出入り禁止として敷地外へとテレポート。邪魔者がいなくなったところで試合に向けたコンディションを整え始めた。

 

しかし、アイツ一人のためにここまでの報道陣と観客が押し寄せるとは驚いた。旅立ちの日にをコンサートで古泉たちと歌った後、動画サイトにUPして明日から大画面に映すと、どれだけの反響が出てくるのか俺にも予想がつかなくなってしまった。専用エレベーターで遅れてやってきたハルヒ達六人。男子日本代表も社員食堂から上がってきた。しかし、ダイレクトドライブゾーンが見たいとは言っていたが、こっちはどうするつもりだ?
「監督、アイツ等には『ダイレクトドライブゾーンで』と話しておきましたが、こっちはどう闘いますか?」
「どれだけの違いがあるのか実際に見てみたい。司令塔が居れば反応もそこまで遅くはならないはずだ」
「了解しました」
ブロックにはいかず、ダイレクトドライブゾーンでの対戦か。反応速度は同じだが、いくら長身で防御に転じるのが早くとも、防御力での圧倒的な差は埋められん。連携ミスは十分にあり得るが、それも経験の一つだ。大会まで徹底的に鍛えればいい。男子日本代表チームからのサーブ。
「みくる、真正面!」
指示を受けた青みくる以外の四人が攻撃態勢に入ったが……五人目か!
「ツー!ネット際!!」
前衛が素早く駆け寄ったがレシーブを大きく上げてしまいダイレクトドライブゾーンにはならず仕舞い。
「B!ハルヒ、ライン上!」
Bクイックでサイドラインを正確に狙うもハルヒによって阻止されてしまった。
「ブロード!俺だ!」
センターから突っ込んできた妻のAクイックも有希の手首の角度で判別がつく。ブロードでのスパイクを受け、セッターに攻撃を仕掛けると言わんばかりのレシーブ。ダイレクトドライブゾーンの練習をしてきたのなら、トスは上げられる。センターからのAクイックで真下に叩きつけようとしたが、有希によって阻止され、そのままツーで青俺のBクイックが炸裂。指示は出したが対応しきれなかったか。やれやれ、一点取るだけでこんなプレーをやっていたら三、四セットどころか25点まで行くかどうかも怪しい。15点マッチにしようと提案しておけばよかった。夏のシーズンのあの悪夢が甦ってしまいそうだ。報道陣も観客も静まり返ってしまった。この状態を継続してくれた方が俺たちの指示もカメラの集音マイクに収まるだろうし、移動は出来なくとも全体像は取れるだろう。その後、女子日本代表選手たちのようにこちらのセッターを執拗に狙うことも無く、互いに点を重ねていったものの、こちらの連携ミスによる失点が響き25-14で黒星となった。しかしまぁ、これが本来のダイレクトドライブゾーンだと見せることもできたし、明日以降は男子日本代表同士でダイレクトドライブゾーンの応酬ができるはず。連携ミス等についてはこれから修正していけばいい。時間がくるまで試合を繰り返した後、男子の監督と俺、妻の三人がコメントを求められた。女子の監督のコメントは明日のニュースで確認することにしよう。
『とりあえず、練習用体育館はこのあと俺が掃除をしてまわる。不要物を置いていった奴はそいつのバッグの中にでもテレポートするつもりだ。体育館の方を頼みたいんだが誰かいないか?』
『問題ない。わたしがやる。テレポートも任せて』
『すまんな。よろしく頼む』
「キョン社長、今日はダイレクトドライブゾーンの応酬で練習試合を終えましたが、振り返ってみていかがですか?」
「前の合宿所でも練習はしていたようですが、こうして本来のダイレクトゾーンと闘うのは選手たちも初めてでしたからね。今日の練習試合での収穫も多かったんじゃないかと思っています。監督の意向にもよりますが、明日以降は司令塔を一人ずつ入れたダイレクトドライブゾーンの練習になりそうです。特に、今日の試合で目立っていた連携ミスを少しずつ無くしていくところからですね」
「キョン社長、ありがとうございました」
妻のインタビューを終え、観客や報道院は練習用体育館を去り、選手たちは自分のロッカーへと向かった。当分一人になれそうにないな。先に戻ることにしよう。

 

「おかえりなさい、いやぁ、ダイレクトドライブゾーンであそこまでラリーが続くとは思いませんでしたよ。どちらかが一点取るまで時間がかかり過ぎです。ですが、その分僕も暴れることができましたし、選手たちもそれぞれで何か掴んだように見えました。次は青僕に譲りますが、機会が巡ってくればまた参加させてください」
「くっくっ、練習試合でのことで花を咲かせるのはいいけれど、夕食を食べながらでもできる。二人とも早く席に着いてくれたまえ」
佐々木に促されて席に着いて周りを見てみると、子供たちやOG四人が満足顔。青古泉や青圭一さんも似たような表情をしているし、順調に進んでいるようだ。
「さっきテレパシーで説明した通りだ。明日も同様のことが予想される。明日は圭一さんが休みだし、影分身で電話対応に迎えるメンバーは出禁の理由を突き付けてやってくれ。覚醒モードでなければ俺も参加する。午前中からコンビニ弁当を持って席を陣取ろうとする奴には敷地内には入れさせない。観客と報道陣で揉めている場合は喧嘩両成敗でどちらとも出禁だ。しかし、練習用体育館だけであれだけ観客がいるとは思わなかったぞ」
「いくらなんでも多過ぎよ!一つのコートにあんなに固まるなんて、あたしも考えもしなかったわよ!一面記事を飾るのはいいけど、レストラン内の出入りを禁止した連中にネタを提供するのは納得がいかないわ!」
「午前中から体育館内にもSPを配置したらどうだ?黄俺がアナウンスして、この後もそうだがSPは俺が出る」
「どうやら、そうするしか手がないようだね。面接の方はどうだったのか聞かせてもらえないかい?」
「順調に進んでいます。作業場のパートやアルバイトや調理スタッフを希望する電話も来ていますので、明日も丸一日面接に追われそうです。我が社を恨んでいるような輩もいませんし、無料コーディネート目当てで来た人間は不採用通知を送る予定です。社員はすべて月曜に出社して人事部に集まるように声をかけていますが、誰をどこに配置するかは明日の面接を終えてから、我々三人で考えることになるでしょう。作業場の方でピッキングや梱包作業の説明をあなたにお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、明日は倉庫で西日本側のピッキング作業をするつもりだったんだ。東日本の方はこっちでやることにする。まったく、このビルができる前に影分身を使えるようになっていたら、日付が変わるまでピッキング作業に明け暮れることも無かっただろうな」
「そういう苦労があるからこそ、この会社の社員としてふさわしい人間しか採用しないようにしているんだ。興味本位で喰らいついてきた奴や、アホの谷口のような奴は絶対に入らせない。それで俺たちの負担が増えたとしてもだ。それで、青みくるはいいが、このあとのコンサートでの古泉たちの衣装は大丈夫なんだろうな?」
「問題ない、すでに本人たちに渡っている。あとは自分でドレスチェンジするだけ」
「ところで、一つ提案があるんだけど、いいかい?」
「裕から議題が上がるとは珍しい。一体どうしたというんだ?」
「楽団員の……特に女性にはアクセサリーの無料コーディネートをしてみたらどうかと思ったんだ。来月号のドレスもウェディングドレスとしては載せられなくても、楽団員の着るドレスとしてなら採用できるものもあるんじゃないかい?明日以降、僕が本店にアクセサリーを並べるから、楽団員に本店に来るよう連絡してもらえないかな?」
「それいいわね!!デザイン課でもウェディングドレス以外のドレスだって考えているはずよ!!涼子、そういうデザイン、ストックされてないの!?」
「これまでのスケッチブックを全部サイコメトリーするのも面倒だし、月曜に社員に聞いてみるわね。明日じゃ今日みたいなことになりかねないし、平日の方がいいわよ」
「じゃあ、これが最後になりそうだ。みんなに書いて欲しいものがある」
『書いて欲しいもの!?』
テーブルの上にプレートとサインペンが並べられた。色は黄色と水色の二色。それだけで何のことかはっきりしたメンバーもいるようだ。子供たち三人はどうするつもりか本人たちに聞いてからだな。
「なるほど、月曜からのイベントのための準備というわけですか。色々ありすぎてすっかり忘れていましたよ」
「そのプレートに自分の名前を書いて、タイタニック号の客室の扉に差し込んでくれればいい。早い者勝ちだが、同じデザインの部屋がいくつもあるから部屋の取り合いにはならんだろう。子供たちは三人一緒に寝るか?」
「伊織パパ!わたし、織姫と一緒に寝たい!」
「じゃあ、自分の名前を綺麗に書くんだぞ?」
『あたしに任せなさい!』
「子供たちのプレートは俺が預かる。みんなは各自で部屋にでも保管しておいてくれ。月曜の朝食が始まった時点でイギリスを出港する。船長は以前決めた通り有希たちだが、青有希は支給する料理の方もある。有希の影分身が舵を取ることになりそうだな」
「問題ない」

 

 プレートに名前を書くと自分でサインペンの情報結合を解除、プレートを自室にテレポートしているメンバーがほとんど。夕食を終えたところでコンサートの準備に入った。しかし、今はおススメ料理の火入れとパンとジャム作りで影分身を割いている程度。来週の仕込みも一日分しかないし、古泉からディナーかおススメ料理の仕込み作業を引き受けてもいいくらいだ。どちらの世界もまだ電話が着信を知らせる点灯が続いているみたいだし、電話対応にまわるか。『金を持て余す』もあてはまるが『影分身を持て余す』もあてはまりそうだ。『暇を持て余す』のはアホの谷口や牢屋に入れられたマフィアくらい。牢屋に入れられただけまだ良かったといえるだろう。残りの連中は全員消し飛ばしたんだからな。本体は他のメンバーと一緒にステルスで天空スタジアムの特等席からコンサートが始まるのを待っていた。客の層というか、質という言い方も変だが、とにかく昨日のライブを見に来た客とはまるで違うことだけは確かだ。一緒に盛り上がるのではなく、文字通り音を楽しむ人たちが入ってきている。最後の混声三部合唱を除いて、それ以外はすべてクラシック。いくらSOS団メンバーが全員揃っていても、曲が分からないんじゃ意味がない。演奏後の盛り上がり方もライブとはまったく違ったものだしな。敷地外では、これまで散々迷惑をかけられてきたお返しと言わんばかりに客に紛れ込んでいた報道陣の後頭部をSPに化けた青俺が掴んで閉鎖空間の壁に顔面を叩きつけていた。今後も似たような対応をしていれば諦めるだろう。裁判沙汰になっても負けるのは向こうの方だ。しかし、曲に込められた思いや背景、どんなシーンをイメージしたメロディなのか知るだけでここまでクラシックが楽しめるとは思わなかった。妻からのシャンプーやマッサージとはまた違った癒しの時間を持つことができた。ステージの照明が全て消えると、みくるがその場でドレスチェンジ。指揮台をテレポートさせてハルヒがステージに再登場。グランドピアノをゆっくりと情報結合している間に古泉たち三人がステージ上に現れた。ハルヒが三人の後ろに隠れることもないし、位置関係も問題ない。ハルヒのピアノの旋律から最後の演奏が始まった。妻もネックレスやピアスに合ったドレスを纏っている。今後のコンサートでもこの衣装ってことになりそうだな。緊張している様子も見られないし、他の二人にアルトパートでつられることなくアルトパートを熱唱。観客も一緒に口ずさんでいる人間が大多数。今日一番のスタンディングオベーションでコンサートを終えた。

 

「久しぶりのコンサートだったからあたしも心配だったけど、大成功と言ってもいいくらいだわ!来週以降のライブやコンサートの成功を祈って……乾杯!」
『かんぱ~い!』
「有希、『旅立ちの日に』を動画サイトにUPしてくれ。明日から大画面にも映して欲しい。ハルヒがステージに再登場するところから全部だ」
「分かった」
「さっきは言い忘れたが、処女航海中は夕食に酒を入れるつもりだ。シャンパンを片手に優雅な船旅といこうぜ。古泉もその程度なら夜練に支障はないだろ?それに、子供たちは毎日プールで泳ぐ練習だ」
『問題ない』
「それにしても、みくる達の歌声であそこまで心が癒されるとは思わなかったにょろよ!見に来ていた観客もあたしたちと同じはずっさ!みくるのソロバラードベストアルバムを出すなんていうのはどうっさ?」
「それは面白そうっさ!はるにゃん達に演奏してもらえばいいにょろよ!みくる達で曲を決めて歌ってみればいいにょろ!著作権関連は有希っ子がなんとかしてくれるっさ!」
「問題ない。曲が決まった時点で教えて」
『キョンパパ、わたし海でも泳げる!?』
「今日しっかり泳げていたから心配いらんだろう。ただし、足がつかないから注意しろよ?」
『あたしに任せなさい!』
とはいうものの、足がつかないの意味が伝わっているのかどうかはっきりしないな。まぁ、実際に体験してみれば分かるだろう。ただ、サイコメトリーを駆使するとはいえ、イルカがすぐに見つかるかが謎だ。俺たちは影分身で良くても子供たちは昼食に戻らないといかん。
「俺は影分身にヘリの運転と倉庫のピッキング作業を任せながらの参加になりそうだな」
「わたしも。支給する料理の支度をしながらになりそう」
「異世界の倉庫のピッキングなら今影分身にやらせている。ついでに電話対応もな」
『影分身にやらせてる!?』
「あんた、また勝手に自分の仕事増やして……電話なんて放置しておけばいいじゃない!」
「朝食のパンと同じだよ。『影分身を持て余している』んだ。月曜になれば人事部にも愚妹以外の社員が配属されるし、今のうちに潰しておく方がいい。シャンプーと全身マッサージをする頃にはそっちに向かうから短時間だけだ」
「ですが、この時間も電話対応していると報道陣に思わせてしまうのではありませんか?」
「青鶴屋さんの家の電話と一緒だよ。放置しておけばその日は諦めて、翌日かけてくるだけだ」
「だったら俺もピッキング作業に影分身を向かわせる」
「気にするな。俺が好きでやっているだけにすぎん。それに、覚醒モードでオーケストラを聞くわけにはいかなかったんでな。折角のコンサートで演奏の荒探しをしているようなもんだ。楽団員だって緊張するし、ミスがあったところはハルヒや有希は気付いているはずだ。普段の練習に携わっていない俺が、折角の演奏をダメ出しするようなことはしたくなかったんだよ」
「でも、キョン君電話対応でストレスが溜まるんじゃ……」
「同期なら結果だけ報告してくるから、本体で対応しない限りストレスが溜まることはない」
「くっくっ、影分身を極めてしまったが故の悩みとは羨ましいもんだね。でもね、キョン。電話対応やピッキング作業ならいいけれど、予約待ちのスペシャルランチまで作るようなことはしないでくれよ?休みたいときに休めなくなるからね」
「重々承知の上だ。朝のパンも不定期で休むし、心配いらん。今後は朝食や夕食の支度も俺になるんだ。報道陣からホテルに泊まりたいなんて電話も近日中に来る。青新川さんが丸一日調理場に立つようになるまで残りわずかだろうからな」
「これ以上、あなたにこちらの本社の運営に関与させるわけにはいきません。近日中に影分身の精度を高めることにします」
「面白いじゃない!あたしも混ぜなさい!」
「くっくっ、だったら僕にはキミのシャンプーと全身マッサージをさせてくれたまえ。そのグラスに入っている飲み物を飲んだら100階に来てもらえないかい?」
「キョン君、わたしも早くシャンプーと全身マッサージをしてほしいです!」
「こうなったら強引にでも連れて行くわよ!あんたもさっさと飲み干しなさいよ!」
「やれやれ……体育会系の部活の飲み会じゃあるまいし、どうして一気飲みを強要されなきゃならないんだ?」
「大学でもバレーをやっていたんだから似たようなもんでしょうが!」
結局、青ハルヒ達に無理矢理連れ出され、100階でシャンプー&全身マッサージを強要された。少し遅れてハルヒ、有希、みくるも現れる始末。みくるがパーティで酔い潰れないうちにここにくるなんて今日が初めてだろうな。その後、作業を中断せざるを得なくなり、倉庫の方は進捗状況を青俺に伝えて終えることになった。

 

翌朝のニュースは一面が真っ二つに分かれた。『ついに開花!本来の直結連動型ゾーンで圧勝!!』といった見出しに、OG達がスパイクを放っているシーンがカメラに収められ、『収穫は多かった!?直結連動型ゾーンの応酬もラリーが途切れず!!』と俺が指示を出している写真が掲載されていた。VTRでもラリーが続いている様子が男女とも放映され、両方の監督のコメントと俺、妻、OG四人のコメントが流れていた。いくらなんでもバレーだけで尺を取り過ぎだ。女子日本代表の監督も「たった一晩で何があったのかこっちが聞きたいくらいだ」と話し、集中力を高めるトレーニングのことにも触れていた。テレパシーと影分身が集中力を鍛えるトレーニングになるなんて、第一人者の俺だって想定外だよ。しかし、「客席があんな状態でも撮影できるじゃねぇか」と思わせるほどのクオリティなら、容赦なく駆逐して構わないな。新しく調理スタッフとしてやってきた二人を迎え入れ、青有希の指示のもと調理が進められていく。しかし、コンビニ弁当を持って入ろうとする人間は閉鎖空間に阻まれるようにしたはずだが、どうしてここまで客が多いんだ?俺と青有希が抜けても五階でも調理をするスタッフを呼ばなきゃならんくらいだ。四階五階の客席もほとんど埋まり、同期をしてみたが80階の方も似たような状態か。催眠をかけた影分身で各テーブルに椅子を並べていったものの、五階ではどこ○もドアを通って異世界支部で朝食を食べている客もいた。各テーブルにジャムを置くような状態ではなくなってしまったな。「お好きなだけジャムを……」なんて看板をつけると、作ったものが一日で無くなってしまいそうだし、数種類のジャムの中から選択してスプーン一杯分だけ配ることにした。朝食を終えたら看板も作っておこう。ようやく現れた男子日本代表チームも社員食堂の様子に呆れかえっている。仕方なく食事中の客に相席を頼んではみたものの、高身長の男子日本代表選手たちと同じテーブルじゃ、悪意は無くても圧力を感じてしまうのは否めない。それでもそそくさと食べ終えて出ていくわけでもなく、優雅な朝食を味わっていた。
「どうやら、あなたの自家製パンのことが口コミで話題になったようですね。好きでやっているとは言ってましたが、供給より需要の方が上回ったらどうするつもりなんです?」
「パンとジャムくらいで話題になるほどのことでもないだろう。まぁ、カレーや熊肉料理みたいに、作るのがしんどいと思うようになれば、しばらく休むだけだ」
「くっくっ、いくら熟練したパン職人でも、サイコメトリーでこねた生地には敵わないよ。そのうち行列ができるんじゃないかい?」
「まぁ、四階は明日から男子日本代表の予約席にするつもりだ。そのプレートも置いてSPもつける。それよりも、今朝の新聞記事だ。客席に移動させてもあれだけの写真が撮れるんだ。しばらくはアナウンスをするが、それ以降は容赦なく敷地外にテレポートさせる。今日は圭一さん達が休みだし、人事部に古泉が付いてくれ。有希を含めた俺たち五人と青俺たち三人で午前中は旅行に出かけてくる。子供たちはそのあと試合にでるだろうが、午後からはダンスの振り付け師が来る。ダンスフロアは美容院にしてしまったからな。どこをダンスフロアにするかは任せる。俺は本体でフォーメーション練習と練習試合に出る。男子の方の監督からは何も言われていないし、試合に参加できるメンバーは女子の方に向かってくれ。レギュラー陣を鍛えるのと、OG五人には二軍メンバーを相手に集中力を鍛えるトレーニングになるはずだ。子供たちから不満が出ないように頼む。もうレギュラーメンバーが入れ替わってもおかしくないところまできているからな。涼宮社長、おまえからみんなに指示することはあるか?」
「そうね、あたしと古泉君、それにこっちの圭一さんは面接、その間も古泉君には電話対応をしてもらわなくちゃいけないし、こっちのキョンは倉庫で西日本のピッキング作業、有希は支給する料理作り、OG達は今日中に店長を決めて、本人に伝えておいて頂戴。それと異世界支部の81階でデザインを考えている二人は明日からデザイン課で仕事をしてもらうからそのつもりでいて欲しいのと、キョン達四人は影分身を駆使してるし、涼子も本体は食材の注文でしょ?明日の分はこっちの世界で注文しないといけないし、ビラ配りにそこまで人数は割けないから、できればビラ配りをOGの影分身に催眠をかけるから手伝ってもらいたいのよね。できれば、ヘリの運転は黄佐々木さんにお願いしたいんだけど……どう?」
ようやく社長らしくなってきたようだ。抜け落ちている部分はあるが、ほとんどの指示は今の発言で終えている。
「ダンスフロアは19階の美容院を元に戻す。美容院が必要になるのはドラマが終わってから」
「ダンスを覚えるくらい影分身で十分だわ!レギュラーメンバーを徹底的に鍛えるわよ!」
「ヘリの運転なら心配いらない。僕が二つとも引き受けるよ」
「ピッキングを終えたら明日の朝一番で倉庫に説明にいかないとな。作業場の方も梱包作業の説明は俺がやる」
「しばらくはわたし達の世界の分もこっちで注文しようと思ってるんだけど、安定してきたらこっちの世界と同じ会社に食材を運んできてもらいたいのよね。その交渉だけ古泉君に頼めないかしら?」
「分かりました。今日中に連絡を取っておきます。以後、朝倉さんから連絡が来ることも伝えておきましょう」
「すみません、わたし、今日は超能力の修行に集中させてもらえませんか?段ボールの方も足りなくなってくると思いますし、早く皆さんのように影分身ができるようになりたいんです!」
「わたしもお願いします!」
『それなら、みくるの代わりはあたしに任せるっさ!』
「みくるちゃんは駄目よ!午後からダンスの練習があるんだから、午後はそっちを優先しなさい!」
「分かりました」
食材の注文については、青朝倉から声がかかったからいいとして、まだ足りないものがある。
「涼宮社長、他には?」
「他!?他にもまだやることがあるっていうの!?」
「思いつかないなら俺が言ってしまうぞ?」
「ちょっと待って!今考えるから!」
「子供たちが早く海に行きたがっているんだ。そこまで待っているわけにもいかん。そこまで急ぐことでもないし、昼までに考えておけ」
 席を立って皿を片づけた俺の後を追うかのように子供たち三人が自分の皿をシンクへと運んできた。青ハルヒと青古泉が悔しそうな表情を見せ、他の青チームメンバーも考え込んでいた。社員食堂の朝食はピークも過ぎ、厨房に『日本代表専用』と書かれたプレートを用意して終了。青有希と調理スタッフ達は明日の朝食の準備にかかっていた。
「幸は水着に着替えて99階に集合。二人も99階で着替えるぞ」
『問題ない!』
男女の体育館にSPに化けた影分身を一体ずつ配置して残りはパンとジャムを作っていた。海では海水に浸ることになるだろうし、本体は練習の方に出るつもりだが、フォーメーション練習まで暇だな。異世界支部に足りないものが他にどれくらいあるのか探してくるか。
「ダメだ。黄俺の考えていることが分からん。ピッキングに影分身を送って、俺も99階に向かう」
「じゃあ、わたしも。みんなごめん」
「有希、あたし達も行きましょ。子供たちを待たせるわけにはいかないわよ!」
「問題ない」
「わたしも自室で段ボール作りをしてきます」
「私にも彼の言わんとしていることが何のことなのか良く分からないが、面接までには時間があっても、そろそろ電話が鳴りだす頃だ。人事部に向かうことにするよ」
「僕も電話対応をしながら考えることにします」
「仕方がないわね!ビラ配りをしながら考えるわよ!」
「おっと、考えるのは構いませんが、ビラ配りで気難しい顔は見せないでくださいよ?」
「あたしに任せなさい!」

 

「キョン、ここどこよ?」
水着に着替えた二世帯八人が集まり、まず移動してきたのはイルカの生息地。子供たちには一人に一つずつ図鑑を持たせていた。もう双子も平仮名なら読める。
「小笠原諸島だ。ここでイルカとご対面してからグアムにでも行って泳ぐ」
『キョンパパ、イルカ早く見たい!!』
要望に答えて閉鎖空間ごと水中へ。水中を移動しながらマグロの捕獲と同じようにサイコメトリーでイルカの居場所を探っていた。しばらくもしないうちにイルカを発見できたのだが……他にまわった方がいいかもしれん。
「気難しい顔をしてどうしたのよ?」
「イルカを見つけたんだが……太陽の光が当たらない深海にいる。照明をつけることもできないことはないが、驚いて逃げ出してしまいそうだ。どうする?他のイルカを探すか?」
「あんたがテレパシーで交渉すればいいじゃない!前にもそれで二人を背中に乗せてたでしょうが!」
「だといいんだがな。あのときと違って太陽の光が届かない場所にいる奴を明るく照らしていいものかど……」
「そんなの行ってみれば分かるわよ!さっさと向かいなさいよ!」
「へいへい」
閉鎖空間の面を照明のように照らすと、サイコメトリーで感知したイルカの元へ一直線。逃げだす前にテレパシーで交渉をすると、割とあっさりと受け入れてくれた。頭が良いのは知っているが、これがもし罠だったら簡単に捕まってしまうぞ。海面を群れで泳いでいるだけあって、閉鎖空間の照明程度なら大した刺激でもなかったらしい。
『(キョン)パパ、イルカ!イルカ!』
「イルカは分かったから、他にも感想はないのか?大きいとか小さいとか、色々あるだろう?」
『イルカ大きい!』
「図鑑で見るより、実際に見た方が見応えがあるだろう。よし、他の魚も探しに行くぞ」
『キョンパパ!わたしイルカに乗ってみたい!』
「それはちょっと無理だな。温水プールと違って凄く水が冷たいんだ。試しに壁を触ってみろ。温水プールとは全然違うことが分かるはずだ」
俺が壁に手をあてているのを真似して、三人も閉鎖空間の側面を手で触れると、すぐにその手を離した。
「どうだ?こんな冷たい水で泳ぎたいと思うか?」
揃って『うん、それ、無理!』とでも言うかと思ったが、三人で首を横に振った。
「よし、じゃあイルカに挨拶して他の魚を見に行こう。その後海で泳ぐぞ」
『あいさつって?』
「誰かに何かしてもらったときは何て言うんだった?」
『ありがとう?』
「そうだ。『イルカさん、ありがとう』ってちゃんと挨拶してからだ」
『イルカさん、ありがとう』
三人がイルカに向かって挨拶をしたのを見て、俺たちの前から去っていった。

 

『別にイルカに乗せるくらい、あんたならいくらでもできるでしょうが!』
『「水族館でイルカを見た!」なら説明がつくが「イルカに乗った!」なんてこの時期にそんな話をされたらクラスメイトも担任も保育士も混乱する。できないことだってあると三人にもインプットしておかないとな。「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところまで来なさい!」と言っているのと何ら変わりがない』
『あ~なるほど!』
『ぶー…分かったわよ』
俺たちがテレパシーで話をしている間に、子供たちは図鑑と目の前にいる魚たちを見比べていた。魚の名前が分かると互いに教え合って喜んでいたが、しばらくもしないうちにどうやら飽きたらしい。
『キョン(伊織)パパ、海で泳ぎたい!』
「その前に一つ確認をしておこう。海の水を飲むとどうなるんだったっけ?」
『……給食より不味い』
「それだけ覚えていれば大丈夫だ。泳ぎに行くぞ!」
ビーチを閉鎖空間で貸しきると、ハルヒ達が膨らませていた浮き輪に子供たちが興味を示し始めた。実際に空気を送り込もうと試みてはいるものの、一向に膨らまない浮き輪に、思わず三人の頬が膨れ上がっていた。ドラマの最終回ではないが、まだ泳ぐ練習を始めたばかりの三人にボートならまだしも、先ほどのイルカを模った遊具を使わせるには流石に無理がある。トラウマになりかねないからとハルヒ達に説明して海へと入っていった。
「キョンパパ、ちょっと冷たい」
「保育園でプールに入ったって言ったらみんな驚いてなかったか?プールも海も冷たくて当たり前だ。三人が泳ぐ練習をしているプールだけが特別なんだ。だから温水プールっていうんだぞ?」
俺の性格が冷たいみたいな言い方をされたが、語彙が少ないんだからしょうがない。浮き輪に乗った伊織の両手を引っ張って沖まで連れてくると、有希たちが同様に美姫と幸を連れてきた。あいつもプールや海に来てまで本を読んでいた時期とは比べ物にならんな。青有希の方は本の代わりにゲームで間違いない。
「キョンパパ!ハルヒママ、泳ぐの速い!」
「三人もしっかり練習したら、ハルヒみたいに速く泳げるようになれる。バレーと一緒だ」
「キョンパパ!泳ぐ練習したい!」
「じゃあ、このままバタ足で泳いでみろ。最後はまた三人で誰が一番速く泳げるか勝負でもするか?」
「問題ない!」

 

 波のせいもあり、勝負の結果、軍配はまたしても幸にあがった。一番沖にいた伊織が三位。納得がいかない双子から今夜も泳ぐ練習と勝負がしたいと約束を取り付けられたが、昼食前には戻ってくることができた。男子の体育館でダイレクトドライブゾーンの応酬を繰り返していた本体と妻が最後に現れて昼食。
「さて、考えた末、どんな答えが出てきたのか聞かせてくれないか?」
「一つ分かったら、あとはドミノ倒しのようなものだったわよ!清掃会社と提携を結べばいいんでしょ?それに、ホテルフロアのシーツや枕カバー、食堂の白い布もクリーニングに出さなくっちゃ。これでどう?」
「ダメだな。俺が考えていたものがあと二つ欠けている」
『あと二つも!?』
「明日来た社員が食堂よりもパンやサンドイッチの方がいいと考えた場合はどうする?それに、ランチタイムのスタッフが出揃ったところで、それ以降のアクションを起こさなければ、朝食も夕食も作れないだろ?そろそろ外してもいい垂れ幕があるはずだ」
「……悔しいですね。そこまでヒントを出されてようやく閃くとは。購買部に今日中に品物を揃えて、ホテルの宣伝をする準備が必要だというわけですか。今日中に提携を結んだとしても購買部に品物が揃うのは数日後ということになりそうです。あなたの仰る通り、そろそろ締め切ってもいいものも出てきました。昼食後、すぐにでも動くことにします」
「わたしは80階でいいの?黄キョン君のお母さんは?」
「俺の母親は朝食が本社の80階、ランチタイムは異世界支部の三階になる。青有希は朝食が本社三階、ランチタイムは異世界支部の80階で作ることになるはずだ。調理スタッフとして入ってきた人間に指示を出してくれ」
「あっ、そうだ!ビッグニュースがあったことを忘れるところでした!」
『ビッグニュース?』
「くっくっ、練習の段階からレギュラーメンバーが入れ替わっていたのかい?」
「それはまだ流石に……えっと、練習が終わった後携帯で見たんですけど、昨日のコンサートで古泉先輩たちが歌った『旅立ちの日に』の動画のアクセス数がWミリオンを超えていました!大画面を盗撮して載せているところもあるんですけど、そっちの方はコメント欄が炎上しています!」
「昨日ここでパーティをしている最中にUPする話があったはずだ。一日も経たないうちにもうそこまで広まったというのかね!?」
「古泉君!来週のチケットはどうなってるの!?」
「とっくに完売ですよ。三月のライブとコンサートについてもチケット業者に頼んでもいいのではありませんか?少なくとも、異世界の方は試合の日程が確定しましたからね」
「涼宮ハルヒ、ライブとコンサートの予定日を彼に知らせて都合を聞いてみて。問題なければ古泉一樹が動く」
「あたしに任せなさい!」
「それで、有希がアップした動画のコメント欄はどうなっていたんだ?」
「見た方が早い」
セリフと共にアイランドキッチンの上に縦長のモニターが現れた。携帯だけでは表示しきれなかったであろうコメントもギッシリと掲載されている。半分は曲に関するコメントだが、もう半分は『旅立ちの日に』を歌った三人に対してのもの。古泉とみくるは当然だが、二人と同程度と言わんばかりに妻に対するコメントが多数書かれていた。
「困ったわね。これじゃあ二人のネックレスを売ってくれなんて要望が押し寄せるわよ?」
「もしくは彼のデザインに関して著作権の件で電話がくるかと」
「安物を作られて、二人に渡したものがそれと同じ扱いを受けるのは癪にさわるな」
「キョン君の言う通りです!唯一無二のネックレスでないと、わたしも嫌です!」
「では、どちらも要望には応じないということで電話対応をしますが、よろしいですか?」
『問題ない』

 

 食べ物を持ちこもうとした奴は弾いたし、SPのアナウンスに従わなかった奴もテレポートした。それでも午後は……特に男子の方は荒れそうだな。明日以降、どこまで減るのか分かったもんじゃない。男子の方の体育館に足を踏み入れると、閉鎖空間で満員電車状態にしたかのように観客と報道陣が俺たちのコートを囲み、客席一つにつき二人座らされていると言わんばかりに押し合いをしていた。これ以上は無理だと諦めた連中が用意していた望遠鏡や望遠レンズを構えている。備えあればなんとかとは言うが、まったく、アホらしくて仕方がない。
『古泉、練習用体育館は今にも暴動が起きそうだ。喧嘩両成敗ということでどちらも出禁にするから、電話がかかってきたら頼む』
『体育館の方も似たような状況になりつつあるようです。青僕に頼んで第三人事部を別のフロアに作り直してみてはいかがです?』
『それも悪くない。ただ、負担が大きくなるのが古泉になってしまうぞ。仕込みの方は大丈夫なのか?』
『あなたに指摘されてから大分進めることができましたので、その点についてはご心配なく』
『じゃあ、すまんが、人事部の方を頼む。青古泉のOKが出たら第三人事部を作ってしまっても構わない』
『了解しました』

 
 

…To be continued