500年後からの来訪者After Future9-19(163-39)

Last-modified: 2017-02-27 (月) 02:12:37

概要

作品名作者
500年後からの来訪者After Future9-19163-39氏

作品

報道陣死傷事件からしばらく、またしても敷地外に蔓延る報道陣を追い出すため警官に扮した俺たちが報道陣を威力業務妨害で逮捕。催眠をかけておいた刑務所の人間に直接引き渡す運びになった。それがどういう形で現れるのか心配していた青ハルヒの不安もOG達のダイレクトドライブゾーンによってかき消され、その試合を受けて男女混合三枚ブロック対決の火蓋が切って落とされた。三枚ブロック破りとして零式スパイクを応用したフォームレススパイク零式を二人揃って披露。子供たちの水泳練習もバタ足からクロールにレベルアップ。一体いつまで付き合わされるのやら……

 

 社員旅行でできなかった楽団の全体練習日を迎え、今日の夕方までには楽団のオーケストラを聞きに来る学校に配布するパンフレットが出揃う。月曜日には教育委員会を含め、各中学校に配りに行けるだろう。毎朝恒例となりつつある行列も留まる気配が一向にしないどころか、ジョンの話によると早朝五時ごろから並んでいる客もいるとか。こんな時期にそんなに早起きをして不審者に襲われたり、仕事に影響したりしないんだろうかと思いながら厨房に立っていた。例の曲の歌詞通り、あんパン、食パン、カレーパンが出揃い、ジャムがあまり減らなくなったのが嬉しい悲鳴と言えそうだ。
「そういえば、デザイン課志望の社員の面接してたのよね?どうなったのか教えてもらえないかしら?」
「問題ない。こちらの社員の異世界人では無かったが、今日から出社予定。新戦力」
「この土日も電話対応で追われそうですよ。社員を集めて会議をするのはまだまだ先になりそうです」
「ねぇ、あんたが初めて会議を開いたとき、どんな話をしていたんだっけ?スーツでなくてもいいことの他に」
「ん?ああ、それなら、デザインに煮詰まったりすることもあるだろうから、いつランチタイムを取ってもいいってことと、無料コーディネートを毎月やるから、少なくとも一点我が社のデザインの服を着て欲しいこと、茶髪、ピアス、ネックレスOK……大体そんなことだったはずだが……ああ、社内部活についても話したが、結局どんなスポーツも部活結成の希望は出てこなかったけどな」
「こちらでも申請がない限りは部室のスペースを作るようなこともありません。その二点でよいのではありませんか?今、我々がなすべきことは少しでも早く有能な人材を集め、社員食堂の口コミを広げることです。でなければ、大画面も使えませんし、建物が邪魔で見えない部分も出てきますからね」
「そんなこと、あんたに言われなくても分かっているわよ!」
「ところで青古泉、電話対応は第三人事部まで使わないと間に合わないか?」
「取材の電話も大分落ち着いてきましたし、社員希望の電話を優先的に繋がるようにしていますから、そこまでの必要は無くなりましたが、何かあったんですか?」
「来週の火曜以降、しばらくこっちの第三人事部として使わせて欲しい。再来週の火曜以降もな」
『はぁ!?』
「そこまで荒れる程の電話が殺到するというのかね!?」
「ええ、女性からの問い合わせも多いと思いますが、おそらく男からの電話が多いはずですよ?」
「あ……なるほど、社員の精神的ストレスはないが……嫌な気分になるのは間違いないな」
「くっくっ、分かっていたこととはいえ、こうしてそのときが近づいてくると憂鬱な気分になってしまうよ」
「あんた達だけで話をしていないで、あたし達にも説明しなさいよ!」
「来週月曜日に何があるか考えてみろ!そしてその結果どうなるかもな!」
「まったく、そういうことですか。やれやれと言いたくなってしまいましたよ。ドラマの第七話の放送を受けて、下着の件で電話が殺到する。特に、黄朝比奈さんや涼宮さんの着ていたランジェリーについて男性からの問い合わせが来る。それで第三人事部をこちらの世界で使わせて欲しいという話になったんですね。確かに、人事部の女性社員が嫌な気分になりかねません」
『あ``……なるほど』
「女子高潜入捜査事件を提案したのは俺だからな。なるべく電話対応に影分身をとは思っているんだが……俺が練習を抜けると練習メニューを変えざるを得なくなってしまう」
「男女とも、対応としては『夏頃に販売する予定』だと説明するだけで済みますが、男性の場合は『なぜ男のあなたがそんな問い合わせをしてくるのか』と言いたくなってしまいますね。大方、自分の彼女、あるいは姉や妹が気にしていたと返ってくるでしょうが……僕もあまりそのような電話は受けたくありません。ですが、これは僕の失態です。あなたからその件を青僕に相談するよう頼まれていながら、一言も告げていませんでした。借りるのではなく、異世界支部のフロアをこちらの世界の第三人事部として使わせていただけませんか?もし、許可が下りれば、僕の影分身で電話対応にあたらせてください」
「事情が事情ですし、ホテルフロアとしてしか使う目的がありませんでしたから、新設していただいて構いません。配線等については黄僕に委ねることになりますが、よろしいですか?」
「では、異世界支部の16階をこちらの世界の第三人事部としてフロアを改装します。ありがとうございます」
「影分身で対応すればそれで済むし、古泉もそこまで気にしなくてもいい。圭一さんも電話対応は影分身に任せて本体は別の仕事にあたるか休んでいた方がいいかと。人事部の社員をどうするかについてもお任せします」
「なるほど、だが、いくら私や古泉の影分身で対応できるからとはいえ、その程度のことで社員に休日を与えるようなことはしたくはない。……ただ、キミの作ったパンを人事部の社員に届けてはもらえんかね?それだけでも十分士気は上がるだろう」
「分かりました。ですが、もう出社して社員食堂で並んでいる社員たちがいるようです。社員なら敷地外に並ばなくても済みますからね」
『もう出社してる!?』
「社員としての特権を有効利用したらしい。昨日からそれが目当ての社員が早朝から出勤して朝食を食べている」
「そんなの有効利用なんて言わないわよ!ただの職権乱用じゃない!あたしが行って文句を言ってくるわ!!」
「まぁ、待てハルヒ。俺も最初は似たようなことを考えたが、取材も拒否したのに報道陣が勝手に新聞記事に載せたせいで一般客が溢れ返っているんだ。並んでいる客全員にパンを配ることはできないし、いくらなんでも多すぎる。それに、俺の作ったパンで社員の士気があがるのなら安いもんだろうが。文句を言うなら報道陣の方だ。だがそれも、一昨日一網打尽にしたばかりだ。今はこれ以上動かない方がいい」
「……っとにも――――っ!これだけこてんぱんにしてもまだ分からないなんて!神経が図太いっていうより、ただのバカの集まりじゃない!異世界支部の今後が思いやられるわよ!まったく!」
「とにかく、そういうわけだから来週は宜しく頼む。ハルヒも今夜はライブなんだから、思いっきり暴れられればいいだろ?楽団の楽曲も決めなくちゃいかん。選曲は頼んだぞ?」
「……分かったわよ」

 

 ハルヒにはああ言ったが、平日でこんな状態なんだ。土日はこんなものでは済まないはず。日本代表は土日だって練習をしているし、出来ないことはないが、これが限界だと一般客の脳裏に焼きつけないとな。しかし、ライブと夜練以外は至って通常運行。今朝のニュースも『三枚ブロックに司令塔必須!?圧巻のフォームレススパイク零式炸裂!!』なんて見出しで俺や妻のフォームレススパイクを放つ場面が新聞に載っていたし、今日の練習は一体どうなるのやら。ただ、朝食を振る舞っているのを見られていることもあり、俺が練習に遅れて現れても文句一つ言われないのは嬉しい限りだ。
 フォーメーション練習に入ったところで男子の監督から練習メニューについての説明があった。昨日OG達にこてんぱんにやられた分指示無しでもダイレクトドライブゾーンの練習はしたいが、セッターの采配を出来るだけ読めなくする方も実践で経験を積ませたいらしい。確かに指示を出しながらダイレクトドライブゾーンをやっていては選手の反応が速くなることは一切ない。監督も悩みに悩んだ末、俺と妻以外の五人をセットが終わるごとに他のコートで練習中の選手と入れ替えるらしい。『しばらくの間は指示を出さないでくれ』などと言われるかと思ったが、同時に練習するのは不可能だと思っていたことを可能にする案が閃いたんだ。あとは徹底的に練習するだけになりそうだな。
「何コレ!?」
音楽鑑賞教室で演奏する曲を確定し、楽団員の衣装を選ばせていたSOS団黄チーム五人が、ようやくタイタニック号に現れた。叫び声の主は当然ハルヒ。既に完成したらしきパンフレットを握っている。楽曲が決定した時点で影分身に作らせていたらしいな。やろうと思えば、都や区の教育委員会に届けるくらいはできそうだ。
「とりあえず、三種類のパンの中から二つ選んでくれるか?ココアとシナモン、それにきな粉の三種類だ」
しばしの間をおいて五人がそれぞれ選んだものを皿に乗せて席に着いた。
「いやぁ、揚げパンとは懐かしいですね。パンの方もただのコッペパンではなくツイストさせているのは、パウダーをよりパンに付着させるため……で間違いありませんか?」
「ああ、今日は学校の給食を思い出させる昼食にしてみた。揚げパン、パンプキンスープ、温野菜サラダ、それに白身魚のフライだ。揚げパンはおかわり自由。三種類目も食べてみたい奴は取りに行ってくれ」
「黄キョン君、子供たちがいるときの方がよかったんじゃ……?」
「有希さんそれじゃ逆効果よ。ただでさえ給食が不味いって言っているのに、『学校の給食を思い出させる昼食にしてみた』なんて言われたら、子供たちが羨ましがっちゃうわよ。あの三人にはこのことは内緒ってことでいいかしら?」
「そうしてくれると助かる。双子が小学校に入学した後のことを考えていたら、月に一回は給食を作ってくれなんて言われそうな気がしてな。試しに作ってみたんだよ。因みに青有希、小学校の児童の人数知らないか?」
「えっと……全学年二クラスで、あの子のクラスも確か27人だったと思う」
「職員も入れると……大体350人分をキョン一人で作ることになりそうだね。月一回じゃ負担が大きすぎやしないかい?」
「俺もその話題が挙がらないことを祈っているよ。やることになったとしても学期に一回だな」
「柔らかくて、もちもちしててすっごく美味しいです!!こんなに美味しいの、いくつ食べても飽きませんよ」
「くっくっ、面白いことを思いついたよ。キョン、君に一つ提案があるんだけどね、パンフレットを各中学校に配布するのは火曜以降にしてくれないかい?」
「なるほど、英語科教諭兼バレー部顧問を演じているシーンを見せれば、そのまま授業に出てくれと言われかねません。部活にも参加してみてはいかがです?特に子供たちが進学するであろう中学校のバレー部を鍛え上げるチャンスかもしれませんよ?」
「英語科の教員が授業をしている最中に俺が教室に現れて授業をしろっていうのか?いくらなんでも無茶振りすぎるだろ!それに英語科の教員が自暴自棄になってしまうぞ。まぁ、行ったとしても、北高と子供たちが行くであろう中学校の二つだな。講演の依頼だけは御免被る」
「問題ない、サイコメトリーで十分。でも板書するときは筆記体ではなくブロック体にするべき」
「そのようですね。サイコメトリー一つで引き継ぐことができそうです。朝話題に上がったランジェリーの件はあまり気分のいいものとは言えませんが、あの一時間のドラマだけであなたへの依頼がどれほど来るのか、気になって仕方がありません。火曜の朝まで現状維持の閉鎖空間をつけておきたいくらいですよ」
「おまえ、打ち上げの料理やレストランのおススメの仕込みは終わっているんだろうな?」
「おススメ料理の終盤といったところです。今日中には終わらせることができるかと」
「フフン、あたしおかわり!」
『あ―――――っ!ずるい!!』
「問題ない。会議と言うより雑談に近い。わたしもおかわり」
予想はしていたが、ここに持ってきた揚げパンを全部平らげられてしまった。美味しいからおかわりというのは行動としておかしくも何でもないが、カレーの一件もあり、どうも嬉しい気持ちにならん。ついでに、シャミセンは揚げパンよりも白身魚のフライの方がいいようだ。

 

「キョン社長、今日の練習試合を終えて一言お願いできませんか?」
「フォーメーション練習の前に監督から練習内容を聞かされたときは驚きましたよ。采配を読んで世界大会では他国の選手になるべく読まれないようにするセッターのための練習と、司令塔無しで本来のダイレクトドライブゾーンの速さで反応できるようにするなんて二つ同時には絶対に出来ないだろうと思っていました。俺たち二人を固定して、セットが終わるごとに他のコートと総入れ替えをするなどという発想は浮かんできませんでした。セットの終わりを待っている間も、素人目では何もしていないように見えるかもしれませんが、選手たちはコースを読むことに集中していましたし、今後もこの練習を重ねていきたいと思っています」
「キョン社長、ありがとうございました」
こうして練習試合に出て、インタビューにまで応えていると俺たち二人が最後になるのが恒例になりそうだな。こっちはもう日が沈んでいるというのに、航海中のタイタニック号の方は以前として真昼間のまま。席について全員の顔を見回すと、やけに嬉しそうな顔をしている。何か朗報でもあったのか?
「みんな、どうかしたの?」
「我々の本社がまた一歩……いいえ、今回は二歩進展することができたんですよ」
「その進展内容が既にみんなに伝わっていて、俺たちだけ知らないってことか。追加10万部の依頼でも来たのか?それとも、垂れ幕の一つか二つ外せるようになったのか?」
「これは驚いた。どうやら、サイコメトリーでも、影分身や小型カメラで見ていたわけでもなさそうだ。どちらも正解だよ、キョン。ランジェリーのセット販売の影響で各社追加10万部。二月号も10万部欲しいと言ってきたところもあるって話だ。あとは僕が話すより、古泉君やこちらの圭一さんに任せた方がよさそうだね」
「今の段階で朗報と言ったらそれくらいしか思いつかなかっただけの話だ。ついでに取材拒否の垂れ幕も外したらどうだ?『いくら取材拒否と垂れ幕を下げても、こういう電話が鳴り続けるから意味がないと判断した』とでも言って切ればいい」
「やれやれ、すべてお見通しですか。二月号を10万部欲しいと依頼してきたのが二社、垂れ幕の方は、調理スタッフ、及びパート・アルバイトが出揃いましたので、二つの垂れ幕を外します。あなたの提案通り、取材拒否の方も外してしまいましょう。垂らしている意味がまったくありませんからね。取材がOKになったと勘違いする人間にはその返し方をすることにします」
「それで、二月号20万部はどうするつもりだ?明日にでも届けないと間に合わんだろう。OGやみくる達に作らせるのか?」
「ええ、今晩ジョンの世界で情報結合していただきます。足りない分を我々で補って明日の午前中には送り届けることになりそうです」
「とにかく!祝杯よ、祝杯!!あたし達の本社の発展を祝って、乾杯!!」
『かんぱ~い!』
まぁ、何はともあれ嬉しいことには変わりない。シャンパンを用意しておいてよかった。これ一杯分くらいならみくるも古泉も酔いつぶれることはないだろう。
「三人とも、今日はライブを見るぞ!水泳の練習は出来ないがそれでもいいか?」
『問題ない!わたしもダンス踊りたい!!』
「キョン君にお願いしたいことがあるんですけどいいですか?」
「内容によるな。青ハルヒがおススメ料理の火入れに入ってくれているとはいえ、夜練で意識の半分以上を費やすことになってしまう」
「食べ終わったら、二月号の製本作業に取り掛かりたいんです。古泉君が冊子を届けに行く直前まで、わたし達だけで何とか終わらせられるようにしたいんです。今日のライブの様子を撮影して、明日見せてもらえませんか?」
「そんなことをしなくとも、堂々とライブを見ていればいい。アンコールでENOZの新曲とダンスを踊ったとしても、それでもアンコールがかかりそうなんだ。ライブでも『旅立ちの日に』を歌って欲しいなんて観客もいるんじゃないか?そうなったら青みくるもステージに立つ必要が出てくるだろう。カバー曲もあるしな。20万部くらい、今のOG12人とみくる達、青圭一さんならジョンの世界にいる間に揃えられる。そこまで焦る必要はないし、それだけの実力がついている。焦って乱丁が出る方がよっぽど問題だ。心配するな」
「で、でも……」
「問題ない。影分身も含めて一度の情報結合で2500部作ることができるのなら、20万部くらい簡単に作れる。それに、彼の言う通りライブでも『旅立ちの日に』を歌うことになりそう。準備をしておいて」
「その頃には夜練も終わっている頃ですし、歌うことは可能でしょうが、演奏はどうするおつもりですか?これから楽団員を呼び集めるとでも?」
「そんなものハルヒのピアノだけで十分だ。元々そういう曲をオーケストラにアレンジしたに過ぎん。ついでにSOS団とENOZ全員で歌ったらどうだ?ハルヒも弾き語りなんて簡単だろ?」
「フフン、あんたも愛する妻のことをよく分かっているじゃない!でも、あたし達とENOZだけじゃ男声パートが古泉君一人になっちゃうわよ。あんたも入りなさい!」
「俺がステージ上に立ったら盛り下がってしまうぞ。古泉の持つマイクの音量を調節すればいいだろ?」
「くっくっ、キミが提案してきたんじゃないか。責任を持ってステージに立ちたまえ。僕は……アルトパートになりそうだね。楽譜をサイコメトリーさせてくれないかい?」
「わたしはソプラノを歌ってもいいかしら?人数が均等になるといいんだけど……」
「問題ない。最後のアンコールまでに決めておいて。それより、観客が入り出す前に音響の再確認する必要がある。該当メンバーは天空スタジアムに集まって」
「観客ならもう入り始めているぞ。俺たちの世界の天空スタジアムでやるしか方法が…」
「くっくっ、そんなことをしなくても観客が入れない閉鎖空間を展開するだけで済むじゃないか。特等席でキミ達の合唱を聞かせてもらうことにするよ」
「じゃあ、さっさと移動して音合わせするわよ!音外したらただじゃおかないんだから!」
『問題ない』

 

 やれやれ、後悔先に立たずだな。ライブでも歌ってくれと言われそうな気がして提案してみたが、まさか俺までマイクを持つ羽目になろうとは。楽譜をサイコメトリーせずとも、古泉、妻、青みくるから音程の情報が受け渡され、一度通して歌ってみたところ、有希が一発でOKを出した。バレーの試合と違い、ライブ中はまた別の意味で緊張しそうだな。バイクをちゃんと運転できるか疑問に思えてきた。ライブと夜練が同時に開幕し、敷地外にはチケットを奪い取られた報道陣が数名。青俺から全員にテレパシーが届き、連続盗撮未遂の現行犯でパトカーと護送車が二度目の出動。逮捕された全員が過去十数回に渡って内部に侵入しようと試みていたんだ。不法侵入未遂も罪状として加わりそうだな。一ヶ月は顔を見ることもないだろう。ライブで盛り上がったのはやはりカバー曲。古泉に化けた俺が照明に照らされたところで黄色い歓声があがり、バイクパフォーマンスとそれに合ったカバー曲で見事に会場全体を熱狂の渦に巻き込んだ。ENOZの新曲披露が終わり、いよいよダンス初披露の瞬間がやってきた。SOS団五人はライブ衣装のままマイク付きヘッドホン。バックバンドは普段着でそれぞれの配置についた。ステージが暗転している中、ダンス用の隊形に並んだSOS団五人にスポットが当たる。それだけで会場の大半が気付いたらしい。センターに立ったみくるがコールした。
「キョン君、ドレスチェンジ!」
バックバンドにも照明が当たり、巨大スクリーンには高々と上げた俺の腕が映っている。指の音は聞こえないが、中指が動くと同時に九人まとめてドレスチェンジ。踊り子の衣装を見た男性ファンと古泉の英国兵士の衣装を見た女性ファンが本日一番の盛り上がりを見せた。これを入れてあと二曲。派手に暴れてやる。巨大スクリーンには例の椅子に『犯罪』とまで言わせたみくるの上半身……というより殺人的な胸に焦点が当たっている。来週月曜には左右不規則に揺れるみくるの胸が全国に放映されることを考えれば、この程度で釘付けになってもらっては困る。どう反応していいのか分からなくなるぞ。ちなみに、今ギターを弾いているのは古泉の本体。ENOZが演奏している間に夜練が終わってステージ裏に来ていた。妻も最後の曲でステージ上に立つために待機中。残り五人は俺たち専用の客席でライブを観戦していた。みくるや佐々木も最後の決めポーズまで完璧に踊りきり、スタジアム全体が最高潮にまで盛り上がっていた。それでも、一部の人間は物足りないと言わんばかりにアンコールの声を上げ、次第に会場中に広がった。まったく、事前に打ち合わせしておいて良かったよ。
「案の定ですか。観客をガッカリさせて帰すわけにはいかなくなりました。演出はどうするんです?」
「コンサートと同じだ。まず、ハルヒが出てピアノをゆっくりテレポート。ハルヒが椅子に座ったら、古泉たちがマイクをもってステージに出る。そのあと歓声が少しおさまったところで、俺たちがまとめてテレポートする。照明はハルヒを追うようにしてくれ。古泉たちにはステージ上にテレポートしてから一斉にあてる」
「客をこれ以上待たせるわけにはいかないわ!さっさと出るわよ!」
『問題ない』
コンサート同様、指揮者としての衣装にドレスチェンジしたハルヒがステージの端から歩いてくる。たったそれだけの行動で、「待ってました」といわんばかりに拍手喝采。グランドピアノがステージ上にその姿を露わにしていく。先週のコンサートと同じ衣装にドレスチェンジした古泉と、踊り子の衣装からさもドレスチェンジしたかのように見える青みくる、こちらもコンサートと同じ衣装を身に纏った妻の三人が暗転したステージへとテレポート。ENOZのコンサート用衣装はないし、踊り子の衣装を少しでも観客の眼に焼きつけた方がいいとはいえ、迷彩服で出なくちゃならんのか?俺は。ったく、年越しパーティのときの衣装にドレスチェンジしてしまいたいが仕方がない。古泉たち三人にスポットライトが当たったようだ。会場全体が一気に湧いた。一日も経たずにWミリオンを突破しただけのことはある。
「さて、俺たちも行くとするか」
「くっくっ、自分が出たら盛り下がると言ってなかったかい?ようやくキミにもやる気が出てきたようだね」
「諦めただけだ」
ステージ上に立った三人に加えて、そのままの衣装で俺たち九人がテレポート。青みくる、ハルヒ、朝倉、榎本さん、中西さんの五人がソプラノ。アルトは妻、有希、佐々木、財前さん、岡島さん。そして、男声パートが古泉と俺。俺が盛り下げているわけではないことだけははっきり言っておくが、次第にスタジアム内が静まり返り、ハルヒのピアノが奏でられるのを待ち望んでいた。ようやくハルヒの指が動きだし、ライブの最後の曲が始まった。この曲で終幕というのもどうかと思うが、観客の要望なんだからまぁいいだろう。曲に酔いしれたり、俺たちに合わせて口ずさんでいたり、どうしてだか女性客のほとんどが祈りを捧げるかのように手を組んでいたり。人数的に男声パートが不利かと思いきや、マイクの音量を調節しているわけでもないのに、この5:5:2の比がなぜか丁度いい。来月はジョンも巻き込もうと思っていたがこれで収まりそうだ。曲の終わりと共に全員で一礼して暗転。ライブ終了を告げる会場全体の照明が観客を照らし、透明になっていたスタジアムも元に戻っていた。ライブの余韻に浸るかのように、その場で動かずにいた観客も多く、ライブとしては大成功と言えそうだな。

 

『キョン(伊織)パパ、わたしもダンス踊りたい!!』
ライブ終了後から今朝に至るまで何度聞いたか分からん。とりあえず、
「今日の午前中はダンスの練習をして、午後はバレー、夕食後は水泳だと散々話しただろ?」
『早く踊りたい!!』
「わたし達も練習して早く覚えないと……」
「そうですね。子供たちに負けていられません!」
「わたしももっと練習して忘れないようにしないと……」
「僕も影分身で混ぜてもらえないかい?夏以降は僕が踊ることになりそうだからね。一人で練習するというのも寂しいし、仲間に入れてくれたまえ」
「それなら、わたしも入れてもらおうかしら?大分安定してきたけど、この土日で社員食堂にどのくらい人が来てくれるのか不安なのよね。他のことに集中いた方が気楽でいいわよ」
「古泉君、大画面には何が映ってるの?」
「社員食堂の一般利用とホテルのオープン日について、それと取材、及び番組取材拒否の三つです。80階に社員食堂があることも明記してありますから、朝倉さんがそこまで気にしなくとも景色を眺める客で埋まるはずですよ?垂れ幕は社員募集のものと、デザイン課社員募集のものが大画面の左右に垂れ下がっているだけです。二月号の追加発注についても午前中に届けることができそうです。僕もあんな短時間で20万部用意出来てしまうとは思いませんでした。朝比奈さん達もそろそろ影分身が可能なのではありませんか?」
「彼女たちに比べたら、私はまだまだかかりそうだ。冊子の大半は彼女たちが用意したものだからね」
「しかし、異世界支部で二月号の追加発注があったにも関わらず、こちらでそれがないのは妙ですね……」
「くっくっ、全国に440万部も広まったんだ。二月号を購入している客が多いだけさ。妙でも何でもないよ。ところで、昨日歌った旅立ちの日には動画サイトにUPしたのかい?他のメンバーはまだいいけれど、キョンの迷彩服だけは異様な空気を醸し出していたからね。次からはドレスチェンジすることをお勧めするよ」
『ぷふっ!』
「動画サイトにUPしたのはダンスのみ。新作ダンスの方に意識を向けさせるため。それに、昨日は観客のアンコールに応えただけにすぎない。これ以上載せる必要はないと判断した」
「ったく、三月のライブも似たようなことになりそうだ。ドレスチェンジする衣装をそれまでに考えておく」
「あら?折角裕さんの提案で、デザイン課が衣装を用意したのに、それを無視するつもりじゃないでしょうね?」
「どうして殺気がまた漏れ出すようになったんだおまえは!単純にそのことを忘れていただけだ。次のライブまでには、その中から決めておくことにする」
「あんたが本社中に広がるくらいの殺気を放ったからでしょうが!自分でやったことを忘れてんじゃないわよ!」
「殺気と言えば、将棋の方はどうするんです?未来の黄僕にも連絡を取る必要がありそうですが、僕はもうしばらくは参加できそうにありません」
「わたしも来週から忙しくなりそうなのよね。デザインも大分揃ったしそろそろ撮影させてもらえないかしら?異世界の方は、長門優希、佐倉玲子、鈴木四郎もモデルとして加えたいのよ。こっちは同じデザインでこの子たちに着てもらうつもりだけど」
『私がモデルですか!?』
「スリーサイズもはっきり明記するわ。六人とも周りに知られても恥ずかしくない体型になっているから心配はいらないわよ。裏表紙も異世界の方は涼宮さんだけど、こっちはあなたの誓いの口づけのシーンで決まったわ」
本人の承諾なしで決めたのか、おい。って、高校生時代のハルヒも似たようなもんだったか。
「やれやれ、せめて夕食時に言って欲しかったな。異世界の社員食堂の件じゃあるまいし、司令塔として機能しなくなったらどうする!もっとも、休みなのに出勤してるこっちの社員もどうかと思うけどな」
『休みなのに出勤してる!?』
「ああ、黄キョン先輩のパンが狙いってことですね。でも、他の課は良くても第一人事部で影分身が使えないです」
「そこまで人気が出るのなら、我々の世界の本社でも鈴木四郎として厨房に立ってもらいたいくらいです。敷地外を透視してみましたが、コンサートやライブのときとほとんど変わりがありません。一月もしないうちに、他のチェーン店が撤退してしまいそうですよ」
「ならランチタイムになったらそっちに行こうか?券売機のメニューを変えておいてくれればいい」
「あんた、また自分の負担を増やしてどうするのよ!バレーの練習に出られないでしょうが!!」
「言っただろ?影分身を持て余しているんだ。それと、このままじゃバレーの練習に出られないのはコイツの方だ。フォーメーション練習までには何とかするから、それまでの間頼む」
『ムププ……問題ない』

 

 子供たちのダンスの練習はみくる達に任せておけばいいだろう。本体は妻を連れてタイタニック号内の客室へと移動。靴も脱がずにベッドに横になって抱きしめていた。
「もう、強引すぎるよ……」
「なら戻るか?朝食も途中だったしな」
「嫌。しばらくこのままがいい」
ようやく妻の方からも腕をまわして抱きついてきた。まったく、この細い腕のどこにこんな力があるんだか。司令塔として男子と一緒に練習するようになって、もう数えきれないほど男子のスパイクを受けているが、平気でレシーブしているからな。今朝の新聞も、ホテルのレストランに入れる二社以外は、コイツを含めた六人の記事になっていた。TV番組に出ている芸能人より話題になっていてもおかしくない。
「ねぇ、キョン。ハルヒ先輩やみくる先輩たちのことなんだけど……」
「先に言っておく。あれは俺が指示したものでもないし、俺の好みでも何でもない。本人がそう決めただけだ」
「私、まだ『ハルヒ先輩やみくる先輩たち』としか言ってないよ?」
「ハルヒとみくるが並べば大体の想像がつく。どちらのみくるもハルヒ達を見てどっちがいいか、俺に聞いてきただけに過ぎん。俺は『どうするかは自分で決めればいい』と言っただけだ」
「そっか。私はどうしようかな……」
「自分で決めろと言いたいところだが、このままじゃ69階と100階にいるメンバー全員、ハルヒと同じになりそうで怖い」
「そうなったら、キョンはどうするの?」
「呆れ果てはするだろうが、元々俺が言い出してみくるに言いふらせと命令したせいだからな。これまでと変わらん。妻が困っていれば、こうやって抱きしめる。なるべく要望に応えてやる。それだけだ」
「じゃあ、時間が来るまでこのままでいさせて」
「お安い御用だ」

 

 半分冗談のつもりだったんだが、青ハルヒと青古泉が俺の言葉を真に受けたらしく、ランチタイムのメニューにパンが追加されていた。そのうち同じ看板をもう一つ情報結合することになりそうだ。昨日の昼食で用意した揚げパンも加わり、異世界支部の社員食堂には芳醇な香りが広がっていた。調理スタッフにも、試食というには多すぎるくらいだったが、俺たちの世界と同じように振る舞っておいた。少しでも口コミが広がればそれでいい。基本のレシーブ練習が終わる頃には妻もようやく落ち着いてフォーメーション練習から参加。司令塔としての経験を積んでいった。朝食の残りも昼食と一緒に平らげてしまったし、問題ないだろう。
「凄い食欲……キョン先輩の顔を分けてもらったんじゃないの?」
「顔は変えられても、食べられるわけがないだろうが。それより、午後はあんまり暴れ回るなよ?これ以上、報道陣にネタを提供するわけにはいかん。来週末からまたレストランに報道陣が増えるしな」
「まったく、今年だけは二月を三十一日までにしてもらいたいくらいです。あなたに言われるまで、そのことを失念していましたよ。しかし、火入れの影分身を割けるほどの余裕がありません」
「影分身に三ヶ所同時に見張らせるし、ここまで延長されてこれ以上追い出されるようなことをすれば、間違いなく解雇だ。まぁ、俺たちには関係なく、その会社だけもう一ヶ月延長が確定するがな」
「それもそうね。それよりあんた、顔が変えられるのなら、まずその間抜け面を何とかしなさいよ!」
『ブッ!!』
『あっはははははははははは!こっ、これは傑作にょろ!そういう意味で捉えてなかったっさ!でも、今から整形しても、もう遅いにょろよ!全国どころか世界中にこの顔が浸透しているっさ!あはははははははははははは……』
「……それで、鶴屋さん達は月始めは家の方に戻るでいいんですよね?」
『くくくく……そうにょろね、一日の朝食だけお願いしたいにょろ!でも、夕食はいらないっさが夜にはこっちに戻ってくるにょろよ』
「では、こちらの新川さんには僕の方から伝えておきましょう。しかし、暴れるなとはおっしゃいますが、そろそろバレーの方にも出させていただけませんか?涼宮さんも、よければご一緒にいかがです?」
「ん~~~あたしはもうちょっと安定してからかな。ビラも作りなおさなくちゃいけないし」
「では、異世界支部の人事部には僕が入りましょう。こちらの方は社員も帰ってしまったようですし、圭一さん一人で第二人事部まで占領できるくらいですから」
「なぁ、ハルヒ。社員を集めるときは、会議室じゃなくて天空スタジアムにしないか?」
「どうしてそうなるのよ!?」
「『鈴木四郎の規格外のパフォーマンス』として天空スタジアムからの絶景を見せる。いくらなんでも野球の試合前には社員が出揃う。約束したとはいえ、社員になら夜景を見せたっていいだろ?ハリウッドスター達と約束を交わしたのに、俺たちが今ここで食事しているのと変わらん。試合当日もハルヒが閉鎖空間の条件を変えるよりも、黄俺に任せた方がいい。パフォーマンスの場が少ないし、番組出演するわけにもいかん」
「夜景を見せるのはいいけど、何時会議を開くつもりよ!?」
「そういうことでしたら、定時の30分前が妥当です。まだ日の入りも早いですし、その頃には夜景が楽しめる時刻になっているかと。そのまま帰宅して構わないと告げれば社員も喜ぶはずですよ?」
「んー…仕方がないわね。あんたの案に乗ってあげるわよ。あたし達の本社が発展するなら何でもいいわ!」
もうちょっと素直に受け入れられんのか?コイツは。青俺もこれぞハルヒだと言わんばかりに、嫌な顔ひとつ見せることなく黙々と昼食を食べていた。これが過去俺なら間違いなく愛想を尽かしているところだ。
「ところで、一つ気になっていたんだけど……この船、いつニューヨークに着くのかしら?」
「明日の夕食時に到着するよう微調整中。ニューヨークに到着次第、祝杯をあげる」
今夜もコンサート後は打ち上げがあるし、最近酒を飲んでばかりな気がするが、先月は圭一さんやエージェント達が古泉の酒を飲む姿を見て羨ましいと思っていたとか話していたし、良しとするか。

 
 

…To be continued