Crazy Rendezvous (144-177)

Last-modified: 2011-07-04 (月) 11:54:24

概要

作品名作者発表日保管日
Crazy Rendezvous144-177(◆1/dtGJfhU6.F)氏11/07/0411/07/04

作品

 ――おい。
「……」
 おいって、なあ。
「何」
「さっきから何度も言ってるが、無免許運転はれっきとした犯罪だと思うんだが?」
 深夜の高速道路を無謀なスピードで走る車の中、助手席のシートにしがみつきながら、俺は
運転席に座っている奴に対し、今日何度目になるのか解らない説得を試みていた。
 気怠そうにハンドルを握っているそいつは、別に興奮しているわけでも、変な薬を打って高
揚状態になってるって感じでもなく、 平然とした様子で俺の苦情を聞き流している。
 一つ間違えば、明日の朝刊に無残な車体の写真と十数年余りの簡単な経歴が掲載されて終わ
りにされかねないこの状況に対して、その平然とした様子はただ不気味だ。
「とにかく、とりあえずスピードを落とせ」
 話はそれからだ。
「何で」
「危ないからだ。警察に捕まるならまだいいが、事故でも起こしたらどうするんだ? 仮に、
お前がもしそれでもいいって思ってたとしてもだ、事故を起こされる相手はそうは思ってない
だろうし、もちろん俺も思ってな」
「起きないわよ」
 俺の言葉を遮った退屈そうな声。
 ……は?
「事故なんて起きないわよ」
 いつからお前は天才ドライバーになったんだ。
 この車に魂でも吹き込んだってのか?
「違う。あたしが運転してるんだから、事故なんて起きないのよ。絶対にね」
 それは、そいつが普段から発しているのと同じで無意味なまでに強気な発言だったのだが、
驚く事にその声にはまるで力がこもっていなかった。
 ……なあ、いったい何があったんだよ。
 喋りたいから俺を呼んだんだろ?
「別に、何もないわ。これまでも、これからもね」
 駄目だ……会話にならん。また説得失敗、だな。成功率は数点以下も含めて0ではないかと
思えてきたぜ。
 既に振り切っているスピードメーターと、前方から後方へと次々に流れていく車両から目を
閉ざし、俺は軽くシートを倒した。
 ――これは、全部俺が見ている夢、というか悪夢。そう思いたかった。
 夢判断にでも持ち込めば、さぞかし難解で鬱屈した精神状態だと診断される事だろう。
 しかし、無理な車線変更を繰り返す度にかかる身体への負荷や、後ろから聞こえてはすぐに
小さくなるクラクションの音が、これが現実なのだと無常にも教えてくれていた。
 いったい何なんだ? これは。
 背もたれに体重を預けたまま薄く瞼を開けると、運転席に座り高速道路の照明に照らされて
は影の中へと消える――ハルヒの顔が見える。
 さて、俺が何故ハルヒの運転する暴走車両に乗車しているのかと言えば……だ。
 速度超過、信号無視、無免許運転、あとついでに俺に対する拉致監禁が一時間以上続いた今
もな、その理由は謎のままだ。
 これまでの経緯を手短に説明するから、対応策が思いついた奴は至急俺か長門まで連絡して
頂きたい。
 事の始まりは、そう。数時間前になった、一本の電話だったんだ。
 
 
 テレビを見ながら夕飯を食い、宿題を片付ける前にすっきりしようと思ってシャワーを浴び、
着替えを終えた頃にはもう色々と面倒になり、宿題なんて明日の朝にやればいいさとベッドに
潜りこむ……ここまでは、普段の俺の日常だった。
 しかしベッドに入った直後、眠りにつこうと瞼を閉じていた俺を、携帯の着信音が呼び覚ま
した。
 ……誰だ、こんな時間に。
 相手が朝比奈さんだったら、今夜はいい夢が見られそうだな……もし古泉だったらという可
能性を意図して無視しつつ携帯を手に取ると――
 着信 涼宮ハルヒ
 明日は休み……じゃないよな、今日は月曜だし。
 いまいち覚醒していない頭を描きつつ、受話ボタンを押した。
「キョン、今すぐ外に出て待ってなさい。いいわね?」
 ……それが幸いなのかは解らないが、俺は返答に迷うことはかった。何故なら、ハルヒはそ
う言い切るなり電話を切りやがったからだ。
 あいつ、今度はいったい何を思いついたんだ? ……っていうか、まるで驚きもしていない
自分が少し嫌だ。
 通話時間三秒という表示を暫く眺めた後、渋々俺は着替えを始めていた。パジャマ姿のまま、
無理矢理外に連れ出されるのは御免だからな……。
 適当に着替えを済ませて外に出ると、夏にはまだ早く人通りもまるで無い深夜の住宅街は静
まり返っていて……ん? 何だ。
 静寂の中に聞こえてきたのは車のエンジン音らしき騒音で、その音は時間が経つにつれて徐
々に大きくなっていった。
 暴走族か何かだろうか。何も、こんな道幅の狭い住宅街で暴れなくてもいいだろうに。
 どうやらこちらへと向かってくるらしいそのけたたましいその音は、やがてハイビームの光
と共に路地の先から姿を現し……我が家の前で派手なブレーキ音と共に停車した。
 えっと……な、なんだ?これ。
 その車は、所謂暴走行為を趣味とする人が好むような空気抵抗を過剰に意識したような車高
だったり、接触した際に大ダメージを与える事を狙った様なマフラーを付けている訳でもなく、
ごくごく普通の主婦が好みそうなデザインのワンボックスカーだった。
 玄関先で立ったまま、ついさっきの暴走とこの車との関連性を考えていると、助手席の窓が
小さなモーター音と共に下がっていき……おい。
「乗りなさいよ」
 運転席から聞こえてきたハルヒの声に、俺はただ頭を抱えた。
 確認しておくぞ? 当たり前の話だが、俺もハルヒもまだ免許を取得出来る年齢ではない。
「何ていうか、常に俺の想像の斜め上を行く奴だなお前は」
「さっさと乗りなさい」
 車の中は暗くて顔は見えないが、とりあえずハルヒの声は落ち着いている様に聞こえた。
 お前こそ降りろ……って言って聞く奴でもないし。
「あ~その、ハルヒ? とりあえず色々と言いたい事はあるんだが」
「だったら車の中で言いなさいよ」
 いや、そうじゃなくてだな。どう言えばこいつを穏便に車外へ出せるのかと、立て篭もり犯
を相手にする警察の様な気分を味あわされていると、さっきの音に気づいたらしい近所の家々
に電気が付き出した。
 やれやれ……このまま外でハルヒを説得するか、車の中で説得するか。どちらかを選ぶしか
ないんだろうな、これは。
 どちらにしても最悪なら、せめて人目につかない方がいい。そう判断した俺は、渋々助手席
に乗り込み――
「じゃ、行くわよ」
 シートベルトも締める間もなく急加速を始めた車の中で転がりながら、俺は自分の選択を早
々と後悔していた。
 
 
 これまでの経緯は以上、だ。
 安全運転の対極に位置する様なハルヒの運転で、一つも事故を起こさないままここまで来れ
たのは、今が深夜だって事と、単に運がいいからだろう。
 とっくに深夜を過ぎて夜明けに近づいているだけあって、車道には数えるくらいしか車が走
っていない。
 とりあえず、対車両の事故は免れられそうだが……オービスにはことごとく引っかかってる
だろうし、バックミラーに赤い光がいつ見え始めてもおかしくはない。
 長門か古泉に相談したいとこだが、こうも近くにハルヒが居てはそれも出来ないし……やれ
やれ、もうどうにでもなれだ。
 自暴自棄、というより諦めに近い溜息をつき、俺は車のラジオをつけた。演歌、外国語教室、
ラジオショッピング……普段ラジオを聴かない俺が言うのもなんだけどさ、深夜の時間帯はも
うちょっと眠気を醒ましてくれそうな内容を流せよ。
 誰に言えばいいのか解らない苦情を飲み込みつつラジオを消すと、聞こえるのは路面を走る
タイヤの音だけになった。
 それはそれで苦痛じゃなかったんだが、何となく口は開いていて
「……ハルヒ」
「何」
 最初から気になってはいたんだが
「今、何処に向かってるんだ?」
「別に。目的地なんてないわ」
 だろうな。
 適当にそう返事を返すと、
「……何でそうだと思ったのよ」
 その問いかけには、少しだけだが退屈以外の感情が含まれている気がした。
「ナビはずっと切ったままだし、お前、案内標識全然見てないだろ」
 さっき擦れ違いざまに見た標識に横浜と書いてあった様な気がしたんだが……多分、俺の見
間違いだろう。そうだと思いたい。
 俺の視線を追った後、
「あんた、どこか何処行きたい場所ってある」
 ハルヒはそう聞いてきた。
 もちろんあるぞ。
「何処よ」
「我が家」
「却下」
 そう言うだろうとは思ったが、少しは審議する振りくらいしろよ。
「上告してもいいか?」
「棄却するわ」
 何ともまあ、我ながらくだらないやりとりだが、まあ無言よりはいいか。
「なあ」
「言っとくけど、止まれって言っても無駄だからね」
 そいつはもう知ってるよ。
「あれって何だと思う?」
「あれって、どれ?」
 あのビルの左に見える、ほら、あのでかい丸い影。
 市街地の明かりに浮かぶ丸い影を指差すと、
「都市ガスのコンビナートよ、確か」
 じゃあ、その上で光ってる赤い光は?
「飛行機とかに、障害物があるのを知らせてるんじゃない?」
 ほぉ……ハルヒは賢いな。
「あんた、人を馬鹿にしてない?」
 ご想像に任せる。
「……ねえ、キョン。あの変な観覧車がついてるのって何?」
 観覧車? ああ、あの無駄に照明がついてる建物か。
「そう」
「あれはラブホテルだろ」
 多分。
「……」
 何だよ、そのにやけ顔は。
 っていうか、運転手は前を見てろ。
「どうしてあんたはあれがラブホテルだって解るわけ?」
 ちゃんと看板にホテルって書いてあるだろ?
 あんな派手なビジネスホテルがあってたまるか。
「ふ~ん、まあそういう事にしておいてあげるわ」
 そいつはどうも。
「……あ、あんたってさ」
 ん?
「行った事って……あるの?」
 何処へ。
「……だから、その」
「ああ、都市ガスのコンビナートか?」
 違うっ!
「ラブホテルなら行った事はないぞ」
「そ、そう……」
 それと、
「コンビナートも行った事はないぞ」
「そっちは聞いてない」
 妙な顔で笑うハルヒを見ている内に、自分の頬まで緩むのを感じる。相変わらず暴走車の中
に居るってのに、余裕だな……俺。
「で、お前はあるのか」
「何の事?」
 行った事はあるのか、って聞いてるんだよ。
「あっ、あ、あるはずないじゃない! 馬鹿!」
 その割には詳しそうだが。
「全然詳しくなんてないわよ、全然。……ざ、雑誌の特集とかで、ほんのちょっとだけくらい
なら見た事はあるけど」
 お前、随分マニアックな雑誌を読んでるんだな。
「えっ?」
「俺はコンビナートの話をしてたつもりなんだが……お、おい馬鹿! ハンドルから手を離す
な!? 物を投げるなって!」
「ううううっさい! この馬鹿キョン!」
 ――これが深夜のテンションって奴なんだろうな、多分。その時、俺がハルヒと話したのは、
後になって思い出せば何が面白かったのかも解らないくだらない話題ばかりだった。
 他人が聞けば、まず薬物かアルコールを疑うに違いない。
「いいわ。こうなったら、どっちが先にラブホテルに行くか勝負よ!」
 何がどうなればそんな話になるんだよ……。
「ん、それって一人で行ってもいいのか?」
「駄目、二人かそれ以上だけ。もちろん同性同士もノーカウントだからね」
 だったら、俺とお前で行った場合はどっちの勝ちなんだ。一応、性別で言えば男女だろ。
「それは……って何考えてんのよ、この馬鹿っ! エロキョン! 変態!」
 痛っ! 変態も何も、そもそもお前が言い出した勝負だろうが!
 ――何が面白かったのかも解らないくだらない話題ばかりだった――はずなんだが、俺もハ
ルヒも何時になく素直に笑っていた気がした。
 信じがたい事だが、多分……SOS団のみんなと一緒に居る時よりも。
 
 
 ふと気がついた時、フロントガラスの向こうにヘッドライトに照らされた車道は見えず、代
わり静止して見える夜空が広がっていた。つまりは車は止まっていて、どうやらサービスエリ
アの様な場所に止まっているらしい。
 窓を開けてみると、殆ど車が止まっていない駐車場は静まりかえっていて、遠くから聞こえ
る車の音と、早朝を間近に控えた冷たい空気が車内へと入ってきた。
 ……ああ、どうりで。
 さっきからやけに静かだと思えば、運転席に居たはずのハルヒの姿がない。
 一瞬、長門か古泉に連絡を取るなら今だとも思ったんだが……何となくそうする気になれな
くて、俺は一度は取り出した携帯をまたポケットにしまった。
 
 
「よ、何してるんだ」
 探すまでもない、ハルヒはあっさり見つかった。
 サービスエリアの端に巡らされた柵にもたれ、一人で夜空を眺めているらしい。
 返事が無いので、とりあえずハルヒの隣にもたれてみる。普段はあまり空を見上げたりはし
ない……というか、街中では殆ど星らしい星は見えないのだが、朝焼けを前に闇が薄らいだそ
の空には淡い光を放つ星が疎らに輝いていた。
 何か星座の一つでも見つけられないかと思ったが、考えてみれば俺は夏と冬の三角形くらい
しか星座の知識など無かったのを思い出し、やめた。
「……」
 ハルヒは時折俺に視線を向けるだけで、何も言わないでいる。
 ……ま、別に無理して何か話さなくてもいいか。
 もうすぐ朝が来て、今日も学校だ。それまでには何とか家に帰らないと……っていうか、親
に電話の一つでもしておかないとまずいか。現時点の成績不良っていう評価に、この上素行不
良まで追加されたら、ただでさえ低迷中な俺の経済情勢がより悪化する事が懸念される。
 携帯を取り出して自宅の番号を探していると、
「誰にかけるの? 古泉君、それとも有希?」
 ようやく反応したハルヒが、真面目な顔で俺を見ていた。
「家だ」
「あっそ」
 考えてみれば、家族はみんなまだ寝てる時間だな。夜に出かけて朝まで連絡をしない事と、
早朝に電話をして起こす事ではどちらが親の機嫌を損ねないで済むだろうか。
 まあ、どっちもどっちだろうとは思うが。
 多少迷ってから、結局電話しない方を選び、俺は携帯をポケットにしまった。
「かけないの?」
 ああ。もう少し後にする。
 結局かけないままになる気もするが。
「本当は二人に電話したいんでしょ? いいわよ、別にそうしても」
 あのなぁ……。
「こんな時間に電話して何を話せって言うんだよ」
 安眠妨害にも程があるぞ。っていうか何で古泉か長門限定でそう思うんだよ、俺はどうせか
けるなら朝比奈さんがいい。
 ハルヒは暫く俺の顔を眺めた後、何も言わないまま、車の方へと戻って行った。
 また無免許運転に付き合うか、それともここから自力で家に帰るか。一応、選択権は俺にあ
るらしい。
 ま、古泉に電話すれば帰る事は出来そうだよな。それが一番無難な選択肢だって事は間違い
ないだろう。
 そう考えつつも――俺はその選択肢を選ばないんだろうとも思っていた。
 理由? さあ、自分でもよく解らん。
 
 
 降りた時と同じ場所にあった車のドアを開け助手席に乗り込むと、当たり前の様に運転席に
居たハルヒは車のエンジンをかけ…………えっ?
 その時、ハルヒの手は車の鍵を持っていた訳でも、何かコンソールを触っていたわけでもな
く、両手はずっとハンドルに添えられたままだった。それなのに、エンジンはかかったのだ。
「お前、今のどうやって……」
 まるで俺の質問に答える代わりみたいに、今度は車のヘッドライトが点灯した。さっきと同
じ様に、ハルヒは何もしていない。
 俺の理解を置いていくみたいに、ゆるゆると車が前進を始め……徐々に加速しながら本車線
へと合流していく。
 呆然とする俺を乗せた車が流れに乗った頃、朝靄と暗闇の混じった路面を眺めながら、
「キョン。あんたも、あたしに願望を実現する力があるって……知ってたの?」
 ハルヒがそう言った言葉を理解するまでに、俺には数秒の時間が必要だった。
 意外にも程がある発言に固まる俺を見てどう思ったのか、ハルヒは退屈そうに首を小さく横
に振り
「……そっか。あんたはただ、みんなの正体を知ってただけ……か」
 また俺の心臓を凍りつかせる台詞を吐きやがった。
 おい、ハルヒ。
「正体ってのは何の話だ」
 この時、自分の声が震えていなかったかどうか、正直覚えていない。
 生まれてきて一番緊張していたって事は間違いないが。
「前にあんたが教えてくれたでしょ? みくるちゃんは未来人で、古泉君は超能力者、有希は
宇宙人だって」
 いや、あれは、その。
「まさか、あれが全部本当だったなんてね……もし、あんたの話を聞いた時に全部信じてたら、
いったいどうなってたんだろ」
 車はちょうどトンネルの中に入り、同時に低い騒音が響き始める。ハルヒは前を向いたまま
ラジオのスイッチを入れた。
 おそらく英語であろうリスニングできない歌が大音量で車内を満たし、その音の中、ハルヒ
の声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「昨日の夜、お風呂から上がった時に電話があったの」
「電話?」
 相手は誰だろう、と思っていると。
「そ、相手は知らない男だったわ。そいつはむかつく口調で、色んな事を教えてくれた。あた
しに不思議な力がある事とか、みんなが普通じゃないって事、これまでにみんながあたしに気
づかれない様に影で頑張ってた事とか……聞いてもいないのに色々ね」
 そこで一度口を閉ざしたハルヒは、俺を見ると
「どうして、そんな話を信じたのかって言いたそうね」
 そりゃそうだ。
 俺が教えてやった時は、ふざけんなって一蹴されたんだからな。
「簡単よ、そいつが最後に言ったの。みんなに電話して、自分は普通の人間かって聞いてみれ
ばいいって。その時、本当の事が知りたいって強く願えば、本当の事が解るって――結果だけ
言えば、そいつの言った通りだった。どうせたちの悪い悪戯だろうって思ったんだけど、ちょ
っとだけ気になったからみくるちゃんに電話してみて……みくるちゃんは、本当は未来人なの? 
って聞いてみたの。そしたら、電話からは違うって返事が返ってきたのに、頭の中には直接そ
うだって声が響いたの」
 ……空耳だろ。
 ハルヒは小さく笑い
「最初はあたしもそう思ったわ。でもね……その後、直接みんなにあって話してみようと思っ
て外に出た時に、試しに家の車に動けって願ってみたのよ。そしたら、鍵を差してもないのに
かってにエンジンがかかってドアも開いたの」
 反論が思いつかないでいる俺の顔を、ハルヒはじっと見ていた。
 というか、俺は今ここで反論すべきなのだろうか? ハルヒに全てを伝える、それは俺も一
度は考えた事だったはずだ。
「みんな、ずっとあたしに色んな事を隠して……違うわね、隠さなきゃいけなかったのよね。
自分達の事を知られちゃいけない中で、それでもあたしと一緒に居てくれた。それも仕事の内
なんだろうけど。あたしね? みんな……みんな、SOS団が楽しいからあたしについてきて
くれてるんだって、ずっと思ってた。一緒に居たいから傍に居てくれてて、これからもずっと
そうしていけるんだって……でも、違った」
 未だに出口の見えないトンネルの先を見ているハルヒの顔は、怒っている様にも、悲しんで
いる様にも見えなかった。
「あたしに嫌われない様にって、みんなずっと気を使ってくれてただけ。言いたい事とか本当
の気持ちとか、全部隠して」
 ハルヒはそこまで言った所で、一度口を閉ざした後、
「ねえ、キョン。それってさ……あんたも、そうなの? SOS団が楽しいからじゃなくて、
別の理由で……あたしと一緒に居るの?」
 前を向き、俺の顔を見ないままで、ハルヒはそう聞いてきた。
 そんなもん、本人に聞いてどうする。
「お前に何でも思い通りに出来るなんて便利な力があるんなら、それで調べればいいだろ」
「……あっあんたの口から、聞きたいのよ」
 そうかい。
 ――いったい、ハルヒに本当の事を教えやがった馬鹿はどこのどいつなのか。それは気にな
らなくは無かったが今はどうでもいい。解ったところで今は何の意味も無い。
 無免許運転につき合わされている事より、世界崩壊の危機って奴よりも……今は、ハルヒの
問いかけの方が問題だ。
 延々と続いていたトンネルを抜けた所で、
「返事は、家に戻るまででいいから」
 沈黙する俺に、ハルヒはそう言った。
 どうすればあの暴走で道を覚えていられたのかは解らないが、どうやら車は帰路についてい
るらしく、案内標識の地名は徐々に見覚えのある名前の物に変わっていた。
 地平線の先には薄っすらとした明かりが見え始めていて、いよいよ朝は近いらしい。
 朝が来れば、今日も学校だ。世界は、個人の些細な問題など欠片も気にもしないまま、平常
な日常を送るのだろう。……ハルヒは、みんなの事を知った上で、またこれまで通りの生活を
続けるつもりなんだろうか。
 古泉や朝比奈さんと同じ様に、自分が知っている事を隠したまま、知らない振りをして。
 そして俺は? いや、俺はその前に考えなくちゃいけない事がある。
 俺は何故、SOS団に居るのか……だ。
 動機の言語化はあまり好きじゃないんだけどな。
 最初は、ハルヒに無理矢理巻き込まれたから、だったな。そして朝比奈さんが心配だから、
長門に迷惑がかかるから、ハルヒが回りに迷惑をかけるからと、俺の中でSOS団に居る理由
は増えていったんだと思う。
 でも、そのどれも主とした理由とするには違う気がする。
 俺がSOS団に居る理由、そいつはもっと単純で、そう、それは――
 
 
「……着いたわよ」 
 ハルヒの声に顔を上げると、そこは――ん。おい、ここって。
「あたしの家」
 見覚えの無い住宅の駐車場に、車は停車していた。っていうかお前の家に来たのってこれが
初めてだよな……いや、待て。
「お前、俺に歩いて帰れって言うつもりなのか?」
「さっきあんたの家の前に止まったのに、あんたが降りなかったからでしょ」
 そうだったか? まあ……ずっと考え事をしていたせいで、正直、いつ高速から降りたのか
も覚えてないんだが。
「で……返事は?」
 ハルヒが聞いている返事ってのが何なのかは解っていた。
 エンジンもラジオも止まった車内には何の音も無く、ただ沈黙だけが続いている。
 答えは出ていた。多分、これが俺の本音って奴なんだと思う。
 ただ、それは本人を前に言葉にするには、その、抵抗のある内容で……。
 中々口を開かない俺を見てどう思ったのか、
「…………もういい」
 ハルヒはそう言い捨て、勢いよく運転席のドアを開けた。
 そのまま車から降りていくハルヒの背中に、俺は――え?
 思わずハルヒを引きとめようと伸ばした手は届かず、座席に手をついたその時、静かな駐車
場の中にエンジンの始動音が響いたのだった。
 車から降りた所で振り向き、口を開けたまま俺を見て固まっているハルヒ。
 もちろん俺は車の鍵なんて持ってないし、エンジンをかけた訳でもない。ただ、座席に手を
置いただけで……あ。
 座席のシートと背もたれの間、その隙間に挟まっていたライターの様な小物。
 手に取ったその小物にはいくつかのスイッチがあり、試しにその一つを押してみると――そ
れまでアイドリングを続けていた車のエンジンが、あっさりと止まった。
 ……さて、今の俺はどんな顔をしているんだろうな。バックミラーか何かで確認すればいい
だけの事なんだが、何となく今はそうしたくない気分だ。
 状況を理解したハルヒの何とも言えない赤い顔を前に、俺はのんびりと車を降りてドアを閉
めた。ハルヒが運転席のドアを閉めた所でスイッチにあるドアの絵のボタンを押すと、ドアの
ロック音と同時にハザードが一回点滅する。試しにスイッチを手に持ったままドアに手をかけ
ると、鍵のかかっているはずのドアはあっさりと開いた。
 なるほど、便利なもんだ。
「スマートエントリー&スタートシステム、か」
 俺はスイッチに書かれた何となく意味が解るような名称を読み上げつつ、ハルヒにそれを渡
してやった。
 無言のまま俺から視線を外してそれを受け取るハルヒ。
「朝比奈さんは未来人で長門は宇宙人、古泉は超能力者、おまけにお前には願望を実現する能
力ねぇ……。まあ、文化祭の映画を見た誰かの悪戯なんだろうが……リアリティーがなくはな
かったな」
「……」
 恥ずかしいのか悔しいのか笑いを堪えているのか、何だかよく解らん顔でハルヒは俺を睨ん
でいる。
 さて、と。
「なあハルヒ」
「……な、何よ」
「もう夜明けだな」
 さっき見た車の時計が間違ってないなら、午前四時を過ぎた頃って事になる。
「……そうね」
 いつになく大人しいハルヒに、自分の頬がにやけるのを止められないんだが……まあ止める
必要も無いだろう。
「今更家に帰っても寝る時間には短いし、これからお前にファミレスでも奢らせてやってもい
いんだが」
 深夜の高速に付き合ってやったんだ、それくらいはいいだろ?
 普段の自分に似た無茶な提案に対し、ハルヒは渋々といった様子で頷いた。
「しょ、しょうがないから奢ってあげるわ」
 そいつはどうも。
「ああ、それともう一つ」
「ま、まだ何かあるわけ? ……何よ、言いなさいよ」
 既に歩き始めていたハルヒは振り向き、じっと俺の言葉を待っている。
 ここで俺が言うべき事は、ハルヒが聞きたかった質問への返答なのかもしれないが……まあ、
いいか。
「なあハルヒ。俺が車の免許を取ったら、最初のドライブにはお前を乗せてやるよ」
 俺にはお前を指名する権利があると思うんだが、どうだ?
 ハルヒは何も答えないまま、また前へ振り向き俺を置いたまま歩き始め――俺を見ないまま、
大きく一度頷いた。
 
 
 
 
 「Crazy Rendezvous」 〆