Girl's Day (82-752)

Last-modified: 2008-03-03 (月) 01:39:44

概要

作品名作者発表日保管日
Girl's Day82-752氏08/03/0308/03/03

作品

 月曜日は憂鬱なものである。学生も、大抵のサラリーマンなんかもそうだろう。まあそんな愚痴を言ったところで状況は何も変化するわけでもなく、殆どの人たちは溜息を吐きつつも通学あるいは通勤という苦行に身を投じる、週頭の朝の到来である。
 というわけで、俺も例に漏れず、いつもの忌々しい早朝ハイキングコースを重い足取りで辿ることとなっていたのだ。
 いや、いかんな。いくらなんでも、まだ十代なんだぞ、俺は。もっとシャッキリしないとだめではないか。
 などと思いつつも身体は正直だぜ、へっへっへ。じゃなくって、いくら脳が叱咤激励しようとも、手足はキビキビとは動いてくれない。ああ、何ともモドカシイ……。
 
 やれやれ、まあいいさ。仕方が無い、もう少々、五組の教室までの我慢だ。
 毎度のことだが、もうみなさんもご存知の通り、俺の後ろの席の、イカレた太陽の如き存在が、退屈しのぎだか何だかは知らないが、俺に取り憑いた倦怠を、時空の彼方まですっ飛ばして、綺麗サッパリ消失させてくれるに違いないからな。
 
 などと考えていた俺の期待は、脆くも崩れ去ることとなった。
 いつもの無軌道暴走っぷりはどこ吹く風、ハルヒは両腕でお腹を抱えるようにして、机に突っ伏していたのだった。
 
 どう考えても尋常ではないその様子に、俺は先程までの自分の気だるさも忘れて、ハルヒに声を掛けていた。
「おい、ハルヒ…………お前、大丈夫か?」
「んっ…………」
 僅かに顔を上げて、ハルヒは俺の方をジロリと睨みつけたが、すぐにまた、目を逸らしてしまった。
 結局、ホームルームも、一限目の間も、ハルヒは身動き一つさせる気配もなく、かろうじて俺に聞こえる程度の呻き声を上げ続けていた。
 
 一限目終了後の休憩時間、あれから声を掛けてもずっと反応はないし、どうしていいのか途方に暮れている俺の背後で急に第三者の声がした。
「涼宮さんのこと、やっぱり心配なのね」
 うぉ!って魚科、もとい、阪中か。理由は解らんが、あまりの動揺に俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「保健室に連れて行ってあげた方がいいと思うのね。多分――今日は『女の子の日』だから」
 はあっ、何だそりゃ?
 まあ、確かに今日は三月三日だ、ひな祭りの日だ。だが、それがこのハルヒの様子と何か関係があるとでも言うのか?
 と、俺が心の中で叫ぶと同時に、ハルヒがようやくその身体をゆっくりと起こしたのだった。
「ハルヒ――大丈夫か?何なら保健室にでも」
「……ちょっと、ダメかも知んない」
 力なく呟くハルヒ。こいつのこの弱り具合は、今まで俺が見てきた内でも、最も酷い部類に入るんではあるまいか。
「無理して来るんじゃなかったわ。――ごめん、キョン。…………あたし、やっぱり早退する」
 そう言ってハルヒは立ち上がろうとしたが、案の定足元も覚束ないようで、バランスを崩して倒れそうになる。
「っと、おい。……危ないじゃないか」
 かろうじて俺は身体ごとハルヒを受け止めるのに成功した。
 いつの間にか、周りに人垣が出来ていた。が、そんなことを気にしている場合ではない。
 その辺に突っ立っていた国木田に後のことをよろしく頼むと、俺は二人分の鞄を手に、ハルヒを背負って、教室を後にした。
 これじゃあ俺まで早退になってしまうが、ハルヒを一人で帰らせるわけにもいかんだろう。第一、俺自身は、今日一日不安で授業どころではないだろうしな、とか、頭の中で強引に理由付けをしながら校門を通過する俺なのであった。
 
 朦朧としていたハルヒが、俺の背中で意識を取り戻したのは、坂道も半ばの辺りであった。
「えっ、あれ、ここは……って、キョン?何であんたが」
 すまんが、今は危険だから暴れないでくれよ。第一、余計なことにエネルギーを消費する余裕なんて、今のハルヒにはないだろ?
「うん…………解った」
 意外にも素直な反応のハルヒが、か細い声で答える。
 こういう反応も、何というか新鮮で、その、不覚にも可愛い、とか思ってしまった俺である。
 ぐおぉ。有り得ん!今すぐ訂正だ、訂正。こんな思考に陥るようになってしまうなんて、洗脳でもされたのか、俺は?全く、誰の陰謀だ?
 自分自身に生じた妄想を打ち消すべく、慌てて俺はハルヒに思い付くまま話し掛けた。
「そ、そういえば、さっき阪中が言ってたんだけど、ハルヒ――――お前、ひな祭りに何かトラウマでもあるのか?」
「…………へっ?」
「いや、だから、その、ハルヒが調子悪そうなのを見て、阪中が『女の子の日』だから、とかなんとか」
「なっ…………バカキョン、違うわよ」
 憤慨した様子のハルヒ。もしも、こいつが元気だったら間違いなく俺は首を絞められる程度じゃ済まなかったことであろう。
「じゃあ、どういう意味なんだ?っていうか、そもそも何でお前、そんなに具合が悪そうなんだ?」
「キョン――あんた、それをあたしの口から言わせるつもり?」
 いや、だって、お前の身体のことなんだし、本人から直接教えてもらわんと、俺には解りようがないだろ。
「もう――――今、あたし……………………生理中なのっ!」
 へっ?
「アホキョン――二度も同じこと言わせんじゃないわよ!」
 い、いや、何となくだが、俺にも解った。…………要するに、今日、ハルヒは、いわゆる『アノ日』ってヤツなんだな。
「バカっ!…………あんたって、ほんと、デリカシーってもんがないんだから」
 なんていうか、悪い。済まなかった。謝る。この通りだ。
「…………ねえ、キョン」
 何だ?
「あんた、耳が真っ赤よ」
 ああ、解ってる。ていうか、お前からは見えないだろうが、耳だけじゃないぞ。
 
 そのとき、俺の背中越しに、
『ぐきゅるるるる~~~!』
 と、ハルヒの腹の虫の鳴き声が伝わってきた。
「!」
 やはり、俺からもハルヒの顔を見ることは出来ないが、こいつの顔が俺同様に真っ赤になったのは間違い無さそうだ。
「べ、別に、あたし…………ダイエットとか、朝御飯抜いたりとか、し、してないわよ」
 狼狽した様子でハルヒが弁解を始める。
 ああ、解ってるさ。この前テレビで見たんだけど、お腹が鳴るのは胃が収縮するときの音で、確かその収縮は食事の消化後に二~三時間程度の一定周期毎に巡ってくるって話だったぞ。
「へ、へえ。……そうなの」
 
 途端、沈黙に包まれる俺たち二人。
 
 いかんぞ。静かにしていると、またハルヒのお腹が鳴ったりしたら、恥ずかしい思いをさせてしまうだけだしな。
「なあ、ハルヒ。――――さっきのお詫び、ってわけでもないんだが、その…………」
「はあ?」
「何か、奢ってやるよ。……途中の、コンビニででも」
「待って、キョン」
「何だ、ハルヒ?」
「買ってきて欲しい物はあるけど――――先に、帰りたいわ」
 俺は大人しくハルヒの言葉に従った。よくよく考えたら、ハルヒを背負ったままコンビニに入店、なんてのは、何かの罰ゲームみたいだろうからな。
 
 果たして、これは何かの罰ゲームなのだろうか?
 ハルヒのリクエストは『~期間限定~シナモ□ールのいちごミルク』というコンビニ売りのデザート(マグカップ付)で、それを三個、しかも二個はブルーで一個はピンク、なんて指定までしてくれやがった。
 下手をするといつもの不思議探索の集合場所の駅前に出てしまうぐらいのところでようやく獲物を発見した俺は、とりあえず胸を撫で下ろした。
 
 買い物を済ませて、ハルヒの家に戻ってきたものの、どうやら親御さんは留守らしく、ハルヒはもう寝てしまったのか出てくる様子も無い。
 仕方なく、あくまでも仕方なくだぞ、勝手にお邪魔させてもらうことにする。
 部屋のドアをノック。
「ハルヒ、入るぞ」
 パジャマ姿のハルヒは、寝ているわけでもなく、ベッドに座って身体を折り曲げて唸っていた。
「おい、横にならなくっていいのか?」
「いいの…………この姿勢の方が楽だから」
「そ、そうなのか」
 ドアの前で所在無さ気にしている俺のマヌケな様子を見かねたのか、ハルヒは声を発した。
「キョン――――ちょっと、お願いがあるんだけど――――こっちにきて」
「あ、ああ」
 ハルヒに促されるまま、ベッドのハルヒの隣に腰を下ろす。
「背中……さすってくれる?」
「えーと、それは構わんが…………こんな感じでいいのか?」
 ハルヒの方に手を伸ばしつつも、つい顔を背けてしまう俺だった。ぎこちなく背中に当てた手の、感触が生々しくて妙に気恥ずかしい。
 しばらくそうしていると、突然、ハルヒが身体を起こした。
 驚きのあまり、ついハルヒに向き直ってしまった俺の膝の上に座るように、ハルヒは背中からその身体を預けてきた。
「お、おい、ハルヒ?」
「キョン――――ごめん、ちょっとでいいから、このままでいてくれる?」
 ハルヒの突然の行動に、何を血迷ったか、俺も自身の両腕を、ハルヒの腹部に回して抱きかかえてしまっていたのだった。
「…………ありがと」
 何も言い返すことはできなかった。
 ただ、静かな部屋を二人分の鼓動が埋め尽くしていくような気がして、俺は頭がクラクラした。
 
 どのくらいの時間を、そうしていたのだろうか。
 不意にハルヒが口を開いた――――いつぞやの踏切前での自分語りのような口調で。
「キョン。さっきあんた――『ひな祭りにトラウマでもあるのか?』って訊いてきたじゃない」
「あ、ああ」
「案外、そうなのかもね。……多分小学校位の頃の話なんだけど……」
 そういって、ハルヒは子供の頃のひな祭りの頃に起こった出来事を話してくれた。
 何でも、雛人形の飾りを出したままにしていると、お嫁さんにいき損ねると言う話を聞いたハルヒは、慌てて自分一人で雛飾り一式を無理矢理片付けようとして、人形を落として壊してしまったそうなのだ。
「怒られちゃうと思って泣いてたら、そこに親が二人揃って帰ってきて、隠すわけにもいかないから、正直に話したら――バカ親父が『お前はずっと家の娘でいなさい』なんて男泣きするし、挙句には母さんと大喧嘩になるし、散々だったわ」
 なるほど、それは大変だったな。
「たまに思い出すのよね。あのとき以来、あたしはお嫁さんなんかにいけなくったっていい。自分のことは自分で面倒見ればいいんだって考えるようになってた……中学頃までまでは」
 ハルヒは深く嘆息すると、
「ねえ、キョン。あんたは、こんなあたしでも、お嫁さんに、その……も……もらって」
 そのまま口ごもってしまうハルヒ。
 何だ、それだとどう答えていいか解らんじゃないか。
 と思いつつも、ついうっかり『イエス』なんて、想定されるどちらの質問にも答えられる、なんて唆すもう一人の俺と脳内で格闘していると、知らず知らずの内に、ハルヒを抱えた腕に力が入ってしまうのだった。
 
「もう、具合はいいのか?」
「……うん、ずっとあんたにさっきみたいにしててもらったら……結構楽になったかも」
 数時間後、ハルヒのお袋さんが戻ってきたのを期に、俺は家に帰ることにした。
 皆さんもご想像のことだとは思うが、俺とハルヒ母娘との三者間でまたひと悶着あったりしたのだが、その辺を描写するのはさすがに俺の精神衛生上宜しくないので、涙を呑んで割愛させていただくこととする。
 
「キョン、ちょっと待ちなさい」
 そう言ってハルヒは奥に引っ込んでいったかと思うと、先程俺が買ってきたデザートに付属のマグカップを二個手にして現れた。
「これ、あんたの家に置いててちょうだい」
 何だよ、くれるんなら別に一個で構わんだろ?
「違うわよ。ピンクの方は、あたしのだから」
 それはつまり、俺の家にお前専用のカップをキープしておけって意味か?
「そうよ。なにか文句ある?」
 別に……ってちょっと待て。じゃあ、お前ん家の残りの一個のブルーは?
「ああ、あんたのに決まってるじゃない」
 しれっと言ってのけるハルヒだったが、その頬がほんのりと朱に染まっているように見えるのは気のせいなんかじゃあるまい。
 
 なあ、ハルヒ。ということは、さっきの質問は『くれる人がいると思う?』と続くんではなくって、やっぱり、その…………。
 
 なんてことを口に出して言えるわけも無く、俺はそのまま、件のデザートである、いちごミルクのムースを美味しそうに食べているパジャマ姿のハルヒに背を向けると、逃げるように玄関から飛び出したのだった。
 
 
 
 
 
 
 
「ふえぇ、やっぱりキョンくんって、とっても涼宮さんに優しいんですねぇ」
「それにしても、互いの家に、ペアのマグカップとは。涼宮さんもそろそろ本気モードのようですね。僕も応援のし甲斐がありますよ」
「……いい加減、二人ともわたしの情報操作による覗き行為は自重すべき」

イラスト

なんかエグイ気もするんで、気に障る人もいるかもしれませんがすみません。 orz
 
ラクガキって言うにも程がある殴り描き
カチューシャが無いと誰状態なんだぜ
 
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