Karman edition~朝倉涼子の逆襲~ (72-562)

Last-modified: 2007-12-16 (日) 23:55:11

概要

作品名作者発表日保管日
Karman edition~朝倉涼子の逆襲~(ハルヒ×朝倉) 72-562氏07/12/1407/12/14

作品

『ヤア、オメザメノヨウダネ』
「……あなた、情報統合思念体じゃないわね」
『ボクハカレトハチガウ。ダケドオナジソンザイダ』
「随分複雑な関係ね」
『キミニモソンナニンゲンガヒトリイルジャナイカ』
「……問答はいいわ。私を復活させた理由は何?」
『…………』
「そう、わかったわ。あなたに従いましょう」
『ワカッテクレタカ』
「私も彼女関係で何回も煮え湯を飲まされたわ。今度こそは私が勝つ」
『イケ。アサクラリョウコ』
「ええ、期待して待っててね」
 
そして、祝川の裏路地に朝倉涼子は3回目の降臨を果たした。軽く伸びをし、アーケード街に出る。
夕焼けの商店街を歩いていく北高の制服姿の朝倉。時々北高の生徒が、彼女がかつて所属していた1年5組の生徒もすれ違っていく。
しかし、親の都合でカナダに転校した、本来ここにいるはずのない彼女を見咎める者はいない。彼女は自身の情報を変化させ、自分を朝倉涼子ではない人間だと錯覚させていた。普通の人間なら、朝倉涼子を知っていても彼女を認識する事は出来ない。
「おっと、すみません、ぶつかっちゃって」
それはこの人間も同じだった。キョン。SOS団に所属する涼宮ハルヒの仲間。涼宮ハルヒに次ぐ重要人物。
「いえ、大丈夫です」
かつては命を狙った相手だが、今は特に手を出す必要はない。彼は軽く笑ってまた歩いていった。体から疲れが感じられる。またSOS団に振り回されたのだろうか。そう思うと何かおかしかった。
「さて、急がなきゃね」
そう、今回の相手は彼では無い。もちろん、長門有希でも喜緑江美里(だっけ?)でも無い。この3人以上に恐ろしい相手だ。
「まるで、RPGで雑魚キャラも中ボスもすっ飛ばしてラスボスに挑むみたいね」
自然に苦笑してしまう。RPGなどやったことが無いのに、こんな比喩がすぐに浮かぶのにはもう慣れている。そして、頭の中にインプットされたルートの最後の角を曲がり
 
「久しぶりね。涼宮さん」
「あ…朝倉…涼子…さん?」
 
朝倉涼子は涼宮ハルヒの前に姿を現した。
 
「長期休暇だから懐かしくなって帰って来てみたの。せっかくだから北高の制服を着てね。本当に懐かしいなあ」
「そ、そう」
涼宮ハルヒはどこか動揺しているようだ。無理も無い。かつて遠くに離れていったクラスメイトがいきなり現れたら誰だって驚くだろう。
(そういう点に関しては、彼女も普通の人間なのよねえ)
別に神のような能力(朝倉の人格は神の存在を否定しているのだが)を持つからといって、思考まで普通を超越する必要は無いのだろうか。
「あんた…どうして転校したんだっけ?」
「親の都合よ。ただそれだけ。全く、困った物よね」
「本当にそれだけ?」
それだけでは無いどころか全くの嘘だが、真実を明かす必要は無い。
「それだけ。あたしだって本当はみんなと一緒にいたかったのよ。阪中さんや佐伯さん、谷口君や国木田君、それにキョン君とね」
「………」
思わずやれやれと彼のように呟きたくなった。彼の事となるとこれだ。
「まだ彼と一緒にSOS団をやってるの?」
「まあね。色々あったわよ。楽しい事も面白い事も」
「ふふ…涼宮さん、あなた変わったね」
斜め後ろから彼女に付いていくように歩いているので涼宮ハルヒの表情はここからは見えない。
「変わった?あたしが?」
「そ。前より明るくなったよ」
本当は「前より「他人に対して」明るくなった」だ。こういうのをツンデレというのかしら。と彼に感謝しながら思った。
「あたしは日々進化してるのよ。前のあたしと違うのは当然じゃない」
口調は静かなのに内容は尊大だ。涼宮ハルヒここに極まれり。
「でも、それは悪い事じゃないわ。来る者は拒まず。そうすればいつか必ず望む物がやってくる」
「何か相手が来るのを待つようで嫌だわ。欲しい物は自分から探して見つけるべきよ」
「それも当たりね」
2人の少女は笑いあった。以前の涼宮ハルヒなら、よほど親しい相手かその関係者でない限りここまで親密に会話する事は無い。やはり彼女は変わったのだろうか。
「本当に懐かしい…このコロッケ屋さん、学校の帰りによく行ったわ」
実を言うと朝倉が涼宮ハルヒにこうまで馴れ馴れしく話かけているのは、偏に相手を油断させるためだった。他人の信頼は利用し易い事を朝倉はよく知っている。
涼宮ハルヒに対してもそうだ。彼女に対し、自分は敵ではない事をアピールし、安心させてから「事を起こす」つもりだった。
「あら、あそこの本屋無くなったのね。参考書とか買うのに不便じゃない?」
「駅前に大きな本屋が出来たのよ。あの本屋はあそこに潰された形ね」
いい感じだ。やるならそろそろかもしれない。2人は公園に入った。ここを横切る気なのだ。朝倉は彼女を呼び止めた。
「でもよかったわ。あなたが元気そうで。キョン君達とも上手くやれてるみたいだし」
「あんたも、全然変わってなくて安心したわ」
背中にナイフを用意する。朝倉はナイフが好きだった。ナイフには感情が無い。あるのは冷たい殺意だけ。
「でさ」
涼宮ハルヒが振り返った。
 
「そろそろ正体を見せたらどうなの?」
 
内心の動揺を抑えながら平然を装い返答する。
「何の事?正体って何?」
「とぼけんじゃないわよ。宇宙人か異次元人か知らないけど、朝倉涼子を装って近づいてもあたしにはお見通しよ!」
涼宮ハルヒの顔には笑みが貼りついていた。実に魅力的な、それでいて非常に危険な笑顔。
「何言ってるの。私はちゃんとした普通の人間よ」
「100歩譲って普通の人間だとしても、あんたは朝倉涼子じゃない。姿の似た別物よ」
まあ実際の意味でも微妙に別物なのだが。朝倉は気付かれないようにナイフを閉まった。
「へぇ、証拠はあるの?」
神のような能力を持つ涼宮ハルヒも、それ以外はただの有機生命体。朝倉のその見通しは正しい。
「あんたさっき、コロッケ屋によく寄った、って言ってたわね。あのコロッケ屋はあんたが転校した後に立った物なんだけど」
「!!」
「あと、さっきあんたが指差した空き家はあんたが転校する前から空き家よ。本屋は確かに一件潰れたけど反対の方角なの」
「……ま」
「「間違えた」とか「話を合わせるために嘘をついた」とか無しよ。あたしの知ってる朝倉涼子はそんな性格じゃないし、人の性格は半年じゃそう簡単に変わらないわ」
「………」
しまった。完全に失態だ。
原因はわかっている。現在朝倉が所有している記憶は、かつて彼女が1年5組に在籍していた時に所持していた記憶を不完全に復元した物だった。
12月に全く違う記憶を持たされ復活させられた事、そして今回彼女を復活させたのが情報統合思念体では無い事が災いした。彼女が自ら記憶を復元したため、細部に誤りがあったのだ。
もちろん、そんな事を指摘されたからと言ってこれからやる事に関しては全く問題は無い。ただ、涼宮ハルヒが自分を全く信頼していない。それが唯一の問題だった。
 
だが、
「さすが涼宮さんね。バレちゃったか」
朝倉涼子はこういった事態を予め想定していた。そして、それを打開する策も用意していた。
「私は既に死んでいる。いわゆる幽霊なのよ」
「幽霊…ねぇ。まあ、足の無い幽霊は日本だけらしいから日本が間違ってる可能性もあるわね」
1人で納得する涼宮ハルヒ。その顔はかなり紅潮していた。当たり前だろう。初めて明確に接触した「不思議」だ。
「ちょっと前にね、住んでた家が火事で焼けちゃったの。で、そのまま天国に行くのは嫌だったからここに来てみたわけ。あなたに会えたのは幸運だったわ」
幽霊。未来人でも超能力者でも宇宙人でもなく幽霊。これなら、過去の朝倉涼子を疑う事は無い。過去の朝倉の評価をそのまま引き継いでくれる。
「ね、ね、幽霊になるってどんな感じ?やっぱ空飛べたり壁すり抜けたり出来るの?呪いとか祟りとか…あ、今SOS団のみんなを呼ぶから!」
再び朝倉のチャンスは訪れた。笑いながら背中にナイフを出す。
「そう焦らなくても教えてあげるわ。口じゃない簡単な方法でね」
一気に踏み出す。
「え?何?テレパシーとか使え…」
いきなり体は狙わない。まずは携帯電話だ。どうせ長門有希はすぐに察知するだろうが、援軍を呼ばれるとキツい。携帯電話はあっという間に真っ二つになった。
しかし、驚いた事に、実に驚いた事に、涼宮ハルヒはそれに対し「回避行動」で答えた。いくら運動神経抜群とはいえ、攻撃を予測していたとしか思えない動きだ。
「ちょっと、人の携帯どうしてくれんのよ!」
「……どうして攻撃がわかったの?」
「相手は普通じゃない存在でしょ?SOS団団長のあたしを排除しようとする可能性もきちんと考えてたの。まさかナイフだなんて原始的な物を使うとは思わなかったけど」
何の事は無い。涼宮ハルヒは朝倉がどんな事をしようと彼女を信頼する事は有り得なかっただけだ。全く、彼女の信頼を得ている彼らが羨ましい。
「排除だなんてとんでもない。涼宮さんの体には何も危害は加えないわ。ただ、」
 
「あなたの魂を壊して、代わりに私が涼宮ハルヒになるだけ」
 
「……つまり、あたしを一度殺して体を乗っ取るつもりなわけね。生憎だけど、この体はあたしのなの。あんた何かには髪の毛一本だってやらないわ」
「うん、それ無理。だって、決定事項だもの」
と言いながら朝倉は再び踏み出した。
涼宮ハルヒの発言には少し間違いがあった。朝倉は涼宮ハルヒの体にも用は無い。彼女の内部の情報エネルギーが狙いだった。
涼宮ハルヒの中に溜まっている情報エネルギー。それこそが彼女の力の源であり、それは魂の力が弱まると共に容易に引き出せるようになる。復元された朝倉はそうインプットされていた。
それを吸収する事で自分が代わりに涼宮ハルヒになる。それが朝倉の目的だった。神の如き力を手に入れる。何て魅力的な事なんだろう。
その力さえあれば、長門有希や情報統合思念体など敵ではない。いや、全時空に朝倉の敵は存在しなくなる。そこに彼女は究極の神として君臨するのだ。考えるだけでユカイになる。
そしたら自分を復活させた存在をナンバー2にしてもいい。既にそこまで考える余裕もあった。何しろ状況は圧倒的だ。
既に公園内部は情報制御空間になっている。【一つ一つのプログラムが甘い】なんて事態にならないように結合には細心の注意を払った。
予想される情報エネルギーの吸収量によっては自分もかなりのエネルギーを使わなくてはならない。そのために情報制御は最小限にする必要がある。
涼宮ハルヒは時たまこちらにパンチを繰り出していた。朝倉に対抗する気なのだ。全く、本当に笑える。
朝倉は自分自身の運動能力を引き上げた。そして涼宮ハルヒに連続で切りかかる。一回ナイフを振るう度に服が裂け白い肌から鮮血が散る。
しかし涼宮ハルヒは悲鳴すら上げない。思ったより彼女は性根を据えるのが上手いようだ。これは新たな発見だった。
「はあ…はあ…遊んでないでやるなら一気にやったらどう?」
「じゃあ死んで」
かつてキョンにしたように涼宮ハルヒを固定する。体力が減ってるおかげでやりやすかった。
実を言うと即死させるつもりは無い。即死させると魂が消滅し、情報エネルギーも失われてしまうと教えられていたからだ。よく考えると、情報エネルギーと魂はイコールなのかもしれない。
特に何も言わず固定を解除し、すぐに脇腹にナイフを突き刺す。涼宮ハルヒはそのまま倒れた。小さな池が出来る。有機生命体は本当に脆い。
 
「さて、ここからが本番ね」
インプットされた通りに情報を改竄する。魂を吸収するための情報プログラムの構築開始。何だか呆気ないが、これが現実だ。
すぐに感触があった。自分の中に巨大なエネルギーが入って来る感覚。もうすぐだ。もうすぐ自分が神に…。
 
ならなかった。情報エネルギーはすぐに朝倉の体内で消滅した。そして…朝倉涼子の体の崩壊が始まった。
「え…ええ!?何で…どうして!?」
流石に朝倉は慌てた。話と違う。慌ててもう一回プログラムしようとするが、そこで朝倉は残酷な事実に気がついてしまった。
「嘘…」
プログラムが出来ない。試しに他の情報制御も行ってみるが、何も起きない。情報制御能力が失われたのだ。朝倉涼子は今やただの人間になっていた。
前回キョンを襲った時に長門有希により消滅させられた後、再び復活出来たのは予め空間に自分のデータを保存していたからだ。暴走した長門や今回復活させた存在は、そのデータを利用して朝倉を復活させた。
そして、今そのデータ保存すら出来ないという事実。それは朝倉涼子という個体の完全消滅に他ならなかった。
「ハルヒ!!」
声の先を見ると、キョン、長門有希、記憶に無い少女(恐らく彼女が喜緑江美里だろう)が近づいてくる所だった。制御空間も崩壊したのだろう。
「朝倉ぁぁぁぁぁ!!」
真っ先に駆け寄ってきたキョンが絶叫する。だが彼女はそれを聞いていなかった。
「涼宮ハルヒの魂は凍結されている。ただちに解凍後、肉体の再生に入る」
「わかったわ」
長門と喜緑の短い会話。もちろんこれも聞いていない。
「情報エネルギーが…どうして…」
「涼宮ハルヒの情報エネルギーはあなたに扱える代物ではない」
長門が淡々と答える。
「崩壊は恐らくあなたの黒幕の仕業。あなたに涼宮ハルヒの情報エネルギーが扱えない事を理解し、あなたを切り捨てた。可哀想だけど、私達にはどうする事も出来ない」
その口調にはどこか哀れんでるような感じがあった。
「私は…また利用されたってわけね…ただの…実験体とし…」
朝倉涼子は泣いていた。大粒の涙を流して。
「消えたくない…消えたくないよう…」
それは、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースが初めて体験した感情だった。絶望的なまでの恐怖。今こそ朝倉には、自分が軽視していた「死」という概念がよく理解出来た。
「長門…喜緑さん…こんな事を言うのも何だが、何とかならないのか?」
先程まで朝倉に対し怒りを剥き出しにしていたキョンですらそう考えてしまう。しかし、長門と喜緑は揃って首を横に振った。朝倉の黒幕は、彼女達の力では全く対抗出来ない。
「…羨ましかったのかもね」
ふと朝倉は涙を流したまま呟いた。
「SOS団なんてのを作って仲間と楽しく遊んでる涼宮さんが…あちこちで事件に巻き込まれる涼宮さんが…それでもそれを難なく解決しちゃう涼宮さんが…サポートしてくれる頼もしい仲間がいる涼宮さんが…」
3人は真剣な顔(長門は相変わらず無表情だが)でそれを聞いていた。
「力なんて関係なく…私は涼宮さんになりたかった…」
「……馬鹿言ってんじゃないわよ」
魂の凍結を解凍された涼宮ハルヒが不機嫌な声を上げ起き上がった。朝倉にやられた傷はまだ再生されていない。「涼宮さん動くと再生出来な…」と喜緑が小さく言いかけた。
「ハルヒ、動くな。お前は重傷なんだぞ」
キョンが制止するが涼宮ハルヒは無視して朝倉に近寄った。朝倉の体は既に大半が個体情報を失い光に変わっていた。
「あたしはあたし。誰にも譲らないし、あたしになりたいなんて馬鹿は叩き潰すだけ」
朦朧としたどこか上の空な声。あまりの出血で意識が混濁しているのだ。幸い、状況を深く理解しているようには見えない。
「だから…」
そう言って血まみれの涼宮ハルヒは消えゆく朝倉涼子を抱きしめた。
「あんたはあんた、1年5組のクラス委員長、朝倉涼子よ。あたしにならなくても、あんたには立派な名前があるじゃない」
普段の彼女のイメージからかけ離れた慈愛に満ちた声。キョンは驚きを隠せなかった。こんなハルヒは初めて見るのだ。
「その言葉…もっと早く…聞きたかった…」
今や朝倉はほとんど光に包まれていた。声もだんだんボリュームが下がっていく。
「お盆には、帰ってきなさいよ。線香、上げて、あげるから」
未だハルヒは朝倉の事を幽霊だと思っているらしい。しかし朝倉は「うん、うん」と嬉しそうに頷いた。
「キョン君と…お幸せ…にね」
一瞬だけキョンが「余計なお世話だ」という感じの表情を浮かべたが、すぐに消した。涼宮ハルヒに至っては理解してるかどうかも怪しい。
「ありがとう………じゃあね」
 
そう言って
朝倉涼子は
ただ一つのデータも残さず
全時空から
完全に消滅した。
 
同時に支えを失った涼宮ハルヒが崩れ落ちた。再び気絶したらしい。
「ハルヒ!!」
キョンの必死の呼びかけだけが、夜の公園に響いていた。
 
 
 
さて、何だか俺では無い第三者が勝手に地の文を担当していたようだが、ここからは今までのように俺がやらせて貰う。
あの日、俺は帰った後すぐに長門に電話で呼び出された。着替えもそこそこに家を飛び出す。あいつが直接呼び出すなんて何かあるに決まってる。
マンションの前に着く。既に長門はそこで待っていた。隣には心配そうな顔の喜緑さんもある。嫌な予感マックスだ。
「朝倉涼子が復活した」
俺の顔を見るなり衝撃的な事を言う長門。またお前の親玉か?
「情報統合思念体とは無関係です。もっと別の何か」
これは喜緑さん。目的は何だ?また俺か?
「違う。涼宮ハルヒの抹殺。既に朝倉涼子は彼女に接触していると思われる」
「何…だと!?あいつを殺したら、例の「進化の可能性」とやらも…」
「失われます。朝倉涼子の黒幕の狙いはそれかも。…違いますね。長門さん、朝倉涼子で無ければ駄目なんですね?」
意味不明な返答に首を縦に振る長門。随分冷静だなお前ら。ハルヒが死ぬかもしれないんだぞ。
「今彼女の位置を探ってます。多分制御空間を発生さ…」
「察知」
短い台詞と共に軽い浮遊感。気がつくと俺達はとある公園の前に来ていた。
「この中ね」
「なかなか強力な制御空間」
「おい長門、中にいるって、公園の中には誰もいないぞ」
「空間を隔絶させているだけ。解除すれば現れる」
そう言うと長門と喜緑さんは、朝比奈さん曰わくな呪文を唱え始めた。だが、いつものようにあっと言う間では無くやたら時間がかかる。
中には朝倉とハルヒがいるらしい。もちろんこれだけ長い時間がかかっていれば朝倉は既に事を起こしているだろう。ハルヒは無事だろうか。俺は久々に焦りを覚えた。
「え?勝手に空間が…」
喜緑さんの呟きと共に公園は眩い光に包まれた。
そしてその先には…座り込んでる朝倉と制服を血に染めて倒れているハルヒがいた。
「ハルヒ!!」
 
 
 
「涼宮ハルヒの記憶を改竄するのは危険。だから、今夜の事は全て夢という事にする」
やれやれ、ハルヒはどんだけ悪夢を見りゃいいんだか。俺達はハルヒを家まで運んだ。二階の部屋の窓からにそっとハルヒを入れる。全く、ついに俺も不法侵入者か。
「朝倉涼子の真の目的は、涼宮ハルヒの能力を手に入れる事。しかし、彼女には涼宮ハルヒが持つ少量の情報エネルギーでも扱えなかった」
それで、見捨てられて消されたわけか。何というか、朝倉に同情する気になったのは例の閉鎖空間以来だ。
今俺達は長門のマンションで解答編をしていた。うん、喜緑さんが淹れたお茶は予想外に美味い。
「でも可能性はあったの。私達ヒューマノイド・インターフェースは、涼宮ハルヒに近い存在だから」
お茶を飲みながら喜緑さん。確かに俺からすれば、能力のとんでもなさは未来人や超能力者より同じだが、そんなわけはないだろう。
「情報統合思念体のヒューマノイド・インターフェースは過去の涼宮ハルヒを参考にして作られている。私は4年前、朝倉涼子は6年前、喜緑江美里は12年前の涼宮ハルヒを」
ちょっと待て。爆弾発言にも程があるぞ。とすると何か?ハルヒは4年前は長門みたいで、6年前は朝倉みたいだったって事か?んなアホな。
ええと、4年前っつうとハルヒは小学6年生か。確かその頃野球を見に行って衝撃を受けたんだよな。……長門みたいになってもおかしくないかもしれない。
6年前の小学4年時にはクラスの人気者だったそうだ。それでも朝倉のようなハルヒは想像しにくいが。
12年前は完全に論外だ。その頃ハルヒが喜緑さんみたいな性格だったとしても俺は驚かん。人の性格なんて簡単に変わるからな。
「中でも朝倉涼子は一番涼宮さんに近かったの。疑似感情まで持たされていたから」
まるで自分や長門に感情が無いかのような言い方。朝倉の感情もかなり微妙なとこだがな。
「朝倉涼子は能力を持たない涼宮ハルヒに最も近い存在。朝倉涼子の涼は涼宮ハルヒの涼」
「もう1人のハルヒってわけか?」
「実力はかなり開きがある」
どっちの意味だ。
「ところで長門さん。涼宮さんの魂を凍結したのって朝倉涼子じゃないわよね。あれって…」
「現時点では不明。情報統合思念体も解析をしている」
 
何にしろ、もう1人の涼宮ハルヒである朝倉涼子は完全に消滅した。奴は最後に救われたのだろうか。それはわからない。
そんななぞなぞを解き明かしても奴はもうどこにも行けないのだから。何て事を放課後にぼんやり考えてると
「キョン、あんたも働きなさいよ。雑用の癖に団長より働いてないなんて有り得ないわ」
昨夜の事など気にしてないかのようなハルヒ。夢の事を結構気にするこいつにしては珍しいな。
で、何故か部室の整理をしている。何を今さらやってるんだか。とりあえず俺も加わるか。
袖を捲ったハルヒの右腕には小さな傷が残っていた。
 
それは長門がハルヒの傷を癒やす時にわざと残した物。
 
そして、かつてこの世界に朝倉涼子という少女がいた証しだった。
 
 
 
『マイッタネ。アサクラリョウコナラモシクハトオモッタケド、ヤハリスズミヤハルヒノパワーハソレイジョウダッタカ』
「ーーーーーー」
『カノジョノタマシイヲトウケツサセタノハキミダネ。サイショカラケツマツヲワカッテイタノカイ?』
「ーーーわからない」
『マアイイサ。ボクタチモゲンジョウヲボウカンスルコトニシヨウ。デバンハ…ソンナニトオクナイハズダ』
「ーーーーーー」
『ソウシタラ、キミニモハタライテモラウヨ』
「ーーーーーー」
 
to be continued "BUNRETU"
 

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