Leading/Following (83-620)

Last-modified: 2008-03-11 (火) 01:24:11

概要

作品名作者発表日保管日
Leading/Following83-620氏08/03/1008/03/11

作品

 暦の上ではすっかり春になって久しいものの、まだまだ寒さの続く今日この頃であるが、ついこの間の『啓蟄』に合わせたわけでもなかろうに、世の虫たちより一足早くお出ましになった厄介な虫に俺は暫く悩まされていた。
 まあ、要するにハルヒの虫の居所が悪い、っていうことなんだけどな。
「なによキョン。あんた、言いたいことがあるんならハッキリと言いなさいよ」
「いや、何にもないって」
「だったら何でそんなにあたしの顔色を伺うようにビクビクしてるわけ? やっぱりあんた、なにか疚しいことでもあるんでしょ?」
「ねーよ」
「――――むー……」
 例によって口の形を鳥の嘴状に変化させたままのハルヒなのである。って、俺が気掛かりなのはお前がそんな表情を続けているせいなんだ、なんてことを言ってしまうわけにもいかない。
 
 やれやれ、本当にどうしたもんだかな。
 
「あ、あのぅ、キョンくん――涼宮さん、なにかあったんですか?」
 放課後の部室内、麗しのメイド服朝比奈さんが俺にお茶のお替りを手渡しながら、こっそりと耳打ちしてきた。
「えーと、俺にもそれがよく解らないんで、ちょっと困ってるんですが」
 件のハルヒはパソコンに向かってネットでも見ているのかと思いきや、机に伏せて低く唸り声を上げている。せっかくの朝比奈茶も手を付けないまま、もうとっくに冷めてしまっているに違いない。
 長門は、傍目には相変わらず顔も上げずに読書に没頭しているように見えたが、気のせいかいつもよりページを繰る速度が落ちているような気もする。何も言いやしないが、やはりハルヒの様子が気になるのだろうかね。
 やれやれ、癪に障るがこういうときは自称専門家の『怪人ニヤケスマイル男』にでも訊いてみるしかないか。
「古泉――いや、顔は近付けなくていい――お前、何が知ってるのか?」
 俺が釘を刺した箇所が糠の上だとでも言わんばかりに、古泉は俺に顔を寄せて息を吹きかけながら囁いてきた。
「さて――実のところ、涼宮さんの御不満の原因が何なのか、正直僕も掴みかねているのですよ、うふっ。…………ええ、ちなみに例の厄介なアレが今のところ現れる気配がないのが、我々からすれば唯一の救いといったところですが」
 かといって、あのままハルヒを放っておくわけにもいかんのだろう? と俺は古泉の顔を少しでも遠ざけようと押し退ける。
「その通りです。…………ふうっ、あなたにも随分と僕たちの事情を酌んでいただけるようになりましたね」
 お前ら『機関』に特別肩入れしているわけじゃないぞ。
「解っていますよ。あくまでも、あなたは――――涼宮さんのことを心配しているのだと」
 反論する気にもならなかったので古泉の戯言は無視する。
 ハルヒはというと、ムックリ起き上がり、ポケットからゴソゴソとティッシュを取り出したかと思うと、盛大に音を立てて鼻をかんだ。どこのオッサンだよ、お前は。
 
 帰り道も、ハルヒはスタスタと俺たちの前方を早足で歩いている。背中から湧き出す不機嫌オーラが半径数メートルに亘ってバリアー状に張り巡らされ、何者も寄せ付けようとはしなかった。
 ハルヒの様子がそんな感じであるので、朝比奈さんは例によってオドオドと怯えていらっしゃる。古泉の表情からも貼り付けてある笑顔が半分剥がれかかっている気がする。
「なあ長門。お前なら何か解るんじゃないか?」
「…………情報統合思念体は、現状のまま観察を続行するように方針を決定済み」
 それはつまり、今のまま静観しているつもりだってことなのか?
「そう」
 長門の反応からして、ハルヒのイライラが危機的状況とやらを引き起こす可能性はほぼ無さそうであることは理解できたものの、結局ハルヒが何故お冠なのかは解らず仕舞いなのである。
 
 しかし、あいつが機嫌悪いと何で俺までこんなに不安になっちまうんだろうな。
 翌日、俺の後ろの席にハルヒの姿はなかった。
 
 ホームルームでの岡部教師の説明によればあいつは風邪で休みだ、とのことだった。
 しかし、背後にいつものプレッシャーを感じないってのは、拍子抜けすると言うか、歯ごたえが無いって言うか、何だか妙な気分で落ち着かないもんだね、全く。
 で、その日の放課後、いつの間にか本日配られたプリントの類を俺が届けるハメになっているとは。一体何故なんだろう?
「キョンよぉ、今更ナニ言ってんだ? お前は『涼宮係』だろ。キョンといえば涼宮、涼宮といえばキョン、じゃないか。これはもう、この世の真理といっても過言ではないと俺は思うね」
「ほら、これ今日の授業の分のノートのコピー。どうせキョンはまともにノート取ってなかったと思ってさ」
 アホの谷口のわけ解らん冷やかし攻撃と妙に用意のいい国木田のコンビなのであった。
 はあ、やれやれ。
 
 念のため、部室に顔を出してみれば、宇宙人未来人超能力者の三名は既に勢ぞろいしていた。
「キョンくん、今日は涼宮さん、お休みなんですよね?」
 珍しく部室内で制服姿のままの朝比奈さんが訊いてきた。
「ええ、ハルヒのヤツ、どうも風邪ひいたらしくって。しかも俺はこれからあいつの家までなんだかんだ持って行くことになってるんですよ」
 しかし、もうハルヒは来ないんだから、本日のSOS団の活動はお開きってことだよな。長門もいつもなら読書しているのに、今は鞄を肩に掛けたまま俺の方をじっと見ている。
「それでは、涼宮さんのことはあなたに一任しますので、どうかよろしくお願いします」
 って、何だ古泉。みんな帰る準備ができてるみたいだし、ハルヒの見舞いに行くつもりじゃなかったのか?
「先程長門さん朝比奈さんの御両名とも話し合ったのですが、野暮な真似は控えた方が良い、という結論に達しましたので」
 どういう意味だよ、それは。
「言葉通りですよ。何も僕たちが、あなたと涼宮さんとの関係を邪魔立てすることもないでしょう、ということです」
 そう言って古泉は長門の方を一瞥する。
「…………これ」
 古泉に促されるままそちらを向いた俺に、長門からメモらしき紙切れが手渡される。例によって印刷物と見紛うような明朝体の字が、ハルヒの好物のデザート類と、それがどこで入手可能であるかを詳細に表していた。
「頑張って」
 さて、何を頑張ればいいのやら。
 
 まあ、あまりグズグズしているわけにもいくまい。三人に暖かく見送られるまま、俺は部室を出てハルヒの家へと向かうことになったのだった。
 
 長門の詳細メモに従って、俺は見舞い用の買い物を済ませた。って、気付けば全種類コンプリート状態、何もこんなに買う必要はなかったかも知れん。
 でも、何かを抜かしたら、よりによってハルヒがそれを欲しがりそうな予感がしたため、結局あれもこれもと買ってしまう俺はなんなんだろうね。
 まあいいか。多少は日持ちするようだし、残ったところであいつの家の冷蔵庫行きとなるだけだからな。
 いや待て、病人のクセに全部平らげてしまう、なんて可能性も無きにしも非ずだな。まあ、それだけ元気だったらそもそも何の心配も要らないんだろうが。
 
 やがてハルヒ宅に到着。
 
 俺を出迎えてくれたのはハルヒのオフクロさんだった。
 どうも夕食の買い物に出かけるところだったらしいのだが、何故か数十分も俺を質問攻めにした挙句、
「ハルちゃんは自分の部屋で寝てるから勝手に入っちゃっていいわ。――――あっ、いきなりオイタするのはダメよ。ゆっくり時間を掛けてちゃんと優しくしてあげてちょうだいね」
 と、わけの解らん言葉を残して出て行ってしまった。
 
 きっと、何か妙な誤解してるんだろうな。でも弁解したところでそれが解消できるとは到底思えないのが悲しいぜ。やれやれ。
 
 ドアをノックするも、返事はなし。
「ハルヒ……ハルヒ? 寝てるのか? ――――お邪魔するぞ」
 一応声を掛けた上で俺は部屋に入る。
 果たして、ハルヒは自分のベッドで眠っていた。
 くーくーと寝息を立てているハルヒ。それを見て何故かホッとしてしまう俺。
 全く、こんなに静かなのはハルヒらしくないと言えばらしくないのだろうが、これはこれで趣がある、というか不覚にも一瞬可愛いとか思ってしまったりした俺を誰が責められようか。
 ふと枕元を見ると、剥がれ落ちてしまったらしい冷却シートがクシャクシャになって転がっていた。
 やれやれ、どんな寝相してるんだ? 俺は脇に置いてあった箱から交換用の冷却シートを取り出してハルヒの額にペタリと貼り付けた。
「んん――――キョン?」
 突然のハルヒの声に心臓が縮み上がる。って寝言か、ビビらせんじゃねーよ。
「…………」
 なにやらゴニョゴニョと寝言を呟くハルヒ。って何だ、聞こえにくいじゃないかと、ついうっかり、ハルヒの口元に耳を寄せたのが間違いの元だった。
「びえっくちょい!」
「どわぁぅ!」
 盛大なクシャミを至近で食らったため酷い耳鳴りがする。
「ぐしっ――――あれっ、キョン?」
 目を大きく見開いて俺を凝視するハルヒ。って、あれ、ちょっと怒ってる? 何だかヤバイ気がするんで、ここは笑って誤魔化すに限るな。
「や、やあハルヒ。やっとお目覚めか? あははは」
「…………こ、このケダモノっ!」
「ぶふぉっ!」
 突然ハルヒは起き上がったかと思うと、俺に枕をぶつけて、布団を自分の体に巻きつけるように包まった。って、なんだよいきなりその反応は?
「なんでって、あんた……さっきあたしに……」
 さっき、ってちょっと近寄ったのはお前が何か言ってるのが聞き取りにくいんで仕方なしに耳を寄せただけだし、お前のおデコに触ったのだって冷却シートを貼っ付け直しただけで特に妙なことは何もしとらんぞ。そんなんで一々ケダモノ扱いされてもな。
「へっ? ――――じゃあ、あれは」
 大方夢でも見てたんじゃないのか。全く、どんな夢を見てたのやら。
「夢? …………バ、バカっ、このエロキョン!」
 ハルヒはそう怒鳴ると、俺から枕を引ったくり、布団に潜り込んで隠れてしまった。
 しかし、何故にそこでエロキョンが出てくるんだ?
「うるさい、とっとと出てけ~!」
 解った解った。用が済んだらさっさと帰るから。
「――ってちょっと、なんでキョンがここにいるわけ? いつからいたのよ?」
 突然我に返ったらしく、布団カタツムリ状態のハルヒが頭を出して訊いてくる。まだ熱でもあるのか、布団潜りで息苦しかったのかは解らんが、耳まで真っ赤な顔をしている。
「さっきお前が寝てるときにオフクロさんの許可を得てお邪魔させてもらった。ああ、ちなみにオフクロさんはお買い物に行くって言ってたっけな」
「えっ、それって、今はあたしとキョンの二人きり? …………あんた、まさか――あたしに変な悪戯してないでしょうね?」
 ジロリと俺を睨むハルヒ。だからその、変な悪戯ってのは何のことだ?
「んぐぅ…………大体、あんた、わざわざあたしん家まで何しに来たのよ?」
「今日お前学校休んだろ。なんだかんだ届けるもんがあったから持ってきてやっただけだ」
「そ、そうだったの…………その――――ごめんね、キョン」
 ようやく落ち着いたらしいハルヒだが、案外素直に謝ってきたのは俺も意外だった。と、見ればまた額のシートが半分剥がれかかっている。
「ほら、大人しく寝てろ」
 俺がシートを貼り直すと、ハルヒは仰向けになって
「――ありがと――」
 と呟いたきり口篭ってしまった。
 
 預かっていたプリント類の説明とか、国木田に手配してもらったノートのコピーのことを一通り説明した俺だったが、どうもハルヒは話をまともに聞いていない様子だ。
「ハルヒ、お前まだあんまり具合良くないんじゃないか? もう暫く寝てた方がいいかも知れんな」
「えっ、だ、大丈夫だって。――明日にはちゃんと学校に行けるんだから」
 でも、さっきからお前、ずっと惚けてたじゃないか。
「あっ――――」
 俺の指摘に一瞬目を逸らしたハルヒだったが、やがて起き上がったかと思うと、俺に向かっておずおずと訊いてきた。
「ねえキョン。あんたはSOS団の団員その一として、今まであたしについて来てくれたじゃない? その――――あたしに色々と引っ張りまわされるのって、嫌々だったりとか、後悔とか、してたりしない?」
 何だか今更な質問だな。それともなんだ、病は気からともいうし、風邪をひいたせいでハルヒもちょっとだけ弱気になっていたりするのかも知れん。
「別にしてないぞ。――まあ、一度も後悔したことがないかと言われれば、過去には何度かあったかも知れんが、お前が嫌いだってんなら、俺は今この場にいたりはしないだろうさ」
「そ、そう?」
 ハルヒは不安そうな目で俺を見ると、更に続けて質問してくる。
「でも、男性ってのは一般的には、その、女性をリードしてあげるものってされてるじゃない。まあ、あたしからすれば滑稽極まりないことなんだけど…………例えばキョンにだって、そういう、女の子にカッコいい所見せたいとかってことはないわけ?」
 はあっ? なんでそういう話になるのか全く俺には解らん。
「まあ、全くそういうのが無いわけじゃないけどな。でも、俺はお前に対してカッコ付けようとか、そういうことは思わんな」
「――――何でよ?」
「俺如きがハルヒに何か敵うことがあるとも思えんからな。第一、俺が率先してお前を引っ張っていくなんてのは想像も付かん。今まで通り、俺にはお前のことを後ろからフォローするのが精一杯だしな」
「…………」
 ハルヒは何も言わず上目遣いで俺の方を見つめていた。何だ、この反応は?
「まさか、ハルヒ――ひょっとして、お前は俺に何かリードして欲しいことなんてのがあったりするのか?」
「んなっ、バ、バカじゃないの、このエロキョンが!」
 再び枕を振り上げて俺を叩きのめそうとするハルヒだったが、バランスを崩して身体ごと俺に向かって倒れ込んでくる。
「きゃっ!」
「お、おい?」
 抱き起こそうとした弾みで、俺とハルヒの顔面の距離は三センチにも満たない状態になってしまう。
「…………キョン」
「ハ、ハルヒ?」
「んんっ――――」
 って、何故そこで目を閉じたりしますかハルヒさん? え、えーと、こういうときはどうすればいいんだ? 確か、素数を数えるんだっけ? 3.14159265358979……
「ぶへっくしゃい!」
「ぬおゎぁ!」
 またしても至近距離からハルヒのクシャミ攻撃を食らってしまった俺なのだった。合掌。って、何だハルヒ、その顔は。
「ふんだ。…………キョンの意気地ナシ」
 
 ところで、最近のハルヒの不機嫌の原因だが、どうも今ひいている風邪の予兆を花粉症と勘違いして変に対策していたためらしいことが判明した。
「だって、花粉症の薬って結構眠くなるじゃないのよ。で、カフェインとかも合わせて飲んでたら、何だかずっとムカムカしちゃうし」
 やれやれ、生兵法はなんとやら、だな。ちゃんとアレルギー検査とか受けないとヤバイだろ。
 でもまあ、何にせよお前の機嫌が直って良かったよ。と、牛乳プリンを美味しそうにパクつくハルヒを眺めながら俺はひとまず安堵したのだった。
 
 翌日、散々ハルヒのクシャミを間近で浴び続けたのが悪かったのか、見事に風邪をうつされて寝込んでしまった俺なのだった。
 って、ハルヒよ。見舞いに来てくれたんだったら、もう少しぐらい愛想良くしてくれてもいいんじゃないか?
「うっさいわね。今日はクラスのみんなから色々質問攻めにあって大変だったんだから」
 質問? 一体何だろうな。
「いいから、あんたは大人しく寝てなさいよ! ――この鈍感男」
 ハルヒはそう叫ぶと、冷却シートを俺の額にピシャリと貼り付けたのだった。
 一応、俺は病人なんだがな。もうちょっとは気遣ってもらっても罰は当たらんと思うぞ。
「それだけ理屈こねられるようならまだまだ平気みたいね。さっさとそんな風邪なんか治しちゃいなさい! そうじゃないと――」
 一旦そこで言葉を止めたハルヒは、
「あたしの前に空席があるのって、なんだか落ち着かないの。だから――明日からちゃんと学校に来なさいよ。解った? いいわね!」
 と、真っ赤な顔で怒鳴りつけると、腕組みをしてそっぽを向いてしまった。
 
 まあ、いつぞやもお前は団員の心配をするのが団長の務めとか言ってたしな。そのちょいとばかり不器用な気持ちはありがたく受け取らせてもらうことにするぜ、ハルヒ。

イラスト

以上です。ちょっとツン成分の加減がわからんので変かも orz
 
ラクガキさん。やっぱりちょっとキツめだな(´・ω・`)
 
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