概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
Nervous breakdown | 92-90氏 | 08/06/19 | 08/06/19 |
作品
1
不思議を見つけるためだったのか,仲間が欲しかったのか,今では分からない。
理由なんかどうでもいい。SOS団の毎日はこの上なく楽しいから。
一年が過ぎても,それは変わらない。みんなとの絆も日々深まっていく。
変わったとすれば,あいつと一秒でも長く一緒にいたいと思う,あたし。
あいつは不平を言いながら,必ず団活に参加する。あたしを本気で叱ってくれる。
授業中もあたしに振り向いてくれる。あたしの言葉を聞いてくれる。
SOS団を作って間もない頃,あたしは夢の中で暗い世界に閉じこめられた。
不思議に遭遇して,喜びと不安で混乱するあたしを救ったのは,あいつだった。
キスを,してくれた。…思えば,それが精神病の始まり。
恋愛なんて精神病と切って捨てたのはあたしの方。
だから,あいつはあたしに恋心なんて抱いてくれない。
あたしが病に冒されてるなんて考えもしない。解っている。それは自業自得。
団員の恋愛は禁止なんて声高に言うのは,有希とみくるちゃんへのつまらない嫉妬。
二人だけじゃない。いつかの小説でデートをしたという娘。「親友」の佐々木さん。
あいつの過去にすら煩悶する,醜いあたし。
もう,隠しようもない。狂おしいほどあいつが好き。
だから,あたしはあいつに嫌われたくないはず。なのに。
恋人達のように歩幅を合わせて歩けない。追いつかないあいつに理不尽に苛立つだけ。
そのくせいつも心の中で叫んでいる。あたしの傍にいてと。
2
6月。雨が降っている。
あたしは,終礼までずっと机に突っ伏していた。
このところ続く憂鬱は,雨のせいだけじゃないことは分かっている。
あいつは休み時間の度にあたしを覗き込んだ。心配して…くれいていた,はず。
でも,あたしは素直にあいつの問いかけに答えられない。それはいつものこと。
あたしは愁眉を閉じたまま,もの言いたげなあいつと部室に向かった。
いつもの光景。みくるちゃんの美味しいお茶。有希の絵画のような読書風景。
古泉くんとあいつの静かな熱戦。
一戦終えたあいつがみくるちゃんと楽しげに話している。
あいつに話を振られた有希が,珍しく会話に混じっている。
あいつは,あたしには見せない笑顔で3人と話している。
夢の中では二人きりだったのに。あたしだけに話をしてくれたのに。
あいつがこの世界の方がいいといったから-
あれは,夢。二人きりの世界なんて望むべくもない。
あいつのせいにしそうな自分をようやく押し止めて,あたしは終了を宣言した。
有希の本が閉じられる前に。
3
あいつに声を掛けられるまで,あたしはどこをどう歩いてきたかも覚束なかった。
傘を持つ手も緩んで,肩が濡れてしまっていた。
あいつは,夢遊病者みたいなあたしの様子を見て,追いかけてきたと言った。
あたしは子供のような悪態を吐いて,そっぽを向く。
涙は,見られたくなかったから。
あいつはあたしの後ろを歩きながら,ぽつ,ぽつと話しかける。
最近上の空だとか,悩み事なら言ってみろとか,雨音に交じり,止め処なく続く。
あたしは生返事を返しながら,部室での疎外感を思い出す。
もっと近づきたい。もっと傍にいたい。なのにあいつは遠い。
それはあたしのせい。みくるちゃんのように真摯に,有希のように一途になれれば。
いつもの無限回廊に入り込む。幾度となく繰り返された自己嫌悪。
次の信号で,あいつは別れを告げて家に帰るだろう。
あたしの不機嫌の理由を分からず仕舞で,世話の焼ける奴だなんて思いながら。
心の裡だけで悩んで,でも納得できずに懊悩して。
また繰り返すのと,あたしがあたしに問いかける。
ふと沸き起こるあの狂おしい感情。そう,精神病。
こんなに悩むのはあいつのせい。部室での殊勝な自制も忘れてあたしは思う。
あいつが気にしてくれているうちに。あたしを見てくれいているうちに。
決意と興奮半ばのうちに振り向くなり,あたしは言葉をぶつけた。
4
あいつは驚いた顔であたしを見つめ,でもじっと支離滅裂な告白を聞いてくれた。
およそ告白とは思えない言葉を出し尽くすと,あたしは少し早足で前に出た。
顔が上気しているのが分かる。それに,あいつの顔をまともに見ていられない。
沈黙の中,歩き続ける。沈黙は不安を呼ぶ。
不安はもがくような怒りに変わり,やがて言い様のない哀しみになる。
振り向きたい。でも。
その時,不意にあたしの横にあいつが並んだ。思わずあいつを見つめる。
あいつは前を見据えたまま,あたしの手を握る。
そして,あいつが少し照れたように囁いた言葉は,あたしの生涯の宝物になった。
気付くと雨は上がり,霞に滲む夕陽があたしたちを覆う。
あいつに抱き竦められ,足元から伸びる2つの影が,不意にひとつになる。
ぎこちなく抱きしめるあいつの胸の中で,あたしはようやく安堵した。
そして,いつも言いたくて言えなかった,何の変哲もない言葉を呟いた。
今日からは,あいつを見つめて言える。
「ありがとう,キョン。」