Nervous breakdown (92-90)

Last-modified: 2008-06-22 (日) 03:54:16

概要

作品名作者発表日保管日
Nervous breakdown92-90氏08/06/1908/06/19

作品

  
 
 不思議を見つけるためだったのか,仲間が欲しかったのか,今では分からない。
 理由なんかどうでもいい。SOS団の毎日はこの上なく楽しいから。
 
 一年が過ぎても,それは変わらない。みんなとの絆も日々深まっていく。
 変わったとすれば,あいつと一秒でも長く一緒にいたいと思う,あたし。
 
 あいつは不平を言いながら,必ず団活に参加する。あたしを本気で叱ってくれる。
 授業中もあたしに振り向いてくれる。あたしの言葉を聞いてくれる。
 
 SOS団を作って間もない頃,あたしは夢の中で暗い世界に閉じこめられた。
 不思議に遭遇して,喜びと不安で混乱するあたしを救ったのは,あいつだった。
 キスを,してくれた。…思えば,それが精神病の始まり。
 
 恋愛なんて精神病と切って捨てたのはあたしの方。
 だから,あいつはあたしに恋心なんて抱いてくれない。
 あたしが病に冒されてるなんて考えもしない。解っている。それは自業自得。
 
 団員の恋愛は禁止なんて声高に言うのは,有希とみくるちゃんへのつまらない嫉妬。
 二人だけじゃない。いつかの小説でデートをしたという娘。「親友」の佐々木さん。
 あいつの過去にすら煩悶する,醜いあたし。
 
 もう,隠しようもない。狂おしいほどあいつが好き。
 だから,あたしはあいつに嫌われたくないはず。なのに。
 恋人達のように歩幅を合わせて歩けない。追いつかないあいつに理不尽に苛立つだけ。
 そのくせいつも心の中で叫んでいる。あたしの傍にいてと。
 
 
 
 6月。雨が降っている。
 あたしは,終礼までずっと机に突っ伏していた。
 このところ続く憂鬱は,雨のせいだけじゃないことは分かっている。
 あいつは休み時間の度にあたしを覗き込んだ。心配して…くれいていた,はず。
 でも,あたしは素直にあいつの問いかけに答えられない。それはいつものこと。
 あたしは愁眉を閉じたまま,もの言いたげなあいつと部室に向かった。
 
 いつもの光景。みくるちゃんの美味しいお茶。有希の絵画のような読書風景。
 古泉くんとあいつの静かな熱戦。
 
 一戦終えたあいつがみくるちゃんと楽しげに話している。
 あいつに話を振られた有希が,珍しく会話に混じっている。
 あいつは,あたしには見せない笑顔で3人と話している。
 
 夢の中では二人きりだったのに。あたしだけに話をしてくれたのに。
 あいつがこの世界の方がいいといったから-

 あれは,夢。二人きりの世界なんて望むべくもない。
 あいつのせいにしそうな自分をようやく押し止めて,あたしは終了を宣言した。
 有希の本が閉じられる前に。
 
 
 
 あいつに声を掛けられるまで,あたしはどこをどう歩いてきたかも覚束なかった。
 傘を持つ手も緩んで,肩が濡れてしまっていた。
 あいつは,夢遊病者みたいなあたしの様子を見て,追いかけてきたと言った。
 あたしは子供のような悪態を吐いて,そっぽを向く。
 涙は,見られたくなかったから。
  
 あいつはあたしの後ろを歩きながら,ぽつ,ぽつと話しかける。
 最近上の空だとか,悩み事なら言ってみろとか,雨音に交じり,止め処なく続く。
 あたしは生返事を返しながら,部室での疎外感を思い出す。
 もっと近づきたい。もっと傍にいたい。なのにあいつは遠い。
 それはあたしのせい。みくるちゃんのように真摯に,有希のように一途になれれば。
 いつもの無限回廊に入り込む。幾度となく繰り返された自己嫌悪。
 
 次の信号で,あいつは別れを告げて家に帰るだろう。
 あたしの不機嫌の理由を分からず仕舞で,世話の焼ける奴だなんて思いながら。
 
 心の裡だけで悩んで,でも納得できずに懊悩して。  
 また繰り返すのと,あたしがあたしに問いかける。
 
 ふと沸き起こるあの狂おしい感情。そう,精神病。
 こんなに悩むのはあいつのせい。部室での殊勝な自制も忘れてあたしは思う。
 あいつが気にしてくれているうちに。あたしを見てくれいているうちに。 
 決意と興奮半ばのうちに振り向くなり,あたしは言葉をぶつけた。
 
 
 
 あいつは驚いた顔であたしを見つめ,でもじっと支離滅裂な告白を聞いてくれた。
 およそ告白とは思えない言葉を出し尽くすと,あたしは少し早足で前に出た。
 顔が上気しているのが分かる。それに,あいつの顔をまともに見ていられない。
 沈黙の中,歩き続ける。沈黙は不安を呼ぶ。
 不安はもがくような怒りに変わり,やがて言い様のない哀しみになる。
 
 振り向きたい。でも。
 
 その時,不意にあたしの横にあいつが並んだ。思わずあいつを見つめる。
 あいつは前を見据えたまま,あたしの手を握る。
 そして,あいつが少し照れたように囁いた言葉は,あたしの生涯の宝物になった。
 
 気付くと雨は上がり,霞に滲む夕陽があたしたちを覆う。
 あいつに抱き竦められ,足元から伸びる2つの影が,不意にひとつになる。
 ぎこちなく抱きしめるあいつの胸の中で,あたしはようやく安堵した。
 そして,いつも言いたくて言えなかった,何の変哲もない言葉を呟いた。
 今日からは,あいつを見つめて言える。
 
 「ありがとう,キョン。」