概要
作品名 | 作者 | 発表日 | 保管日 |
Petit-kyon | 85-958氏 | 08/04/04 | 08/04/04 |
作品
ある土曜日の夕方のことなんだけど――。
いつものSOS団の市内不思議探索パトロールが終わってみんな解散した後、あたしは何気なく駅前の商店街に足を戻していたの。
ちょっとした買い物を済ませて、しばらくうろうろしていたあたしは、いつからそこにあったのかも解らない、不思議な雰囲気のファンシーショップの前で立ち止まっていたわ。
あたしがそのお店にフラフラと吸い込まれるように入ってしまったのは、どうしてなのかよく覚えていない。
ただ、気付いたらそこには、たくさんの可愛らしいぬいぐるみやら、キーホルダーが所狭しと並んでいて、あたしは、
「うわぁ~――」
と、つい声に出してしまっていたのよね。
「……ようこそ」
「ひぃっ!」
突然、背後から誰かに声を掛けられてビックリしてしまった。もう、なによ、驚かさないでくれる?
って、なんだ、お店のご主人かしら。
「……ゆっくりしていってね」
「えっ、あ、はい」
つられてなんとなく畏まってしまう。あー、でもどうしよう? このお店でなにか買うなんてのは予定外のことだし、かといって、このまま出て行ってしまうのも、なんだかとっても悪い気がするじゃない。
わけも解らず、あたしは笑顔で誤魔化そうとしてしまう。
「あなた――綺麗な瞳をしているわね」
「へっ?」
マヌケな返事をしてしまうあたし。ああもう、これじゃまるでバカキョンみたいじゃないのよ。あんまり一緒にいたからマヌケがうつっちゃったのかしら?
「気に入ったわ。あなたにはこれをあげる」
そういってご主人は後ろの棚から、なにかが入った紙袋をあたしに手渡したのだった。
「ええっ? あの、すみません。理由もなくこんなにしていただいても……」
「いいのよ。あたしからのサービス。受け取ってくれる?」
「――は、はい」
「きっとあなたにも気に入ってもらえると思うわ」
そういってご主人はニッコリと微笑んだ。
「あ、ありがとうございました」
そういってあたしはそそくさと店を後にしたのだった。
後から気付いたけど、結局あの店ではなにも買い物しなかったな、悪いことしたわね、キーホルダーの一個ぐらい買ってもよかったかな、とか後悔してももう遅い。
まあいいわ。今度近くに来たらきっとなにか買ってみよう。うん、それでいいわよね。
あたしのその考えは結果的には実行できなかった。なぜなら、あたしは二度とそのお店を見つけることができなかったのだから。
家に帰って紙袋から中身を取り出す。
「って、ちょっと、なにこれ?」
中身はぬいぐるみの人形だった。どこかで見たことがあるような――ウチの学校の制服によく似た――ブレザーとズボン着用のその男子の顔は、どこかマヌケなところがキョンそっくりだった。
「ぷっ、くっくっく………きゃはははははは! あー、おっかしいわ。ほんとにソックリ」
つい、お腹を抱えて大爆笑してしまうあたし。あはぁ、苦しいわ、い、息が……。はあっ、はあっ――。
ひとしきり笑った後、じっくりとそいつを眺める。マヌケ顔なクセにどことなく生意気そうなところがまたキョンみたいじゃない。
「決めたわ! あんたは今日から『ぷちキョン』よ! あたしは涼宮ハルヒ、SOS団の団長なの。よろしくね、『ぷちキョン』!」
そういって、『ぷちキョン』をぎゅっと抱きしめてしまう。って、なにしてんのかしら、あたしって――。
思わず我に返る。頭に、顔中に血が上ってくるのが解る。やだやだ、なに恥ずかしいことしてんのよ!
あたしは手にしていた『ぷちキョン』を放り投げてしまった。壁にぶつかって跳ね返り。床の上で転がって部屋の隅で止まる『ぷちキョン』。
しばらく肩で息をしていたあたしは、少し冷静になれたけど、それと同時になんともいえないぐらい胸が痛かった。
なぜなら、ひっくり返ったままの『ぷちキョン』がこっちを見ているその表情が、あたしにはどこか悲しそうにみえてしまったから。
あたしは立ち上がって壁際まで行くと、『ぷちキョン』を拾い上げてから、ベッドの上にひっくり返った。
腕の中に『ぷちキョン』を抱いて、あたしはなんとなく独り言を呟いてしまう。
「ごめんね『ぷちキョン』。あんたは何にも悪くなかったのにね――大丈夫? 痛くなかった?」
高校生にもなってなにやってるんだろうとか頭のどこか片隅で考えながらも、あたしはその日から、自室に篭っては『ぷちキョン』に話し掛けるのが習慣になってしまったの。
あーあ、こんなこと、間違ってもみんなには――特に、キョンの奴には――絶対知られたくないわよね。
「ただいま、『ぷちキョン』」
学校から帰ってきて、『ただいま』のキス。
えっと、朝出かける前には、もちろん『いってきます』のキスもしてるわ。『おやすみなさい』と『おはよう』の分は……布団の中で一緒に寝てるから、どれがそうなんだか、あたしにもわかんないけどね。
まあ、そんなことはどうでもいいわ。あたしは『ぷちキョン』にちょっとだけ後ろを向いててもらってから着替えを済ますと、『ぷちキョン』を抱えてベッドの上に転がった。
「あーもう腹立つわね、キョンの奴って。なにもあんな言い方しなくてもいいじゃないのよ! ねえ『ぷちキョン』? あんたもそう思うでしょ」
あたしの腕の中で、『ぷちキョン』はマヌケ面のまま黙ってる――――まあ、当たり前のことだけど。
学校でなにかある度、あたしは家に帰ってから『ぷちキョン』にそのことを報告するのが日課みたいになっていた。
最初はムカついたときなんか、『ぷちキョン』に思いっ切り当たり散らしたりもしたんだけど、その都度、部屋の端っこで悲しそうに転がっている『ぷちキョン』を慌てて取りに行っては、ギュっとハグすることになってしまうの。
「ごめんなさい……『ぷちキョン』」
やがて、あたしは『ぷちキョン』のことを大事に扱うようになっていたわ。ちょっと汚れちゃったかな、って思ったら、一緒にお風呂に入って綺麗にしてあげたりとかね。
ああ、当然目隠しはさせてたわよ、一応だけどね。
――――――――――――――――
「ねえ、聞いて『ぷちキョン』。今日のキョンったら、メチャメチャおマヌケだったのよ……」
――――――――――――――――
「そういえば、今日のキョンはちょっと変だったかもね。ずっとなにか言いたそうにしてるのに、あたしが見たら慌てて目を逸らしてんの。バレバレなんだけど。……はあっ、それにしても言いたいことがあるんならハッキリ言いなさいよ! ねえ『ぷちキョン』」
――――――――――――――――
ある日の晩――『ぷちキョン』が来てから数ヶ月後のことだった。
あたしは夢を見ていた。
といっても、いつもみたいにムシャクシャしてなにもかもぶっ壊したりとかするわけでもなければ、キョンの奴が出てきてあたしに恥ずかしいことをするなんて悪夢でもなかったわ。
ええ、そうよ。その夢には『ぷちキョン』が出てきたの。
「ねえ『ぷちキョン』。一体どうしたの?」
「わるいな、ハルヒ。おれはもういかなくちゃならない」
なんだろう、『ぷちキョン』があたしに向かって喋ってる。でもあたしは不思議と意外に感じなかった。
「行くって、どこに?」
「おれがほんらいいなければならないばしょに、さ。ハルヒ――いままでいろいろとありがとうな。おまえのおかげでおれはひつようなちからをとりもどすことができたんだ」
「って、ちょっと? なによあんた、まさか――あたしの前からいなくなっちゃうってこと?」
「すまん――だから、おわかれのあいさつにきたんだ」
「だ、ダメよそんなの! 『ぷちキョン』がいなかったら、あたしはこれからどうすればいいの?」
「ハルヒ――もうおまえもきづいてるんだろ?」
「……えっ?」
「ハルヒはおれじゃなくて『俺』につたえたいことをなんでもぶつければいいのさ」
「――『ぷちキョン』――」
「おれは『俺』のみがわりでしかなかったんだ。だいじょうぶ。おれにむかっていえたことを、『俺』にいえばいいだけのことじゃないか。かんたんだろ、そんなの」
「…………解ったわ。ねえ『ぷちキョン』。今までありがとね」
「ああ――ハルヒ、がんばれよ。……じゃあな」
あたしの目の前で、『ぷちキョン』は淡い光の粒々になって、空気に溶けるように消えてしまった。
「……!」
朝、目を覚ましたあたしの頬を、温かなものが零れた。
あたしの両腕の中には――もう、なにもなかった。でも不思議なことに、あたしはそのことをごく自然に受け入れていたの。
「さよなら――『ぷちキョン』」
さあ、さっさと顔を洗ってこなくちゃ。
今日はいつも以上に気合を入れて行こう。きっと、言いたいこと全てをぶつけることはできない。でもそうね――まずは簡単なことから。
朝の教室で、マヌケ面を晒してやってくるあいつに、あたしは力いっぱい叫んでやるつもりなのだ。
「おはよう! キョン」と。
イラスト
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