Photo Mirage (104-957)

Last-modified: 2009-01-24 (土) 02:22:49

概要

作品名作者発表日保管日
Photo Mirage104-957氏09/01/2309/01/24

作品

 目に見えるものが全てではない、だとかいう小難しい論を唱えるつもりは毛頭ないのだが、幻とか蜃気楼の類のように、ありもしないものが見えるのならまだしも、あって然るべきものが見えないのであれば、そこには何も存在しないのだろう。
 ああ、のっけから申し訳ないが、ただの独り言なので大した意味はない。あまり気にしないでくれ。
 しかし、普段はその場にいるというだけで強烈な存在感を放っている人物がいないってのは、こうまでも違和感を覚えるということなのだとはね。
 
 というわけで、もうみなさんもお気付きのことと思うのだが――ハルヒがいない。
 
 本日の教室の俺の後ろは空席、とはいっても、いつぞやのようにハルヒの存在そのものが消えてしまったということではなさそうだ。
 ホームルームでも岡部教師が「涼宮は欠席か? おかしいな」なんてことを言っていたのだが、どうもハルヒは学校に何も連絡してこなかったらしい。ってことは単にサボりってことなのだろうか?
 
 全く、一体どこで何してやがるんだよ?
 
「おいキョン、どーしたんだ、そんなに不景気そうな面して? そういえば涼宮が休みなのって何か関係あるのか? まあ、夫婦喧嘩もほどほどにしておけ」
 おい谷口、何でハルヒの欠席に俺が関係あるんだ? つーか、何だよそのフウフゲンカってのは? 意味が解らん。
「まあ、谷口もそのぐらいにしておきなよ。涼宮さんがお休みでしょんぼりしてるキョンをからかうのもなんだか可哀想じゃないか」
 いや、だから、誰がしょんぼりしてて可哀想なんだって?
「いやいや、悪かったキョン。国木田の言う通りだ。最愛の嫁が傍にいなくてがっかりしているお前をからかったりしたら罰が当たるに違えねーな」
 なんつーか、どいつもこいつもバカばっかりだ。相手しているだけで憂鬱の度合いが増して疲れるばかりだし、放っておくに限るな。ふう、やれやれ。
「これまた盛大な溜息だな」
「ほんと、かなり重症だよね」
 知らん、無視だ無視!
 
 その日の放課後、どうせハルヒはいないんだし、部室に行かなくても文句言われないだろうが、さてどうしたものか、と鞄を担いで廊下に出たところ、
「おや、丁度よいタイミングでしたね」
 ああ、妙にタイミングだけはバッチリだな、古泉。ハルヒなら今日は来てないぞ。
「ええ、そのことに関して、少々お話があるものでして」
 相変わらず顔面に貼り付けているニコニコ笑顔は普段と変わりなさそうなのだが、その態度に俺は何か引っかかりを覚えた。
「ここで立ち話というのもなんですから、とりあえず部室まで、よろしいでしょうか?」
 とか言いながら、俺の返事も聞かずに歩き始めた。正直、この場で俺が異を唱えて帰るとか言ってみたら、果たしてコイツはどんな反応を見せるであろうか?
 なんてことをほんの一瞬だけ考えてみたりもしたのだが、結局俺はそのまま古泉の後に続いた。まあ退屈しのぎにすらなりもしないような下らんことにわざわざエネルギーを使うこともないだろう。
「既に機関からも報告が届いているのですが、本日に入ってから涼宮さんの所在が確認できなくなっているのですよ」
 な、何だって?
「行方不明――いえ、そもそも存在しなくなっている、と言った方が正確なのでしょうか。実際、僕自身、自分の感覚で涼宮さんのことが捉えられなくなっているのです」
 いや、でも、担任もクラスの連中もみんなハルヒの存在自体は認識してるみたいだったぞ。どういうことだ?
「失礼。彼女の存在の痕跡が消失しているというわけではありません。そうですね……涼宮さんの『実体』そのものがこの世界から切り離されている状態、と言ってもいいかもしれません」
 何だかますます解らんぞ。俺も自分の頭のバカさ加減には我ながら呆れているところだが、もう少し理解可能な言い方はできないのか?
「申し訳ありません。僕も事態の全容を把握していると言うわけでもありませんですので……」
 丁度その時点で俺たち二人は文芸部室に辿り着き、ドアを開けたその向こうには、
 
「あ、キョンくん、それに古泉くんも……。あ、あの、涼宮さんの身に、なにかあったんですか?」
 既に涙目で俺たちに声をかけてきたマイスィートエンジェル朝比奈さんと、
「…………」
 例によって無言のまま視線だけを真っ直ぐこちらに返してきた長門が待機状態であった。
 
「では、僕の方から、現状で確認出来ていることを報告させてもらいます」
 そう切り出した古泉は、先程道すがら俺に話した内容の繰り返しを説明し、
「……と、以上なのですが、長門さんの方では何か解っていることはありませんか?」
 と、長門に促した。長門は俺の方にチラッと目線を遣したので、俺も反射的に頷きを返す。って、この反応は一々俺に許可を得ているというよりは、俺がちゃんと話について来れているか確認しようとしただけなのだろうな。
「本日未明、正確な時刻は四時八分二十九秒の時点より、涼宮ハルヒはわたしたちの存在するこの三次元空間から別次元に写像された」
 はっ?
「写像先は二次元。つまり平面」
 そういって長門は背後に振り返ると、部室の壁に貼られている一枚の写真――いつだったか撮影したSOS団五名の集合写真――って、
「あれ? 涼宮さん、どうして写ってないんですかぁ?」
 朝比奈さんの言う通り、真ん中に写っていたはずのハルヒの姿が消えているではないか!
「まさか、涼宮さんの存在が切り離されたことで、写真画像からも失われてしまったと言うことですか?」
「そうではない。……しばらく待って」
 長門の言葉に従い、固唾を呑んで壁面の写真を注視する朝比奈さんと古泉と俺。沈黙が部室内を満たし、素潜りの世界記録保持者でもそろそろ窒息してしまうのではなかろうかといった時間が経過した後、
「うん?」
「おや」
「あれっ、今……なにか動いたような」
 朝比奈さんの呟きの通り、写真の奥で何者かの影が横切ったような……と、その影は唐突に画像内の朝比奈さんの胸部を背後から鷲掴みにした!
「なっ?」
「ふえぇっ!」
「は、ハルヒ?」
 なんてこった! 信じられないことだが、写真の中をが動き回っていた影の正体はハルヒだったのだ。
 って、こいつ画像の中で朝比奈さんが逃げられないのをいいことに、色々な部位にタッチしまくったり、スカートを捲りあげてみたりと、イタズラのし放題である。何て羨まし……いや間違い、何考えてやがるんだ、おい!
「は、恥ずかしいですよぅ……見ないでぇ」
 朝比奈さんは顔を真っ赤に染めて、両手で自分の目を覆って叫んでいた。って、それ、自分が見えないだけであまり意味ないのでは?
「ふーむ、これは一体どういったことなのでしょう?」
 真面目なこと言いながら、お前も何ジロジロ見てるんだよ、古泉?
「ああ、失敬。ところで長門さん……涼宮さんが平面に写像されたと先程は仰ってましたが」
「涼宮ハルヒは、自身を変面に写像しただけではなく、この写真画像を基に擬似的な空間を構築している。自身の情報が三次元の物であるため、必要に迫られての措置と推測」
 長門はそのように俺にとってはクエスチョンマークだらけな説明すると、一台のコンパクトデジタルカメラを手にしていた。ってそれはハルヒが写真部からガメてそのままになってるやつだっけ?
「このカメラは、現在撮影画像の中央に位置する人物を二次元に写像する機構が付加されている。その効力があの写真撮影の時点にまで干渉したものと判断できる」
 おいおい、それじゃ、そのカメラであの集合写真を撮ったから、ハルヒはあの写真の中に入り込んじまったってことなのか?
「そう」
 やれやれ、全く何事につけても人騒がせなことこの上ないやつだな、アイツは。
「ふふふ、まあそれが涼宮さんの涼宮さんらしさであることにあなたも気づいておられると思いますが」
 おい、何ニヤニヤ笑ってやがるんだ、気色悪い。
「いえ、なんだかあなたも涼宮さんの姿を目にして安心されているように見えたものですから」
 放っとけ! って、そもそもハルヒは、どうしてそんなことしでかしちまったんだ?
「あっ、そういえば涼宮さん……」
「なるほど、確かにそうでしたね。あなたも思い出したのではありませんか、昨日のここでの一件を」
 古泉の言葉で俺も思い出しちまった。それは昨日の放課後のこの部室内でのこと。
 
 ………
 ……
 …
 
「すみませーん、すっかり遅くなっちゃいましたぁ。はふぅ」
 放課後の文芸部室にしてSOS団のアジトに、我らのおしゃまなキューピッドである朝比奈さんが息を切らせて入ってきたときには、既に俺を含めた残りのメンバーは勢ぞろいしていた。
 といっても、ハルヒはネットサーフィン中、長門は読書、俺は古泉がとある筋から仕入れてきた、統合でなくなってしまうファミレスチェーンを題材にした特製カードゲームに興じていただけのことである。
 まあ、朝比奈さんが最後に現れるってのもあまりなかったような気がするな、そういえば……覚えているだけでも……そうそう、喜緑さんをここに連れてきたときぐらいしか思い当たらんね。
 しかし、部室内で制服姿の朝比奈さんのお姿を拝見するのも中々新鮮味があってよろしい。って古泉、お着替えタイムだから外に出るぞ。
「ああ、そうですね。気がつきませんでした」
 と、外に出ようとした俺と古泉の二人を制して朝比奈さんは告げた。
「あ、あの、すみません。今日はこの後、また行かないといけないところがあって……」
「あら、みくるちゃん。なんだか妙に忙しそうね。どうしたの?」
 ハルヒの問いに、朝比奈さんはどこか申し訳なさそうな表情で、
「じ、実は……書道部の方に呼び出されてるんです」
 なんでも、書道部にどこからか取材があったらしく、頭数揃えのために、以前在籍していた朝比奈さんにまでお声がかかったとのことである。
「なんでよ? みくるちゃんはあたしの、SOS団の大切な団員なのよ! 何で書道部から今更呼び出されなくちゃいけないわけ?」
 こらハルヒ、元はと言えば、お前が朝比奈さんの身柄を書道部から強制的に引っ張ってきただけのことだろうが。感謝こそすれ、ちょっと協力するのぐらい嫌がることはないだろ?
「もう、仕方ないわねぇ……まあいいわ、みくるちゃん、行ってらっしゃい。でもちゃっちゃと用事済ませて、一刻も早く戻ってきなさいよねっ!」
「は、はいぃ! い、行ってきまーしゅ」
 ハルヒの許可を無事得ることの出来た朝比奈さんは、慌ててドアから飛び出して行った。って、そんなに焦ると危な……、
「わぴぃ!」
 と、その瞬間、悲鳴と同時に派手な転倒音が聞こえてきた。
「ふえぇ……痛いですぅ」
 はあ、やれやれ。怪我とかされていないか心配ですよ。
「うんうん、さすがはみくるちゃん、ナイスよ! ちゃんと萌えのツボってものを把握してなきゃ出来る芸当じゃないわ」
 ってハルヒ。お前も妙なところで感心してるんじゃありません。
 
 そして、しばらくの時間の経過の後、我らがミラクルハニーな可愛らしい先輩は、少々緊張の抜けきらない面持ちでご帰還あそばされた。
「ほへぇ~、何だか肩が凝っちゃいました。いっぱい写真撮られちゃったし、知らない内に集合写真まで撮影しますよって聞いて、ビックリしちゃいました」
 なるほど、ハルヒの発想ではないが、写真撮影があると言うのなら、それに対してまさにベストな人選だったと言わざるを得ないね。
「むう……今度からちゃんとレンタル料貰わないと損よね。一分百円ぐらいが妥当なところかしら?」
 一体何考えてやがるこのアマ。
「つーかハルヒ、お前仮にも団長なんだろ。人の上に立とうって者が、そんなセコイこと言っててどうするんだ?」
「なによ偉そうに。第一みくるちゃんはうちの映画の主演女優でもあるのよ。そのぐらい吹っ掛けても罰は当たらないわ」
 とか何とか言いながら、いつの間にかハルヒはパイプ椅子に座った朝比奈さんの背後に回りこんで、その肩を揉んでいた。何だろう、アイツなりの労いの意思なんだろうかね? ついでにいつものお礼にお茶でも淹れて差し上げたらいいんじゃないか?
 
「ところで、書道部の方が仰っていたんですけど……」
 と、マッサージされながらの朝比奈さんが尋ねてきた。
「あの、例えば三人並んで写真に撮られたりすると、真ん中の人の縁起が悪いとか、不幸があったりするとか聞いたんですけど、どうしてなんですか?」
 すかさず、こういう薀蓄なら自分の出番だ、とばかりに古泉が、
「そういえば写真撮影が日本に伝わってしばらくの間は、写真を撮ると魂を吸い取られるという迷信があったようですけどね」
 などと話に加わってきた。
「でも古泉、それだけだと真ん中の人が、ってのの説明にはなってないんじゃないか?」
「ふむ、そういえばその通りです。なるほど、何故真ん中の人が対象なのですかね?」
 と、それまで沈黙を貫き通してきていた長門がその口を開いた。
「当初の写真撮影を行う場合は、その技術的限界により露光時間を比較的長く確保する必要があった。そのため撮影に際して長時間同一姿勢をとる必要があり、それが被写体人物の不安を煽ったものと思われる」
「ああ、そういえば当時のダゲレオタイプは確か露光時間が日中で十分から二十分程かかるのでしたね」
「後には二分程度で露光時間が済むように感光剤やレンズの改良が行われたが、少しでも光量を稼ぐために絞り設定は開放ぎみにすることが行われていたと推測」
 絞りって、それがなにか関係あるのか?
「絞りが開放されることによって被写界深度、即ちピントの合っているように見える領域は狭くなる。このために撮像の中央部分以外はいわゆるピンボケ状態になりがちであった」
「ふむ、大体話は見えてきましたね」
 って、何一人で納得してるんだ、古泉?
「すみません、つまり、これは僕の推測なんですが、長門さんの仰りたいのは当時の写真は中央の人物にピントが合っていたため、その分、例の迷信の『魂を吸われる』効果が集中すると考えた人が多かったのでは、ということではありませんか?」
「概ね。それ以外の要因としては、当時の世相柄、中央に位置する人物は被写体集合の中でもリーダー的人物であることが多く、その場合は他のメンバーよりも年長であるために、寿命の観点から不利であったことも考慮されるべき事項だと思われる」
 まあなんだ、真ん中に写ってる人はお偉いさんで、その分年取ってるから先にお亡くなりになる確率が高いってことか?
「そう」
「あ、あのぅ、何だか難しくて全然よく解らないんですけど、別に写真の真ん中に写っても大丈夫なんですよね?」
 どこかとぼけた様子でありつつも、なんとなく不安そうに質問する朝比奈さんを安心させるべく俺はフォローした。
「まあ迷信ですからね。もしそうでないなら、ハルヒみたいにいつでも真ん中に写りたがってるような奴は真っ先に不幸が訪れるでしょうから」
「ってなによキョン、団長のこのあたしに対するその口の利き方は? まあでも……そうね、もしも本当に、魂を吸い取って記録しちゃうカメラがあったら面白いかもね。気に入らない奴がいたら、あたしがそいつをそのカメラでバシバシ撮ってやるんだから」
 さりげなく物騒なことを言うなよ、こら。
 
 …
 ……
 ………
 
 っていうと、なんだ? まさかハルヒはこのデジカメを自分で言い出した魂を吸い取るカメラにしちまったようじゃないか?
「そう」
 って、何を暢気に構えているんだ、長門?
「これは一時的な事象。涼宮ハルヒがこの状態を維持したいと望んでいるから、擬似空間も構成され続けているものと考えられる」
「要するに、涼宮さんがこの『写真の内部世界』に飽きると、自然にこちらに帰ってこられると言う目算なわけですね」
 飽きたら、ね。まあ確かにハルヒは飽きっぽい性格だともいえる。
「って、何しやがるんだ!」
「おや、どうかしましたか?」
 つい大声を上げてしまった俺につられて、一同件の写真に注目する。
 その中では暴走状態のハルヒがどこに持っていたのか知らんが、サインペンらしきもので俺の顔にラクガキを施している姿が観測できたのだ。
「うぷっ……ご、ごめんなさい、キョンく……ぷふぅ」
「すみません、笑ったり……するのは……失礼だと……くくっ」
「……実にユニーク」
 なあ、俺……泣いてもいい?
 
 と、しばらくして気づくと、写真の中のハルヒの姿が見えなくなっている!
「おい、ハルヒ! チクショウ、一体どこに隠れちまったんだ?」
 つい壁の写真に向かって俺は怒鳴りつけてしまった。
「こちらから叫んでも無駄。わたしたちの声は擬似空間には伝達不能。それよりも問題がある」
 えっ? 何だ長門、その問題ってのは?
「擬似空間の縮退が観測された。このままの状態だと、やがて体積はゼロに収束し、涼宮ハルヒの存在は平面内に定着することになる」
 な、何だって?
「ふむ、もしかしたら涼宮さん自身、元の世界に戻るための方法が解らないために困っておいでなのかも知れません」
 だが古泉、長門の言う通りだとこっちからもハルヒには伝えられないんだろ? 第一、どうやったらアイツをこっちに連れ戻すことが出来るんだ?
「落ち着いてください。僕たちが動揺して焦ったところで、事態に何の進展もないことには変わりありません」
 でも……くそっ、本当に打つ手は何もないのかよ?
「あ、あの、わたし考えたんですけど」
 と、そのとき朝比奈さんがおずおずと発言した。
「さっき長門さんが、そのデジカメで撮影した画像の中央の人を……しゃぞう、でしたっけ? つまりこの写真の中に送っちゃうんですよね? だったら、三人とか並んで写真を撮ったら、真ん中の人は涼宮さんのところにいけるんじゃないですか?」
 ええっ?
「なるほど、それには気がつきませんでした」
「うかつ」
 
 というわけで、ハルヒの作った擬似空間とやらには俺が行くことになった。何故そう決まったかは……特に理由なんかない。なんとなくだ。何か文句でもあるか?
「では撮りますよ。準備はいいですか? ……ああ、もう少し真ん中に詰めてください」
 カメラマン古泉が例のデジカメを構える。
 俺の右手側には長門が、反対側には朝比奈さんが……って、なんで二人とも俺の腕にしがみ付いているんだ?
「えっ、で、でも、古泉君はもう少し詰めてっていってるし、長門さんがそうやってくっついてるし、バランス的にわたしもそうした方がいいのかな、って」
 でも朝比奈さん、どうしてついでにピースサインのポーズまで取っているんですか?
「あっ――!」
「……カラダは正直」
「おやおや……さて、一足す一は?」
「「「二!」」」
 
 パシャ!
 
 一瞬、世界が暗転したかと思いきや、あたりは真っ白な光に包まれて、俺はまぶしくて目も開けられない状況に陥ってしまった。
 しばらくして、瞼を開いた俺の前には、朝比奈さんに長門、そして古泉が微動だにせず突っ立っている前に引っ繰り返っていることに気づいたのだった。
 って、写真内だと俺の姿も……ってなるほどね。写像だか何だか知らんが、俺の存在は写真内部の自分自身に上書きされるってことのようだ。
 さてと、起き上がって俺はあたりを見渡す。
「全くハルヒめ、一体どこで何してやがる……」
 と、視線の先にハルヒがいた。
 その方向に向かって、つい俺は駆け出してしまう。
 
「おいハルヒ、お前……こんなところで膝抱えて座り込んで何してるんだよ?」
 ハルヒは顔も上げずに俺に返事した。
「だって……あたしがなにしても、みんなピクリとも動かないんだもん。つまんない」
 ボソボソと呟いたその口調から、ハルヒの口元が例の形になっているであろうことは見なくても解るってもんだ。
 と、そこでハルヒは急に顔を上げて俺の方に向き直った。
「って……キョン?」
 なんだろう、目が点とでもいうのか、こんな表情のハルヒは俺も初めて見たような気がする。だが、コイツにはもっと似合う表情ってものがあるじゃないか?
「やれやれ……ほらハルヒ、元の世界に帰るぞ。みんなも心配してるし、第一、団長のお前がいないんじゃ、SOS団の活動も始まらんだろ?」
 何故かハルヒは表情を変えずに俺の方をじっと見つめ返してきた。
「……キョン」
「……ハルヒ」
「…………」
「…………」
 って、何だ一体この沈黙は?
 
「……ぷっ」
「?」
「……くっくっく……」
「……な」
「……あーっはっはっは!」
 何だ何だ、一体どうしちまったんだハルヒ?
「あー、おっかしいの、キョンったら。そんな顔して、真面目そうなセリフ吐いちゃって……ぶはははっ……ふ、腹筋痛いじゃないのっ……どーしてくれんのよ、もう!」
 そう言って、ハルヒは大爆笑しながら、どこからか取り出した鏡を俺の前に差し出してきた。そこには、先程ハルヒの施した芸術作品的なイタズラ描きが……。
「あー、コンチクショウ! ふざけんなよ、おい!」
 さすがにペンはカラフルな割に油性ではなかったのが幸いし、俺はハルヒがやはりどこからか取り出したウェットティッシュでもって、何とか顔をスッピンの状態に復帰させることが出来たのであった。
 さて、これからのことだが……そういえばどうすれば元の世界に帰ることが出来るのか、長門に教えてもらってなかったじゃないか。おい、どうするんだ。
 
『アダムとイヴですよ。産めや増やせばいいじゃないですか』
『白雪姫って、知ってます?』
 YUKI.N>sleeping beauty
 
  待て待て、何だ何だ今のフラッシュバックは? って、まさか……またハルヒに俺はあんなことしなけりゃならんとでもいうことなのか? 一体誰の仕組んだ陰謀なんだよ?
 ゴクリ、と唾を飲み込む音が響く。ああ、くそぅ、もうどうにでもなりやがれ!
「ん、ちょっとキョン……どしたの、変な顔しちゃって?」
「い、いや、その……なあハルヒ、そろそろ元の場所に帰らなきゃならんのだが……」
「ああ、そういえばそうよね……はい、キョン」
 って、またまたハルヒはどこから取り出したのか、デジカメと三脚を俺の方に寄越した。
「へっ?」
「これであたしとあんたを撮影すれば元通りよ。うん、何だかわかんないけど、なんとなくそんな気がしたのよねぇ」
 なんとなく、って、本当かそれ?
 まあしかし、何故かほっとしながらも、どうして俺はどこか残念だ、なんてことを感じているんだろうか? 全くわけが解らん!
「なにしてんのよ、キョン。ほら、さっさとセルフタイマー、仕掛けなさいよね」
 へいへいっと。
「じゃあ準備するわよ。ほらほら、キョンも笑いなさい!」
 はあ? 笑えだって?
「せっかくあたしと一緒に写るんだから、あんたも精一杯の笑顔じゃないと許さないわよ!」
 ああ、そうだな。今のお前の笑顔を見ているだけで、なんとなく俺もそんな気分になっちまったよ。
 
 ぱしゃっ!
 
 シャッター音の後、しばしのブラックアウト状態から解放された俺は、何故か自室のベッドの上に転がっていた。
 まさか……さっきのはひょっとして、全部夢だったのか? ううむ……。
 思わず時計を見る……時刻は……三時まで後数分ってところだ。中途半端な時間だな、おい。
 仕方なく寝直した俺なのであったが、先程までハルヒがすぐ傍にいたような感覚がずっと残ってしまっていたため、なんとなく眠れないまま時間だけが過ぎていくこととなったのだ。
 
 翌朝の教室、俺の後ろの座席には何故か難しい顔をして頬杖をついたハルヒがいた。
「よう、どうした? また変な夢でも見たのか?」
「べ、別にあんたには関係ないでしょ!」
「そうかい」
 結局その日の間中、俺の後ろで不機嫌そうに延々唸り続けていたハルヒであったが、放課後の部室で、
「ねえキョン、ちょっと来なさい」
 と呼びつけられる始末だ。やれやれ、今度は一体何の用事を言いつけるつもりだ?
「あんた、この写真っていつ誰が撮ったか知ってる?」
「いいや」
「……まあいいわ」
 って、ハルヒはさっさとその画像をゴミ箱に捨てて、念の入ったことに空にしちまった。
「お、おい? 何で消しちまうんだ?」
「もういいから、ほら、あんたはあっちに行ってなさいっ!」
 と、憤慨した調子でハルヒは、無理矢理俺をPCの前から遠ざけるように押し戻してしまった。
 だが俺は離れ際に気付いてしまったのだ。ハルヒが自分の携帯電話をPCに接続していたということにな。
 何だよハルヒめ、あの画像は自分で独り占めでもする気なのかよ、チクショウ!
 
 ちなみにその日の晩の内に、ハルヒから『待ち受けにするのは絶対に禁止!』という文面のメールに、例の画像が添付されて送られてきたのは、ここだけの秘密ということにしておいてくれ。

イラスト

 
104-971 haruhi_kyon_2shot_smile.png