SNOW KYON (105-957)

Last-modified: 2009-02-13 (金) 21:09:37

概要

作品名作者発表日保管日
SNOW KYON105-957氏09/02/1309/02/13

作品

 ある冬の日の帰り道、ハルヒは白い息を盛大に吐き出して、誰に対してというわけでもない愚痴をこぼした。
「あーもう、寒いったらありゃしないわね。ほんと腹立つわ」
 まあ、現在は二月だからな。暦の上では春ってことらしいけど、まだまだ冬の寒さはしばらく続くんだろうぜ。
「何なのよ、立春過ぎたんだったらさっさと暖かくなればいいのに。一々面倒くさいんだから……うぅ」
 落ち着けハルヒ。二月は『逃げる』、三月は『去る』って言うぐらいだから、もうほんの少しだけ我慢すれば、いつの間にか春が来てるってモンじゃないのか?
「いい、キョン? あたしは今すぐ暖まりたいの。はあ……今すぐ春の陽気にならないかしらねぇ」
 ただの愚痴で済めばいいのだが、なんせこれを口にしたのは涼宮ハルヒという人物である。
 やれやれ、また厄介な能力が発揮されでもしたらそれこそ一大事だ。
 朝比奈さんはオロオロ、古泉はきっと俺にチクチクと面倒ごとについて話してくるに違いない。
 そういえばいつだったか長門は『局地的な環境情報の改竄は惑星の生態系に後遺症を』云々とか言ってたよな。
 まあ確かに俺も寒いと朝起きるのもしんどいからな。誰だって早く春にならないか、ぐらいのことは思ったりもするんだろうが、ううむ。
 なんてことを考えながら、どうやってハルヒを阻止するかという脳内作戦会議を展開していた俺なのだったが、意外にもそれをやってのけたのは実に奇妙な存在だったのだ。
 
 
 次の日の朝、俺が教室についた時間には珍しいことにハルヒはまだ来ていなかった。
 しかし、俺の真後ろ――要するにハルヒの机の上に、白くて変てこな物体が鎮座ましましていたのだ。
「一体何だこれ? ……雪だるまか」
 しかし妙だ。そもそもここ最近この辺に雪は積もるどころか降った記憶もないぞ。それに、なんでまたハルヒの机の上にこんなものが存在するんだ? ……イタズラ……一体誰の仕業だ?
「おっはよう、キョン! ……なにこれ?」
 丁度そのとき到着したばかりのハルヒが俺の背に声を掛けてきたついでに、例のブツに目を留めたのであった。
「ねえ……これ、あんた?」
「いや違うぞ。俺が来たときには、このミニ雪だるまは既にもうお前の机の上においてあった」
「バカ、そうじゃなくて……ほら、この顔――なんか、あんたの顔にソックリじゃない?」
 へっ?
「よく御覧なさいよ、この鼻の辺とか、目のバランスとか、キョンのマヌケ顔そのものって感じよね」
 間抜け顔で悪かったな……まあ確かに、俺の顔を単純化して線のみで顔のパーツを表現すると、これに似たような感じになるのかも知れんが、なんか納得がいかないのは何故だろうね?
「ねえキョン、決めたわよ!」
「って、話が見えん。自分一人でまたとんでもない思考を巡らして、何の説明もなしに決めたとか言われても俺には……」
「だから名前よ、名前っ!」
 はあ……名前?
「これだけあんたに似てるから、『スノーキョン』ってのでどうよ?」
 いや……どうよ、って言われても、正直なんて答えりゃいいんだ、この場合?
「うんうん、決まりね! これからあんたは『スノーキョン』よ! 怠け者のキョンに代わって、あたしのためにキリキリ働きなさいっ!」
 誰が怠け者だって? それに、なんだかんだ言って結局俺のことも扱き使う気満々なんだろうぜ、このアマはな。
 
 ちなみに、あろうことかハルヒは机の上にその『スノーキョン』とやらを置いたまま授業を受けてやがる。ハッキリ言って邪魔以外の何物でもないと思うんだが……俺が気にしたところでどうにもならんかもな。
 
 しかし、奇妙なことがある。
 いくら冬の寒い中とはいえ、これだけの人数のいる教室内に置かれているにも拘らず、この『スノーキョン』は溶ける様子を全く見せない。一体どうなってるのやら?
「そういえば確かに変よね……うん、でもやっぱりこのままにしておいて溶けちゃうのも何だか可哀想じゃない。そうだ! 部室の冷蔵庫にでも入れておいたらいいんじゃない?」
 あのな、それを言うなら冷凍……って、部室の冷蔵庫内部の冷蔵室部分にはとてもじゃないがこのサイズは収まらんな。
「大丈夫、周りより温度が低ければ平気なはずよ、きっと」
 しかしな、寒い地方では食料が凍結するのを防ぐために冷蔵庫を利用してたりするらしいぞ。
「もう、一々うるさいわね、あんたは!」
「解った解った、ハルヒの好きにしろ」
「ふんだ……なによその言い方……バカキョン」
 ハルヒは例によって口元をアヒル化させた状態で、『スノーキョン』を部室に運ぶべく教室から出て行ったのであった。
 
 さて放課後。
 ハルヒは掃除当番、俺は……進路面談とやらで岡部に呼び出しを喰らっていた。
 親身に俺の進路について語るハンドボールバカ教師の真面目なお説教の数々は、何故か俺の右の耳から左の耳にスルーされてしまったようで、面談終了後、実に満足そうな様子の岡部とは裏腹に、俺は話の内容を全く思い出すことが出来なかった。
 妙に気になって仕方がなかったのだ――あの雪だるま野郎のことが。
 なんというか、言葉で上手く言い表せないのだが、モヤモヤとした違和感が、ハルヒがアイツを部室に運んで行った時点から消えなかったのだ。でもどうして――。
「ああ、そういえば……あれからハルヒとは一言も口利いてなかったな」
 なんのことはない。『スノーキョン』とやらは関係ナシに、ハルヒの機嫌が悪かったってことじゃないか。
 まだ掃除は続いてるだろうな、音楽室って結構面倒くさそうだし――仕方ない。迎えに行ってやるとするか。
 
 
 果たして、音楽室は既に無人だった。
 何だよチクショウ、全くの無駄足ってことか。
 がっくりと肩を落として俺はそのまま部室に向かうことにした。やれやれ、柄にもなく気を利かせたところで行き違い、なんてのは無様なもんだね。
 
 
 ノックしてもしも~し、じゃなくて、
「ちわーっす」
「あ、は~い、キョンくん、どうぞ」
 麗しの先輩の癒しボイスに導かれてドアをくぐった俺の目の前には、メイド姿の天使と、二十四時間無料スマイル男の二人の姿しかなかった。
「おや、涼宮さんはご一緒ではなかったのですか?」
「いや、てっきり俺より先にここに来てるものだと思ってたんだが。……長門は?」
「えーと、あの、長門さんは、コンピュータ研のみなさんがいらして、一緒に出て行っちゃったきりまだ帰ってこられてません」
 コンピ研の呼び出し、またトラブルか何かだろうか……ってそれどころじゃないな。
「キョンくん、お茶如何ですか? あれっ、なにか冷たいものの方が良かったですか?」
 俺が冷蔵庫の扉に手を掛けたのを見て朝比奈さんが首を傾げた。
「いえ、こんなに寒いのに俺もそこまで物好きじゃないですよ……って変だな?」
「どうかしましたか? 何か冷蔵庫におかしなことでも?」
 無い――ハルヒがここにしまっているはずの(とはいっても実際目撃したわけでもないのだが)『スノーキョン』の姿はどこにも見当たらなかったのである。
「ふえっ? ゆきだるまさん……ですか?」
「ええ、そうです……でも変だな。まさか、もう溶けてなくなっちまったんじゃ」
「いえ、それなら冷蔵庫内に水溜りが出来ているはずでしょう。いくらなんでもそこまで短時間の内に水分が全部蒸発してしまったとは考えられません」
 それに、いくら溶けちまったとしても、雪以外のパーツは残るはずだしな。
「古泉……俺、ちょっとハルヒを探してくる!」
 それだけ言い残して俺はドアを飛び出した。そういえば朝比奈さんのお茶を飲み忘れてたような気もするが、今はそんなことはどうでもいい。
 
 
「あれれー? 何でキョンくんがこんなとこにいるのさっ?」
 ああ、鶴屋さん。すみません、ハルヒを見かけませんでしたか?
「見かけるも何も、さっきキョンくんってば、ハルにゃんを連れてあっちであたしと擦れ違ったばっかりにょろよ?」
「ええっ? 俺が、ですか?」
「そうさ、でもおかしいにょろ。キョンくんたちは向こうの方に行っちゃったはずなのに、今あたしの前に先回りなんて出来るはずないのさっ」
「鶴屋さん……その、ハルヒを連れた俺は、向こうに行ってしまったんですね」
「うんうん、いやぁ、何だか不思議なこともあるもんだね。コイツはビックリだっ!」
「ありがとうございました。済みません、俺、急いでるので失礼します!」
「おう! 頑張れキョンくん、ニセモノに負けるんじゃないにょろ~!」
 
 『ニセモノ』――か。
 
 おそらくそいつの正体は『スノーキョン』の野郎に違いない。でも、一体どうやって、そして……一体何のために?
「こっち」
 って長門? てか朝比奈さんに古泉まで。
「話は二人から聞いた。急いで」
 俺たちは長門に導かれるままに階段を上り、そして屋上への扉を開いた――掛かっていた鍵は長門に何とかしてもらったのは言うまでもないことだが。
 
 果たして――屋上にハルヒはいた――目を閉じたまま、俺のニセモノ野郎にその身体を抱かれてぐったりとしている。
「ハルヒ! おい、ハルヒ! チクショウ、今すぐハルヒを離せ!」
《断ル。我々ニトッテハ『彼女』ノ力ハ脅威ナノダ。シカシナガラコノぱわーヲ我ガ物トスレバ、今シバラクハコノ地ニ留マリ続ケルコトモ可能》
 何ふざけたことを言ってやがるんだ? 大体、お前は何者なんだ?
「『彼』は……『冬』という概念が具象化して人の形を取ったもの。おそらく、実体化するのに必要なエネルギーの全てを涼宮ハルヒ自身から得ているものと推測できる」
 何だって? 一体それはどういう意味だ、長門?
「すみません、これは僕の解釈なんですが、あなたも子供のころに童話などで季節毎の精霊のような存在が現れるお話を読んだことはありませんか?」
 そんなことと、コイツが何か関係でもあるのか、古泉?
「それに倣えば『彼』は多分『冬』の精霊が涼宮さんの能力によって、実体化――この場合はあなたに瓜二つの姿を得た、ということなのだと考えても良いのではないかと思います」
 冬の……精霊だって?
「まさかアイツ、昨日ハルヒが『今すぐ春の陽気にならないか』とかいったことに対抗するためにこんな真似を仕出かしたってことなのか」
「そう」
 おいおい、勘弁してくれ。
 まあ確かに昨日の勢いでは、今日にも春になっちまいそうな感じだったけどな、だからって、ハルヒの力を利用して、アイツは春になるのを妨げようとしてるんだろ? そんなこと、させるわけには行かないってもんだろうが!
《無駄ダ!》
 ヤツが手をかざした瞬間、その背後から猛烈な冷気を伴った暴風が俺たちの方に向けて放たれた!
「うおぉぉ!」
「ふえぇっ! つ、冷たいですぅ!」
「こ、この冷気は……」
「いけない。下がって」
 風圧のためもあって、一歩前に出ていた俺は足元に叩き伏せられてしまった。後ろの三人は、長門が瞬時に構築したらしい防壁によって、風圧の脅威からは身を守ることが出来ているようだ。
「キョンくん!」
「長門さん、なんとか彼を助けられませんか?」
「こちらの温度上昇をエネルギーに変換して、相手側にて相対的に周囲の分子運動を停滞させるトラップが仕組まれている」
「何ですって?」
「トラップを解除しないまま対冷却システムを稼動させ続けた状態では、わたしたちはこの場から前進することは不可能」
 この野郎、長門の情報操作と張り合うなんて、とんでもないヤツだな……って、イカンな、何だか目が霞んできやがった……クソっ。
 もう限界だ、と、全身から力が抜けて行き、そのまま氷漬けにでもされちまうんじゃないか、と思ったその瞬間、何者かが俺の襟首を掴んで持ち上げやがった。
「って、首絞まるだろ! 何しやがる? ……へっ? ……ハル、ヒ?」
『こら~「冬」のアホンダラゲ! 人間に直に手を出すのは止めなさいってあれほど言ってたでしょ?』
《キ、貴様、何故ココニ?》
 って、何だ? ハルヒが俺の隣にも……ハルヒが二人……いや違う、コイツは一体?
『なによあんた? アタシ? アタシはあんたらがいうところの「春」よ! よーく覚えておきなさい! いいわねっ!』
 ……なんだろう、気のせいか、やっぱりハルヒが二人いるってことで間違いないんじゃないかって気もしてきたな……。
《貴様……我ヲドウスルツモリダ?》
『別に、何もしないわよ。いくらその娘が望んだからって、アタシがさっさとしゃしゃり出ていってもみんな困っちゃうでしょ?』
《……ヌウ》
『さあ、はやくその娘を離してあげなさいよ』
《……イヤダ!》
『ってこら! アンタなに駄々捏ねてんのよ?』
《我ハコノ『女』ガ……貴様ト生キ写シノ存在ヲ欲シテイルノダ!》
『ちょっとアンタ、一体どういうつもり?』
 ハルヒにソックリの『春』の精霊も、呆然と立ち尽くしていた。
 
 いつの間にか、先程まで吹き荒んでいた猛烈な冷気の風は消えていた。
 
 不意に、背後から聞きなれた声が発せられる。
「あ、あの……なんだかわたし、解るような気がします」
 朝比奈さん? それは一体……、
「きっと『冬』の精霊さんは、『春』の精霊さんのことが大好きなんです。でも、彼女に近づくと、自分の身体が春の陽気で溶けてしまうから……その願いは叶えられないと思うの」
 それで、あの野郎はソックリなハルヒを欲しがったってことなのか。
『ふざけんじゃないわよ、このバカ!』
《……ナニ?》
『あのね……アンタはいつでもアタシの前にいてくれないとダメなのよ。冬の後には春が必ず来る。だから……アタシとアンタは、いつでも一緒にいるのも同然なんだからね!』
《…………》
 突然、『冬』の精霊野郎がハルヒを開放したため、ハルヒはその足元に崩れ落ちる。
「ハルヒー!」
 慌てて俺は駆け寄ると、その身体を抱き起こす……って、なんて冷たいんだ?
『大丈夫よ……そうやってあんたが抱っこしててくれたら、すぐに元通りになるわ』
 『春』の精霊はそういい残して、『冬』の精霊の方に歩み寄っていった。
『帰るわよ……アタシたちはこの場に長くい過ぎたわ』
《……フン。大キナオ世話ダ》
 次の瞬間、二人の精霊は淡い光を放つと、まるで泡立って大気中に溶け込むかのように、その姿をゆっくりと蒸発させたのだった。
 
 
 先程までの異様な光景がまるで嘘のようだった。
 
 俺とハルヒの目の前には――少々解けかかった雪だるまが――今朝見たときとはかなり崩れてしまった表情でこちらを向いていた。
 
「……ううん、キョン……って、何であたしこんなところにいるのかしら?」
「ハルヒ? おい、大丈夫かお前?」
「なんだか……すっごく寒いわ……」
 俺は何気なくハルヒの手を取った。すっかり冷え切っている。これじゃ寒くて当たり前ってもんだ。
「まるで氷みたいに冷たい手じゃないか」
「なによ……手が冷たい人は、実は心は温かいっていうじゃないの」
 どこかで聞いた話だが、そんなことより少しでも温めないとな。
「キョン……あんたって、案外暖かいのね」
 ってこら、ドサクサに紛れて体重をかけるな!
「もう……ケチくさいこと言わないでもいいじゃないの」
 ふと振り向いたハルヒが、雪だるま――『スノーキョン』――に目を遣る。
「ねえキョン」
「なんだ?」
「まるで……泣いてるみたい」
 ああ、確かにそう見えるな。
「でもね……何だか、寂しそうな感じはしないわね」
 そうだな……冬の後には必ず春が来る、か。本当にその通りだ。
「なあハルヒ」
「なによ?」
「俺はずっと一緒にいるからな」
「……あんた、頭でも打った?」
 さてね、さっき叩きつけられた弾みでしこたまぶつけたんだろうぜ。
「バカ……」
 しがみついてくるハルヒを抱き寄せると、俺は出来る限り体温を与えられるように、腕に力を込めてしまったのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、あの……キョンくんも涼宮さんも、あたしたちがいること……全然気にしてないみたいですね」
「おやおや。今回は僕の活躍する場面も全くありませんでしたからね」
「……長居は無用、即撤収を提案する」

イラスト

恒例ラクガキ。なんか別人な感じだけどまあいいか?
 
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