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橘花改

Last-modified: 2017-03-20 (月) 18:55:40
No.200
weapon200.jpg橘花改噴式戦闘爆撃機
装備ステータス
火力雷装
爆装+11対空+12
対潜索敵
命中回避+1
戦闘行動半径2射程
装備可能艦種
駆逐艦軽巡洋艦重巡洋艦戦艦
軽空母正規空母水上機母艦航空戦艦
備考
開発不可、改修不可
任務「噴式戦闘爆撃機の開発」報酬
基地航空隊、翔鶴改二甲瑞鶴改二甲のみ装備可能
潜水艦派遣作戦によりもたらされた海外で実用化されたターボジェット戦闘機の
一部の設計図などを参考に開発された国産ジェット戦闘攻撃機です。
本機「橘花改」は、爆装及び機首に30mm機銃を2門装備した戦闘爆撃機型として戦力化を図ります。
※基地航空隊及び装甲甲板&甲板カタパルトを装備する一部正規空母のみ運用可能です。運用時には鋼材を消費します。

ゲームにおいて Edit

  • 2016年12月9日アップデートにて実装された装備で、同日実装された新カテゴリ「噴式戦闘爆撃機」に属する。
  • 任務「噴式戦闘爆撃機の開発」をクリアすることで入手できる。
    任務達成には
    • 紫電改二×3機(任務遂行時に破棄)
    • 「新型航空機設計図」×2枚
    • 「ネ式エンジン」×1個(クリア時に消費)
    が必要。
  • 上記備考にあるとおり、翔鶴改二甲瑞鶴改二甲基地航空隊のみ装備可能。
    • 【注意】大鳳同改は装備できない
      「要 甲板カタパルト」のため、カタパルトの無い大鳳は運用不可。言うまでも無いが地上基地は滑走路があるのでカタパルトなど要らない。
      • 誤解の元であろう試製景雲(艦偵型)は「装甲空母専用機」である。一般的な艦攻の倍近く重い飛行機なので、並の甲板は痛んでしまうことは想像に難くない。
    • 【注意】装備ロックの要件が無駄に厳しい。
      貴重性もさることながら、陸上機ではないので、装備ソートの「…」からは見えず、基地航空隊を未開設かつ、翔鶴型改二が不在の場合、頑張って開設するか、資材と改修値を捨ててコンバートしない限りロックする手段は無い。
  • 所謂「爆戦」であり、航空戦後に生き残っていれば砲撃戦に参加する。噴式機の挙動の詳細は噴式景雲改も参照。
    • 「噴式」の「爆戦」なので、「噴式強襲」→「航空戦(制空戦)」→「航空戦(対地爆撃と対艦爆撃)」→「砲撃戦(対艦爆撃のみ)」に参戦する。
    • 彗星(六〇一空)に並ぶ爆装11に加え、烈風改と同等の対空12を持つ高性能の爆戦である。
      • 噴式景雲改が攻撃寄り(爆装15/対空6)なのに対し、こちらは制空寄りの性能。
    • 割合撃墜でしぶとい戦闘機隊と違い、固定撃墜で制空値が激減する事がある。
      対空値が高いからと安易に戦闘機隊と同じ扱いで制空を計算しないように注意が必要。いっそ制空計算式に組み込まない方が良いぐらい
      噴式景雲改のページにある通り、「噴式強襲」時にも対空砲火を受けてしまうので損耗が大きく、高い制空力が額面通りに最後まで維持されることは少ない。
      実用上の制空力は零戦62型(爆戦/岩井隊)など噴式機では無い戦闘爆撃機や戦闘攻撃機に譲る。
      • 軽巡ツ級などの防空艦が高頻度で出現する海域では全滅の危険も高い。
      • 全滅だけならいざ知らず、全滅後の再訓練にも凄まじい資材を要する。
        ほかの艦載機なら鳳翔単艦1-1周回で済むものが、翔鶴型改二甲+護衛4隻輪形陣1-1周回ないし、中部海域基地航空隊で敗数上等周回となり、各種出費は桁違いである。1-5を周回すれば鋼材、ボーキの消費は0になるが、先制対潜艦がいないと修理コストがかさんでしまう。
    • 航空戦における熟練度補正は艦攻艦爆と同等なので、最終的な制空値は同クラスであれば艦戦が勝る。
      ただし、噴式機による先制打撃の迎撃が可能な航空機は噴式機のみであるとアナウンスされており、敵も噴式機を飛ばしてくるようになると重要性が増すものと思われる。アイツ等の推進力は噴式じゃ無かったらしい。
  • 基地航空隊に組み込んで使うには制約が多い。翔鶴型改二甲が居なければ他には身を立てる術が無い…
    • 高い対空を活かして防空隊の1小隊として使う事はできる。烈風よりマシだが、局戦には及ばないし、彩雲の代用にもならない。
    • 戦闘行動半径:2 なので、単騎で練度上げがギリギリ可能な程度。攻撃隊としては偵察機と編隊を組まないと遠くへは行けない。
      • 偵察機と組むと最大で5 戦闘行動半径以内なら空襲可能。基地航空隊でも噴式強襲はできるので、偵察機の手数減分を補える。
      • 艦載時と異なり御役は2回ぽっきりなので、制空減弱を大して気にせず護衛戦闘機を減らして敵機動部隊にぶつけられる。

小ネタ Edit

  • 日本初の純国産ジェット機「橘花」が元ネタか。本来は陸上機であり、震電改などと同様のif仕様と思われる。
    • 五式30mm機銃を2丁積んだ戦闘機型に、爆装できるよう改良したif機だろうか。なんだか銃口が多いが

  • 「橘花」はもともと特殊攻撃機として1944年11月から開発が始められたもの。遣独潜水艦作戦によって得られたドイツ軍のジェット戦闘機Me262とジェットエンジンJumo 004BおよびBMW 003Aのわずかな資料を参考に作りあげた日本初の国産ジェット機である。
    • ミッドウェー海戦で貴重な空母を4隻も失ったのを皮切りに、日本海軍の航空戦力は相次ぐ航空戦で急速に消耗していった。
      南北から連合軍が迫り、絶対国防圏構想は脆くも崩壊するという絶望的状況下の中で、海軍は次期決戦のための戦力再建に奔走していた。
      既存機の木製化などが検討される中、低質の燃料、潤滑油でも動作可能で量産にさえこぎつければレシプロエンジンより安価でそろえられるジェットエンジンが着目される。
      折しも1944年7月、ドイツからもたらされた資料の一部が到着し、海軍はジェットエンジンを搭載した特殊兵器の開発に踏み切ったのである。
  • そもそも遣独潜水艦作戦は、日本が押さえた東南アジアの天然資源とドイツの軍事技術を交換するという目的で行われた。
    ドイツから提供された最高機密は、酸素魚雷などの技術ではなくタングステン、天然ゴムといった天然資源の見返りだったのである。
    • 1943年12月16日、日本から第四次遣独艦として潜水艦 伊29がシンガポールを出港する。
      艦長は木梨鷹一中佐、かつて伊19の艦長の時に空母ワスプを撃沈した人物だった。
    • 翌1944年3月11日、伊29は無事にドイツ占領下のフランス、ロリアン軍港に入港する。
      シンガポールから運んできた217トンに及ぶ天然資源を下ろし、ドイツから提供された2組の資料と実機のうち1組を搭載。
      小野田捨次郎大佐、巌谷英一技術中佐といった便乗者が乗り込み、4月16日に同港を出港し一路日本に向かった。
      7月14日にシンガポールに到着、ここで巌谷英一技術中佐は下艦し、一部資料を携えて空路で本土へ飛んだ。
    • 伊29は呉へ急いだが、26日バシー海峡にて浮上航行中に米潜水艦ソ―フィッシュ*1の雷撃を受け沈没。
      たった一人、恩田上等兵曹を残して木梨艦長ら乗組員と伊29は水底へ消え、また搭載していた詳細資料や実機も亡失し、巌谷中佐が持ち帰った一部の書類のみが唯一日本側に渡ったものとなった。
    • だがその資料も機体の取扱説明書や工場視察の個人メモ程度であり、直接的に設計に生かせそうなものはBMW 003Aジェットエンジンの縦断面図(しかも縮小版)などわずか数枚という有様。
      この状況にもかかわらず、わずか1年足らずでジェット機の初飛行を成功へと導いた、技術者たちの奮闘は賞賛に値するだろう。
      • ちなみにもう1組の資料と実機は、ドイツ海軍から日本海軍に譲渡される潜水艦U-1224に積み込まれて3月30日ロリアン軍港を出港。
        さらに日本から第五次遣独潜水艦として伊52が派遣され、また1945年3月24日にU-234がMe163とMe262の実機を搭載してキール軍港を出た。
        しかしU-1224と伊52は大西洋で沈没し、U-234もドイツ本国降伏の知らせを受けて米駆逐艦に投降した為に、最後まで詳細な資料は日本に届かなかった。
  • このため橘花はほぼ日本独自で開発されることになった。外見的にはMe262と似ており、上記の技術提供の経緯から橘花にはMe262の技術が多く取り入れられていると言われていたが、実際は殆ど日本のオリジナルとなっている。
    • 構造もよく見ると両機は異なり、大きさは橘花の方が一回り小さく、主翼構造もMe262が後退翼なのに対して橘花はテーパー翼であるなど外見上の違いも多い。
    • 設計図がないのでコピーはできないし、搭載エンジンであるネ20の推力はJumo 004Bの半分ちょっとしかない*2のでそもそもコピーする意味がなかった。
      車輪を零戦銀河から流用、ジュラルミン不足に対応すべく外板の一部に薄鋼板を使うなど当時の日本らしい設計がなされている。
      • それでも、零戦より手間のかかる双発機でありながら零戦の半分の工数で製造可能であるなど、中島設計陣のレベルの高さを随所に感じることができる。
      • 全長こそ零戦より若干長いものの、全幅10m、翼面積13.2平方m*3等、エンジン推力の乏しさを機体の小型化で補おうとした結果「零戦より小さいのに重い*4機体」となった。
    • 空襲を受け蚕小屋に疎開しながらも試作機は1945年6月に完成。またこの段階で、24機の製作が進みつつあった。
  • そして1945年8月6日午後1時、木更津飛行場。天気快晴、南南西から軟風。
    開発者たちが見守る中で、「橘花」は初めて空を飛んだ。燃料は松根油を含む低質油、たった12分間の短い時間ではあったが、このときが日本の空を日本のジェット機が飛んだ、歴史的瞬間となったのである。
橘花の初飛行の燃料は松根油って聞いたよ?
  • ちなみにこのときの橘花は、前脚のカバーが装着されていないなど細かい点ではまだ未完成であった。
  • 8月11日には第二回の飛行が行われる……筈だった。
    このときは燃料を満載し離陸補助ロケットを装着していたが、パイロットの高岡迪少佐がロケットの吹き終わりをエンジン不調と勘違いしてしまい離陸中止。停止できずに滑走路を飛び出し、海岸に擱坐してしまった。
    夜を徹しての復旧作業と第二号機の手配が急ピッチで進められたが、わずか4日後に終戦を迎え、橘花はその短い生涯を終えた。
  • 橘花はもともと水際で敵艦隊を叩く決戦兵器的な位置づけで開発が始められたため、計画当初は爆撃機型のみであった。
    が、碇義郎氏によれば、30mm機銃2丁搭載の戦闘機型、副座の偵察機型、練習機型の計画もあったとされる。

  • 搭載エンジン「ネ-20」は、BMW 003Aのコピーといわれることもあるがすでに述べたように状況的に当時の日本ではコピー不可能である。
    それでも実用に耐えうるジェットエンジンを完成せしめた背景には、日本の技術者たちがジェットエンジンの独自開発を続けていたという事実がある。
日本のジェットエンジン開発小史


  • 終戦後に米軍向けに作成された資料によれば、25機発注された第一次試作機のうち一号機が完成、二号機から七号機が完成間近、八号機から十号機がエンジン未搭載、十号機以降が組み立て進行中となっている。
    また六、七号機は複座改造のため一空廠*8に送られている。
  • スミソニアン博物館に1機が保管され現在展示中のようだが、半完成品の機体をつぎはぎしたもののようだ。
    同博物館にはネ-20エンジンやその参考となったBMW 003エンジンも展示されている。
  • ネ20は一基が国内に現存しIHIの資料館に保存されている、これはノースロップ大学の好意で永久無償貸与という形で返還されたもの。
    また国際航空宇宙展のIHIブースでも展示されることもある。
  • 橘花には当初、戦闘機型の計画はなかったが、ネ20改の設計がなされた昭和20年5月に第一廠長名でB29迎撃用の戦闘機型の開発が指示されている。しかし、同年7月にネ20改は試作が却下され開発中止となった。エンジンの開発完了を待たず機体の開発生産は進められていたため、終戦時に戦闘機型の機体は完成直前であったが、前提たるネ20改がないのをどうする気であったのかは不明である。
  • 「橘花は特攻専用機として開発されたわけではない」という主張があるがこれは正確ではない。
    • 機体設計の面から見ると、機体に炸薬を詰めるようなものではなくちゃんとした懸架装置で(もちろん投下もできる)爆弾を搭載するようになっており、桜花や梅花に比べるとずっと(飛行機として)まともな設計がなされている。
      また開発に参加した技術者の証言からも、生還を前提とした攻撃機として設計されたと推測できる。
    • だがまずその試作要求の時点で「わが本土に接近する敵の艦船を目標として、(中略)体当たり撃沈する単座特攻機」と明記されており、少なくとも用兵側では特攻用の機材としてこれを求めている。
      開発に参加していた角信朗海軍大尉が「戦闘機として使用できるジェットエンジンを装備しながら特攻機としてしか生産も出来なかったし、パイロット養成も出来なかった」と戦後述べていることからも、海軍上層部が橘花をあくまでも特攻機としてみていたことが伺える。
      戦闘機型、偵察機型についても、推定性能が意外によさそうだということがわかってから計画されている。
  • 結論としては「設計側は生還を前提に作ったが、海軍は特攻に使うつもりだった」というところ。
    鈍足で到底攻撃成功の見込みのない練習機特攻などとあわせ、海軍が如何に追い詰められ狂気に走っていたかを物語るものといえる。
    ちなみに、陸軍のキ115 剣も似たようなモノである*9
    • ちなみに「特殊攻撃機」という分類自体は特攻専用機を指すものではない。
      これは文字通り「今までとは違う用途/構造/運用であるもの」を指し、急降下爆撃が持ち込まれた当初の急降下爆撃機もこう呼ばれた。
      「特殊攻撃機」は桜花などの所謂「特別攻撃機」を含んでいるが、逆は成り立たない。

この装備についてのコメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 4-5中央ルートで使ったら反航戦なのにエリートツ級やタ級フラグシップ倒してくれた。当たれば結構強い装備。 -- 2017-02-26 (日) 13:46:08
    • 開幕のことを言ってるならそもそも反航戦とか関係ないし、エリツやフラタ倒してるのは低確率ででる開幕クリティカル引いてるだけだから。どのくらいの威力かっていうと、一番弱い97式艦攻でも似たようなことができるといえばいいかな。 -- 2017-03-03 (金) 05:14:40
  • せめて噴式強襲時は被撃墜0にして貰えないものか…。あっさり全滅するので使いにくいったらない。 -- 2017-02-26 (日) 13:51:41
  • すごい音で飛んで来るが、やはりA-JAXのジェリーマウスや空牙のシルフの爆音には負けるな -- 2017-02-27 (月) 04:41:09
  • 6-1で使うと、潜水艦に水戦積まずに済むし確定で雷巡に先行するしいいこと尽くしだな -- 2017-02-28 (火) 20:16:40
  • やたらとミスるんだが何がいかんのだろう?熟練度はマックスだし艦載数が上の方に積んでるんだが -- 2017-03-02 (木) 02:49:12
    • 6-5で翔鶴の第一スロに搭載して運用してみた。沼って20回前後出撃する羽目になったケド、その間で一度しか全滅しなかった。運がいいのか悪いのかわからないけど、思ったより使えたよ。 -- 2017-03-02 (木) 15:08:38
  • 射程長の爆戦として二セット目五航戦育成の時第三スロに入れてた。 -- 2017-03-02 (木) 04:26:20
  • 噴式が弱いんじゃなくて艦これ世界のレシプロ戦闘機がエスコン仕様のマッハ到達魔改造クラスの性能な気がしてきた -- 2017-03-03 (金) 02:58:22
    • まだ技術が確立してないジェットエンジンに比べて、レシプロエンジンが究極と言っても良いくらい発達してたからねえ。当時の実戦でもジェット機は、確かに強力だけど欠点も多くて、決して無敵の機体じゃなかった。 -- 2017-03-05 (日) 14:29:51
      • いうて43〜4年ならまだしも橘花の出る45〜46年のジェットはとっくに最強レシプロのベアキャットでも勝負にならない位なんで レシプロより弱いなんて事は絶対にないわけで・・・ -- 2017-03-05 (日) 14:52:12
      • こっちが数飛ばしてるならまだしも、強襲時は数が少なく猪突なので狙いやすい、航空戦時は数が減っててこれまた空対空で1:2とかね -- 2017-03-06 (月) 14:59:51
  • 噴式強襲って、護衛なしで敵に単独突撃って特攻機じゃないですか・・・全滅して当たり前だね。 -- 2017-03-03 (金) 03:40:15
    • 一部隊だけで突っ込んでも、ツ級が居ない限りほぼ損耗無しで帰って来る妖精さんは流石に新鋭機乗りなだけあって強くないか。 -- 2017-03-03 (金) 18:35:09
      • ジェット機を2次大戦時の対空砲とかレーダーで全滅させうるツ級とか摩耶様秋月sのワザマエよ… -- 2017-03-05 (日) 04:15:54
      • ジェットと言っても大戦末期の改良を重ねた最強レシプロ機達は時速700km越える物もあるし、それらを引き合いに出してしまうとこいつはさして速いという訳じゃない -- 2017-03-05 (日) 13:26:40
      • 一応言っとくと海面高度で当時のレシプロ戦闘機は700も超えないよ あれは大体高高度での数値 700を超えた最強レシプロで低空任務の奴はまず戦後型 橘花改はもはや妄想スペック機体のレベルなので引き合いも何も無いがどっちにしたってレシプロだろうとジェットだろうと大型機以外露払いが主目的の当時の日本艦艇の対空砲で700キロクラスの戦闘機ポンポン全滅レベルで落とせる地点で相当ヤバイ -- 2017-03-06 (月) 04:26:45
      • 爆装しているから700kmをかなり下回っているだろう -- 2017-03-07 (火) 01:20:19
      • 現在のバランスは「極まった旧式機vs黎明期の新型機」みたいなもの? とすれば今後登場するであろう上位機、熟練機、エース機がどのくらい強いかだが -- 2017-03-20 (月) 17:25:07
  • ケッコン任務に瑞鶴とこれを入れたけど、リランカは道中にツ級居ないので安定感あった。甲標的と主砲2つ積んだ阿武隈改の先制雷撃っぽい程度には駆逐とか沈めてくれる。潜水マスでワ級をワンパンして通常の航空攻撃が無駄になったのは笑うしかなかったけど。 -- 2017-03-07 (火) 01:00:32
  • これ、手数が1つ増えて且つ当たれば後期型駆逐でも一発で落とせる……のはいいんだけど、あまり命中率高くなくない?体感的には3回に1回当たるか否かくらいなんだが -- 2017-03-08 (水) 00:31:19
    • 体感2/3命中の1/5撃沈・2/5小破以上・2/5微ダメージくらいかな、雑魚相手でもばらつきがあって勘定に入れにくい -- 2017-03-08 (水) 23:23:37
  • 5ー5で投入してみた。相手にツ級がいなければ(防空低ければ)使えますね。 -- 2017-03-10 (金) 11:07:42
  • 熟練上げに関して「翔鶴型改二甲+護衛4隻輪形陣1-1周回」とありますが、単艦ではダメなんでしょうか? -- 2017-03-10 (金) 16:11:23
    • 装甲空母だから、撃ちもらしてカスダメでももらったら修理費が高くつく -- 2017-03-10 (金) 16:19:14
      • なるほど…修理費気にしなきゃ普通に単艦でいいんですね -- 2017-03-10 (金) 17:35:53
    • 個人的には、4-2の方が好みだなあ。育成駆逐艦2隻入れて鉄拾いつつ2戦、もしくは東方とろ号受けて3戦。どの海域でも油弾消費は同じなんだから、他の用事と兼ねたい。手数多くて強いから、キラも勝手に付くし。 -- 2017-03-10 (金) 17:32:02
    • 単艦はさすがに気にするけど潜水艦入れてればどうにかなると思うんだがな。3、4スロ使えばいいんだし -- 2017-03-10 (金) 17:57:26
    • そもそも1-1なら橘花・艦攻・艦攻・艦攻ってやれば大体開幕でカタが付くし、潜水艦入れたらダメージを喰らう方が珍しくなると思うんだが -- 2017-03-19 (日) 06:27:49
    • 「輪形陣」っていうこの記述はよく分からないな。普通の空母と同じく潜水艦を護衛に付けて全スロに(これと)攻撃機積めばほぼ被弾しないし普通に練度も上がると思うんだが・・・。まあコストは高くつくのはあってると思うけど -- 2017-03-21 (火) 20:40:18 New
  • ネ式エンジン増産任務が出ないのだが、何の任務がトリガーか知りませんか? -- 2017-03-11 (土) 00:27:18
    • 任務一覧のページにあるトリガー任務は当然達成してるんだよな? それでも出てないなら何の任務が残ってるか書くか任務画面のスクショ貼った方がいいべ。 -- 2017-03-11 (土) 01:36:13
  • 1スロ -- 2017-03-19 (日) 06:10:13
    • 鋼材消費覚悟で1スロに積んでるのに、先制攻撃でMISS以外が1度も無い・・・産廃? -- 2017-03-19 (日) 06:11:43
  • 6-1任務で翔鶴の21スロに積んだら、これといった戦果なく、帰ったら全滅していた。役に立つ機会はあるのかな。任務は1回でクリアできたが -- 2017-03-25 (土) 23:17:53 New!
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White




*1 USS Sawfish SS-276
*2 初期搭載予定のネ12に至っては1/3に満たない。
*3 零戦の翼面積の半分強にすぎない。
*4 もちろん燃料搭載量を求められたせいもあるが、高速機として剛性を求められたという事情もあるだろう。
*5 ガスタービンたるネ20は高オクタン燃料を必要とせず、地上試験でも使われたのは松根重油であるため関係はない
*6 種子島氏は1939年にスイスのヌーシャテル市で稼動開始した世界最初の実用ガスタービンエンジン(現在は世界遺産)を見学した最初の日本人であり、この際に「東北帝国大学の沼地教授の軸流圧縮機の論文が大いに参考になった」と聞かされて帰国後に沼地教授の監修を受けながら基礎実験を開始したと後に日本ガスタービン学会誌に書いている。
*7 ちなみに当時は「タービンロケット」と呼ばれていた。
*8 1945年2月に空技廠本廠が再編されて発足。
*9 設計主任を務めた青木邦弘技師は、あくまで生還を前提とした攻撃機である、と書籍等で主張しているが、当時の書類上での海軍の扱いは特攻機であった。