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雪風

Last-modified: 2016-07-20 (水) 09:53:36
No.005
陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!どうぞ、宜しくお願い致しますっ!雪風(ゆきかぜ)陽炎型 8番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久16火力10 / 29
装甲7 / 29雷装24 / 79
回避50 / 89対空12 / 49
搭載0対潜24 / 49
速力高速索敵6 / 19
射程50 / --
最大消費量
燃料15弾薬20
装備
12.7cm連装砲
61cm四連装魚雷
装備不可
装備不可
改造チャート
雪風雪風改(Lv20)
図鑑説明
陽炎型駆逐艦8番艦の雪風です。
私たち主力艦隊型駆逐艦の中で、十数回以上の主要海戦に参加しながらも、
唯一ほとんど無傷で終戦まで生き残りました。
奇跡の駆逐艦って?ううん、奇跡じゃないですっ!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:藤田咲、イラストレーター:しずまよしのり (クリックするとセリフ一覧が開きます)

目次 Edit

(クリックで開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 島風と並び、Lv20で仕上がる駆逐艦では最強の部類に属するステータスをもつ。さまざまな駆逐艦に改二が実装された現在でもやはりトップクラスである。
    • 火力、雷装、対空、装甲、回避の最大値が平均的な駆逐艦より10高い。
    • 対潜、索敵、耐久は、さほど変わらず。
    • 特筆すべきは運の高さ。改造後で60と全艦中ぶっちぎりでトップの数値。
  • 夜戦では装備構成に依存した特殊な攻撃として、2連続攻撃を行う「連撃」と、強力な一撃を加える「カットイン攻撃」がある(夜戦(戦闘分類)参照)。
    通常は比較的安定して発動する連撃が好まれるが、運60を誇る雪風はカットイン攻撃の発動率も十分に高い。
    このため鬼や姫などのボス級への対策として、火力要員としても活躍できる優秀な駆逐艦となっている。
    • 戦艦や姫クラスが相手となると連撃では装甲を貫けない可能性もでてくるため、普段からカットイン装備でいいだろう。(連撃→1.2倍×2、魚雷カットイン→1.5倍×2)
    • なお運の最大値は99。他に運99以上になる艦娘は現在の所長門改(99、場合により101)と初霜改二(100)のみである。(改造前の長門は79)
      • 運によるカットイン率上昇にはキャップ値が設定されているので、カンストしても全夜戦カットイン攻撃にはならない。
  • かなり珍しいことだが、島風と同じく改造してもホロのままでレアリティが変化しない。
    • Sホロ→Sホロや桜ホロ→桜ホロを除けばこの2隻のみ。
  • 透けている。

小ネタ Edit

  • 艦隊決戦用に設計された陽炎型十九隻、ほぼ同型の朝潮型十隻、夕雲型の十九隻、合わせて四十八隻中、唯一隻終戦まで生き残った。
    ただ生き残っただけでなく、主要な海戦のほとんどに参加しつつ、毎回ほぼ無傷で帰還した異能生存体しかも大体は激戦のど真ん中に居たというからもう……。
    その幸運ぶりから「奇跡の駆逐艦」と呼ばれる。
  • 尤も「奇跡の駆逐艦」や「幸運艦」は戦後に付けられたあだ名で、戦時中は武運の意味合いが強い「強運艦」や「不死身の駆逐艦」、直ちに戦闘態勢に入れる初動の速さから「超機敏艦」と呼ばれていた。 『雪風、いつでも出撃できます!
    • 「幸運艦」の名は軍事評論家の伊藤正徳氏が「武運と言う軍艦としての形容詞ではなく、かえって好運(幸運)と言う平凡な表現の中に雪風の偉大さを求めたい」と、戦後に自らの著書を持って広めた。
  • 沖縄特攻で生き延びたり、呉空襲では係留されたまま米軍機を落としたり(この時機銃弾を撃ち過ぎて、後で上から怒られた)と、乗員の錬度も凄まじい。
    ううん、奇跡じゃないですっ!』 ゲームでの台詞は乗員達の腕前を讃えているのかも。
  • 戦争中から 時雨と並ぶ海軍きっての武運艦として海軍で有名だった。ついたあだ名は呉の雪風、佐世保の時雨
    「雪風の武運に肖ろう」と言う噂が部隊の間で広まり、雪風の塗装をお守りに忍ばせようとする兵士が出没。勝手に雪風のスカートペンキを剥がしていってしまい、雪風乗員を困らせた。
    呉の雪風、佐世保の時雨のあだ名について
  • 幸運を讃える声がある一方で、僚艦が次々大破、沈没する激戦でもピンピンしているのを気味悪がられることがあったとされる。
    夕暮(艦これ未登場)が沈んだ際は、敵の空襲を受ける前に各艦が個別回頭し、艦隊の右列先頭にいた雪風が左列先頭に、入れ替わりに夕暮が右列先頭となったため、当の雪風乗員で「雪風の身代わりになったのでは?」と気に病む人もいたらしい。
    • 但しこのエピソード、夕暮が身代わりになったというのは雪風乗員の勘違いである。戦時日誌によれば空襲を受けた際の右列先頭は清波(艦これ未登場)、夕暮はその後続であり、雪風との入れ替わりはなかった事が判っている。
「乗員の記憶が正確で戦時日誌の方が間違っているのでは?」
  • この様に、気味悪がられたとされる根拠を調べてみるとデマや勘違いばかりであるため、味方に嫌われたと言う話は戦後の創作だとする見解もある。
    「奴が所属した部隊は奴一人を残し全滅する」、「奴は疫病神だ」と言う類のエピソードは有名なアメリカのTV番組「コンバット!」(1962年〜1967年放映)でも使われたくらい昔からの定番ネタである。
     
  • 艦艇の性能的に考えれば雪風が島風と同能力値になっているのはおかしく見えるかもしれないが、決して運が高いことで発生したエピソードを反映しただけではない。
    その理由は生存していたことによる搭乗兵の練度上昇と共に、幸運艦として有名になるにつれて次々に搭載されていった装備類にある。
    なんと最終的には、当時最新でまだ開発途中のソナー、対水上・対空レーダー二基、針山のような対空火器を装備というとんでもないカスタムが施されていたのだ。
    • 優先的に新装備が施されたのも、「間違いなく帰ってくるだろう。新装備が沈没で無駄にならない、実戦データを持って帰ってくれる」という期待があってのこと。それもあってか小さな駆逐艦の癖に砲撃成績は優秀だったとか。ナイショだよ。
      • 一方で、最新装備が設置されたのは戦争中盤までで、戦争末期になると雪風に最新装備は行き渡らなかったとする証言もある。
        戦争末期となった昭和20年2月に雪風に着任したある士官は、前任の二等駆逐艦竹(昭和19年6月就役)と比べると雪風の兵装や航海計器は旧式なものばかりで「初めて乗った時とんでもない艦だと思った」と語っている。
        しかしいざ出港すると何だか様子が違う。「雪風は歴戦の勇士揃いで皆練度が高い。ツーと言えばカーと答える阿吽の関係ができていて、これが生き残った理由かと感心した」とこの士官は述べている。
  • グラフィックを担当したしずまよしのり氏によると、雪風が物を見ることしかできず武装としては特に意味をなさないはずの双眼鏡を持っているのは、雪風が数多くの艦が沈むところを見てきたためらしい。
    雪風の双眼鏡には仲間の最期を看取った涙が溜まっているのだという。
    • もっとも「見る事しかできない」と言う解釈は史実の雪風と異なる。戦闘で沈んだ僚艦の乗員の救助活動は勿論のこと、太平洋上を駆け回った雪風は戦闘以外でも航行中に漂流者と遭遇する機会が多く、
      輸送船平洋丸や樽島丸の生存者、撃墜された海軍機「月光」のパイロット、果てはうっかり海に落ちた僚艦の乗員たちなど、雪風の双眼鏡は数々の救助活動において探索に役立ち多くの命を救った。
  • 尚、頭に載っているのは測距儀、頭の横にあるのは22電探、口元にあるのは伝声管である。電探が装備された頃、雪風で「電探から出る電波が水虫に効く」と言う噂が流れ、電探を囲んで座って水虫の脚をかざすのが流行ったそうな。
    艦娘の雪風がそれをやられてるシーンを想像してみると…。
     

艦歴 Edit

  • 太平洋戦争開戦時は、初風天津風時津風と共に第十六駆逐隊に所属していた。後に浜風谷風磯風浦風が所属している第十七駆逐隊へ編入されている。
    • ゲーム中において、天津風や時津風、浜風、磯風、矢矧は雪風について言及する事があり、彼女への信頼を感じさせる。
    • 第十七駆逐隊への編入は初風と時津風の沈没、天津風の大破による第十六駆逐隊の解隊に伴う措置だが、雪風編入当時、第十七駆逐隊は開戦当時の艦が健在であったため、異例の5隻編成の駆逐隊となった。
  • 幾多の激戦をほぼ無傷で生還した・・・という華々しい戦果ばかり強調されがちだが、損傷が少ない故に、大きな戦闘の合間も休みなく護衛や輸送の任務をやり遂げた功績を忘れてはならない。
    戦争後期になると味方駆逐艦の残存数が少なくなった分、行く先々で仕事を任される様になり、空母護衛のなんて無茶まで経験する。
    あまりの激務に雪風がどこにいるのか同じ駆逐隊の僚艦たちはおろか軍司令部さえ掴めなくなってしまった。 ブラック鎮守府ってレベルじゃねーぞ
    冗談のような話だが歴とした事実で、雪風乗組みを命じられたある新兵が雪風を探して横須賀からシンガポール、台湾、呉と6ヶ月も渡り歩き、とうとう呉でデング熱に倒れて療養・・・してたら雪風が寄港したので着任できたと言うとんでもない逸話がある*1
  • 彼女の生涯については『雪風ハ沈マズ』(豊田穣著・光人社)という名作がある。全期間を最前線で活躍した雪風らしく多くの海戦や他艦のエピソードも豊富で、艦これファンなら読んで損はない。
  • あまりにもエピソードが多いため、もっと詳しく知りたい提督諸氏はwikipediaや関連する書籍などで各自調べていただきたい。有志が作成した雪風任務表もあるのでどうぞ。
    • 百数十回の任務に出撃し、うち100回が成功。失敗した任務は10回にも満たず。連合艦隊を代表する駆逐艦の双璧として呉の雪風、佐世保の時雨と謳われたのは伊達ではない。
      連合艦隊の数少ない生き残りである事から「負け戦が多かった」、「雪風は幸運でも一緒に行動した艦の被害が多い」という俗説が生まれてしまったが、実際は太平洋戦争全般を通じて、雪風自身は勿論、護衛した艦や共に出撃した部隊の被害が殆どない超優秀艦だった。
      艦隊をお守りします!
       

艦長と乗組員たち Edit

初代(艤装員長) 田口正一大佐
2代目 脇田喜一郎中佐
3代目 飛田健二郎中佐
4代目 菅間良吉中佐
5代目 寺内正道中佐
6代目 古要桂次中佐
7代目 橋本以行中佐
8代目 佐藤精七少佐
9代目 高田敏夫復員事務官
10代目 東日出夫復員事務官
 
  • 雪風で戦った兵たちは、厳しい訓練で培った技術や新しい戦術によって生還したのに、「単に運がいいだけだ」と見られるのが嫌だったとか。
    • 雪風の乗員の練度の高さを伝えるエピソードとしては、戦闘時の被弾を想定した応急処置訓練に関する冬月(艦これ未登場)の士官の証言がある。
      訓練ではいつも雪風が群を抜いて早く、しかも精確な処置ができていた」 戦闘で中々損傷しないからって、日々の訓練を怠っていたわけじゃないのですよ?
  • 被弾損傷や人的損耗も少なかったもののゼロというわけではなく、終戦までに乗員9名が戦死。一般にはこの「9名戦死」が広く伝わっているが元乗組員達により出版された手記によれば13名戦死とある。
    仮泊中に行方不明となった兵(艦から落下した形跡があり溺者となったと考えられた)達も含めての死者の数であり、「戦闘中の死亡でなくても彼らを忘れないでやって欲しい」との元同僚達の願いが込められている。
  • 自称ではあるが、村上水軍の末裔を名乗る兵も雪風に乗っていた。
    マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦で機関長を務めた竹崎大尉で、「不惜身命但惜身命」(「必要であれば身命を惜しむな。だがそのためにも命がけで身命を惜しめ」の意味)の家訓を日課として機関科の部下に語った。
    竹崎大尉が退艦した後もこの「不惜身命但惜身命」が雪風機関室における心得として残されたと言う。
  • 大和の特攻に同行した沸坂元軍医長は、復員後故郷の佐賀県で町医者として開業、2010年には地域密着医療に貢献した医師に贈られる賞を受賞しており、今もご健在である。NHKのデジタルアーカイブス でインタビューを見ることができる。
  • 同じく大和特攻時の砲術長だった田口大尉は雪風では珍しくツイてない人だった。元は榛名の砲術士で、雪風に異動後「駆逐艦乗りは何でもこなさなきゃならん」と航海長を任されたが、
    マリアナ沖海戦前に触礁してスクリューを破損、レイテ沖海戦では出航後にターボ発電機が故障、ヒ87船団護衛では機関部が故障するなど、田口大尉が舵を握ると何故か雪風はご機嫌ナナメになる事が多かった。 『あの、雪風に何か、ごよおでしょうか
    田口大尉は戦後、海上自衛隊に勤務し、護衛艦あまつかぜの艦長になるなど活躍した。
     

太平洋戦争における雪風 Edit

開戦 Edit

  • 太平洋戦争開戦時の雪風は華の二水戦に所属。第十六駆逐隊の姉妹たちと共に南方に出撃した。日本海軍の初の水雷戦となったスラバヤ沖海戦や、ニューギニア方面攻略作戦で活躍。
    • ニューギニア方面攻略作戦の一環であるマノクワリ攻略戦(昭和17.4.12)では遅刻した陸軍に代わって時津風と共に上陸作戦を決行、マノクワリを占領すると言う働きまでしている。
       

南方方面戦域―アイアンボトム・サウンドにおける戦い Edit

  • ミッドウェー海戦後、二水戦から十戦隊に異動となると、機動部隊の護衛任務や南方海域での輸送作戦に従事。
    駆逐艦の墓場と呼ばれるほど日米両軍の駆逐艦が多く損失した海域で、殆ど損害らしい損害を受けずに戦い続けた事から呉の雪風と称される様になる。
     
  • 南太平洋海戦(昭和17.10.21〜26)では空母瑞鶴を護衛。幸運艦2隻が揃った効果か戦闘開始と共にスコールが発生して瑞鶴の方に敵がやってこないと言う事態になった。
    • 戦闘に勝利した後、瑞鶴と共に戦場に残って帰還した味方艦載機の回収作業を行い、海に着水した多くの味方パイロットを救出した。
      実は南太平洋海戦の2ヶ月前、第十六駆逐隊の中で雪風だけ内地で飛鷹の着艦訓練(所謂「トンボ釣り」)に付き合っていたため、海に落ちた兵の救助に慣れていたと言う巡り合わせがあった。 これも幸運艦ゆえか・・・
    • 瑞鶴を護衛した功績により山本五十六長官から感状を渡されている。『艦隊をお守りします!』 ・・・が、「トンボ釣りでたくさん味方を助けたんで五十六さんに表彰された」と回想する元乗員もいたりする。『兵隊さんもお守りします!
       
  • ガタルカナル島の米軍飛行場砲撃作戦に端を発して勃発した第3次ソロモン海戦(昭和17.11.12〜13)には僚艦天津風と共に参加。
    近代海戦史で例を見ない夜間の近距離砲撃戦となったこの海戦で、雪風は比叡長良夕立らと共に敵巡洋艦、駆逐艦数隻を攻撃し、撃沈に至らしめた(共同戦果)。
    • 戦闘後は行動不能となった比叡を護衛した。奮戦空しく、残念ながら比叡を失う事となったが、西田艦長始め多くの乗員の救助を雪風は行った。
       
      開戦以来最大のピンチに・・・
      吉田俊雄著「戦艦比叡」、相良俊輔著「怒りの海」での雪風に関する記述について。
       
  • 20隻の駆逐艦隊による大規模な撤退作戦であるガタルカナル島撤退作戦(昭和18.1.28〜2.7)にも雪風は参加。
    • 最終日の作戦決行前、海軍司令部は駆逐艦の出撃を渋り、大発艇による脱出作戦に切り替えようとした*9
      この時駆逐艦による作戦を継続させる切欠となったのは「予定通り駆逐艦で作戦を行うべき」と意見具申した雪風の菅間艦長と浜風の上井艦長だったとされる。
      それまでの作戦で実際に救助した日本兵のやせ細った姿を目の当たりにした駆逐艦の乗組員たちは「何としてもガタルカナル島の仲間たちを救ってやる」と言う気持ちになっていた。
    • この作戦は雪風ら参加駆逐艦の将兵にも極秘で計画され(ガタルカナル島への輸送任務と告げられていた)、撤退作戦であると明かされたのも彼らがラバウルに集結した作戦決行4日前と言う慌ただしさだった。
      徹底した情報の隠蔽と、突然の任務変更にも対応した駆逐艦各艦の能力、作戦に従事した陸軍将兵らの決死行によって撤退作戦は成功し、司令部の事前予想より少ない被害で1万人の日本兵の救出に成功した。
      • アメリカ軍総司令官のニミッツ元帥はこの撤退作戦をmagnificent performance(見事なお手並み!)と賞賛し、モリソン戦史も「有史未曾有の見事なる撤退戦」と記している。
         
  • 雪風と常に行動を供にしていたすぐ下の妹の時津風親方ビスマルク海海戦(昭和18.3.2〜3.4)において失う。
    低速の輸送船で2日以上かかる敵の制空権下の航路を、昼夜を問わず堂々と突破セヨと言う無茶苦茶な作戦により8隻の輸送船団が全滅。日本海軍は時津風と共に白雪朝潮荒潮も失った。
    恨みは深し ダンピール
    電撃萌王「艦隊バトルメモリアル」のビスマルク海海戦について。
     
  • コロンバンガラ方面への輸送任務中勃発したコロンバンガラ沖海戦(昭和18.7.12〜7.13)で、雪風は開戦前からの縁故の神通を失うも、戦力、火力ともに勝る連合軍艦隊に逆転勝利を収める。
    この戦いの詳細と神通の奮戦ぶりについては 神通の記事を参照。
    • 日本の輸送船団は出港直後に連合軍の地上偵察部隊に発見され、最新のレーダーを搭載した艦隊と夜間偵察機に待ち伏せされると言う絶体絶命の戦いだった。
      雪風は新たに搭載した逆探で敵のレーダー波を察知し待ち伏せを見破った*12。神通を失った後は雪風が駆逐艦隊を統率して反撃する。
      次発装填装置により魚雷の再装填を完了させると、スコールを利用して絶好のポジションまで敵艦隊に近づき雷撃を指示。敵の軽巡洋艦2隻、駆逐艦2隻を大破、駆逐艦1隻を撃沈する戦果を上げ、輸送任務の成功に貢献している。
       

本土防衛戦と大戦の終わり Edit

  • 日米機動部隊最後の決戦となったマリアナ沖海戦(昭和19.6.19〜20)は、触礁によってスクリューを破損していたため本隊から外され、後方で補給部隊の護衛として参加した。
    • 海戦初日の夜、本隊の補給のため雪風ら補給部隊は前線に進出を命じられる。しかし翌日、本隊に合流したのも束の間、敵襲の警報を受けた本隊は低速の補給部隊を置いて撤退。
      雪風は全速力を発揮できないから後方に回されたのに、最前線で戦う事になってしまった
      • 補給部隊が空襲を受けた際、雪風は探照灯」で米軍機搭乗員の目をくらませ3機を撃墜するという世にも珍しい迎撃を行い奮戦。 公式4コマ35話でもネタにされている。
        残念ながら被害を受けた油槽船一隻を雪風が雷撃処分する事となってしまったが、 これだけの窮地の中、補給部隊8隻の内、損失を2隻(内1隻は至近弾による機関損傷が原因の自沈処理で、戦死者はゼロだった)に止めたのは見事とも言える。
         
  • マリアナ沖海戦後、スクリューの修理のため一足先に帰国の途に着いた雪風は、台湾沖で米潜水艦により沈められた陸軍輸送船の乗組員が筏で漂流している所に偶然通りかかり
    飢えと乾きに苦しんでいた80名の生存者を救助すると言う幸運艦ならではの働きをしている。
     
  • レイテ沖海戦(昭和19.10.23〜26)には、矢矧率いる第十戦隊の第十七駆逐隊に所属して第二艦隊(栗田艦隊)第一遊撃部隊第二部隊の護衛として参加。
    出力が低いディーゼル発電機のみで4日間に亘る戦闘を無傷で生き延びた事や無抵抗の敵艦を撃たず敬礼を持って見送った事など、多くのエピソードを残した。
    史上最大の海戦において
     
  • レイテ沖海戦後、信濃の回航の際護衛を務めていた雪風は、信濃を追跡する浮上中の米潜水艦を目にしながら漁船と誤認・・・雪風痛恨のミスとして語られるこのエピソードだが、実は全くのデマである
    日本側記録に「信濃を後方から追跡する船舶をレーダーが感知。調査に向かわせた雪風が『漁船と思われる』と報告した」とあり、これが実は信濃を撃沈した米潜水艦アーチャーフィッシュであったとする説だが、
    アーチャーフィッシュの艦長ジョセフ・F・エンライト少佐の証言によれば、この時間帯、アーチャーフィッシュは信濃の前方にいて、雪風が調査した船はアーチャーフィッシュでない事が判っている。詳しくはこちら
    • 「雪風が浮上中の米潜水艦を漁船と誤認した」と記したのは豊田穣氏ら数名の作家である。
      中でもエンライト少佐に直接取材をした豊田氏が、勘違いによるものか、意図的な脚色か、エンライト少佐の証言を正しく伝えなかった理由は不明である。
      但し豊田氏の著書では、別の時間帯に潜水艦を発見した雪風乗員の証言まで「確認できなかった」と変えられている点は記しておく*15
       
  • 大和の沖縄特攻(昭和20.4.7)に随伴艦として参加。
    沖縄へ向かう途上にて発生した坊ノ岬沖海戦で日本艦隊はアメリカ軍機動部隊の艦載機の空襲を受け大和、矢矧、朝霜、磯風、浜風が沈没。沖縄突入を断念する。
    雪風は敵機の機銃掃射を受け3名の戦死者と数名の負傷者を出すが、ほぼ無傷で戦闘を生き残った。
    不惜身命但惜身命
     
  • 太平洋戦争における雪風最後の戦闘は宮津湾空襲(昭和20.7.30)であった。
    B29による機雷投下によって、天橋立を眺める狭い湾内に閉じ込められた雪風と第十七駆逐隊最後の僚艦初霜を米爆撃隊が襲撃。
    機雷を投下しにくい陸岸付近を進みながら、20ノット前後の低速しか出せない不利な戦闘で開戦以来最大の死傷者(戦死1名、負傷者20名)を出したが、10時間に亘る戦闘でF4Uコルセア1機を撃墜する奮戦の末、雪風は生き残った。
    雪風としての最後の戦い
    初霜の触雷大破についての風評被害
     

復員輸送船として Edit

  • 終戦後は復員船として1万3千人以上を本土へ帰還させた。その中には、後に「ゲゲゲの鬼太郎」などをヒットさせる水木しげる氏の姿もあった。
    • 水木しげると言えば妖怪漫画で有名だが、ラバウルでの戦場体験を元にした『総員玉砕せよ!』などの戦記漫画も描いている。駆逐艦雪風をモデルにした*17『駆逐艦魂』という作品もある。
    • 雪風の帝国海軍籍からの除籍日は1945年の9月15日*18、10月5日*19、11月30日*20と諸説ある。特に11月30日は2015年に水木氏が亡くなった日でもあり、当時話題になった。
  • 復員輸送任務中、元乗組員は 1/4に減らされ、船に乗ったことが無い元陸軍兵や仕事を求めてきた従軍経験の無い民間人らと共に任務に出されたため、戦時中の雪風では見られなかった対立も生じたと言う。
    • 乗組員たちは艦内の風紀を保とうと頑張った。引揚者に「とても綺麗な船ですね。日本は敗れて大変なことになったのに、今までどこで戦っていたのですか? 航海に出たのも初めてじゃないですか?」と責められた事もあったが *21
      腐る事なく初代艦長の時代から引き継いだ艦風を守って艦内を整備し続け、少しでも復員兵や引揚者を良い気分で日本へ送り届けてやろうと務めた。
      引揚者の中に妊婦がいて、雪風艦内で出産すると言う慶事にも恵まれた*22
復員輸送中の雪風では有志らが雪風楽団を結成し、「復員者歓迎雪風の歌」を演奏して復員兵や民間の引揚者を慰めた。
  • 中華民国海軍に引き渡しが決まったあとも乗組員たちは清掃や手入れを怠らず、連合国側から「敗戦国の軍艦でかくも見事に整備された艦は見たことがない」と感嘆された。
    伊藤正徳氏は著書の最後において「雪風は最後の日まで日本の名を守った」と記している。
     

丹陽 Edit

  • 復員船の役目を終えた後に賠償艦として引き渡され、駆逐艦でありながら中華民国(台湾)海軍旗艦「丹陽(タンヤン)」として就役。
    どうも連合国にも雪風の強運っぷりは伝わっており、旗艦就任はそれを見込んでの事だったんだとか。蒋介石総統が台湾に逃れる際には雪風に乗艦したという。
    • 雪風は帝国海軍時代にもわずか3日だけ艦隊旗艦を務めた珍しい記録*23がある。
  • この時陰陽思想で雪も風も陰に属する字のため名前がいまいちということで、陽である丹(赤)と陽を使うことになった。
    余談だが、中華民国海軍の艦艇名には日本からの賠償艦・米国からの供与艦を問わず○陽が多い……というか名付け元の都市名に○陽が多いというべきか。
    あちら流の験担ぎと思われ、総称して「陽字號」などと呼ばれることも。ちなみに、帝国海軍艦艇由来の「陽字號」は以下の通り。
    中華民国海軍での名称帝国海軍での名称
    丹陽(DD-12)陽炎型・雪風
    信陽(DD-15)橘型(改松型・改丁型)・初梅
    華陽(艦艇番号未付与)橘型(改松型・改丁型)・蔦
    瀋陽(艦艇番号未付与)峯風型(改峯風型・野風型)・波風
    汾陽(艦艇番号未付与)秋月型(乙型)・宵月
    衡陽(艦艇番号未付与)松型(丁型)・楓
    惠陽(艦艇番号未付与)松型(丁型)・杉
  • 引き渡された当初、武装は降ろされていたが、国民党海軍の手によって旧帝国海軍の鹵獲兵装を取り付けられ、後に補給の問題からアメリカ式の火砲に換装されている。
    • 旧海軍の鹵獲品装備時は、艦首に12.7cm連装高角砲1基、後部にはなんとあの10cm連装高角砲2基を装備。
      後者は上記の秋月型宵月の装備品・・・ではなく(復員輸送の時点で武装解除済)、台湾の防空砲台から転用されたものである。*24
    • なお、丹陽として就役した後も幸運ぶりを発揮。詳細は省くが、幸運を通り越した異能生存体っぷりは健在だった。中共艦艇と交戦中、突如ボイラーが本調子を取り戻したことで往時の高速を発揮し危機を脱したり、命中寸前の砲弾が突如空中で爆発したという逸話も残されている。
    • ソ連油槽船拿捕や人民解放軍の沿岸用コルベット撃沈等戦後も活躍し1965年に一線を退いたが、その後も訓練艦として就役していた。
      日本で雪風返還運動が始まり、1969年には1年後の返還が約束されるところまで漕ぎ着けたのだが、夏の暴風雨によって老朽化していた船体が大破し、あえなく解体された。栄えある帝国海軍最後の実働艦は、結局最後まで戦没することは無かった。
      この時のこともあって、当時の中華民国だった台湾でも雪風、もとい丹陽は人気があるんだそうな。何せその生涯を描いた擬人化漫画があるくらいだし!
    • 取り外された錨と舵輪は1971年、元艦長や乗員たちが出迎える中で返還された。返還式典は火葬場の拾骨のように沈痛な空気に包まれ、「あの雪風がこれだけになってしまった」とかつての乗員たちは男泣きに泣いたという。
      現在は江田島の海上自衛隊第一術科学校校内の教育参考館に静かに安置されている。また台湾の中華民国海軍司令部(台北市)と海軍軍官学校(高雄市)には彼女のスクリューが残されており、軍官学校校史館には丹陽時代の資料や模型などが展示されている。
       

雪風の帰還 Edit

  • 終戦から十数年が経過し、復興を果たした日本に、再び軍艦の建造が認められる事になりました。
    戦後初めての自国生産による軍艦。生まれ変わった日本にとって、そして発足して間もない海上自衛隊にとって、
    極めて重要な意味を持つことになる最初の護衛艦。はるかぜ型護衛艦。
    その二番艦が、一番艦はるかぜより一月早く進水する事となりました。
    戦後復興を象徴する、正真正銘の最初の護衛艦。
    この排水量1700トンという小さな彼女に与えられた名は──
    「ゆきかぜ」
    ──です。
    この名が発表されたとき、旧海軍の関係者や、復員船となった雪風のおかげで祖国に帰ることができた人たちは、
    皆、同じ言葉をもって迎え入れたそうです。「おかえり」と。
海上自衛隊発足後初の国産護衛艦として

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過去ログ

最新の20件を表示しています。 コメントページを参照

  • 雪風改二と丹陽でコンバート…これだ! -- 2016-07-06 (水) 23:10:13
    • 改二用にどうぞ……( ´∀`)つ「スーパーフェニックスMk.XI」 -- 2016-07-07 (木) 03:04:19
  • ゆきかぜは ようすをみている…@公式4コマ -- 2016-07-08 (金) 12:07:09
    • ゆきかぜよ、その衣装はどっから持ってきたw -- 2016-07-08 (金) 13:25:48
      • 表情含めて可愛いなw -- 2016-07-08 (金) 17:53:17
      • そりゃあ、超機敏艦だからw -- 2016-07-08 (金) 18:36:27
      • きっと桃井氏の艦隊にも艦娘用被服廠があるんですよ -- 2016-07-09 (土) 04:29:49
      • いつだかの雪遊びの回で、たくさん衣装用意してあったの思い出した(RJのクリスマス衣装流用とか、祥鳳さんが電熱線服きてたとか)、もしかしてそこから? -- 2016-07-09 (土) 13:56:42
      • ↑探したら72話だった(潜水服や着ぐるみもあったw)あそこになら入っていそうだからコワイw -- ? 2016-07-09 (土) 14:47:15
    • 存在感がパネェwww -- 2016-07-08 (金) 15:40:17
    • 様子を見る→様子を見る→痛恨の一撃→マダンテ→祈り→最初に戻る -- 2016-07-08 (金) 18:41:36
    • 1なでる 2呼ぶ 3おやつ 4だるまさんがころんだ -- 2016-07-08 (金) 18:53:04
    • どうしてそうなったw -- [[ ]] 2016-07-08 (金) 20:15:19
    • ゆきかぜが仲間になりたそうな眼でこっちを見ている →はい  パソコンのボックスがいっぱいです -- 2016-07-08 (金) 23:05:55
    • 4コマの雪風は相方探しの歴史が長いからなあ…w -- 2016-07-09 (土) 12:31:43
    • あとひとり雪が名前に入る船か・・・と考えたところで「雪風、吹雪、白雪、初雪、あと誰だっけ」になった俺の記憶力にバケツかけてくれ深雪 -- 2016-07-09 (土) 17:17:26
  • お前実はめっちゃスタイル抜群やったんやな…(プライズ見ながら) -- 2016-07-09 (土) 21:00:29
    • 二次じゃ舌足らずな口調もあって幼いイメージが強いけどアケの頭身みたらコニシ姉妹と同じなのよね -- 2016-07-09 (土) 21:36:54
    • 程よく発育した雪風が無邪気に懐いてきたらもう押し倒すしかない -- 2016-07-09 (土) 22:32:37
    • こいつと時津風はこんなん透けてたらあかんやろとフィギュア見るたびに思う -- 2016-07-10 (日) 06:57:53
      • 16駆は南方戦線がメインだったから透け透けは暑さ対策。むしろ初風の衣装があかん。 -- 2016-07-10 (日) 12:06:58
      • 背景を知ると納得するんだけど、あざとい印象があるのはなぜだろう。雪風はペンキがはがれた歴戦の勇士ということで素直に納得しているが。 -- 2016-07-11 (月) 18:34:32
      • ↑ペンキ剥がれたってより剥がされたというか削られたんだよなぁ。だからあんなスケスケのスケベ服になったんじゃない? -- 2016-07-12 (火) 08:17:34
  • アーケードの話になるが、攻撃を三回も受けたにも関わらず全部Missになったよこの子・・・どんだけ運がいいんだ 。 -- 2016-07-10 (日) 17:06:04
  • ACrev2藤田さんの動画 ハムスターが公式になったぞ -- 2016-07-11 (月) 10:21:41
    • 幸運のハム☆になってしまうのか・・・ -- 2016-07-12 (火) 20:04:05
    • 中破姿のエロスに目を奪われてそれしか覚えていないクソ提督が俺です -- 2016-07-13 (水) 23:45:33
      • ぱんつ丸見えに動画的によろしいのか焦るのが藤田提督、ぱんつが見えたらよく見えるよう衆目に晒すのが井口提督。 -- 2016-07-14 (木) 01:01:38
    • もうビーバーやカピバラと言うは許さん!(でもビーバーだと思うw) -- 2016-07-14 (木) 10:52:58
      • キサマ・・・うまいこと誤字して誰を許さんのか避けたな(策士め) -- 2016-07-14 (木) 22:19:22
      • ハムスターもビーバーも嫌だったが例の動画でビーバーは受け入れてしまった。ハムスターも飼ったことある人に言わせると「ハムスターいいじゃないか何故拒むんだ」と。いや、うちタマ飼ってるし・・・(嘘) -- 2016-07-17 (日) 16:13:39
    • チーム動物園のアレねw いや、クマねーちゃんと漣さん好きなので雪風と絡めてくれるの嬉しいですが。 -- 2016-07-15 (金) 18:10:47
    • このゲーム始めた当初からハム風呼びのワイ提督 -- 2016-07-17 (日) 08:38:16
    • 雪風はハムスターというより白鼠のイメージが先だが、ハムスターも純白種いるし問題ない -- 2016-07-18 (月) 17:50:38
    • うちにいるミディッチュの雪風は紛うことなきげっ歯類 -- 2016-07-18 (月) 21:26:32
  • ゆきちゃーん -- 2016-07-11 (月) 21:53:50
    • そんなことしたって、帰らないよ?(ちょい早めの怪談ネタ -- 2016-07-11 (月) 23:11:27
  • タ ン ヤ ン(AA略) -- 2016-07-14 (木) 17:31:39
    • しねぇ! -- 2016-07-15 (金) 04:38:10
  • 戦後賠償艦がヴェールヌイだけで寂しそうなので改造で丹陽希望 -- 2016-07-15 (金) 20:18:44
    • 生き残りの秋月型や松型が実装されれば、雪風より先にその手の艦が実装されそう。丹陽は速くても初梅のあとだろうな -- 2016-07-15 (金) 23:21:05
    • 戦時賠償艦というくくりだが別に同じところで戦った訳ではないからな・・・ヴェールヌイの僚艦としてはソ連製の駆逐艦がほすぃ -- 2016-07-16 (土) 11:33:56
      • ふと思ったが雪風と響が戦後立場が逆だったら響はともかく雪風は標的艦にされていても沈まず今も現存していたかもしれんな -- 2016-07-16 (土) 19:38:20
      • ↑ちょっと何言ってるかわからない -- 2016-07-16 (土) 20:11:42
      • 近年急に知名度急上昇のタシュケントとかタイムリーでいいんじゃね、と思ったが別府になった時には健在じゃないというジレンマ。 ↑↑ちゃんと標的艦の仕事して、どうぞ -- 2016-07-17 (日) 08:09:50
  • 爆雷が予想以上に正統派、やっぱり彼女かなりまともな部類なのでは・・・? -- 2016-07-16 (土) 02:20:29
    • 服以外まともだろ!いい加減にしろ! -- 2016-07-16 (土) 11:28:39
    • スカート履き忘れてるだけだから! -- 2016-07-16 (土) 23:55:55
      • つーかワンピの丈がちょっと短いだけだな。なお透けてるもよう -- 2016-07-17 (日) 00:14:41
  • 今夏の水着コスは秀作が多い。雪風にも水着コスこないかな(本音→しずまデザインの変態水着見たい)。 -- 2016-07-17 (日) 09:22:04
  • 「雪風は沈みましぇん!雪風は沈みましぇん!しれぇが、好きだから!」 101回目の神回避ー完ー -- 2016-07-17 (日) 14:57:46
  • 編成とか改装で艦娘が表示される小枠があるけど、そこでの雪風が右目から涙流してるように見える。いや、自分の思い込みならそれでいいんだが。 -- 2016-07-18 (月) 21:17:38
    • 夏の夜にそれを言われてもだな・・・「お持ちの雪風が涙を流してるように見える鎮守府には、一週間以内にご幸福が訪れます」ヒィー! -- 2016-07-18 (月) 22:01:22
  • ゲーム開始から未だに最強クラスの位置にいるが、同時に「駆逐艦」カテのスペックの限界点になってるからいろんな奴が改弐になっても、こいつ自身が改2にならない事にはその数値にはストッパーが掛けられてるも同然なんだよなぁ -- 2016-07-19 (火) 18:10:56
  • 丹陽が実装されたら確実に運は低くなるだろうな -- 2016-07-19 (火) 19:13:44
    • Why? -- 2016-07-19 (火) 21:28:15
    • 丹陽になった後も異能生存体っぷり発揮してるから最後のこと考えたとしても運が下がることはないと思うぞ -- 2016-07-19 (火) 22:01:00
    • 日本への返還が実現一歩手前までこぎつけた所で台風による浸水で損傷して解体されたって話か -- 2016-07-20 (水) 21:27:02
      • 丹陽時代だけでもプラマイで考えたらプラスじゃね?丹陽伝説のどこまでが事実なのかは知らんが -- 2016-07-21 (木) 20:22:18
      • むしろ台風でさえ沈没にならなかったということを考えると上がってもおかしくないと思うんだけどなぁ -- 2016-07-22 (金) 15:54:19
      • 中華民国(台湾)が1971年10月に中国の代表権喪失、国連脱退。1972年に中華人民共和国(共産党)と日本が国交樹立により、台湾と国交断絶。雪風の部品返還が1971年12月だから、ギリギリセーフだよ。タンヤンは台湾にとっても大切な船だから当初から返すつもりはなかったみたいだし、台風で損傷、解体という流れがあったおかげで部品の形見分けが叶ったわけで。台風で損傷しなければ、そのまま国交断絶となって、錨も舵輪も返還されず、その後の情報も途絶えていつ処分されたかもわからないまま幻の船になっていたかもよ。艦これがタンヤンにまつわる台湾の同人誌と無関係ではないから、この返還エピソードは艦これの存在にも無関係ではないかもね。 -- 2016-07-22 (金) 18:33:20
  • 雪風のことを調べていて、ふと見つけて見てみたら祖父さんが持ち上げられてた(笑)。模範的な家長だったかどうかは知りませんが、やさしいおじいちゃんでした。ところで、「艤装員長」が「擬装艦長」となっていたので修正しておきました。艦を艤装する艤装員の長でカモフラージュ艦長じゃないよ!w -- 田口正一の孫? 2016-07-20 (水) 00:29:45
    • 誤字修正お疲れ様です。「模範的な家長」は伊藤正徳氏の著書にありますね。ただ伊藤氏は初代艦長を脇田中佐と誤記してしまっていたのですが・・・ぉぉーぃ -- 2016-07-20 (水) 23:43:21
      • おお、なるほど! 出典を教えて頂きありがとうございます。機会があれば原典当たってみます。(初代艦長を誤記するとは…w) 先日実家に行って「激動の昭和 世界奇跡の駆逐艦 雪風」を手元に持ってきました。これからじっくり読みますが、何か当たりたい箇所などあれば仰ってくださいまし。 -- 田口正一の孫? 2016-07-21 (木) 04:15:31
  • しれぇ! -- 2016-07-22 (金) 18:53:56
    • ハニワ幻人め! -- 2016-07-25 (月) 19:32:58 New
    • 俺(雪風)がやめたら 誰がやるのか 今に見ていろ深海棲艦 全滅だ! -- 2016-07-26 (火) 21:35:00 New
    • はーい!面白かった?じゃあねぁ♪(瞑想 -- 2016-07-28 (木) 08:23:49 New
  • ◦カード(艦種別)のページで雪風いなくなってます(ToT)。(初風の後が天津風になってます) -- 2016-07-25 (月) 23:31:15 New
    • ウインドウ幅が狭くて切れてるだけなんてオチでは? -- 2016-07-25 (月) 23:38:15 New
      • すみません。そうでした^^; -- 2016-07-26 (火) 14:47:43 New
  • しねぇ! -- 2016-07-26 (火) 08:56:05 New
  • 運営Twitterのアイコンに雪風が・・・。大和と仲良しな雪風はええのう。 -- 2016-07-28 (木) 21:07:34 New!
  • 運営アイコン -- 2016-07-28 (木) 21:11:53 New!
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

建造成果の報告は建造レシピ内にあるコメント欄に、
ドロップ報告に関しては出撃ドロップ内にあるコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 昭和19年4月に着任を命じられた新兵5名。5月に日本を発ち、9月にやっと雪風に合流できた。浜風、浦風、磯風はこの新兵たちを台湾で拾い「雪風は呉にいる」と教えて送ってやったが、その時雪風は因島ドックにおり危うくすれ違いかけた。
*2 菅間艦長に関しては第27駆逐隊司令の原為一大佐が、寺内艦長に関しては雪風の元乗組員が、それぞれ「敵襲を予見して雪風を港外に仮泊させ爆撃を避けた」と証言している。宮津湾空襲でも早朝のうちに機関を作動させておいたため、戦闘開始と共に素早く抜錨できた。
*3 4代目艦長の菅間中佐も天蓋から身を乗り出して対空戦闘を行った等、雪風の天蓋には様々な逸話がある。着任したばかりの新兵が「お前来たばかりで配置決ってないからジャマにならん所におれ」と、陸軍輸送任務の真っ只中、天蓋にポツンと座らされたと言う尋常でない話も。
*4 梨は太平洋戦争終盤の1945年3月15日に就役。7月28日、山口県平郡島北岸沖にてアメリカ軍機動部隊艦載機の空襲を受け沈没。9年後の1954年9月、海中から引き揚げされ、修理改装の後、護衛艦わかばとして復活した数奇な艦歴を持つ船である。
*5 被弾した医務室から佐世保軍需部の刻印が入った弾丸の破片が見つかった。比叡の副砲の砲弾と言われる。
*6 あまり知られていないが第3次ソロモン海戦後の比叡の護衛命令は雪風には出ていない。退避中に長良と合流した雪風は比叡の窮状を知らされ、反転して救助に駆け付けた。そのため正式に護衛命令を受けた他の駆逐艦より一足早く比叡の側に到着している。
*7 一部の著書では墨水兵長と書かれるが加藤サダム水兵長が正しい。この間違いは、当時雪風に同姓同名、同郷の加藤サダム氏が2名乗船していたため起きたものらしい。「加藤サダムが戦死した」「いや、人違いだ。生きてる」のやり取りの末「戦死したのは加藤サダムではない」と伝わり、墨水兵長という架空の戦死者が産まれた。
*8 夜戦で医務室が破壊され、士官室で緊急の治療を行ったため、充分な処置ができなかったとある。
*9 この作戦に至るまでの駆逐艦の損失のあまりの多さと、アメリカ軍に撤退作戦が露呈しただろうと言う懸念があった(実際は彼らの情報統括が功を奏し作戦完了まで撤退作戦は知られなかったが)からで、海軍司令部にも言い分はあった。
*10 やられっ放しだったわけではなく、雪風は反跳爆撃を狙って低空飛行してくるB-25爆撃機に咄嗟に対応し、2機(米軍側資料では1機)を撃墜している。
*11 荒潮は艦橋が吹っ飛んで航海科員が全員戦死したため、接近する雪風の発光信号を読み取れず、最初は敵艦だと思い全員に自決用のピストルが手渡された。近づく艦影が雪風だと分かった時の嬉しさ、感激は筆舌に尽くし難かったと荒潮の生還者は後に語っている。
*12 日本の水上偵察機も連合軍の艦隊を発見したが、暗号通信の発受信に10分以上の時間がかかったため、日本艦隊はレーダーで捕捉される直前まで敵に接近されてしまった。
*13 発電機の歯車が摩耗により欠損したもので、被弾による損傷は少ない雪風だったが、休みもなく働き続けた影響により艦内部の消耗は激しくなり、1944年半ば以降は機関部の摩耗劣化に度々悩まされていた。
*14 元アメリカ海軍少佐。ウォールブルック海事アカデミー創設者で、退職後は海軍大学で戦略、政策を教える他、米国海軍研究所のディレクターを務めた。
*15 日直を引き継ぐ際の雪風砲術長の伝達が、引き継いだ航海長らの証言では「右前方に浮上した潜水艦を発見。駆逐艦一隻を派遣して制圧すべきと考えるが、現在も通常通り運航中」とあるのが、豊田氏の著書では「先程潜水艦らしきものが出たが、よくわからなかった」になっている。
*16 大和の士官には「潜水艦の潜望鏡が発見し難くなる」と説明して大和生存者の救助を16時40分頃に打ち切ったが、その後矢矧生存者の救助を行い、更にその後磯風の救助と自沈処理を行った頃には23時近くになっていた。
*17 作中では「旋風」という名前になっている
*18 『雪風ハ沈マズ』に書かれた日付
*19 英語版Wikipedia等に書かれた日付。この日付けの海軍公報で「復員還送を主任務とすることに指定された海軍艦船は、指定日を以て除籍し特別輸送艦と称する」とある。
*20 日本語版Wikipedia等に書かれた日付。海軍省最後の日で、翌日、海軍省から改組された第二復員省により雪風が特別輸送艦(復員船)に指定されている。
*21 復員輸送艦には戦勝国の将官が監視のため乗り込み、乗員が復員兵や引揚者に戦争に関する話をする事を禁止していた。勇ましい話をすると反乱の切っ掛けとなり、悲観的な話をすると自殺されるからである。雪風の乗組員らは敗戦の責を問われてもじっと我慢し任務を続けた。
*22 マノクワリ上陸作戦でも雪風の兵が現地日本人の妊婦を救出している。この時は千歳の軍医により出産したが、雪風は軍属でありながら短い期間で2回出産に関係した珍しい経歴の艦である。
*23 1943年7月に第八艦隊司令部の将旗を臨時に掲げたとされる。
*24 このことから、陽炎型の主砲を艦これのように10センチ高角砲に換装することは可能とされる。もっとも、量産の難しい10センチ高角砲の数を揃えるという問題があるのだが。
*25 東京湾で起こった大型タンカーと貨物船の衝突事故。5万7千トンものプロパン・ブタン・ナフサという可燃物を搭載していたタンカーは20日間爆発・炎上し、消防艇も太刀打ちできなかったため、なんとか太平洋まで曳航したところを、海上自衛隊の災害派遣部隊による「はるな」を旗艦とする護衛艦部隊の砲撃・対潜哨戒機の空爆・潜水艦の雷撃まで行ってやっと撃沈したという大騒動であった