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大和

Last-modified: 2016-08-31 (水) 21:12:22
No.131
大和型戦艦、一番艦、大和。推して参ります!大和(やまと)大和型 1番艦 戦艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久93火力96 / 129
装甲88 / 108雷装0
回避27 / 59対空50 / 94
搭載28対潜0
速力低速索敵15 / 39
射程超長12 / 79
最大消費量
燃料250弾薬300
搭載装備
746cm三連装砲
715.5cm三連装副砲
7零式水上観測機
7未装備
改造チャート
大和大和改(Lv60)
図鑑説明
大和型戦艦一番艦、大和です。
艦隊決戦の切り札として、呉海軍工廠で極秘建造されました。
当時の最高技術の粋を結集されたこの体、二番艦の武蔵とともに、連合艦隊の中枢戦力として頑張ります!

※初期値はLvや近代化改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:竹達彩奈、イラストレーター:しずまよしのり (クリックするとセリフ一覧が開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 2013年8月イベント海域「南方海域強襲偵察!」の最深部突破報酬として先行配布され、同年12月24日に実装された「大型艦建造」で正式に実装された。
    • ちなみに大和型戦艦2番艦の武蔵は2014/07/04に正式に実装された。
    • 確率は低下するものの大和は開発資材1でも建造可能(武蔵・Bismarckは20・100の必要あり)。
      • このため、武蔵が先に着任した提督はある程度建造制御が可能だが、大和が先に着任している提督は8時間表示毎にお祈りが必要。運が悪いと偏り続けることもある。
    • Bismarck狙いでZ1orZ3を秘書艦としている状態でも、確率は大幅に低下しているものの武蔵共々ドロップ可能。こちらも運が悪いと偏り続けることもある。
  • 実装済み艦の中で武蔵と並び最高クラスを誇る耐久・火力・対空・装甲、そして資材消費
    • 昼戦一回のみで燃料50・弾薬60というビッグセブンすら軽く見える凄まじい大食らい。入渠では鋼材が4桁掛かるなんてことも良く起きる。
    • 改装時の鋼材は驚異の3000。駆逐艦が100隻(正確には最低値建造100回)作れる。
      • 扶桑改二の実装により、改造時の鋼材消費は2番手に落ちた。
      • 翔鶴改二の実装により3番手になった。(さらにコンバート改造も含めれば4位に)
    • 改造Lvが60と、初回改造Lvが堂々のトップ。艦これ3周年になった現在も堂々のトップである
    • その燃料弾薬消費のおかげでケッコンカッコカリによる燃費改善の恩恵を最も受けられる艦娘と言える。ただし入渠時の燃料鋼材消費は相変わらずだが
  • Lv1の状態ですら他の戦艦の改装型(むしろ改二も)と張り合えるほどの能力があり、史実通り「艦隊決戦仕様」と言える存在なのだが、普段使うには消費が重いのも事実。
    ただ燃費優先で戦力を抑えるよりは、大和で速攻した方が最終的な被害は小さくなったりする場面も案外多い。
    • バケツはもちろんのこと、修理費用そのものも減らせるので地味に燃料消費も抑えられたりする(本当に地味にだが)。
    • 兵站ゲーとして考えるなら低速戦艦としては長門型のほうがコスパは高いが、イベント最深部や5-5あたりだと大和型を持っているか持っていないかで安定感に違いが出る事も。
      • 現在主な使いどころはやはり5-5かイベントの2択。それ以外はあまり使いどころがない。耐久面ということで3-4もありだが、大破時の修理はお察し。(そうそう大破しないけど)
      • 一方任務で編成が限られる任務が多くなってきているため、戦艦枠に大和型を採用することも多い、この場合戦艦としての安定度はやはり別格無論資材消費も別格
  • Lv上げとしては演習がメインになるだろう。大和型は燃費もそうだが、仮にカスダメでも修理費用がバカに高いため、できる限り無傷確定かつ比較的に経験値が高い演習を利用していきたい。
    Lv1からでもMVPを簡単に取れるため、旗艦+MVPで成長速度はわりかし速いかも…
    • 妹の武蔵と並んで演習番長ともいわれることも…
    • もしくは5-2周回か3-2-1となる。前者は戦果のついでにも可能。
      • 5-4は低速のせいで渦潮を踏むためオススメできない。もし行くなら1戦目で撤退させるか、渦潮対策で電探を積むこと。
  • 夜戦での大破率は他の戦艦と変わらないので昼までで決着を付けたい時に使うのがベストかも……?
    • 雷装が0だが素の火力が高いため、ハイパーズに次ぐ夜戦攻撃力を発揮できる。イベント最深部などでは多額の修理費を覚悟で夜戦もやらせたい。
    • 三式弾を装備して陸上型に攻撃すると火力×2.5倍説が出ている、この場合火力1位の大和型はキャップ到達確定のため、有利になる。有効に使っていきたい。
      • ただ46砲×2で改造前181、改造後191で×2.5=452と477→夜戦キャップで312と313になるが・・・。ちなみに昼の場合155付近となる。
      • むしろ基地系に対しても、三式弾を搭載はキャップ分が過剰になるため、昼の補正が強く弾着が高確率で発動する、徹甲弾のほうがいいのかもしれない。
    • 一方3-5の北方棲姫が相手の場合三式弾なしで破壊(撃沈)も可能。
  • 初期装備の零式水上観測機は、大和型2隻の初期装備でのみ入手可能な激レア品。取り扱いには十分注意されたし。
    • 3/14のアップデートで開発落ちしたため、取扱いはまだ楽になった。
  • 4/23以降建造でもドロップ同様の背景となったが、同時にSホロ背景とHホロ背景が実装され、建造可能の大和のみが取得画面でのHホロ(Sホロ背景+桜)の背景となる唯一の艦娘である。
    • 姉妹艦の武蔵は何故かSホロ背景。 大和のみの特権か?なお9月現在修正はなし
  • 2016/08/01のアップデートで夏の季節限定グラフィックの水着modeが実装された。
    • 艦これ一番くじと同じデザインの水着だが、こちらはラムネを抱え込んでいる。
限定イラスト:夏季限定(2016)Ver.


小ネタ Edit

略歴
艦長
  • 日本人なら軍艦に詳しくなくても誰もが知っているであろう、日本海軍の隠し玉にして世界最大の超弩級戦艦。
    基準排水量65,000トン、満載排水量72,809トンの超大型戦艦である。
  • 大和ライバル艦はIowa級戦艦である。Iowaは今も、アメリカに残っている。
    参考動画↓(見るときは、日本語字幕をONにしてください)
    https://m.youtube.com/watch?v=fQ9D-RbE1iM
    https://m.youtube.com/watch?v=I1IMIHYqPCk
    • 基準排水量及び満載排水量そして搭載主砲の口径で戦後ギネスブックに認定。最近の本には載ってないけど。
      大和型の性能諸元(竣工時)
  • 当時日本海軍の保有していた主力艦は扶桑型、伊勢型、長門型などの老朽艦しか無く各国の新鋭戦艦に対抗するには不十分であったため、マル三計画で戦艦2隻(大和、武蔵)、マル四計画でも戦艦2隻(信濃、一一一号艦)計4隻の新戦艦の新造が最も古い巡洋戦艦金剛型4隻を代替するために計画された。
    しかし実際に完成したのは大和・武蔵、航空母艦へ改装された信濃の三隻で、四番艦に相当する「第一一一号艦」は手を付け始めたところで解体、伊勢姉妹の航空戦艦化の資材に流用された。
    更にマル五計画では改大和型戦艦1隻*7、超大和型戦艦2隻*8と行った改良型も計画されており、日本海軍は大和型を次世代戦艦のスタンダードとして量産しようとしていたのが伺える。
    • 大和型戦艦の計画が進み始めた頃の連合艦隊司令長官・高橋三吉中将は、八八艦隊計画を推進し軍縮条約に反対する生粋の鉄砲屋とも言える艦隊派提督であった。だが、大和型戦艦の必要性に疑問を呈して再考を促す爆弾発言をした為に、軍令部や艦政本部から「自分の経験だけで計画に横槍を入れるとは、連合艦隊司令長官はそんなに偉い立場なのか」と反発を招いた。*9
      鉄砲屋の高橋は、畑違いゆえに一度は辞退した第一航空戦隊司令官に無理やり就任させられた際に、航空兵力の重要性を感じており、それが大和型建造に否定的な発言につがなったという。
      ちなみに、この当時の一航戦旗艦赤城の艦長は山本五十六であり、山本たちの働きに満足したことが司令官の高橋を航空重視に傾かせた。
      • 高橋の後任には後の海軍大臣、内閣総理大臣でもある米内光政が、海軍次官には海軍航空隊の育ての親とも言われる山本五十六が就任している。歴史にもしは禁物だがあと少し流れが変わっていれば大和型戦艦は計画倒れに終わっていただろう。
  • 艦首が非常に高くなっているようにイメージされることも多いが、艦首乾舷は中央部とほとんど変わらない。
    艦首に向けてせり上がっているように見えるのは、1番砲塔の付近の甲板を凹ませて砲塔の搭載位置を低くし、重心を下げる工夫をしたためである。この形状は「大和坂」とよばれた。
    全体に乾舷は高く、良好な凌波性・安定性と膨大な予備浮力を生み出した。
  • 艦体の設計に関して「良くも悪くも重巡洋艦の拡大型」とは、設計に関わった牧野茂氏の談である。
  • 『大艦巨砲主義の極致』とは言われるものの、性能に比してコンパクトな作りになっている。全長は263mで全長だけならアメリカのアイオワ級の270.43mのほうが長い*10のだが、
    アイオワ級は全領域で日本の新戦艦を上回る性能*11とパナマックス*12を実現させるため艦の全長を大きくしたので、全長だけで単純な比較はできない。
    しかし、元々艦型が小さい方が防御上有利であるため*13大和型には可能な限り艦体を小さくすることが求められており、技術者たちが最も苦心したのは如何に小さい艦型で軍令部の要求通り*14の艦を造れるかという事であった。
    最終的には技術者陣の苦心の結果、大和は全長263m 水線長256m*15 基準排水量65,000tと18インチ砲艦としては小さな艦として完成した。
    戦後、大和の設計図を見たアメリカ軍人が「アメリカで大和を作ろうとしたら、一回り大きくなるだろう」と言ったいう逸話もある。無駄にデカいというイメージで語られる船だが、その中にも日本人の軽量小型化志向は息づいていたのだ。
    大和型戦艦計画案の推移(概略)
  • 当初30kt以上とした軍令部だったが大和型を30ktとした案では艦型が大きくなり過ぎる他、航続距離が短くなるといった問題があっただけでは無く、
    米国の新戦艦が24kt〜25kt程度と考えられていたため、大和型を30ktとした場合のデメリットとメリットを比較して最終的には27ktとした上で、艦型の縮小と航続距離の増大を図ったA-140F5が採用される事となった。
    しかし、試験も兼ねて1万馬力の大型ディーゼル機関を搭載していた潜水母艦大鯨では、ディーゼル機関の故障が相次いだだけでなく計画出力の6割程度すら出ない事が判明したため、
    急遽大和型ではディーゼルとタービンの併用を改めタービンのみを搭載する最終案が決定された。*19
    また、当時日本では毎平方センチ辺り30キロの蒸気圧、350度の過熱蒸気の使用も試みられていたが、大和型では機関の信頼性と耐久性を重視して、蒸気圧25キロ、過熱蒸気325度と低く抑えることとなった。*20
  • 機関定格出力は15万3553馬力。*21*22
    • 「武蔵は機関の搭載こそ完了していたものの、缶とタービンをつなぐ高圧蒸気管や、その他の重要な配管類が突貫工事となってしまったため、大和より配管の精度が落ち、機関出力も落ちていた」とする説が一般的である。
    • ただし、配管精度で影響が出るのは出力ではなく燃費であってこの論は非現実的であることにも留意しておきたい。それこそ配管精度だけの問題ではなく、機関その物の出来なども複雑に絡み合った結果であろう。*23
    • ちなみに大和と同じタービンを2基搭載した初春型駆逐艦の子日が過負荷全力で4万7000馬力、白露型駆逐艦の江風が4万7001馬力を記録している。つまり、最大で1基2万3500馬力程度を出せるタービンであり、これを8基搭載しているのだから、限界まで回せば18万8800馬力程度は出せる可能性がある。実際、朝日放送の「よみがえる戦艦大和」内で、元乗組員が「現在29.3ノット」との艦内放送を聞いたと証言している。当初計画は20万馬力で30〜31ノットというものだから、18万馬力以上出ていれば、29ノット台という数字が出ても不思議ではない。
    • 大和型戦艦の公試において、その最大出力時(11/10過負荷)においても各ボイラに装備されたそれぞれ9基のバーナのうち7基しか使用していない。
      つまり過負荷と言いながらボイラ能力の8割さえ使っていない。それだけ機関に余裕を持たせていたのである。
  • 軍令部の当初要求では30ノット以上であり、当初案には主要防御区画短縮と水上機運用を重視して、英国のネルソン級戦艦と同じく、主砲塔3基を全て前部に搭載するプランもあった*24。大和型計画時は戦艦・巡洋艦の水上爆撃機を一斉に発進させ、空母の攻撃力を補う考えがあったからである。こうした、大型水上艦搭載水上機を攻撃任務に転用する考え方の延長上に航空戦艦伊勢型があり、大和型戦艦も完成後に水上爆撃機瑞雲を16機搭載できないかと真剣に検討されたが、レイテ沖海戦などにより実現していない。
  • 計画速力は27ノット*25で、ゲーム内の「低速」扱い軍艦としては最速。実際には大和が、昭和17年6月22日に佐田岬沖の公試で28.5ノットを記録し*26、武蔵も公試時に過負荷全力で28.1ノットと計画以上の速力も計測している。これはゲーム内で「高速」扱いの正規空母加賀(28.3ノット)、軽空母祥鳳&瑞鳳(28ノット)に匹敵する。ただし、過負荷全速において計画値以上の速力を発揮したのは大和型に限った話ではなく扶桑型をはじめとした日本戦艦や海外戦艦も計画値を上回る速力を発揮した例は多いため(アイオワ級戦艦などはベトナム戦争時に35.2ノットを記録している)大和のみが「実は速かった」という訳ではない。レイテ沖海戦前も「大和型は重巡と一緒に夜戦しても問題ない速力だから、艦隊旗艦にしてくれ」と栗田艦隊司令部が連合艦隊に要望を出すなど、現場では低速とは思われていなかったようだ。
    • 柱島沖は水深が100メートル以下であり、公試海面としては浅すぎることも、公試速力が低めになる一因である。
      一般に吃水の10-15倍程度の水深がなければ、海底からの反射波の影響を受けるとされ、高い速度を記録したのは水深の深い佐田岬沖・速吸瀬戸での試験である。
    • ついでに言ってしまえばこのクラスの戦艦で30ノットを超えることはアメリカにも無理だった。
      大和型の幻のライバルとされるモンタナ級戦艦だが、その大和型を指す「日本が建造中の新型戦艦」に対抗するため、パナマックスを超えることを承知で、サウスダコタ級までに存在した防御の不安*27とMk.7 16インチ砲プラットフォームとしての不安*28を解消する63,000トン余りの船体は、アメリカの技術力をもってしても計画28ノットが限界だったのである。
  • 主砲も、用兵側の要望で50口径があげられていたが、建造当時の日本の技術・設備的に難しいので45口径となった。詳細は砲のページで。
  • 副砲として、高性能化する駆逐艦に対応するため従来より強力な15.5cm三連装砲を搭載、軽巡時代の最上主砲に使われたものを流用した。こちらも詳細は砲のページで。
  • バルバス・バウを装備した艦として有名だがその内部にパッシブソナー(零式水中聴音機)を内蔵していた。現在のイージス艦等では珍しくない配置だが当時のそれも対潜を意識していない筈の戦艦としては中々斬新な設計でもあった。
    • また大和型には竣工時には爆雷が装備されていた。*29武蔵の沈没時の証言(小川豊 左舷増設一二番機銃配置)でも艦尾のジブクレーン付近より飛びこんだ時に爆雷投下台があったというものがあり、大和武蔵ともに昭和17年に九五式爆雷10個装備していた模様である。*30
      バウソナーを設置していた事も併せれば当初は一応とはいえ対潜能力も持っていたという事になる。
  • 戦艦の集中防御区画は自分の主砲弾が直撃しても耐えられるように作るため、潜水艦の魚雷を食らっても乗組員が気付かない*31という超重装甲だった。流石大和だ、何とも無いぜ
    • 1943年12月25日午前5時20分ごろ、陸軍独立混成第一連隊主力の輸送任務中にトラック島北方に差し掛かった時に米潜水艦スケートから雷撃を受ける。魚雷1本命中、この時に第三砲塔火薬庫と後部機関室に約3000tの浸水、この結果第三砲塔は使用不可能になり、1/3の戦闘力が失われる。
      魚雷の命中で装甲が一瞬1mほど艦内部に押し込まれ、その後元に位置に戻り、表面上何の被害も無いように見えたが、実際には装甲結合部のリベットが全て切断されており、そこから浸水していた。
      たった1本の魚雷で重要区画(バイタルパート)に浸水してしまうという設計上の問題が実戦にて証明されてしまった。*32*33
  • 大和型の缶・機械は、全て独立した水密区画に配置された。シフト配置*34ではなかったが、大型魚雷が命中しても内側の缶室・機械室への浸水は考えづらく、例え外側のボイラー6基が浸水で全滅したとしても内側の6基だけで15ktの速力を維持する事が出来るようになっており防備は極めて強固だった。
    • 強固な防備は実戦でも証明され、大和・武蔵とも多数の魚雷が命中した後も、沈没の瞬間まで行足を失っていない。
    • 一方で、缶室・機械室一つ一つは狭隘になり、温度が上がりやすく作業環境が悪化した。このため部隊からは缶室・機械室への冷房装置の設置が要望されている。
  • ディーゼル発電機4基とタービン発電機4基を装備し最大出力4,800kW。きわめて大きな発電能力を持っていたのも特徴である。
  • スペックに比して動かす負担もゲームと同様で高負担。
    • 一隻建造するだけで一個艦隊を余裕でぶっちぎる予算が吹っ飛ぶ。動かすとさらに燃料が消し飛ぶ。
      • 動かさなければ問題ないかと思いきや、弾薬庫内の適温維持などに主機を動かす必要があるため、結局吹っ飛ぶ。
      • 建造費は当時の価格で1億4287万円と言われている。これは現在に換算すると4000億円ほど、大体「ひゅうが」「あたご」で3隻、米軍のズムウォルト級駆逐艦1.2隻分となる。さすがにニミッツ級原子力空母はさらに高い(7000億円前後)
      • これだけだと大した事がない額にも見えるが、1940年当時の日本のGDPは2014億ドル(1990年priceドル)である。同一価値換算で比較が出来る1990年当時の日本のGDPが3.1兆ドル。となれば1940年当時の経済規模は現在の15分の1程度と計算できる。
      • 早い話、当時の日本が大和建造のために費やした負担は、今の日本が米軍の1空母打撃群に準ずる戦力を丸々揃えるよりも大きい。しかも建造してたのは大和だけではない。
      • ゲーム内の資源消費で水雷戦隊1個分が大和1隻分になっているのは実物と大体同じ量。ネタにされるボーキサイトの女王と違って現実でこうである。
      • とは言えゲームと違う実物の大和は他の戦艦と比べてもそこまで燃費が違う訳でもない点には注意。むしろ、16ノットで10000海里の航続距離*35というのはかなり優秀なものである。19ノット相当では、大和は8,221海里、金剛型は8,300海里程度。搭載燃料はどちらもほぼ同等の6300〜6400tだったりする。現実の大和型戦艦は、その巨大さを考えれば通常航海なら世界屈指の低燃費艦でもあった。
      • テスト時の実績では、15.9ノットで航走する時は、燃料を1時間あたり7.7t消費し、これが27ノットになると57.5tになる。
        タンクいっぱいに燃料を積んだとき、使用可能な燃料は5985tであるから15.9ノットなら12300海里、全速力では2800海里走れることになる。
      • もっとも、艦隊型駆逐艦の建造費は決して安くない。基準排水量で大和型の1/30である陽炎型の建造費は1000万円を軽く超える。彼女らは、ああ見えて相当なお嬢様なのである。
        よく言われる「大和なんか作らずに駆逐艦を」なんてやったら、かえって国庫が破綻するのだ。
  • 日本海軍きっての隠し玉であり、その性能は最高レベルの軍事機密として秘匿されていた。*36
    • その秘匿ぶりは議会を騙し予算を架空の陽炎型・伊号潜の建造予算や比叡蒼龍の改装予算に紛れ込ませていたほど。
    • 当然のように陸軍にも秘密、海軍内でも主砲の制式名を「四〇糎(センチ)」にする等、多くの海軍人も真のスペックを知らなかった。
      • その秘密ぶりは徹底していたが行き過ぎの面もあり、レイテ沖海戦で旗艦「愛宕」を沈められて大和に旗艦を変えた栗田健男以下第二艦隊司令部員ですら、大和の主砲が46僂任△襪海箸鮹里蕕気譴討い覆ったという。
    • 無論、当時の国民にもその存在を知らされることは無かった。そのため国民の間では「帝国海軍の象徴と言えば長門陸奥」というのが一般的であった。ただ、漠然と「新型戦艦があるらしい」程度には知られていた模様。
    • 以上の理由に加え、後述するように図面等も終戦時に米軍の手に渡らぬよう大半が破棄されたため大和型戦艦は戦後長い間その知名度にもかかわらず資料の少ない軍艦だったが近年(といっても数年前)、全てではないものの相当量の設計図面が発見された。廃棄するには忍びないだかの理由で技師がこっそり持ちだしていたらしい。
  • 最強の戦艦として就役したのはいいが、その性能に比べて戦歴は少ない。
    • これはBismarckの撃沈やタラント空襲に続き、建造した当の日本海軍が行った真珠湾攻撃とマレー沖海戦で「戦艦は航空機からの攻撃で容易に撃沈可能」と立証してしまったため。
      一度失うと簡単には補充が利かない主力戦艦の損失を恐れたのか、積極的に戦線へ投入されなかった。
    • 大和が参加した作戦はミッドウェー作戦、カ号作戦(支援)*37、戌一号作戦、渾作戦*38、あ号作戦、捷一号作戦、天一号作戦である。
      また、砲術士官達はここで砲術の勉強会を開いており、彼らからは「大和大学校」*39と呼ばれていた。
      (連合艦隊旗艦が武蔵に移り、連合艦隊司令長官がいなくなったため気の緩んだ乗組員の姿を見て、松田千秋艦長*40
      礁内出勤、運動訓練、主砲射撃訓練や士官を集めての兵稘演習を行ったのが始まり。)
      • トラックでの大和の任務はカ号作戦支援、南太平洋方面の作戦支援、全作戦支援と転々としていたが、実際には旗艦業務以外にする事は無く、当時の日本海軍が保有する最大の泊地に投錨していた事もあり戦況が悪化するまでは定期的に夏島への上陸が許され、内地からの便りも滞りなく届き、新鮮な青果物も豊富に供給され、艦内は冷暖房を充実させ、月に1、2回は甲板上に設けられた特設の劇場で映画の上演が行われるなど、ガダルカナルを巡る凄烈な戦いが行われている中にも関わらず大和以下の戦艦部隊は安穏とした日々を送っていた。このため陸軍将校からは「贅沢ですね」と皮肉を言われ、同じ海軍の人間からも「こんな贅沢で戦に勝てるのか?」と非難されていたという。*41
    • お陰でついた仇名は「大和ホテル」(当時満州の主要都市に点在した満鉄傘下の高級ホテル「ヤマトホテル」と引っ掛けたダブルミーニング)。
      • 「居住性が帝国海軍艦の中では破格の高さ」*42だったことも大和がホテルと呼ばれた一因だったが、停泊してる間ただ居住するためのホテルと化していた訳ではなく、
        旗艦業務の他に入浴サービスの提供や陸奥と共に出動部隊に米・麦の補充の他、燃料供給や軍需部の仕事も請け負い出動部隊からは給糧艦とも呼ばれていた。
      • 軍艦では通常の三食の他に夜食として饂飩やお汁粉等が出ていたのだが、大和の場合はこの夜食も他艦よりもバリエーションが多かったようである。ただアニメにも描写されていたラムネであるが、艦載機を持つ艦には炭酸ガスを製造する装置があり、これを用いた泡沫消火器等が装備されていた。炭酸ガスさえあれば小さなスペースでもラムネは製造可能なので軽巡洋艦以上の艦ではラムネを作られていた。駆逐艦でも作っていたと言う話があるが、これはボンベを用いたのか?製造装置を装備した駆逐艦があったのかは不明である。艦載機の無い天龍さんは??
      • 平穏時では士官食堂では軍楽隊の演奏がついていたが、これは艦内放送で全艦に中継され、下士官兵も食事には音楽付きである。
        贅沢の極みのように言われているが、大艦隊の旗艦には軍隊儀礼および広報活動上軍楽隊の乗艦は必須であり、その技量維持のためには演奏機会が必要なため、技量維持の意味も含めて食事時に演奏を行っているのである。(軍楽隊員は平時は通常の将兵と同じく業務があるので練習の時間は殆どなかった)
        食事時の軍楽隊の演奏は連合艦隊旗艦となった艦ではどこでもしていたことである。
    • 大和ホテルの逸話は比較的有名であるが、ホテル以外にも燃料搭載量を生かした泊地の貯蔵タンク代わりとして活用されていた。貯蔵タンクも足りず、代わりのタンカーも足りないという状況で、大和を含む戦艦部隊は泊地の貯蔵タンクとして日々活躍していたのである。ただし、燃料に余裕のある戦艦から駆逐艦等への給油を前提とした運用は特段おかしなことではなく、ごく普通にアメリカなども行っている。
  • 時報では7時に朝食、12時に昼食、20時に夕食と言っているが、航海中の夏期日課では朝食、昼食、夕食はそれぞれ
    6時15分、11時45分、17時30分、冬季日課では7時、11時45分、17時、碇泊中の夕食は夏期日課では16時15分、冬季日課では15時45分であった。
    • どうして夕食、特に碇泊中がこんなに早いのかといえば、半舷上陸(正しくは入湯上陸)は夕食後となっていたからである。
      乗組員は所属艦船が家という扱いであったのである。
    • 夕食から朝食までの時間が長いため、どうしてもおなかが減る。減るものは減る。それ故に食料をちょろまかす「ギンバイ」という行為が発生することになる。
      夜食(主に甘味)が出ることが多い大和はそれほどでもなかったようだが、酒のつまみには困ったと言う話もある。
  • 改装で副砲を2基取り払い、その分対空装備を多量に追加した。その改装型は大和改として実装されている。
  • 時折「日本戦艦中、航空攻撃で撃沈された唯一の艦型」ということで過小評価されることがあるが、
    推定雷撃20本、爆弾17発、至近弾20発以上という軍艦史上最多にして空前絶後の大損害を受けてなお浮いており、襲い来る敵機を道連れにし続けた妹(武蔵)
    戦艦1隻、軽巡1隻、駆逐艦8隻の艦隊に対し空母11隻、艦載機386機の波状攻撃による攻撃を受けて(命中魚雷10本 爆弾5発*43)沈んだので、決して簡単にやられたわけではない。
    ……ろくに海戦参加もできず戦果も挙げられずに消えていったとはいえ、ちょっと彼女らへの評価としては辛すぎるのではなかろうか。
    • ただし艦隊の上空に到達して攻撃に参加したのは309機。また各飛行中隊の戦闘詳報での出撃数は計367機となっていて、
      その中から大和を直接攻撃したのは117機「急降下爆撃機37機 戦闘機15機 戦闘爆撃機5機 雷撃機60機」である。*44
      米軍の損失は戦闘全体を通して13機の喪失(被撃墜5機*45、原因不明墜落1機*46、帰投後修理断念による廃棄5機、2機が不時着水)。
      日本側の記録では*47敵機撃墜19機以上、撃破数十機としており、その内大和の戦果は3機撃墜20機撃破とされている。*48
      損傷した機体は52機(廃棄5機含む)にも登るので、いかに大和以下の艦隊の対空砲火が激しかったかが分かる。
      なお喪失した13機には、よりによって唯一のカラーフィルム搭載機が含まれる。これで大和たちの最期の奮戦ぶりをカラーで見ることは永遠に不可能となった。
    • 天一号作戦に於ける大和への左舷集中攻撃説は、日本軍の戦闘詳報に掲載された大和の被害図で、被雷数10本中9本が左舷に命中したと記載されている事から広まったものだが、
      米軍機の報告では魚雷投下数59本中35本が命中、内14本が右舷に命中したと記録されており、実際の被雷数とは別と考えても、米軍機は右舷にもまとまった攻撃を行っていた事が分かる。
      戦史研究家の原勝洋は著書で『「大和」は左舷を計画的かつ集中的に狙われたとの通説を生んだ日本側記録は、書き換えなくてはならない』と述べている。*49
    • 大和への攻撃に参加したある米軍パイロットは後に「まるで戦艦水鬼島の要塞を攻撃しているかと思った」と語っている。
  • 終戦直後、図面などの物的資料は大半が処分されてしまったが、技術者達と彼らが持つノウハウだけは確実に残された。
    事実、戦後いち早く復興の旗手になったのは造船業界であり、外国からの発注が相次いだ。その理由は「日本には大和型戦艦を造った高い技術力があるからだ」というものだった。
    特に大和建造で培った西島式工数管理法やブロック工法による大型船建造のノウハウは、その後も長らくマンモスタンカー建造などに役だっている。
    大和・武蔵は沈んだが、その技術は継承され、さらに発展を遂げたのであった。
    • 現在でも造船業界のシェアでは世界トップクラス。一位の座は他の造船大国と抜きつ抜かれつしているものの、技術力では最高峰との呼び名も高い。
      日本の造船業界全体が高付加価値船に特化していることもあって、尚更技術力を感じさせるものが多い傾向にある。
    • 更には、大和を設計した技術者達は、日本初の南極観測船「宗谷」の大改造に関わることになる。
      なお、この宗谷はあの雪風に匹敵する強運を戦前から戦後まで持っているが、ぶっちゃけ書ききれないので詳しくは外部リンクのWikipediaにて。
    • 大和型で培った技術力はもちろん造船以外の分野でも大いに役立った。一例をあげると、戦後復興の象徴・東京オリンピックに先立って「東洋一のホテルを」と建設された
      「ホテルニューオータニ東京」最上階の回転レストランには大和主砲塔を回転させる特殊車輪技術が導入された。
      直径45mの巨大構造体を、コップになみなみと注がれた水が一滴もこぼれない程スムーズに回転させる技術は世界を驚かせた。
      ……のだが、技術者曰く「大和型の主砲より軽いんだし余裕余裕」とのこと。アレと比べれば、確かに大概のものは軽いだろうが……。なお、開業50年を経て現役である。
  • なお、戦艦大和は大和の名を持つ艦としては二代目で、初代は海軍黎明期の葛城型スループ艦二番艦。神戸市にあった民間の小野浜造船所*50で建造された。
    日清・日露戦争に従軍し、測量艦を経て1935年に除籍された後司法省に譲渡され、浦賀で少年刑務所の施設となっていた。
    横浜で解体待ち中の1945年9月に台風で着底。最終的に解体されたのは1950年だった。名を継いだ二代目の方が先に逝ってしまったわけである。
    • 測量艦時代の1926年、二年前に当たる1924年に日本海にて発見された海底山脈の精密測量を実施し、この山脈を大和堆と命名した。
      この発見により、今まで一様に深い海だと思われていた日本海が実は起伏に富む海である事が明らかとなったのである。
    • 何気に武蔵とは初代の頃から姉妹艦。ここの姉妹のようである。
    • 初代大和の初代艦長を務めたのは、東郷平八郎中佐(当時)。
  • もちろん「大和」の名前は彼女が今のところ最後であるが、実は一度復活しかけたことがある。
    • 3代目南極観測船として建造されていた砕氷艦の艦名を公募したところ、折りしも宇宙戦艦ヤマトブームもあり、日本人で初めて南極に到達した白瀬矗陸軍中尉が命名した「大和雪原」にちなんだ「やまと」が得票第1位となった。
      しかし砕氷艦を運用するのは海上自衛隊。「やまと」の名前を易々と使えるはずもなく、最終的に戦後白瀬中尉を記念して名づけられた「白瀬氷河」に因んだ「しらせ」という艦名で決着した。
    • 海自・海保所属艦ではないものの、大和の名を暗に継いでいるとされる船に超伝導電磁推進実験船「ヤマト-1」(ヤマトワン)がある。
      1992年進水。世界初の電磁推進船*51として各種試験を行った。試験終了後は神戸市に無償譲与され、外殻と推進装置内部の超伝導電磁石が神戸海洋博物館に、推進装置が東京の船の科学館に展示されている。
  • 艦名の由来「大和国」はかつて平城京を有した日本の中心だった場所であると共に、扶桑に並ぶ日本そのものを示す代名詞でもある。
  • 艦名は昭和天皇が命名。天皇に対して大臣が2つの艦名候補を提示し、そこから選ばれた。このもう一つの艦名候補は「飛騨」であったとも言われていたが、2014年9月に発表された「昭和天皇実録」には艦名候補は「大和」と「信濃」であったと記載されている。
  • 艦内神社は大和国一宮の大神神社(奈良県桜井市)ではなく、同名の大和神社(奈良県天理市)からいただいている。ただし、読みは「おおやまとじんじゃ」である*52
    • この神社の祭神の一柱には天皇家に連なるとされる太陽の女神、天照大御神がいる。
      イラストレーターのしずま氏いわく、大和のデザインのモチーフにこの女神もあるとのこと。
      ちなみに妹の武蔵のモチーフとなった須佐之男(スサノオ)もその艦内神社の祭神に由来している
  • 艦娘デザインについて
    • しずまよしのり氏いわく「実艦の大和が縦に割れて中から艦娘が出てくる」というイメージになっているそうな。本人Twitter 両サイド下部の装甲パーツを見ると、大和型の艦首部をそのまま縦割りにした形状になっている。
      縦割りになった艦首を天岩屋戸に見立てれば天岩屋戸からアマテラスが出てくる場面に見えなくもない
    • カードイラストでは見づらいが、第三砲塔は背部にある。正面ではなく側方どちらかに全砲が向く構成になっている*53のは、いかにも艦船という所。
      • …と思ったら、グッドスマイルカンパニー発売「ねんどろいど大和」ではなんと、背部の第三主砲も艦娘前方に向くように可動化されてしまった。あの等身じゃどうしたって全門側方は無理だもんね仕方ないね
    • トレードマークの和傘は、実艦の煙突後方に立っていたアンテナマストのデザイン化。
    • 立派な艦胸構造物をお持ちだが、実はバストに九一式徹甲弾の被帽をかぶせてブラ代わり上げ底しているのが中破時に暴かれる。これが本当の「砲弾型」
      その下の「自前」も十分豊かなのになぜ?と疑問を感じる所だが、史実の三重装甲構造を表現しているとの説あり。前述の史実通り左半身の艤装のみが滅茶苦茶にされている姿がこの説を後押しする。
  • 戦後の大和の知名度向上に多大な影響を与えたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」は、大和を宇宙戦艦に改造した第一作から沖縄特攻をモチーフにした完結編まで、制作を指揮したプロデューサーによる史実大和への強烈なこだわりが随所で見られる。*54
    しかし第一作制作当時は大和の海底調査が進んでおらず、その後大和が船体転覆断裂・艦橋圧潰など無残な状態であることが判明、原形をとどめた大和を改造すること自体が現実とかけ離れた設定となってしまった。
    そして近年リメイクされた「宇宙戦艦ヤマト2199」では大和を改造する設定が根本的に変更されてしまった。が、後の劇場版では変化球な形で大和が登場する。
  • 現役のプロ野球選手に「大和」という選手がいる。(本名は前田大和。阪神タイガース所属の外野手)
    名前にあやかって、打席に立つ際の登場曲に「宇宙戦艦ヤマト」のオープニング曲が使用されている。
  • 戦艦大和は特撮作品にも関わりがあり、『ウルトラマン』の没脚本『侵略基地を砕け!』と漫画版には群生生物と戦艦大和が合体したヤマトンという怪獣が登場する。その後形を変えて『ウルトラセブン』第21話『海底基地を追え!』でアイアンロックスとして登場した。
    アイアンロックスは四半世紀前から続く戦争や海難事故で沈んだ船舶などの残骸を宇宙海底人ミミー星人がロボットに改造したもので、日本に現れた個体は大和とその他諸々の残骸で製作されている。ちなみに現れた国と個体によってアイアンロックスの素材に使われている艦艇は違うようだ。
    大砲や右舷から出す鎖が武器。なんと、水中適応能力まである。
    世界中に複数現れ、欧州や大西洋で船舶を消失させている。日本に現れた個体は南鳥島や下田で暴れ、砲撃でウルトラ警備隊のウルトラホーク3号を撃墜。そこにウルトラセブンが出現率すると、右舷から鎖を放って体に仕込まれた時限爆弾で自爆しようとするも、タイムリミット直前に脱出を許した上にエメリウム光線を受け轟沈した。
    なお、アイアンロックスを操っていたミミー星人は円盤ごと潜水艦ハイドランジャーに撃墜された。
    しかし、ミミー星人は円盤だけ登場し、正体も全く不明で船舶を沈めたり、世界各地にある地球防衛軍基地を襲ったぐらいで明確な目的も不明。(近年の情報によると案の定、地球侵略であることがわかった。)
    いわゆる深海棲艦の先駆けといえる存在だろう。
  • かつて東海道本線・関西本線・参宮線を経由して、東京〜湊町(現JR難波)・鳥羽を結ぶ急行「大和」が存在した(後に鳥羽行きは「伊勢」として独立)。
    東京〜新宮(紀勢本線)は急行「那智」が走っていて、伊勢・那智は多気で合流、連結して東京へ向かっていた。しかし、ヨンサントオで列車名は「紀伊」に一本化されて大和・伊勢・那智は揃って廃止された。

この艦娘についてのコメント Edit

過去ログ

※コメント欄を畳むのが建造報告予防に効果が有る(有意差が出るほど建造報告の増減が有る)か確認するめに、畳むのを一時的に解除しています。 2014-08-26 〜

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 6000/6000/6000/6000でやっと来てくれた。 -- 2016-09-15 (木) 23:01:47
  • 改二で宇宙戦艦になったりしませんかね(by一度でいいから早く大型建造したくてたまらない系提督) -- 2016-09-16 (金) 02:30:00
    • 仕事中になんとなく想像してみたけど、大変なことになった。本体は航空戦艦扱いになって。ショックカノン×2 パルスレーザー集中配備(単独で対空CI可能)4スロに艦載機「コスモタイガー(加藤隊)」を持参とか・・・弾着観測と対空CIを両立しつつ制空権を確保・・・そういえば波動爆雷とか対潜もいけるし・・・今考えるとひどいチート -- 2016-09-16 (金) 23:38:47
      • 応急修理(真田さん)を載せると中破以上でも自然回復しそうね。 -- 2016-09-17 (土) 06:47:44
      • 第三艦橋が溶け落ちても次の話には復活するくらいだし・・・大破でも復元できそうw -- 2016-09-17 (土) 08:20:39
    • スク水着せて原潜に… -- 2016-09-18 (日) 08:38:32
    • 開幕航空戦・開幕雷撃・砲撃戦2ターン・終幕雷撃、恐ろしい対空性能に加え夜戦ももちろん無問題・・・波動砲がなくてもゲームバランス崩壊するw -- 2016-09-18 (日) 22:48:26
      • アルペイベの時に超重力砲フェイズもあったから波動砲も撃てるな -- 2016-09-19 (月) 09:30:43
      • 超重力砲は独立したフェイズで無く、砲撃戦で全体攻撃していたんだったか -- 1葉? 2016-09-19 (月) 09:39:42
      • 超重力砲・・・あれで一度も見たことないうちからアルペジオが嫌いになった まだ2回目のイベ参加でこっちは戦艦2隻しかいないのに大破させまくりやがって何度もキレそうになったわ -- 2016-09-19 (月) 16:30:17
      • 俺提督もアルペイベが2回目のイベ参戦だったけど、ニュービー大和が凹られてマヤ嫌いになった(あとうるさい)  そして資源なくて前半はセルフ潜水艦縛り  温情イベとはなんだったのか -- 2016-09-20 (火) 12:40:25
  • 馬鹿な、4コマ大和は水着NGだったのではなかったのか -- 2016-09-16 (金) 12:28:12
    • 確かにそうだが、この人PADなしでも十分な装甲ですしおすし -- 2016-09-17 (土) 14:02:41
  • ほぼ演習で入渠させる事なく60まで来てしまったが…うう、改造前に台詞の為に一回やってみるか… -- 2016-09-17 (土) 16:46:35
  • 小ネタのウルトラマンネタで不覚にも笑ってしまった。ミミー星人が深海棲艦の先駆けww -- 2016-09-17 (土) 18:22:38
    • ウルトラマンコネタ -- 2016-09-20 (火) 20:00:23 New
  • あと何回武蔵を引けばこの子が手に入るんだろうか…ずっと欲しいと思ってるのになかなか来てくれない(´・ω・`) -- 2016-09-18 (日) 11:21:06
    • 武蔵に偏る提督と大和に偏る提督がいるのはなぜなんだろうぜ?(大和しかでない提督感) -- 2016-09-18 (日) 21:11:12
    • 開発資材1で建造すれば武蔵弾き出来るんじゃなかった!? -- 2016-09-20 (火) 21:04:58 New
  • ビス子建造の物欲センサー逸らすために「俺は大和型を狙ってるんだ。」と言ってたら来ました。(涙目) -- 2016-09-19 (月) 06:46:28
    • 最低でも大和、大和改、後の改二用、中破固定の4人は必要だろw -- 2016-09-19 (月) 07:51:36
      • おまいはDMMのまわしものだな!(錯乱) -- 2016-09-19 (月) 08:13:43
      • 唯の大艦巨乳主義者ですw -- 枝主ことH45級は男の浪漫、俺の嫁? 2016-09-19 (月) 09:37:55
      • さらに保存用&隠し財産用&相続税対策用であと3人ほど必要な模様 -- 大和嫁提督? 2016-09-20 (火) 12:42:37
      • M資金ならぬ、Y資金 -- 2016-09-20 (火) 21:16:14 New
  • やっときた… -- 2016-09-19 (月) 12:28:42
  • 一回で -- 2016-09-20 (火) 19:54:22 New
    • ミス。 一回で来た……。大型建造自体数回しかやったことないんだが……。なんだろう、今更なんだろうけど明らかに育ち切った体でこのボイス……滅茶苦茶可愛いな……。(衝撃で呆然としてる) -- 2016-09-20 (火) 19:57:21 New
    • ミス。 一回で来た……。大型建造自体数回しかやったことないんだが……。なんだろう、今更なんだろうけど明らかに育ち切った体でこのボイス……滅茶苦茶可愛いな……。(衝撃で呆然としてる) -- 2016-09-20 (火) 19:57:22 New
    • 何回も言わんでよろし -- 2016-09-22 (木) 02:02:05 New
  • 手に入れたことに満足してしまって未だにLv1のままです -- 2016-09-22 (木) 04:32:52 New
  • Bismarck欲しさに回してると彼女と矢矧がたくさんいらっしゃる…沖縄に行けと言う司令か…? -- 2016-09-22 (木) 10:16:39 New
    • 沖縄に行け(旅行) -- 2016-09-22 (木) 12:48:49 New
      • 逢いたい と思う事が 何よりも大切だよ -- 2016-09-22 (木) 21:31:24 New
  • ビス子狙いで回したら大和さん着任。 うん、嬉しいけど、どうせなら武蔵の方が欲しかったかな。 -- 2016-09-22 (木) 17:20:57 New
    • ↑送信ミス。 でもせっかく来てくれたので、大切に育てます。 -- 2016-09-22 (木) 17:22:09 New
  • デイリー建造の時二回連続で最低値で夕張が出て良い流れだと思い大建4/6/6/2で来てくれました、ノリって大事ですね。これで大型建造卒業です -- 2016-09-23 (金) 09:42:11 New
  • 雪風旗艦、矢矧、初霜、朝霜、霞で組んだ状態で大型建造したら来てくれて歓喜、調子に乗ってもう一回やったら金剛だったw -- 2016-09-23 (金) 17:16:52 New
  • 秘書艦武蔵でなんとなくで結果は不幸妹。で二回目ウォーパイに変えようか悩んだが武蔵を信じて二回目・・・8時間、大和!!! -- 2016-09-23 (金) 20:10:50 New
    • 木主続きだが、武蔵ありがとう!(これだけは言わないと!) -- 2016-09-23 (金) 20:16:01 New
お名前: URL B I U SIZE Black Maroon Green Olive Navy Purple Teal Gray Silver Red Lime Yellow Blue Fuchsia Aqua White

建造成果の報告は大型艦建造内にある「大型艦建造レシピ報告」のコメント欄にて行なっていただけると幸いです。





*1 昭和天皇の義兄(香淳皇后の実兄)
*2 フライングフィッシュ(USS Flying fish、SS-229)
*3 スケート(USS Skate、SS-305)
*4 山雲は豊後水道を抜けたのち離脱
*5 シーライオン(USS Sealion、SS-315)
*6 戦死により中将に特進
*7 七九七号艦 46cm砲搭載
*8 七九八号艦、七九九号艦 両艦共に51cm砲を搭載
*9 この高橋提督、神通や那珂が衝突事故を起こした「美保関事件」時の連合艦隊参謀長にして、「第四艦隊事件」や「二・二六事件」時の連合艦隊司令長官であり、海軍省の権限を軍令部に移した悪名高い「軍令部令及び省部互渉規定改正」の黒幕の一人でもあり、戦前の海軍を揺るがした事件の多くで重要なポジションにいた艦隊派の大物提督である。
*10 ちなみに、全長だけでいうと戦艦大和は全長269m強の豪華客船タイタニック号よりも小さいことになる。
*11 当時、米国でも18インチ砲47口径砲が試作されており、アイオワ級に9門搭載する計画もあったが、大和型を16インチ砲艦と考えていたため、不要と考えられた。
*12 パナマ運河を通過できる船舶規格の最大上限のこと。パナマ運河の幅は約33mのためこれを超える艦はパナマ運河の通峡が困難となり、大西洋から太平洋に出る場合は南米をぐるりと迂回しなければならなくなる。
*13 非防御区画が少なくなるため
*14 主砲18インチ(46cm)8門以上 副砲15.5cm三連装砲4基or20cm連装砲4基 速力30kt以上 防御 主砲弾(18インチ砲)に対して20,000m〜35,000mでの命中に耐える 航続距離 18ktで8,000海里
*15 公試状態で浮かんでいるときに側面から艦を見た時の長さ
*16 A-140では3連装3基を全て前部甲板に集中配置
*17 A-140G ディーゼル:70,000 タービン:70,000の併用型
*18 A-140F3、5 ディーゼル:60,000 タービン:75,000の併用型
*19 一度搭載した機関を換装しようと考えた場合機関室を取り囲む分厚い甲鈑を一度切り開かなくてはならないため、工期が長期間に及ぶ事に加え、今後改善される可能性があったとしてもそれでは大和型の竣工が遅れるだけであり、現状の頻繁に故障を起こす信頼性の低いディーゼル機関は主力艦たる戦艦に搭載するには不適格とされた。
*20 同型の艦本式ロ号ボイラーを搭載した比叡では蒸気圧22キロ、過熱蒸気300度となっているため、それよりも高圧・高温の大和型ではエネルギー効率自体は僅かではあるが上昇している
*21 過負荷最大出力は16万8000馬力。(大和と同じタービンを搭載した初春型駆逐艦のタービンが2万1000馬力で、それを8基搭載したことから16万8000馬力を発揮する。しかし、駆逐艦とは違い戦艦の機関はバイタルパートの中にあり、もし機関が損傷してしまった場合は艦橋や煙突等、上部構造物の多くを撤去、そして分厚い装甲の切断が必要な大改装に近い修理が必要となり、試験的な場合や真にやむを得ない緊急時以外は定格以上の出力を出す事は無い。
*22 姉妹艦の武蔵をもってしてもここまでの出力は出せなかった。武蔵は公試で16万6520馬力を記録し、定格出力15万馬力で運用した。
*23 武蔵のほうが2%程度燃料消費が多い
*24 なお利根型が主砲前部集中しているが、これは水上機を運用するためである。ネルソン級は主砲前部集中に起因するトラブルが多発しており、大和型がこの配置を採用しなかったのは結果論としてよかった
*25 また、航続距離、燃費、艦の小型化のためにタービンとディーゼルの混合搭載案まであった、今で言うCODAS艦であるが、試作としてディーゼルエンジンを搭載した潜水母艦大鯨は、期待した出力を出せなかった
*26 終末運転公試でも最大28.33ノットを記録
*27 サウスダコタ級の時点で通常の16インチ砲防御としては十分なものであったが、より貫徹力の大きい長砲身、超重量弾の16インチ砲に対しては若干の不安を抱えていた
*28 アイオワ級はその高速と引き換えに、細長い船体の為高速時に砲撃すると挙動が安定せず命中率が下がる傾向にあった。
*29 出典元 KKベストセラーズ 戦艦大和建造秘録 「第2章 大和建造の記録 軽荷重心公試時重量調査表」P418
*30 出典元 双葉社 戦艦武蔵の最後「戦艦武蔵のメカニズム考察」 P95
*31 艦橋最上部の乗員が揺らされて負傷した
*32 元々支持構造の脆弱性は射撃実験の段階で発覚しており、若干の強化が施されたものの不十分だった
*33 出典元 KKベストセラーズ 戦艦大和建造秘録 「第3章 戦艦大和の生涯 米潜魚雷1本を喫す」P460
*34 戦艦などの大型艦でシフト配置をした場合バイタルパートが長くなるだけであり、小型艦のように生残性の向上は見込めない。
*35 航続距離過大とされ重油搭載量は計画時の6300tから5300tへ減らされ空いた燃料タンクは予備浮力とされた。
*36 軍縮条約脱退などで日本が新型戦艦の建造を計画していること自体は諸外国に知られていた。
*37 第二次ソロモン海戦では支援艦隊として出撃し夜戦での敵機動部隊の追撃が試みられたが距離、燃料、索敵結果から途中で作戦を断念し帰投
*38 あ号作戦のため中止
*39 海軍大学校は大学ではないので、艦長を学長でなく校長と呼んでいた
*40 猪瀬直樹の「昭和十六年夏の敗戦」にも登場する、その後標的艦摂津?日向の艦長を経て着任、後に第四航空戦隊司令官で艦これではお馴染み
*41 冷房設置などの居住性向上は最上型から行われており、別に大和型に限った話ではない。映画の上映などの休息・慰安は軽巡洋艦クラスの艦でも普通に行われていたが、陸軍将校などの事情を知らない者の目には贅沢に映ったのだろう。なお駆逐艦以下の乗員は、慰安イベントの時には巡洋艦などへお邪魔する。
*42 兵員居住区の1人当たりの床面積が長門の2.6に対して大和は3.2
*43 出典元 アジア歴史資料センター リファレンスコードC08030566400 『昭和20年4月6日〜昭20年4月7日 軍艦大和戦闘詳報』
*44 出典元 KKベストセラーズ 真相・戦艦大和ノ最後 原勝洋 第7章「大和を攻撃した米海軍百十七機」P158
*45 第1波でベニントン搭載VB-82のSB2C-4Eが1機、ホーネット凝觝VT-17のTBM-3が1機、ベローウッド搭載VT-30のTBM-3(爆装)が1機。第2波でバンカーヒル搭載VT-84のTBM-3が1機。第3波でイントレピッド搭載VB-10のSB2C-4Eが1機。
*46 第一次攻撃隊の往路でバンカーヒル搭載VF-84のF4U-1Dが突如錐もみ状態に陥り、そのまま海面へと激突。
*47 出典元 アジア歴史資料センター レファレンスコード C08030103200 昭和20年年2月1日〜昭和20年4月10日 第2水雷戦隊戦時日誌戦闘詳報 (3
*48 出典元 アジア歴史資料センター レファレンスコード C08030566400 「昭和20年4月6日〜昭20年4月7日 軍艦大和戦闘詳報」
*49 出典元 KKベストセラーズ 真相・戦艦大和ノ最後 原勝洋 第11章「必殺の一撃は「大和」右舷への魚雷四本」P201
*50 英国人実業家キルビーが開設した造船所で、経営悪化に伴い大和建造中に政府が買収。呉海軍工廠の直接の前身である。
*51 「フレミングの左手の法則」を応用し、海水に磁場を作り電流を流すことにより働く力で海水を動かし船の推進力とする。
*52 双方の神社は鉄道で3駅しか離れていない、山の辺の道のハイキングコースでもあり、間には巻向遺跡もある
*53 各部可動フィギュア「AGP大和」の発売でようやく明らかになった
*54 史実大和への入れ込みようは、坊の岬沖海戦シーンのBGMに軍艦マーチを流そうとして差し替えになったり、ヤマトが「二度」も特攻出撃で最期を迎えるなど、プロデューサー西崎氏の言動は数々のトラブルを引き起こして「宇宙戦艦ヤマト」の歴史に暗い影を落とすことになってしまう。そしてこの西崎氏が転落事故で亡くなった場所というのが、「YAMATO」と名付けられた船だった