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???: なモら ◆fTv8Bt89cM :2021/11/12(金) 16:44:42 ID:??? 【秋祭り】③ 時刻が午後10時を回ると、公民館はさっきまでの喧騒が嘘のように静まりかえっていた。 昼間からずっと動いて飲んでを繰り返していたおっさん連中は、ベビしぃ焼きが終わったあたりで全員ダウン。 午後8時を過ぎる頃には撤収が始まり、午後9時には公民館に鍵がかけられ、解散となった。 子供たちがやった花火のカスや、大人が飲み放題に飲んだビールの空き缶などはきちんと分別され、公民館近くの集積所にまとめられた。 しかし、すっかり秋である。 昼間は日差しで暖かくとも、夜になると肌寒い。 コロコロと虫が鳴く秋の夜長のその静寂の中を一人歩く影があった。 5匹のベビしぃの親しぃだ。 秋祭りに出かけたはずの子供たちが戻らないので、探しにきたのだった。 夏の終わりに生まれた子供たち。 1ヶ月の誕生日を迎え、最近はミルク以外のものを食べられるようになってきたし、オテテもアンヨもしっかりしてきたから最近は身体を動かしたくて仕方ないようだった。 だから今日は子供たちだけでの初めてのお出かけ。 町内の秋祭りで、大人のAAも沢山いる。 住処にしている公園の掲示板に貼られたチラシには、大人のしぃは参加費が掛かるが、子供は無料と書いてあった。 小さな首掛けのかばんを作ってあげて、もしもの時の食料も持たせ、安心して送り出したはずだった。 夕方を過ぎ、あたりが暗くなっても戻ってこなかったが、遊んでもらっているのかな、と思った。 おいしいものをたくさん食べさせてもらっているのかな、と思った。 近所の子に遊んでもらっているのかな、と思った。 しぃがさすがにおかしいと思ったのは、家のある公園の時計が午後9時を回ってからだった。 「ベビちゃんたち、どうしたんだろう?」 遊んでいるにしても遅すぎる。 お祭りももう終わっているだろうし、いつもならとっくにおねんねしている時間だ。 もしかしたらお家までの道のりが分からなくて迷っているのかもしれない。 おうちに帰れなくて、5匹で泣いているかもしれない。 しぃはそう思い、人通りの無くなった道をひとりでとぼとぼと歩き始めた。 「ベビちゃーん、どこにいるのー?」 キョロキョロと辺りを見回しながら、子供たちを探すしぃ。 どこかで寝てしまっているかも、と思い路地裏に入ったりもしてみるが、子供たちの姿はどこにもない。 そうして、しぃが祭りが終わり静寂に包まれた公民館にたどり着いた頃には、午後10時を回っていた。 空気はまだお祭りを覚えているようだった。 花火の火薬の匂い、お肉の焼けた匂い……どれも微かに、しかし確実に残っていた。 それはあと風が一吹きすれば掻き消えてしまうような、わずかな匂いだった。 「ベビちゃんたち、楽しかっただろうな。」 しぃの脳裏に、美味しいものを頬張り、お歌を歌い、たくさん遊んでもらっている子供たちの笑顔が去来した。 「探さなきゃ。ベビちゃーん。」 公民館の前庭は、面積の半分がアスファルト、半分が土の地面になっていて、駐車場としても公園としても使えるようになっていた。 囲いらしい囲いはないものの、背の高い草が公民館の敷地を取り囲むように生えていた。 しぃは声を出しながら、しかし子供たちの助けを呼ぶ声を聞き逃さないように耳をすましながら、敷地を歩き回った。 「ハニャ!?」 草の囲いに沿って歩いて裏庭にたどり着いたとき、しぃは微かな叫び声を上げた。 子供たちの匂いがここに残っていたのだ。 前庭には街灯があり明るかったが、建物でそれが遮られている裏庭は真っ暗で、まだ目が慣れていないしぃでは探り探りゆっくりとしか歩けないほどだった。 「どうして裏庭に……?」 子供たちはお祭りに遊びに来ただけで、裏庭なんかには用はないはずである。 手探りで歩くしぃの足にダンボール箱がぶつかった。 同時に、子供たちに匂いがふわっと香り出した。 「ベビちゃん!?近くにいるの!?ママはここだよ!」 ダンボール箱は空だったが、匂いを嗅ぐと間違いなくこの中に子供たちが入っていたことがわかった。 しぃはようやく目が慣れてきて、辺りを見回すと、口の閉じられていないゴミ袋が目に入った。 しぃはとてつもなく悪い予感がした。 そのゴミ袋からも、子供たちの匂いがしたからだ。 「ベビちゃん……?」 そしてしぃがその袋の中を覗き込むと、そこには果たしてベビしぃが入っていた。 「シィィィィィィーーーーーッ!!!!」 半角語族の甲高い悲鳴は、周りの背の高い草に吸い込まれ響かなかった。 ゴミ袋に入っていたのは死んで半腐れになったベビしぃで、それは間違いなくしぃの子供だった。 「ベビちゃん!!ハニャァァァン!!どうして!?」 しぃは半狂乱で死骸を取り出す。 身体を掴むとぐちゃりと指が食い込んだが、しぃは気にも留めなかった。 口からはよだれと血が混ざったような液体が漏れており、ギュッと閉じられた目蓋は開く気配もない。 可愛かったお耳もハリを失い、だらりと垂れていた。 しぃは、冷たくなって死んでいる我が子がただひたすらに可哀想だった。 抱きしめたかったが、その首はまだ据わっていない乳児のようにぐらついて、力を込めると崩れ落ちてしまいそうで、できなかった。 「ベビちゃん……どうして……。」 しぃは他の子ももしかして、と思い死骸を石段に寝かせてゴミ袋を探ったが、ほかに出てきたのは5つの布の袋だけで、 ベビしぃの死骸から染み出たらしい体液でバリバリに張り付いているが、間違いなく朝に渡したリュックだ。 汚れの少ないものをひとつ開いてみると、中からは草の切れ端とパンが出てきた。 しぃは恐ろしいシナリオが頭の中に浮かんでくるのを感じた。 子供たちは、お祭りに着いてすぐリュックを取り上げられて、この箱に閉じ込められたんだ。 まだパンも食べないうちに……! そして、殺されて、ゴミ袋なんかに詰め込まれて……。 でも、何のために? しぃはそれが分からなかった。 お祭りでは子供なら食事も参加費も無料なはずだ。 つまりお金がないから殺されたわけではない。 大人のAAもいたのだから、他の子供にいじめられて殺されたわけでもないだろう。 それに、他のベビちゃんたちはどこに行ってしまったのだろう。 反射的に、公民館の勝手口のノブをガチャガチャと回してみたが、当然鍵がかかっていて開かない。 「ベビちゃーん!おながい、返事をしてーっ!」 先ほどまでは、夜ということもあり声量をセーブしていたしぃだが、そのリミッターはすっかり消え去り、しぃはあらんかぎりの声で叫んだ。 走って前庭に戻り、公民館の入り口の扉も開けようとしたが、やはり鍵がかかっていてびくともしない。 しぃはもうパニックで、殺されたのは1匹だけで、他の子は公民館の中に取り残されていて、気付かれず鍵を閉められたから出られなくなっているんだ、 寂しがって泣いているかもしれない、というシナリオに一縷の望みをかけていた。 「ベビちゃん……ママが今行くからね……。」 しぃは前庭から握り拳大の石ころを見つけ出すと、入り口のガラス戸をガンガン叩き始めた。 叩き始めて何度目かでヒビが走り、さらに何度目かで一面のガラスが音を立てて割れ、それと同時にビーッビーッと警報が鳴りはじめる。 しぃは警報など気にも留めず、子供たちの名前を呼びながら一心不乱に公民館の中を駆けずり回っていたが、しばらくしてやってきた警官と警備員の二人組に取り押さえられた。 「こちら現場……成体のしぃが1匹です、どうぞ」 「ちょっとあなた、何してるんですか!?」 「タ、助ケテ下サイオ巡リサン!ベビチャンタチ行方不明デ……オ祭リニ行ッテ帰ラナインデス!!」 「行方不明?お宅のベビちゃんがですか?」 「ハイ行方不明ナンデス……探シテクダサイ!!オナガイシマス……!!」 「あなたねえ、それと不法侵入は関係ないですよ?それに失礼ですが、あなたは公園に住んでいる野良でしょう。 ベビの出生届は出されたのですか?出していないならそのベビはこの町に存在してることにならないんですよ。」 「デ デモ……!! ソウダ!! 殺サレタンデスウチノベビチャンハ……!! 死体ガ裏ニアリマス!! 殺人犯ガイルンデス!! 捕マエテクダサイ!!」 「死体?確認してきますか?」 「お願いします。分かりました。話は場所を変えてしましょう。」 「待ッテクダサイ……!! ウチノベビチャンタチハドコニ行ッタンデスカ!? コンナニ夜遅クマデ戻ラナイノハオカシインデス……オナガイシマス 捜索シテクダサイ……!!」 「場所を変えましょう。ここは公共施設で、あなたは不法侵入者なんですよ。」 言われるがままにパトカーに乗せられ交番に連れて行かれたしぃは、罪に問われることは無かった。 戸籍も住民票もないから、当然だった。 仮に民事で有罪となっても、しぃには財産がないので、差し押さえるものも手段もない。 しぃはしきりにベビちゃんたちの捜索をと繰り返していたが、この町にいないはずのしぃが、この町にいないはずの子供たちの捜索を依頼することは不可能だった。 「この街ではですね、住民票がないからといってあなたを駆除することはありません。 しかしですね、あなたは税を納めていないのですから、我々があなたを助けることもできないのです。」 警官はしぃに何度もこう言って聞かせ、帰らせることにした。 交番にいた宿直の警官からは気の毒に思われたのか、帰り際にありあわせの饅頭をふたつ持たされたが、 しぃはもう心ここにあらずで、公園の家に戻ったときには、ふたつともどこかに落としてしまっていた。 - オワリ - ※実際には、公民館の破壊、侵入は罰せられます。