秋祭り②

Last-modified: 2021-11-12 (金) 16:49:56

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???: なモら ◆fTv8Bt89cM :2021/11/12(金) 16:43:56 ID:???
【秋祭り】②

モララーは、公民館の裏手で一人後悔に落ち込んでいた。
大学生にはバイト代が出るから、などと言われただけで、ふたつ返事に秋祭りの準備会を手伝うなどと言わなければよかった。
そばには、「マタ板名物マターリ大根」と書かれた大きめで丈夫なダンボールが置いてある。
蓋は閉じられているが密閉はされていない。
中からはチィチィチィチィとベビしぃの鳴き声と、カリカリと中を引っ掻く音が聞こえて来る。
これは今日の夜、秋祭りの締めで行う打ち上げのバーベキューで丸焼きにするための材料だった。
近所の公園に住みつく野良のしぃ一家から、モララーの父親が首尾良く連れてきたものだ。
そしてモララーはその下ごしらえをするため父親に雇われたのだ。
「全くオサーン連中は何でこんなもん食いたがるんだか……。」
モララーはベビしぃの丸焼きが苦手だった。
そもそも内臓系の肉自体が苦手で、焼肉屋でももっぱらカルビかロースしか食べない。
ホルモンのあのよくわからない食感、噛んでいるんだかいないんだかわからない食感が、
脂っこいんだか脂っこくないんだかわからない食感がモララーにはおいしく感じられなかった。
「しょうがない、バイト代のためだからな!」
モララーは公民館勝手口の石段に下ろしていた重い腰を上げ、ダンボールの蓋を開けた。
ムワッと野良しぃの臭いがする。
中ではベビしぃが5匹、急に明るくなったからか目をしばたたかせながらモララーを見ていた。

「チィチィ…」
「ウニャーン アニャーン」
原種のベビしぃが5匹である。モララーはホッとした。
フサベビがいたら毛を毟る作業をしなければならなかった。
喋らないところを見ると、生後1ヶ月かそこらだな。
モララーは高校の生物の授業を思い出した。
ベビしぃが鳴き声の他に言葉を喋り出すのは生後2ヶ月頃からと習ったことがある。
「ん?」
ベビしぃがそこここと動き回る箱の隅に、布のようなものがいくつかあることに気がついた。
「なんだこりゃ?」
モララーがつまみ上げてみると、その布は袋のようになっており、中に何かが入っている。
「チィチィィ!!」
「アニャーン!! ウニャーン!!」
「うわ、なんだ!?」
袋を持ち上げるモララーの手に、ベビしぃたちがまとわりついてくる。
モララーは左手でベビしぃを払い除けながら袋を取り出した。
袋は大きめのお守りのような見た目だった。材質はフェルトで、短い紐がちょうど鞄のバンドのようにつけてあり、口のところはボタンで閉められるようになっている。
モララーは早速開けてみようと思ったが、ふとある事が頭を過った。
「もしかしてフンが入ってるとかじゃ……ないよな。こいつら確かフンとか食うんだよな?糞虫って言うぐらいだし……。」
よくみるとフェルトも土だか泥だかで薄汚れている。
モララーは一瞬やめようかどうか思いとどまったが、しかし中身が気になって、勝手口から台所に入り、ゴム手袋を持って戻ってきた。
ゴム手袋はモララーの手には少し大きかったが、一応フンを掴んでも完全防備である。
再び石段にあぐらをかき、中を開けてみると拍子抜けで、出てきたのは何の変哲もない石ころや雑草の切れっ端、それに食パンをちぎって捏ねたような塊だけだった。
石が丸石だったり角ばっていたり、雑草がなにかの花びらだったりしたものの、大同小異どの袋からも同じようなものが出てくる。
食パンのまとまりはかじった跡があるものもあった。
「何なんだこりゃ?よく分かんないな……。」
モララーは用意してあった20リットルの黒いゴミ袋に、石だけはその辺に投げてだが、5つとも突っ込んだ。
空を見上げて、モララーはタバコに火をつけた。
近所の子供たちが、秋祭りに際して公民館の前庭で遊んでいる声が微かに聴こえてくる。
前庭には、ブランコと滑り台という公園と呼ぶに最低限の遊具しかなかったが、子供たちはそれでもかなり盛り上がっているようだ。
「なんか雰囲気があるなあ。面倒と思ったけど、たまにはこういうのもいいかもな。」
今日はお祭りにはもってこいの秋晴れで、抜けるような青空と、秋の過ごしやすい気温が気持ち良かった。
タバコの煙を吐くと、1匹のベビしぃが箱から抜け出そうと縁から身を乗り出しているのが目に入った。
「チ チィィィ!!」
「あっ!逃げんな逃げんな!」
ベビしぃに逃げ出されると、ノン気な飼いしぃならともかく野良を屋外で捕まえるのはかなり困難だ。
もし逃げられれば父親から、怒られるまではいかないだろうが小言を言われるのは必至である。
タバコを口に咥え、手でベビしぃの頭を押し戻す。
「チィーー!!」
ベビしぃは泣き声をあげながらポテンと箱の中に戻された。
ダンボールは重い野菜を入れる用の大きくて硬いもので、ある程度の高さがあるので蓋を開けておいても大丈夫と思っていたがそうでもないらしい。
「さっさとやっちまうか……。」
モララーは石段でタバコを揉み消して、吸殻に火種が無くなったのを確認してからゴミ袋に入れ、ベビしぃの下ごしらえを済ますことにした。

食用として売られている養殖のベビしぃにはいらないのだが、野良で捕まえてきたベビしぃには下ごしらえをする必要がある。
当然の話だがつまり、洗わないと食べられないのである。
モララーはプラスチックのタライにホースで水を溜めながら、「ベビしぃ洗浄剤」のパッケージを開け、
ベビしぃの体毛などの「外側」をきれいにするための粉洗剤をタライに入れた。
粉洗剤が溶けて洗浄液になるまではしばらくかかる。
その間にベビしぃの「内側」をきれいにしなくてはならない。内側とはもちろん内臓のことだ。
しかしベビしぃの肉は死ぬとすぐ腐るし、そもそも今日は丸焼きにしなくてはならないから腹を開いて直接洗うわけにもいかない。
そこで浣腸剤と嘔吐剤を使って生きたまま腹の中を空にする必要がある。
この地元の祭りにベビしぃを供する際、誰かが必ずやる作業で、モララーも子供の頃から何度も見たし手伝ってもいた。
性質上便と吐瀉物から逃れられない汚い仕事だが、モララーはこの作業が嫌いではなかった。
モララーは料理が好きだったし、元来几帳面で効率よく仕事をするのが好きだったからだ。
「~♪」
モララーは鼻歌を歌いながら「ベビしぃ洗浄剤」のパッケージからスポイトを取り出すと、適量の浣腸剤を吸い込む。
ダンボールからベビしぃを1匹取り出し蓋を閉めると、必死に逃れようともがくのを尻目に、手早くうつ伏せにして肛門にスポイトを差し込み、浣腸剤を注ぎこんだ。
「ヂ!? ギヂィーー!!」
ベビしぃは目を見開きながらもがいているが、首元をモララーの力で押さえられていて逃れられない。

鼻歌はサビに入った。
小さな肛門からスポイトが抜き取られると、すぐにベビしぃの腹が唸りはじめる。
浣腸剤はベビしぃ用に調整された薬剤で、大腸に強い刺激を与え蠕動を促し、ナノ分子の特殊ポリマーが糞便を吸着して外に出てくる構造になっている。
しかもかなり即効性だ。
モララーがベビしぃの首元を握るように持ち変え垂直になる様に構えると、ベビしぃの足が斜め前にピンと伸びた。
ああ、これも確か反射なんだよな、とモララーはバケツの上にベビしぃを持ちながらまた生物の授業を思い出す。
「ヂ…ヂ…ギヂィィ…」
ベビしぃはしばらく腹痛と闘っていたようだが、しだいに目がうつろになっていく。
やがて肛門からミュルミュルと軟便が流れ出はじめ、下のバケツにポタポタと溜まっていった。
ベビしぃはまだ主に母親のミルクで生活しているため、糞からもいわゆる糞の臭いはしないが、曲がりなりにも排泄物なので、具合の悪い時に吐いた吐瀉物を薄めたようなすえた臭いがうっすらと漂ってくる。
モララーはその臭いをやや気にしながらも、確か凝るならベビしぃの腹をのの字に撫でて排便を促すんだったな、しかし自分が食べるわけではないからそこまでこだわらなくてもいいか、と考えていた。
便が出終わる。
試しに下腹部をグニグニと何度か押したりしてみたが、ギューという呻き以外は何も出なかった。
もう漏れ出す心配もなさそうだ。
出尽くしたあとは、胃の中の洗浄である。
便を絞り取られ、口を開きぐったりとしたベビしぃを仰向けにさせ、その口に今度は嘔吐剤を吸いこんだスポイトをねじ込む。
「ギュミ!? ギュウーウ!!」
飲ませるのではなく流し込まないといけないから、なるべく喉の奥まで突っ込む。
「オエ…オゴゴゴ…」
ベビしぃは苦しそうに目に涙を溜め、手を動かしなんとか逃れようとするが、やはりモララーの力には敵わない。
嘔吐剤を注ぎ込み切ったモララーは、沈殿のある乳酸菌飲料を振って沈殿を無くすがごとく、ベビしぃの小さな身体を左右に振った。
「ギュエ…オエエ…」
嘔吐剤には、胃液と反応して胃袋を刺激する物質が含まれており、絞扼反射の嘔吐感とも相まってベビしぃに絶大な不快感をもたらす。
「ウエッ ウェエエッ!!」
ベビしぃが嗚咽を漏らすと同時に、モララーは頭が下に来るように手首を回し、バケツにあてがう。
ゴボゴボと下水道のような音を立てながら胃の中のものを吐き出すベビしぃ。
すべてを吐き切らせた後は、ベビしぃを箱に戻し、次のベビしぃで同じことを繰り返す。
1匹あたり5分かかるかかからないかで内側の洗浄は終わり、箱の中はすべてを吐き切りぐったりとしたベビしぃだけになった。

外側を洗う洗浄液は中性で、ゴム手袋をしなくても手肌に影響は無かったが、モララーはそれをつけたままベビしぃを洗うことにした。
単純に外すのが面倒だし、爪かなんかでベビしぃを傷つけて出血させたりするとより面倒だったからだ。
「まとめてやっちゃうかな。」
モララーはダンボールを持ち上げ、タライに向かってひっくり返す。
「チ チィィ!!」
ポチャポチャと洗浄液に落ちるベビしぃたち。
モララーは入れ終わってからすぐ、しまったと思った。
タライは底が浅く、壁も逃げようと思えばすぐに逃げられるほどの高さしかない。
「あ!ヤバい、逃げられちゃうじゃん!やっちまった!」
ベビしぃたちは苦い洗浄液に辟易としたようでやはり逃げ出そうと縁に手をかけている。
モララーは慌ててダンボールをひっくり返してドームのようにかぶせ、台所に別の箱を取りに行った。
モララーが適当に見つけてきたダンボールを手に裏口に戻ると、反対になったダンボールの内側からコツコツ、カリカリと引っ掻くような音がしていた。
「ヂヂヂィ…ウニャーン…」
「やっぱりタライから外には出てるっぽいな。」
ここでダンボールを持ち上げれば、ベビしぃは逃げ出すだろう。
モララーはしばし考えたあと、やはり力技しかないと覚悟して、ダンボールをほんの少し持ち上げて手を入れ、中のベビしぃを1匹ずつ捕まえていくことにした。
「チィ!!チィーィ!!」
うまいこと1匹また1匹と捕まえていく。
しゃがみ込んで地面スレスレに腕を伸ばすさまは少し間抜けな絵面だったが、はたして4匹のベビしぃを持ってきたソフトドリンクのダンボールに捕らえ終えた。
5匹目は少し厄介だった。こちらから手を入れると向こうに、向こうから探ればまた別の方に逃げる。
モララーはこの格闘に痺れを切らし、ダンボールを上から押さえつけながら側面をバンバンと叩いた。
「ウニャッ!?」
ベビしぃは動き回っていたが、いきなり大きな音がしたのに面食らってポチャリと洗浄液のタライに落ちたようだ。
「落ちた?よっしゃ!今だ!」
すかさずドームを跳ね除けタライでもがくベビしぃを掴み、ダンボールはひっくり返し元のように開き口を上向きにする。
「ギヂィ!? ギャッボ!?」
そのままベビしぃの首根っこを掴み沈み込ませ、耳の先から尻尾の先まで揉み洗いしていく。
ベビしぃの体毛は母親に舐められているため見た目は白くてフワフワだが、洗浄液に浸し少し揉むと垢やホコリのような汚れが浮き上がってくる。
「~♪」
モララーは几帳面で、掃除好きだった。
ベビしぃをまんまと捕まえて、ザブザブ洗うと気持ちが良くて、再び鼻歌が溢れてきた。
「…ゴボァ!! ギヂーィ!!」
ベビしぃは顔も身体も関係なく苦い洗浄液に浸けられ、全身を揉まれ擦られ洗われるのがよほど苦しいらしく、顔が水面から出るたびに叫び声を上げた。
あらかた洗い終わると、液から引き揚げ、ホースで真水をかけながらすすぐ。
「ヂィィ…」
ベビしぃはもう憔悴で、秋の冷たい水道水を浴びても手足をピクピクさせるだけだった。
あらかた流し終われば、ペーパータオルでクシャクシャと水気を取る。
100%拭ききらなくとも、今日の晴天なら乾くだろう。
そうしたらもとのダンボールに放り込み、下ごしらえの完了だ。
モララーは気分よく2匹目のベビしぃを掴み洗浄液に浸けた。

全ての工程が1時間ほどで終わり、バケツとタライの中身を側溝の金網に流し、ついでにホースで汚れをすすぐとモララーはタバコに火をつけ一服した。
ベビしぃが逃げ出さないよう、箱のつばを立ててガムテープで固定し、高さを作る念の入れようで満足だった。
中を覗くとベビしぃたちはもう抵抗する気力もないという風にぐったりとしている。
「待てよ、こいつらこのまま死んだりしないよな?」
モララーはタバコを吸いながら考えた。
よく考えるとベビしぃの身体には何も入っていない。
このまま夜まで放置しては、死んでしまうのではないか?
ベビしぃの肉の足の速いのはモララーも知っている通りだ。
ふと思いついてスマートフォンを取り出し、検索をかける。
見つけたのは、ベビしぃ料理のページだった。
メニューから「ベビしぃの下ごしらえ」を開き、下にスクロールする。
すると、「ベビしぃは下ごしらえ後1時間、長くて2時間程度で死ぬので、下ごしらえは調理の直前にやること」とあった。
時計を見るとまだ昼過ぎで、バーベキューまではまだ3,4時間はある。
「マジかよ、やっちまったぜ……。」
モララーは独りごちながら更にスクロールした。
するとそのページにはベビしぃの代謝が詳しく載っていた。
「へぇ、『ベビしぃは固形物の代謝は苦手ですが、液状のものなら素早く吸収できます。早めに下ごしらえを済ませ、
 スパイスを飲み水やミルク等に混ぜて飲ませると肉に風味が立ちオススメです』……か。」
モララーは読みながら、自分がうってかわってワクワクしていることに気が付いた。
ベビしぃの丸焼きとは、文字通りそのまま丸焼きにするのがセオリーと思っていて、調味料なんかはせいぜい焼く時に醤油かなにかで香りをつけるぐらいのものだと思っていた。
ベビしぃ自体にスパイスを含ませバリエーションをつけるなんてのは、モララーの頭には全く無かった発想だ。
モララーはすぐに台所にいき、同じく夕食の準備をしていた近所に住むモナーのおばさんに一声かけると、そのまま自宅へ走った。

モララーの母親も料理好きだったので、ゴルァンダー、モレガノ、ナシメグ、ロリハァハァエなどモララーの家にはいろいろなスパイスが揃っている。
モララーは少し考えて、親父たちは酒のつまみにベビしぃを食べるんだから、
ニンニクか胡椒なんかを効かせるか、あるいは照り焼きのように少し甘めの醤油味にするか迷った。
アイデアがどんどん浮かんでは消えていくのが楽しくてテンションが上がっていた。
「俺ってどんだけ子供なんだYO!」
モララーは独りごち、数種類のスパイスの小瓶と、それと牛乳をビニール袋に入れまた家を飛び出した。

味付けはすぐに決まったが、問題はベビしぃたちに飲ませる方法だった。
深皿にぬるくなった牛乳を注ぎダンボール部屋の真ん中に設置した時には、5匹が5匹とも目の色を変えゴクゴク飲んでいたのだが、
その後に入れた肝心なスパイス配合牛乳にはほとんど手をつけなかった。
「当然か。先に普通の牛乳飲ませたの、ミスだったなあ。」
先に普通の牛乳を飲ませたのは、皿から牛乳を飲む能力があるのか確かめるためと、ベビしぃたちの警戒を解くためだったのだが、これがすっかり裏目に出た。
次に飲ませようとしたのは、ニンニクとトウガラシのペーストに粗挽き黒胡椒を振りかけ、トドメに醤油とめんつゆを混ぜ込んだ牛乳だったが、こんなものがおいしいはずもない。
これでも空腹なら仕方なく飲んだかもしれないが、当たり前の牛乳を飲んだ後では、こんな劇物を好んで飲むはずもなかった。
ベビしぃたちは普通の牛乳はすぐに飲み切り、次に入ってきた2杯目のミルクにも一瞬は口をつけたものの、
やはりベビしぃたちには刺激が強過ぎたのかチィチィ泣きだし、ダンボールの隅でモゾモゾと丸まってしまった。
「でもここまでしたんだから、どうにかして飲ませないともったいないな。」
しかしあたりを見回してもいいアイテムがない。
洗浄剤についていたスポイトは容量が小さいし、管も細いからニンニクや胡椒と言った粒は吸い込めない。
スパイスを混ぜるのに使った紙コップから直接飲ませるのは、押さえつけても難易度が高いだろう。
何かないかな、とモララーはしばし考えてパッと閃いた。
公民館の台所ではいろいろな行事の料理に備えて、さまざまな調理器具を用意してある。
漏斗も確かあったはずだ。あれなら奥まで差し込めるし、こぼれる心配もない。
すぐに台所から漏斗を取ってきたモララーは、隅で縮こまるベビしぃの中から1匹捕まえると、あぐらに組んだ足の上に仰向けに押さえつけ、喉の奥まで漏斗を差し込んだ。
「チィ!! キチィ!!」
「よーし、大人しくしとけよ?」
「ヂグィッ!? ゴエエエ!! グエエエ!!?」
漏斗の針は、さっきのスポイトの何倍もの太さがある。
ベビしぃは泣き叫んで抵抗するが、ベビしぃの抵抗力などたかが知れていて、モララーはお構いなしだった。
紙コップから漏斗にスパイス牛乳が注がれると、ベビしぃはさらに呻き声をあげた。
「ギューーッ!!グゴ!?ゴボオオオ…!?」
「こんなもんか?」
用意した量の半分、およそ50mlをベビしぃに注いだ。
漏斗を外すと、ベビしぃは半死半生といった風情で目をパチクリさせた後、ゴボァと胃の中のものを吐き出した。
「うわっ!」
あぐらを組んでいたモララーはそれを避けきれず、脛から下を丸ごと汚してしまった。
量としては大したことなかったが、常温に温められた牛乳と大量のスパイス、そしてベビしぃの胃液が混ざりそれなりに強烈な液体だ。
「げー、マジかよー……。」
モララーはすっかり意気消沈してしまった。
仰向けで吐いたから胴全体を吐瀉物まみれにしたベビしぃをとりあえず水で洗って箱に戻すと、自分も台所に入りことの顛末をおばさん連中に話して家に戻った。
モララーがシャワーと着替えを済ませて公民館に戻ってきた時には、あたりは薄暗くなっていた。
前庭では誰が持ってきたのか、大きなラジカセから大音量で祭囃子が鳴り響き、近所のおっさん達が張り切って焼き鳥やら焼きそばやらを焼きまくり、子供達は超ハイテンションではしゃぎ回っている。
モララーも幼なじみのモナーやギコと落ち合い、ようやく堂々と飲めるようになったビールで乾杯して父親が焼いた焼きそばに舌鼓を打った。
箱の中に閉じ込めたベビしぃのことなどすっかり忘れてしまっていた。

モララーがベビしぃのことを思い出したのは、すっかり日も落ちて宴もたけなわとなり、打ち上げの準備を始めた父親に声をかけられてからだった。
「息子よ、そろそろバベーキュをやろうと思うが、俺のベビしぃはどこにいるんだ?」
既にかなり酔っている父親に話しかけられた瞬間、モララーは飛び上がった。
「うわ!ヤバい、すっかり忘れてた!」
急いで台所から勝手口を出ると、明かりのない裏庭は真っ暗だった。
「逃げてませんように……!」
スマートフォンのライトをつけておそるおそる箱の中を覗くと、はたして5匹が箱の中にいた。
「ヂ…チィィィ…!!」
「ハナーン…ハナーン」
「チィィィ アニャ…」
「5匹いる!良かったぁ~……!」
胸を撫で下ろしたのも束の間だった。
ライトの明かりに驚き、動き回ったり鳴き声を上げたりしているベビしぃは4匹で、1匹は真ん中のあたりでぐったりと動かない。
「あ、やっちまったかな……?」
モララーが動かないベビしぃを掴んでみると、ぐちゅりという嫌な感覚が指に伝わってきた。
「うっ……!?」
先ほど洗っている時に感じたハリのある感覚とは全く違う、例えるなら濡らすだけ濡らして絞っていないタオルでも掴んだかのような感覚。
「やっちまいましたかねこれは……。」
ベビしぃは死んでいた。
スパイス牛乳を漏斗で突っ込まれたベビしぃだった。
洗浄後に飲んだ牛乳も、スパイス牛乳を注がれた時にまとめて吐いてしまったためエネルギーがなくなったのと、
水洗いの後ちゃんと拭かれず身体に水気が残ったままで、吹き込んだ風に体温を奪われたこととがダメージとなり死んだのだった。
モララーはベビしぃの死体が腐って崩れ落ちないことを祈りながら、ゆっくりと持ち上げてそのままゴミ袋に入れた。
他のベビしぃたちは、チィチィと少し騒いだあと、また大人しくなった。

「父さんごめん、1匹死んでた……。」
4匹のベビしぃが入ったダンボールを前庭に持ってきたモララーは謝罪したが、父親はあっけらかんとしたものだった。
「まあまあ仕方ない。こういうのは死ぬときは死ぬもんだからな!」
モララーはお互い酔っ払っていて助かったと内心ホッとしながら、残ったベビしぃを焼こうとする父親に言葉を返した。
「そうだ!スパイス持ってきたから使ってよ!」
「スパイス!?いや、父さんは醤油だけの方が……。」
「いや山賊焼きみたいにしたら絶対うまいからさ!俺が焼くから父さんは食べるだけでいいからさ!レシピ調べたんだよ!」
そういいながら手際よくタレを作るとダンボールからベビしぃを掴み出し、頭からタレに浸し仰向けになるように鉄板に乗せた。
「ギヂャァァァァァッッッッ!!?!!!??」
鉄板は250度にも熱されている。
当然ベビしぃは必死に逃げ出そうと猛烈にもがくので、押さえがないと危険だ。
モララーはトングでベビしぃの仰向けの腹を押さえる。
鉄板で焼くベビしぃの丸焼きでは、比較的耐久力のある背中側を最初に強く熱して全体に火を通し、腹側を焼くのは最後の数十秒、焼き目をつける程度でいい。
ちょうどステーキの焼き方と似ている。
「ヂャギャァァ‼︎ アギャァァァァ‼︎」
「おー、元気がいいなあ。」
ベビしぃは、しばらくは手足が焼け焦げるのも厭わず必死にもがいていたが、少しするとそこには火が通ったらしく叫ぶだけになった。
「ギヂィィィィ!!」
モララーがベビしぃをひっくり返すと、あたりに香ばしい香りが広がる。
背中はすっかり焼け焦げ、短い体毛もチリチリになっていた。
「モララー君は料理がうまいモナねー!これから独り身でも安心モナ!?」
幼なじみのモナーのおやっさんがからかってくる。
「レシピ見たからできるだけですよ!」
「ビャギャァァ!! ウギャァァァン!!」
モナーのおっさんに返事をしながら、ベビしぃの焼けた背中をトングでグリグリと押すモララー。
腹側の皮膚は薄いので、全体的に焼き目を付けるにはグリグリと動かし腹側に均等に火が通るようにしなければならない。
「はいお待ち!」
焼き上がったベビしぃを紙皿に乗せ、父親へ手渡す。
「ギ…ヂ…」
ベビしぃは生命力が強いのも特徴だ。
全身に焦げ目がつくほど丸焼きにされても、まだ瀕死で持ち堪えている。
「うまそうだな!いただきます!」
モララーの父親はベビしぃの脇腹にかぶりついた。
「!! …キィー…」
「うおおおっ!うまい!味もしっかりしてるし、中身も半生で焼き加減最高だYO!」
「だろ?醤油よりこっちの方がいいって!」
二口目にかぶりつかれたときになってようやく、焼けたベビしぃは絶命した。
「モナーのおっさんにも焼いてあげましょうか!」
「おー!頼むモナ!!」
箱の隅で震えながら縮こまるベビしぃから1匹掴み取り、どぽんとタレに漬け、鉄板に乗せるモララー。
「ミ゙ャヂャァァァァ!!アヂュゥゥゥ!!??」
「モララー兄ちゃん!オレらベビしぃ花火やりたい!」
ベビしぃの金切り声が響く中、近所の子供たちがハイテンションに叫ぶ。
ベビしぃ花火とは、2匹のベビしぃを使う遊びで、まず片方に花火や爆竹をくくり付けて放しておき、もう片方には体毛に直接火をつけて火だるまにした状態で放すものだ。
火がついたベビしぃは半狂乱で火薬まみれのベビしぃを追いかけ、追いかけられる花火ベビしぃは全速力で逃げ出すのだが、
ベビしぃにとって火薬は重く、更に火のついている方はまさしく火事場の馬鹿力で高速で追い回すため、たいていすぐに追いつかれて着火され、そして2匹とも爆散する。
大量の花火が一度に作動し見た目が派手なので子供には好まれるが、場所によっては危険なので禁止されていることもある。
この公民館なら前庭が広いし危なくないだろう、というのが子供たちの言い分だった。
「俺じゃなくて父さんに頼みなよ、それにこのベビは洗浄したから多分走れないぞ。」
「火つけたら走るでしょ!?」
「そっちはね。花火の方が動かなかったら面白くないよ。」
子供たちは一挙にぶー垂れた。
「息子よ、1匹ぐらいなら花火にしてもいいぞ。火付け役がいなくても花火でぶっ飛ばすだけでも面白いからな!」
「そうモナ!ベビしぃ花火なんて十何年やってないから久々に見てみたいモナ!」
父親どもがそういうと、子供たちも一気呵成にはしゃぎだした。
「チィ…ウミャーン」
ダンボールから拾い出されたベビしぃに子供たちが群がる。
「なあ、とりあえず花火の燃えるとこ全部つけようぜ!」
「導火線は?」
「打ち上げ花火は使える?」
「最後にケツに爆竹だぞゴルァ!突っ込めるだけ突っ込めゴルァ!」
「花火の分解はダメモナよ!」
気が付くとモララーの幼なじみのギコやモナーまでベビしぃ花火制作に混ざっている。
「キチィィ……」
紐やらテープやらで巻き放題にされ、腸内にも爆竹を詰め込まれたベビしぃは、最初こそもがいていたが最後にはもう朦朧で、抵抗する気もない様子だった。
「いいか?爆竹突っ込んだから蹴っちゃダメだ。俺が火を付けたら思いっきりぶん投げろゴルァ!」
ギコがライターで導火線に火をつける。
子供たちの中のリーダーは、シュボ……と導火線に火が付くや否や前庭の芝生に向かってオーバースローで放り投げる。
そこからは花火らしい刹那の出来事だった。
ポテリと地面に落ちたベビしぃがうめき声をあげると、導火線から着火された花火がその背中で炸裂し始めた。
「チギィ!! ギヂィィ!!」
ベビは背中で弾ける赤、青、緑の火花がよほど熱いらしく、叫びながらのたうつ。手足を半端に縛られていて、走り回ることもできず、ただその場でうごめくだけだった。
「うおお!すげえ!!」
「きれーい!!」
「いい具合にねずみ花火っぽくなってるモナ!」
大人も子供もみな花火と化したベビしぃを見ていた。
「ウミャアアーン!! ニャコ!! ニャゴォォ!!」
ボン!バンバンボボン!!バン!
「ビャヂィィ!!」
ベビしぃの叫びと、体内での爆竹の炸裂はほぼ同時で、心地よい爆発音がすると同時に腹部から下を失い、手と頭だけになったベビが吹き飛んだ。
「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!」
「やっぱりケツ爆竹は最高だぞゴルァ!!」
「HAHAHA 花火は愉快だなあ息子よ」
「……キィー…」
ベビは死んですぐ子供たちの誰だかに拾われ、花火用のバケツの中に放り込まれた。
「なあモララーのおっちゃん!ベビもう1匹いるだろ!?花火にしていい!?」
ベビ花火がよほど楽しかったのか、ガキ大将は誰もいいとも言っていないうちに箱からベビを取り出しそう聞いた。
「HA!? ま、まあしょうがないNE……」
モララーの父親が、ちょうど焼いたベビを食べ終えたころだった。
宴はもう少し続きそうだ。

                                                                 - ツヅク -

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