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2000年、高松宮記念。
その馬は、10度の敗北を超えて、血統を証明した。
敗れても、敗れても、敗れても、絶対に首を下げなかった。
緑のメンコ。不屈の塊。その馬の名は…
馬について
| 名前 | キングヘイロー |
| 生年 | 1995年 |
| 主戦騎手 | 福永祐一、柴田善臣 |
| CM | 高松宮記念 |
2012年高松宮記念CMより。
2000年高松宮記念優勝馬。
他の勝ち鞍には’99年中山記念、同年東京新聞杯など。
父ダンシングブレーヴ、母グッバイヘイロー、母の父Halo。
超優良血統に生まれながら、同年代激戦の中で苦悩した不屈の挑戦者。
父ダンシンググルーヴは80年代最強と名高い欧州の超名馬。一方の母グッバイヘイローもケンタッキーオークスなどアメリカのG1を7勝した名牝。まさに超優良血統である。
全くの偶然から当時若手の福永騎手が手綱を取る事となると、その高い期待に応えるように、デビューの97年の3歳新馬、黄菊賞と連勝、初の重賞となる東京スポーツ杯3歳ステークスではマイネルラヴに対し2馬身半の差をつけて勝利し、3連勝を飾った。ラジオたんぱ杯3歳ステークスではロードアックスに差され2着となるも、この年はその存在感を如何なく発揮した。
しかし98年から悲劇は始まる。
弥生賞ではジュニアカップで驚異的な走りを見せたセイウンスカイ、そしてきさらぎ賞で圧勝した武豊騎乗のスペシャルウィークらと戦うも、その2頭のハイレベルな戦いについていけず2着セイウンスカイから4馬身離され3着。皐月賞ではスペシャルウィークに雪辱を果たすものの、逃げるセイウンスカイには追いつけず2着。
ならば逃げの競馬ならどうかと戦法を変えて日本ダービーに挑んだ陣営だったが、これがまさかの大ハズレ、直線で大きく失速し14着大敗。
神戸新聞杯は岡部幸雄騎手を迎えるも3着、京都新聞杯ではスペシャルウィークの執念に敗れクビ差2着。菊花賞で5着、有馬記念で6着と距離が伸びるとスタミナ不足が目立つようになる。この頃から2000m以下の短距離、マイル戦を主戦場にすべきとの声がファンから上がるようになった(この年は全て2000m以上で戦い、一度も勝利できなかった為)。
99年からは柴田騎手を鞍上に迎え、評判に沿う形で東京新聞杯(1600m)に出走するとここでケイワンバイキングを抑え勝利、更に中山記念(1800m)でもダイワテキサスを下し勝つ。やっぱり短距離だな!と安心したのも束の間、安田記念(1600m)でまさかの11着大敗。その後宝塚記念で8着、GIIの毎日王冠でも5着、天皇賞(秋)で7着となかなか真価を発揮できない。有利かと思われたマイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークスもそれぞれ2着、3着と及ばず、ここまでGIで9連敗を喫する。
翌2000年、芝がダメでもダートならと、フェブラリーステークスに出走する。血統から1番人気に支持されるも、13着と大敗。優良血統と言われながらのまさかのGI10連敗という結果に、調教師の坂口正大氏もバッシングを受けた。
しかし陣営は諦めていなかった。次走の高松宮記念では単勝オッズ12.4倍と中穴程度の人気だったが、大外から一気に捲り、ディヴァインライトをクビ差で差し切り、見事GI初勝利を挙げる。坂口氏は人目をはばからず涙したという。なんの因果か、この時2着に敗れたディヴァインライトに騎乗していたのはクラシックを共に駆けた福永騎手だった。
以降、目立った活躍はなく、2000年有馬記念を持って引退。次代の王者テイエムオペラオーの執念の走りを見ながら、大外一気で4着と底力を見せてターフを去った。
その後は良血統を活かして種牡馬として活躍し、キングスゾーン、カワカミプリンセス、ローレルゲレイロ、メーデイアらを輩出。その血は今も受け継がれている。
CMについて*
この年はより中二病にかっこよく洗練された『The Winner』シリーズとなる。
高松宮記念に向けて製作された。
キングヘイロー抜擢の理由は、2009年に息子ローレルゲレイロが親子二代制覇を成し遂げたからだと思われる。
キングヘイローの最大の特徴である緑のメンコから、血統を表す血管が伸びて馬の姿を形作る。
GIレース10連敗の屈辱と、そこから唯一の勝利を刻んだ高松宮記念までを劇的に描いた台詞も特徴。
- イクイノックスもキンヘの血を継いでるから血の継承としてはすげぇよ -- 2024-01-17 (水) 22:32:29
