メジロラモーヌ

Last-modified: 2015-11-24 (火) 15:34:01

https://www.youtube.com/watch?v=aJPiK8_v-Hk
86年、桜花賞。
その美しき黒い流線形。嫉妬すら追いつかない。憧れすら届かない。
その馬が史上初の三冠牝馬になることを、まだ誰も知らなかった。
”魔性の青鹿毛” その馬の名は…

馬について

メジロラモーヌ.jpg

名前メジロラモーヌ
生年1983年
主戦騎手河内洋 など
CM桜花賞

2012年桜花賞CMより。


86年桜花賞優勝馬。
他の勝ち鞍にはオークス、エリザベス女王杯など。
父モガミ、母メジロヒリュウ、母の父ネヴァービート。
中央競馬史上初の牝馬三冠を達成した、輝く青鹿毛の名牝。


メジロ牧場に生まれるも、大人しい性格と両後脚の飛節に難があった為に最後まで受け入れ先が決まらず、84年にようやく奥平真治氏が管理調教師に決まった。
しかし3歳になる頃には飛節の問題も解消、85年3歳新馬戦では小島太騎手と共に挑み、前評判も極めて高かった為に単勝オッズ1.4の圧倒的1番人気に推される。いざレースに臨むと超圧倒的な力を見せつけ、約20馬身差というとんでもない圧勝で魅せた。
京成杯3歳ステークスではスタート直後に他馬と衝突した影響で掛かってしまい、5頭立て4着と沈んでしまう。競走後には疝痛と骨膜炎を発症するなど心配されたがすぐに回復する。
次の寒菊賞では柏崎正次騎手を迎え、余裕の勝利。テレビ東京賞3歳牝馬ステークスでもダイナフェアリーを抑えて圧倒的な走りで勝ち、柏崎騎手共々重賞初勝利を刻んだ。この年の最優秀3歳牝馬にも選出されている。
86年は一旦休養の後にクイーンカップに出走する。しかしレース前から焦れ込むなど不安要素も散見され、メジロのおばあちゃん牧場総帥北野ミヤ氏も敗北を予見。その通り、レースでは1番人気ながら4コーナーと直線で失速して4着。
桜花賞挑戦の為に報知杯4歳牝馬特別に挑み、河内騎手を鞍上に迎える。このレースでは直線まで最後方にいながら一気に追い上げてチュウオーサリーをクビ差抑えて勝利という劇的な逆転を魅せてファンを大いに沸かせた。テスコガビーら当時最強級の牝馬とも比べられる程、期待は更に高まる。
そして桜花賞ではマヤノジョウオの追走も届かせない圧倒的な走りで勝利。河内騎手にとって初の桜花賞制覇となったが、競馬ファンならご存知の通り、河内騎手は後に桜花賞男と呼ばれる程に桜花賞を得意とする事になり、そのきっかけを与えたのがこのメジロラモーヌであった。河内騎手は記念撮影の場で84年に亡くなったメジロ牧場先代総帥・北野豊吉氏の写真を掲げた。
次にオークスに出走する予定を組むが、その前に不得意な東京競馬場を克服すべくサンスポ賞4歳牝馬特別に出走、名女優牝馬・ダイナアクトレスとの戦いに臨む。直線で一気に交わす戦法でこれを下し、オークスへの意気込みを見せた。
そのオークスではスタート直後に躓いて後方からの運びとなるが、相変わらずの差し込みで2着に2馬身差をつけて勝利。テイタニヤ以来10年振りの牝馬クラシック二冠を達成した。野平祐二氏はこの走りを「オークス史上稀に見る強さ」と評した。
その後は牝馬三冠最後の一つエリザベス女王杯に挑む事を最大の目標としつつメジロ牧場内で休養するが、休養中に挫石と思われる歩行異常が起きて復帰が遅れ、クイーンステークスの予定を見送ってローズステークスで復帰。その後遺症か、馬場状態かは定かではないものの、ラモーヌとしては極めて珍しくポットテスコレディとデッドヒートを繰り広げ、クビ差で勝つ。
そしてエリザベス女王杯に挑むと、ここでは河内騎手がやや急いて第3コーナーで攻め、スーパーショットの追い上げも逃げ切ってクビ差で勝ち、史上初の牝馬三冠を達成。また、いずれのレースもその前哨たるトライアル競走で勝って制覇した事から完全三冠とも呼ばれた。
しかし度重なる体調不良や調子の波を鑑みて有馬記念で引退を決意。ここでは抜け出そうとしたところをスダホークとフレッシュボイスの競り合いとなってしまい失速。今まで幾度となく下してきた社台レースホース『ダイナ』系統、その代表格であるダイナガリバー、ギャロップダイナのワンツーフィニッシュの前に9着と沈んだ。
87年2月、東京競馬場で引退式を行った。

その後、繁殖牝馬としてはシンボリルドルフとの子メジロリベーラを産み注目されたが、同馬は僅か1戦で引退。
結局有力な後継者は作れないまま、2005年9月22日に老衰の為死去した。

CMについて*

12年桜花賞に向けて製作された。
三冠最初のひとつである桜花賞、その圧倒的な走りを形容し、美しさを前面に出した台詞が特徴。
映像は赤と黒を基調とし、走る馬影が桜の花びらとなる演出が美しい。
この2012年の桜花賞を勝ったジェンティルドンナは、ラモーヌを追うように史上4頭目の三冠牝馬となる。