ゲッターロボ鬼(オーガ) 1話

Last-modified: 2009-04-23 (木) 23:20:02

ゲッターロボ鬼(オーガ)

第一話《範馬が来る》

「楽しかったぜ原人…だが、ここまでだ。喰うぜ…っ!」
東京ドームの直下に存在する地下闘技場。
数々の名勝負が行われてきたそこで、原人、ピクルは最後の時を迎えようとしていた。
全力のタックルを止めた勇次郎は、そのまま鬼の貌をその背に宿らせる。
特殊な筋肉鍛錬によって生じる、史上最高の打撃筋。
それが生み出すのは、人間の反応速度をはるかに超えた絶対の暴力。
鬼と呼ぶのすら生ぬるいほどの必殺の連撃だ。
恐竜の力にも耐えるピクルの皮膚が、砕け散った。
鬼の打撃に宿った純粋暴力が、歴史の重みを上回ったのだ。
「!!!」
これまで体験したことのない衝撃に、声にならない悲鳴を上げるピクル。
「痛ぇか?」
打撃。
「なァ…原人。てめえは…」
打撃。
「この時代に来て…」
打撃。
「何がしたかったんだ?」
かすかな疑問を載せた打撃。
「でもよ、てめえと戦えて…」
そして、最後の一撃が入る。
顎を正確に打ち抜くアッパー。
「とりあえず楽しかったぜ!!!」
ピクルの巨体がドームの地下に舞い、
「さ…最強じゃ!やはり最強は…オーガじゃっっ!!」
徳川光成が感極まって叫んだ。
闘争のために鍛え抜かれた鋼の鬼。
目に映るものすべてを、弱者として屠り去る生態系の頂点。
・・・その男が、大いなる意思に選ばれたのは、ある種の必然といえた。
勇次郎がピクルを見つめて目を細めた瞬間。
「な、何じゃ!」
ドーム地下の照明が緑に変色する。
「何だァ?ガイアか?」
勇次郎の知人には、環境利用闘法を得意とする軍人がいる。
照明の変更はいかにも彼が使いそうな手だが、
「いや…違うな。こいつは、ガイアなんかじゃねえ……もっと大きな…ッ!」
にやりと笑う勇次郎。
そして頷く。
「あァ…確かにそいつは面白そうだな」
次の瞬間、地上最強の生物、範馬勇次郎は地下闘技場から掻き消えた。

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闇。
それが、夜いっぱいに広がっている。
人間は闇を恐れる。
それは、はるか昔から受け継がれた記憶。
闇に住まい、人の肉を喰らうものたちの記憶。
鬼。
そう呼ばれるものたちは、いつごろから存在したのだろう。
しかし今、自分の目の前にいる者たちは、間違いなくそれだ。
アトラクション用の作り物などでは一切ない。
本物の鬼だ。
「ちくしょう…こんなところで…!」
手に持った小銃は鬼の頭を貫くにはやや弱い。
今の自分にできることは、この資料とロボのパーツを早く父親に届けることだけだ。
鬼に背を向け、駆け出す。
ゲッターロボ開発計画、早乙女達人、と書かれた書類がカバンの中で踊る。
走る。
ここは新宿だ。
もう少し走れば、人通りの多い場所に出ることができる。
そうすれば、上空で待機するミチルに連絡をして救援を求めることが可能だ。
だが。
角を曲がり、鬼の追撃を振り切ったかと思った矢先、攻撃が来た。
一撃でコンクリートをたやすく引き裂く、鬼の爪による打撃だ。
攻撃の出所は背後。
横殴りの一撃を体を沈めることでかわし、同時に空気抵抗を減らす。
背後を見ずに、小銃を一発。
鬼の手が銃弾に貫かれ、反射によってびくりと痙攣する。
その傷が癒えるまでのわずかな間。
そこに、達人は飛び込む。
早乙女研究所の訓練は伊達ではない。
常人としてはオリンピックレベルにまで鍛え上げられた筋力と反射神経は、それを叶えた。
加速に乗り、一気に次の路地へ。
そこまでだった。
「面白そうだな」
目の前にいたのは、新たな鬼だった。
「く……」
反射的に小銃を構える達人。無駄だとわかっているが、やらねばならない。
トリガーが連続して弾かれ、夜気割る鉛弾が鬼に飛ぶ。
「あぶねえなあ。麻酔弾だったら食らってたぜ!」
目の前の鬼が銃弾を回避したのを、達人は見た。
「素早い鬼だな!」
「ん?こっちの世界でも俺のこと知ってるやつがいるのか?」
その明瞭な日本語に、達人は顔をあげる。
「あれ…人間?」
そこにいたのは、確かに人間だった。
確かに鬼すらも凌駕する禍々しい闘気を放ってはいるが、その頭には角がない。
すでに鬼に寄生されている可能性も考えたが、これまでの犠牲者でここまではっきり喋ることができるものはいなかった。
鬼と見まごうほどの闘気を持った男が、楽しそうに笑い答える。
「人間…?確かにな。お前の後ろにいるあいつらと俺は種族が違う。だが俺は、地上最強の生物だ」
達人を追ってきた鬼の前に、鬼よりもさらに鬼のような人間が立つ。
「面白そうだな…戦場でもこんなスリルはなかったぜ!」
鬼が、『地上最強の生物』に気圧されて一歩後ずさる。
そして、達人は人間の背中に鬼が宿るのを見た。

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この世界は自分のいた世界とは微妙に違う、と勇次郎が気づいたのは数日前だ。
東京ドームの地下に闘技場はなかったし、飛騨の山奥に出向いてみたが、数少ない友達である夜叉猿もいなかった。
在日米軍に問い合わせたが、キャプテンストライダムなる人物も存在しないという。
仕方なく山奥を徘徊していたところ、奴らに出会った。
鬼。
自分の通り名と同じ姿を持ち、ピクルに勝るとも劣らない戦闘力を持つものたち。
彼らが何者であるかなどどうでもよかった。
強きものを、本能の赴くままに、純粋に喰らう。
それが、地上最強の生物、範馬勇次郎、オーガの行動原理だった。
新宿の夜で人に宿りし鬼と、人ならざる鬼が向かい合う。
道路ひとつ分隔てた喧騒が、ここには届かない。
ぐにゃりと、背景がゆがんだ。
「邪ッッ!!」
それだけだった。
一瞬という間すらおかずに放たれた勇次郎の蹴りが、道路ごと鬼を両断した。
「す、すごいな、あんた…」
「地上最強の生物、オーガと呼べッ!青二才ッッ!!」
目の前の男が鬼に追われていた理由はわからないが、この男を餌にすれば鬼をおびき寄せることができるかもしれない。
勇次郎はエフエフと笑いながら、男、早乙女達人を見ていた。
早乙女研究所と範馬勇次郎が出会った、記念すべきファーストコンタクトだった。

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天井があった。
研究施設などに用いられる、強化合金製の天井だ。
夜の冷たさを感じさせる天井の下で、勇次郎はその老人の話を聞いていた。
早乙女と名乗った老人は、鬼と戦うための兵器の研究を行っているという。
自分もオーガと呼ばれた男だが、この世界にいるのは本物の鬼だ。
戦闘能力では勇次郎に一日の長があるとはいえ、鬼の生態を知っておくことは必要だろう。
「オーガ…不吉な名じゃ」
「エフッ!」
早乙女のもとに、達人からの資料が届く。
「範馬勇次郎…筋力、持久力、瞬発力…いずれも常人のそれをはるかに上回っています」
「ふん…当然だッッ!」
「ええ身体じゃ…」
うっとりと勇次郎を見つめる早乙女。
「君には、いずれわしが開発した新兵器のテストをしてもらうかもしれん。もちろん、戦闘する相手として捕獲した鬼を提供するし、食事と寝所も用意しよう」
断る理由はなかった。
食事などは野生動物を狩ればよかったし、その気になれば強盗などを行っても絶対に捕まらないだろう。
そもそも、勇次郎を捕まえることのできるものなど、腕っこきのハンター以外に存在しない。
だが、捕獲され、改造された鬼との戦闘は望むところだ。
確かに、今すぐに壁をぶち破って鬼の檻に向かっても良かったのだが、今日の勇次郎は戦闘後で機嫌が良かった。
「吉報を待つッッ!」
そう言ってにやりと笑う勇次郎。
だが、次の瞬間。
研究所内に警報が響いた。
達人がマシンガンを構えてスクランブルする。
早乙女と名乗った科学者も鉈を手に取った。
『鬼の襲撃です!第三ブロックまで突破されました!』
「面白そうじゃねえか…!古代より復活せし鬼との死闘(たたかい)!請け負おう!」
その後の行動は一瞬だった。
範馬一族が用いるワープ能力は、ありえない位置から一瞬での室外移動を可能にする。
「~~ッ!」
早乙女が気づいたときには、勇次郎は部屋の外にいた。
そのまま、チタン製の壁に顔を押し付ける。
「鬼どもはこっちかい?」
常人をはるかに凌駕する濃さをもつ勇次郎の顔面が、金属をその硬度と圧力でも凌駕する。
顔面を用いて壁をぶち抜く勇次郎。
あまりの出来事に、達人と博士は息を飲む。
「よお…」
勇次郎がぶち抜いた先の部屋から、むき出しの殺意が発せられている。
鬼の殺意だ。
紛らわしいが、勇次郎のものではない。
黒平安京から現れた闇の眷属のものである。
「そうだ。それでいい。純粋な闘争欲…そして…飽くなき人間への憎しみ…喰う価値があるぜ」
範馬勇次郎の闘気が、一気に膨れ上がった。ぐにゃりと背景が変容する。
琉球王国に伝わる秘伝の歩法で、勇次郎が鬼に近寄る。
侵入した鬼は三体。
「貴様らは知らんだろうッ!これが武だッ!」
加速。
そのまま、獣の力をもった連撃で左右の鬼を破壊。弱点だと教えた頭部を容易く貫くパンチだ。
あまりの速度に停止した正面の鬼に対し、構えをといて向き直る。
「だが!こんなものは純粋な闘争には邪道ッッ!力みこそが闘争ッ!」
じゃあ何でお前は技を使ったんだ、と言いたい衝動を抑える達人。
そして、鬼は鬼によって屠りさられる。
技術そのものを放棄したような、力任せの一撃だ。
鬼の頭部をガードごと割り砕く、力の化身としての拳。
「おお…」
徳川光成のような表情で観戦していた早乙女から、感嘆の声が漏れる。
一呼吸おいて達人が尋ねる。
「終わったのか?」
「まだだ――まだ―残っているッ!」
ぐにゃり、と背景がゆがんだ。
鬼の残した思念が、さらに巨大な力を呼び寄せている。
轟、と研究所が揺れた。
鬼が力を呼んでいる。
「まさか、鬼獣か!?あいつら、なぜ急に…!」
動揺する達人をよそに、
「来い!いるんだろう?究極の邪悪、野生の破壊衝動!」
にやり、と満面の笑みで、勇次郎は天井を見上げた。
そこが、一瞬の間をもって崩落する。
「来たか!」
圧倒的な衝撃によって頭上に開いた風洞。
吹き抜けの空に、障、と風が鳴く。
背中に鬼を宿したまま、勇次郎は空を睨みつける。
跳躍。
地上最強の生物の行う跳躍は、一瞬にして天井を突き抜け空へ。
だが、跳躍した勇次郎を、その身長の数倍はある腕が薙ぎ払った。
「く…ッ」
とっさに防御の体勢をとる勇次郎だが、彼我の力の差はさすがに歴然としていた。
鬼獣に弾き飛ばされ、研究所の割れたゆで卵のような部分に引っかかる勇次郎。
「力みが…足りねえか」
歯軋りしながら鬼獣をにらみつける勇次郎。
だが、早乙女博士は狂喜していた。
先ほど目の当たりにした勇次郎の戦闘能力、そして体力。
「勇次郎…か。こやつなら乗れる!あまりの出力から自衛隊員を何百人となく屠り、研究所の地下に廃棄されたあの試作型ゲッターに!」
「本気ですか父さん!」
「降りて来いオーガよ!貴様に最強の矛を与えてやる!」
叫びつつ何かを投擲する博士。
そして、常人に使う数倍の量の麻酔が塗りこまれた下駄が、勇次郎の頭をヒットした。
地上最強の生物が、唯一の弱点により床まで落下した。

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勇次郎が目を覚ましたのは、地下の格納庫の中だった。
自分の体の下にあるのは何かの操縦シートだ。
「何だ…これは…ストライダムッッ!……ってストライダムはいないんだった。おいじじい!」
「それは、ゲッターじゃ!」
「ゲッター?」
一応従軍経験もあり、それなりに武器兵器に詳しい勇次郎だったが、そんな名前は聞いたこともない。
「オーガよ、操縦桿を握れぃ!操縦は無理じゃろう!あとはわしがやる!」
「舐めるな青二才ッ!」
挑発に乗るかたちで、勇次郎が操縦桿を握り締める。
なんだか分からないが、地上最強の生物に無理なことなどない。多分。
発進、轟音。
そして、頭上に夜空が開いた。
「行くぜ!ゲッター!」
適当にスイッチを押し、勇次郎は風防越しに空を見る。
「じじい!こいつは飛行機じゃあねえようだなッ!」
「ああ、これは鬼どもと戦うための兵器、ゲッターロボだ!」
信じがたいことだが、窓から見える映像はこの機体が手足を持つ巨大なロボットであることを雄弁に物語る。
「戦車を踏み潰すゾウ、ジュラ紀から来た原人…そして鬼に巨大ロボットかッ!幻想(ファンタジー)もここまで行くと現実(リアル)ッッ」
トンでも設定には慣れっこだ、と言いたげな勇次郎。
その背後から、殺気が飛ぶ。
翼を持ち、空を飛翔する鬼獣だ。
巨大ロボット、ゲッターと同程度のサイズをもつ脅威。
だが、勇次郎に恐れはない。
生まれてから一度も彼は恐怖を感じたことがない。
そしてその自信は、このゲッターのなかでさらなる確信へと変わっていた。
「ゲッターハンマーを使えい!」
「武器を使うってのは本部の領分なんだが…こいつの動かし方は大体分かるぜ」
右手の操縦桿を押し込み、叫ぶ。
「ゲッターハンマーッ!」
直後、機体に衝撃が来た。
コクピットを上下に揺さぶるような強い衝撃だ。
衝撃はしかし、ひとつの動作を伴っていた。
勇次郎の叫びに呼応して、ゲッターの肩から一本の巨大な金槌が飛び出す。
純粋な暴力としての打撃の象徴。
どこまでも愚鈍で、しかしだからこそ最強であり、戦場においては敵を防具ごと叩き潰すとされた超重武器。
それがハンマー。ゲッターハンマーだ。
それを両手に握るゲッター。
背後に迫る鬼獣の顔面めがけ、横殴りに殴りぬける。
鬼獣を屠る鬼神(オーガ)の鉄槌だ。
鬼獣の頑丈な金属装甲が、ただの一撃で割れ爆ぜる。
ハンマーを担いで、ゲッターは地面に着地した。
爆発する鬼獣をバックに、二本角の赤い鬼神が大地に直立する。
浅間山の後ろから、朝日が昇り始めた。
「不思議な機械だな…だが、こいつは俺の肉体と同じように動くッ…面白い。今日からこのロボットを、ゲッターオーガと呼ぶッ!」
ゲッターと、進化する鬼との出会いだった。