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Last-modified: 2023-07-12 (水) 17:04:41
 

・・・

 

「ゲッター2はその左腕、ドリルアームによって地中を掘削しながら移動することができるの。私も驚いたけれど、その速度は時速にして一八〇キロに昇る。
 第五シトなんか比較にもならない、驚異的な速さで土の中を動けるわ」
「ひゃ、ひゃくはちじゅっきろ……うそでしょ……」
 地面を掘り進む、ということがどれほどに時間と労力のかかることなのかは、誰あろう今必死にネルフ本部へ掘削中のラミエルを見れば解る話だ。
 だが、ゲッター2はまるで車が走るかのような勢いで地中を往くことができるという。
 次々と明らかになるゲッターの非常識さに、ミサトは空いた口が塞がらなかった。
 他の職員もぽかん、としている。
 もし、ラミエルがこのことを知って、かつ彼(かどうかは解らないが)に知性があったとすれば泣いて悔しがるだろう。
「事実よ。こんな時に嘘をいう意味はないわ」
「襲ってきたのがゲッター2じゃなくて良かった……」
 心から、といった感じでミサトが漏らしていると、全て言葉を取られてしまった竜馬が頭を掻きながら、
「短ぇ間にずいぶんと調べあげたじゃねえか、リツコ」
 と彼にしては感心した様子でいう。
「ええ」
 言葉は無感情だったが、まんざらでもない様子でリツコはそう応えるのだった。
 竜馬は、取り直して口をひらく。
「まあ、そういうワケだ。ゲッター2で近づいて地上に出たらすぐゲッター1にチェンジして奴を叩くってのが俺の案だが、どうだミサト」
 作戦部長のお前の意見はどうなんだ、と聞く。竜馬は猪突猛進を好む性格ではあるが、それのみではない。強い者はそれなりの理由があって強いのである。
 竜馬が作戦を軽視するような事は、決してしない。ならばあくまで兵士である自身よりも作戦立案の専門家に意見を乞う方が勝率は上がるというものであろう。
 その専門家が、竜馬の問に答えた。
「地中からドリルブレードを砕くわけにはいかないの?」
「野郎のバリアを見たろ。速度の乗らねえ地中からじゃ無理だ」
「そう……なら、やっぱりリョウ君の案でいくしかなさそうね。ただね」
 問題もある、とミサトは付け加えた。
 つかつかと歩きながら、ミサトがコンソールの真ん中に陣取った。
 マヤに指示してラミエル周囲の映像を映し出させると、モニタの中のポインタを動かした。画面は高度を下げながら、地面近くへ移動していく。
 さらにポインタを地中から飛び出すように操作した後、そこでポインタをぱち、と止めていった。
「ひとつは地中から出た時。いくら近づけても、出た途端に撃たれるんじゃ元も子もない」
「そういや、そうだ」
 竜馬が相づちをうつ。
「もうひとつは、流君もいった通りにA.Tフィールドね。相転移空間が肉眼で確認できるほど強力なものが展開されているわ。
 これはゲッターの武器でも、そう簡単には貫けない。ここが頭の痛いところなのよね……」
 と、頭を抱えるフリをしてみせるミサト。
 これに竜馬が何か言おうとしたようだったが、その横からリツコが割って入った。
「それはフルパワーのゲッタービームで対応しましょう。炉心をフル稼働させて撃ち込めば理論上は、一撃でフィールドごと貫通して撃破できる」
 また一同の知らない単語が飛び出た。その代表格のミサトがぬけた声を出して問う。

 

「げ、げったーびーむ?」
「ゲッター線を増幅して一点集中照射する武器よ。ゲッター1のもので、陽電子砲並の威力があるわ。射程はだいぶ劣るけれどね」
「んなもんまで付いてんの、あのトンデモメカは……」
 しばしゲッターの脅威に作戦司令室の人間たちは沈黙していたが、それはやがてラミエルが手に負えない相手でない実感に変わってくる。
 それぞれがゲッターを主軸にした戦略を頭に描いたが、むろん最初に口を割ったのは作戦部長のミサトだ。
 さきほどからリツコに立場を乗っとられている。作戦部長らしい発言をしなければ面子に関わるというものであろう。
「チェンジ中のゲッターを守るには、囮があればよさそうね。シトが敵の脅威度を識別する知力もあると仮定して、ゲッターと同等に脅威となる存在がいい。それにエヴァを使えば……」
「しかし、加粒子砲で撃たれれば終わりだろう。まさか捨て駒にする気かね」
 と、ここで冬月が口をはさんだ。
 もっともな意見である。だが、ミサトは頭を振ると意外な発言をした。
「いえ。原始的ですが、盾を持たせるのが良いかと。加粒子砲に対して、もっとも抵抗となる素材を使ってエヴァの全体を覆えるシールドを急造させます。
 作戦としてはゲッター2がまずシトに接近、浮上する直前に零号機を突貫させます。
 エヴァはそのままシトへ直進、その隙にゲッターは浮上してチェンジ、ゲッタービームを照射する」
「なるほど……可能性はありそうだな」
「だが、またしてもゲッターロボ頼りか。ネルフとしてはあまり愉快な話ではない」
 ゲンドウも口を挟んだ。
 ミサトが「もっとも確実な方法だ」と反論しようとしたが、これには竜馬が応じた。
「なんか文句あんのかよ、オッサン」
 ドスの効いた、深い声でいった。
 それにゲンドウはしばらく黙ったあと、わずかにあごをひく。
「我々には立場がある……まあ、いい。どのみちシトを倒さねば誰にも未来はないのだ。 存分にやりたまえ」
「言われるまでもねえ。シンジのガキを可愛がってくれた礼だ、サイコロ野郎に味わわせてやるぜ……ゲッターの恐ろしさをなぁ!」
 闘志をみなぎらせた竜馬が、やたらと嬉しそうに両の掌を合わせてボキボキと指を鳴らした。辺りにどす黒いオーラまで漂っている。 その、まるで阿修羅神が現世に現れたかのごとき迫力に、マヤが涙目になっていた。
「どっちが悪役だったっけ……」
 呆れたミサトが、しきりにペンで額を掻いた。
 だが竜馬とゲッターの存在が、初号機を瞬時に撃破されて一時的に絶望に陥った作戦司令室に活気を戻したのも事実だ。
 この時点でシトのネルフ本部到達予想時刻まで、あと六時間である。
 それでもマコトとシゲルが「まったく、流さんにあったら敵わないな」などと談笑するほどに、危機が迫っているとは思えないような空気が流れていた。
「ところで流君」
 そんな中、リツコがつかつかと竜馬へ歩み寄ると、何事かを耳打ちをした。
 聞き届けた竜馬が、珍しく驚いたような表情になるとその顔をリツコへ向けていう。
「……本気か」
「ええもちろん。万全に備えた方がいいでしょう」
 なにか、密約をしているようであった。
 作戦中に作戦部長へ聞こえない交渉ごとをするなどというのは前代未聞である。当然のごとくミサトが眉をひそませると、注意を促した。
「ちょっと、ひそひそ話はやめて。今、作戦中よ」
 ミサトは冷静なはずのリツコが、この期に及んで私情で動くとは思えなかったが、先の彼女の行動が行動だったので、心配だった。
 しかしリツコは微笑を浮かべると、
「問題ないわ」
 と返すだけだ。言い訳になっていない。
「問題だってえのよ!!」
 ミサトはこの日、何度目かの激怒を見せるとリツコに詰め寄っていくが、彼女は他の人間の視線から逃れるように背を向けて、出口へすたすたと歩いていってしまう。
 シャッターの前に立つとに一旦立ち止まり、背中から、
「プライベートなデートの約束よ。じゃあ私は初号機の作業監督に戻っているから」
 とだけ言って退出する。

 

「あ、ちょっと待ちなさいっ。赤木博士っ!」
 制止するが、リツコはあっという間に消えてしまった。
 竜馬も竜馬で「俺は時間までブラついてる」といって作戦司令室を出ていってしまう。
 まったく制御のきかない人間たちにミサトは髪の毛を掻きむしって悶えたが、ラミエルのことを思い直して冷静さを取り戻すと思考に戻った。
 今、彼女までが身勝手な行動をとるわけには行かない。
 シトの状態を逐一監視しながら、作戦の準備をしなければならないのだ。
 先の失敗は繰り返せない……ミサトは、爪を噛んだ。
(プライベートね……公私混同上等のあなたがいっても、嫌な予感しかしないわよ)
 そのミサトの背を見ながら冬月がつぶやく。
「これでは規則も何も、あったものではない」
 呆れを通りこしてしまったような声だ。
 これにゲンドウが机のうえで、掌を組んだまま呻くように応える。
「この元凶も流竜馬だ。
 調べでは本籍不明、経歴不明、係累不明、身長約一九〇センチ以外の病歴その他を含む身体的特徴不明……まさに謎の男だ」
「いいのかね、放っておいて」
「仕方があるまい。奴とゲッターロボを敵に回し時間を失うのは、得策ではない。対策は考えておく」
 作戦司令室は、再び緊張と喧騒の渦巻く時間へと流動していった。

 

・・・

 

「母さん……」
 ネルフ本部内、医務室。
 ごつごつとして厳めしい医療ベッドの上でシンジは目を閉じたまま、そうつぶやいた。
 寝言である。
 が、そのまぶたから一筋の粒が零れていくのを見遁さなかったのは、ちょうど彼の様子を見に医務室へ入って来た竜馬だった。
 竜馬が近づくと空気が動いたせいだろうか、シンジはゆっくりと眼を覚ました。
 おぼろげな視界に凶悪の顔が映るが、慣れたもので、もはや飛び起きることはない。
「あ、竜馬さん……」
「寝ながら泣いてんじゃねえ、何の夢みてたんだ」
「昔の、夢です」
「男は暗ぇ過去のひとつも背負ってやっと半人前よ。夢の中でも我慢しとけ」
「そんなぁ……」
 無理だよ、といおうとしたが、竜馬がベッドのテーブルへ無造作に置いたトレーによってその言葉は封印される。
 トレーの中身は、いわゆる病食だった。 メニューはパンとミルクに油を抑えて調理した目玉焼き、それにサラダである。
 それを見ながら竜馬がぶっきらぼうにいった。
「メシだ。おめえんトコに行くっつったら渡された。食っとけ」
 しかしシンジは首を軽く振ると、
「なにも食べたく無いんです」
 と、食事を拒否する。そういう気分ではないのだろう。これを受けたのがレイやミサトであれば、その意思はとりあえず汲んだに違いない。
 が、竜馬は容赦をしない。
 食うということは生きることの根源であるのに食えないとは何事か、というのが彼の考えであったのだが、そこには病人に対する配慮というものが一切合切欠けていた。
 その非常識さたるや隣人にでもしようものなら、迷惑きわまりないであろう。だが、そういう男だからこその魅力もある。まあ、ともかく。
「うるせぇ! 黙って食え」
 竜馬はパンをひっつかんで、無理矢理シンジの口へ持って行く。
 シンジはもがもがとやって抵抗したが、結局食わせられてしまった。起床直後で水分の少ない口に入り込んだパンが、さらに水分を吸ってカラカラにさせてしまう。
 シンジはむせながら抗議した。
「や、やめてくださいよっ。僕はなにも食べたくないって……」
 と、シンジはそこまで言いかけた時に、ふと、目玉焼きが半分に欠けていることに気づく。
 切られているのではなく、食いちぎられているのだ。これに言葉が途切れると間髪いれずに竜馬がいった。
「こんな味の薄いメシぐらい食っとけ。体もたねえぞ」
 シンジは味まで言及した竜馬と、かじられた目玉焼きを交互に見て、
「あの、もしかして食べたんですか……?」
 シンジが豆鉄砲を食らったハトのような顔になっていう。よくみれば、サラダも少し減っていた。間違いなくつまみ食いの竜馬は犯人であろう。
 普通、他人の病食をつまみ食いする人間はいない。少なくとも現代日本人ならばだ。
 だが、その犯人は平然と頷いた。
「腹がへってな」
 そこにあったから食った、といわんばかりだった。
 だが、そのいい方と、態度があまりにも堂々としていたのがシンジには妙に可笑しく、腹の底から笑いがこみ上げてきて、ついには、うっと体を丸めて震えだした。
 それを認めた竜馬は、
「へっ。笑える体力がありゃ十分だ」
 といって、壁にかけてあったプラグスーツを手にとってベッドへ放った。
 シンジは笑いが収まってからそれを手に取る。すると、それが普通のプラグスーツでないことに気づく。
 正体はリツコがさきほど、シンジに着せようとしていた特殊プラグスーツだった。
「そうか。今回の竜馬さんはリツコさんの使者ってわけですか……結局ゲッターにも乗せられるんですね……嫌といっても」
 シンジは先ほどの笑いとは正反対の、沈痛な面持ちになった。
 根性がない、と批判するのは簡単だったが、わずか一四歳の少年の許容力を考えれば無理もない話であろう。
「恐いか」
「恐くない方がおかしいです。竜馬さんはどうして平気なんですか、死ぬかもしれないのに……」
 その問いに竜馬は、
「何いってやがる。俺が死ぬわけねえだろう」
 と、根拠もないのに自身満々に答えた。
 だが他の人間ならいざしらず、竜馬がいうとそれがやたらと信憑性をおびた話にきこえてくる。
 シンジは一瞬呆気にとられた顔をしたあとに、また笑い出した。
「はは、あははは……そうですね、竜馬さんは殺されても死なないかも。じゃあ、もうひとつ聞かせてください。その竜馬さんは、どうしてゲッターに乗るんですか」
 ふっ、と笑いが止まって出た質問だった。
 それに竜馬はまじめな顔になって答える。
「絆だからだ」
「え」
「俺は、いや全ての生命体はゲッターと共に在る。ゲッターに乗るのはその絆だ」
 シンジには、竜馬がなにをいっているか理解できない。シンジでなくても理解できなかっただろう。
 あまりにも漠然としすぎていて、言葉の真意がつかめない。
「今は理解できなくていい。だがシンジ、恐れるな……自分を信じろ。その先に、生きることの答えは待っている」
 いつになく雄弁に語る竜馬に、シンジは呑まれる。
 姿はいつもの凶悪極まりない無頼漢だが、このときの竜馬はなにか、とてつもなく大きく果てしないものに見えたのだ。
「自分を信じる……生きることの答え……」
 シンジは竜馬の言葉を反すうした。
「でも、僕は自分を信じることなんて」
「人間は目で世界を見ているのではない、心で見ている。だから自分を信じなければ、なにも見ることはできん」
「……」
 シンジは黙った。
 彼なりに、言葉の意味を料理しようとしているのだろう。それを見て竜馬は背を向けた。
「俺はもう行くぜ。早くしねえと、リツコの奴にゲッターを乗っ取られちまうからな」
 そういって医務室の出入り口まで歩いていくと、コンソールを操作して部屋から出かかる。
 その時シンジが、がばっとベッドから飛び起きると転がって顔を上げた。
「……乗ります、僕もゲッターに」
 強い口調だった。
 竜馬は背中を向けていて、その表情をうかがい知ることはできなかったが、
「なら、グズグズしてねえでとっとと準備しやがれ!」
 笑みを含めた言葉を残して竜馬が退出していった。
 後に残されたシンジは急いでプラグスーツに着替え、駆けるように病室を飛び出す。
 しかし、
「うわッ」
 目の前に人の顔があった。
 それは、手帳を片手にもったレイだった。ちょうど病室に入ろうとしていたところを、シンジは押し倒しながら転んでしまう。
「いててて……」
 レイに頭突きをするような形で当たってしまったようだ。打ち所が悪い。
 シンジは本能的に額を右手で押さえ、左手で身体を支え、床から立ち上がろうとする。
 しかし、その掌に伝わる固いはずの感触が、妙な弾力をもって返ってくる。
 おかしい。
「はぇ?」
 シンジは変な声を出して左手を見てみると、あろうことにその手はレイの乳房を押しつぶそうとしていた。
 レイは無表情に、
「痛くて重い」
 と彼女なりに、はやくどけとの意思を表現した。
「ご、ごめんよ綾波っ」
 シンジは磁石に引かれるかのように、脚力だけで立ち上がった。慌てたおかげで火事場の馬鹿力が出たのであろう。
 なお、科学的に解明されている現象である。筋力リミッターの解除と思えばいい。
 シンジは顔を真っ赤にしつつも、レイの手をとって引き起こし、すぐさまに頭を垂れると、
「本当にごめん。でも急いでるんだ、後でいくらでも謝るから……っ」
 と短くいって、だっと駆け出した。
 その目の奥が光っている。感情が燃えているのだ。
 レイは後ろを振り向くと、離れたシンジに聞こえるように彼女にしては大きな声で、はっきりといった。
「碇君には待機命令が出てる」
 だが、シンジは足を止めず振り向くこともなく、
「関係ない! 初号機の借りを返させてもらうんだ!!」
 そう叫んで通路の影となって消えていってしまった。
 旋風のようにシンジがいなくなると、独り残されたレイの周囲はシンと静かになる。
 その場に佇むレイは胸に手をやって、ふと、つぶやくのだった。
「碇君、言い訳しなかった……」

 

・・・

 

 場面は変わり第三新東京市、第壱中学校に移る。
 その屋上で、
「おいケンスケぇ、ほんまにええんか? もうとっくに避難せなアカン時間やで」
「大丈夫。パパのデータこっそり見たんだ、間違いないよ」
 と、なにやら悪巧みをする二人組はトウジとケンスケである。
 あまり気乗りしない様子のトウジに対して、ケンスケは高価なハードディスク搭載型デジタルハイビジョンカメラを片手に、待ちきれないといった様子でいた。
 そのケンスケをトウジは横目にちらりと見て、ふうとため息をもらしていると、どこからか低く地鳴りが聞こえてくる。
 すれば、彼らの真正面の遠くに見える、切り崩された山の崖が竹が割れたかの如く二つとなると、そこから三機の戦闘機が矢のようになって飛び出してきた。
 ケンスケが叫ぶ。
「ゲットマシンだ!!」
 ゲットマシンはイーグル号を先頭に、散開陣形を取って飛行するが、しばらくしてジャガー号が機首をぐわりと垂直にあげると、そのまま滝登りのように上昇していく。
 それにベアー号、イーグル号の順に各ゲットマシンが追随すると、次の瞬間にはジャガー号が噴射を止めてベアー号と衝突、続いてベアー号が噴射停止、イーグル号が衝突。
 そうすれば、

 

「チェンジ!! ゲッターーーッ! つうっ!!」

 

 あかね色の大空にソプラノボイスが響いて、瞬く間にゲットマシンは形を変えてゲッター2への変形を完了する。
 ゲッター2は足の裏からバーニアを噴射しながら、地響きと共に山へと降り立った。
 だが、そのゲッターから響いた声にトウジがあっとなる。
「なんや! シンジのやつ、やっぱゲッター操縦してるやんか!! 騙しよったな!」
 彼の脳裏に、ゲッターの操縦なんてしていないと主張したシンジの姿が想いおこされていく。
 とはいえもはやシンジに恨みの感情などは抱いていないのだが、なんとなく素直になれない想いが、あらゆる悪口を探すための想像を働かせてしまうようだった。
 そんなトウジを尻目に、カメラにかぶりつくケンスケが興奮しながらいう。
「乗るよぉ、巨大ロボが目の前にあって乗らない男なんかいないッ!」
「そんなんおまえだけや」
 トウジは鋭く突っ込むと、頭をぼりぼりとやりながら悪態をつくのだった。
「かぁ~……あんガキャ、今度アイスのひとつもオゴらせなあかんでしかし」
「うおおお!! エヴァンゲリオン零号機も出てきたぁッ。こいつは大決戦だぞ!! ああ~これで初号機もいたらなぁ!」
「うっさいわ!」
 零号機と合流したゲッター2が、作戦開始地点である旧箱根の大観山に到達すると、ゆるやかに足をとめて停止した。
 すでに陽は落ちて暗闇となっていたが、月の明かりに照らされてゲッター2の白い体躯が映える。
 ふとみれば、遠くに豆粒ほどのラミエルの姿がある。
 零号機が自機を完全に覆えるほどの巨大な盾を地面へ突き刺して待機に入ると、そこへ両機へ通信が入る。
 ネルフ本部からだ。
 レイと、現在メインパイロットのシンジがその通信を受け取ると、すぐさま作戦部長の顔がモニタに映る。
 が、
「なにやってんのシンジ君! あんたにゃ待機命令が出てるはずでしょうがぁッ!!」
 命令を無視して勝手にゲッターに乗り込んだシンジに、ミサトはそのこめかみに血管すらも浮かべてわめいていた。
 むろん、これだけが原因で血管が浮かび上がったのではない。
「で……なんでリツコまでベアー号に乗ってんのよッ。技術部長が戦場に出てどうするつもりなの、非戦闘要員は早く降りなさい。今すぐに!」
 と、目を三角にして怒鳴るモニタの先には、例の紫と青のツートンカラーのプラグスーツに身を包んだリツコの姿があった。
 リツコはそんなミサトに対して余裕の表情をうかべると、つぎにいった。
「ゲッターは一人よりも三人の時の方が出力が上がる。作戦の成功率は少しでも高い方がいいわ。どのみち失敗すれば皆、消え去るだけでしょう」
「く……くうっ」
 だめだ、と諦めかけたミサトがコンソールに手をおいたままがっくりとうなだれる。
 ここまで命令違反ばかりの作戦遂行は今までに経験したこともなかった。
 しかも、その状態で討たねばならないのは、以前のシトとは比べものにならないほど強力なラミエルだ。
 ミサトの顔がどんどん暗くなっていく。
 そんな彼女に、背後からゲンドウの言葉がとどいた。
「葛城一尉……もはやこの際、やらせるしかあるまい。君の使命は人命救助でなく、シトを確実に撃滅することだ、思考を切り替えたまえ」
 冷たく言い放つ。
 それにミサトは奮い起こされるように背をただすと、
「……解りましたッ」
 と鋭くいって目を据えた。再びモニタを注視する。
「いい? 良く聞いて……まずゲッターが大観山より潜行開始後、目標よりビーム有効射程五〇〇メートルの位置へ接近したら一時待機。
 同時に零号機は陽動開始。加粒子砲が来たらシールドで防御。
 この隙にゲッターは地上に出てチェンジして、ゲッタービームを叩き込むのよ」
「イーグル号、了解だ」
「ジャガー号了解です」
「ベアー号了解」
「零号機了解」  
「ただし、シールドが加粒子砲の照射に耐えられるのは約一七秒。それを超えればアウトよ……チャンスは一度しかないと思って」
「一七秒もありゃ十分だ」
「そう願ってるわ。それでは……作戦開始!」
 ミサトのかけ声と共に、ゲッター2の鋭い目がぎらりと光る。
 と同時に左腕を月に掲げると、鈍く輝いたドリルが勢いよく回転しだした。
 ゲッター2は足裏のバーニアを吹かすと空高く舞い上がって、それから一気に急降下していく。
「ゲッター2、潜行開始」
 シンジの報告と共に、大観山の土を盛大に撒き散らしながら地中へと突入していった。
「うわっ、なにも見えないっ……」
 すればジャガー号の視界は土と岩石ばかりの暗闇へと閉ざされ、肉眼での操縦は効かなくなる。不気味に唸るドリルの轟音だけが響き渡った。
 すかさず竜馬の激がとぶ。
「バカ野郎! 土の中が見えるわけねえだろッ」
「レーダーで状態を把握するのよ、障害物を破壊しないようにね。速度に気をつけて」
「は、はいっ」
 シンジは激と助言に落ち着きを取り戻すと、表示されるレーダーに集中する。
 そこにはシンプルに自機を中心に味方・目標・障害物がそれぞれ青、赤、黄と色分けされた点で表示されていた。
 あくまで位置が解るだけであって、地上の状況は外から知らされるしかない。
 だが、さすがに最大速度一八〇キロということもあり、ゲッター2は素晴らしい勢いでラミエルへと接近していく。
 ジャガー号のコクピットは蠢く土を次々と映し出している。
「ゲッター2、距離五〇〇まで接近。この場で待機します」
 やがて、シンジの報告が入った。
「よし、零号機陽動開始」
「了解。零号機陽動開始」
 応答と共に、零号機がシールドを構えて踏み出すと、そのまま一気にラミエルに向かって突撃を開始する。
 ゲッターほどではないが、エヴァも相当の速度をもって走行可能だ。あっという間に豆粒のようだったラミエルがレイの視界へ迫ってくる。
 当然、その接近に感づいたラミエルが加粒子砲を発射してきた。
 零号機に向かって、ぶわりと突風のように加粒子ビームが襲いかかる。巻き込む全ての物質を蒸発せしめる脅威の突風だ。
 零号機を守るシールドが、アイスクリームのように溶けていく。
 シールド耐久、残り一七秒。
「今よ、ゲッター2!」
「了解……ドリルストーム!!」
 ゲッター2が、超高速回転するドリルからエネルギーを地上へ向かって放てば、土石流が地表へ吹きだしゲッター2は浮上していく。
 残り一二秒。
 だが、ここで予想だにしない事態が発生した。
「も、目標周縁部にさらにエネルギー反応!!」
「なんですってェ!?」
 ミサトの悲鳴のつぎには、零号機に加粒子ビームを向けるラミエルから、もう一軸の加粒子ビームが発射されていく。
 加粒子ビームが土石流を瞬間に蒸発させて、まさに地上に現出せんとしていたゲッター2に襲いかかっていく。
「うあぁぁあッ」
 ゲッターのコクピット全体が地震のような震動と熱波にみまわれて、シンジが悲鳴をあげ、リツコが呻いた。
「ど、同時射撃なんて、そんな、ああっ」
「くそったれッ」
「流君、オープンゲットを……っ」
「やめろリツコ、合体と解除の瞬間が弱ぇのは知ってるだろが! シンジぃっ、レバーから手ぇ離すんじゃねえぞ……! こうなりゃ、相打ち覚悟で突っ込む!!」
「うぅ、くそぉぉぉおお」
 加粒子ビームに飲み込まれながら、ゲッター2はラミエルに向かって突撃していく。
 ドリルの先が融解していくが、それでも勢いは止まらない。
 だが、突破できる可能性は低いだろう。
 残り三秒。
 この瞬間、すでにラミエルに近接していた零号機が背部のアンビリカルケーブルを切断すると、自ら弾丸のようになって跳ぶ。
 切断されたケーブルと、零号機がその全質量をもってラミエルに体当たりしたのは、ほぼ同時であった。
 ここでシールドが紙細工のように破られ、密接状態で加粒子ビームを受けた零号機は跳ねとばされながら、瞬く間にその全体を溶かされていく。
「綾波ィィッ」
 レイが激痛に悲鳴をあげるが、しかし零号機の体当たりを受けたラミエルも姿勢を崩されてゲッターから射軸がそれた。
「シトめぇぇ……! 竜馬さんッ!!」
「流君!」
「おぉぉ! チェンジゲッターッ、ワンッ!」
 その瞬時に竜馬はチェンジを敢行する。
 ゲッター1の体が大の字となった。

 

「ゲッターッ、ビィィーーームッ!!」

 

 その叫びと共にゲッター1の腹部から、赤色の光が吹き出るように広がり、ラミエルに向かっていく。
 そのゲッタービームはA.Tフィールドを通過するように突破し、ラミエルを包み込んでからもなお直進して、線上の街を巻き込み爆散させた後、さらに背後の山間部を吹っ飛ばして消滅させてまだ伸びていく。
 凄まじい爆煙がもうもうと立ちこめて何も見えなくなり、ゲッタービームの照射が終わって晴れて消え去るその頃には、ラミエルは跡形もなく消え去っていた。
 第五シト撃滅。
 その様子を見守るしかなかった作戦司令室のミサトが、脱力してその場に正座した。
「や、やった……だけど」
 第三新東京市も、半分近くが削り取られる被害が出た。
 さらに地図上では神奈川から山梨、長野、富山、石川の各県を一直線に通過してロシアまでも突破し、ビーム範囲内の物質を完全消滅せしめたのが確認できた。
 被害のおよぶ照射範囲があくまで数十メートルの円筒であったことだけが救いである。
 直進せずに地走りするものがビームといっていいのかどうかも解らないが、もし掃射し
ていたら、地球規模の破壊が行われたはずだ。
 その破滅的なまでの威力の前に、ミサトをはじめ作戦司令室の人間たちは足がすくんで動けなかった。
「リツコ……ゲッタービームの射程は約五〇〇って私にいったじゃない。威力は陽電子砲並って、いったじゃない」
 信じられない、というより、存在が理解できないという風だった。
「あ、ああ……」
 シンジもレバーを持つ手が、ガクガクと震えている。自分たちがしてしまったことに恐怖しているのだろう。
 だが他二人のパイロットの様子は異なった。
 竜馬はシートにもたれたまま、腕を組んでぼそりと、
「新宿ん時よりひでぇ……ゲッターの野郎」
 そういったまま、後はむすりと黙った。
 そしてリツコ。体勢はレバーを握ったままとシンジと同様であったが、
「凄い……凄いわ、理論値を完全に超越した。なぜ? 三人のパイロットが揃ったから? 解らない。でも、とにかく陽電子砲の数千倍の威力があって、しかも砲は耐えた。恐らくまだ威力は上げられる。
 これが、ゲッターロボ……ゲッター線エネルギー。人類の力。
 母さん。私、いま素晴らしい体験をしてるのよ。ははっ、アハハハハハッ……!!」
 コクピットの中をぐるぐる見回し、まるで新しい玩具を得た赤子のようにぺたぺたと機器をいじくりまわしては、狂ったように笑いだした。
 見ればゲッタービームの反動に特殊プラグスーツでも耐えきれなかったのか、つんと通った鼻筋の下からぼたぼたとおびただしい量の血が流れていたが、気づかない。
 自身に伝わる痛みよりも、発見した事象に対する興奮の方が完全に上回っているのだろう。
 そのけたたましい笑い声にシンジがハッとする。
「そうだ。零号機、綾波はっ!?」
 シンジが目をこすって下界の様子に食い入る。
 するとちょうど、ラミエルのいたところ、その真下に仰向けに倒れるように零号機があったが……下半身が、無かった。
 運よくエントリープラグのある上半身はゲッタービームの範囲を外れたようだったが、中のレイが無事とは限らない。
「竜馬さん、ちょっと動かしますッ」
 と、ジャガー号からの操作でゲッター1は地に降りると、零号機の首筋のハッチを引きちぎって中のプラグを取り出した。
 レイを救出しようというのだろう。
 引き抜きを感知したプラグがLCLを強制的に排出するのを待って、地上へ降ろす。
 そして、
「オープンゲットッ」
 ずわっ、とゲットマシンに分離するとそれぞれ瓦礫の上に着陸して、ジャガー号のコクピットハッチが明け放れた。
 だが巨大なジャガー号から降りるのは容易でなく、申し訳程度についている足場をシンジは伝っていったが、最後に足を滑らせて落ちてしまう。
「ぐぅっ」
 シンジはその衝撃で左の腕と脚折ってしまい崩れるが、ぎりぎりと歯を食いしばると、なおも体を引きずってレイのプラグへ向かっていく。
 ずるずると這いずっていって、やっと辿りつくが、ラミエルの加粒子ビームを浴びてプラグは人が触れないほどに加熱していた。
 だが、プラグのハッチを人力で開けるにはハッチ部の重いハンドルを引きあげてから回さねばならない。
 四肢が完全に機能していれば、大火傷を覚悟で実行できたかもしれないが、今のシンジにはそれも敵わなかった。
 彼は呻く。
「ち、見ちゃいられねえ」
 と、それを黙ってみていた竜馬がイーグル号から飛び出してくると、ひらりと地面に降り立ったのち、プラグのハッチに向かった。
 おもむろに息を吸うと、
「ぅぉらあッ!!」
 竜巻のようになってハッチに回し蹴りを放つ。
 すると、ボゴっと金属がひしゃげる音を伴ってハッチは破壊され、プラグ内に落ちた。
 そして足下でなんとか起き上がろうともがくシンジを担ぎ上げると、ハッチの中につっこんでからいった。
「ほれ、声かけろ。死んじゃあいねえよ」
 シンジは脇目もふらずに叫んだ。
「綾波! 綾波ッ」
 するとその声に反応して、レイがうっすらと瞳を空ける。
「……碇君」
「綾波、よかった、無事で。生きててよかった……」
 両の目からぼろぼろと涙がこぼれていく。
 その姿を見て、レイはまた静かにつぶやいた。
「ありがとう……また、泣いてくれるのね」
「え?」
「ううん、なんでもない。私は平気だから心配しなくていいわ」
 そういうと、シンジを抱えていた竜馬もプラグに顔を突っ込んできた。
「無茶しやがッて」
「あなたほどじゃないわ」
「うるせえ」
 そこまで会話すると、近くにネルフのヘリコプターがバラバラとローター音を轟かせて飛んでくる。
 シンジ達の救出にきたのだろう。
 やがて、ミサトたちが瓦礫をくぐり抜けて走ってきた。
 それを認めると竜馬はシンジとレイの二人を両脇に抱えると、その方へ向かって歩いていくのだった。
 彼女らと額を付き合わせるようにして遭い、二人を引き渡す。
 ミサトは竜馬の頑丈さに、改めて感心しながらも一人足りないパイロットが気がかりになって聞いた。
「リツコは」
「ベアー号ん中で、血ィ吹きながらはしゃいでるぜ。マジで敷島のジジィみてえだ。元々あんな奴だったのか?」
「……」
 ミサトは答えなかった。
 作戦は終了した。だが、被害も甚大である。
 ネルフの面々はそれぞれ、

 

 ――我々は本当にあのロボットに頼っていいのだろうか。

 

 との気持ちに駆られ、勝利の美酒に酔うこともできずに複雑な面持ちで佇むしかなかった。

 
 

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