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Last-modified: 2024-02-22 (木) 17:28:27

 そして、場面は同じ時間の、逃げ出したアスカの元に移る。
 あてもなく街の中をさまようアスカは、やがて降り出した雨にも気づかないほどに放心した様子だった。 とぼとぼと水たまりを踏みつぶしていく足の先に、濡れた髪から水滴がしたたり落ちて跳ねる。 行き交う人々は、それを避けるか、でなければ意にも介さない。
 他人とは、そういうものだ。
 アスカは這うように街を往き、そしていつか人気がない、どこかの鉄道橋の下にさしかかったときだった。

「いたっ」

 下を向いて歩いていたため前から来る人に気づかず、どんっ、とぶつかってしまう。

 ふと見上げた先には、

「……なんじゃワレ」

 先の、ゲームセンターに乗り込んできた将造の姿があった。
 じろりと己の顔を見回すその顔は、やはり凶悪だった。それがアスカの目には竜馬の顔が幻となって重ね合わされ、さきほどの彼の言葉と動きが頭の中で再生されていく。
 恐怖のあまり、じりじりと将造から後ずさるように離れながら、

「こ、殺さないで……」

 と、蚊の羽音でも聞いているような声を出す。
 将造にも目の前の少女が自分に恐怖していることが手に取るように解ったが、しかし弱者に情けをかけてやろう、などとは夢にも思ったことのない将造は「あぁ?」と不機嫌そうにいぶしかむのみだった。
 これにアスカがいよいよ悲鳴をあげる。

「許してぇっ。だってっ、エヴァに乗らなきゃ、一番でなきゃ、ママが、ママが……」
「……たしか、竜馬と一緒におったやつか。こりゃワヤになっとるのお。どうした」

 将造が問うが、アスカから返答はない。
 だが、その尋常でない様子は、彼女が錯乱状態に陥っているのを理解するには十分だった。
 普段の将造であれば無視したところであろうが、このときばかりは、なぜかアスカから目を離すことができなかった。
 理由はわからない。 だが、そんなことは彼にいわせてみれば「極道のカンじゃ」という辺りで済ますだろう。

「竜馬のバカタレめ、また面倒ごと起こしよったな。今度会ったらしばきあげちゃる」
「うぐっ……」

 そこまでいうと、アスカが将造に倒れ込んできた。
 弾丸のように過ぎ去った出来事に、感情の処理が追いつかなくなったのと、雨の中を傘もささずに歩いたことで体力を消耗したのであろう。

「……」

 将造は、しばらくそれをつまらなさそうに見ていたが、ふと背後に気配を感じる。

「誰じゃあっ」

 ばっ、と振り向くと黒服に身を包んだ男たちが、いつの間にか将造を取り囲むように展開しはじめていた。
 彼らは懐に手をやりながら、すこしずつ近づいてくる。
 その中のひとりがいった。

「我々はネルフ保安諜報部のものだ。おいチンピラ、その娘を渡せ。さもなくば」
「さもなきゃ、なんじゃ」
「死ぬことになる」
「ほーかよ」

 その言葉に、将造がアスカを背に隠してぐっ、と屈んだ。
 すると諜報員たちが一斉にに拳銃を取り出して将造に向け威嚇する。
 だが、将造は怯まない。

「貴様、正気か!」
「おどりゃァのう……ワシを誰じゃ思うて口きいとんじゃあ……」

 地の底から響いてくるような声で、将造はいった。

「ワシゃあ、極道兵器じゃぞぉぉっ!!」

 彼の右脚が膝からばっくりと割れると、そこからミサイルの弾頭が覗いていた。
 それは将造の叫びと共に純粋な殺意と成って、空間を切り裂くように飛ぶと一人のはらわたをぶち破り、さらに弧を描いて戻ってもう一人の頭部めがけて飛び、大爆発を起こして頭から体全体をスイカを砕くように飛散させた。
 将造は止まらない。
 その間にも己が口で左腕にがっぷり食いつくと、なんとそれがマネキン人形の腕のようにズルリと外れてしまい、中から焼鉄色も禍々しいサブマシンガンの砲身が現れる。
 立ち上がって腕をぐわりと振り上げて将造は、

「がんぼたれぇ、あの世から出直してこいやあッ」

 叫び、それがトリガーとなってサブマシンガンは爆裂音を連続させながら、大量の弾丸を吐き出しばらまいていく。
 最初は諜報員の頭を中央から撃ち抜き、次に隣にいた者の脚を切断するように掃射すると最後に残った一人が闇雲に撃ってきた。
 だが将造はそれにも恐れずアスカを背負ったまま突撃して、敵の口にサブマシンガンを突っ込むと、そのまま撃ち抜いて脳髄と血液を飛び散らせた。

 あっという間の出来事である。
 辺りには、鼻をつく硝煙の香りと吐き気をもよおす鉄の臭いがミックスされて、異様な臭気が漂っていた。

「あ……」

 すると、この騒ぎと異臭に気絶していたアスカが意識を取り戻す。
 そのぼんやりと戻ってくる視界に映ったものは、辺りに転がる死体におびただしい量の血液、そして自分を背負う男の首筋であった。
 それが突然過ぎて、まだアスカには状況が飲み込めなかった。

 そんなときだ。

「うぐっ……」

 脚を弾に切り裂かれ大地に転がったが、まだ死には至っていなかった諜報員が呻く。
 これに気づいた将造はゆっくりと彼に近づくと、その頭を草履履きの足でだん、と踏みつけて、いった。

「甘いのお。殺るときゃ、一発で殺らんかい」

 そういうと、踏みつける足にぎりぎりと力をこめていく。

「ぐっ、あっ、ギャアアアァアッ……」

 諜報員が断末魔の叫びをあげるが、将造はそれが勝利の酒の肴だといわんばかりに凄惨なまでの笑みを浮かべて、そのまま頭蓋骨ごと踏み砕く。凄まじい脚力だった。
 やがて、ぐちゃり、と生理的嫌悪感を覚える音がして諜報員は息絶えた。

「けっ」

 将造は血まみれになった足を振る。
 すると、背中から空気が飲み込まれるような気配がして、ちらりと顔を向けた。

「起きよったけえ。おう、こんみょうちくりんな奴らはなんじゃ。ネルフとかいいよった」

 と、聞くがアスカは声にならない声をあげると、あとは背中の上で震えるだけだった。
 無理もない。 殺りくの日々に明け暮れる将造の生きる闇社会の凄まじさを、いかにエヴァのエリートパイロットとして育ってきたアスカといえども簡単に受け入れられるはずがなかった。
 恐怖のあまり思考停止状態に陥ってしまっている。

 そのまま佇んでいると、だんだんと雨の勢いが鋭くなってきた。
 埒があかなくなった将造がひとりごとを、

「ち。しゃあねえ……乗りかかった船じゃ。どっか休めるトコ持ってくけぇの」

 といって、アスカを背負ったまま灰色の街にのっそりと踏み出していくのだった。

 

・・・

 

 岩鬼将造という男について書く。
 彼は西日本方面にかつて、大きな勢力をもった「岩鬼組」組長の一人息子だ。
 その性格は狂暴そのものであり、組はおろか親ですらも持て余して勘当された後、南米の紛争地帯に渡り、傭兵時代を過ごす。
 だが、そこでも襲い来る弾丸の雨の中を平然と突き進み、敵とみれば首を折って腹をさばく、情け容赦なしの戦いぶりをみせ、捕虜すらもあっけなく惨殺することから部隊内でも「狂犬」とあだ名され、恐れられた。
 あるとき、その将造に日本から父親が死亡したとの報せがはいる。

 岩鬼組が、潰され掛かったのだ。
 組長の跡取りとして、将造の帰還が待ち望まれた。岩鬼組もなりふり構っていられなくなったのである。
 将造はそれに「狭い日本でのケンカなぞ興味がない」と耳を傾けなかったが、黒幕にデス・ドロップと呼ばれる、米軍すら動かす力をもつ海外マフィア組織があることを知り、より巨大な「ケンカ」を求めて彼は帰国した。

 日本に舞い戻った彼は、ビルを爆散させ、大地を割り、戦闘ヘリと生身で戦ったが瀕死の大怪我を負ってしまう。だが、日本政府の秘密組織により極秘裏に救助兼・人体改造を施されて一命をとりとめた。

 彼は、左腕にマシンガンをはじめ、交換可能なウェポン・アタッチメントを、右の脚には小型のミサイルランチャー、右目に照準レーザーサイトを備えた、人間極道兵器として生まれ変わったのだ。

 なお、己が肉体を無断で改造されたことについて、将造は「よくも素晴らしい体にしてくれたのお!」と大喜びした経緯がある。
 これだけでも将造が、いかに常人とかけ離れた精神構造をもっているかが解る。
 そして最強のヒトとなった将造はさらに戦火を広げていき、挙げ句に核ミサイルをも相手にした戦争を巻き起こしながら、やがて日本の首領を名乗ってデス・ドロップとの全面抗争に入ろうとした。

「じゃが……」

 将造はいう。
 人工衛星をそのまま大気圏外からの戦術爆撃用の砲台とした、衛星兵器(ポジトロンビーム砲が超巨大化したようなものと思えばいい)と、その開発者を巡った抗争の末、トリガーを握っていた人間の暴走により衛星兵器が発動。
 争う将造と、デス・ドロップマフィアの真上から、衛星兵器のビームが降り注いだ。

「気づいてみりゃあ、ワシは見知らぬ街の路上に転がっておった……ま、おかげでこの世界の組に討ち入りしながら新岩鬼組を建てていくんも、面白ぇ遊びじゃったがのう!」

 と、自らの経緯を恐ろしい声で語った。
 そう。彼は、シンジやアスカがいるこの世界の人間ではない。
 少なくとも話を信じるならば。パラレルワールドが実際に存在するのならば。
 岩鬼将造は、似ていてまったく異なる歴史を歩んだ地球からやってきた男ということになる。

 途方もない話であるし、信じろといわれて信じられる話ではないが、将造も竜馬と同様に「この男がいうならば本当なのだろう」と、聞いている側に思わせてしまう、妙な迫力というか説得力があった。
 そして、それを横で聞いているのは、アスカだった。
 将造が雨の中をさまよっていた彼女を成り行きで救出してしまってから、すでに一ヶ月もの時が流れている。
 すでにその顔に恐れはなく、淡々としている様子だったが、少し頬が赤い。
 アスカは、将造の話を聞き終えると、目を閉じて静かにいった。

「……私なんか、比べものにならないほど辛い経験をしてきたのね。パパ」

 パパ。
 いきなり飛び出したこの敬称について、また行数をさかねばなるまい。

 まず、将造は岩鬼組の組長である。
 組織の中の人事は、いちおうはっきりとさせておかなければならない。
 そこで、この拾ってきたも同然のアスカをどうするか、将造は短く悩んだ。そういう頭脳を回転させる仕事は苦手なのだ。
 だが、それだけに悩む時間も短い。彼女を見捨てることは、竜馬への義理立てと、なにか宿命めいたカンに阻まれた。ゆえに導きだされた結論は、
「こりゃあ、ワシの娘じゃあ!」
 と、見え見えのウソをついて、アスカをかくまううことであった。
 だが、やくざの世界は上が白といえば、黒いものも白くなるのが常識である。
 だれも将造の言葉に異を唱える者はいなかったし、そういっておくのが無難な対処法であっただろう。
 さらってきただとか、買ってきたなどというよりは。
 ただ、それであっても将造が年端も行かぬ少女に自身を「パパ」と呼ばせるような趣味のある男でないことは明らかだ。
 アスカとて、見知らぬ男にそんな呼び方を行うような性格はしていない。
 では、彼女が将造をそう呼ぶようになったのはなぜか。まだすこし語らねばならない。

 さて。
 将造は、いまも語ったとおり奪い、殺し、争うためだけに生まれてきた狂気の男だ。
 彼のいくところに争いが起きる。
 たとえアスカがかくまわれていようとも、将造の側に居るだけで、寝ていようと起きていようと巻き込まれざるを得ない。

 この一ヶ月で、将造がねぐらにしている和風建築の岩鬼組本家(本家しかないが)に、およそ一〇回もの騒動があった。
 その内、警察のガサ入れの一回をのぞいて、全てはネルフによる討ち入りだった。
 目的はむろん、エヴァ弐号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレーの奪還である。もちろん最初から討ち入ったわけではない。まずはパイロットへの接触を図って、ネルフへ帰還、というか正式配属されに来るように命じたのだ。

 だがアスカは、これを拒否した。
 今や竜馬よりも格下の存在の自分が、おめおめと戻って恥をさらしてまで弐号機のパイロットを務める意欲が湧かなかったのだ。彼女はナンバーワンであることが存在意義だったし、なによりも、竜馬に再び逢うのが恐ろしかった。
 プライドを打ち砕いた相手を前にして、なお自我を保っていられる自信がなかった。
 また将造も、相手、つまりこの場合はネルフの言葉を素直に聞き入れて従うような男ではない。むしろ、それをはね付けることによって起こる争いを、心待ちにするような男だ。

 

「俺は取り返しのつかないことは、大好きなんだ!」

 

 とは、彼の弁である。
 これに当然のことながらネルフは強硬手段に打ってでようとする。
 だがその内容が、まさに物理的な討ち入りだったのには、理由がある。
 なぜなら岩鬼組だけは、ネルフも国連も根を伸ばしていない。いわば、治外法権区域となってしまっているのだ。
 ゆえに、あらゆる根回しが通用しない。

 しかも、岩鬼組の構成員は皆が将造に心酔しきっていて、彼のためなら命もとわずに突撃してくるので、生半可なやり方では返り討ちにあってしまう。加えて、どこから流れて来るのか、その所持装備は小国の軍隊を凌駕するほどの戦力に相当するものだった。
 さらに組長たる将造ともなれば、人間の限界を超えた極道兵器である。戦車をもってしても返り討ちに逢ったし、戦闘機も撃墜された。
 そしてこの全ての騒動の際、アスカはその身を将造の背に隠していた。隠れるところがない……というよりも、将造にくっついている状態がもっとも安全なのだ。他の場所などは、砲撃を受けたり突入されたり毒ガスをまかれたり、散々な状況だった。

 アスカは最初のうちは泣きわめくだけだったが、人間の適応力とは恐ろしいもので数回目にもなると、将造の左腕の武器換装をサポートするほどになっていた。もともと、エリートパイロットになるべくして生まれた子だからか、飲み込みの早さは常人のそれを軽々と超越していたのだ。
 もっと慣れてくると騒動を将造と共にくぐり抜けていくのが、なによりもの楽しみとなっていくほどだった。そしてこの頃になると、慣れによって少女特有の、認めた相手と情報を共有したいという感情が生まれる余裕が出てくる。
 その相手は、むろん将造である。

 将造は多くを語りたがらなかったが、しかし、しつこく食い下がるアスカに辟易してやがて、上で書いたような己の過去をアスカに教えていった。同時にアスカもまた、それまで他人にいったこともなかった、自らの生い立ちを喋るようになっていったのだ。
 そうさせたのは、毎日が生か死かという感情のボルテージが高まる生活をしていたからだったかもしれない。肉弾戦ほど生死を明確に感じさせる戦闘は、他にない。
 お互いを知るにつれて将造はこの、血みどろの戦いをこなすアスカが気に入った。彼が最良の友とした、死に別れた男も異様なまでに戦いの出来る人間だったから、それを少し思い出したのかもしれない。
 まあ、ともかく。

 彼女を気に入った将造は、本格的な戦闘に耐えるだけの訓練を施してやることにした。
 その内容は剣林弾雨の中を命がけでくぐり抜けて、目標を撃破するような熾烈を極める内容で、いままで彼女が経験してきたものなどとは比べものにならない凶悪さだった。
 アスカでなければ、途中で死んでいただろう。
 しかし、彼女は耐えた。

 そのおかげで、わずか一ヶ月弱ほどの訓練でアスカは常人の数人は軽くひねり殺してやれるほどの力を手に入れていた。
 銃器の扱い、殺すための格闘術、体力の維持、気配の殺し方、作戦の進め方、敵の士気を落とす方法……さまざまな戦闘能力を授かった。
 さらに生来の努力することを惜しまない性格が、それを助長した。
 やがて、組の構成員たちもアスカのことを「若のお嬢さん」から「姐さん」と呼び名を変えて敬意をこめ、接するようになっていった。
 ちなみに若とは将造への敬称だ。これがまた、アスカには大きな活性剤となった。
 自分の努力が、呼び名というはっきりとしたカタチで認められていくというのは、もっとも解りやすい賞賛であろう。

 たとえそれが極道という、表の世界には出られない組織であっても、アスカは自我の拠り所を岩鬼組に求めていったのだった。
 いつしか、アスカは父親ということになっている将造を彼女の母語で「パパ」と呼ばわるようになった。母語を使うのは彼女なりに本心だという意識の表しでもある。
 むろん将造はこれを気味悪がって、

「やめいや。名前で呼べばええんじゃ、ワシゃそういうのは好かん」

 といって拒否したのだが、アスカが頑としていうことを聞かずに「パパ」と呼ぶために彼も最近になって諦めた。
 そしていまや「岩鬼の親娘」といえば、最凶の極道親子として名を馳せている。
 名字が惣流でも「岩鬼の親娘」だ。将造が娘ときめれば、名前や顔や髪の色や血液型が違ったとしても、親娘なのだ。やくざのしきたりである。
 将造は、自分に「辛い経験した」といったアスカを見ていう。

「辛い? バカタレ、これほど痛快な人生、他にありゃあせんわい!」

 こういう精神構造の持ち主なので、それにずっと触れている内にアスカの心の持ちようも、少しずつだが変化していった。

「殺るときは殺る、死ぬときは死ぬ、その途中で邪魔するものは力ずくでぶっ壊す。それは全部楽しんでやる……かぁ。あたしすごい世界に来ちゃったな」

 それは彼女にとって幸せだったのか不幸だったのか、本人以外には知る由もなかったがともかくアスカは、肉体だけでなく精神までも強化されていった。
 そんな風になるころ、またネルフの人間が岩鬼本家までやってきた。一一回目である。
 アスカはいよいよ殺気だって自ら出陣しようとしたが、将造が引き留めた。

「待ていや! 今日は様子が違う……一人しかおらん」

 今まで軍隊をも引き連れて攻撃に来たネルフが、この日に限ってたった一人だけをもってやってきたのだ。
 将造は、

「ワシが出る」

 と、首をボキボキならして、応接にでた。
 将造が出て行くと入り口の門前に白髪となった初老の男が立っていた。
 彼は丁重に頭を下げると、

「私はネルフ副司令、冬月コウゾウという者だ。今までの非礼を詫びよう……だが、今度こそは容易ならざる事態がおきた。海の方を見たまえ」

 といって、将造を引っ張り出して海を見させた。
 するとその方向には、

「でてきよったな……わしのシマを荒らすデカブツめが」

 巨大なカマの刃の部分から、人間の胴体が生えたような奇妙な姿の巨大生物が海をゆっくりと進行していた。
 将造の言葉に、冬月はうなずく。
 むろん「わしのシマ」にうなずいたわけではない。

「そうだ。我々は、あれを第七シト・イスラフェルと名付けた」
「そんなんどうでもええ」
「まあ聞いてくれ。さらにシトはもう一体出現した。それは……」

 と、冬月は空の上を指さす。
 それにつられて将造もあごをぐいっと天へむけるが、もちろん入ってくるのは常夏のまぶしい日差しだけだ。
 雲ひとつ、なかった。それを見ながら、

「あぁ、なんじゃあ。まさか宇宙からシトが攻めてきたいうんかぁ」

 将造は冗談でいったつもりだったが、冬月はいたってまじめな顔で反応する。

「その通りだ。自らの巨体とA.Tフィールドを大質量爆弾とし大気圏外からの爆撃を行う第八シト……サハクィエルと名付けた。放っておけば日本全土がやつのために焦土と化するだろう」
「すげーピカドンみてえなモンけぇ。ふざけた野郎じゃ!」
「ああ。だが、これには君の盟友、流竜馬が赤木博士と葛城一尉を引き連れてゲッター単機で宇宙まで出撃していった……彼については勝利を信じよう。問題は」

 とそこまでいうと、海を往くイスラフェルにエヴァ初号機が天空より飛来してミサイルのように当たって畳みかけた。
 激震が将造たちのいる場所にまで伝わってくる。
 もちろん、とっくに避難命令は出ているのだが岩鬼組の人間たちは治外法権的な存在だということもあって、それを受け入れずにひたすら戦いを傍観していた。

 イスラフェルはA.Tフィールドを瞬く間に中和され、その後ゲッタートマホークの鋭い振り下ろしと共に一刀両断にされる。
 ゲッタートマホーク。本来はゲッターロボの武装であるが、その素晴らしい威力に目を付けたリツコがエヴァにも運用できるように、ゲッターから射出したままのブツをいくつかストックしていたのだった。
 ゲッターと背丈が同程度のエヴァは、すんなりとその手に馴染んだようである。
 シトはその一撃で撃滅されたかのように見えた。
 が、冬月はいう。

「奴の恐ろしい能力が明らかになった。あれは攻撃を受けると一時、二体に分離する」

 イスラフェルが、分断された内蔵や筋繊維が丸見えになった部分から、半分の身体を生やして復活してしまう。
 丁度、冬月のいうとおり二体になった。

「その瞬間を狙って二体同時にとどめを刺さねば、いくらでも再生してしまうのだ。
 ゲッターならまだしも、エヴァ単機だけではどうにもならん。大破してしまった零号機はいまだに再生も終わっていない。もはや頼りにできるのは弐号機だけなのだ」

 そこまでいうと、いつの間にか将造の影にアスカの姿があった。険しい顔でシトと初号機の戦いをみつめている。彼女をちらりとみて、冬月がいった。

「頼む、岩鬼さん。詫び入れならいくらでもしよう。弐号機パイロットを……いや、貴方の義娘をネルフにやってくれ」
「そこまで調べよったか。覗き見の好きな連中じゃあ」

 と、皮肉めいていうと将造は冬月の腕をぐっ、と掴み顔を近づけて凄みを効かせる。

「あんだけやらかしたんじゃ。なら、冬月さんよ。
 ワシら極道じゃけん、それなりに詫び入れの方法がありよる。しかもワシの娘もってくいうんなら、その前にケジメつけてもらわんとのぉ!?」

 指の一本も詰める覚悟できたんだろうな、といっているのだ。もはや、将造の定義ではアスカはネルフの人間ではなく、組長の一人娘であり、さらに女若頭だった。
 いまやアスカは将造と共に岩鬼組を率いる、天下御免のやくざ者なのだ。それと関係を持つならば、おまえも無傷ではいられないぞという脅しである。

 むしろ人の指一本で済むというなら、安い話だろう。やくざ相手に何度も討ち入りをしているのだ。見せしめに殺されたとしても文句はいえない。ネルフもそれは重々承知したうえで来ているから、副司令である冬月をよこして最低限の儀礼はわきまえたのだろう。
 もっともゲンドウが出てこない以上は、完全に下手に出たわけではないが。

 あの竜馬の一件から、ここまで事態が発展してしまった。ネルフも相当に頭を抱えていることであろう。なにしろ彼さえいなければ、アスカは正式配属前に脱走などという暴挙に出ることもなく、彼らのもくろむシナリオ通りにことが運んだのだから。
 だが、腹黒い連中を困惑させることも将造の大好物である。彼は竜馬のやったことを、「面倒ごと」と口ではいいながら、内心はこのうえなく楽しんでいた。

「……ああ、構わん。好きにしたまえ」

 冬月はぐっ、とこらえた様子でいった。
 将造はそれに「よおいった!」といおうとしたが、この時になってアスカがその腕を引っ張り、彼の気を引いた。

「なんじゃ」
「その必要はないわ、あたし、自分の意思でいく。パパの国(シマ)に討ち入ってくるやつらなんか弐号機で皆殺しにしてやる!」

 アスカの声がふるえている。おびえではなく、歓喜のふるえであった。
 その心内は、彼女にとって安息が訪れていたとしても、他人からも見れば修羅の道に染まった狂女の姿しかみえなかっただろう。ほとんど狂気じみた心境の変化といえよう。  だが、それほどまでに自分を認めてくれる場所をもてたことが、安息につながっていたのだ。それと同時に、数十年の記憶の蓄積による心理的不安をわずか一ヶ月で塗り替えた将造という男の影響力も凄まじいといえた。
 だからこそ舎弟たちは心酔し、将造のためならば命をもなげうっていくのだ。
 すでにアスカの返るべき場所は岩鬼組であり、それを死守することが彼女の目的と化しているフシがあった。

「パパと組の皆の敵は、あたしの敵」

 である。
 諜報からの報告以上に変わり果てていたアスカに、冷静なはずの冬月も言葉につまる。だが将造にとっては当たり前のことだ。つぎに彼は別の懸念をもちだした。

「あっこにゃあ、竜馬がおるぞ」

 将造とて、事のてん末を忘れてはいない。
 だがアスカはいう。

「いいの。パパの友達なんでしょ? なら信頼できる」
「ほうかい……なら好きなだけ暴れてこいやあ。アスカよ、こいつを持ってけ」

 と、将造は背中の白木鞘の刀を抜いてアスカに手渡した。ズシリと、鋼の重みがその手につたわる。
 それは白木鞘にあつらえ直されているものの、それはかつて日本軍が用いた軍刀の一種、村田刀と呼ばれるものだった。
 刀身は約八三センチ。西洋サーベルの地金を用いて作られた刀剣で、軽くて錆びに強く切れ味も鋭く、しかも安価というまさに実用刀として、高い性能を備えたものだった。
 日本刀としての価値はなくとも「武器は殺傷能力が高くてナンボじゃ」という将造の考えに合った刀だった。
 そして、将造の村田刀はその地金にドイツ鋼を使用していたものだった。(試作品の一振りであろう。量産品は和鋼とスウェーデン鋼の合成品が使用されている)
 まさしく日系とゲルマン系の血筋を引くアスカが持つに、相応しい刀であろう。

「ヌシの邪魔するバカタレがおったら、そいつでぶった斬っちゃれや」

 ニカリと笑っていう。笑っていうセリフではない。
 アスカはそれに、

「おぅ!」

 と、威勢良く刀をもった腕を上げて応えた。
 それに組の若衆たちがどやどやと外に出てきて口々に、姐さん、姐さん、と声をかけてくる。
 なにしろアスカはアイドル級の容姿をもつ少女だ。その人気たるものは、組の中でも相当のものだった。
 将造がアスカを拾ってきてからというもの組の結束は、より高まったといっても過言ではないだろう。

「姐さん、あんバケモンの目ン玉のひとつもくりぬいてきよるんじゃあ!」
「ワシら岩鬼組ん恐ろしさ、見せつけてやりよってください!」

 そういう声援のようなものを背にし、アスカは冬月に連れられて……いや、冬月を置き去りにしてネルフ本部のある方向へと走り去っていった。
 そして、その背をみながら将造がいう。

「ほいじゃあ、わしも愛娘のために一肌脱いじゃるけぇ。……のお、敷島博士よ!」

 ぐわり、と後ろを向く先には、さながら小柄なフランケンシュタインの怪物という表現がぴったり合うような、異様な老人が立っていた。
 敷島というらしい。
 さきほど若衆が出てきたときに一緒だったのだろうが、背丈が小さくてだれも気づかなかったのであろう。敷島は将造の呼びかけに、これまた異様な笑い声をあげて応えた。

「ウヒャひゃひゃ……宇宙に行った小僧に遅れをとっちゃいかん。わしのこさえた最新兵器を極道兵器のおまえに存分、使ってもらうぞお!」

 その言葉に将造は、腕のウェポン・アタッチメントを露出させると、例の凄みの効いた笑みを浮かべて敷島に見入るのだった。

 
 

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