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Last-modified: 2024-02-22 (木) 17:03:33

三、アスカと極道

 
 

 ジオフロント地下、ネルフ本部内の通路を立ち並んで往く影が二つ。
 それぞれ赤いジャケットの葛城ミサトと、白衣の赤木リツコだ。
 ミサトが先行してずんずんと歩いていく後ろを、リツコはポケットに手を突っ込んで、気だるそう追っていく。
 ネルフ内部は広大だが、基本的に移動は徒歩を要する。それがゆえに仲間と連れとなった場合には、会話が最大の供となった。

「日共の連中……あんな玩具をシトに使おうなんて、とんだ愚か者の集まりね。エヴァを否定するにしても、幼稚そのもの」
「あんたエヴァよりもゲッターの優位性を説明してるときの方が目ぇ輝いてたわよ」
「そうかしら」
「そうよ。第五シト撃滅からしばらく経ったけど街の復興、はかどってないわ。あんなことになるから、ジェットジャガーなんて変なモンが出てくんのよ」
「ジェットアローンよ。まぁどちらでもいいけれど」
「ああ、ホームでもアローンでも何でも良いわ。とにかく無駄に疲れた……」
 二人が話すのは、彼女らが先日処理した民間企業による対シト用のロボット兵器開発プラン対応のてん末であった。
 というのも第五シト後、日本政府がネルフの実力を懐疑しはじめた為だ。
 本来の対シト用の決戦兵器であるエヴァが、三体のシトを葬るまでに幾度となく破壊され機能停止に追い込まれたことと、逆に傍若無人に暴れ回った果てに日本列島を横断した被害を起こしたゲッターの危険視が、形骸化しかけていた日本政府に新しい危機感をもたせたのだ。

 

 それによって政府は、シト迎撃の要に別のアテを求めた。
 その先がリツコのいった日本重科学工業共同体、通称日共である。

 

 日共は政府の要望により、人型兵器「ジェットアローン」によるシト迎撃を提案したがしょせんは机上の空論だ。
 N2兵器ですらも傷つかない相手に対して、通常兵器の類は意味をなさない。
 その唯一の例外がゲッターロボだったが、そもそもこれは凶悪なまでの破壊力をもってシトを撃滅してきたのだ。通常兵器とよべる代物ではない。
 あえてカテゴリを設けるならゲッター線兵器とでもいうべきであろう。

 

 ともかく、現行の人類の科学力だけで対シト兵器を造るのには困難がある。
 そうした政府の独走をこころよく思わなかったネルフが抗議を行った結果、プランは即時廃案となり、政府は逆に大破したエヴァ零号機、および初号機の修理費、そしてゲッターの整備費を要求されることとなった。
 泣きっ面に蜂だ。
「それはそれとして、明日ね。セカンドチルドレンが来るのは」
 と、ここでリツコが話題を変える。
 空想の兵器を巡ったてん末を長々と語るより、じっさい有用であっただろう。
 セカンドチルドレン。
 レイをファースト、シンジをサードとしてその中間に位置する世界で二人目のエヴァンゲリオン操縦者である。
 もっとも、シンジはシトに相対したときはもっぱらジャガー号のコクピットに収まっていてばかりだったが……そのおかげかエヴァの訓練では、めきめきと上達をみせていた。
 それでも竜馬に比べれば、年齢そのままの子供扱いである。
 だが、セカンドチルドレンはその竜馬にも迫る戦績を示したという。
「たった三六秒で第六シトを撃滅したエース、惣流・アスカ・ラングレーか。
 でも、ずいぶん勝気な性格みたいじゃない。リョウ君と揉めないと良いんだけど」
「さあ……それは会ってからのお楽しみというところね」

 

 やがて、翌日となった。
 ネルフ本部内のあまり使われることのない映写室のスクリーンの中で、太平洋上に浮かぶ国連艦隊の一隻一隻を足場に、跳ねて翔んでの大立ち回りを演じている赤いエヴァを、竜馬をはじめにシンジ、レイの戦闘メンバーが食い入るように見つめている。
 これはエヴァ零号機と初号機の大破を受けて、急遽、日本に配属されることなった、エヴァ弐号機のプロモーションビデオである。
 先に来客の知識を備えておこうというのだろう。
 その姿をさらに後ろからパイプ椅子に座って眺めているのが、ミサトとリツコだ。
 スクリーンの弐号機の動きに竜馬は少し感心した様子だった。
「やるじゃねぇか。リツコ、飛鳥ってのはどんな男だ」
 リツコは竜馬の言葉に、愛用のネルフ印のカップに淹れたばかりコーヒーを一口つけてから、
「女よ。逸材でね、一四歳にして大学を卒業してる。パイロット技能も、見ての通り」
 と、あまり興味がなさそうにいうと「比率、間違えたかしら」と、なにやら淹れたコーヒーについて自己評価を下した。
 そのブレンド内容はブラジル、モカ、コロンビア等である。オーソドックスなブラジルをベースとして、モカ・コロンビア独特の甘みを合わせて深い味わいとしている。
 そういう、濃厚な味がリツコの好みなのだろう。
 もはや中毒となって、ヒマさえあれば四六時中コーヒーを口にしているせいで彼女の居るスペースは、常に香ばしい香りに満たされていた。

 

 話はもどり……
 スクリーンの中では海中より現出したエイの怪物じみた第六シト・ガギエルを、弐号機がプログレッシブナイフをその腹に突き立て、縦の真一文字に捌いていた。
 ちょうど、弐号機に覆い被さろうとしたところをざっくり殺られた、という形だった。
「これが弐号機……すごい動きだ。どうしてあんな操縦ができるんだろう」
 と、ためいきまじりにシンジがいう。
 竜馬はそれを「気合の差だ」と片付けてしまうが、納得できない。もっともゲッターならば、その通りなのたが。
 ゲッターロボの操縦はさほど難しくはない。エヴァのようにイメージだけでというわけにはいかないが、自転車などに乗れる程度の運動神経があって、いくつかのスイッチの意味を覚えれば、動かすことは可能だった。
 ただ、その殺人的な移動速度に物理的に耐えられる人間が、ほとんどいないだけだ。
 その点では、シンジのような少年でもある程度の範囲で、ゲッターに乗ることを可能としたリツコの特殊プラグスーツ開発の功績は大きいといえる。
 もしゲッターロボの開発者が見たら、なんといったであろうか。

 

 まあ、それは置いておこう。

「一四歳で大卒かぁ……あんた達の中じゃ、一番まともかもネェ」
 と、ミサトはちらちらパイロットの三人に目を走らせて、両の手を返しながらひらひらさせる、このうえなく相手を食った態度に出た。
 たしかに学という点に関しては間違いないだろう。
 だがそれに、

「ケンカ売ってんのか、ミサト」

 竜馬が、ぎろりと横目で睨むと呻く。
 第五シトを倒した後から、あまり機嫌がよくないのだ。
 ただですら凶悪な人相をしているこの男に睨まれると、さしものミサトもヘビに睨まれたカエルと化してしまう。
 目を慌ててそらし、

 

「じょ、じょ~だんよ。冗談っ。リョウ君恐ぁい」

 

 と、おどける。
 その姿に毒を抜かれた竜馬は、けっ、というと後はまたスクリーンに目を戻した。
 ミサトはやれやれといった風に肩で息をする。

「ま……後で正式に手続きが終わったら紹介するわ。みんな、それまでは待機。 ブラついててもらっていいから、さ」

 竜馬に目配せしていうミサト。
 さすがに共同生活を張っているだけあって、その扱いには慣れたものがあった。

「ああ、そうしてるわ。いくぞシンジ」
「えっ? あっ、は、はい」

 すれば、シンジがなかば無理矢理引き連れられて映写室から退出していった。
 後を追ってレイも一礼すると、同じように消えていく。
 騒がしい竜馬がいなくなると映写室はしぃん、と静寂を取り戻す……すでに弐号機のビデオも終わって映写は停止していた。
 そこでリツコはコーヒーを飲み終えると、パイプ椅子を立つのだが、振り向きざまミサトへかけた言葉が凄かった。

「どう、ミサト。流君との同棲生活は」

 その言葉に、ミサトがなにも足下にないのにつんのめって倒れる。
 ごんと額を打つとうめきながら転がり、やがてよろりと起き上がってから怒鳴った。

「こ、言葉を選びなさいよっ。だいたいシンジ君だっているわよ!」
「冗談よ。あなたもいったじゃない。けど、本当にどうして流君まで一緒に住ませたの?  襲われるとか考えなかったのかしら」
「いや……それは」
 そういわれると、ミサトは複雑な表情になってうつむいてしまう。
 これについては以下のような理由がある。

 彼女は幼少時、セカンドインパクトで父親を亡くしており、かつては、そのショックで失語症に陥った時期すらあった。
 今でも心の奥底には男性に父親を求める心理が働いていて、そして以前、病院でシンジに接する竜馬の姿に父性を感じたのは、前にも書いた。

 竜馬は、強い。
 粗暴で凶悪だが、何事をも貫いていく姿と無理矢理にでも相手を包んでしまう、その圧倒的なまでの存在感は強烈な父性でありながら、同時に母性でもある。
 父親を求めるミサトには魅力的に見えたし、なによりも、そのカタキといえるシトを完膚無きまでに叩きのめしていく様には、酩酊感すら覚えたであろう。
 ただ、それが恋であるかといえば、そうではない。
 ミサトはかつて、加持リョウジという男に似たような感覚をもち、恋愛感情にまで発展させたが、竜馬は彼女にとっては圧倒的すぎた。
 憧れる、というよりも畏怖する存在だった。その点でも父親らしいといえば、まあそうなのだが……。

 ところで、その竜馬たちを自宅に誘ったのはミサト本人はシンジの心の穴埋めをできればという理由で自己納得していたが、本当は誰あろう家族を求める己の心の穴埋めだ。
 だが、それを認めてなお肯定できるほどに、彼女は突き抜けた性格をしていない。あえて考えないようにしている。
 だから聞かれると、混乱してつい、うつむいてしまうのだ。

 リツコは妙に表情が暗くなったミサトを見て、しまった、と思うとあとは行動が早い。
 その肩をぽんと叩いて、

「ああ、ごめんなさい。こんなこと聞くもんじゃなかったわね。それより事務作業に戻らないと碇司令に睨まれるわよ」

 というと、ミサトの背中を押しながら映写室を後にしていく。
 ただ、そのリツコも押しながら空いた手の爪を噛んでいたことに、ミサトは気づかなかった。

 

・・・

 

 常夏となったかつての箱根、第三新東京市の街を人相の悪い大男と、その後ろをひょこひょこと小人たちが往く。
 大男はむろん、竜馬だ。そして後ろを往くのは、シンジにレイ、トウジ・ケンスケといった学校の変わり種。いつものメンバーたちである。
 その中で、

「旦那ァ、えらいおっかない顔してますなぁ。あないなべっぴんさんと一緒に住んでまんのに何が不満なんですか」

 と、竜馬の周りをくるくるとやるのはトウジだった。
 ゲッターの戦闘で妹をケガさせられたあげく、自身は竜馬に絡まれるといった不運を辿った少年だが、竜馬がシンジの護衛と称して登下校を付きそっていたため、いつのまにか子分のようになってしまっていた。
 きっぷのいい竜馬は、トウジからみればちょっとした兄貴分なのだろう。
 竜馬にしても、己を取り巻く人間の中では数少ない前向きな思考回路をもつ相手とあってか、歳の差はあれどもそれなりに馬が合うようであった。

「俺はもっと色気のある女のほうが好きなんだよ」

 と、珍しく軽口を叩くほどだ。
 そしてケンスケは隙さえあればゲッターに乗せろとせがむのだが、竜馬はエヴァにも乗らない小僧が乗ってどうする、と取り合わない。
 レイはいつものように黙って、てくてくとついていくだけだ。
 ただ、その瞳の輝きが幾分か普段よりも増してみえていた。

 やがていくつかの交差点を越えると繁華街へと入り、辺りの喧騒が大きくなる。その中にひとつ、人間を吸い込むかのように口を広げたゲームセンターの施設があった。
 これに竜馬とレイはなんの興味も示さなかったが、シンジ達は年相応に、ちらりと目線がその内部に注がれる。
 面白いゲームがないかな、といった風情だ。
 すると、

「おい、見てみろよ」

 とケンスケが施設の中でも、もっとも外側に張り出て設置されていたUFOキャッチャーマシンを指さしていった。
 それに反応してシンジとトウジが目を向けると、そこにはガラス張りの筐体にかじりついて、ぬいぐるみを虎視眈々と狙う少女の姿があった。
 可憐、という表現がもっとも似合うだろう。
 長く伸ばしてリボンをつけた栗色の髪の毛は愛らしく、のぞく横顔は清流のような美しかった。
 そして細身の体に身につけた淡い黄色のワンピースは、背中がはっきりと見え、花のように広がったスカート部は短く、筐体にかじりついた姿勢になると下着が見えてしまいそうだった。
 これを食い入るように見つめるトウジとケンスケ。そしてシンジ。
 なにせ、もっとも性に多感な年頃だ。目の前にアイドル並の容貌をととのえた異性がいたとあっては、反応しないほうが難しいというものだろう。
 だが、それも一時のことだった。
 少女はぬいぐるみのキャッチに失敗したとみると、突如と激高した挙げ句、聞き慣れない音の罵声を筐体に浴びせながら、ついでにその細い脚での蹴りもおみまいする。
 ぐわんっ、と筐体が揺れた。
「げえっ」
 それを見てトウジが幻滅したようにそっぽを向く。
 いくら可愛くても性悪はゴメンだといわんばかりだった。

「からまれたら、かなわん。はよいこ」

 と、先を急ごうとするがタイミングの悪いことに、そこへ背後にいつのまにか回っていたレイがぼそりと、
「流さん、行ってしまったわ」
 と幽霊のようにつぶやくものだから、それにトウジが盛大に驚いて変な声をあげてしまう。
 すれば、さきほどの少女がくるりとこちらを向いてくる……。
 気づかれた。
 少女は、

「なに、あんた達……さっきから人のことジロジロと見てんじゃないわよ」

 と、まるで不良が因縁をふっかけるかのように、シンジ達ににじりよってくる。
 だがその途中だった。
 少女の肩が、通路にいた男に触れてしまう。

「ああん?」

 と、本当に因縁をふっかけられる。
 その男はゴロツキそのものといったような風貌で睨んできたが、少女の方も気丈なものでこれに謝るどころか、

「でかい図体で道幅とってんじゃないわよ、邪魔ねっ」

 と挑発するものだから、ゴロツキは激怒して少女の腕を掴むとぎゃあぎゃあとわめき始める。
 それに、なおも怒りの表情を蓄積させる少女が、あろうことに上半身を捻らせて殴りかかると後は台風のような騒ぎとなった。

 ゴロツキ達は仲間まで呼び寄せて襲いかかるが、しかしその細い体つきと年齢からは想像もできないほど喧嘩に強かった少女は、一人二人をあっというまに叩きのめしてしまう。
 こうなるともはや止まらない。
 椅子が飛び、机が飛んで辺りはさながら戦場のようになっていき、果てには逃げ遅れたトウジ達も巻き込まれる。

「ガキが!」
「うわっ」

 と、その最中に何もしていないはずのシンジが、ゴロツキの仲間にからまれて顔面に拳を一発喰らってしまう。
 鼻血を垂らしてよろよろと下がっていくと、どん、と誰かにぶつかる。
 反射的に謝ろうとしたが、

「どうしたシンジ」

 それは、いつの間にか背後から消え去った子供達を探しに戻ってきた竜馬だった。
 諜報員代わりにシンジの護衛を受け持っているのだから、ほったらかしにはできない。
 だが、ここで皆を連れて去ればいいものを、竜馬は騒ぎを認めると自分から首を突っ込んでいってしまう。
 争いごととなると血が騒いでしまうタイプなのだ。

 竜馬はずんずん突き進むと、シンジに拳をくれたゴロツキの首根っこをつかんで、そのままぶうんとゲームセンターの中心に放りなげ、戦ののろしをあげる。
 ボキボキと指を鳴らし、嬉しそうに争乱の渦のなかへ走り入っていく。
 これには、さしもの少女とゴロツキたちも驚いた。
 なにしろ自分たちより一回りは大きい巨漢が、恐ろしい形相で割り行ってくると次から次へと問答無用に殴りかかってくるのだ。
 その威力のひとつひとつが半端でなく、竜馬の一撃を喰らった者は空を舞って地に叩きつけられるか、運が悪いとゲームセンター内の筐体に激しくぶつかって大怪我を負わせられる。
 竜馬が叫ぶ。

「どうした小娘ぇ! さっきまでの勢いは!」
「あ、いや、あの」

 答える間もなく、彼女が最初にぶつかったゴロツキを正面から殴り倒すと、返り血に染まった鬼のような顔を少女に向けてくる。

(なんなのよコイツ!)

 少女は胸の内で悲鳴をあげた。
 そうこうしている内にも、ゴロツキ共はあらかた竜馬に締め上げられてしまい、ゲームセンターは死屍累々の様相を呈していった。
 他の客達は早々に逃げ出してしまっている。
 そして、竜馬に逆らった者の誰もが地に伏して動けなくなった頃のことだ。

「……なんの騒ぎじゃあ、これはあっ」

 と、竜馬にも負けず劣らず凶悪な人相の男が、複数の供をつれて騒ぎの場に割り込んできた。
 その男はボロボロの帽子の上にサングラスをかけ、同じようにボロボロのシャツとズボンを真ん中から腹巻きで止めた、貧相な服装だった。
 だが、その体つきは服とは真逆だ。竜馬並に太い筋肉で覆われていて、貧相な服を着ているがゆえに、余計にそれが際だった。
 そして男は辺りをじろりと見回すと、

「ワシらのシマで騒ぎよると、タダじゃおかんぞおどれラぁッ!!」

 と、野太い声で一喝するのだった。

 男は野太い声で一喝した。
 一声で辺りが瞬く間に静まりかえり、その中でゴロツキがうめいた。

「や、やべえ……あれは岩鬼組の……」
「おおよ。ワシは岩鬼将造じゃあ! ワシのシマで勝手な真似はさせねえっ」

 啖呵をきった男、岩鬼将造というらしい。
 ゴロツキの言葉からみれば、いわゆる極道の筋のもののようだ。名前からしても下っ端ではなく、それなりに地位のあることが予想できる。
 このあたりの繁華街は、彼らの「シマ」なのであろう。

 なおシマとは、やくざことばで縄張りのことである。
 このシマをいかに広げられるかが、その組の実力となって現れるのだが、思うにそれは戦国時代の様相に似ている。

 まあ、ともかく。それに竜馬が近づいていった。
 一瞬で周りが恐怖に凍り付いていく。
 野獣のような竜馬と筋者が喧嘩沙汰など起こせば、この辺り一体はシトの攻撃の前に灰じんへと帰してしまうかもしれない。
 シンジなどは覚悟して眼を閉じたほどだった。
 だが、その予想は見事に裏切られることになる。

「よお。将造じゃねえか」
「んん……うおっ。ワレ竜馬けぇ! なにしてよるんじゃあ、こんなとこでェ」
「そりゃこっちのセリフだ」

 と、二人は親しげに挨拶代わりなのか、拳をがつんと付き合わせていた。
 しばらくその会話を追ってみよう。

「いつのまにガンボタレ共のお守りになりよった。似合わんのお!」
「うるせぇ。それより丁度いい、このバカ共のせいで騒ぎになった。警察の連中に因縁つけられると面倒くせえから、おめえで追い払っといてくれや」
「アホンダラ。横着すなや」
「元はといえばてめえが、この辺りキチンと仕切ってねえのが悪ぃんだろーが」
「っかあ。けったくそ悪ぃのぉ……なら今度、酒に付き合わんかい。近頃はおもれぇ奴がおりゃぁせんのじゃ」
「ああいいぜ。おめえのオゴリでな」
「おどれ、たいがいにせえよコラぁ!」

 ……と、ほとんど喧嘩をしているようにしか聞こえないが、しかし、この二人に敵対意識がないのは明らかであった。
 竜馬はニヤリと笑ってきびすを返すと、その後ろ手で「またな」という。
 将造も、腰巻きの中から手榴弾を取り出すとピンを口で引き抜いた金属音で応えとし、おもむろに外へ向かい、だっ、と走り出していった。

 こうして竜馬は将造に後始末をすべて押しつけ、シンジ達をつれてゲームセンターを後にしていく。
 相変わらず凄まじい胆力である。
 やがて、すこし放れたところで、サイレンの音が鳴ったかと思うとほぼ同時に、盛大な爆音が響いてきた。
 それは幾重にも重なり、最後にはビルを爆破解体しているかのような轟音となって街中にこだました。
 将造なりの「後始末」の結果だろう。
 シンジ達は後ろを決して見返さないように、ぶるぶると怯えながら、今度は妙に機嫌がよさそうな竜馬を見ておそるおそる聞いてみた。

「あ、あの……お友達なんですか?」

 竜馬は、ああと頷いていった。

「おめえに会う前に知り合った奴でな、岩鬼組の頭領だ。なかなか面白ぇ奴よ」

 この言葉に、いよいよシンジは竜馬に逆らうのをよそうと思った。
 というよりも誰が好きこのんで、組長と同等に振る舞える人間と争いたがるだろうか。
 ところで。

「な、なんであたしまで一緒に連れてこられてんのよっ。はやくネルフまで行かないといけないのにィッ」

 と、どさくさにまぎれて逃げ出そうとしたものの、竜馬に巻き込まれて失敗したさきほどの少女が悲鳴をあげる。
 騒動のもとは彼女なのだから、自業自得といえばそれまでだが、ネルフという単語にこの場の全員がぎょっと反応した。
 ネルフは秘密組織だ。普通の一般人であれば、その名称すらも知らないはずである。
 ここにいる、トウジやケンスケは特別なのだ。
 とすれば、少女はなんらかのカタチでネルフに関わりがあるということだ。

「ね、ネルフ……」

 シンジが驚愕の表情になる。
 だが、少女は逆にそれによって彼らがネルフのこともシトのことも、何も知らない一般人だと判断し、同時にその無知が憎らしくなって喚いた。
 うっかり機密を喋ってしまったことに対する、持って行き場のない怒りの矛先を、むりやり相手に向けた部分もある。

「なんでもないっ、あたしはいつまでもあんた達に構ってられないのっ。もう行かせてもらうわ!」

 と、怒りのせいで語気が荒い。
 しかし、よく見ると少女は先ほどの騒ぎにすっかり恐れをなしている様子で、一刻も早くこの場を立ち去りたいといった感じだった。
 原因は間違いなく、竜馬と将造だろう。
 少女は身をひるがえしてグループから離れようとするが、無情にもその背中に彼女が信じたくない言葉が投げかけられる。

「そのネルフの人間なんだよ、僕たちも。トウジとケンスケは違うけどね……」

 シンジの言葉に、今度は少女の方が驚愕の色に染まっていく。
 走り出した体にブレーキをかけて、腕を振り上げたままの体勢で固まると、サビついた機械のようにギリギリと首を後ろに向けた。そして、

「うそ……でしょ?」

 哀願するように、いった。
 頼むから嘘だといってくれ、とその表情が語っている。
 だが、現実は非情だ。

「本当だ」

 竜馬の一言で、その願いは儚くもやぶられた。
 その瞬間に少女は積み木が崩れるかのような勢いで、へたりこんだ。
 なにやら、ひとりぶつぶつといっている。

「ウソだ……信じらんない……あんなケダモノと一緒に仕事しないといけないの……」

 茫然自失、といった感じだった。
 その背後にぬうっ、と竜馬の影がせまる。

「どうやらてめえと俺たち、お仲間のようだな。ほれ、行こうぜ。秘密基地に」
「いっ……イヤーッ!! 放して触らないでやだやだやだ、人さらいっ、変態ィイイイッ」

 脇目もふらず泣き叫ぶ少女を、竜馬は頭から抑えつけてそれ以上の怒号で制す。

「うるせぇッ!! てめえもネルフに見込まれたんだろ、運命と思ってあきらめな!」

 その騒ぎに、周りの人々がつぎつぎに集まってくる。
 かれらの目に映るのは、泣き叫ぶ少女をふん捕まえてがなる人相の凶悪な大男と、それに指をくわえて見ていることしかできない、少年たちだ。
 白昼堂々の拉致事件に以外には見えなかったであろう。いや、ある意味、拉致そのものだったかもしれない。
 誰かが通報をしている。
 しかし警察は、どんなに待っても来ない。

 そう。いま警察は、岩鬼将造という人間の姿をした魔物にせん滅させられている真っ最中なのだ。
 彼については、この後くわしく語る事になるだろう。
 ともかく。
 少女は竜馬に拉致され、そのまま引きずられるようにネルフ本部へと連行されていく。
 そのバタバタともがく脚が、さながらまな板の上で調理を待つ魚を連想させた憐れみを誘うのだった……。

 

・・・

 

 惣流・アスカ・ラングレー。
 生年月日二〇〇一年、一二月四日。現在一四歳。
 日系ハーフとゲルマン系ハーフの血を親に持ち、国籍はアメリカ合衆国。
 いわゆるクォーター児であるが、父方の血は精子バンクから流れてきており、人間としての父親をもっていない。
 人工の天才として育てられたが、ある事件で母親をも亡くしており、その経緯が彼女の幼い心に深い影を落としているのは、いうまでもあるまい。
 反動的に、彼女は自我の支えを己が実力に求めた。
 今現在にして、その果てにあるものがエヴァの操縦者としてのアスカなのだ。
 ゆえにそのプライドは突き抜けるほどに高く、同時に高すぎることの不安定さを持つ。
シンジとはベクトルが異なるが、本質では同じ種の弱さを持つ人間だった。

 そのアスカが、竜馬に引きずられながらネルフ本部までやってきた。
 ゲームセンターからネルフまでの道のり、お互いの素性はあるていど知ることができたが、アスカの方は先ほどまでの電球のような明るさはどこかへ消えて、まるでロウソクのような暗さとなっている。

 それもそのはずだった。
 いま語ったように、彼女の自我は絶対唯一だった人類の希望、エヴァの操縦者であるという事実によって成り立っている。
 しかし、竜馬とゲッターの出現によってその構図は塗り替えられた。
 ゲッターは鬼神のような威力をもって、エヴァの活躍が無くなる勢いで並み居るシトを撃滅していった。
 その報が各国に飛んで話題の中心となったのは、想像に難くないだろう。
 当然アスカの耳にも入った。

 それを聞いて彼女は、落胆した。
 たしかに自分もシトを秒殺したとはいえ、たったの一体で、しかも情報を見てみれば兵器としての性能はそれほど高くなかった、ガギエルである。
 それに比べて竜馬のやってきたことはといえば、今まで書いたとおりだ。

 

 ――じゃあ、なに。エヴァが無くったって、人類は大丈夫なの?

 

 その思考は、すなわち自我の否定へとつながっていく。
 ゲームセンターで暴挙に及んだのも、そのどうすることもできない心を、つかの間の遊技に身を任せることで紛らわせようとしたのだろう。

 だが、自分を追い詰めた原因が目の前にいる。
 もはや空想に逃げてはいられない。彼女に現実という名の怪物が迫ってくる。
 しかし……これに平然と立ち向かえる強靱な精神が、アスカには無かった。
 消え入りそうな声で、確認するアスカ。

「あんたが、ゲッターロボのパイロット、流竜馬だっていうの」
「そうだ」

 と、竜馬がみじかくいった。

「なんで……」

 するとアスカは頭を深く垂れて、目に影が入るほどになる。
 力を溜めるようにその体勢でとどまった後、くわ、と頭を持ち上げて、

「なんで、あんたなんかが存在するのよ! あんたさえいなければ、私は私のままでいられたはずなのに……ッ!!」

 叫んだ。
 ゲームセンターの時とは違う、狂気じみた声色が、竜馬の耳をつんざくように走り抜けていく。
 これにはさしもの竜馬も目を丸くするが、すぐにいつものつりあがった目に戻ると、その場で腕をくむ。
 最近、考えて物をいうときの癖になっているのだろう。

「てめえのことなんざ、知ったこっちゃねえが……どうやら、俺が邪魔みてえだな」
「そうよ」
「なら」

 と竜馬はいって、ふところからバタフライナイフを取り出すとアスカの足下に放った。
 かしゃん、と金属的な音が響く。

「なによ、これ」
「ナイフだ。さっきのバカ共の一人が突き刺してきやがったから、ぶんどった」
「そんなの見ればわかるわよ!」
「殺せ」
「……は?」

 いわれていることが理解できなかった。
 いきなりナイフを落として、殺せ、とはどういうことであろうか。
 竜馬はつづけた。

「俺が気にくわねえんだろう。だったら、そいつで俺を殺ってみろ。お前の手で俺を消せば願いが叶うじゃねえか」
「なっ……なにいってんのよ! そんなことしたら殺人になっちゃうじゃない!」

 そもそも一四の少女が竜馬と格闘戦に臨んで勝利できるはずもないのだが、思考の混乱するアスカは、ナイフから連想される結果の予想だけを口にする。
 だが、その答えに竜馬がぴくりと反応した。

「なんだと」

 ぬらり、と肉体が増長したかのような錯覚すら感じさせて、竜馬が一歩迫った。
 その迫力にアスカが「ひっ」と細い息をもらす。

「女でも戦場に身を置くってのは、死んでなんぼってことだ。手前の邪魔をするなら、味方でも容赦なくブチ殺して前に進むってことだ。てめえは、その覚悟も無しにエヴァに乗って猿山の大将を気取るつもりだったのか」
 また一歩、竜馬が踏み出す。
 息を一呼吸おいたのち、竜馬の表情が阿吽の像のようになる。そして、

「ふざけるなっ!! そんな肝の小さえ奴が俺にケンカ売るなんざ百年早え!! いますぐ目の前から消えやがれっ、そうでなきゃぶっ殺すッ!!」
 その雄叫びと共に竜馬の目が得物を狙う、ハンターのそれへと変貌する。ぐわりと巨大な体がアスカに襲いかかった。
 ここでやっとシンジが止めに入ろうとするが、彼にどうにかできる相手ではない。
 鬼のようになってアスカに迫る。

「ひいぃっ! やっ、やだッ、死にたくないッ。助けて、助けて! ママッ!!」

 アスカにとって、この瞬間の竜馬は、まさに鬼そのものに見えただろう。
 その場に尻餅をつくと、ごろりと転がってから泡を食って立ち上がると、さながら肉食獣から逃げる草食動物のような仕草で、その場から消え去っていってしまう。
 竜馬は、追わなかった。
 そして影が小さくなるころ、シンジが今更のように抗議の声をあげる。

「ひどい、竜馬さん……いくら弐号機のパイロットだからって、女の子に、あんなひどい事いうなんて見損なったよ!」
「黙って見てただけの、てめえがいえた義理か」
「ううっ」
「女だろうと兵士になった時点で、愛だの平和だのとは、かけ離れた世界に来るんだ。
 待つのは血みどろの果てしない戦いの日々だけよ。
 それに耐えられないような奴は、いまここで死なせてやった方が幸せってもんだ。そうでなきゃ……生き地獄を見る」

 独白のような竜馬の言葉に、シンジはなにも言い返すことができなかった。
 竜馬は、戦うために戦っている。
 では、自分は何なのか?

(僕は、あのアスカって娘のような意思もなければ、竜馬さんみたいに突き抜けることもできない。僕はいったい、なんのために、ここにいるんだ)

 静かに、雨が降り出した。霧のような雨だった。

「シンジ、先いってろ。俺も後からいく」
「……はい」

 シンジが抑揚のない声で、地下へ消えていった。
 竜馬は、ネルフ本部の地上入り口前で、腕を組んだまま雨の中で突っ立っていた。

 
 

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