ゲット・ダイバー 6

Last-modified: 2024-02-29 (木) 12:32:47

   6

 

「……しかし、君が逃げてくるとはな。正直驚いたぞ、猪突猛進だけが能の男だとばかり思っ
ていたものでな」
「ヘッ。てめえのガキにもビビってるヘナチョコに言われたかねぇな」
 エネルギー波をあびたゲッターが、ジャガー号を中破、他の部分もそこかしこを破損させて、
命からがらマグマ層を脱出してきてから、数時間後。
 ネルフ執務室にて、ゲンドウと差し向かいに執務机に座る竜馬は、ゲンドウの嫌味に、嫌味
をもって返していた。
 昔であればもう殴っていたところだが、ゲッターに関わり永劫の時が流れた今となっては、
くだらない男を無意味に殴るほどの短気さは、影を潜めていたのだ。

 

 ゲンドウも、一言で自分の滑稽さに気づいたのか、それ以上は口をつぐんだ。もっともこの
男の場合、その一言がいつも全てを台無しにするのだが、本人はそれを知っていてやっている
というのだから、始末に負えなかった。
 これが、ゲンドウの心の壁、つまりA.T.フィールドである。
 他人に嫌われる事が恐いあまり、逆に好かれよう、信頼されよう、とする努力を自分から放
棄している。彼の場合はそれが息子にも及んでしまっているのだが、竜馬はそこの部分をくだ
らない男のワケと思っている。

 

「まあいい。それより、葛城一尉から報告は受けた。パターンオレンジの謎の巨大生物の正体
は怪獣……ゴジラだそうだが」
「ああ」
「一応訊いておこう。ふざけているのではないだろうな」
「んなワケ、ねえだろうが」
「訊いただけだ。性分でな。しかし、これは架空の生物だとばかり思っていたが、実在したとは」
「いや。てめえらにとっては、架空の生きモンだったかもな。だが別次元では、ヤツぁあらゆ
る時代の地球に存在する。人類の脅威としてな。ゲッターがこの世界に干渉したことで、ヤツ
もまたこの世界へ現れたのかもしれん」
「……どういうことだ?」
「この間、ターミナルドグマで言ったろ。ゲッター線は人類「だけ」の進化を司ってるってな。
ゴジラってのはその逆みてえなモンなんだ」
「つまりゲッターの敵だと」
「ひらたく言や、そういうこった。正体は俺でも完全につきとめられてねえが、どうも、あれは
地球自体が持つ防衛本能なんじゃねえか、と思ってる」

 

 竜馬は、やがて惑星さえ容易く破壊するほどの力を人類に「だけ」与えようとするゲッター
線に、地球が自身のバランスを保とうする本能のようなものを働かせ、生み出した怪物こそが、
ゴジラではないだろうか? と、考えていた。
 地球にとっては人類も内包するパーツの一部である。
 それに暴走されると地球は迷惑なのだ。
 だが、少なくとも現代まではセカンドインパクトも含めて、地球にとって人類の力など取るにたら
ないものだった。
 たとえば、少し昔に騒がれた地球温暖化などというのも、実際は人類によるCO2排出が気温
上昇の要因とするには影響力が小さすぎであり、実際は地球自体や太陽の周期変動が原因とす
る向きが強い。
 ではなぜ人類のCO2排出が~と騒がれ、人々がエコロジーをうたった商品に群がり、それを
美徳としたのかといえば、モノを造って売ることに飽きた白人たちが考え出した新しいビジネ
スに乗って消費活動をしているだけのことだったのだ。

 

 別になにも悪くないが、セカンドインパクト一日で常夏の日本が生まれたいまとなっては、
かつての環境運動を無上の正義と妄信していた者の姿は、いささか滑稽に見えるのもしかたが
なかった。
 それでも、地球は寒冷期に入っていると主張する学派さえも存在する。
 不思議なことに、科学を発達させて長命化したと思えば出生率が激減したり、逆に人間のせ
いで絶滅したと思われる生物も、じつはカタチを変えて生き延びていたりと、地球が保つ高度
なバランス体系というのは人類をもってしても、およそ計り知れないものだった。
 仮に全世界が核戦争を起こし、核の冬と電離放射線に満ちた死の世界が訪れたとしても、結
果として地上の生物が死滅すれば、また地球は数万年程度の時間をかけて、もとの状態に戻っ
てしまうと予測されている。
 というより、恐竜の絶滅(もっとも鳥類は獣脚類という恐竜の子孫なのだが)と人類の繁栄
は、それと似たような状況が過去があったからだとする説もあった。

 

 だが、ゲッター線が現れれば、話は違ってくる。
 その進化の果てにあるゲッターエンペラーは、惑星どころか宇宙さえ喰っていくような文字
通りの「化物」なのだ。
 そこまでたどり着かずとも、すでに竜馬がかつて乗ったゲッターロボが、ゲッター線を暴走
させた結果、惑星を一瞬で両断している。
 明らかに過剰すぎる力の配分だ。
 ゴジラの出現は、地球が自身のバランスを保つための手段である可能性が強い。つまりゴジ
ラとは地球の意思そのものなのである。

 

 そしてゲッターロボの出現に伴ってゴジラが現れたということは、地球はゲッター線の存在
を許していない、許していたとしても、ゲッター線が地球のバランスを崩すことを許しはしな
いということだ。
 竜馬自身の居た世界では、ゲッター線の影響が強いせいか恐竜帝国というカタチで現れるに
留まったが、ゴジラはそれよりはるかに厄介な存在といえる。
 ある時代では核の申し子、ある時代では怨霊の集合体、ある時代では宇宙生物であったりさ
えもし、まったく正体が掴めないが、その脅威はまさしくゲッター線カウンターと呼ぶに相応
しい存在である。

 

 ……という趣旨のことを、竜馬は彼なりの言葉で説明した。
 ゲンドウは、それをすんなりと理解したようだった。
「おめえは頭よくて助かるぜ。なんせ俺は口ベタでな、この手の話しても、理解してもらえね
え事がほとんどだ」
 言って、竜馬は出されていたコーヒーカップに口をつけた。
 冷たくなっていた。それでも竜馬は飲み干す。
 ゲンドウの頭の回転は速い。
 そこは竜馬も賞賛しているのだ。相手がなんであろうと、実力は実力として素直に認めるの
が流竜馬という男だった。

 

「ヤツは、必ず上陸してくる。ゲッターを狙ってな」
「対策は立てよう。エヴァの出撃もむろん前提とする。シトを倒さねば未来はないが、ゴジラ
も同様だ……ところで、赤木博士の容体はどうだ」
「いまのところ芳しくねえな。ゲッターをまともに修理できるのは、あいつだけだ。しばらく
俺の戦力はアテにしない方がいいぜ」
「解っている」
「ああ」
 頷くと、竜馬はきびすを返した。
 どこへいく? と、詰問ではない調子で降りかかってきた言葉に、竜馬は
「リツコに詫びいれてくる。それと、将造にな」
 言って司令室をあとにするのだった。
 声の大きい竜馬がいなくなると、場はいっきに静まりかえった。空間が特とだだっ広い執務
室は、気が狂いそうなほどに静寂が支配しはじめる。
 だがゲンドウは、竜馬が辿った軌跡に目をやりつつ、いつもの顎の下で手を組んだ姿勢のま
ま、むっつりと黙りこくる。
 考えているのは、どうもゴジラのことでは無いようだった。

 

 さて、竜馬を追おう。
 執務室を出た彼は、地上の新歌舞伎町よりも複雑怪奇な道を辿って医務室へと辿りつくと、
リツコが収容されている部屋へ赴く。
 ここで加持ならば、なにか気の利いた差し入れでも持ってくるところだが、残念ながらそう
いう細やかさは竜馬には皆無だった。
 のそりとベッドへ頭を出す。
 細い顔があった。
 目は覚めていたようだ。体はズタボロだが、精神はしっかりとしている様子のリツコが、そ
こにいた。ゲンドウの愛人だったころの、常に憔悴したような表情はもうない。

 

「よう。元気か」
「流君」
「詫びをいれにきたぜ。もう少し俺がはやくヤツに気づいていりゃあ、おめえに無駄な怪我さ
せずに済んだんだが」
 とまでいうと、リツコの目は丸く膨れあがった。世に類を見ない珍種を発見したときのよう
な表情である。
「なんだよ。俺が謝ってるのがそんなに珍しいか」
「ええ、すごく」
 即答。
 竜馬はどいつもこいつも、と吐き捨てた。それで頭の切り替えをしようというのだろう。左
の頬をガリガリ引っ掻く。
「でも、丁度よかったわ。もうじき来るだろうとは、言っていたけど」
「あ? 誰がだ」
「さっきまであなたの友人が居たのよ。その人。伝言もあるわ」
「ダチ……? 誰だ」
「ジンハヤトと名乗っていたわね。あなたよりさらに背が高かった。どうしてネルフの中に入
れたのか知らないけれど、ま、流君の友人なら理解できる話だと、ムリヤリ納得したわ」
「隼人だと!」
「ずいぶん驚くのね」
「色々、因縁があるんでな。しかしそうか、ヤツがここに来たのか。それで伝言ってのはなん
だ?」
「富士山麓にて待つ、だそうよ。あなたに渡すものがあるらしいの」
「富士山だと? 富士山てえと……」
 間、三秒。
「静岡県よ。隣の県だからそう遠くないわ」
「それぐらい俺だって知ってる」
「嘘ね。今度、少し地理の勉強をさせてあげましょう」
「うるせぇ!」
「それより富士山麓、っていう指定もずいぶんアバウトね。あなた、アテがあるの?」
「行ってみりゃあ解ることだ」
「なるほど、ね……」
 リツコは目をつむると、可笑しそうに肩を揺らした。

 

 彼女にとって世の中はロジックに従って構成されているはずなのに、竜馬の場合はその行動
が新たなロジックを構成してしまう。
 笑わずにいられなかった。
「ちっ、笑えるほど元気なら十分だ、俺はもう行くぜ!」
「あ、ちょっと待って頂戴」
「なんだよ。地図ならいらねえぞ」
「行く前にコーヒーを一杯、淹れてもらえないかしら。今、動けないのよ」
「……砂糖はいらねえんだったな」
「ええ」